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No.32963の一覧
[0] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (「魔法使いの夜」)[中村成志](2012/04/30 09:13)
[1] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (1) (「魔法使いの夜 SS」)[中村成志](2012/05/12 05:51)
[2] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (2-前) (「魔法使いの夜」)[中村成志](2012/05/06 07:58)
[3] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (2-後) (「魔法使いの夜」)[中村成志](2012/05/06 08:03)
[4] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (3) (「魔法使いの夜 SS」)[中村成志](2012/06/12 20:59)
[5] 【番外編】 魔法使いに蹴られた五人の男 (前) (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2012/09/26 19:44)
[6] 【番外編】 魔法使いに蹴られた五人の男 (後) (魔法使いの夜 SS)[中村成志](2012/09/29 19:58)
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[32963] 魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (3) (「魔法使いの夜 SS」)
Name: 中村成志◆53f4cf1b ID:9fdaa5ea 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/12 20:59
「ただい、まー……?」


午後六時。
今日も今日とて、学校と月イチの教会との折衝を終え、帰宅した青子が見たものは、ちょっと変わった光景だった。


居間のソファには、静希草十郎。
それは、別に珍しいことじゃない。
彼の居るのが、地下倉庫から運んできた第三の椅子ではなく、青子の指定席であること。
それも、腹立たしくはあるが、ひとつ叩いて退かせれば済むことだ。
だが、そのソファに倒れ込み、寝息を立てている草十郎、というのは、久遠寺邸ではなかなかレアな眺めだった。

見れば、少年も制服姿のまま。傍らには学生カバン。テーブルの上には、紅茶のカップ。
ややうつ伏せ気味に横倒しになり、今にも椅子から転がり落ちそうだ。

察するに、青子より一足先に帰宅した彼は、居間で一休みしているうちに寝入ってしまったらしい。

(……まあ、コイツもけっこうなハードスケジュールだしね)

学業とアルバイト、屋敷の雑務に追われる少年の日常を思い起こし、ちょっとだけため息をつく。
だが、それに同情するまでのウェットさは、青子は持ち合わせていない。
何より、そこで寝っ転がっていられると、自分がくつろげないのだ。
なので、

「こら、どけ」

手を伸ばし、肩を揺さぶろうとして、



「―――そんな、だめ、だ……蒼ざ、き……」

「 へ? 」



突然、少年が発した一言に、見事に硬直した。










          魔法使いと魔女と草食動物のわりとどうでもいい夜 (3)










「 …… 」

少年に伸ばしかけた手もそのままに、青子は依然動けない。
改めて、眼前の草十郎をまじまじと見つめる。

少しうつ伏せ気味の顔から見て取れる表情は、安らかな寝顔……ではなく、苦痛に耐えるように歪んでいる。
その苦悶の中に、どことなく恍惚とした何かがあるように見えるのは、気のせいだろうか。
荒く、不規則な寝息。頬はやや紅潮し、額にうっすら汗を滲ませている。
なにより、時おり少年の口から漏れる、
「う……」とか、「だめ、だ……」とか、「そこ……」とか、「あおざき……」とかいった呟き。


(―――これって、も、もしかしなくても、あの噂に聞く、思春期男子限定の、その、そういう……夢?)


青子の頬こそ紅潮し、その思考はぐるぐる回る。


な、なにヘンな夢、わざわざ居間で見てるのよ。し、しかも私も出演?どんな役?って、考えるな、想像するな。そんなこと考えたら、昨晩の私の夢みたいに、っっってそれこそ考えるな!記憶抹消!!で、でもコイツもこういう夢見るんだ。こういう顔するんだ。ちょっとかわいい……なんて私が思うことか!?ええい、落ち着け私。関係ない!コイツが私と夢の中でどんなことしていようと、あ、けどどんなコトしてるんだろう?だから思考!そっちに行くな!コイツを叩き起こせばそれで済むんだから、いやでも、もうちょっと、どんな流れでわたしとコイツが…………


