今日も杏子はトリコの家でノッキングについての勉強と食材についての勉強に余念がなかった。
自室の書斎で本を読みふけっている真剣な表情の杏子を見ると、トリコは邪魔しちゃいけないと思い、黙って書斎から出ていくと外に出て太陽の光を全身に浴びて日光浴を楽しんでいた。
相変わらずの心地よい陽気にトリコの気分はよくなるが、何かが頭の中で引っかかり原因を探ろうと頭の中で検索を始める。
原因は杏子だと言うのは分かっている。
身近な相手ぐらいでしか自分が気になることなんてないと言うのは分かっていることだ。
ヒントを求めようとトリコは家の中に戻ると、作業用のテーブルの上に置きっぱなしにしてあった日記帳に手を伸ばしてページをめくる。
日記の内容は日々自分のために命を分けてくれた食材に対して感謝の念を忘れないようにと、食べた食材を可能な限り書き記したもの。
日記帳を見るたびにその時の美味しかった記憶が思い起こされ、トリコは思わずよだれをすすってしまうが肝心のページが見つかると、改めてその日の日記を見返す。
この日はゲロルドの捕獲に成功し、とても美味しくいただいたことを思い出すと同時に初めて杏子に出会った日であるということも思い出す。
当時のことを懐かしく思いながらも日付を確認するとトリコは今まで感じていた大切なことを思い出す。
「明日はそうか……」
明日になると自分と杏子が出会って一年になっていた。忙しさの中でいつの間にか忘れてしまっていた大切な記念日のことを話そうとトリコは書斎に入ると、本に集中している杏子の注意を自分に向けさせる。
杏子は多少うっとおしそうにしながらもトリコの相手をしだす。
「何?」
「いやな……もうすぐオレとお前が出会って一年になることを思い出してな」
トリコに言われて杏子はこの世界での記憶を改めて思い返す。
何から何まで自分の常識が通用しない世界で美食屋としてやっていくためにも、杏子はがむしゃらに頑張り続けて、勉強とノッキングの実戦を毎日繰り返し続けていた。
その結果食材に関しては市場に出ている物程度なら、その価値を理解できるようになり、ノッキングに関しても捕獲レベル1以下の猛獣なら一人で真正面から出来るようになった。
美食屋として日々力を付けていると言うのは自分でも理解できていたが、いつの間にかそれだけの時間が経っていたことに杏子は驚いたが、逆に言えばそれだけの時間が経っていても未だにグルメ細胞の移植に関して戸惑い、トリコに甘えてしまっている自分に腹が立ち、そのいら立ちをついトリコにぶつけてしまう。
「だから何だって言うんだよ?」
「考えてみたら、オレお前の誕生日って聞いてなくてな。いい機会だから知っておいてお祝いの一つでもとな……」
『誕生日』と言われると杏子は苦痛に顔を歪めてしまう。
魔法少女になってから年を取らないようになってしまった杏子は、そのイベントに関しては考えないようにしていたからだ。
元々家は貧乏でつつましいながらもお祝いはやってもらった。
その時の幸せな記憶があるからこそ、もう二度と迎えられない日だと分かっているから、聞いただけでも拒否反応を示すようになってしまった。
「悪いけどアタシも分からないんだ……」
優しいトリコに対して喧嘩はしたくないという思いからか、杏子は極力もめ事にならないよう穏便に済ませるため、自分が思いつく最善の回答を返す。
分からないとでも言っておけば、トリコも諦めるだろうと思っていたが、トリコの返しは杏子の予想以上の物だった。
「そうか……みなしごのような物かお前? オレと同じだな」
「どういうことだよ!?」
しれっととんでもないことを口走るトリコに杏子はそれまで感じていたイライラも忘れて、トリコに発言の真意を聞き出そうとする。
「言葉の通りさ。オレも元々は貧乏な国の出身でな。ぶっ倒れていたところをオヤジとマンサム所長に拾われたのさ」
