聖杯戦争。
月で行われるサバイバルゲーム。
ただ1人の勝者のみ生き残ることができる極限の非日常。
そんな常識はずれな世界に記憶も名前もなくした状況で、未だ覚悟もなく流されるままの自分。
戦いとは何か。
覚悟とは何か。
望みとは何か。
先に待つ戦いへの高揚も。
生き残るための覚悟も。
聖杯に託す望みも。
――何も無い。
記憶がなければ望みは無い。
名前がなければ覚悟は持てない。
己が立っているのか、進んでいるのか、それすらも不安で。
俺には何も無い。
何も、無いんだ。
あぁだけど、一つだけ、何も無い俺にもたった一つだけ確かなことがある。
それは――
――腹が減った。
「あんだけ装飾しといてただの空腹とか。マジ主人公にゃめてるにゃ少年」
あぁ、腹が減った。
怒涛の一日にも自分の本能は空腹を主張する。
そんなわけで、地下の食堂へとやってきた。
「少年の名はナカオ(仮)。ごく普通の少年にゃ」
食券はどこで買えばいいのだろうか。
「ちょっと違うところがあるとすれば、へっぽこ魔術師ってところかにゃー」
食券を求めて食堂でうろうろする。
――ハッ。
「ウホッイイ外道神父」
その人はテーブルで一人、一心不乱に何かを食べていた。
ここからでもわかる。
その人が蓮華で食べている物は、赤い。
唐辛子よりも尚赤く、ハバネロよりも尚刺激的。
それは一見すると食べ物ではなく、マグマそのものだった。
グツグツと煮える地獄の溶岩と言っても過言ではない。
その食べ物は、形容しがたき赤い何かだった。
「外道神父は少年に一瞥をくれると、おもむろに食事の手を止めたにゃ」
さっきから変なナレーションをつけるなナマモノ。
臀部がキュってなるだろう。やめてくれ。
「そして蓮華を少年へと差し向けて――」
「――食べるかね?」
食えるか――!
それにしても、意外と人が多いな。
「そうだにゃー。にゃんだかんだ言って、128人もマスターがいるわけで。――ところで格好良く別れたわりにすぐ再会した気分はどうにゃのよツインテ」
「う、うるさい!わたしだって晩御飯くらいちゃんとしたのを食べたいのよ!」
「そのツンデレ――嫌いじゃにゃいわ」
「黙れバケネコ――!」
遠坂、あっち空いてるから席とってくるよ。
「……あいつはあいつで全然気にしてないのはどういうことなの」
「にゃっふっふ。セルフハード全縛り望むところの少年ハートはまさに鋼にゃー。ところで少年ハートってにゃんか踏みにじりたくね?」
やめろナマモノ。
ガラスよりも脆いんだよ青春時代の少年ハートは。
割れ物として扱え。
「血潮が鉄にゃら問題ねー」
それ赤血球多すぎだろう。
鉄分の取りすぎも身体には良くないぞ。
「それは正義の味方に言ってくれにゃー。あいつマジ身体は鉄だから」
身体が鉄の正義の味方?