さながら永久機関のような、果て無き思考の暴走は、



「あ、有珠、まで……そんな……」



少年の、次なる呻きにより、一気にクールダウンした。


「――――――。
 ふーん。
 女二人はべらせて、ずいぶん良いご身分じゃない」


液体窒素ですら裸足で逃げそうな呟きも、夢の中の少年にまでは届かない。

いっそ、夢ごとこんがり焼き払ってやろうか、と起動しかけた魔術刻印をなんとか押しとどめる。
いくらなんでも、夢に見ただけでその仕打ちは酷だろう、という理性が、かろうじて働いてのことだ。
……まあ、それに釣り合うお仕置きは、もちろん後で行うが。



さて、
と、寝っ転がった草十郎の傍らに改めて立ち、青子は腕を組む。
この粗大ゴミ、どうしたものか。

叩き起こした上で詰問するのが、一番手っ取り早いのだが、夢というのは不自然に起こされたとたん、忘れてしまうことが多い。
たとえ忘れてなくとも、口だけは堅いこの男のことだ。白状させるにはなかなか骨が折れるだろう。

それともうひとつ。
青子は、今の草十郎をもう少し観察したい欲求も、押さえきれなかった。


『蒼の魔法使い』『鉄の生徒会長』と恐れられ、なおかつ恋愛嫌悪症(過去の深刻なトラウマによる)の蒼崎青子だが、18歳の少女であることには違い無い。
同年代男子の馬鹿さ加減にうんざりはしていても、その、そっち方面自体への関心は、話が別だ。
ファッションやおしゃれと同様、年頃の女の子並の興味はあるのである。

ましてや、対象はこの究極の朴念仁。
性欲はおろか、男女の区別すらついてんのかコイツ、と常々思っていた男が、この状態で目の前にいる。
青子ならずとも、つい嗜虐心、もとい好奇心を掻き立てられてしまうだろう。


見ると対象は、今は小休止に入っているのか、先ほどまでのような荒い息づかいやはっきりした寝言は無い。
だが、依然として眉にしわが寄り、聞き取れないほどの小声で時々なにか呟いている。

(……なに、呻いてんのかしらね)

聞き取ってみようか、と、我知らずまた高鳴りだした胸を押さえて、青子はそっと草十郎に顔を寄せ……



「確かめなければいけないわね」



超至近距離から囁かれた台詞に、いっぺんに髪の毛が逆立った。

「っっっ!!!」

慌てて振り向き、発しようとした悲鳴を押さえたのは、一本の白く細い指。


「静かに。彼が起きてしまうわ」


「あ、あんた!
 なんで?いつから?
 いつ帰ってきたの!?」

その指の主から三歩分の距離を瞬時に取り、青子は力いっぱい小声で喚くという器用な真似をした。
視線の先にいるのは、

「つい先ほど。
 寝ている静希君を眺めていたのだけれど、青子が帰ってきたので思わず隠れてしまったの。
 出るに出られず困っていたら、あなたが静希君に覆い被さるから。
 襲うのを止めようと思って、つい出てきてしまったわ」

修行が足りないわね、と憂い顔の久遠寺有珠。

「 ………… 」

つまり、最初から私を観察してたってことかこんちくしょう。
相変わらず、ムダなところで好奇心旺盛なやつめ。
あと、襲うってなによ、襲うって。



「―――ったく。
 で、確かめるって、何を確かめるのよ?」

そっぽを向き、頭を掻きながら青子が尋ねる。
照れ隠しの話題転換に、有珠は


「だから、彼が今、どんな夢を見ているかよ」

「 は? 」

とっても真面目な顔で答えた。


「あなたは気にならない?
 彼がこんなに苦しそうな顔で、私たちの名前を呼んで、いったい何を見ているのか。
 ……まあ、外観を観察するだけで予想はつくのだけれど……」

言葉を切って、有珠はやや頬を染める。
深窓の令嬢とはいえ、やっぱりそっち方面への興味は無いわけではないらしい。

「彼へのお仕置きを考えるためにも、内容の把握は必要だわ。
 せめてその、どんな種類の夢なのかくらいは……」

「 ――― 」


いや、どんな種類もなにも、それこそ明々白々なのではないだろうか。
なんて台詞は、さすがに青子にも言えなかった。

男前な性格のため誤解されがちだが、こちらも一応、花の乙女。
有珠ほどではないにせよ、これまで身近にいた男性は父親一人だけという、なかなかの箱入りぶりなのだ。
そういったたぐいのコトをあえて口にする勇気までは、ちょっと持ち合わせていない。