あまりに衝撃的なトリコの過去を聞いてしまい、杏子は何も言うことができずに茫然とした顔を浮かべていた。
だがその事実が今の自分の話題とどう関連しているのかと思うと、その旨をトリコに聞き出そうとする。
「だ……だから何だって言うんだよ!?」
「オレもお前と一緒でオヤジに拾われるまでは自分の誕生日なんて分からなかったんだ。だからオレの誕生日はオヤジと初めて出会った5月25日になったんだ。だからな……」
そう言うとトリコは持ってきた日記帳を開いて、初めて自分と杏子が出会った日のページを見せる。
「分からないなら、お前の誕生日はオレと初めて出会った日になるわな。そしてそれは明日だ。最高のプレゼント用意してやるからよ!」
道理なら通っている。元々居た世界で杏子は死んだ存在。
生まれ変わったと言う意味なら自分の誕生日はその日であると言うのは間違っていない。
だがトラウマがお祝いと言う優しい行為を遠ざけようとしていた。
喧嘩の一つでもすれば簡単にできるのだろうが、豪放磊落なトリコの性格を考えれば自分の暴言など聞く耳を持たないことも分かっている。
だが何をやられても困惑するばかりというのは分かっているので、こうなったらできることは極力つつましい物にしてもらうと言うことだけ、杏子は読んでいた本を本棚に戻すとわざとふてくされた顔を浮かべながら話す。
「じゃあ明日は一日お休みにさせてもらうぜ。せいぜいゆっくりさせてもらうわ」
「オウ! ちょんとプレゼント用意しておくからな!」
皮肉もトリコには通用せず、トリコは何をプレゼントしようかとリビングに置いてある普段はほとんど使わないパソコンの前へと移動する。
トリコが出て行ったのを見ると杏子はトリコに買ってもらったキングサイズのベッドに横たわる。
いつまでもトリコの部屋のベッドを占拠しているわけにもいかない、自分は毛布でも敷いて寝ると言ったのだが、その翌日には彼はこの大きすぎるベッドを用意し書斎として使っていた部屋を自分のために自室として割り当てた。
強引すぎるトリコに流されるばかりの杏子だったが、その優しさは伝わっていた。
だからこそ辛い物もあった。
ハッキリ言って今の生活は魔法少女として毎日いら立っていたあの頃とは比較にならないぐらい充実感に満ちたものだ。
だがそれをさやかにも分け与えてやれないことはジレンマでしかなかった。
トリコの意見から自分が幸福になることがさやかに対しても幸福を分け与えることができるのではと言う意見から、それだけを信じて美食屋の修業を始めたが、成果は出ているとは言えない。
未だに捕獲レベル1以下の相手ぐらいしか自分一人では捕獲することができず、初めてトリコに食べさせてもらったゲロルドのような感動をさやかには分け与えられていない。
こんな不甲斐ないだけの自分が誕生日を祝ってもらっていいのだろうかと思っていたが、言いだしたら人の意見など全く聞かないトリコにそんなことを言っても無駄だとは分かっているので、半ば諦めていた。
(にしても一年か……)
いつの間にか自分がマミと同い年になってしまったことに杏子は時間の流れが早いことを実感させられてしまう。
それは肉体にも表れていた。
栄養価がたっぷりで美味しい食材をトリコと一緒に毎日食べているため、杏子の肉体は確実に成長していた。
背は伸び、平らに近い状態だった胸もマミほどではないにしろ膨らみを主張できる程度には大きくなっていた。
14歳の状態で時間が止まっていた魔法少女の呪いから解放され、再び動き出した時計に戸惑うばかりであったが、本来はそれが当たり前のこと。
もう一切の言い訳はできない。杏子はこの世界での身の振り方を本気で考えなくてはいけない時期に差し掛かったと思っていた。
(やっぱり移植しなきゃいけないのかな……)
