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No.32963の一覧
[0] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (「魔法使いの夜」)[中村成志](2012/04/30 09:13)
[1] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (1) (「魔法使いの夜 SS」)[中村成志](2012/05/12 05:51)
[2] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (2-前) (「魔法使いの夜」)[中村成志](2012/05/06 07:58)
[3] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (2-後) (「魔法使いの夜」)[中村成志](2012/05/06 08:03)
[4] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (3) (「魔法使いの夜 SS」)[中村成志](2012/06/12 20:59)
[5] 【番外編】 魔法使いに蹴られた五人の男 (前) (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2012/09/26 19:44)
[6] 【番外編】 魔法使いに蹴られた五人の男 (後) (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2012/09/29 19:58)
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[32963] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (1) (「魔法使いの夜 SS」)
Name: 中村成志◆53f4cf1b ID:9fdaa5ea 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/12 05:51
久遠寺邸は、静かだ。

白犬塚の中腹に位置し、周りには一件の建物も無く、あるのは鬱蒼とした森と闇ばかり。
《魔女が住む》
と言い伝えられるこの屋敷には訪れる者も希で、その静寂を乱す無粋な来訪者も無い。

「そー」

なにより、この邸の主人、久遠寺有珠がそれを望んでいる。
最近こそ、心境の変化による若干の例外はあったものの、彼女は基本的に孤独を好む。性格的にも、立場上も。

「じゅー」

だから、久遠寺邸は静かだ。
どのような人間も、魔でさえも、この主の意を曲げることは出来ない。
もっとも、


「ろっ!!」

   ぷにん。


人外・魔外の生物である二名の同居人においては、その限りではない。








        魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜








秋の三連休最終日。
久遠寺邸における誕生会と、それに伴う一連の騒動もようやく収まり、屋敷は久々に元の静けさを取り戻そうとしていた。
時刻はもうすぐ、午前零時。
屋敷の主人、久遠寺有珠は居間のソファに腰掛け、紅茶のカップに口を付けている。

例外と言うにはあまりにも破天荒だったこの三日間。
本来の自分なら、煩わしい以外の何物でもなかった時間のはずなのに、今も妙に心浮き立っているのは何故だろう。
そんな自分の心境に内心首をかしげていると、居間のドアが開いた。

「外の片づけ、だいたい終わったよ。
 見落としは、明日やるから」
ケンカ、やっぱり外でやってもらって良かったな、と、少年がいつもの笑顔を見せる。


今日の誕生会自体は午後6時からの開催だったが、招待客は何故か全員早朝から屋敷にいた。
おまけに、どういうわけか開催日が一日ずれていた。
参加者の侃々諤々の議論も、結局は
『ま、いいか』
という、ありきたりの結論に落ち着き。
そして、改めてパーティーの準備が進められたのだったが。

このメンバーが顔を合わせて、夜まで和やかに過ごせるはずもなく。
かろうじて一般人の4名を除いて、全員参加のバトルロイヤルにまで発展しかけたのだ。
規格外少年の決死の(見た目はいつも通りのほほんとした)諫めと、邸主の
「外でやって」
の一言で、なんとか建物自体に外傷は無かったが。
庭および周辺の森への被害は、筆舌に尽くしがたいものだった。


そんな惨状の復旧を一人でこなしていた少年に、有珠は

(ごくろうさま)

という風に、かすかに頷く。
別に尊大なわけではなく、これが彼女にとっての最大限の意思表示なのだ、ということを知っている少年は、自分のお茶を入れるべくキッチンに向かう。

と、

「……お茶なら、これ、まだ温かいけれど」

有珠が、自分の前に置かれたポットを目で指す。
某・青まるいプロイが聞いたら、
『ありえねえッス~~~ッ!!』
と絶叫しただろう。
《自分の物に対し非常な執着を見せる》彼女を知る者にとっては、驚天動地の発言だ。
そんな、破格としか表現できない言葉を受けた少年は、

「ああ、ありがとう有珠」

邪気のない顔で微笑んで、自分のカップをキッチンから持ってきた。
自分の言動がおかしいことに全く気づいていない少女と、
人から差し出された好意を、純粋な好意として全く等量に受け取る少年。
そこに、なんら齟齬はなく。
テーブルを挟んで向かい合い、カップを傾ける。
いつもの、そして久々の、久遠寺邸の静寂が二人を包み込もうとしたとき。

