聖杯戦争を行うために聖杯自身が作り出した仮想空間、擬似学園。
日常と闘争が隣り合う不確かな場所。
本物と見間違うような精巧なそこは、教室一つを見ても、どこにでもあるような日常を感じさせてくれる。
その裏に血で血を洗う戦争があるなど微塵も感じられない。
俺は今、その日常を象徴する教室の中で――崖っぷちの危機に立たされていた。
俺は教室の真ん中で立たされており、その俺を囲むように机が並べられている。
四方を囲まれ、まるで檻に入れられてような感覚に陥る。
これから行われるのは、真実の裁定だ。
嘘を暴き、正義を示し、真実という唯一の答えを求める裁定が行われようとしていた。
俺の前方を囲う机の中心に少女が座っている。
誰一人音を発せ無い厳かな雰囲気のなか、感情を殺したかのように無表情な少女がゆっくりと口を開いた。
「これより裁判を始めます――有罪」
魔女裁判じゃないですかやだ――!
ちょっと待ってくれ遠坂。
いくらなんでもそれは早計じゃないだろうか。
「問題ないわ。裁判長、私。検事、私。裁判員、私。結論は有罪」
魔女裁判どころじゃないぞそれ――!
えぇい!弁護士を、弁護士を呼んでくれ!
「そこにいるじゃない」
遠坂に促されるように左側を振り向く――!
「にゃっふっふ。任せろ少年。こう見えてあたしは逆○裁判を途中までやったことがあるんだぜ――!」
――オワタ。
裁判長!せめてホモ・サピエンスに分類される生物でお願いします!
「却下」
取り付く島もないだと――!?
「その前に令呪使ったのにそのバケネコが生きていることに驚きなさいよ」
さすがに令呪は使ってないって。
何時か約束したろ、命綱で遊ぶようなことはしないと。
「ん、よろしい。でも令呪光ってなかった?どういう手品よ」
感情を込めたらなんか光った。
「――それ発動寸前じゃない。気をつけなさいよ!」
以後気をつけます――ので、不起訴処置でお願いします。
「却下」
わぁ即答。
「裁判長、頂いたネコ缶を食べてもいいですか!」
「許可」
賄賂だろそれ――!?
せめて意思疎通ができる弁護士じゃないと異議申し立てすらできないじゃないか。
ネコ科はだめだ、あの野郎裁判長からの差し入れのネコ缶に夢中になってやがる。
この状況を打開するためには誰か、俺の味方になるような人間が必要――!
神経を集中しろ。
廊下を歩く誰かに救いを求めるんだ。
――コツコツ。
響く足音、その人の注意を引くために『あれ』を使う――!
礼装【天使のラッパ】。
魔力は必要ない。
必要なのは呼吸と息遣い。
高らかに鳴れ、天上の音階よ――!
『ぷす~っ』
不発――!?
だが、救いを求める俺の真摯な願いが届いたのか、廊下を歩いていた誰かが教室の扉を開けて入ってきた。
「ナカオ(仮)、ここにいたのですか」
入ってきたのは、いつか出会った少女だった。
彼女はかつて協力してくれると言っていた、つまり味方だ――!
ラニ、良く来てくれた!
「ちょっと、今裁判中なの。無関係な人は出て行ってもらえないかしら?」
「問題ありません。私はナカオ(仮)に用があるので」
ラニ、待っていた。いや、ずっと君に会いたかったんだ。
「そうですか……やはり貴方も私を求めていたのですね」
「む……罪状追加買春」
待って裁判長。それは冤罪だ。
「ナカオ(仮)、貴方の望みはわかっています。導きが欲しいのですね」
ラニも華麗にスルーしないでくれ。
「貴方の望み。それは目の前の霧を晴らすこと。立ちふさがる敵を知ること。そう貴方を惑わす未知の答え。ダン・ブラックモアのサーヴァントの真名は、ロビ――」
2回戦ならもう終わったけど。
「え?」
え?
「――おわったの?」
――終わったよ?
「………………さようなら、ナカオ(仮)。私は貴方の星になれない」
待って、帰らないで、置いていかないで。
このままだと魔女裁判もびっくりの不当判決が出てしまう。
ラニ、君に会いたかったのは本当だ。
ずっと君を探していたんだ――!