「それに私、彼には二度も寝顔を見られてしまったのだもの。
 あの恥ずかしさを償ってもらうには、良い機会でしょう?」

「 ――― 」

二回のうち一回はわざと見せたクセに、よく言う、と青子は冷たい目で有珠を見る。
だいたい、寝顔くらい私も見られてるっての。
……ノド咬み咲かれてて、ハラワタぶちまけられてて、アイツ見るなり吐き出した、って話だけど。

ん?
この論理で行くと……


「ちょっと。
 なら私たちも、コイツの寝顔見てるじゃない。
 ほら、遊園地のあとで、ここに持ってきたときに」

「あれは、呪いと殴打による昏倒よ。
 寝顔ではないわ」

しれっと返す黒衣の魔女。
どこが違うんだ、とは思うが、原因の半分を作った身としては肩身が狭い。
なので、この話題はここでスルー。



「―――で。
 確かめるって、どうやって?
 夢を覗くプロイとか、持ってたっけ?」

「別にプロイを使わなくても、頭の中を覗くくらいは簡単に出来るけれど……」

草十郎本人が聞いたら蒼白になりそうな台詞をさらっと呟き、有珠は続ける。

「できれば、魔術は使いたくないわ。彼には」

「 …… 」

か細い囁き。
だが、青子には少女の気持ちが、なんとなく分かった。

有珠にとって、そしてたぶん自分にとっても、静希草十郎は《日常》の象徴だ。
彼自身、もうこちらに半分首を突っ込んでいるにしても、いやだからこそ、彼にはこれ以上、闇に触れてほしくない。


「……そうね。
 まあ、魔力ももったいないし。
 じゃ、次善の策としては?」

ちょっと沈んでしまった場を盛り上げるように、青子がことさら明るく問いかける。
それに対して有珠は、


「あお向けにしてみましょう」


     きらーん


と擬音を発しそうな視線で即答した。


「はい?」

今度こそ青子は、少女の言っている意味が分からない。
あおむけ?
それで何がわかるって、
…………、あ。


「―――その。
 以前、魔術書を読んでいて、知ったの。
 青年男性は、そういったことを考えたり、夢に見たりすると、身体が如実に変化を……」


     ぽっ


なんて、頬に掌を当ててるんじゃない。
ていうか、あんた、魔術以上に非道なこと、コイツにしようとしてない?
だいたいそんなの、魔術書以前に、小学校の保健体育で習うでしょうが!