「そー
 じゅー
 ろっ!!」

   ぷにん。

第三の同居人が、そんな空気を爆砕し、乱入してきた。



「――― 青子」
有珠の言いさしはいつものことだが、今回は違った意味での絶句だ。

彼女の同居人にして共謀者・蒼崎青子は今、同じく同居人にして飼い犬・静希草十郎の背後から抱きついている。
ちなみに、青子の格好はと言えば。
魔力の込められた長い髪をタオルで包んで纏め上げ、
上は肩紐さえ無い、クリーム色のタオル地のキャミソール。
下も同色同地のホットパンツ。
しなやかな腕と、まばゆいばかりの下肢を惜しげもなくさらし、
顔および、上半分以上覗いている胸は、桜色に上気している。
つまり、誰がどう見ても風呂上がり。
そこまでは瞬時に見て取った有珠だが、そこからの思考が続かない。

青子の今の格好自体は、有珠にとって特別珍しいものでもない。
約1年前、目の前の少年を同居人として迎えるまでは、毎日のように目にしていた。
そのあまりに品位に欠ける姿に苦情を申し立て、口論となるのも日常茶飯事だった。
逆に言えば、
少年――静希草十郎が来てからは、ぱったりと見なくなった姿でもあるのだ。

当然と言えば当然だろう。
いくら傍若無人、かつ
『こいつはオスじゃない』
と草十郎に対し公言して憚らない青子とは言え、一応、花の乙女だ。
干してある下着を見られて恥ずかしがったり、入浴中はバスルームに結界を張ったりするくらいの羞恥心は持ち合わせている。
もっとも、それは有珠も全く同様だが。
なにせこの少年は、覗きとかそういった衝動全く抜き、純粋な好意で風呂場のドアを開けるくらいのことは朝飯前なのだ。

だから尚のこと、理解できない。
何故突然、青子はこのような行動に出たのか。
ひょっとして、公言どおり、草十郎を物体としてしか認識しなくなったのか。
しかしそれだけでは、今の格好で彼の前をうろつくことはあっても、背後からいきなり抱きつく、という奇行の説明にはならない。

不審と言うなら、青子の顔色も不審だ。
風呂上がりという点を差し引いても、彼女の肌は上気しすぎているように見える。
それも、恥ずかしがっていると言うより、何かにのぼせているような感じだ。

それと、これはあまり関係ないかも知れないが、彼女と少年の位置関係についても、何となく不審だ。
有珠から見れば裸同然の格好で、なぜこうも堂々と、草十郎に抱きつけるのか。
と言うより、有りなのか、そういうの。

さらに、ソファの背もたれ越しに抱きついているのに、胸が彼の背中に余裕で届いているのも不審だ。
彼女がじゃれるように身を動かすたびに、その胸が

   むにゅん

とか

   ふにゃん

とかいう擬音を発して変形するのも不快、もとい不審だ。
思わず視線を下に向けようとする自分を、有珠は律する。
久遠寺有珠は魔術師。
『魔女』という忌まわしき名誉を頂戴する、生粋の魔術師だ。
己の把握など、基本中の基本。
今さら確認せずとも、分かりすぎるくらい分かっている。

自分のアイデンティティーを再認識した上で、改めて目下の現状を把握。

結論、スルー。

いいのか、と他の自分が叫んでいるような気もするが、それもスルー。
ただし、屋敷の品位を落とすような蛮行は、邸主として窘めなければならない。
なので、いつもどおりのクルーボイスで、共謀者に告げる。

「青子、はしたな――― 」
「うーん、そーじゅーろーのほっぺ、つめたーい!気持ちいーい!!」

はしたないわよ、という自分の言葉を次元単位で無視し、青子は自分の頬を草十郎の顔や首筋に擦り付ける。


   ぴき。


どこか、自分の左こめかみの辺りが鳴るのを、有珠は聞いた。


それは冷たいだろう。
彼は今の今まで、深夜の屋外で作業していたのだ。
秋とは言え、山の中腹、森に囲まれた久遠寺邸は、下界より数度単位で気温が低い。
立ちこめる魔力が、さらに冷気を深めている。
そんな中で立ち働く彼を全く無視し、一番風呂を決め込んでいたくせに、そういうことを言いやがるかこの女は。

自分も全く同じ立場であることに気づかず、ついでに先ほど確認したばかりのアイデンティティーの崩壊にも気づかず、有珠は視線を険しくする。
その光の剣呑さが何に由来するのか、少女自身には認識できない。

