極寒の決戦場を後にし、校舎の一階へと戻る。
戦いの高揚も、勝利の余韻もなにもない。
ただ体は重く、思考は鈍い。
「……少年」
ネコの気遣うような呼びかけに応える気力すらなく。
視線で先にマイルームへ戻るように頼むことしか出来なかった。
その視線を受け、ネコはマイルームへと歩いてゆく。
何も言わず頷いてくれたことが、なによりもありがたかった。
己を除き、誰もいなくなり静寂となった校舎の一階。
立っているだけで疲労を感じ、ふらふらと階段へ座り込んだ。
腰を下ろすことで疲れがどっとでたのだろう。
今まで以上の重圧が肩にかかってくる。
わかっている。
この重さは、疲労だけではないことを。
『ばいばい』
少女の最後の言葉が、離れない。
泣きながら微笑んでいた顔が消えない。
少女の死を願ったわけじゃない。
何を願ったわけでもない。
ただ、何かができるはずだと信じて。
その結末を受け入れてみせると信じて。
だが、その結果が、これだ。
所詮根拠のない妄信だった。
なにもできず、少女は消えてしまった。
その結末を良しとすることなど、できるはずもなかった。
確固たる自分もないまま、これが三度目の結末。
終わった、終わらせた事実だけが胸に重くのしかかる。
「――死を、悼んでいるのですね」
誰かが上階から降りてきたようだが、その誰かに意思を向ける気力もわかない。
「命が失われるのは、悲しいことです」
後悔と自責が渦巻く思考は、終わらないループに囚われてしまっている。
「その悲しみは渇望と欠乏が生み出したもの。この戦いも、地上の貧困も同じです。足りないから奪う、己を一番だと妄信しているから踏みにじる」
一度、頭を冷やそう。
今の自分では、答えを探すどころか前へ進むことすらできない。
「その調停をするために僕はここへ来た。西欧財閥の当主……世界の王として生まれた僕の責務です」
誰もいない静かな場所で風に当たろう。
あの教会の前の噴水広場なら、誰もいないはずだ。
「あなたの悼みも、彼女の痛みも認めます。いずれ、誰も無慈悲な死を死を迎えないよう――世界に徹底した管理と秩序を。欠乏が無ければ争いはありません」
もう一度、考えなければならない。
己の立ち方と在り方を。
重い体に力を入れ、立ち上がる。
そして、階段の踊り場で立ち往生していた人物へ、移動の邪魔をして悪かったと頭を下げ歩きだす。
歩みは遅く、頼りないけれど。
何時までも動かないままでいるほうが、今は怖かった。
「人々に完全な平等を。それこそが世界のあるべき姿、理想社会。少女の死を悼んだあなたならば賛同してもらえるはずだ。そうですよね、ナカオさん――――あれ?ガウェイン、あの人はどこへ?」
「レオ、かの少年ならば既に立ち去っています」
「そうですか。もう少しお話をしたかったのですが、残念です」
「階段に座り込んで往来の邪魔をしてすまなかったと、一礼をしていました。礼儀正しい少年ですね」
「ちょっと待ったー!右も左もわからない迷子系男子に漬け込むのはそこまでよ――って、あれ?ナカオ君は?」
「彼ならもういませんよ」
「え、あれ……?」
「ふふ、出待ちした甲斐がありませんね、ミス遠坂」
「ありゃ、ちっと遅かったな嬢ちゃん。戦いが終わった坊主を心配して来てみればハーウェイがいたから守ってやろうって息巻いてたのに残念だったな」
「おや、そうなのですかランサー。ご愁傷様です、ミス遠坂」
「う、うぅ……も、もうちょっと待ってなさいよあのバカーーー!あと憶えてなさいレオナルド!絶対ぎゃふんって言わせてあげるんだからー!行くわよランサー!」
「あいよ……って、足速いな嬢ちゃん!?そんなに恥ずかしかったか!?」
「…………行きましたね。彼女も面白い人だ」
「そうですね、あのランサーもかなりの使い手だと見受けられます」
「聖杯戦争、中々一筋縄ではいかないようで、ふふ。柄にもなく楽しくなってきました」
「ですが、勝利するのは貴方です、レオ」
「当然です。僕は王なのですから」
教会前、噴水広場。
流れる水の音と、花を揺らす穏やかな風が、鬱屈とした気分を紛らわせてくれる。
三回戦が終わったせいか、今は夜の時間に移行したようだ。
空は暗く、星が煌いている。
その輝きを見上げながら、考えることは……今までの戦いのことだ。
三回、まだ三回なのか、もう三回なのかわからない。
だが、俺は三回勝利し――三人の屍の上に立っている。
戦いが始まりそれなりの日数を経たが、いまでもあの戦いを鮮明に覚えている。
一回戦、マトウシンジ。
始まりの戦い、初めての戦い。
彼も俺も、戦う意味を知らなかった。
どこか戦争という言葉を信じていなかった。
俺は、いきなり放り出された非日常に戸惑い、失った己に迷っていた。
あの時戦えたのは……桜のおかげだ。