「では青子。
 この案以上に、彼の夢を知る方法があって?」

「うっ」

……確かに、シンプルイズベスト。
コイツをひっくり返せばいいだけだから、労力もほとんどいらない。
でも―――


「思い出して。
 彼は、夢の中に私たちを出演させているのよ。許可も無しに。
 ならば、その内容を知るのは私たちの権利であり、義務ですらあるわ」

「ううっ」

そ、そっか。
自分が出てるんなら、その物語の傾向くらいは知っておかないと。
で、でも―――


「それに、私たちは魔術師よ。
 魔術師にとって、人体機構の把握は基本であり、同時に奥義。
 その神秘を知る絶好の機会を、青子、あなたはみすみす見逃すの?」

「うううっっ!」


相手の前褌(まえみつ)取っての、怒濤の寄り切り。
考える隙を与えない畳みかけに、ついに青子は堕ちた。

「……そ、そうよね。
 ま、魔術師なんだから、しょ、しょうがないわよね……」

共謀者の、独白のような言葉に、満足そうに頷く魔女。



「では、お願い」

「う、うん……」

指令に従い、青子はふらふらと草十郎に近づき、しゃがみ込んでその両手を彼の下に……


「―――って、ちょっと待て」

彼の下に差し入れる寸前、青子は跳ねるように立ち上がった。


「どうしたの、青子?」

きょとん、とした目を相棒に向ける有珠。本当に不思議そうな視線だ。


「どうした、じゃないわよ!
 そりゃ方法も、権利も、人体の神秘もいいでしょうよ。
 でも、なんで私が、ひっくり返す役をやらなくちゃいけないわけ!?」

「え。
 だって、そういう役、得意でしょう?
 さっきも、静希君をおそ」

「襲ってないっ!!
 言い出しっぺはあんたなんだから、あんたがやるのが筋ってもんじゃないの!?」

「……でも。
 私たちまだ、触れあうにはちょっと早いと思うの……」

「頬染めるな!うつむくな!恥じらうように視線逸らすな!
 だいたい、『まだ』って何よ、『まだ』って!!」


第五魔法の使い手と、最後の魔女。
魔術界の至宝とも言える二人の、なんかどうでもいい言い争いは延々と続き。


「……。
 一つ貸しだからね、有珠」

結局今回は、動より静が勝利を収めたらしい。



改めて青子は草十郎の枕元に立ち、

「まあ、運が悪かったと思って諦めて。
 頭の中を覗かれるよりは、いいでしょう?」

鳶丸あたりが聞いていたら、
(いや、純情な思春期男子にとって、それ以上の責め苦は無いんじゃねえか!?)
と、大反論しそうな宣告を下した。


片膝をつき、彼の体の下に両手を入れる。
心臓が跳ね上がりそうだ。
傍らで有珠も、胸に両掌を組んで頬を染め、息を詰めている。


「…………やるわよ?」


そんな彼女の宣言が聞こえたわけでもないのだろうが。



「―――ぅぐっ、ああっ!」


それまで比較的静かだった草十郎が、再びうなされ始めた。

その声に驚き、慌てて手を引っ込める青子。



「そ、草十郎?」

囁くような問いかけも、彼には届かない。
代わりに、うつぶせになった背がふいごのように上下し、腰が律動し、足が二、三度宙を蹴る。
苦悶極まる表情で

「だめ、だ……、あおざ、き、……りす―――」


「ちょ、ちょっと。これ、まずくない?」

「……あ、青子。静希君、あんなに苦しそうだわ。なにかしてあげないと……」

「し、してあげるって!
 なんかしたら、かえってヤバいんじゃないの!?」


極限まで行き着いた男性がどうなるのか、二人とも知識では知っているものの、当然、現場を見たことはない。
なので、現在草十郎がどういう状態なのか、実感的には皆目分からず、

あまりに苦しそうな少年の姿に、好奇心よりも心配の方が上回ってしまった。


「あ、あお、お、……い、いっっ!」


「そ、草十郎、起きて!
 とりあえず、起きなさい!!」

もはや待った無しの状態に、青子は無意識に草十郎の肩を揺すろうと左手を伸ばし。



「いくなっ!二人とも!!」



突然 がばっ と起き上がった少年は、何かを掴むように右手を伸ばす。

二人の手はクロスカウンター気味に交差し、


     ぷにん


「へ?」

少年の右掌は、見事に彼女の左胸を鷲掴みにしていた。


「 ――― 」

「 ――― 」


見つめ合う二人。
永遠にも似た一瞬の後、


「…………い、イ・イ……!」

ぷるぷる震えつつ、ゆっくりとファイティングポーズをとる青子。
そんな彼女に、少年は



「良かった。無事だったんだな、蒼崎」

心底ほっとしたような、本当に邪気のない笑顔を送った。



一方、



「《イク》のは、アンタの方でしょうがあああぁぁっっ!!
 ―――って、『無事』?」

生涯最高の右フックを放った彼女の脳内に、ようやく少年の無垢な言葉が届き、
青子はきょとんとする。



が、一度放った拳は止められず。
慣性の法則は、法則どおり律儀に作用し。


     ばっこ~~~~~んっっ!!