「青子、とりあえず離れなさい。静希君が迷惑しているわ」

極力いつもどおりの声音で共謀者に告げ、有珠はカップを手に取る。
当然、紅茶の表面が波打っている、などということは無い。
そんな有珠の言葉に対し、青子はありありと不満げな顔になる。

「えー、草十郎、こーゆーのきらーい?」

いつもの彼女なら、絶対に発さないであろう、はちみつ度100の声音。
有珠の不審感は、さらに上昇する。
その間にも、頬の擦り付けは止めないので、たゆん、ほにゃん、といった擬音が五月蠅いうるさい。

しかし、そういった点で有珠は、草十郎を信頼していた。
つい一年前まで、文明を全く知らず暮らしていた少年。
都会の汚れを身に纏わぬ、純朴を絵に描いたような人間。
そんな彼が、たかだか性欲などという劣情に押し流されるはずが……

青子のねだるような視線と、有珠の信頼の視線を受けて、少年はいつものように爽やかに微笑む。


「うん、蒼崎の胸は、大きいんだな」

「―――」


有珠、三度目の絶句。
しかも今回は、足下が砕けたかのような衝撃が少女を襲う。


そう、なの、静希君?

あなたも、伝え聞く、発情期の薄汚れた都会Boysと同じなの?


いや、
と有珠は己の浅はかさを嗤う。
彼が文明に染まらぬ純朴少年であるからこそ、この発言は当然ではないか。
野生動物は、種の保全のため、より優れた異性を欲する。
人間の雌にとって、その優秀さを最も端的に示す部位はどこか、と考えれば、答は分かり切っているではないか。
魔術師としては、『魔法使い』である青子にも決して劣ってなどいない、と言い切れる有珠だが、
女性の魅力では、勝負になど……

ひっそりと。
野に咲く可憐な花のごとく自己完結しようとする有珠に気づいているのかいないのか、少年はさらに爽やかに言葉を継ぐ。


「でも蒼崎。
 お風呂上がりでも、下着は着けたほうがいいみたいだぞ。
 ホールドしないまま激しく動き回ったりすると、クーパー靱帯が切れて胸が下がってくるらしい。
 一度切れると元に戻らないそうだから、気を付けないと」

「―――」


もう何度目の絶句か、数えるのも愚かしい。
ひょっとして、と有珠は思う。
この少年、山育ちがどうの、特異な環境がどうの、という以前に、
本気で人外未確認生物の一体なのではなかろうか?

そんな有珠の混乱をよそに、青子は脳天気に返事をする。

「あはっ、草十郎、わたしのこと心配してくれてるの?うれしーいっ!(すりすり)
 でも、だーいじょうぶ!
 たとえ切れても、魔術刻印の修復能力で、たちまち直っちゃうんだから!!」

いや、さすがにそれは無理ではないだろうか、と有珠は心の中で冷静に突っ込む。
発さない言葉は青子に届くはずもなく、


「けど草十郎、おっきいのより、ちっちゃい方が好み?
 だったら有珠のがとってもきれいよ。
 何度か見たけど、私でも見とれちゃうくらいなんだから」

「―――な」


代わりに落とされた爆弾発言に、有珠の頭は完全に漂白された。

ち、ちっちゃ……なんてストレートな、とか、
男性の、しかも静希草十郎の前で言うことか、とか、
そもそも、どこで何度も見やがった、とか、
そこ!「ああ、そうなのか」って純朴な笑顔で納得してるんじゃない!!とか。

四周くらいして、有珠は元の、完全な無表情に戻った。
ひとしずくも魔力を漏らさぬ、闇黒の底なし沼のような無表情に。


そんな有珠を目の前にしても全く動じない、蒼の魔法使い。
それどころか、現状をまるで把握していないかのように、

「でも、うーん、そうよねえ。
 三年もいっしょに暮らしてるのに、見てるだけってのも、つまんないわよねえ」

おまえ本当に青子か、姉が変装してるんじゃないか、というくらい淫靡にその顔は微笑み。

「と、ゆーわけでぇ。
 あーーーりすっ!!!」

両掌をにぎにぎしたかと思うと、ソファを瞬時に跳び越え、草十郎の頭を足場にして、青子が有珠に飛び掛かる!
殺到する蒼き風に、有珠は

『やー、ようやく確認終わったッス。
 今回はプロイ、一体も欠けてなかったッスよアリスさん。
 さあ、どうぞこの勤労鳥類を、存分に誉め称えてやっ……』

一仕事終え、チチチ、とさえずりながら今まさに自分の肩に止まろうとした青い駒鳥を右手三本指で摘みざま、
手首のスナップだけで、敵の中心部に投げつける!!

