それはまさに人智を超えた戦いだった。
「■■■■■!!」
振るった武器の風圧で、大地が砕けるほどの威力を生み出すバーサーカーの剛腕。
「はっ!」
その剛腕の生み出す暴風の中を、縦横無尽に駆け巡るランサーの速度。
『■■■■■ーー!』
そして、それらを受けながらも、倒れることの無いありす達の悪魔。
目の前に繰り広げられる戦いは、まさに神話に謳われるような闘争だった。
「■■■■■!!」
バーサーカーが、手に持つ長柄の武器を袈裟斬りに振り下ろす。
それに対し、悪魔は握りこぶしで迎え撃った。
刃物に対する素手の迎撃。
普通ならば、素手が切り裂かれて終わるだろうが、この戦いに限っては常識など通用しない。
ぶつかった両者の攻撃は、ガキンという鋼同士がぶつかり合う音を発生させた。
そしてそのままぎりぎりと、互いの膂力をぶつけ合う。
一瞬の停滞。
それを見逃すような戦士はここにはいない。
「ふっ!」
短い呼吸で繰り出されたランサーの刺突。
真紅の槍が霞んだと思った瞬間、悪魔の脇腹に6箇所も大きな傷が生まれていた。
一呼吸の間、視認すらできない神速の六連撃。
バーサーカーが正面から打ち合い、ランサーが攻防の隙間を縫う攻撃。
それらは打ち合わせの下にある連携ではない。
むしろランサーもバーサーカーも互いを気にしてなどいない。
バーサーカーの攻撃は、ランサーの移動経路を考慮した物ではない。
ランサーもまた、悪魔の攻撃を無理矢理バーサーカーに押し付けるような動きで立ち回っている。
しかし、ランサーとバーサーカーは互いを無視しながらも、不思議と連携がとれていた。
見惚れてしまう。
目を逸らすことなどできない。
それほどまでに鮮烈で、それほどまでに苛烈。
自分も戦場にいることを忘れてしまうような、圧倒的存在感。
だが、彼女等はそんな戦いを前にして、彼等と共に闘っている。
「ランサー、援護するわ!コードキャスト・速力強化!」
「押し潰しなさい、バーサーカー。コードキャスト・筋力強化」
激烈な戦いをさらに彩るように、少女達の魔術が放たれる。
その魔術もまた、英雄に相応しい奇跡。
コードキャストを放つ速度も、行われる援護の回数と持続力も、俺のそれを遥かに越える高嶺に存在している。
彼女達もまた、英霊の相棒足りえる存在なのだ。
そんな遥か彼方の存在達を前にして俺は――闘志を燃やしていた。
確かに彼等、彼女等は、俺とネコの二人より遥かに高いレベルを持っている。
だが、そうだからといって、何もしないまま立っていることなどできない。
目の前にある闘争は、俺が、俺とネコがいずれ越えなければならない闘争なのだ。
何時か訪れる至高の戦いなのだ。
ならば、臆することなどできない。
俺は、いつかあれを越えなければならない。
いつか越えるために、今できることを模索しなければならない。
そうだ、今は脆弱な己であっても、いつかあの高嶺へ辿り着けると証明してみせる――!
――だから!
今、俺達のできることを!いくぞ、ネコ――!
「それでこそあたしのマスターだぜ、少年――!」
うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!
「にゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
――頑張れ頑張れ!出来る出来る!絶対出来る!頑張れ!もっとやれるって!やれる!気持ちの問題だって! 絶対に頑張れ積極的にポジティヴに頑張れ!
「諦めるにゃよ!諦めるにゃお前!どうしてやめるにゃそこで!もう少し頑張ってみるにゃ!駄目駄目駄目駄目諦めたら!ネバーギブァッ!」
「手伝いなさいよ!」
いや、だって遠坂。あの中にネコが入っていけると思うか?