戦う意思も理由もなかった己に、明日を欲する理由を与えてくれた彼女のおかげで俺は今こうして生きている。
桜との約束が無ければ、俺は諦めていたであろう。
そして、あの戦いで俺は――恐怖を知った。
戦う行為の恐怖。
相手を傷つける恐怖。
自分が傷つく恐怖。
何よりも――死の、恐怖を。
あの戦いで、死を知った。
死に逝く者の慟哭は、決して忘れることなどできない。忘れちゃいけない。
今の生は、彼の死の上に成り立っているのだから。
二回戦、ダン・ブラックモア。
迷いの戦い、決意の戦い。
彼は、戦いを肯定する人だった。
正々堂々と、託す願いのために戦いを正道とする人だった。
卑怯も外道も許さないが、戦いを否定することはなかった。
そして何よりも――あの人は敵と向き合う人だった。
死の恐怖に苛まれる俺を、放っておけば自滅するほどに不確かであった俺を、正面から向き合うために道を示してくれた人だった。
彼の教えを憶えている。あの言葉を心の刻んでいる。
彼の言葉は、空虚な自分のこれからの在り方を考えさせるものだった。
彼の言葉を糧に、自分の生き方を見つけようと決意した。
そして、三回戦……ありす。
彼女は戦っていなかった。
ただ、遊んでいただけだった。
かつて見た少女の夢は、彼女の生前の記憶だった。
純白に囲まれた不動の世界。
動くことも叶わず、動く物も無かった狭い世界。
幼い命は、幸福を知らずに死を迎え――自由を得る。
彼女はただ、得た自由を満喫していただけだったのだ。
戦う覚悟も意思もなく、ただ自由に遊ぶことに溺れていただけなのだ。
三回戦にいる以上、彼女もまた二人の屍の上に立っていたのだろう。
遊びの延長で人を打ち倒して、ここまで来たのだろう。
だとしても俺は、彼女の記憶を見てしまった俺は、彼女を悪だとは断じることはできなかった。
にもかかわらず俺は……あんなにも笑顔で、全てが楽しいと語る彼女を――殺した。
殺すことこそが聖杯戦争、ひいては戦いの道理であることは理解している。
殺さなければ殺されていたことも、理解している。
自分は生き残って、彼女は二度と還らない。
結末はあまりに簡素で、結果はあまりにも重い。
三度の戦いを憶えている。
全てがあまりにも大きく、重く、背負いきれないほどの過去。
生き残った事実は、生き残れた嬉しさよりも、生き残ってしまったという後悔に変わりつつある。
立つことは辛く、歩くことは苦悩になる。
空虚な自分に、できることなどあまりにも少なくて。
だから、俺は……
今までの経験を、背負った過去を――――――――
――絶対に、忘れない。
望む望まぬに関わらず、俺は彼等の命の上に立っているのだ。
その事実を忘れることなど、彼等を打ち倒した事実を、捨てることなんかできない。
できるはずがない。
歩みを止めることは冒涜だ。
諦めは侮辱だ。
彼等の命を無為にはしない。
戦った結末を無意味にはしない。
己の空虚さを言い訳にしない。
今ある命に価値がないというのならば、価値を見出さなければならない。
生き残った己は、彼等の命の上に立っているのだと、証明し続けなければならない。
だから、進もう。
ここで止まっていることは絶対にできないから。
答えを持たない己を恥とするならば、答えを得るために進み続けよう。
きっとこの先の戦いも辛く、苦しいけど……何もしないまま後悔だけはしたくないから。
今はただ、がむしゃらに。
進んだ先に誇れるものがあるはずだと信じて。
前へ…………明日へ進み続けよう――――――――
決意を新たに、マイルームへと戻る。
あんなにも重かった足取りは、嘘のように軽くなっていた。
まだ歪な覚悟かもしれないけれど、前へ進むことだけは確かな想い。
だから、この想いを相棒たるサーヴァントへと伝えよう。
そして、一緒に進もうと伝えるのだ。
あの小さなサーヴァントは、きっといつものように怪しく笑って、馬鹿なことを言って、しっかりと頷いてくれるはずだ。
ここまで生死を共にしたあいつは、きっと俺の想いを肯定してくれる。
そう思えるほどに、あいつを信頼している。
あぁ――こんなにも、俺はあいつを信じていたんだ。
いまさらだけど、大切な事実。
少しばかり、恥ずかしいけれど……うん、こんな気持ちも悪くない。
よし、早くマイルームに戻ってあいつと話をしよう。
いままでとこれからのことを話そう。
マイルームの扉に手をかけ、開く――
「にゃっふっふ。ようこそ、グレートキャッツキャッスルへ――!」
――扉を閉める。
……ふぅ。
扉を開けた先に、とんでもなく馬鹿でかい城があったような気がするが、気のせいだ。
あきらかに教室の広さを凌駕する空間が広がっていたような気がするが、気のせいだ。
深呼吸をし、もう一度、扉に手をかけ、開く――
「はひゅー……はひゅー……やっべ、魔力使いすぎて昇天しそう……」
ミイラ化してる――!?
