机に並んだ色とりどりの菓子。
和菓子洋菓子なんでもござれ。
ちょっと豪華な昼下がりのお茶会。
「へぇ~、流石はムーンセル。品揃え半端ないわね」
「見たことが無いものも多いです。心躍りますね」
参加者は見目麗しい美少女達。
「皆さん、お茶の準備ができましたよ。新しいハーブティを試してみました」
注がれた茶からは爽やかな香りが漂い気分を落ち着かせる。
端から見ても豪華絢爛。
眺めているだけでも楽しめるだろう。
――だが、俺の心は暗く沈んでいる。
「あら?どうしたの、ナカオ君。いつもなら我先にって感じで食べるのに」
「体調不良ですか、ナカオ(仮)。……心配です、問題があれば提起をしてください」
「ナカオさん、大丈夫ですか?」
美少女達に心配されるなど、男冥利に尽きるというもの。
それでも俺は、この茶会に対し悲しみの感情しか抱けない。
なぜなら――
「遠慮するにゃよ少年。このお菓子はあたしの奢りだぜー。心配しにゃくても臨時収入があったから大丈夫にゃ。あの商品のマージンが大量に入ったのよ」
――落涙を禁じえない。
この豪華な茶会が黒衣の彼の犠牲に成り立っていると知っているのは俺だけだ。
マージンの真実。
踏みにじられた男の純情。
崩れ落ちた期待。
黒衣の青年の絶望がありありと想像できてしまう。
そんな俺がこの菓子を食べれようか、いや食べれない。
「マージン?なにそれ。アンタ、商売でもやったの?」
「にゃっふっふ。よくぞ聞いてくれたツインテ。あたしの華麗なる商売武勇伝を聞くがいいにゃ」
遠坂がネコに話題を振る。
これから語られるのは涙無しには聞けない物語。
俺は男達の生き様を魂に刻むため、ネコの語りに耳を傾ける。
「あたしを全面に押し出した商品を購買部に並べたのよ。で、見事に完売御礼売切御免!ようやく世界があたしの魅力においついてきたにゃ……!」
「……嘘くさいことこのうえないわー……」
完売!完売と申したか!?
つまりあのアニマルビデオは複数個販売されており、俺や黒衣の青年と同じく涙の海に沈んだ紳士諸兄が他にもいると!?
被害者の会、作らずにはいられない!
「ちなみに購入者第一号は少年」
「なにやってんのよナカオ君」
「ナカオ(仮)、どのような商品だったのですか?」
「……ナカオさん、買っちゃったんですか……?」
三者三様の眼差しが俺を貫く。
遠坂の呆れた顔。
ラニの疑問の声。
桜の責める様な視線。
言い訳をしたいがそれはできない。
言い訳をするには商品のことまで語らなければならないからだ。
AVを買いたかった、などと少女達に言えるわけが無い。
「で、商品ってなによ?」
「にゃっふっふ。あたし主演の超大作アニマルビデオ、略してエー……」
それ以上はいけない!
アニマルビデオ!アニマルビデオだから!
この殺伐とした戦いの日常の中で、動物に癒しを求めただけだから!
子猫やら子犬やらを期待してたらそこのバカネコだったからふざけるなコノヤローといった次第になっただけだから!それ以上はなにもないから!
「期待したものと違ったのですね。店頭での購入ですからクーリングオフは効かなかったと。残念でしたね」
そう、その通りだよラニ。
実に残念無念だった。
うん、残念だったなー。
「なに必死になってるのよ」
いやいや、必死などとそのようなことはないよ遠坂。
うん、お金無駄使いして悔しいってだけだから。それ以上は無い。
「…………」
桜さん、無言はやめて。お願い。
前髪に隠れた視線が怖いの。
やましいことなんてないから。ホントホント。
そんなことよりも!
ネコ、アニマルビデオは完売とのことだが、結局購入者は何人いるんだ?
「にゃ?少年込みで2人にゃ」
――2人?
てっきりもっと被害者もとい購入者がいるものだと思っていたのだが。
そもそも二つしか販売していなかったのか。
踏みにじられた紳士諸兄が俺とあの黒衣の青年だけですんだのは、不幸中の幸いだったか。
「ちっちっち。購買部には100個卸したのにゃ。少年が1個買って残りはもう一人が買いしめっちゃったにゃ。独占するほど欲しがるにゃんて、あたしの魅力の罪深さよ」
なん……だと……!?
それはつまりあの黒衣の青年が99個のAVを買い求めた結果がこの茶会ということなのか……!?