「あたしに死ねと?」
「うっ、それはまぁ、確かに、無理っぽいけど……だからって応援だけってどうなのよ。ほら、アトラスの錬金術師、あんたからも何か言ってやりなさいよ」
「……これが、応援。こんなにも暖かい気持ちになるなんて初めてです。もう何も怖くない――」
「死亡フラグを立てるなー!」
安らかな笑顔をありがとうラニ。
それはさておき――どうだネコ。脱出口は見つかったか。
「んー。もうちょっと待って欲しいにゃ。前回と違って今回は閉じ込めることに力注いでるみたいでにゃかにゃか境界がわからにゃいのよ」
そうか、そのまま頼む。
そういうわけだ、遠坂。
悪いがもう少し時間を稼いでくれ。
「え、あ、うん。……遊んでたわけじゃないのね」
見たところランサーとバーサーカーで十分に優勢だからな。
あの中にわざわざ戦力を投入しなくても大丈夫だろう。
俺達は脱出法を探る。
「そうね、それが適切だわ。でも――わたしのサーヴァントを舐めないでよね」
「あの程度の敵、障害にすらなりえません」
『■■■■■ーー!』
一際大きい獣声が響く。
それは断末魔の叫び。
その声に視線を向けると、映った光景は勝敗の決した場面だった。
バーサーカーの大槍が悪魔の首を撥ね上げ、ランサーの刺突が悪魔の心臓を穿っている。
……脱出方法なんていらなかったかな。
「ま、わたし達の敵じゃなかったってことね――ランサー?どうしたの?」
「バーサーカー?」
勝負はついたと俺達は思っていたが、サーヴァント達は違うようだ。
ランサーはその表情を憎憎しげに歪め、バーサーカーは無言のままに警戒をとかず、バカネコはネコ缶の蓋を舐めている。
とりあえずネコ缶の蓋をとりあげた。
「ランサー?」
「ヤロウ……気にくわねぇ……」
ランサーが悪態を吐いたその瞬間、首なしの悪魔が動く。
刎ねられた首の断面が蠢き――首が生える。
穿たれた胸の穴が隆起し――穴が埋まる。
『■■■■■ーー!』
一瞬で致死量のダメージがなくなった――!?
「うそでしょ、あの傷を――!?」
「……そんな」
遠坂もラニも、もちろん俺も驚愕を隠せない。
確実にあの悪魔は一度死んだ。
にも関わらず、今はその死がなかったかのように活動している。
つまり奴は、サーヴァント2騎と戦える能力に、さらに死をも覆す超再生能力を持つバケモノだということ――!
「チッ!どうやら『アレ』はそういう『ルール』らしい。時間は稼ぐ。この状況を覆すのはマスターの仕事だぜ、お嬢ちゃん!」
「くっ……わかった、お願いランサー!」
「バーサーカー、行きなさい」
「■■■■■!!」
ランサーとバーサーカーが再度悪魔と突撃する。
ランサーの言った『ルール』という言葉が引っかかる。
あの悪魔を打倒するには、特別な何かがいるとでもいうのか。
「ナカオ君、ここは逃げの一手しかないわ。脱出口の探索、急ぐわよ」
それしかないだろう。
ネコ、どうだ。境界は見つかったか?
「んー。もうちょいでにゃんか見つけそう」
続けてくれ。
さて、どうする。
逃げるにしてもまだ時間がかかる、あの悪魔の打倒はできそうにない。
俺にできることは――?
