学園に用意された教室の一角。
なんの変哲も無い場所で俺は今――雌雄を決する時を迎えている。
敵は一人。
対面の机に座る相手は、たった一人で俺とネコの二人に挑んできた。
ニコニコとこちらを見つめるその瞳は、どこか敵対していることを忘れさせるような温かさがある。
『少年、油断するにゃ』
左前方へ座るネコの、念話を通した言葉に気を引き締めた。
目の前にいる人は敵なのだと再認識する。
油断はしない、容赦もしない。
対面の女性は、敵なのだ。
――ふぅ。
息を深く吐く。
心を落ち着かせ、集中する。
今、俺の目の前には無数の可能性、牌を積んだ山がある。
それは相手を倒すための武器であり、自分を勝利へと導く策である。
俺はこれからその一つを手にとらなければならない。
山の端にある牌の一つを、作法に則り手に取る。
そして、元々、手元にある牌と見比べ、どれかを捨てなければならない。
無用なものを捨て、最善を選ばなければならない。
下手に捨てると、捨てたそれは敵の武器になりかねない。
故に、捨てるべき牌は、慎重に撰ばなければならない。
牌を持つ手が震える。
これが正解なのか、これが最善なのか。
――わからない。
俺は、間違っていないのか。
これが勝利の一手なのか。
一度迷えば、それは霧のように視界を塞ぐ邪念となる。
……ざわ……ざわ……
空気が張り詰める。
無音のはずなのにざわめきが聞こえるような気がして集中できない。
冷や汗が流れ落ちた。
ぐにゃりと、空間が捻じれるような緊張感が俺を襲う。
俺は、俺は――!
『大丈夫にゃ、少年は一人じゃないぜー』
その声が、俺の恐怖を払拭した。
ちらりと、ネコの顔を見れば力強い頷きを返してくれた。
あぁ、俺は――何を悩んでいたのだ。
敵は一人だが、俺は一人じゃない。
念話で意思を通じ合える俺達は、手数が倍になったようなものだ。
俺が望むものをネコがわかるように、ネコが望むものを俺はわかる。
この戦いにおいて、これほどまでに頼もしいモノはないだろう。
今までの恐怖も迷いも嘘のように消えた。
こんな気持ちは初めてだ。
もう何も怖くない。
だから――!
俺はこの牌を捨てる!
「あ、先生それロン。大三元・字一色・四暗刻単騎待ち」
――一巡目の一手目だぞぉぉぉ!?
「にゃあぁぁぁぁ!?」
――何故、こんな、ありえないっ、ゆるされないっっ!あるはずがないんだっ、こんな、こんなっ……!
「さぁ~どんどん行くわよ~!倍プッシュ!」
――うわぁぁぁぁぁ!?
「いい加減にするにゃ藤村ぁぁぁぁぁ!」
麻雀での敗北の支払いに依頼された、「みかん」を求めてやってきましたアリーナ前へ。
何故こんなことになったのか、それはセラフに用意されたNPCの一人、藤村教諭による罠だった。
最初は廊下ですれ違った際に「みかん」をアリーナから持ってきてくれと頼まれた。
当然それは断った。
食費を稼がなければ明日の飯代もない赤貧の身としては、アリーナでは食費を稼ぐことだけに専念したいからだ。
すると藤村教諭は提案してきた。
麻雀で勝負しよう、と。
それだけでは俺達に利は無い。
断ろうとする俺に、藤村教諭は卑劣にも罠をしかけてきたのだ……
――俺達が勝ったら食券を3回分くれると。
「自業自得じゃにゃいか」
お黙り赤貧の原因。
そもそも、お前が念話で示し合わせれば楽に勝てるって言ったじゃないか。
「あのにゃんちゃってタイガーから逃げるわけにはいかんのよ」
まだネコ科の世界統一戦は続いていたのか。
カバティで決着はつかなかったのか。
「今のところ一勝一敗三分にゃ」
いつのまにそんなに勝負をしていたんだお前達は。
それはともかく、負けたからには依頼をやらねばならんだろう。
行くぞ。
「にゃ!」
学園からアリーナへ繋がる扉を潜る。
辿り着いた先で感じたのは、刺すような冷たさと凍えるような景色。
今回のアリーナは流氷が流れる極寒の海を模しているようだ。
そして、見た目だけではなく温度すらも再現するアリーナは、そこにいるだけで体力を消耗する危険地帯だ。
長居はできない。
目標を見つけてさっさと出よう。
行くぞ、ネコ。
「Zzz……」
おぉい、寝るな寝るな。冬眠するな。
「――ハッ!にゃんかボロを纏ったババアに服脱がされそうににゃったからぶっ飛ばした夢を見た」
まさかの三途の川。
いつもギリギリを攻めるているなお前。
それはともかく、ぷるぷる震えすぎて分身ができているぞネコ。
大丈夫か?