『チッ!?』
「にゃっ!?」

二つの青は正面から衝突し、一瞬制止したあと、

   とすん、

とテーブルに落下。
ちなみに、配置されていた茶器は、草十郎が間一髪で退避させている。さすがムダな俊敏さ。

「いったあ~。
 なにすんのよ有珠~~」

自分の顔に張り付いた、青くまるっとした物体を引きはがすと、青子は全くダメージ無さげに後ろに放り投げた。
対して有珠は、臨戦態勢を崩さない。
手には複数のディドル・ディドル。
屋敷自体がすでに強力な結界ではあるが、相手はあの蒼崎青子だ。準備してしすぎるということは無い。

あふれ出る、否、すべてを吸い取るかのような魔力を感知できないはずもなかろうに、青子の態度は全く変わらない。
それどころか、妙に悲しげな顔つきになり、左掌をかるく握ると、口元に持っていく。

「ひょっとして有珠……わたしのこと、きらい?
 ―――ひどい。
 三年もいっしょに暮らしてるのに。
 そんなことされたら、わたし、泣いちゃうんだからあ」


   ぞわ。


イヤイヤ、と首を振る共謀者を見て、本気で有珠の背筋に、戦慄が走り抜けた。
蒼崎青子が、蒼崎青子であるのなら、絶対にしないであろう、発言と仕草。
それを見て、向かいに立ちつくす少年も、ようやく事の異常性を悟ったらしい。

「―――有珠。
 ひょっとして、蒼崎、変じゃないか?」
それでもこんなのどかな台詞が出てくるあたり、少年の少年たるゆえんか。

「……そのようね。
 青子。何かおかしなものでも食べた?」
「えー、たべてないわよお。
 お風呂前に、サンルームのチョコ、ふたつみっつたべただけー」

深刻な顔で発された問いに、テーブルの上であぐらをかいてケラケラ笑いながら答える青子。

「―――静希君」

視線だけで命ずる有珠に草十郎は頷きだけで答え、サンルームに向かう。
間を置かず、一つの箱を手にして戻ってきた。

「これか、蒼崎?」
「うん、それそれー。
 鳶丸の手みやげなんだけど、パーティーじゃ口にできなくってさー。
 おーいしいのよー」

脳天気な声をよそに、草十郎から箱を受け取った有珠は、近づけた顔をしかめる。
蓋を開けずとも漂ってくる、強烈な刺激臭。
慎重に箱を開けた有珠は、ため息とともに呟く。

「―――ラムボム」
「らむぼむ?」

鸚鵡返しに訪ねる草十郎に、有珠は頷く。

ラムボム。
蒸留酒であるラム酒を生地に練り込んだチョコレート菓子・ラムボールの発展型である。
通常は、飛び出た凧糸に火を灯し、アルコールを揮発させてから食べるものだ。
それを丸のまま、ふたつも三つも食べたら、その上で風呂に入ろうものなら、
その結果は予想がつくだろう。

「……つまり、蒼崎は今、酔っぱらっているのか?」
「えー、よってないわよおー。
 よってるにんげんは、こんなことできないでしょー」

言いざま、テーブルから床へ、開脚後転・後転倒立のコンビネーションを経て、立ち上がる青子。
その行動が、酔っている以外の何物でもない。

「しかし、なんだって鳶丸はこんなものを」
「誕生パーティーだからというので、気を利かせたのでしょうね。
 ラムボムは本来、口にするより、燃やしてみんなで香りを楽しむ物だから」
しかし、集まったメンバーの巻き起こす騒動に、自分の手みやげをすっかり忘れてしまったらしい。

「雑駁なようでいて、細かいところに気のつく、彼の性格が徒になったのね。
 せめて一言言っておいてくれれば……」
箱を挟んでううむ、と眉を寄せる有珠と草十郎。

その間隙を縫って、

   ひょいぱく
   ひょいぱく
   ひょいぱく

「「 あ 」」

と言う暇もあらばこそ。
さらに三つのラムボムをつまみ食いした青子は

「うーん、おーいしーい!
 とびまるのやつも、らまにはきのきーたことすらーよにぇー」

もはや語尾も定まらず。
それにしてはしっかりとした足取りで、屋敷の奥に突進してゆく。
ところどころに体をぶつけながら。
否。
ぶつけたところどころを、見事に破壊しながら。

