幻想と電子が交じり合う霊的電脳の海を沈む。
遥か遠く、眼下に見えるのは朽ち果てたコロッセオ。
一回戦は海を模した決闘場だったが、此度の決闘場は中世の石造りの町を模しているようだ。
その決戦場へ魔術師と英霊を運ぶエレベーターの中で、雌雄を決する相手と向かい合うように佇む。
言葉は無い。
対戦者、ダン・ブラックモアは目を閉じ、これから始まる闘争への集中力を高めている。
その佇まいは何があっても揺り動かない不動のモノ。
あれが対戦者、あれが敵、あれが――俺の向かい合うべき人。
俺もまた、言葉は無い。
それは、彼の威圧感に負けているからではない。
俺自身も静かなる闘争本能に身を委ねているからだ。
「……あー、なんつーの。静かな空間って苦手なんだよな。ほら、なんかない?相手のマスターさんよ」
アーチャーはこの静かな空間が苦手なのかやや大振りな身振りでこちらに話しかけてきた。
「言いたいこととか聞きたいこととかなんでもいいぜ?あとちょっとで話すことなんざできなくなるんだし」
確かに一理ある。
俺達が敵同士であるといことは変えようのない事実。
この先は殺し合いしかないのであれば、聞きたいことの一つや二つはある。
「……」
無言のままのダン・ブラックモアへ向き合う。
その静かな佇まい、闘争に向けた戦士の姿に言葉が詰まりそうになる。
だが、ここで聞かなければ2度目は無い。
だから俺は、意思を固め、言葉にする。
――ダン・ブラックモア!
「……」
余計な言葉は言わない、そんな意思が態度と威圧感で現れている。
だが、俺とて意思はすでに持っているのだ。
ここで圧されることはない。
――ひとつだけ、問いたい。
「……良かろう」
目は閉じたまま、静かな応えだった。
その姿に俺は、ここを逃せば聞くことの出来ないであろう問いを彼へ投げかける。
貴方は……
――何故に体操服?
「これがわしの持つ最高の礼装だからだ」
「果てしないほどのデジャブにゃ」
「おぉい!?そこ聞いちゃう?お兄さん必死に目を逸らしてたのにそこ聞いちゃう!?」
まさか体操服とはな、意表をつかれた。
「俺もびっくりだよマジで。旦那、やっぱりその格好はダメですって。色んな意味で。ほら、あれだ。闘争にむきませんって」
「何を言うかアーチャー。この服はこの学園の元になった日本の学校で、激しい運動の際に使われるものだ。見よ、良く伸び動きを阻害しない。マスターといえど、闘争の中で激しく動くのだ。この服こそ相応しい」
「だーっ!あってるけど間違ってる!旦那がそれを着ることが相応しくねーですって!おい!アンタからも何か言ってやれ」
……ダン・ブラックモア。
「ほら、相手のマスターも言いたいことがあるって。な、おとなしく着替えましょうや。前の鎧姿のほうがまだマシですって」
――やはり貴方は歴戦の戦士だ。まさか日本の伝統を既に身に纏っているなんて。
【 E:強化体操服 】
「制服の下から体操服が出てきやがったー!?」
やはり激しく動くのならば体操服ですよ。
まして僅かな動きの阻害が命取りになるならば、この伸縮性と機能性は譲れません。
「よもや君がそこまで理解しているとはな……迷いを捨てたか、少年」
未だ答えは得ていません。なれど、闘争の準備を怠るなど愚の骨頂。最善は尽くします。
「ふ、良い顔だ。戦士の顔だ。前言を撤回しよう。君だからこそ、この真 実に辿り着けたのだな」
「辿り着いてねぇよ。迷いまくりだよ。真実どころか迷宮入りだよ!体操服が真実であってたまるか!」
貴方には恩がある。道を説いてくれた感謝もある。
けれどそれはここには持ってきていません。
だからこそ俺は――体操服なのです。
「そうだ。その通りだ。これから始まるのは闘争だ。願いを求める戦争だ。少年、わしは言ったな。この戦いで識れ、と。そのために必要なのは意思だ。迷いを晴らそうとする意思なのだ。故に――体操服なのだ」
「何この状況。なんで体操服フィーバーなの?これから殺しあう者同士が体操服で向かい合ってるとかどういうこと?おい!オマエも自分のマスターの服装ぐらい注意してやれよ!」
「にゃっふっふ。どう?似合う?似合う?」
「やけに大人しいと思っていたらブルマに着替えてやがるだと!?」
「あたしは上着の裾をブルマにINする派にゃ」
「いらねぇよそんな情報!なんだよこれ!?これから戦いだよな?戦争だよな?なんで体操服なんだよ!運動会か!」
はっはっは。
なんだかんだ言いながら運動会のことを知っているなんて。
こっそり調べたね?