トリコのように一切の狩りを素手で行うことは不可能にしろ、本格的に美食屋としてやっていく以上グルメ細胞の移植は必須。
いつまでも魔法少女のトラウマを言い訳に足踏み状態をしているわけにはいかない。
明日その旨をトリコに伝えようと心の中で決めると杏子は疲れがドッと押し寄せたのが、そのまま眠りに落ちていく。
今だけは体を休めておこうと脳が命令しているかのように。
***
トリコはパソコンでプレゼントに関しての検索をやってみるが、中々思っていた物が見つからず苦痛そうな表情を浮かべて髪を掻き毟っていた。
プレゼントとして渡す以上、自分でも納得が出来る物しか上げたくないと思っているが、ここでハッキリと一般人との価値観の違いと言うのをトリコはマジマジと実感させられてしまう。
宝石がちりばめられた最高級の腕時計も、光る石ころが詰め込まれた悪趣味な物にしか見えない。
バッグなんて物が入ればいい、服は動きやすくて丈夫なのが一番。
完全に年頃の女の子の思考とはかけ離れた内容の思考にトリコはどうしていいか分からず困り果てていたが、ふと置きっぱなしにしていた携帯電話の存在に気付くと真っ先に困った時に頼るべき存在を思い出して電話をかける。
「もしもしココ? 実はだな……」
恐らく占いでココはトリコが電話をかけることは分かっているのだろうが、相変わらず猪突猛進なトリコにココは呆れるばかりであった。
だがトリコの相談の内容が杏子への誕生日プレゼントに関しての件だと分かると、電話口でトリコを待たせると自分は水晶玉を取りだして占いを始める。
水晶玉の中に映し出された未来を見届けると、再び携帯電話を取り出してトリコに占いの結果を伝える。
「サニーを頼るんだ。今回は彼が助け船になる」
それだけ言うとココは電話を切る。
確かにサニーなら女の子にあげるプレゼントに関しても詳しいかもしれない。
だがワガママな性格の彼が頼まれただけで付き合ってくれるとは考えづらい。
しかし今はサニーに頼るしかないと思ったトリコはココの占いを信じて、サニーに電話をかける。
「どうした? 俺は明日忙しいから、手短に頼む」
予想に反してサニーは明日用事が入っているようだ。
この事態にトリコはおかしいとも思ったが、取りあえずは自分の要件を話し出す。
話を聞くとサニーは少し考えた素振りを見せると、明日自分が出る予定のイベントにトリコも同席させようと決意して話し出す。
「分かった。それなら明日俺と一緒に来い『プライスタウン』で待ってるぞ」
『プライスタウン』と言うと通称『買い物天国の街』と言われるぐらい、豊富に物がある街であり、ここに来ればたいていの物は買えると言われているぐらい商業で発達した街である。
確かにそこなら探していけば一つぐらい、自分も杏子も納得できるような品があるかもしれない、納得したトリコは「分かった」と一言告げると電話を切る。
その間もパソコンで検索して探しはしたが、慣れない作業にいら立ちを覚え、後はココの占いを信じ、サニーの美的センスに頼ろうと決め、この日の狩りへと向かった。
明日の杏子の誕生日を最高の物にしようと言う思いを、この日のモチベーションにしながら。
***
プライスタウンに到着すると早速トリコは待ち合わせ場所で待っているサニーと合流をする。
そしてサニーの案内でトリコが付いて行った先にあったのは大きなホール。
「到着だ。ここが『グルメオークション』の会場だ!」
『グルメオークション』と言われ、トリコは一瞬困惑した顔を見せるが、記憶を掘り起こしていくと一つの答えを見出す。
グルメオークションはその名の通り、オークション形式で商品を落札していく催しであり、出品される商品は食材はもちろんのこと、高価な食器や骨董品なども出品されていて、中には滅多に市場へ出ることのない最高級品なども出品されるため、サニーも足しげく通う催しである。
