命が、舞っていた。
砕かれ、切り裂かれ、焦がされ、散り逝く。
無機質な戦場で舞い散る命は、光に消え霞逝く。
敵が聖杯によって作り出されたエネミーでなければ、命が消える際の幻想的な光は、きっとどす黒い鮮血だったに違いない。
また一つ、光が消える。
いっそ神々しさすら感じるような光の帯が、螺旋に舞い上がり消えて逝く。
その光景を前にし、なんの感慨も浮かばない。
電子構造体『エネミー』は、まさに無機物といった造型だが、それを打ち倒すという行為は、日常においては嫌悪すべきことだ。
だが、今の俺はなんの感慨も感じてはいなかった。
度重なる闘争に感覚が麻痺したか、無機物に対する想いなど持つような人間ではなかったか、様々要因はあるだろう。
だが一つだけ、はっきりと言えることがある。
今の俺は――修羅だ。
闘争だけを肯定する修羅なのだ。
打ち倒した過去などに興味はない。
打ち倒すべき未来だけを欲している。
敵はどこだ。
エネミーはどこだ。
探し、求め、見つけ、攻め、打倒する。
その繰り返しだけを行う存在を修羅と言わず何と言おう。
その在り様、なんて――無様。
だが、今はこの闘争の先を求めずにはいられない。
誰もが嫌悪し侮蔑するようなこの在り方でも、その先に欲するものがあるのならば、俺は――絶対に、妥協しない。
求めるモノ、それは――
名誉か?
否、そんな不確かなモノなどいらない。
力か?
否、闘争の果てにある力に興味などない。
俺が欲しいものは唯一つ。
戦場に身を投げ打ち、闘争に身を焦がしても欲してならないモノ。
それは、闘いの果てにある。
だから――
アリーナを跋扈するエネミーへその思いを叩きつける!
金、置いてけ――!
「ただの追いはぎじゃにゃいか」
エネミー102体、とりあえず遠坂に頼まれた触媒を買っても余裕がある程度には稼げたか。
「いきなり首根っこ掴まれて連れてこられた先は地獄だった。ガリバーもビックリの超旅行にゃ」
おいおい、何を言っているんだ。
――ここからが地獄だ。
「まだ狩る気にゃー!?」
当然だ。
ようやく黒字といった程度の収支では終われない。
だって俺、この戦いが終わったらマーボーを食べるのだから――
「あたしのマスターが全力でフラグを立てに逝っている件」
フラグを立てたくもなる。
なにせ至高のマーボーは俺を地獄から天上へと誘う福音の調べ。
神の御許へと俺を連れて行ってくれるのだ。
「ガリバーもビックリのバッドトリップ。確かにそれは天上にゃ。ルビはあの世。ところで少年、さっきから端末がビービー鳴ってるにゃ」
ネコの指摘に端末のコール音に気付く。
何度か聞いた無機質な呼び声にも慣れてきた。
次の対戦相手が決まったのだろう。
端末を手に取り、慣れた操作で画面を切り替える。
切り替わった画面に映し出された文字は――
『いい感じの触媒があったから買っちゃった☆支払よろしくね♪』
――ジーザス、 神 は死んだ。
遠坂コノヤロウ。
人の金だから好き放題とはやってくれるなコノヤロウ。
しかもこれ見よがしに☆とか使いやがってコノヤロウ。
返信しとくか……『了解☆金の亡者殿』。これでよし。
「少年、それはツインテの手で天上に連れて行かれるフラグにゃ。まぁまぁ、落ち着いて。ツインテもあんにゃ不確かな状態にされて不安にゃのよ。多少のオイタは笑って許すのがいい男の証明だぜ」
明細をみろバカネコ。
触媒なんてぼかしているが、買ったのは宝石だ。
しかもきっちり俺が稼いだ限界の請求額だ。
ネコ缶一個分の残高もないぞ。
「よしぶっとばす。あたしの肉球をほっぺに押し付けてやるにゃ」
なにそれ気持ちよさそう。
だがそれをしている暇は無いぞ。
せっかくの黒字収支がプラマイゼロでは明日の飯代がない。
さらに金稼ぎをしなければ。
遠坂、ラニの生活費から察するに――エネミー23体といったところか。
「少年の金勘定の速さは異常。でもさー、流石に疲れたにゃー。生活費って言っても、少年が頭下げれば保健室の主がどうにかしてくれるにゃ。やったねヒモ生活!」
エネミー25体でネコ缶をプレミアムにできるぞ。
「まだあたしのターンは終わってにゃいぜ!出て来いエネミー!カツオ節にしてやるにゃ!」
それ脅し文句なの?