走り去る彼女の右腕に、鮮烈な青の光を認めた少女は。


「―――静希君。」
傍らの少年に、囁くように呟いた。

「青子を、止めて。」
「なるほど」
少年は、そんな少女の願いに、にっこりと微笑み、


「つまり有珠は、俺に死ねと言うんだな?」
「ええ」

少女は、魔女の威厳を持っておごそかに頷いた。



時刻は、午前2時半。
東館二階突き当たりの部屋内に、有珠はたたずんでいた。
胸に抱えるは、一冊の本。
目の前のベッドには、豪快な姿勢で眠る共謀者の姿。
ちなみに、決死の特攻で彼女を諫めた少年は、自室である屋根裏部屋で、死んだように眠っている。
……多分、死んだように。

目の前の太平楽な寝顔を見つめ、有珠は軽く息を吐く。

「―――お酒に弱いことは、分かってはいたけれど」

未成年三人が暮らす久遠寺邸には、娯楽用の酒類は置いていない。
邸主の有珠がその必要性を認めないし、
生徒会長である青子も『お酒と煙草は二十歳から』というお題目を生真面目に守っている。
草十郎に至っては言うに及ばずだ。
そんなものに金をかけるくらいなら、一杯のラーメンを!と彼なら言うだろう。

故に、青子が飲酒している場面を有珠が見たことは無い。
だが、少女は知っていた。


この三日間で起こった一連の騒動。
自身が管理するプロイキッシャーの暴発により発現した、怪異事件。
その出来事自体は、プロイが設定した『ルール』により、関係者の記憶から完全に抹消された。
しかし。
プロイの管理者である有珠にまでは、その『ルール』は適用されない。
プロイが見聞きし、体験したすべては、事が終わった後、管理者に還元され保存される。
当然、事件そのものだけでなく、事件に重要な関わりを持つ出来事も、その副産物として。

私立三咲高等学校の、今年の学園祭。
ジュースと間違えたシャンパン、あるいは、モンブランの隠し味であるアルコール程度で、青子は簡単に、前後不覚になるほど酔っぱらってしまった。
そしてある意味、彼女に相応しいくらいの豪快な失態をやってのけた。
幸い、周りにいたのは女生徒だけで、その友人の屈力により、その失態は完璧に隠蔽されたそうだが。
一眠りして起き出した彼女は、お約束どおり、その一切を覚えていなかったという。

彼女らしいと言えば、本当にその通りではあるが。


「……浮かれ上戸の上に酒乱。おまけに忘れ癖。
 最低の酒癖ね、青子」

眠りこける共謀者に、氷のような声音で話しかける。
当然、返事は無い。
それを期待してもいない少女は、胸に抱いた本を抱え直す。
盾にでもなりそうなほどの大きさのそれは、久遠寺邸図書室の本棚の上に置かれていた一冊。
かつて、少年の記憶を消すべく、この共謀者と探し回り、
見つけてしまった事実を消すべく、目立たぬ所にそっと置いた一冊。

「―――でも。
 魔術師の基本は等価交換。
 責任は取ってもらうわよ、青子」

黒の魔女は厳かな宣言とともに、蒼の魔法使いの額に、ルーンを刻んだ。



翌朝。
学校に行く支度を調え、居間でお茶を飲んでいる有珠に、入り口から声がかかった。

「おあよー、有珠」
「おはよう、青子。ずいぶんゆっくりね」

いつもどおりのクールボイスで返答する。
そんな態度に慣れっこの青子は、別の理由で顔をしかめる。

「なーんか頭重くて、だるくてさ。
 そう言えば有珠、屋敷のあちこちが壊れてるけど、私が寝てからなんかあったの?」

ぴくり、と。
カップを持つ有珠の手が震える。
が、それも一瞬。

「さあ、私にも」
「そ。
 まあ、またあの馬鹿がなんかやったのかしらね。
 で、アイツは?また朝のバイト―――」

そう尋ねた折りもおり、青子の背後から声がした。

「おはよう、蒼崎。
 気分はどうだ?」

いつもどおりの、のほほんとした少年の声。
しかし、どことなく疲れているような……

「おはよ、草十郎。
 で、なによその気分―――って……」

振り返って彼を視界に納めた瞬間、青子は固まる。
まるで、姉の魔眼にでも魅入られたかのように。

違うのは、その顔色。
一瞬、蒼白になったそれは、次の瞬間真っ赤に燃え上がり、さらに悽愴の青、花のごとき桃、なぜか初夏の万緑にも変化する。
第五魔法もかくや、というその勢いに、目の前の少年は首を傾げ。

「どうした蒼崎?
 やっぱりまだ酔いが……」

「………………っって―――」

「て?」

さらに傾げられたその首めがけて、いきなり青子の右足が跳ね上がった。

   びょう!