実はその革鎧の下は体操服なんだろう?
なに、恥ずかしがる必要はないさ、さらけ出すんだ。
「ふむ、アーチャーよ。時は近い。準備が出来ているのならば、着替えたまえ」
「着てねーよ!準備してねーよ!調べてねぇぇよ!これは聖杯からの知識だっつーの!聖杯はブルマに上ジャージがいいんだと!……ってなんだよこの知識!?どうでもいいんだよ聖杯の好みとかぁぁぁ!」
ほぉ、ジャージブルマとは……やるね、お兄さん。
「俺じゃねぇぇぇぇぇぇ!!」
「やべーあたしブルマ似合い過ぎてやべー。これじゃ全国の青少年が100m走で前かがみになっちまうにゃー」
ないわー。
「ねーよ」
「ふむ。ないな」
「迷いの無い三重奏!?にゃんでこんにゃ時だけクールにゃのよ!」
アーチャーの猛烈な抗議により体操服から制服へ着替える。
ダン・ブラックモアも普段の鎧姿へと戻っていた。
「やれやれ、仕方のない奴だ、アーチャー」
「あーもー俺が悪いですよ、でもさっきよりはそっちのほうがマシですって。つか、そもそも体操服持ってなかったすよね」
「うむ。あれは学園で戦うのならばその様式に倣えともらったのだ。郷に入っては郷に従えというやつだな」
「旦那が入ったのは郷じゃなくて業だよ。たくっ、誰だよ余計なことしやがって……」
「中々の着心地だった。感謝する」
「アンタもにゃかにゃかの着こなしだったにゃ!」
お前かよ。
「お前かよ!?」
お兄さん、俺達気が合うよ。
苦労人同盟は何時でも募集中。
「誰が入るか!つか、入れる資格があるのは俺だけだっつーの!」
「気を静めよアーチャー。狙撃手は何時如何なるときも冷静でなければならぬ」
そうだな。短期は損気だよお兄さん。
「そうだにゃー。あたしのブルマ写真あげるから落ち着くにゃ!」
「圧倒的アウェーだなおい!くそっ!とっとと戦争を始めるぞ!」
「やれやれ……先に行く。戦場で待っているぞ、少年」
エレベーターが止まり、老兵と弓兵が戦場へと行く。
俺達も、行こう。
「にゃ!」
エレベーターの扉の先、光に中をサーヴァントと隣り合って進む。
先へ待つ敵と向かい合うため、道を識るために、歩む。
扉を潜りコロッセオへ。
この先が、俺達の戦場。
隣を歩く小さな相棒は……
――まだブルマだった。
<あとがき>
引越し前の最後の休暇に最後の投下。
本当はこの回で戦闘まで終わらせるつもりだったけど無理でした。圧倒的時間不足!
短いけどきりがいいので許してください。
では、いずれまた。
【おまけ ラニさんの初めての占い】
「……ナカオ(仮)は何時来るのでしょうか」
「星は未だ答えをくれない」
「煌きは陰り、光は途切れる」
「揺らめく瞬きの間、停滞もまた星の意思」
「なれば、私にできることはあの人が来るべき時に備えることのみ」
「…………」
「……よくよく考えれば、誰かのために占うのは初めてです」
「…………」
「お茶の準備をしておきましょう」
「たしか購買部には茶葉があったはず」
「あぁ、お茶請けも用意しておきましょうか」
「彼は何が好みでしょうか」
「星よ、導きたまえ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「はやく、こないかな」