「……ならばなぜ、会いに来てくれなかったのですか。ずっと部屋で待っていたのに――」
だって待っている場所言わなかったから。
学園中探したけどラニを見つけることは結局出来なかったよ。
「あ………………場所を伝え忘れていました」
クールビューティーではなくドジッコだったか。
「えぇ、今回は巡り合わせが悪かったようですね。しかたのないことだったのですね。うん、ナカオ(仮)は私を探していたのですね。ならば問題ありません」
ミスをなかったことにした――!?
「次回からは私のマイルームを集合場所としましょう」
そう言って、ラニは俺の端末と彼女の端末を繋ぎ何かを送信してきた。
「これが識別キーになります。私に会いたいときはマイルームへ来てください――待っています」
「罪状追加、不純異性交遊」
増えた――!?
余計なことを話している暇は無い。
ラニ、急なことでわけもわからないと思う。
だけど、俺には君が必要なんだ。
「私が、必要?」
あぁ、俺には君が必要だ。君にいて欲しい――!
「……そう、ですか。私が必要………………はい、私でよければ、喜んで」
弁護士確保!
これで弁明の機会ができた。
「罪状追加、詐欺」
また増えた――!?
もはや一秒の猶予も許されない。
ここから先、この状況を覆さなければ、明日の学園新聞に借金ロリコン野郎有罪確定の見出しが輝いてしまうだろう。
だが、この程度の苦難など超えてやる。
このくらいできなければ戦争を勝ち残ることなどできるはずがない。
俺一人ならばこの状況に打ちのめされただろうが、俺には味方がいる。
そうだ、俺は一人じゃない。
ネコが、ラニが、俺の無罪を証明してくれる――!
「検事、被告の容疑を最初から述べて」
「にゃ!まず一つ目の案件にゃのですが――」
――ちょっと待て。
何故そっち側にいるマイサーヴァント。
「すまぬ、すまぬ……!あたしだって少年の無罪を信じているにゃ。だから、だからこそ少年の潔癖を証明するためにあえて苦境の道を進まざるをえにゃい――!」
お前の後ろにあるネコ缶の山はなんだ。
「やー、だってツインテのくれたネコ缶、プレミアムバージョンにゃんだぜ?あたし、恩には報いるタイプにゃのよ」
そのプレミアム、俺が普段買ってやる物より20円高いだけじゃないか。
なにが違う。
「にゃー!わからにゃいのか少年!だってプレミアムにゃんだぜ?プレミアムにゃのよ?プレミアムにゃのだ――!」
絶対違いをわかってないだろお前。
それはともかく、いつもの節制癖が仇になったとでもいうのか。
そもそも節制しなければならないのはお前のせいだバカネコ――!
「えー、まず第一の容疑ですが、幼女を少年の服の中にいれた件ですにゃ!」
野郎、自分の立場から目をそらしやがった。
「それから幼女を追い掛け回した件、荒い息遣いで幼女を捕まえた件、幼女のおやつを根こそぎ食い尽くした件ですにゃ」
異議あり!
裁判長、弁明を――!
「被告に発言を許してはいません。弁護士、先ほどの容疑になにか意見は?」
「……」
そうだ、俺には弁護士が、頼りになる存在が、味方であるラニがいる。
ラニ、俺の容疑を晴らしてくれ――!
「……ナカオ(仮)」
ラニがこちらに視線を合わせ声をかけてきた。
その表情はいつものように感情をあまり表さない冷静なものであったが、なにか俺に尋ねたいことがあるような視線だった。
そうか、まずは事情と情報を知らなければラニとて弁護は出来ないだろう。
さすがクールビューティー。
落ち着きっぷりが頼りになる。
さぁ、なんでも聞いてくれ――!
「――私は製造されてからあまり年月を経過していません。貴方の嗜好にも合うはずです」
全然頼りにならない――!
製造とか聞き捨てなら無い単語が出たが今はそれどころじゃないんだ。
弁明を、異議申し立てをしなければ――
「有罪」
早いよ遠坂さん!
もうちょっと吟味しようよ!