とにかく、やる気になってくれてなによりだ。
さぁ、やるぞ。
俺達の戦いはこれからだ――!
「あたし達の未来に幸福があると信じて――!」
--- Outside of observation ---
命が、舞っていた。
切り裂かれ、貫かれ、串刺しにされ。
学園に併設された体育館と呼ばれる空間に、死が充満してた。
ばらばらになった人のパーツが、血と腐臭を撒き散らして床を汚している。
また一つ、命が消える。
首が斬り断たれ空を舞う。
切断面から夥しい血を撒き散らし、床へ落ちる。
ごとん、と重い音を立てて首が転がった。
幾つもの人だった一部が、体育館の床に広がっている。
その地獄のような場所で、2人の人物が立っていた。
一人は、この地獄を作り出した漆黒の騎士。
光を反射しない漆黒の全身鎧。
血にまみれた刺々しい槍。
色の抜け落ちた白髪と、濁った血のような紅の瞳を持つ男性。
一人は、この地獄を眺めて笑う道化。
顔は道化化粧で白く塗りつぶされている。
笑う声は甲高く、軽やかなステップは正に道化の所業。
サーカスの中ならば、陽気なピエロとして見られただろう。
だが、窪んだ瞳は、全てを飲み込む汚泥のような暗さを携え、道化の格好が不気味さを際立てている。
二人は地獄の中で笑っていた。
まるでそこが綺麗な花畑の中で、散歩をするのが楽しいのだと言わんばかりに微笑んでいる。
道化が、転がった首へと近づく。
そして、足元にある『それ』を汚れることも気にせず持ち上げた。
「ンー……マズソウダネ。イラナーイ。ケヒャヒャヒャ!」
持ち上げた首の死んだ瞳に目線を合わせ、いらないと言いながら空中へと投げ捨てた。
小柄な道化は存外力があったのか、投げられた首は結構な距離を飛び体育館の入り口へと転がる。
ごろごろと回り、びちゃびちゃと血を撒き散らしながら床を汚し、入り口に立っていた人影の足にぶつかり止った。
「ほぅ、これはこれは。随分とまた壊してくれたものだ。中々に心躍る光景だな」
体育館に広がる凄惨な光景を目にしても、その人物はまるで動揺していなかった。
漆黒の神父服に身を包むその人物、聖杯戦争の監督役である神父は大したことでもないように体育館の中へと歩を進める。
「やれやれ。NPCとはいえ、彼等には彼等の仕事があったのだがね」
入ってきた侵入者に対する反応は2つ。
道化は神父に興味がないのか、転がるパーツを眺めてはまずそうだと呟いている。
黒騎士は敵意を隠さず、神父を侮蔑の眼差しで迎えた。
「マスター『ランルー』とそのサーヴァント『ランサー』よ。私とゲームをしないかね?」
「断る」
元々そうするつもりだったのか、神父の提案が言い終わるより速く、騎士が槍を突き出した。
だが、その鋭い突きは神父へと届かない。
ガキンと鋼がぶつかるような音を奏で、槍が空中で止まったのだ。
「ぬ?」
「ふ、残念だったな。これでも上級AIなのでね。私への干渉は不可能なのだよ。必殺の一撃を防がれた気持ちはどうかね?」
ねぇどんな気持ち、どんな気持ちなの?と言わんばかりに神父は深い笑みを浮かべて騎士を見る。
その視線を受け、騎士は鋭い牙がチラつくような凄惨な笑みを返した。
「愉悦――んん!失敬、話を続けよう。何、単純な話だ……マスター諸君、集まったようだな」
神父が体育館の入り口へと振り返った。
そこには、聖杯戦争の参加者であるマスターが大勢揃っていた。
そのマスター達を眺め、神父は声を張る。
「諸君、君たちもそろそろ単純な決闘に飽きてきたころだろう。本戦から外れて少し違う趣向を用意させてもらった。この2人は度重なる警告を無視し、破壊活動を続けてきた」
「警告?食事を寄越していたの間違いではないか、コトミネよ」