マイルームはいつもの教室に戻っていたが、床に座り込むサーヴァントはやつれきって骨と皮のようになっていた。
どうしたんだネコ!?
というか、さっきの城はなんだ!?
「……にゃっふっふ……あれこそが……我が宝具……一発芸・にゃんかすごい城にゃ!」
宝具で一発芸をするなバカネコ。
というか城どころか空間すらおかしかっただろ。
草原に城に夜空に真紅の月とかどんな一発芸だ。
「にゃいすツッコミ。その言葉が聞きたかった」
いい笑顔だが死に顔だ。
人が覚悟しているときに何命をかけた芸をしてるんだバカネコ。
「にゃっふっふ。落ち込みボーイにはビックリドッキリ企画がいるかにゃーと思って命かけてみた!」
頑張りすぎだろ。
まったく、虎の子の宝具のお披露目が一発芸とか――ちょっと待て。
お前、宝具持ってたの?
「もちろんさベイベー。宝具持ってないサーヴァントとかマジ爆笑もんだぜ」
俺はお前のことをその爆笑もんだと思っていたよ。
それで、あの宝具にはどんな効果が――?
「にゃんかすごい」
そうか。
それで、どんな効果が?
「にゃんかすごい。あと観光できる」
はっはっは。
――爆笑もんじゃねーか。
効果無しの上、消費魔力が馬鹿みたいにでかいとか笑いしかでてこないぞ。
さっきから俺の魔力もガンガン吸い上げやがって。
――マーボーがなかったら即死だった。
「マーボー食って魔力が回復するあたり少年も大概おかしいにゃ」
ネコ缶食って魔力体力全回復するお前には言われたくないな。
「ネコ缶と書いてエリクサーと読むにゃ」
何それ安上がり。
まったく、色々と話をしたかったんだが、全部吹っ飛んでしまったよ。
「にゃっふっふ。少年を元気付けるための一発芸だったけど、いらなかったかにゃ?」
気持ちだけ受け取っておくさ。
ありがとう。
……なんか、色々と面倒になったから……簡潔に言うぞ。
「にゃ?」
前へ進むぞ――相棒。
「にゃ!全速前進望むところだぜ――相棒!」
「ところで少年。あの黒幼女が消えたときの異常にゃんだけど――」
異常?
何のことだ?
「…………いや、何でもないにゃー」
そうか。
なら、今日はもう明日へ備えて寝よう。
「にゃ。ゆっくり休むといいにゃー」
ああ。お休み。
「……少年に害はにゃいみたいだし――――――いいわ、見逃してあげる、災厄の獣。少年の覚悟の邪魔はしたくないしね。でも……少年に仇為すなら………………」
<あとがき>
主人公たる者、覚悟完了まで3ステップは必要ですよね。
ホップステップジャンプ的な。
【おまけNG】
戦いが始まりそれなりの日数を経たが、いまでもあの戦いを鮮明に覚えている。
一回戦、ライダー。
真紅の髪の美女。
豊満な母性。
扇情的な肢体。
銃を撃つたびに揺れる『それ』。
全ての男が夢見る全て遠き理想郷。
激しい動きに振動し、汗ばむ肌は艶やかに――マーベラス。
あぁ――何を悩んでいたんだ、俺は。
目指すべき場所など一つだった。
掴むべき夢など明確だった。
意思は愚直に、魂は滾る。
俺の欲していたものは、俺のなりたかったものは、こんなにも単純で簡単なものだったんだ――!
胸が高鳴り心臓は鳴動する。
この高揚のままに走る。
向う場所はマイルーム。
早く、早く伝えなければ。
俺の意思を、俺の決意を――!
扉を開け、部屋で寛いでいる相棒を見据える。
「にゃ?おかえり少年ー。どったの?そんにゃに興奮して」
ネコ、聞いてくれ!
俺は、俺は――!
――おっぱいマイスターに俺はなる!
「おまえはにゃにを言っているんだ」
<あとがき>
ナカオ(仮)は覚悟完了した。
馬鹿はエクストリーム馬鹿に進化した。