こうなったら、切り札を切らざるをえないな。
「素直に認めなさい、ナカオ君。もはや逆転の術は無いわ」
まだだ。諦めるにはまだ早い。
そうだ、俺にはまだ手がある。
逆転の術が、反攻の一手が――!
遠坂、俺が何故、礼装【人魚の羽織】を着ていると思う?
「証拠品提出でしょ?」
ふっ――甘いな。
これが、俺の切り札だ――!
人魚の羽織り、それを翻す様に前を開け、その中をさらけ出す――!
「あぅ、見つかっちゃったわ、アリス」
「まぁ、見つかってしまったわ、ありす」
当事者のこの二人から否定の言葉が出れば、無罪をもぎ取れるはずだ――!
「第一の案件確定。有罪判決ね」
なんだと――!?
「せっかくだし、本人に聞いてみましょうか」
ありす達、頼んだぞ。君達が俺の行く末を決めることになる。
「えーと、服の中に入れられたのって本当?」
遠坂、絶対楽しんでるだろ。そのニヤニヤ笑いは実にネコ科だよ。
「お黙り被告人。それで、どうなのかしら?」
「うん、おにいちゃんの服の中でかくれんぼをしたわ。ね、アリス」
「えぇ、おにいちゃんは暖かかったわ。ね、ありす」
もうちょっと言葉を選んでくれ。
「第一容疑確定」
待って遠坂さん。かくれんぼだから、やましいことなんてないから。
「お黙り。次、追いかけられたの?」
「うん、おにいちゃんと鬼ごっこしたよ。楽しかったね、アリス」
「おにいちゃんたら、必死で追いかけてくるんだもん。ふふ、楽しかったわ、ありす」
「鬼ごっこねぇ……」
そう、鬼ごっこ、ただのレクリエーションだ。
問題はないだろう。
「ナカオ(仮)は鬼だったのですね。問題ありません、私は鬼でも貴方を受け入れます」
ラニさん、意味わかってないなら黙っててお願い。
「――別案件、不純異性交遊確定」
冤罪だよ裁判長――!
「荒い息遣いで捕まえたのは、さっきの鬼ごっこの延長だとして、おやつを全部食べられちゃったのは本当?」
「うん、おにいちゃんたら、おいしいおいしいって」
「いっぱい食べたのよ。びっくりしたわ」
「食い意地が張っていることはわかりきっていることだし――確定ね」
待って裁判長。
おやつを全部食べたのは俺じゃない。
真犯人は奴だ。
その罪をさらけ出すために、バカネコを指差す――!
【探さないでください】
いないだと――!?
さっきまでネコ缶を貪っていた検事席にあるのは、『探さないでください』と書かれた看板のみ。
アイツ、どこへ逃げやがった――
「シャー!失せろ幼女!」
「きゃあ、ネコさんが牙を剥いたわ。どうしよう、アリス」
「甘い物をあげればきっと落ち着くわ。チョコをあげましょう、ありす」
骨肉の縄張り争いが再発していた。
ネコ科にチョコとはアリスはやる気満々だ。
落ち着けネコ。
ありす達の何が気に入らないんだ。
「少年、こいつ等は3回戦で倒すべき敵にゃ」
だとしても、敵意が強くないか。
どうしたんだ。
「優しいおにいちゃん、遊びましょ?」
「暖かいおにいちゃん、一緒に行こう?」
そう言って、いつかと同じようにありすとアリスが手を繋ぎ、こちらを迎え入れるように手を差し伸べる。
やばい、これはあのときと同じ――!
――逃げろ、遠坂!ラニ!