「おにいちゃん」
戦いの喧騒の中、その声は真っ直ぐに俺を貫いた。
青い服のありすが、傍で続くサーヴァント達の闘争に目もくれず俺だけを見ている。
「むりだよ?おにいちゃんたちにあの子はたおせないわ」
心の底からそう思っているのだろう。
ありすの顔には、侮蔑でも嘲笑でもなく、本当に心配していると言いたげな表情が浮かんでいた。
視界が狭まる。激闘の音は虚空に溶け、死闘の光景は彼方に消える。
ありすだけが俺の目に残る。
「ねぇ、おにいちゃん。わたしね、おにいちゃんの夢を見たの」
夢を見た――その言葉に、昨夜見た真っ白な光景が頭に浮かぶ。
「おにいちゃんにはなんにもない。真っ暗な場所でなんにもなくて、泣いてるの」
彼女は真っ白な場所で泣いていた。何も出来なくて、泣いていた。
「キツネさんが遠くからおにいちゃんを見ていたけど、それだけ。あの暗い場所でおにいちゃんのそばに行けて触れることができるのはわたしだけ」
彼女を見ていたのは無機質な機械だけ。あの機械だけが少女の鼓動を刻んでいた。
「だからね、おにいちゃんとわたしは同じなの。ありすとおにいちゃんだけが同じ仲間なんだよ?」
あの孤独を、あの虚無を、彼女はずっと抱えていた。
「うん、だから――いっしょにいこう?」
あぁ、一緒に――――
「男子滅殺拳!」
――鋭い痛みが下半身を突き抜けて骨髄を巡り脳髄を侵食する激痛は脳幹を食いちぎりながらサンバダンスを嗜んで吹き飛ぶ光が視覚を蹂躙して星がみえまスターーーーー!?
「にゃっふっふ。その股座にジェット噴射アッパーにゃ。いつもより8割ほど手加減してる峰打ち仕様だぜ!」
何をしやがるバカネコ!
お前のまん丸ハンドのどこに峰がある!?
死んでしまう!俺の男子が死んでしまう!
「うわぁ……すごい汗だけど大丈夫?」
「内股ですごくぷるぷるしていますよ、ナカオ(仮)」
大丈夫なわけがないだろう!
英霊ですら一撃必殺の禁じ手だぞ!?
「それはまた……でも、そのバケネコに感謝しなさい。貴方、あのままだとあの幼女に殺されていたわよ?」
……どういうことだ、遠坂。
「精神に直接アタックされたみたいね。随分とエグイ攻撃だわ」
ありす達を睨む遠坂の瞳は鋭い。
ラニも無言ではあったが、どこか怒りを込めた眼差しでありす達を見ている。
「むー。もうちょっとでおにいちゃんを連れて行けたのに」
「おしかったね、ありす」
「シャー!これだから反則幽霊は!さっさと成仏しやがれ南無阿弥陀仏ー!」
「きゃあ、ネコさんが牙を剥いたわ。どうしようアリス」
「ふふ……ジャバウォックに牙を抜いてもらいましょう、ありす」
「まじ怖いんですけどこの幼女!?とうとう化けの皮を剥いできやがったにゃ!」
ネコと口喧嘩をしているありす達を呆然と眺める。
あんなに楽しそうに笑顔を浮かべる少女達が、遠坂の言う恐ろしい攻撃をしていたことに背筋が凍った。
「ねぇ、おにいちゃん。あの子を倒すことなんて無理なんだから諦めたら?」
黒い服のアリスがこちらに提案する。
その顔はありすとは違う、冷たさを宿した表情。
「そうだよ、おにいちゃん。あの子をたおすには『アレ』がいるもの」
ありすの言葉に遠坂とラニの瞳が鋭くなる。
――『アレ』。
その言葉を逃さない。
ありすの言葉は、現状では俺達があのバケモノを倒すことはできないというアリスを肯定したもの。
だがそれは、倒せる方法があるということにほかならない――!
「……内股で格好つけられてもねぇ」
「ぷるぷるしてますよ、ぷるぷる」
そこに触れないでくれ遠坂&ラニ。
それはともかく、光明が見えた。
あとは彼女達から『アレ』の情報を聞き出すのみ――!
「そう簡単に喋るかしら」
我に秘策ありだ、任せてくれ遠坂。
――ありす!
「なぁに、おにいちゃん」
いつかの約束を果たそう。
「約束?」
あぁ、お菓子を買ってきたんだ。
これをプレゼントしよう。
「ほんとう!?わぁ、ありがとう!」
あぁ、だから……
『アレ』って何のことなのか教えてくれ――!