キカ○ダーに血は流れていないだろう。
「アンタ達、本当に仲良いわね……」
ありがとう。最低の褒め言葉だ。
「照れるにゃ照れるにゃ。あたし達の相性の良さはこの小指の赤いワイヤーが証明しているにゃー!」
お前指ないから。
ドラ○もんみたいな丸い何かだから。
「はぁ……もういいわ、気にしてるわたしが馬鹿みたい」
「にゃふー。もう脱落かツインテー。そんにゃことじゃネコミミをつけることはできにゃいぞー」
「誰がつけるかー!」
あぁ、あったあった。
遠坂、券売機あったよ。
「アンタもアンタでこのUMAをわたしに押し付けないでよ……」
構ったら負けかなって思ってる。
「そんにゃこと言いつつも突っ込んでくれるツンデレっぷり。愛してるぜ少年」
ふむ、結構メニューあるな。
どれにしようか。
「そうね、目移りしちゃうわ」
「にゃ、スルー?あたしの告白をスルーとかどういうことにゃの。泣いて喜ぶ場面だろうにゃー!」
愛などいらぬ。
俺が求めるは白銀に輝くご飯のみよ。
「愛よりも食欲とか。そこはかとなく反抗期のテレを感じるにゃ少年。んー実に青春」
俺が反抗するのはこの世の不条理だけだ。
さしあたっては先割れスプーンで戦争をしなければならないこの状況に目下反逆中。
「あら~、ちょっと赤くなってるわよナカオ君」
その笑顔、実にネコ科だよ遠坂。
どこぞのNECO科NECO目NECO類種にそっくり。
「いい笑顔にゃマイシスタ」
「ありがとう。最低の褒め言葉だわ」
ところで今気づいたんだが――金が無い。
「ぷにゃー!」
指差して笑うなナマモノ。
俺が文無しだということはお前も餌抜きだということがわからないのか。
「にゃん……だと……」
一瞬でミイラ化したな。
このUMAの生態は謎過ぎる。
「あら、大丈夫よ。予選を通過したマスターには一律に支度金として、ここセラフでのみ使える電子マネーが支給されてるから」
地獄に仏とはこのことか。
良かったなナマモノ。
当面の餓死は免れたぞ。
「にゃふー!今夜はパーリーにゃ!ネコ缶持ってこい!」
一瞬でお肌ツヤツヤとかもうちょっと生物的に振舞えよナマモノ。
あと食堂のメニューにネコ缶はない。
「どう頑張っても英霊には見えないわねこのバケネコ……まぁそれはともかく、端末は持ってるでしょ?あれを券売機にかざして接続すれば購入できるわ」
端末……保健室で桜に貰ったあれか。
ところで支度金ってことは、金を使って色々準備できるのだろうか。
「そうね、霊装や簡易触媒なんか売ってるわ。まぁ、支度金じゃたいした物は買えないけどね。物が欲しければアリーナで一稼ぎするかデータの改竄でもすればいいわ」
改竄とかしれっとチート実行済みですか遠坂さん。
アリーナ……またよくわからない単語がでたけど、今はいい。
さっそく桜にもらった端末を券売機に繋いで食券を買おう。
……エラーって出たんだけど。
「うん?ちょっと見せて……残金0じゃない。初日から何に使ったのよ」
身に覚えが無い。
そもそも電子マネーの存在を今知ったのに買い物なんかできるわけが――
「ぷす~♪」
口笛失敗してるぞナマモノ。
露骨に目を逸らしたなナマモノ。
正直に言えば許してやらないこともないぞ。
「優しい言葉とは裏腹のアイアンクローはやめてー!にゃにこの子握力パネーんだけど!?」
全身をよくわからない力のようなものが脈動する。
筋繊維一本一本に流し込まれる不可視の力。
奥底から吹き出るような高揚感が俺を包む。
流れ出る力は湧き上る地下水のように、今まで塞がっていた蓋をこじ開けて噴出する。
唐突に理解した。
流れ出る力こそが魔力。
そして魔力によって紡がれた筋力を数倍にも押し上げる奇跡。
これが、魔術――!
「にゃんでこんにゃところで覚醒してるにゃー!もっと戦闘シーンとか負傷したときとか主人公的な流れを考えろー!」
それで俺の金を何に使った。
「にゃー!頭が頭がつぶれるにゃー!」
キリキリ吐かないとその脳髄、ぶちまけると知れ――
「ラスボスじゃにゃいかこの少年ー!……散る前にこれだけは言っておく――あのネコ缶はうまかった――」
保健室で食ってたあれか――!
「にゃー!モツがモツが飛び出ちゃうらめー!」
「はいはい、食事処でグロ画像流さないの。わたしはA定食にしよっかな」
あの、遠坂さん、その、お願いが……
「貸さないし奢らないわよ、ご愁傷様。それじゃ、わたしはディナーを楽しむから。バイバイ、ナカオ君」
あぁ待って俺の女神。
一番安いかけうどんでいいから――行ってしまった。
「遠坂凛はクールに去ったにゃ」
目の前が真っ暗になる。
空腹と疲労に苛まれる体は、自然と床へ倒れこんだ。
「少年!しっかり、しっかりするにゃー!寝たら死ぬぞー!」
あぁ、もうだめだ。
先ほどまで漲っていた力は霞のように霧散し、己を立たせる気力すらない。
ここが――俺の聖杯戦争の――終焉――
――コツコツ。
近づいてくる靴音。
すぐ傍で止まったその音に、最後に残った体力を総動員して音源へと首を向ける。
そこにいたのは、黒い靴、黒い服、黒いモジャ毛、赤い何かを盛った皿を手にした目が死んだ神父――
「――食べるかね?」
いただきます――!