「え、え?」
「ナカオ(仮)、何が起こると――?」
せめて彼女達には逃げて欲しかったが、もう遅い。
景色が歪み、切り替わる。
机は瓦礫に。
天上は虚無に。
教室は牢獄に変わる。
いつかのような草原ではなく、瓦礫の転がる暗い荒野に変わった。
空を見上げると、真っ黒な空間がどこまでも続き終わりは見えない。
教室の壁もまた、空と同じく終わりの無い黒へと変貌している。
「何よこれ、強制的な転移……?」
「いえ、あの場を閉鎖空間に書き換えた、といったところでしょうか」
遠坂とラニも様変わりした空間に驚愕している。
「ねっねっアリス!あのこも呼んでみない?」
「そうね、ありす。いい考えだわ」
「「一緒に遊びましょう、ジャバウォック!!」」
『■■■■■■■――!』
ありす達の呼び声に答えたものは、凄まじい音量で響き渡る獣の如き叫び声。
遥か上空から響いたソレは、段々音量を増し、ついに地面へと落ちてきた。
ソレは尋常じゃない質量を誇り、着地と同時にこの閉鎖空間の床を砕き舞い上がらせる。
砕かれた床の巨大な破片が一瞬浮かび、重力と共に再度地へ沈む。
それによって巻き上がった砂埃が、落ちてきたソレを隠したせいで、いまだソレの全容はわからない。
だが、見えなくても感じることができる。
ソレの圧倒的威圧感と暴力的な殺気を――!
「……まったく、冗談じゃないわ」
「……」
遠坂は言葉にしながら、ラニは無言のまま、落ちてきたソレを警戒する。
魔術師として上位にいるであろう2人からみても、あれは脅威なのだろう。
そして、舞い上がった砂が地面に落ち、ソレの姿が露になった。
『■■■■■■■!!!』
到底人語とは思えない野太い獣声。
盛り上がり、山のように隆起した筋肉。
鋼の如く堅牢な、赤銅色の肌。
爛々と発光し輝く円形の瞳と、大きくせり出した牙。
二足歩行の手足から人型と言えなくも無いが、あれを人だとは口が裂けても言えないだろう。
あれは――悪魔だ。
びりびりと大気を振るわせる叫び声に、とてつもないプレッシャー。
あれを悪魔と言わず、なんと言えばいいのか。
「おにいちゃんと遊びたいけど、おねえちゃんたちはいらなーい」
「潰しちゃえ、ジャバウォック!」
あの悪魔を前にして、ありす達は何一つ変わらない。
無垢なままに、笑顔のままに、あの悪魔を暴れさせる。
「――こんなことになるなんてね……ランサー!」
「おう」
「――バーサーカー」
「■■■■■■!!」
遠坂の前に、何時か会った青い鎧の槍兵が。
ラニの前に、筋骨隆々の中華風の武人が現れる。
「不本意だけど……ここは共闘といきましょう、ナカオ君」
「あの存在は危険だと判断します。共に闘ったほうが効率的でしょう、ナカオ(仮)」
差し出された提案。
それはこちらも望むところだ。
――あぁ、共に戦おう。行くぞ、ネコ!
「にゃふー!」
「頼んだわ、ランサー」
「まさか聖杯戦争で共闘とはな。しかも敵はバケモンときたか。いいね、悪くねぇ。あの坊主の近くにいると愉快なことだらけだな嬢ちゃん!」
「余計なこと言わない!」
真紅の長槍を目にも留まらぬ速さで回し構えるランサー。
敵を見る目は鋭く、口に浮かべた笑みは不敵で、どんな逆境でも笑って跳ね返すような頼もしさがある。
「この状況を打開します。突き進みなさい、バーサーカー」
「■■■■■■!!」
ラニの静かな声に答える叫び声。
ありす達の悪魔に匹敵するような威圧感を伴う怒号。
その盛り上がった背中と長柄の武器を構える様は不動明王を思わせる力強さがある。
――やるぞ、ネコ。
「にゃっふっふ。幼女め、ぼっこぼこにしてやんよー!」
霞むような速さでフリッカージャブを振るうネコ。
どうみても手が短すぎて圧倒的射程不足。
身長にいたっては、バーサーカーの膝下にすら届いていない。
「行って、ランサー!」
「さぁ、やろうぜバケモン――!」
「バーサーカー」
「■■■■■■ーー!!」
ネコ――!
「にゃふー!」
人ならざる速度を持って、戦場へと駈ける。
サーヴァント達が、マスターの声に答えて風になる。
青い疾風と、凄まじい暴風と、扇風機ぐらいのそよ風が、ありす達の悪魔に迫る――!
――俺達だけジャンルが違う気がする。
~あとがき~
兄貴と三国無双とネコ科(?)が並ぶ光景プライスレス。