「こ、この、さ、寒さは。ガチガチ。ネ、ネコ科ににには、ガチガチ。ややややばいにゃゃゃ!」
セルフエコーの上、歯がガチガチ鳴って何言ってるのかわからん。
「ガチガチガチ!」
歯軋りで答えるな。
まったく、それでも英霊か。情けない。
この程度の寒さで震えるなんて、この先、この場所で行われる決勝が心配だよ。
「そそそ、そんにゃこと言ってもにゃにゃにゃ、寒いのはむむ無理にゃー。つか、少年この寒さで言葉ががが、震えにゃいってて、寒さ平気にゃののの?」
当然だ。この程度の寒さなど、いままで踏み越えた修羅場に比べれば大したことは無い。
【 E:鳳凰のマフラー 】
【 E:強化体操服 】
【 E:男子学生服 】
【 E:人魚の羽織 】
【 E:悪魔の黒衣 】
【 E:強化スパイク 】
【 E:一の太刀 】
「完全防寒じゃにゃいかこの野郎。あたしも入れるにゃーーー!」
あ、おい、こら!
潜り込もうとするんじゃない!
隙間風が入ってくるだろうが!
「重ね着しすぎてモコモコしやがって!あたしにも温もりを寄越すにゃーー!」
えぇい、やめろ!
動くと風が舞って寒い!
「羽織りの前をオープン!」
くっ、しまった!
羽織りの前はボタンやファスナーがないから洗濯ばさみで止めているだけなので簡単に外れてしまう――!
「にゃふー!その隙間に潜りこむにゃー!」
「あぅ、見つかっちゃったわ、アリス」
「まぁ、見つかってしまったわ、ありす」
「まさかの先客!?誰にゃこいつらー!?」
誰だこいつら――!?
「おにいちゃんは暖かいね、アリス」
「おにいちゃんは暖かいわ、ありす」
俺の羽織の下で暖を取っていたのは双子と思われる二人の少女。
まだ幼いといって良いだろうその二人は、同じ『アリス』と言う名前なのだろうか、俺にはどちらがどちらか見分けがつかないほどに似ている。
とりあえず区別するために、白と青を基調とした服を着たやや言動も幼いほうが『ありす』。
黒を基調とした、大人びた口調のほうが『アリス』という風に認識しよう。
彼女達が何時俺の羽織の下へ潜り込んだのかはわからない。
今はそんなことよりも――
「にゃー!ここはあたしの場所にゃ!出て行け幼女ー!」
「ネコさんが怒ってるわ、どうしよう、アリス」
「ネコさんが怒ってるわ、どうしよう、ありす」
「一々復唱するにゃ!」
「怖いわ、爪で引っかかれたらどうしよう、アリス」
「そのときは爪を引っこ抜けばいいのよ、ありす」
「怖いのこっちにゃ!にゃにこのデストロイ幼女!?」
怖いのは俺だ。
人の羽織の中で骨肉の縄張り争いをするんじゃない。
ネコ、そんな小さな子に一々目くじらを立てんでもいいだろう。
「シャー!」
「きゃあ、ネコさんが牙を向いたわ」
「まぁ、可愛らしい」
聞けよ。
どうした、ネコ、らしくないぞ。
「おにいちゃん、わたしと遊びましょう?」
「おにいちゃん、あたしは鬼ごっこがいいわ」
君等も人の話を聞かないね。
「おにいちゃんが鬼さんね」
「さぁ、こわーい鬼さんから逃げるのよ」
そう言って、同じ顔の幼子達は羽織の外へ駆け出して行った。
止める間もなくアリーナの奥へと消えて行く少女達。
こんな場所にあんな子達がいることに疑念は尽きないが、敵性プログラムであるエネミーが闊歩するここに放置するわけにはいかないだろう。
行くぞ、ネコ。
「うむ、あっちへ行くにゃ!」
おぉい、帰るな帰るな。
そっちはアリーナの入り口だろう。
どうしたんだ、らしくないぞ。
何がそんなに気に入らないんだ。
「……残照に一々付き合ったところで得られるモノにゃんてないぜ少年」
……残照?