「アホかー!」
ぐはっ!?
痛いじゃないか遠坂。
ただでさえ禁じ手の痛みが消えていないのにガンドを打ち込むなんて。
「そんな提案で情報が聞きだせるわけがないでしょうっ!」
「ナカオ(仮)……」
「ほら、ラニだって呆れてるわ!」
「――私も欲しいです」
「そうじゃないでしょ!?」
すまないラニ。
俺の経済状況ではありす達の分しか買えなくてな。
「……残念です」
「もうやだこいつ等」
泣くな遠坂。
大丈夫、次はちゃんと遠坂とラニの分も用意するから。
「そこじゃないわよ!」
「ふふ、残念だけどその対価じゃちょっと足りないわ、おにいちゃん」
「ほら、黒い方なんか嘲笑してるじゃない――」
「ありがとう、おにいちゃん!えっとね、あの子をたおすには『ヴォーパルの剣』がいるんだよ」
「ちょっ、ありす!?喋っちゃだめっ!」
そうか。ありがとう、ありす。
どうだ遠坂。俺の交渉術は。
「……えぇー……」
さて、俺の華麗な交渉で情報も得たことだし――ネコ、道はどうだ。
「にゃっふっふ。既に見つけてるぜ少年」
さすがだ。
お前からの見つけたという合図を信じて、背水の陣で交渉をした甲斐があったな。
「さっきからバケネコが黙ってリンボーダンスしてたのはそういう意図だったのね……」
その通りだ遠坂。
どうだ俺達の暗号化されたやり取りは。
ありす達を出し抜けたぞ。
「むしろ誰にもわからないから。リンボーダンスが合図とか想定する奴なんていないから」
「そろそろ脱出するにゃ。サーヴァントを近くに呼び戻すにゃ!」
「……なんかやるせないわー……ランサー、戻って!」
「バーサーカー、戻りなさい」
遠坂とラニの呼び声に、2人のサーヴァントが戻ってきた。
「それじゃ脱出するにゃ!真祖ワーーーーーープ!!」
景色が歪む。
無限の荒野は遥か彼方に。
幼い少女達と獣の如き悪魔を残し、俺達は掻き消えた。
「む~……おにいちゃん、にげちゃった」
「また一緒に遊べるわ。楽しみにしましょう?それで、おにいちゃんがくれたお菓子ってなんだったの?」
「えっとね……ブラック○ンダー」
「……それを2個しか買えないおにいちゃんの経済状況って……」
「はむはむ。でもおいしいよ?はむはむ」
「あ、一人で食べないでよ、ありす。あたしも一緒に食べるわ」
景色が切り替わる。
弾劾裁判が行われようとしていたあの教室へ戻ってきたようだ。
「う~、この転移、気持ち悪いわね……」
「……う……得がたい、経験ですね……」
遠坂とラニも傍にいる。
ランサーとバーサーカーは見えないが、心配していない彼女達から察するに、霊体化しているのだろう。
それはさておき、まずは彼女達に謝らなくてはならない。
あの状況に巻き込んだのは俺なのだから。
――すまない、二人とも。巻き込んでしまった。
「もう、終わったことは蒸し返さないの。そんなことよりナカオ君――ものすごくやつれてるけど、大丈夫?」
「――1ヶ月断食したみたいになってますよ、ナカオ(仮)」
ああ、気にするな。大丈夫。
ちょっと魔力使い切っただけだから――燃え尽きちまったぜ、真っ白にな――
「全然大丈夫じゃないからそれ」
さすがに、6人でワープすると魔力消費がハンパじゃない。
ネコも疲れきって床で寝ている。
「まぁ、あの閉鎖空間から脱出するようなスキルならその対価も当然でかいか……それはともかく、貴方の対戦相手……あの子達についてなんだけど」
ありす達か。
とんでもないサーヴァントだったな。
倒してもすぐ再生するなんて、なんてバケモノだ。
「……それ、割とそこで寝てるサーヴァントにも当てはまらない?」
はっはっは。
――さて、どうやって倒したものか。
「わたしもそのバケネコの倒し方を知りたいわー……まぁ、それは置いといて。ナカオ君、勘違いしてるみたいだけど、あのバケモノはサーヴァントじゃないわよ」
「えぇ、おそらく……信じがたいことですが、『アレ』は使い魔のようなものでしょう」
待て待て。
あれが使い魔?
