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No.33028の一覧
[0] これじゃない聖杯戦争【Fate/Extra】(完結)[いんふぇるの。](2014/08/23 20:17)
[1] 契約[いんふぇるの。](2012/05/06 15:49)
[2] 黄昏[いんふぇるの。](2012/05/06 13:06)
[3] 覚醒[いんふぇるの。](2012/05/08 20:45)
[4] 初陣[いんふぇるの。](2012/05/16 20:22)
[5] 約束[いんふぇるの。](2012/06/10 22:23)
[6] 騎兵[いんふぇるの。](2012/07/16 18:57)
[7] 決着[いんふぇるの。](2012/08/18 11:23)
[8] 迷い[いんふぇるの。](2012/08/20 23:06)
[9] 想像[いんふぇるの。](2012/08/25 21:04)
[10] 令呪[いんふぇるの。](2012/09/03 11:42)
[11] 道程[いんふぇるの。](2012/10/26 12:55)
[12] 戦争直前[いんふぇるの。](2012/10/27 23:56)
[13] 在り方[いんふぇるの。](2012/12/09 17:45)
[14] 名無しの森[いんふぇるの。](2012/12/16 20:05)
[15] [いんふぇるの。](2013/01/11 08:33)
[16] 裁判[いんふぇるの。](2013/01/12 22:59)
[17] [いんふぇるの。](2013/01/22 19:18)
[18] 雪原の策謀[いんふぇるの。](2013/03/01 07:45)
[19] Interlude:獣[いんふぇるの。](2013/03/01 02:39)
[20] ただ、前へ[いんふぇるの。](2013/05/10 22:31)
[21] 選択[いんふぇるの。](2013/05/28 19:03)
[22] 少女達の死[いんふぇるの。](2013/07/06 22:05)
[23] ハンティング[いんふぇるの。](2013/08/12 17:17)
[24] 憤怒[いんふぇるの。](2013/08/27 13:03)
[25] 届かない思い[いんふぇるの。](2013/11/05 19:42)
[26] 深淵の知識[いんふぇるの。](2014/01/06 23:26)
[27] 創るは世界、挑むは拳[いんふぇるの。](2014/02/15 20:14)
[28] ぼーいみーつきゃっつ[いんふぇるの。](2014/02/18 23:14)
[29] 神話の戦い[いんふぇるの。](2014/02/20 20:05)
[30] 憎しみの果てに[いんふぇるの。](2014/03/30 19:37)
[31] いってきます[いんふぇるの。](2014/07/14 08:33)
[32] 背負ったモノは[いんふぇるの。](2014/07/28 20:34)
[33] おかえり / ただいま[いんふぇるの。](2014/08/01 21:20)
[34] これじゃない、聖杯戦争[いんふぇるの。](2014/08/07 19:26)
[35] かつてあった未来:狐は月で夢を見る[いんふぇるの。](2014/08/07 19:25)
[36] サクラ色の想い[いんふぇるの。](2014/08/23 09:17)
[37] 外伝:雪原と白猫と少年[いんふぇるの。](2012/07/02 15:21)
[38] 外伝:エクストラエキストラ[いんふぇるの。](2014/08/05 20:24)
[39] 番外編:赤王劇場[いんふぇるの。](2012/09/06 19:02)
[40] 番外編:いつか、どこかでの再会[いんふぇるの。](2012/12/12 08:35)
[41] 嘘予告:これじゃないCCC[いんふぇるの。](2013/04/04 21:39)
[42] 番外編:安らかな日々を貴方に[いんふぇるの。](2013/06/14 17:42)
[43] 番外編:その男、SG持ちにつき[いんふぇるの。](2013/07/20 23:34)
[44] 番外編:ときめき☆サヴァぷらす[いんふぇるの。](2014/03/18 14:47)
[45] 番外編:幸せの向こう[いんふぇるの。](2014/12/18 21:48)
[46] 番外編:VSタマモナイン[いんふぇるの。](2015/01/02 00:22)
[47] 設定とか裏話とか[いんふぇるの。](2014/08/31 22:22)
[48] 外伝:あの花の名を覚えていますか[いんふぇるの。](2015/08/03 21:26)
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[33028] いってきます
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/07/14 08:33
保健室。
薬品の匂いが漂う白い部屋。
何度もお世話になって何度も訪れ、いつしかマイルームよりも滞在時間が長くなった場所。
思えば、聖杯戦争の始まりはこの部屋からだった。
偽りの日常を捨て、戦いを選び取ったあの時。
聖杯を巡る戦争への参加を決め、目覚めた場所がこの保健室。

感慨深いものだ。
始まりにして、日常の一部。
そんな、大切な場所。
そこにはいつものように保健室の主がいて、友と呼べる少女たちがいる。

桜、遠坂、ラニ。
そこに俺とネコを加えた5人でいつものようにお茶を愉しんでいた。

いつからか始まったささやかな茶会は、幾度も繰り返すうちに大切な日々となった。
桜の淹れてくれた温かなお茶と、色とりどりの茶菓子。
口にする会話は他愛ないもので、浮かべる表情は穏やかな笑み。

聖杯戦争という非日常の中で、この茶会だけは確かな平穏だった。

だが、この平穏もこれが最後。
聖杯戦争、その決勝戦の日がついに訪れた。
あと数刻ほどで始まる決戦。
そして、桜曰く、決勝戦が終わればそのまま決闘場から聖杯へと続く道が現れる、とのこと。
故に敗北か勝利か、結末はわからないが、どちらにしろもうこの保健室へと戻ることはないだろう。