いったいどういうことだ。
「……何でもにゃい。あたしの気にしすぎだったにゃ。それで、あの幼女を追いかけるんじゃにゃいの?置いていかれてるにゃ」
……そうだな。
今はあの子達を見つけてアリーナの外へ連れて行かないと。
お前が何を気にしているのかは気になるが、今は鬼ごっこを始めるとしよう。
なに、いつも殺伐としているんだ、せっかくだから楽しもうじゃないか。
「そうだにゃー。さぁ、無邪気に幼女を追いかけるがいいにゃ」
あぁ。
確かあっちの方角だったな。
ところでネコよ。
「なんにゃ?」
――その手に持ったビデオカメラはなんだ。
「にゃっふっふ。タイトル、幼女を追う少年。ツインテに生放送中」
コードキャスト・空気撃ち【一の太刀】。
その機器を粉々に吹き飛ばす。
「にゃー!?せっかく買ったハイビジョン対応ハイパースロー機能付きキャメラが!」
無駄に高性能なカメラを用意するな。
……
…………
………………
………………ちょっと待て、買った、だと?
「……お支払いは4日後にゃ」
はっはっは。
「にゃっふっふ」
――あの少女達を追いかける前にお前を涅槃へ連れて行ってやろう。
「ガチ鬼!?」
「おにいちゃん、こっちこっち」
「おにいちゃん、こっちだよ」
誘う声を追いかけてアリーナを走る。
だが、離れた距離は中々減らず少女達を捕まえるには程遠い。
「少年、さっさと捕まえて終わらせるにゃ」
落ち着け。
焦ったところで疲れるだけだ。
それに、彼女達はあんなにも楽しそうなんだ。
少しぐらい一緒に遊んであげようじゃないか。
「おにいちゃん、おそいね、アリス」
「おにいちゃん、おそいね、ありす」
「「期待はずれだわ」」
はっはっは。
お兄さん、ちょっと本気だしちゃうぞー。
――コードキャスト・速力強化【強化スパイク】。待ちやがれ小娘共。
「少年、本気すぎるにゃ」
さぁ、捕まえたぞありす達。はぁはぁ。
鬼ごっこはお終いだ。はぁはぁ。
「アーチャーの矢から逃げたときより疲れてるぜ少年。……息を整えないと幼女を捕まえてはぁはぁしてる変態にしか見えにゃいにゃ」
それがわかっているなら、まずはそのビデオカメラを置け。
「つかまったね、アリス」
「つかまったわ、ありす」
――ふぅ。
幾度かの深呼吸で呼吸を正す。
そして改めて少女達へと向き直る。
「楽しかったよ、おにいちゃん!」
「ねぇ、ありす。おにいちゃんにお礼をしましょう」
「それは素敵だわ、アリス。おにいちゃん、今度はありすのお話を聞いてくれる?新しい遊び場にしょうたいするわ」
お話もお礼も外で聞こう。
一旦学園へ帰ろうか。
「「ようこそ、ありすのお茶会へ」」
それは一瞬のできごとだった。
ありすとアリスが手を繋ぎ、こちらを迎え入れるように手を差し伸べた刹那。
流氷は木々に。
極寒は温暖に。
吹き付ける北風が、穏やかな陽光へと変わる。
無機質なアリーナに居たはずなのに、今は草花が咲き乱れ、木々が風に揺れる草原に居る。
あまりに急激な変化に思考が追いつかない。
「さぁ、おにいちゃん。お茶を用意したわ」
「お菓子もいっぱいあるの」
こちらに明るく声をかける少女達は、その異変がさも当然であると振舞う。
いつの間にか目の前に用意された白いテーブルと椅子。
お菓子とお茶が並ぶテーブルをこちらへ勧めながら微笑む少女達。
その姿にあまりにも違和感を感じ、少女達へ疑問をぶつけようとするが、その問いは少女達に塗りつぶされた。
「わたしは、ありす」
「あたしも、アリス」
「「ありすたちはずっと、おにいちゃんをみていたの」」
「だっておにいちゃんは、ありすといっしょ」
「きっとあたしたちと遊んでくれると思ったの」
俺と少女達が一緒?