なんという剛の者。
なんという不憫な結末。
俺を遥かに凌駕する絶望を感じたに違いない。
被害者の会、会長の座を彼に譲らざるを得ない。
「そんにゃわけで、この菓子はあたしの奢りにゃ!遠慮なく貪るがいいにゃボーイ&ガールズ!」
「貪るって言うなバカネコ。でも、せっかくのお茶会だし頂くわ。奢りだしね」
「これもまた皆での食事ということですね。心躍ります」
「……そうですね、せっかくの機会ですし、楽しみましょう皆さん」
皆が笑顔で菓子を摘む中、心の中で涙しながら彼の犠牲を無駄にしないため菓子へと手を伸ばす。
砂糖をまぶした一口サイズのドーナツは、なぜかしょっぱい味がした。
「――なにこのドーナツ、しょっぱい」
「しょっぱいです」
「しょっぱいですね……」
「にゃっふっふ!甘いドーナツはこの中にたった一つだけ逆ロシアンルーレットにゃ!」
塩ドーナツだった。
弾んでいた談笑も、少なくなった菓子と共に穏やかになり、ゆったりとした時間が流れている。
今も戦争の真っ只中とは思えないようなまったり感。
次の決闘に向けて、十分に英気を養うことができたと言えよう。
「ところでナカオ君、そろそろ五回戦の相手の通知がきたんじゃない?」
言われた言葉に、その時期だったことを思い出す。
もう五回戦とは感慨深いものだ。
実際にはまだ三回しか戦っていないが。
四回戦は対戦相手が決闘日の前に敗退したらしく不戦勝になっていた。
妙なところで運がいい、とは遠坂の言葉だ。
遠坂の問いに端末を手にとって確認する。
言われた通り、五回戦の通知が来ていた。
画面を幾度か操作し、通知内容を確認する。
五回戦 対戦者【ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ】
「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ!?」
表示された名前を読み上げると、遠坂が驚愕と共に立ち上がった。
――知っているのか?
そう声を掛けるが、遠坂は難しい顔をして椅子にゆっくりと座りなおしただけで答えてくれない。
この保健室にいる誰もが遠坂を見るが、その本人はなにやら考えているようで反応が無い。とりあえず遠坂の後ろでフラダンスをしているバカネコの頭を掴み静かにさせた。
「頭ぎりぎり言ってるにゃ!?永遠に静かになってしまうらめー!」
シリアスシーンだから静かにしなさい。
しばし遠坂の動きを待っていると、彼女はやれやれとばかりに頭を振ってこちらに顔を向けた。
「ナカオ君、本当についてないというか、強者とばかりに当たって逆についているというか……」
呆れたと言わんばかりの表情。
俺が不運なのは今に始まったことじゃない。
サーヴァントがアレな時点でお察しだ。
「……それもそうね」
「にゃぜあたしを見て微笑む?――惚れちまったか、女も虜とか罪ぶけーあたし」
ないな。
「ないわ」
「それはないかと」
「それだけは絶対にありえないとお天道様も断言します」
「一糸乱れぬカルテット!?」
バカネコを除く皆の心が一つになった瞬間だった。
「うん、わたしが悩んでもしかたないか。重要なのはこれからの対策だし」
姿勢を正し真面目な表情となった遠坂に、こちらも姿勢を正して向き合う。
ラニと桜は遠坂の話を邪魔しないようにか、やや離れた場所へ移動した。
一緒に移動しようとしたバカネコは首裏掴んで引き戻す。
「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ、彼は西欧財閥を束ねるハーウェイ一族の人間よ」
西欧財閥、確か地上の6割近くを支配する組織だったな。
それを束ねる一族の一員とは、とてつもないエリートというわけか。
「エリートはエリートだけど、内実はもっととんでもないわ。ユリウス、あいつはハーウェイ家の害虫駆除部隊筆頭……要は、暗殺者よ」
――暗殺者!?