「本当に食べるの、それ」
何をおっしゃる遠坂さん。
こんなにおいしそうなマーボーはそうそうにないですよ。
「いやーさすがにその赤さはあたしも引くにゃー」
はっはっは。
遠慮するなマイサーヴァント。
どれ、優しいご主人様はまずペットに一口与えるのだ――
「やめ――おぶぱっ!?」
「……一口で沈んだわよ」
はっはっは。
――マジか。
「止めておきなさいナカオ君。その赤さ、この世全ての辛味といっても過言ではないわ」
あぁ、そうかもしれない。
「聖杯戦争を腹痛で脱落とか、伝説を残したくないでしょう?」
――フッ。
サーヴァントが腹痛で倒れてる時点で手遅れな気がするよ。
だが、例えそれが天上の辛さだとしても、この空腹。
食さずにはいられない――!
「あ、そう。好きにしなさい」
再び舞い上がれ俺の魔力――!
「決戦に挑む覚悟をここで持ってどうするのよ……それで、何かようかしらマトウシンジ君?」
「き、気づいてたのかよ」
初手――蓮華をそっと皿の枠から沿うように入れる。
「さっきから傍でこそこそしといて、気づかないわけがないでしょう?」
「チッ……君、あれだろ、遠坂凛だろ。僕のこと知ってるなんて、やっぱり一流は一流を知るってやつ?」
「そうねぇ……アジアのゲームチャンプらしいじゃない?とりあえずゲーム感覚で参加しているお気楽さんみたいだし――たいしたことはなさそうね」
「なんだとっ!」
ゆっくりと持ち上げた蓮華、その白かった器は赤で侵食されている。
「周りを見なさい。結構な大物もこの戦争に参加しているわ。警戒してないのは、貴方と……そこで必死にマーボー食ってる奴だけよ」
食べるときにも優雅さを忘れてはいけない。
まずは香りを楽しむ――
「ふ、ふん!そんな奴と一緒にしないでくれ!このゲーム、僕が優勝するに決まってるんだからな!」
「貴方に聖杯は御せるとは思わないけど。……西欧財閥が封印指定にしたムーンセル。遊びで望むには危険が過ぎるわよ、坊や」
「その通りです、遠坂凛。聖杯は僕達の管理下に置く。それが最も安全で確かだ」
「――っ!レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ……盟主自らがお出ましとはね」
「な、なんだよお前!?」
そんな……!
一嗅ぎで嗅覚がやられた――!?
「レオでいいですよ遠坂さん。直接お会いするのは初めてですね。貴女ほどの人が参加しているとは楽しみです」
「わざわざご挨拶どうも。いいわ――地上での借り、天上で返してあげる。魔術師としての腕前ならこちらに一日の長がある……!」
例え料理を楽しむ五感の一つを失おうとも、俺にはまだ味覚と触覚が残っている。
この舌で食感を楽しみ、味わってやるさ――!
「そして、僕は貴方にも興味がある。未知のサーヴァントをつれた貴方に」
さぁ、まずは一口……この命を賭ける!
「ふふっ、なかなか警戒心の強い人だ。目も合わせてくれない」
「いや、そいつマーボーに夢中なだけだから……ナカオ君、貴方いますっごく注目されてるわよ、気づいてる?」
――っ!
口が燃える、舌が焼ける、全身が爆発する――!
「はぁ――駄目だこいつ」
「おや、食事中でしたか。それは申し訳ないことをしました。では、せめてサーヴァントの挨拶を済ませて立ち去るとしましょう――ガウェイン」
「はっ。従者のガウェインと申します。以後お見知りおきを。どうか、我が主の好敵手であらんことを」
「真名を名乗るなんて――舐めてくれるわね……!」
全身を駆け巡る熱さが、既に辛味などという領域を越えたその衝撃が脳髄に直接響く――!