どういうことだろうか。
彼女達と話していると、どこか思考がまとまらない。
だが、唯一わかっていることは――
――このお菓子を食べてもいいということだけだ。
ショートケーキ。
生クリームの甘さとスポンジの柔らかさ、イチゴの酸味が口の中で踊る。
クッキー。
さくさくとした食感に、バターの風味がアクセントとなり飽きさせない。
それらを紅茶で流し込み、次の菓子へと手を伸ばす。
「もふもふ!まったく、こんにゃところで遠慮なしに物を食べるにゃんて少年はどうかしてるにゃ!もふもふもふもふ!!」
菓子を口に含みすぎてリスみたいになっているお前にだけは言われたくない。
「もふもふ、やめられにゃいとまらにゃい!」
ここでしばらくのカロリーを摂取するぞネコ。
「ガッテン承知にゃー!そのアップルパイは貰った――!」
たわけ、それは俺のモノだ――!
「一瞬でナイフで切り分けてフォークでパイを空中へと打ち上げてそれを口に落とすだと――!?」
ふ、遅い、遅いな。
この一瞬、お前は俺のライバルだマイサーヴァント。
「くっ――上等だ少年。あたしの本気をみせてやるぜマイマスター!」
はっはっは。
喋っている暇があるならば、ビスケットの一つや二つ飲み干して見せろ――!
ところで、ありす。これお持ち帰りできる?
「おもちかえりなんていらないよ、おにいちゃん」
「えぇ。ここにいればずっと食べていられるもの」
それは素敵な提案だが、そうもいかないだろう。
そういえば、ここへ転移することができるのならば、君達は自分達だけでアリーナから帰れたのか?
「うん、ありすはもう自由だもの。どこへだって行けるよ」
「うん、アリスは縛られないもの。そういう道を作れるよ」
そうか、帰れるのなら案内は不要だな。
心配ごとが一つ減って良かったよ。
「心配してくれてありがとう、おにいちゃん。お菓子はいかが?」
「心配してくれてありがとう、おにいちゃん。お茶はいかが?」
貰おう。些か栄養は偏るが、選り好みはしない。
このテーブルの菓子、俺が貰い受ける――!
「にゃ!?そのチョコレートあたしが狙ってたのに!」
チョコ食って大丈夫なのかネコ科。
「ねぇアリス。おにいちゃんは『あれ』、ちゃんとおぼえているかしら?」
「おにいちゃんに聞いてみないといけないわ、ありす」
「「おにいちゃんの『お名前』はなあに?」」
うん?
俺の名前はナカオ(仮)だ。
よろしく。
「うん、よろしくね、おにいちゃん」
「え?あ、あれ?ごめんなさい、おにいちゃん。もう1回聞いてもいい?」
あぁ、すまない。
聞こえ辛かったか。
ナカオ(仮)だ。
「えぇ?あれ、おかしい。おかしいわ」
「アリス、おにいちゃんはお名前おぼえてるね」
「そんなはずはないわ、ありす」
先ほどまでふわふわと微笑んでいたアリスが、どこか困惑した表情で俺を見ている。
俺が何か気に触ることでもしてしまったのだろうか。
そんなはずはない、そんなはずはないと、ぶつぶつ繰り返す黒い服のアリスへと声をかける。
――名前がどうかしたのか?