「この前は『ユニコーンケルベロス』のはく製が一個丸々売られていたこともあるからな。ここなら絶対に何か一つはあるはずだ」
そう言うとサニーはこの日も掘り出し物があると自分を信じ、鼻歌交じりで入場し受付で入場金を支払うとそそくさと中へ入っていく。
続けてトリコも中に入っていくが、会場の異様な光景にトリコは息を飲む。
全員がタキシードかスーツ姿の正装であり、話す内容も美術品や高級品に関しての談義ばかり、サニーも輪に入って花を咲かせている状態であり、この場で浮いているのはツナギ姿の自分だけ。
だが元々の性格がすぐに気にすることでもないと判断し、トリコはウェイターからワインを貰うとワインを一飲みして商品の出品を待った。
そしてオークションがスタートすると全員が札を掲げて、血眼になって商品を落札しようと必死になっていた、
この辺りの活気の良さは自分がホームとしている『世界の台所』と何も変わらない。
先程まではいけすかないと思っていた場所だが、そう考えると中々に親近感が出る場所であり、トリコも物を見るが高級な皿もワイングラスもトリコの興味を引かれる物ではなかった。
それに杏子がそんな物を貰って喜ぶ絵も想像できない。
だが出る商品と言えば破産した富豪から取りたてた物ばかりが中心なので、必然的にそのようなインテリアが中心となってしまう。
どうすればいいかと思ってサニーに助けを求めようとトリコはサニーの方を見るが、彼は目当ての『ダイヤシャークのカトラリーセット』を落札できたことに悦な表情を浮かべていた。
完全にサニーが頼りにならないと思ったトリコは自分を信じ、必ずこの中に杏子が喜ぶ商品があると思うことに決めて、次の商品を待ったが会場のアナウンスからは次が最後の商品であることを告げられる。
司会が最後の商品の説明と実物を持ってくるとトリコの目の色が変わった。
「では本日最後の商品です。『ライトニングフェニックス』の羽でございます!」
滅多に市場に出ないライトニングフェニックスの羽を見ると全員が興奮の雄たけびを上げ、トリコも声にならない声を発した結果叫びたくてもそれが声に出ないという状態になっていた。
トリコの様子を見てこれが杏子へのプレゼントになるのだとは分かったが、サニーは目に涙を浮かべながら悔しそうに地団駄を踏んでいた。
「クー! ライトニングフェニックスの羽だと! アンコへの誕生日プレゼントと言う先約が無ければ俺が欲しいぐらいだ!」
子供のように駄々をこねるサニーだが、このリアクションはもっともな物である。
ライトニングフェニックスの捕獲レベルは75、ゆえに滅多に市場へ出ることの無い、超レア物の商品だが、価値はそれだけではない。
肉は電気が走るような美味さであり、食べれば誰でも即座にグルメ細胞が進化すると言われていて、羽も炎、水、稲妻と人間界の天災と呼ばれる物全てを防ぐことができる万能防護服の素材にもなる。
それだけではなく美しく光り輝く見た目から、その羽で作られたウェディングドレスを身に纏った花嫁は永遠の幸せを得られると言う、言い伝えまであるのだ。
末端価格ですら一枚38万円の超高級品が出ることにその場に居た観客全員が大興奮していて、3メートル近くある一枚の光り輝く羽をわが物にしようとしていた。
「では38万円からスタートします……」
そこから瞬く間に値段は三桁へと跳ね上がっていたが、興奮している観客たちはとどまることを知らなかった。全員が物にしようと必死であり、杏子のためトリコに譲ったサニー以外は全員伝説の雷鳥の羽を得ようと血眼になっていた。
だが思いならばこの中で自分が一番だと言うの自信がトリコにはあった。
これも形こそ違うが一つの狩りであり生存競争なのだと悟ったトリコは札を掲げ、ありったけの大声で叫ぶ。
