ありえない可能性に手を伸ばす。
起りえない奇跡に手を伸ばす。
もう一度、もう一度。
何度も何度でも手を伸ばす行為は、無様であろうか。
否、俺はそう思わない。
もう一度、もう一度。
枯れ果てた可能性を願うその姿は、諦めていないことと同義ではないか。
可能性を望み、奇跡を掴もうと足掻く姿を、俺は否定しない。
それが無様であろうと、無意味であろうと。
諦めない、その行為を否定しない。
だから俺も手を伸ばそう。
もう一度、もう一度。
何度でも、何度でも。
己が満足する、その一瞬まで手を伸ばし続けよう。
だから――
――マーボーおかわり。
「何杯食べるつもりなのよ!」
――満足した。
俺は今、確かな幸福に包まれている。
「マーボーだけをよくあんなに食べれるわね……」
遠坂も食べれば分かる。
至高のひと時、極限の彼方を――
「常人ならその極限の彼方から帰ってこれないから」
いや、一度食べれば病み付きだぞ。ほら、あれを見ろ。
「にゃぜ、にゃぜだ。ネコ缶を食べているはずにゃのに、マーボーの味しかしねーにゃ!ちくしょーーー!」
はっはっは。
さっきの一口が見事にネコの味覚を染め上げたようだ。
「本当に病んでるじゃない……ガチ泣きしてるわよ」
水飲んでしばらくすれば治るさ。多分、きっと、おそらく。
ところで遠坂。今気づいたんだが。
「なに?」
その左手の甲のアザ、大丈夫か?もしかして戦いの傷が治ってないんじゃ……
「これは私の令呪よ。……令呪も知らないなんて言わないわよね?」
――記憶にございません。
「政治家みたいな言い訳をしないの……はぁ……これはね、サーヴァントに対する絶対命令権よ」
絶対命令権?
「そ、3回限りの命令権。そして同時に切り札でもあるわ。例えば、そうねぇ……瀕死のサーヴァントに『敵を斬れ』とか命令したら、例え動けない体でもそれを為そうとするわ」
なるほど、令呪を使って無理を可能とするわけか。
「まぁ、その認識で間違って無いわ。貴方にもどこかに令呪が刻まれているはずよ」
もしかして……この右手の……手のひらのこれか?
「ちょっと見せて――ぷっ!なにこれ、肉球みたいなマーク、ぷぷっ!」
無理に笑いを我慢しないでくれ、より惨めになるだろう。泣ける。
「ご、ごめん。あまりに面白い形だったから……ぷっ!」
「あたしのシンボルマークにゃ。泣いて喜べー!」
惨めさで涙が止まらないよ。
……で、これを使えばサーヴァントに命令できるわけか。
「逆らえないあたしにナニをさせるつもりにゃの?言ってもいいんだぜ、思春期ボーイ」
別のサーヴァントになれ――!
「一瞬の躊躇いも無く言い切りやがったにゃー!」
……ならないんだけど。
「なるわけないでしょう……」
「あたしと少年の運命の赤い鎖は令呪程度では断ち切れないにゃー!」
もはや呪いの域だな。
「ご愁傷様。……この令呪はね、サーヴァントの限界を超えさせることもできるの。例えば、これを使ってサーヴァントを呼べば、空間転移の技能を持たないサーヴァントでも一瞬でマスターの元に駆けつけることができるのよ」
便利だな令呪。
よし、ちょっと地上までいってカレーパン買ってこい――!
「行ってくるにゃ!」
頼んだぞ。
「あほかー!」
ぐはっ!?
「切り札をパシリに使う馬鹿がどこにいるのよ!それに令呪はこの聖杯戦争の参加資格みたいなものなの!全部使い切れば次の決戦へ進むことが出来ない――実質2回なのよ!なんで自分の命を捨てるようなことをするの!こんなことでアンタがいなくなるなんて……べ、別に心配してるわけじゃないわ!こんな馬鹿げたことをするアンタが悪いのよ!」
オーケー、俺が悪かった。
すまない、ごめんなさい。
だからガンドはやめて。
一発がヘビー級のボクサーのパンチ並だから。
いや、ボクサーに殴られたことないけど。
それに、ほら。
令呪使ってないから。
流石にこんなことに使うつもりなんてないから。
まずは落ち着いて、話し合おう。
「……本当に、使ってないわね」
あぁ、使ってないとも。
……今のは、俺が不謹慎だったな。
命綱で遊んだようなものだ。
すまない、遠坂。
「……わかればいいのよ」
あぁ、本当に悪かった。
でも――心配してくれて、ありがとう。
遠坂が本気で怒ってくれて、嬉しかった。
だから、ありがとう。
「――ブッ血KILL」
何故に!?
「いいから殴られろ――!」
さすがに理不尽だろ――!?