予想以上にとんでもない肩書きが飛び出したな。
「えぇ、実際とんでもない奴よ。魔術師としても一流だけど、恐れるべきは暗殺者、戦闘者としての経験、修羅場を超えた場数の多さね。私も魔術師としてなら負ける気はしないけど、目の前に居て、よーいどんで戦闘が始まったら手も足もでないでしょうね」
遠坂がそこまで言うほどなのか。
「気をつけなさい。決闘中にサーヴァントから離れたら、その瞬間ユリウスに殺されるわよ。今回の決闘はマスターにも十二分に注意しないとね」
――あぁ、わかった。
遠坂の話から今回の敵の脅威を嫌というほど知らされた。
今まで以上に警戒と対策を練らなければならないだろう。
元より、魔術師として劣る俺ができることは少ないが、できることをやりつくそう。
さしあたっては――ネコ、アリーナへいくぞ。
「また資金調達かにゃ?」
それも重要だが、まずは訓練だ。
地力が劣るのならば、少しでも差を埋めよう。
訓練後はユリウスの情報収集だな。
「そうね、今貴方に必要なのは戦いの経験よ。情報収集はわたしとラニで進めておくから訓練に集中しなさい」
しかし、それは――
「ストップ。確かに本来なら貴方がやるべきことだけど、ここはわたし達を頼りなさいな。言ったでしょ?手伝うって。それに、わたしの目的はハーウェイの聖杯入手の阻止なんだから理に適うわ」
「……私はもとより、ナカオ(仮)の勝利を望んでいます。ですので、私は私の思うままに貴方への助力を惜しみません」
「ラニもこう言ってる事だし、貴方に拒否権はないわよナカオ君。おとなしく助けられなさい」
おとなしく助けられろとは斬新な脅し文句だ。
「貴方には言われたくないわね」
「貴方にそれを言う資格はないかと」
「少年はそれを言える立場じゃにゃくね?」
ごもっともで。だがネコは後でおしおきだ。
「にゃぜ!?」
遠坂の強気な笑みと、ラニの真っ直ぐな瞳に頷きを返す。
俺には、こんなにも心強い味方がいる。
恐れることは無い。
俺はもう、進むと決めた。
だから、もうなにもこわく――
「死亡フラグを立てるなーー!」
ナイスツッコミ遠坂さん。
冗談はさておき、ありがとう、二人とも。
とても心強い。頼りにさせてもらうよ。
「任された。貴方もがんばりなさいよ」
「誰かに頼られるというのは、心地よいものですね……ナカオ(仮)、貴方の期待に応えてみせます」
遠坂とラニに見送られて保健室を後にする。
目指す場所はアリーナ。
来たるべき戦いに備え、訓練へと向う。
やってきました訓練所。
学校の一階奥の扉を潜ればそこに広がる別世界。
今回のアリーナは、熱帯雨林を模しているようだ。
そこら中に生い茂った草木。
むせ返るような緑の匂い。
息苦しさすら感じる湿度は、不快感と共にこちらの体力を削ってくる。
「おぉ……あーつーいーにゃー……」
ネコもこの気候が苦手なのか、アリーナに入ったばかりなのに悪態をついている。
というか、暑いなら頭から離れてくれ。
俺の後頭部が蒸し蒸しなんだが。
そんな馬鹿話をしつつアリーナを進む。
訓練相手であるエネミーを探すが……どうにも見つからない。
「というか、ちょっとばかり静かすぎにゃい?」
ネコの言う通りだ。
ここまでエネミーがいないのは異常だ。
考えられることは――
「少年!左前方から誰か来る!」
その叫びに身構える。
エネミーがいない理由など一つしかない。
俺よりも先に敵のマスターが倒したのだ。
そして、この状況で近づいてくる存在など、敵マスターにほかならない――!
がさりと、離れた場所の草木が揺れ、その存在が現れる。
その姿は――
「お前が、次の相手か」
――被害者の会会長、黒衣の青年だった。
まさか、彼がユリウスだったなんて。
運命とはこうも残酷なのか。
彼は、敵じゃない。敵でいてほしくない。
彼は、俺なのだ。
この世界で唯一立場を同じくする同士なのだ。
そう、それは魂で繋がった、いわば兄弟。ソウルブラザー。
そのブラザーが次の相手だなんて、悪い夢のようだ。
「……ふん。お前のような凡夫が五回戦に到達するとはな……まぁ、いい。どちらにせよ、ここで消えろ」
突き刺さる殺気。
彼は気付いていない。
俺達は手を取り合えるということを。
いずれ戦う宿命にあっても、その瞬間まで俺達は語り合えるはずだ。
だから――届け、この思い!
「――っ!?貴様……その頭に乗せている生物がサーヴァントか……!」
ユリウスが俺の頭にへばりついているネコに気付いたようだ。
驚愕に眼を見開きこちらを睨んでいる。
「そう、か……そういう、ことか……」
気付いた。
彼は気付いてくれた。
俺達は同じであると。
共に歩める存在なのだと。
さぁ、今こそ手を取り合おう。
ようこそ同士、被害者の会へ――!
「貴様だけは俺の、俺自身の意思で殺す!」
――あれ?なんか誤解されてる?
<あとがき>
三人称シリアスのドラクエを書いたら、一人称ギャグの書き方がわからなくなった。
なにこの現象。今回の話を何度読み直しても違和感が・・・
戦闘の練習のつもりだったけど書かなきゃよかったかなドラクエ・・・
なんか変なところに気付いたら教えてください。切実に。