静希草十郎は、とってもイイ笑顔のまま、居間の空間を飛翔したのだった。








「すまなかった、蒼崎」


30分後。
有珠の治癒呪により、奇跡的に回復した草十郎は、直立したまま深く頭を下げていた。

陳謝を受けているのは、蒼崎青子。
指定席のソファに足を組んで座り、そっぽを向いている。
草十郎からは伺いようもないが、その顔は複雑怪奇に歪んでいた。

ちなみに有珠は、これまた指定席である青子とは反対側の椅子に、静かに座っている。


頭を下げたまま、草十郎の言葉は続く。

「女の子にとって、胸を触られるのはとても嫌なことなんだって、分かっていたはずなのに。
 いくら寝ぼけていたとはいえ、弁解のしようもない。
 このとおりだ」

もはや、頭が床に届きそうなまでに折り曲げられる、少年の体。
その一言一言、一挙手一投足が、青子を責め苛む鞭であることを、草十郎自身が知るはずもない。



聞いてしまえば、なんだそのベタオチ、と笑ってしまうほどのいきさつ。

草十郎が見ていた夢は、そっち方面のモノなどではなく。
橘色の魔術師・金狼との最終決戦の思い出だった。

あの晩、自分に黙って教会から出て行った二人を追いかけた少年。
実際の場面では、常識離れしているほどの落ち着きを、心身ともに見せていた。
だが、夢ではすべての事象は増幅、歪曲される。
眠りの中で少年は、かつて無いほどの不安と疲労にさらされていたという。
息が乱れ、うわごとをくり返すのは当然のこと。

そんな命の恩人(夢の中でも、現実でも)を、自分のカン違いから見事に殴り倒したあげく、
彼にとって全く謂われのないはずの謝罪を、真摯に繰り返させている。
いくら傍若無人の蒼崎青子でも、この状況でいつもどおりにいられるほど、極悪でも非道でもない。
―――要するに現在、青子は彼に会わせる顔が無くて、そっぽを向いているのだ。

いつもの彼女なら、自分の非はいさぎよく認め、経緯を説明した上で草十郎に謝罪しただろう。
しかし、今回ばかりは、それは出来ない。


(……言えますか、ってんだ。
 あなたの夢を ○ ○ だとカン違いして、
 妄想が暴走して × × まで突っ走って、
 あげくに最後の『行くな!!』を『 ♪ ♪ な!!』と聞き間違えたから、殴ってしまいました、なんて。)


なのに、目の前のコイツは、


「どんな罰でも受ける。償うために何でもする。
 だから蒼崎―――いつもの蒼崎に戻ってくれないか?」

青子の挙動がおかしいのは、全部自分の責任だ、と思っている。
不用意に胸に触れたせいで、彼女が傷ついているのだ、と思い込んでいる。

……ったく、この男は…………



「蒼崎―――
 ダメ、なのか?」

「ああもう!
 カン違いもいい加減にしなさい!!」

ついに耐えきれず、青子は怒鳴ってしまった。


「……蒼崎?」

「別に、アンタのこと怒ってたわけじゃないわよ!
 不可抗力だってことはちゃんと分かってるし、アンタのせいじゃないのも分かってる。
 ただ、いきなりだったんで、その……つい手が出ちゃった自分の未熟さに呆れてただけよ」

嘘は言っていない。
経緯の大部分を端折り、原因を暗にすり替えただけで。

本当のことが言えない以上、申し訳ないが彼のカン違い―――胸を触ったから怒っている―――を利用させてもらうしかない。

だから、心の中で彼に手を合わせながら、結論だけは正直に言う。


「……夢の中とはいえ、私たちのこと心配してくれてたのに、殴ったりしてごめん。
 殴り返していいわよ」

「 ………… 」

「な、なによ」


「良かった。いつもの蒼崎だ」


「 ――― 」

本当に嬉しそうな少年の笑顔に、不覚にもちょっとだけ心が騒いだ。


「せっかくだけど、殴り返すのは遠慮しとくよ。
 逆にこっちの手が、どうにかなりそうだし」

「……アンタねえ。
 そこまでいい雰囲気でまとめといて、どうして最後でぶち壊すのよ」



ようやくいつもの掛け合いに戻った二人に、横から つい と手が伸びる。

「青子の破壊癖にも困ったものね。
 静希君、まだ少し腫れているわ」

見ると、ようやくソファに腰掛けた草十郎の頬に、有珠が掌を当てている。
治癒呪を効率よく効かせるには、接触が一番良いんだ、とかなんとか。
でもあんた、さっき『まだ触れあうには早いわ……』とか言ってなかった?


