「っべーよ。マジっべーよ。こいつぁガチでっべーよ」
IS学園の校門。本来は白い制服に身を包んだ少女たちがキャッキャウフフしながら通る言わば天国への門(ヘブンズゲート)の前に、俺は立ちすくんでいた。
「なんという邪気眼……ヘブンズゲートとかイタすぎる」
ケータイの画面で時間を確認すると、まだまだ時間に余裕がある。
今日はIS学園の入学式だ。俺こと織斑一夏は、数ヶ月前に何の縁か女性にしか扱えないはずの超兵器IS(インフィニット・ストラトス)を起動させてしまった。
そもそもISとは、世紀の天才こと篠ノ之束が開発した宇宙進出のためのマルチフォーム・スーツである。
しかしその機動力や戦闘力に目をつけられ、各国が軍事用兵器として転用。仮にISを用いた世界規模の戦争が勃発すれば人類の6割が死傷するという試算も出るほど、ISはこれまでの兵器と比べ群を抜いた存在だったのだ。
これを危ぶんだ篠ノ之博士はISコアの製造を中止、現存する467個をもって今後の増産は行わないと発表した後……行方をくらませた。
このISコア。こいつは中々のクセモノで、完全なブラックボックスなのだ。未だ解析率は6%にも達していない。
特性も意味不明で、なんと女性にしか反応しないのだ。したがってISは女性にしか使えない。だからこそ女性が肩で風を切って町を歩いている。
結果世界中を巻き込んだ大騒ぎとなり、俺の名とIS学園への入学は全人類の知るところとなったのだ。
ちなみに俺の顔写真が報道されて、多くのスレで『イケメンすぎワロタww』とか『掘られてもいい』とか『これはハーレムのヨカーン』とか言われた時は正直キタコレと思ったが実際そんなに甘くない。ちょっと眉の手入れミスった気がする。
「冷静になれ。彼女いない歴=年齢の童貞がでしゃばっても何にもならない」
目標は彼女を作ること。次に手をつなぐこと。次に抱き合うこと。そしてキスをすること。最終的には正しい男と女の突き合いゲフンゲフン付き合いをすること。
完璧すぎる。
「さっきから見渡す限り上玉しかいねぇ……絶対入学基準に顔面偏差値入ってるだろ」
可愛い子ばっかりじゃねえかナニやってんだIS学園ホントよくやった!
「これはラノベ展開のヨカーン……ああ、みんな俺を見てる。っべージャニーズとか目じゃねえ」
そんな感じで俺は校門をくぐり、小さくステップを刻み喜びを表しながらIS学園の校舎へと向かった。
入学式。
お偉いさん方からの祝辞が多数読み上げられる中、俺は隣に座った女子と早速おしゃべりに興じていた。反対側の女子にいたっては寝てるし別に問題ないよね?
(じゃあ相川は近畿から来たんだ。ユニバーサルスタジオとか行った?)
(行った行った! あそこのジョーズすごいんだよー!)
(マジか……今度行ってみようかな)
彼女の名前は相川清香。国籍的にも血筋的にも日本人だ。
互いに顔だけは正面を向いての会話。
なんかスリルがあって一夏ドキドキしちゃう。
(あっ、生徒会長だ)
(ん?)
壇上に女子生徒が立った。水色の髪だ。
マイクの位置を調整して、よく通る声で、スピーチを始める。
「入学おめでとう、織斑一夏君」
…………!?
心なしか、名前を呼ばれた気がする。いや、みんながゆっくりと俺に視線を向けているということは、気のせいじゃない? いやいや何でだよ。ちょ、えっ。
「あなたの入学を歓迎するわ――愛しい愛しい、宿敵さん」
バッと扇子を開く。見れば扇子には『再会』と書かれていた。
「ちょっと待て――誰だあんた」
「あら、忘れちゃったのかしら」
席から立ち上がり、真正面から睨み合う。背筋をゾクゾクとさせる闘気。なるほど強者の類だ。だが、この感覚。以前味わったことがある。
「思い出した」
講堂にいる全員の視線が俺に突き刺さった。
「なるほど、ロシアの」
「ええ」
互いに笑みを浮かべる。懐かしい相手との再会だ。何も殺気立つことはない。
その雰囲気に、どことなく張り詰めていた空気がほどけた。
そして、俺は自分のISの右腕とウイングスラスター、さらに俺の身の丈ほどある純白の大剣を展開する。普段どおり、瞬きする間に部分展開と収納は3回ほど繰り返せる。
剣を軽く振る。隣で相川の短髪とスカートが巻き上がった。下着は白、いいねさすが日本人、分かってる。持つべきものは同郷の女だ。
『……えッ?』
誰かがつぶやいた。そのころには生徒会長も片腕と水のヴェール、ついでに巨大な槍を召喚していた。
やはり見覚えがあった。ていうかありすぎる。はっきりと思い出した。以前相対したことのある敵。それも、今までの中でもかなりの猛者に分類される極上の獲物。
何せこの俺サマが一度敗北を喫した相手だ。
故に。
「死ねえええええええええええええええ!!」
「吹っ飛べえぇぇぇーーーーーーーー!!」
両者ともに、加速。
俺が通った後の風圧が女子生徒をのっけたままイスを数十センチ浮かせ、生徒会長が巻き起こす突風がステージ上のイスや机をどこかへ吹き飛ばす。