サーヴァント2騎と対等とはいかなかったが、十分やりあってた『アレ』がサーヴァントでないなんて――
「そもそも、おかしいのよ。あの閉鎖空間を作り出せるほどのサーヴァントが、あんな肉弾戦をしかけてくるなんて」
「そして、もう一つ。仮に『アレ』がサーヴァントだとしても、マスターが2人いることになります。それは絶対にありえない」
あの悪魔がサーヴァントでないとしたら――
「あの少女の一人……多分、黒い方がサーヴァントね」
「おそらく、キャスターでしょう」
アリスが――サーヴァント?
確かに、あの子は年の割りに落ち着いているが……
「間違いないと思うわ。『アレ』が再生する際、青い服の子から魔力が流れていた」
「そしてその際に、黒い服の方へも魔力が流れていました。青い服のありすが、『アレ』と黒い服のアリスへ魔力供給を行っていたのです」
ありすがマスターで、アリスがサーヴァント、か。
「あのバケモノを従えている上に、このセラフを書き換えるほどの魔術を使えるサーヴァントもとんでもないけど……本当に規格外なのは、マスターの方ね」
――ありすが?
ありすには年相応の幼さしか感じなかった。
遊ぶときも、お菓子を食べているときも、ふわふわとした笑顔を絶やさない少女。
そんな彼女が、遠坂の言うような規格外の魔術師とは到底思えない。
「……仮に、あのキャスターが異界を展開することに特化していたとしても、それを為すには結局マスターの『魔力』が必要なのよ」
「――聖杯が作り出したこのセラフを書き換えるとなると、通常の魔術師では体が持ちません。生きた人間では脳が焼き切れるでしょう」
生きた人間では、体が持たない。
その言葉を聞いたとき、脳裏に映ったのは、白い部屋の中で心音停止を表す機械の映像だった。
――遠坂、ラニ。もし……ありすがセラフに来た時に肉体を失っていて……精神だけの存在だとしたらどうなる?
「……なるほど。肉体がないなら身体的制約も無い……リミッターがないようなものね」
「そうだとするならば、彼女は己の限界を越えて魔力を生み出せます。その魂を削り、いつか消滅するまでは魔力を使い続けられるでしょう」
ありすの謎の正体が見えてきた。
彼女の肉体は存在しない――始まりで既に死んでいた。
……聖杯はなぜ、こんな少女を対戦相手に選ぶのか……
「……なにへこんでるのよ。倒すべき相手がとっくに死んでいたぐらい、自分の手を汚さなくてラッキーぐらいに思いなさいっ」
……そう簡単に、割り切れるものじゃない。
遠坂の言うように思うには、俺は彼女達に関わりすぎてしまった。
俺はどうすべきなのか、考えなければならない。
それは、あの子の対戦相手である俺の役目であり、やらなければならないことだ。
――ありがとう、遠坂。発破をかけてくれて。
「……べ、別にそういうのじゃないから。見当違いなことでへこんでるアンタにいらついただけよ!」
――あぁ、それでも、ありがとう。
俺のことを案じてくれた彼女に感謝を。
さきほどの言葉も、俺のためなのだと思うと素直に礼が言えた。
悩みも迷いも、今は捨てない。
この思いのままに進もう。
何もしないまま――後悔だけは、したくないから。
何をすべきかは未だ答えはないが、まずはあの悪魔を超えなければならない。
「ヴォーパルの剣、ね」
遠坂に頷きを返す。
とにもかくにも、まずはあの悪魔を倒すための武器がいる。
今はその名しかわからないが、指針があるだけましだといえよう。
「ヴォーパルの剣……師から聞いたことがあります。特定対象にのみ有効な魔術礼装ですね」
思わぬところから答えが来た。
探すべき答えはすぐ傍にいた。
――知っているのか、ラニ!