そんな視線を少女に送ると、

( ――― )

やはり、視線で返された。
はいはい。『ひとりじめするな』ってわけね。
首謀者だったくせに、よく言うわ。


ありがとう、もうだいじょうぶだよ。
いいえ、まだだめよ。
なんてやり取りをしている二人から視線を外し、大きく伸びをする。


まったく今回は、最初から最後まで恥を掻きっぱなしだった。
そもそもの失敗は、この朴念仁のキャラクターを読み違えてしまったことだ。
天性のボケに加えて、ほんの一年前まで山奥暮らしだった草食動物。
そんな準UMAに、性欲なんて上等なモノ、備わってるはずが……



そこまで考え、ふと視線を元に戻すと、その朴念仁は自分の右掌を じっ と見つめている。
気のせいか、頬がなんとなく赤いような……

「どしたの、草十郎?」

問われて、初めて我に返ったのか、少年はハッと目を見開くと、急いで右手を背中の後ろに隠した。
ぶんぶんと首を横に振り、『別になにも隠してませんよ?』といった顔をする。

……ここまで怪しい素振りというのは、めったにお目にかかれるものではない。


「―――ねえ、静希くん?
 ベルトで首を締められるか、魔弾で髪をこんがり焼かれるか、居間の空間飛翔をもう一度体験するか、好きなイベントを選ばせてあげる。
 あ、ついでに《素直に白状する》っていう項目も付け加えちゃうけど、どれがいい?」


聖母のような飼い主の微笑みに、草十郎はあえなく屈した。
青子の脅迫が、決して脅迫にとどまらないことを身に沁みて知っているせいもあるが、
もともとこの少年は、自分自身のことに関しては、あまり秘密を持てないのである。



「―――いや。
 こんなこと言うと、今度こそパンチ一発じゃ済まないと思うんだけど……」

草十郎は、もう一度右掌を見つめると、ますます頬を染めながら、まぶしいくらいの笑顔で言った。


「蒼崎は、本当に女の子なんだなあ、って」


「――― え?」

おどろい、た。
いや、発言の内容にもだけれど、コイツ、赤面して―――もしかして、恥ずかしがってる……?


「本当に申し訳ないんだけれど、さっき触ってしまったとき、そう思ったんだ。
 木乃美や鳶丸から聞いたんだけれど、
 『女の子の体っていうのは、男とは全く違う。壊れ物みたいなものだから、取り扱いには充分注意するように』
 って」

……あいつら。
この人畜無害に、なに吹き込んでんのよ。


「そのときは正直、『違うのは見れば分かる』くらいにしか思ってなかったんだけど。
 でも、さっき蒼崎を触って、実感した。
 本当に、男とは全然違う。
 やわらかくって、暖かくって、なにかいい匂いで……」

少年は、もう耳まで赤くなりながら、それでも幸せそうに目を閉じて、言葉を続けている。


―――当然のことだが、それを聞いている《やわらかい》本人は、そんなものでは済まない。


……な、なに無垢な笑顔で幸せそうに恥ずかしいコト言ってんのよ。
普段は腹が立つくらい鈍いくせに、その赤面ぶりって反則じゃない?
なんかガラじゃないけど、『だっこ』とか『ぼせいほんのう』なんて単語が浮かんで来ちゃうっての。
そ、そういえば私、今気づいたけど、コイツに胸掴まれたこと自体は、嫌でもなんでもなかったのよね。驚いただけで。
あ、もちろん嬉しい、なんてこともあるわけないけど。
でも、木乃美の馬鹿に触られた時みたいな嫌悪感って、露ほども無かった。
これってどういう……やめやめ!考えるとなんか、ヘンな結論に行きそうだ!
だ、だいたい女の体が男と違うのは当たり前でしょ。
アンタの体だって、あ、いや見ただけだけれど、細いくせに筋肉のかたまりみたいだったじゃない。
そりゃあシュワルツェネッガーほどじゃなかったけれど、私としてはこっちのほうが、ってだから、考えるな突っ走るな私!!


もはや、全身が《熱い》を通り越して《痛がゆい》のレベルにまで達しながら、
先ほどとは比べものにならないくらい、青子の思考はぐるんぐるん空転する。


「事情を知らない男子たちに、
 『あんな美人の女の子二人と暮らせるなんてうらやましい』
 って、何度も言われたけれど。
 確かに、そうなのかもしれないな。
 うん、本当に有珠ともまた違ったやわらかさだった」


だ、だから、この状況で『美人』とか『女の子』とか言うんじゃない!ヘンに意識しちゃうじゃない。
やわらかいやわらかいって、大福餅じゃないんだからね。
それに、女同士でも個体差があるのは当然なんだし、有珠とも違うのもまた当然、

って、《有珠》?