右手のバカでかい大剣を俺が振り上げ、生徒会長は水流を纏った槍を突き出す。
そして、激突。
結局のところ、俺はそこまで被害を受けなかった。その辺りはあちらの生徒会長も同様で、一番の被害者はスカートを巻き上げられた生徒ではなくボロボロになった講堂だろう。
「まったく……入学初日から、お前というやつは」
「反省してますしてます」
「もうそのセリフは何度目だ、この詐欺師め」
ひでぇ言われようだ。
俺は黙って肩をすくめ、目の前に座っている女性――実姉である織斑千冬はこめかみをもむ。
「まあ、お前と更識を合わせたらこうなるのは薄々分かってはいたが……」
「なら学園が悪い」
俺は躊躇なく言い放つ。正直少しも反省してない。
姉さんはIS学園に勤める教師で、一時期は世界最強の名をほしいままにした猛者なのだ。
「断言できるお前はすごいな……頼むから、反省の色を見せてくれ。もう演技でもいい」
「俺は悪くねえっ! 俺はハメられたんだッ! 腐った官僚主義が、俺をこの国から弾き出したんだッ!」
「いやそこまで演技に徹されても困る。というか演技ですら反省の色が見られないのはどういうことだ」
どうやら姉さんには俺の演技は不満らしい。渾身の演技だったんだがな。仕方ないのでパイプ椅子の上で体操座り。暇すぎだろ。
ここ、IS学園取調室では、現在俺と生徒会長が取調を受けている。といっても事情を知っている姉さんは2、3の質問で終わった。
「そうだ織斑」
「はい?」
机を挟んで、姉さんが真剣な表情で聞いてくる。いつになく真剣なので俺も居住まいを正してしまった。
「お前は何のために、この学園に入ってきたんだ?」
「彼女をつくるため」
「…………」
姉さんが机に突っ伏した。レアだ。写メっとこう。
「……お前というやつは」
「何か問題でも?」
ここはあれだ、自分の行動は当然だと言わんばかりに振る舞うべきだ。
あーしかしもう6時だ。腹減った学食行きてー。
「まったく、自分の立場を分かっていないようだな」
「『世界で唯一ISを起動できる男子』だろ?」
「ああ」
それと俺の野望との間に何か関係があるのだろうか。
姉さんは何か躊躇うように間をおいて、告げた。
「お前に彼女はできない」
「えっ」
素で絶句した。
……いやいや、何を言っているんだこの人は。
「ごめん、姉さん、何を言ってるの?」
「お前に彼女はできない。現実を見ろ」
「嘘だッ!!」
俺はテーブルを叩いて立ち上がる。そんな、そんなバカなことがあってたまるか!
何のためにこの学園に入学したと思っている。さっきも言った通り、彼女をつくるためだ!
「分からないのか? いいや、分かりたくないだけだろう?」
「止めろッ! 止めてくれッ! それ以上言うなッ!」
耳をふさいでその場にのたうち回る。理解することを体全体で拒んでいた。……薄々、分かってはいたんだ。俺の立場が立場であるがために、俺の野望は成就しないだろうということは。
でも、それを認めてしまったら、俺は終わってしまう。生まれてこのかた女子の手を握ったこともなければ、そもそも肌に触れたこともほとんどないミスター童貞にとって、いかに足掻いても彼女ができないという呪いにも似た縛りは死刑宣告に等しい。てか呪殺だろ呪殺。
現実から逃避しようとしていた俺の両手を耳からはがし、姉さんはトドメを刺そうと口を開いた。
いやいやと頭を振る俺に構わず、悪鬼はそのクールボイスで、俺の心を撃ち抜かんとする。
「この学園の生徒の中には――ハニートラップが存在する」
「言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺in女の園なウハウハ物語は、この瞬間終わりを告げた。
「ハニートラップに引っかかった場合、高確率でお前との子供をもうけにくる。受胎するまで何度も仕掛けてくる。そうなればお前のような阿呆は終わりだ」
「……なん、で」
「スキャンダルにもほどがある、お前は世界規模での有名人なんだ。そのネタをダシにして脅迫され、違法な人体実験や過酷なデータ取り、下手すれば一生研究所ということにもなりかねない。無論最期の瞬間まで実験だ」
「あ、あははは……」
さっきから笑うことしかできない俺に対し、容赦なく姉さんは現実を突きつけた。
「だからお前に彼女はできない。できてはいけない」
「ちょ、ちょっと言ってる意味が分かんねえや。三行でお願い」
「在学中に
彼女つくったら
人生終了」
「ああああああああああああああ!!」
こうして――俺のクソッタレな学園生活は幕を開けたのだ。
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スランプすぎて気分転換に書きました。中編です。そんなに長くしない予定です。
ちなみにISで戦争したら人類の6割が云々かんぬんの話はオリジナルです。
束さんは割とガチで隠居中です。
ハーメルン様でも投稿してます。