「はい。錬金素材『マカライト』があれば私が生成しましょう……協力すると言った約束を果たします」
これで武器を手に入れる目途はたった。
ならばやるべきは、素材の探索――!
「……マカライトならここにあるわ。ナカオ君、ここまで助けるんだから、絶対に勝ちなさいよ!」
――いいのか、遠坂。
「絶対に勝つのよ。それがこの素材の対価なんだからね」
遠坂とラニの協力のより、あの恐るべき悪魔を倒す道筋は見えた。
その果てにどうすべきか、それは俺が決めなければならない。
ここまで協力してくれた彼女達には感謝の念しかない。
だから、それを言葉にする。
――ありがとう、二人とも。
マカライトをラニへ渡し、数時間。
閉鎖空間の騒動があった教室へ来て欲しいとの連絡があった。
遠坂と二人、ラニが来るのを教室の中で待つ。
「にゃー、寝てたから早すぎる展開に追いつけにゃい」
ワープによって疲れ果てていたネコも、今は動ける程度に回復している。
ネコに今までの経緯を説明していると、教室の扉が開いた。
「お待たせしました、ナカオ(仮)。これが、ヴォーパルの剣です」
ラニのバーサーカーに運ばれ、ヴォーパルの剣が教室の机の上に置かれる。
どこか禍々しい威圧感を放つ剣。
その威圧感に、その剣がまるでとてつもなく大きい物であるような錯覚すら覚える。
「……ナカオ君」
遠坂もその威圧感に驚いているのか、どこか呆然とした表情で俺を呼んだ。
「これ……………………大きすぎない?」
ですよね。
いや、ちょっと待て。落ち着け遠坂。
それはきっと錯覚だ。
剣からにじみ出る存在感とかプレッシャー的な何かが俺達に錯覚を起こしているんだ。
そうだ、こんなでかい剣があってたまるか。
俺の身長よりもでかい剣があるはずがない。
これが剣だって言うのなら、まるで――
「それは剣というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった――」
おいやめろバカネコ。
バーサーカーしか装備できなくなっちゃうだろ。
ラニ、本当にこれがヴォーパルの剣なのか?
「がんばりました」
がんばりすぎだ。
何故こんなに大きくしたんだ。
「イメージ通りかと」
誰のイメージなんだ。
こんなドラゴンをころしちゃいそうな馬鹿でかい剣を――
「希望に沿えたと自負します」
「パーフェクトにゃ錬金術師!」
お前かよ。
何時の間にラニに注文したんだ。
そもそもこんな大きすぎる剣にしてどうするんだ。
どう頑張ってもお前の身長だと持てないぞ、バカネコ――
「この剣の効力を使用するにはマスターが剣を持って、あの敵へと刺す必要があります」
――ちょっと待て。
もう一度、言ってもらっていいかなラニさん。
「この剣の効力を使用するにはマスターが剣を持って、あの敵へと刺す必要があります」
――わんもあぷりーず。
「この剣の効力を使用するにはマスターが剣を持って、あの敵へと刺す必要があります」
――ふぅ。
助けて遠坂さん。
「がんばれ」
目を逸らさないでお願い。
どうするつもりだネコ。
「がんばれ!」
最高の笑顔をありがとう。
ぶっとばすぞ諸悪の根源。
……一応、確認するが、俺『が』この剣を『持って』、あのバケモンに『突き刺せ』と?
「はい。そうすることで打倒できるかと」
そうか、なるほど。
――無理だ。
~あとがき~
つっこみが一人でもいるとビックリするぐらい書きやすい不思議。