「照れ隠しに崩拳はオーバーキルにゃツインテ。ところで少年、言われたもの持ってきたにゃー」
流れを断ち切ってくれてありがとう。
できれば遠坂の拳が俺の鳩尾に入る前にきて、ほし……かった……――――
「少年?少年……しょう、ねん……少年――!」
「何叫びながら空へ向って敬礼してるのよ。心配ならそこで転がってる馬鹿を介抱すればいいじゃない」
「転がせた犯人が良く言ったもんだにゃツインテ」
「ふんっ!ナカオ君が悪いんだから!」
「耳真っ赤にしてぷりぷり怒られてもにゃー。しかし、少年がこの状態だとせっかく持ってきたカレーパンが無駄になりそうだにゃ」
――それを早く言え。
「……食べ物で復活するあたり、アンタ達間違いなく主従だわ」
食事は人が生きる理由の一つだよ遠坂。
ところでネコ、お前その傷はどうした。
服もボロボロじゃないか。
何があった。大丈夫なのか?
「にゃー……さすがに辛さを信仰する狂信者は手ごわかったにゃ。でもなんとかあの不良シスターから奪取できたにゃ!」
辛さを信仰するシスターか……ムーンセルの信者は辛党しかいないのか。
「にゃ?ムーンセルじゃにゃくて地上在住のシスター年齢不詳にゃ。パイルバンカーで狙われた時は焦ったにゃー」
年齢不詳なのか。
見た目は若いのか?
「うむ。自称高校生だけどぶっちゃけイメクラに見えるにゃ。でも若くは見えるにゃ」
――ならば良し。
「ツッコムところはそこじゃないでしょうが――!」
ぐはっ!?
と、遠坂さんや、少し、手が、早く……なって……な、いか……
「惚れ惚れするような正拳突きだにゃツインテ」
「まったく、年齢不詳のシスターの見た目なんてどうでもいいでしょう。だいたい年齢不詳のシスターなんかより目の前にいる……いやいや、そうじゃなくて。それよりも――アンタ、地上に行ったの?」
「にゃ?行ったぜ、あの星空の果てへにゃ――」
「……まさかセラフから脱出できたの?そんな、まさか――でもさっきの空間転移能力なら……いやいや、そもそもサーヴァントはムーンセルが再現した架空の存在であって――いや、でも……」
……遠坂さんはなにやら考え事をしているようだし、俺達は邪魔をしないよう別の場所へ移動しよう。
「戦略的撤退、またの名をチキン敗走にゃ」
お黙り。割とダメージが洒落になっていないんだ。
大人しくしなければ――ここら一面がリバースしたマーボーの海に沈むことになる。
「それはもはや兵器だぜ少年」
あぁ、故に静かに座っていられる教会前のベンチへ行くぞ――
「膝が笑ってるぜボーイ。まるで生まれたばかりの小鹿にゃ」
黙れ――あ、吐きそう。
「頑張れ少年――!」
教会の傍、噴水を眺めることの出来るベンチへ腰を下ろす。
聞こえる音は、噴水の水が流れる音と、噴水を囲うように植えられた花々の揺れるざわめきのみ。
ほっと一息をつける、そんな安らかな場所。
ここにいるだけで、心洗われる。そんな気がする。
「心洗う前に流れる脂汗を拭うべきじゃね?」
そんなにやばい?
「滝の如し。少年、保健室に行ったほうがいいんでにゃいの?」
いや、別に怪我をしたわけじゃないし。
――ぶっちゃけ食いすぎた。
「ツインテの攻撃でダメージがない辺り少年の耐久力も大概にゃ」
お前にだけは言われたくない。
まぁ、遠坂もなんだかんだ言って手加減してくれているからな。
本気だったらムーンセルの介入が入るだろうし。
それにしても、ここは静かでいい。
「そうだにゃー。後ろの教会がそこはかとない邪気とかプレッシャーとかをかもし出しているところに目をつむればいい所にゃ」
どんな人外魔境だよあの教会。
あぁ、それにしても、いい陽気だ。
ベンチの背もたれに身を預け、ぐっと背伸びをする。
ばきばきと鳴る背骨。思った以上に疲労が溜まっているようだ。
軽く肩を回し、首の疲れを取ろうとマッサージをしていると、正面から誰かが近づいてきた。
近づいてくる存在は、やや紫がかった淡い白の髪、浅黒い肌、そしてこちらの奥底まで覗き込むような澄んだ瞳を持つ少女だった。
「……ごきげんよう」
……ごきげんよう。
「ご機嫌だにゃ」
「私はラニ。星を探す者」
俺はナカオ(仮)。記憶喪失。
「あたしはネコアルク。見ての通りプリティマスコットにゃ」
「師の言葉に従い、私を照らす星を探し天上の迷宮を歩んでいます」
それはつまりラビリンスでサーチアンドデストロイということか。
「ふむ。にゃるほど」
「貴方の星は晴れることの無い霧(に隠れ詠めませんでした」
君はこの無数の星の中を旅する冒険者ということか。
「ふむふむ。にゃるほどー」
「教えてください。見えざる者(。貴方は何者ですか?」
俺はナカオ(仮)。名という真実を探し、過去という軌跡を求める者。
「ふむふむふむ。Zzz……」
「貴方もまた求める者(なのですね、ナカオ(仮)。私は私の星を探すため、多くの人間を知らなければならない。貴方も、ダン・ブラックモアもまた知るべき欠片。協力を要請します。蔵書の巨人(の最後の末として私はその価値を証明したい」
なるほど……
「Zzz……ら、らめ。それは、それは――」
「ダン・ブラックモア、そしてその従者の遺物を渡してください。私はそれを用いて星を詠み、貴方もまた彼等の過去をしることができる。それは有益だと提案します」
なるほど……
「Zzz……それはあたしのにゃー!……ハッ――夢か……」
「では、いずれ。貴方から声が掛かる事を待っています。――ごきげんよう、ナカオ(仮)」
ごきげんよう。
「ご機嫌にゃー」
突然現れた少女は、風と共に去っていった。
風と共に現れ、風と共に去った少女は、澄んだ空気を纏った透明感のある存在だった。
ところで……彼女が言ってたことわかったか?