「1000万!」
四桁行ってしまったことで周りの観客たちは完全に委縮してしまい、ライトニングフェニックスの羽の所有権をトリコに譲った。
落札者がトリコで決定すると周りからは栄誉を称えて惜しみない拍手が送られた。
トリコは一言「ありがとよ」と言いながら、司会に対してプレゼントにするから包装してくれと頼むと司会は慌てて包装紙とリボンでラッピングを施してから羽をトリコに手渡す。
良い買い物が出来たことにトリコは満面の笑みで帰っていき、羽を背負いながら歩くその姿に神々しささえ覚えた一同は拍手で出て行くトリコを見送っていた。
これもまた共に厳しい戦いを乗り越えた者同士だから味わえる充実感だろうと思いながら、トリコは家路へと急ぐ。
(あの羽……ただのプレゼントでは終わらない気がするな……)
何となくのヤマカンではあるが、サニーは感じていた。これから先あの羽は杏子を助けてくれる存在になると言うことを。
だが何の根拠もない考えを深く考えたところで何の意味もないだろうと思ったサニーは自分の戦利品を持ち帰ると、足早に去っていく。
早くこの食器での調和を楽しみたいと思っていたから。
***
誰も居ない家で杏子は一人暇を持て余す状態になっていた。
黙って出かけるということがトリコは今まで無かったので、久しぶりに感じる孤独な時間にどうしていいか分からず杏子は一人リビングで椅子に座り、家主の帰りを待っていた。
この世界に来てからと言うもの、周りは常に騒がしいぐらいであり、そしてトリコは決して自分を一人にするような真似はしなかった。
少し一人になったぐらいで不安になってしまう自分を情けないとも思ったが、トリコの仕事を考えれば万が一の可能性だってあり得る。
不安はぬぐえなかった。
(まるでガキだぜ……)
自分では大人になったと思い込んでいた。だがいざ困難と対峙した瞬間にこうなってしまう情けない自分を杏子は嫌悪した。
冷静になって考えればこうやって無理に背伸びをしようとしている時点で、自分が子供であると言うのを吐露しているようなものだ。
周りに大人と呼べる人間が一人も居なかった魔法少女だったころと違い、この世界では周りに居るのは皆大人ばかり。
だからこそ自分の未熟さや弱さ幼さと言うのが際立ってしまい、そのたびに自己嫌悪ばかりしてしまう。
ある意味ではこれも自分に与えられた罰なのだろうと思いながら、杏子は中々帰ってこないトリコの存在にいら立つと同時に腹の虫も大きく鳴った。
「ただいま――!」
大きく陽気な声と共にトリコは帰宅する。
この日は珍しく何も食べ物を持ってきてないことをおかしいと思いながらも、杏子はいら立ちからトリコに対して悪態を付いてしまう。
「おせーよ。お腹減ったんだから早く飯にしろよな」
「今日は出前で大丈夫?」
背負っていたリボンでラッピングされた何かを空いていた椅子の上に置くと、手を重ね合わせて張り付けたような笑みを浮かべながらトリコは言う。
だがトリコの意外な発言に杏子は怒りも忘れて驚いていた。
この世界にも出前はあるのだが、それをトリコがやるとは思っていなかったからだ。
自分自身美味しい物を食べたいと言うのもあるが、トリコは極力店で出された商品と言うので一食済ませると言う真似をしなかった。
自身のグルメ細胞のレベルを上げるためには現地で狩って食べるのが一番。
より美味しい物を食べるためにもトリコは毎日のように狩りへ勤しんでいたので、今回のこの発言には驚き、杏子は困惑しながらも返す。
「分かった。それでいいからさ……」
杏子の了解をもらうとトリコは携帯から行きつけのラーメン屋へと電話して、自分と杏子の分のラーメンを注文する。
電話を切ると同時にバイクのエンジン音がこちらに近づいてくるのが聞こえる。