「遠坂さんにも彼にもご挨拶できたことですし、行きましょうガウェイン。あぁ――次は、貴方の口からお名前をぜひ知りたいものです。それでは――」
「くっ……お前!この僕を随分と無視してくれるじゃないか!言っておくけどね、このゲームの勝者は僕さ!ハーウェイだかなんだか知らないけど生意気だぞ!」
だが、なぜか――うまい、そう感じる。
「それは失礼をしました。申し訳ありません。知らず貴方を不快にさせてしまったようだ」
「僕の名前は聞かないのかよっ!」
「――必要ありませんから」
「っ!舐めやがって!来い!ライダー!」
うまい、あぁうまい。
全身の熱も、駆け巡る衝撃も、全てを凌駕してうまいとわかる……!
「シンジ、あたしゃ雇われ海賊だ。予定外の仕事は高くつくよ?」
「金なら幾らでもやるさ!あの生意気なガキのサーヴァントを倒せ!」
「アイサーキャプテン。そんじゃ、やるかねぇ!」
「――ガウェイン」
「はっ」
「ちょっと……ここでやる気?」
止まらない。咀嚼する行為も、蓮華ですくう動作も。
止めることなどできるはずがない――!
「それ!まずはこいつを喰らいな!」
「……」
止まらない蓮華、突き抜けるうまさ。
一連の流れは確かに食事だった。
だが、どこかで自分の行っている行為が神聖な何かであるような錯覚に陥る。
ふと……この身に視線が突き刺さっていることに気づく。
視線の先、そこには……マーボーをくれた神父がいた。
その瞳は言っている。
『――うまいだろう?』
――最高です。
サムズアップで渡された神父の想いに、最高の笑顔でサムズアップを返す。
あぁ、認めたくは無い。だが、認めざるを得ない。
これこそが……至高のマーボーなのだと――!
「くっ……やるねぇ、セイバー」
「チッ、互角か。畳み掛けろライダー!」
(互角?本気で言ってるなら間抜けもいいところよ。あの一瞬、ライダーの銃は無効化され、セイバーの刃は確かに届いた――!)
神父が立ち上がり、俺に背を向ける。
あの大きな背は言っている。
――食事を続けろ、その先に真理はある――と。
あぁ、わかったよ神父。
あんたの思いは、最高の応援は……確かに届いた――!
「そこまでだ。学園内での私闘は禁止されている。自粛したまえ」
「チッ!セラフ側の監視者か!おい!お前!次はボコボコにしてやる!行くぞライダー!」
「……あいよ、キャプテン」
一心不乱。
今まさに俺の食事は天元を迎える。
俺は垣間見た、天上を突き抜ける至高の存在を。
「さて、僕達も失礼しましょう。行きますよガウェイン」
「はっ」
楽園はあった。ここに在ったのだ。
「……行ったか。ま、ハーウェイのサーヴァントが見れたのはラッキーだったわ。じゃ、わたしも行くから。貴方……ある意味大物だと思うわよ、ナカオ君――ダメな意味でね」
あぁ――うまかった。
「時々あたしもびっくりするぐらい引くにゃ少年」
おかわりを所望する。
「まだ食う気にゃー!?」
「ふっ……見所のある少年だよ、君は。――ついてこれるかね?」
上等だ、どこまでもついて行ってやる……いや、あんたがついて来い神父――!
~あとがき~
――アレがネコアルクだと何時から錯覚していた?
まぁ、ネコアルクですけどね。
一人称が「あちし」じゃないのにはちょっとした理由があります。
大した理由じゃないけど伏線のつもりもあったりなかったりするので、気になる方は喋る鹿エトに相談すればいいってジョージが言ってた。
ネコアルクの放つ宝具はギャグ補正。
一番に影響を受けるのは当然マスターだよねってお話でした。
連休最後になんとか投下完了。明日からは平日なので次は遠いです。
こんなノリで続けるので、コンゴトモヨロシク。