「おにいちゃん、お名前がわからなかったり、思い出せなかったりしない?」
伺うようにアリスから質問をされた。
名前、名前か。
――当の昔に忘れているが、それがどうかしたか?
「え、さっきのお名前は?」
――世を忍ぶ仮の名前だ。
「すごーい!かっこいいね、おにいちゃん!」
「なにそれこわい」
白い方は褒めてくれたが、黒い方は納得いかないのかうんうん頭を捻っている。
何事かと、問い詰めようかとも思ったが、少女達は地面へ座り込み、あーでもないこーでもないと会議を始めてしまったので声を掛けるのを止めた。
彼女らの邪魔をするのも悪いので、再度テーブルの菓子をいただこうと視線をテーブルへと戻す。
「――ふ~、食った食った。うまかったにゃ」
――全部食われていた。
……腹が山みたいに膨らんでるぞバカネコ。
「にゃっふっふ。一瞬の油断が命取りだぜマスター。げふっ」
満足そうにゲップをするな。
テーブルの上で寝転がるな。
テーブルの上にあった山のような菓子はもう無い。
少女達も自力で帰れるそうだから、案内する必要も無い。
ならば、ここに長居をする理由も無いな。
帰るぞ、ネコ。
「げふっ。りょ、了解にゃ、少年……立ち上がれにゃい、助けて」
……寸胴からボールにクラスチェンジしたなお前。
仕方が無いので、ネコの首裏を掴んで持ち上げる。
――重い。
「ちょっ、少年。その持ち方、息がつまるにゃ!」
さぁ帰るぞ。
「意識が飛びそう、新しい扉開いちゃうらめー!」
喜ぶな恍惚とするな。
仕方が無いな、いつもみたいに俺の頭にひっついてろ。
「にゃー、苦労をかけるねぇ」
全くだ。普段の3倍は重いぞお前。
それで……出口はどこだろうか。
「出口なんてないわ。おにいちゃんはずっとここ、『名無しの森』でありす達と一緒にいるのよ」
何時の間に立ち直ったのか、黒い方のアリスがどこか冷たい眼差しで俺を見ている。
白い方のありすは、黒い方のアリスに寄り添い、こちらへ微笑みながら手を振っている。
出口はない、それが本当だとするならば――
「あ、少年。そこの空間怪しい」
ネコの指し示された場所を見る。
どこか揺らめいているその場所、手を伸ばすと壁があるような感触が返って来た。
「一瞬で、境界を見つけるなんて……でも、おにいちゃんにはその扉はひらけないよ?」
くすくすと笑うアリス。
どうやらここが扉らしい。
実際には透明で、向こうには草原が広がっているが、触ると確かに硬い何かがそこにあることがわかる。
扉をなぞる様に触れるが、開き方などわからない。
さて、どうしたものか――
それは突然に襲い掛かってきた。
触れる指先から電流のような激しさを伴って血管を這い回るように循環し骨髄を食い荒らして脳髄を犯し地下水の様に湧き上る情報の奔流が自分という虚ろな存在を塗りつぶし瞳に映る情景は白い壁と白い天井と白い少女に繋いだ機械を映画のように不確かに浮かばせ映写機は壊れたように廻り終わらない映像は輪転と共にいつまでもいつまでもくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる――!
「少年!!」
呼び声が、俺を繋ぎとめた。
急激に浮上した自分という存在を確かめるように手のひらを眺める。
「大丈夫にゃ……?」
心配そうなその声は、いつものような陽気さを欠片も含んでいない。
俺は――?