奔流のように荒れ狂っていた思考が、黒部ダムのごとき固有名詞によって ぴたり と停止する。



「―――待って、静希君。
 あなた、私に触ったことがあった?」

挙がった声に目を向けると、いきなり話題に登場させられた少女が、この上なく真剣な視線で、草十郎を凝視していた。


「あ、いや。触ったことは無いけれど。
 ほら、あの夜におぶって帰ったときとか。
 自転車に二人乗りして、坂を下ったときとか。
 『有珠って、華奢だけどやわらかいなあ』
 と思ったんだよ」

あんな状況の時に、考えることじゃないんだろうけどね、
と、少年はやはり赤面しながら、さわやかに笑う。

―――現在のような状況で言う台詞でもない、ということには、もちろん全く気づいていない。



もはや完全にクールダウンしている青子の目の前で、逆に、有珠がどんどん茹であがっていく。

(うわあ、私も今さっきまで、あんな顔色だったんだあ……)

青子は、いっそ感心しながら、共謀者の変貌を眺めていた。

あまりに切迫した事態での出来事だったせいか、それとも男性慣れしていない思考が徒になったのか。
あの夜は大切な思い出として少女の中にあるとしても、自分自身が少年に与えた影響については、全く考えが及んでいなかったらしい。


「どうしたんだ有珠?おなかでも痛いのか?」

少年の純粋な心配はとても尊いが、この場合、『火に油を注ぐ』以外の形容が見あたらない。

うつむいてぷるぷる震えていた有珠は、やがて、おもむろに懐から何やら取り出した。



「――――――。
 しずきくん」

「うん?」



少女の問いかけに草十郎が返事をしたとたん、
ソファの背に影だけ残し、少年の姿は一瞬にして掻き消えた。



「 …… 」

呆れたような青子の視線をよそに、


     きゅっ


少しだけ耳障りな音とともに蓋を閉め、有珠は、その茶色の小瓶をテーブルに置く。

うっすらと透けて見える瓶の中には、慌てふためいた人間のようにも見える影がひとつ。
―――正露丸の瓶であるというところに、黒衣の魔女の怒り具合が反映されている。



「夕食は出前にしましょうか。
 二人前でも持ってきてくれるかしら?」

まったく何事も無かったかのような素振りで、有珠が立ち上がる。


あちゃあ。
アイツ、夕メシ抜きの上、一晩中ビン詰め決定かあ。
自業自得だから同情もしないけど、しばらく正露丸臭くて、アイツのそばには近寄れないわね。

などと、同じくらい非道なことを考えながら、青子も有珠に続く。


小瓶に一瞥をくれたあと、居間を出ようとして、

「 ――― 」

ドアの所で立ち止まっている有珠の背に気づいた。


「有珠?」

青子の問いかけに、少女は振り向きもせず。


「 …… 」

「 …… 」


しばらくの沈黙の後。



「―――どちらが、好みなのかしらね。」

「 え? 」


「……。
 『違ったやわらかさだった』
 と、言っていたけれど。」



そんな呟きと、真っ赤に染まった首筋の残像を残して、少女は退場。



残された青子は、

「 あ…… 」



テーブルの上に放置されたままの、茶色の小瓶を、なぜか振り向いて見つめてしまうのだった。









          〈 了 〉






     -----------------------------------



(2012年6月12日 追記)


「Arcadia XXX SS投稿掲示板」に、

『魔法使いと魔女のちょっと人には言えない夜』

という題で、この話(『魔法使いと~(3)』)の後日譚を、投稿してみました。

あんまりエロくないんですが、ちょっとエロい描写があるので、こちらの「TYPE-MOON SS投稿掲示板」には、投稿できませんでした。

本番は、ありません。
絡みも、(ほとんど)ありません。
エロいのを期待して読まれる方には、物足りないかと思いますが。

よろしければ、ご覧ください。






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