そしてエンジン音は止まると数回のノックが響く。
信じたくないと言う思いが杏子の足を止めていたが、トリコはニヤニヤと笑いながらドアを開けて応対に当たる。
「まいどー、チャーシューメン倍盛り二人前お待ち~」
「相変わらず早いな。だから『愛家』はひいきにしてるんだぜ」
トリコは名札に『愛家』の出前担当の少女に対して代金を支払う。
少女は『中村あいか』と書かれたと書かれた名札を胸に下げながら、代金を貰うと無気力な調子で「まいどー」と答えながら、再びカブに乗って去っていく。
あまりに早すぎるラーメンの出前に杏子は圧倒されるばかりであったが、あいかの声を聞くと何かが引っかかって考え込む。
(あの声どこかで……)
「早くしないと冷めるぞ~」
トリコに呼ばれると杏子も彼と向かい合って同じようにラーメンをすすった。
だがここで杏子は自分とは違い多くのカロリーを必要としているトリコが自分と同じ物で食事を終えて大丈夫なのかと思い、その旨を尋ねる。
「大丈夫なのかよお前、それでカロリー足りるのか?」
「平気平気、明日もっと頑張ればいいだけの話だ。それよりもだ」
杏子がまだ食べている中、トリコは早々とラーメンを完食して用意していた誕生日プレゼントを杏子に手渡そうとするが、杏子は頼んでもない誕生日プレゼントにどう反応していいのか分からず、悪態を付くことで事を終わらせようとする。
「まだ食べてる途中だろ……」
「それは済まなかった。だがまぁ見るだけ見てくれ」
食事の邪魔をしたことを詫びながらも、トリコは包装を解いて中身を杏子に見せつける。
相手にしないようラーメンにだけ集中しようとしていた杏子だが、家の中がまるで後光が差したように光り輝く様子を見て何事かと思い、顔を上げると杏子は驚愕の表情を浮かべた。
まるで昔漫画で見たような光り輝く大きな鳥の羽に、杏子は物に対する知識はなくても吸い込まれる物があり、食べている途中でもその足は羽へと向かってしまい、その手で触るとまるで最高級の羽毛布団のような肌触りにテンションは上がるばかりであり、ドキドキしながらトリコに尋ねる。
「これが誕生日プレゼントか? ありがとうな……これはいい物だ……」
へそ曲がりの自分が素直にお礼を言うのを珍しいとも思っていたが、それだけの値打ちがこの羽にはあると杏子は思っていた。
機嫌が良くなった杏子を嬉しく思いながらもトリコは手に入れた羽に付いて語り出す。
だが杏子は直感で感じていたこの羽はこれから先も長い付き合いになるだろうと、それはまるで魔法少女だったころ槍に愛着を持っていた感覚に近い物を感じていた。
仲間の居ない自分に取って槍だけが心を許せるパートナーのようなものだった。
なぜかは分からないがこの羽にはそれに近い感覚を覚えながらも、杏子は決意を固めたあの時のような悲劇を二度と繰り返さないと。
そして同時に思い出していた。
大人になると言うのを祝ってもらう喜びと言うのを。
本日の食材
ライトニングフェニックス 捕獲レベル75
雷雲の中に棲むと言われる伝説の雷鳥、その肉は電気が走るような美味さで、その羽は稲妻を弾く効果がある。
ウェディングドレスの素材としても人気だが、過酷な環境の中でもその輝きを失わないため、防護服としても人気の素材。
と言う訳で今回は杏子の誕生日の回になりました。
ライトニングフェニックスのそれに関しては私の自己見解ですね。あんな過酷な環境でも普通に居るのだから、稲妻だけ防ぐだけではないだろうと思い、こうしました。個人的に物凄く気に入ってる猛獣なんで、あれだけで終わらせるのはもったいないと思ったので。
あとは中の人がまどかって事で「ペルソナ4」に登場した。中村あいかちゃんにもゲスト出演してもらいました。
次回は麻薬食材に関しての話になります。
次もがんばりますのでよろしくお願いします。