神父の言葉を訂正しながら、黒騎士は喉の奥で低く笑う。
その不遜な態度を気にせず神父は続ける。
「監督役として、彼等にはペナルティを与えねばならない。しかし、私が処分してもつまらないのでね。集まったマスター諸君に狩猟――ハンティングをしてもらおう」
道化と黒騎士を指し示しながら、神父はマスター達へと提案を投げかける。
「獲物は違反者、マスター『ランルー』とそのサーヴァント『ランサー』。この2人を見事仕留めた者には報酬を与えよう」
神父は心底愉しんでいるのか、暗い輝きを秘めた濁った瞳を細めながら、マスター達を眺める。
「報酬……それはなんだ!これは本戦とは関係ないんだろ!?リスクに見合う物なんだろうな!」
マスターの一人が声を上げる。
ただでさえ、命を賭けた殺し合いをしているというのに、本戦に関係ないことまで命を賭けたくないのは当然のことだろう。
「もちろんだとも。誰もが求めて止まないもの。マー……」
「マーボーとかだったら参加しないぞ!」
「……………………君たちが血眼で捜しているものだ。四回戦対戦相手の戦闘データ、および情報の開示。というのはどうだね?」
マスター達がざわめく。
神父によって提示されたそれは、報酬ではなく脅迫だった。
サーヴァントの情報は決闘に必要不可欠であり、一番隠し通したい物だ。
それを知られれば、次の戦いは苦戦必須。
集まったマスター達は、自分を有利にするためではなく、自分を守るためにこのゲームへと参加せざるをえなくなったのだ。
ざわめきは止まない。
参加せざるをえないが、本戦に関係のない戦いは避けたい。
二律相反の思いが、彼等の意思を揺らがせる。
「コトミネよ、我等が全てのマスターを返り討ちにしたらどうなるのだ?」
神父とマスター達を眺めていた黒騎士が疑問をぶつける。
その声に緊張などなく、返り討ちにすることは当然であるといわんばかりだった。
「今までのペナルティの白紙。処分の取り消しだ。もとより対戦相手が減れば、君たちは聖杯へより近づくだろう?」
「ふむ……いかが致しますかな、我が妻よ」
しばし考えを巡らせ、黒騎士は道化を妻と呼びながら声を掛けた。
「イイヨー。ランルー君、オナカペコペコダヨ。スキナモノガアルトイイナァ。ケヒャヒャヒャヒャ!」
「ふむ。それが妻の望みならば是非も無し。その催し乗った!我が槍に貫かれたいモノは前へ出たまえ!串刺しである!根絶やしである!皆殺しである!」
妻――マスターである道化の許可を得た黒騎士は、奇声を上げて槍を構える。
その狂気に満ちた在り様に、マスター達のざわめきが大きくなる。
「では、僕が参りましょう」
ざわつきの中、静かな声が空間に広がった。
気負いも恐怖もなにも宿さない清廉な言葉。
群集が二つに割れ、その中心から王気を纏う少年が歩み出る。
「ガウェイン」
「はっ。行くぞ、ランサー。その暴虐、もはや捨て置けません」
金色の髪の少年と白銀の鎧を纏った騎士が、道化と黒騎士に対峙した。
「ほう?太陽の騎士よ、そのように目を瞑ったままで我が槍を受けるのか?これは滑稽!実に滑稽!」
「妄言はそこまでです。我が剣は貴公のような暴虐の徒を屠るためにあると知れ」
「クハハハハハ!無色の忠誠もそこまでいくと悪辣よな!澱んでいる、濁っている!その在り様、騎士ではなく奴隷を名乗ってはどうか?」
「我が忠義を愚弄するか!」
「活きが良く実に結構!」
黒騎士は槍を掲げ、白騎士が抜剣する。
ぴりぴりと空気が張り詰め、今にも爆発しそうなほどに緊張が高まる。
誰もが固唾を呑んで見つめる中――
「ワラキアの丘に新たなる墓標が生まれる。銘は――『曇った眼の愚昧』也。フハハハハ! 串 刺 城 塞 (――!!」
無数の槍が地面から迫出し闘争の幕が上がる――!