「少年が理解してると思って寝てたにゃ!」
俺もほとんど理解できなかった。
「むふー。クールビューティーならぬチューニビューティーだったにゃ」
彼女はどこか遠い場所で生きてるんだな。
まぁ、とりあえず協力してくれるらしいぞ。
「少年、欠片も疑ってにゃいのも問題だにゃ」
信じる者は救われる、だろ。多分な。
それに疑うよりは信じるほうが良い。
それで失敗するなら、その責任は自分で取るさ。
「にゃふー。そこまで考えてるにゃらいいにゃ」
まぁ失敗した責任は二人で折半てことで、マイサーヴァント。
「拒否権がにゃい時点でもはや脅しじゃね少年。……にゃっふっふ、望むところだぜマスター」
いきなり現れた少女、唐突な提案。
目まぐるしい状況の変化は、迷う暇も与えてくれない。
不思議な雰囲気を持つ少女との邂逅が、どのような結果をもたらすのか俺にはわからない。
ただ唯一、わかっていることは――
――(仮)まで名前だと思われているんだがどうしよう。
「手遅れにゃ」
マジか。
……まぁ、次に会った時に訂正すればいいか。
そろそろ、行こうかネコ。
訓練にしろ相手の情報収集にしろやることは幾らでもある。
「そうだにゃ……っ!?危ない少年――!」
ネコの叫びに自身に危険が迫っていることにようやく気づく。
刺す様な視線、押し潰されるような威圧感。
すぐそこに俺を殺す何かが来る――!
だが、動かない。
いや、動けない。
ネコの言葉に意識はできたが、刹那に動けるような身体能力を持っていない。
「にゃー!」
ネコの雄たけび。
動けない俺を守ろうと、ネコが俺の前で仁王立ちをする。
俺に迫る何かから庇おうと盾になる。
あぁ、だけど――
――身長が全然足りないんだよお前。
かろうじて身を捻り致命傷は避けたが、右腕に突き刺さった矢に意識が奪われる。
「少年ー!?」
薄れていく意識の中、令呪でネコの身長を伸ばしてやろうと思った――
<あとがき>
くっ!静まれ!俺の右腕よ!
封印を解くには早すぎる――!
……番外編はまだ本編に出てないキャラもいるのでまだ出せません。
やはり初登場は本編でやりたいのです。
キャラクターが全部出揃ったくらいに表にだせたらなーと考えています。
【おまけNG】
「では、いずれ。貴方から声が掛かる事を待っています。」
協力する、そう言った彼女が風と共に去る――って、はいぃ!?
「にゃっ!?」
「――ごきげんよう、ナカオ(仮)」
ご、ごきげんよう。
「ご、ごごご、ごきげんにゃー」
……なぁ、ネコよ。
「……なんにゃ、少年」
……風で、ラニのスカートめくれたな。
「……めくれたにゃ」
……なぁ、ネコよ。
「……なんにゃ、少年」
……見えたな。
「……見えたにゃ」
……なぁ、ネコよ。
「……なんにゃ、少年」
――はいて無かったな。
「――はいて無かったにゃ」
……ふぅ。
ちょっとダーマ神殿(行ってくる。
「行かせねーよ。レベル1の癖に転職とか生意気言っちゃいけねーにゃ!」
離せ!今の俺なら悟りを開くことができるはずだ!
「主人公は賢者には転職できねーにゃ!」
いや、今の俺は悟りの書(を垣間見た。
今なら逝ける!
「それは越えちゃいけにゃい一線にゃー!」
えぇい離せ!離して!記憶に残っている内に――!
「どんだけ本気にゃのよ!?――危ない少年!」
ネコの叫びに自身に危険が迫っていることにようやく気づく。
刺す様な視線、押し潰されるような威圧感。
すぐそこに俺を殺す何かが来る――!
だが、動かない。
いや、動けない。
最後に見えた光景は、眼前に迫る、毒々しい矢の鋭さだった。
【DEAD END】
<あとがき2>
記念すべき死亡一回目。
選択肢を間違えたら容赦なく死にます。fate的に。
漫画版読んで知ったんですが、ラニは穿かない派らしいですね。
……ふぅ。
ちょっとダーマ神殿逝って来ます。