金狼に放ったそれを遙かに上回る、喰らえば確実に命を持って行かれるハイキック。
その暴風を、しかし草十郎は、わずかに身を反らしてかわした。

「危ないじゃないか、蒼崎」

全然危なそうに聞こえない口調で、少年が告げる。

「や、やっかましいっ!避けるな!!」
「そんな無茶な」

この期に及んでまだのほほんとした口調の少年に、青子は一気に頂点に達した。
右腕の魔術刻印を起動させる。
もともと青い彼女の眼が、さらに透き通るようなブルーに輝く。
なんか、髪の毛すら真紅に染まり始めている。

「……蒼崎。
 ひょっとして、怒っているのか?」

   ぶちん。

投げなくてもいい最後の一投により、蒼崎青子の戒めが完全に外れた。


「そおぉぉぉーじゅうぅぅぅーろおぉぉぉーーーっっっ!!!」


圧倒的な暴力の前に、少年の意志より先に、少年の《野生》が彼の体を動かす。
眼前の『死』に背を向け、一目散に走り出す。
当然それを追う彼女の顔色は、依然として七色に変わり続けている。

「蒼崎、待て。
 せめて理由を聞かせてくれ!」

「うっっさいっ!!
 殺す!
 ぜったいにころす!!
 いやむしろ、跳ばす!
 ジュラ紀とか、宇宙の終末とか、天地乖離する開闢の刻とか、
 そういう辺りに、その記憶ごと跳ばしてくれるわあぁぁっっ!!」

広くはあっても所詮は行き詰まりの邸内では不利と見たのか、少年は手近な窓を開けて外へ躍り出る。
その窓を、窓枠ごと爆砕して、蒼の嵐が後を追う。

「人殺しは、いけないんだぞ!」

「知っとるわあっ!
 てゆーか、誰が垂れ乳よーーーっっっ!!!」

木とか柵とか石造りのモニュメントとか、いろいろな物を破壊する音が、だんだん遠ざかっていく。
そんな音と、二人の叫び声を聴きながら、有珠は紅茶の最後の一口を飲み干した。

「―――予想以上の効果ね」


そう、昨夜、少女が青子に刻んだのは、かつて探し求めた《忘却》とは真逆のルーン、

《想起》。

青子が都合良く忘れているはずのその記憶を、強制的に思い出させるための魔術。
『静希草十郎の顔を見る』
という行いを、スイッチに設定して。

その喚起力は、とうてい「思い出す」などという生やさしいものではなく。
五感および第六感、魔術回路に至るまで一瞬にして、しかし確実かつ誠実に、被術者に『追体験』させる。
元本である魔導書は、絶対に見つけられない鏡の中に隠してあるから、青子本人による解呪は不可能だ。

ちなみに、想起の回数は、最低三桁をセッティングしてあるから。

「……頑張ってね、静希君」

目の前にいない少年に、有珠は呼びかける。
いつものように、無感情に。
そこに、そこはかとない喜びの色が混じっているように思うのは、多分、少女の気のせいだろう。


「―――にしても。青子にも困ったものね」
少女の呟きは続く。

魔道の追求と、アルコールの使用は、切っても切り離せない。
特に湿潤式の魔術は、術式自体の他、魔的に変質させた酒類を術者が服用する儀式が多数存在する。
見習いとして、基礎の基礎を覚えてきた今までならともかく、今後はそういった講義も受けさせなくてはならないのに……


―――ところで。
「家庭用のビデオカメラって、どれくらいするのかしら?」

映像記録の魔術は使えないこともないが、不得手の部類に属するし、
一般人に見せるためには、魔的な要素が無いに越したことはない。
確か、まだまだ高額だったように思うが……

「今度、静希君に調べてもらいましょう」

うん、とかすかに頷き、
久遠寺有珠は学園に登校すべく、優雅に立ち上がった。




     〈 了 〉





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