--- Inside of observation ---
廻る廻る。
世界は廻る。
繰り返される闘争は、無銘の墓標を幾つも刻む。
それでも廻る。
くるくる廻る。
屍山血河、数多の屍を越えても止まらない。
廻る廻る。
ぐるぐる廻る――
――残高カウンターが止まらない。
「稼ぐより速く消費するだと――!?ツインテ、恐ろしい子……!」
エネミーの沸きよりも速く買い物をするなんてどんだけ浪費してるだ遠坂ー!
しかも稼いだ傍からぴったりの金額の買い物とか監視でもしてんのかこのやろー!
「少年、嘆いてる暇があったら今は狩るにゃ!この戦いの先にネコ缶があると信じて――!」
あ、一気にやる気削がれた。
もう、ゴールしてもいいよね。
もう、桜のヒモでもいいよね――
「諦めたらそこから屑系男子の始まりにゃ!保健室の主は喜びそうだけど!ところで少年、端末……鳴ってるぜ?」
……
…………
………………
………………放置で。
これ以上、請求書は見たくない。
いくぞ、ネコ。
もうちょっとだけ、頑張ろう。
「少年の背中が煤けてるにゃ。その姿、まさに企業戦士サラリーマン」
ただし給料はハンティングの出来高。
ローンは常に更改中。
やだ、泣きそう。
「誰かー!債務返済に詳しい人はいませんかー!」
はっはっは。
これからが地獄(だ――
【 四回戦対戦相手の本戦外敗退により、不戦勝とする 】
【 四回戦終了 16人⇒8人 】
~あとがき~
キングクリムゾン!時間は吹き飛び、四回戦は終わったという結果だけが残る!
うん、プロット難航って串刺し公のことだったんだ。
実はどのルートでも出てくるのはウルトラ求道僧だったんだ。
だから公はださないつもりだったんだ。
色々悩んでたらハンティングがクッキングになってマーボーが世界を救うと信じて、とかわけのわからん話になったのでキングクリムゾンしたんだ。
「ふふっ」
「あら、桜。ご機嫌ね」
「あ、リンさん。そうですか?」
「えぇ、とっても楽しそう。なにかあったの?」
「いえ……頑張る男の人って素敵ですよね」
「え?ま、まぁ、そうかもね。どうしたの?」
「いえいえ、なんでもありません。あ、高価な茶葉が手に入ったんです。お茶にしませんか?」
「あら、いいわね。……うわっ、この銘柄、ホントに高いやつじゃない。こんなのがタダで飲めるなんて、AIってのも悪くないかも」
「無料ではないですよ」
「え?そうなの?こんなの買うなんて、桜って意外と高給取り?」
「んー……秘密です♪」
「あら、残念。……ん~、いい香り」
「もう少し待って下さいね。……ナカオさんに感謝しなくちゃ」
「え、ナカオ君?なんで?」
「いえいえ、お気になさらず。ふふっ♪」
~あとがき~
凛とラニばかりにお金を使うのはずるい⇒自分にも少しくらい良いよね⇒やだ、必死な姿素敵⇒もし諦めても私が養ってあげますから⇒止まらない残高カウンター
こんな流れ。