「固有結界の構成に直接アクセスするにゃんて、自殺行為にゃ。……二度とやっちゃだめにゃ」
ネコが何のことを言っているのか理解できない。
だが、その注意はとても大切なものだと感じた。
心配する己のサーヴァントを安心させるように、ネコの頭を軽く叩く。
――よくわからないが、心配するな。
「にゃ……」
返事に元気はないが、一応安心したのだろう。
俺の頭にひっつくように肩に立つネコから安堵の息が漏れた。
――さて、帰ろうか。
見えない扉へ手をかざす。
「むだよ、おにいちゃん。扉はあかないわ」
先ほどと変わらず、何も無い空間に硬い壁のような感覚が返って来る。
先ほどと違うのは、俺がこの扉を理解しているということだ。
どうやって理解したのか、何故理解できたのか、それは俺自身わからない。
ただ、こうすべきなのだと答えが湧き上ってくる。
そう、やるべきことは、扉に手をあて……
思いっきり左へとスライドさせる!
そうこの扉は――
――引き戸だ。
「あ、開いたにゃ」
「わー、ひらいたよ、アリス」
「えぇぇぇぇ!?」
うむ、開いた。
草原の景色の一部を切り取ったように、正方形の『穴』ができる。
その向こう側は無機質なアリーナだ。
じゃあ、俺達は帰るよ。
また会おう、ありす達。
「さらばにゃ、幼女。できれば会いたくにゃいにゃ」
こらこら、失礼なことを言うなネコ。
「ばいばい、おにいちゃん。また遊ぼうね」
あぁ、また遊ぼう。
次はお兄さんがお菓子をプレゼントしよう。
「うん!たのしみにまってる!」
「おにいちゃん、いっちゃたね、アリス」
「……」
「アリス?どうしたの?」
「……」
「?」
「……」
「??」
「……」
「アリス?」
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ふぇっ!?」
「『名無しの森』やぶられちゃったぁぁぁ!?」
さて、帰ってきたな。
「いっぱい食べて、満足にゃ」
あぁ、今日はもう休もうか
「――あ!ナカオ君!先生の頼んでた「みかん」見つかった?」
……あ。
「……にゃ」
――忘れてました。
「忘れてたにゃ」
「そっかー、忘れてたかー」
えぇ、すっかり。
はっはっは。
「にゃっふっふ!」
「あはははー」
「ガオォォォォ!」
行け、ネコ!
今こそネコ科の世界統一戦を制すときだ!
「借金を踏み倒す気満々だにゃ少年。だが、よかろう。この一戦は望むところよ藤村ぁぁぁぁ!」
<あとがき>
そもそも名前忘れてるからアリスの固有結界は効きませんというオチ。
残念ながらフランシスコ的なザビエルの称号は出てきません。
無駄に礼装を多く持っていますが、入手経路はルート確定後の本編中で説明しますので、今は四次元ポッケから取り出した程度に思ってください。
【おまけ ラニさんの未来予想図】
「星の導きを求めるのですね、ナカオ(仮)」
「■■■■■■!」
「貴方がこの時ここへ来ることも、星が教えてくれました」
「■■■■■■!?」
「さぁ、詠みましょう未来を。聞きましょう星の声を」
「■■■■■■」
「貴方の求める道、貴方の前に佇む霧」
「■■■■■■!」
「その名は、シャーウッドの森の英雄――」
「■■■■■■――!」
「ロビ――」
「■■■■■■!!!」
「……」
「■■■■■■?」
「バーサーカー、相槌はもう少し減らしてください」
「■■■■■■!?」
「これでは練習になりません」
「■■■■■■ー!」
「何を言うのですか。まだ練習は24回です。足りません」
「■■■■■■!!」
「そうですか。貴方がそう言うのならば、十分なのでしょう」
「■■■■■■ー!」
「えぇ、万全を期し、後は待つのみ」
「■■■■■■!」
「逢瀬の時は、すぐ傍に――」
「どきどき、わくわく」
「■■■■■■……」
<あとがき>
(`・ω・´)←ラニさん
(´・ω・`)←バーサーカー
次話、ラニさんの出番です。多分。