だから、これが最後の茶会。
そして、皆との別れになる。

だが、今この瞬間にそんな悲壮感はない。
流れる時間はゆったりとして和やか。
言葉は少なく静かなものだが、それは嫌な沈黙ではなく、温かな平穏と言ったほうが正しいだろう。

終わりだからこそ、今この瞬間を心行くまで享受している。
そんな時間だからこそ、何も言わずとも皆と分かり合えたような気分になった。

だから余計な言葉はいらない。
ただ穏やかに、ただ健やかに。
今この瞬間を大切にしたい。

とはいえ、やはり無言のままというのも、どことなくもったいないような気がする。
散々静かで穏やかだーなどと言ってみたものの、やはり誰かとお喋りをしたくなるのはしょうがない。
穏やかも好きだが賑やかも好きなのだ。

さて、そう思ったからには何かしらの話題を俺から提供すべきだろう。
言いだしっぺの法則というものに従ってみるのも一興だ。

ふむ、そうだな。
皆で話せる共通の話題といえば何だろうか。
さすがにこの和やかな茶会に聖杯戦争の話題は避けるべきだろう。
作戦会議は必要だが今この瞬間には無粋だ。

どうしたものかといくらか思案を重ね、思いつく。
大した話ではないが、大していないからこそ茶会の笑い話としては最適だろう。
手に持つカップを机に置き、軽く皆を眺めて口にする。















――そうそう。俺の正体NPCだった。

「軽いわ!」

アッパー!?

「少年がふっとんだー!?」















いくらなんでも顎に拳はひどくないか遠坂さん。

「なんでそんなに軽いのよ!なんでそんなに簡単なのよ!こっちはどうやって声をかけるべきか何を言うべきかどう慰めるべきかものすっごい悩んでるのに!」

あ、知ってたのか。

「当然でしょ!?アリーナの監視してたらユリウスが出てくるわ、あんたの正体がNPCだったわ、アニマルビデオが出てくるわで混乱してるってのに!」

アニマルビデオのことはいいだろう!そっとしておいてくれ!

「食いつくところはそこじゃないでしょうが!」

そこ以外のどこに憤慨すればいいと言うんだ。

「アンタの正体のところに決まっているでしょうがーーー!!」

「落ち着いてください、リン。貴女が憤慨してどうするのですか」

「……そうね。ごめん、ちょっと混乱した。貴女から言ってくれるかしら、ラニ」

「わかりました……ナカオ(仮)」

真っ直ぐに、ラニが俺を見つめてくる。
いつものように感情を灯さない静かな瞳。
だが、透き通るような眼差しは、今までに無いほどの意思を宿していた。
思わず、ごくりと喉がなってしまう。
ラニは、何かを言葉にしようとしている。
重い、あまりにも重い決意と共に。



「貴方は――――――私の胸のサイズは好みから外れているのでしょうか」

「それじゃないわよ!!」



「しかし、リン。ナカオ(仮)は胸が好きだと言いました。ここははっきりさせるべきでしょう」

「言ったけど!たしかに言ってたけど!そうじゃなくて!そこも確かめたいけどそうじゃなくて!」

……ラニ。

「ほら、さすがにナカオ君も今それを言うほど馬鹿じゃないから。今大事なのはそこじゃないでしょ?」


――俺はすべからくおっぱいが好きだ、大好きだ。そこに優劣も貴賤もない。

「馬鹿だったーーーー!!」


「そうですか、安心しました」

あぁ、誤解させるような言い方ですまなかった。
だが、これで心配も払拭できたというのなら俺も嬉しい。

「はい。私から聞きたいことはそれだけです」

「え、なに。わたしがおかしいの?色々と考えすぎてるの?ってそんなわけあるかー!」

「セルフツッコミとは色々と混乱してるにゃーツインテ。ぶっちゃけアンタは正しいぜマイシスタ。少年がぶっとんでるだけにゃー」

「そうよね、その通りよね。ってなんでバケネコに慰められてるのよ!どんだけ憐れなのよわたし!おかしいのはわたしじゃなくて世界のほうだー!」

「おぉう、宥めるつもりが逆効果とはこれいかに。にゃー少年、流石に今のツインテは可哀想だから真面目に応えるべきだぜー」

ネコに諭されるとはな。
まぁ、確かにからかいすぎか。
暗い雰囲気にならないようにしてみたんだが、やりすぎたかな。
ラニも、ありがとうな。わざわざ俺の道化に付き合ってくれて。

「はい?……あぁ。いえ、えぇ、はい。そうですね。ナカオ(仮)の考えなどまるっとお見通しです」

ラニさん、なぜ目をそらす?

「錬金術師も割とぶっとんでた件。それはともかく、ツインテ。話したいことがあるにゃら少年を持って行ってもいいにゃ。満足するまで返品もいらねー」

「なんか調子狂うわね。どういう風の吹き回し?いつもなら一緒になって場を乱すのに」

「あたしも思うところがあるってことにゃー」

「そう……そうね、助言ありがと。そうするわ。いくわよ、ナカオ君」

そう言って遠坂が俺の腕を手に取り立ち上がる。
存外強い力が込められていて、抵抗する間もなく保健室の入口へと連行された。

「ラニ、貴女も言いたいことがあるならあとでそっちにナカオ君を寄越すけど?」

「わかりました。では私は教会前の噴水広場にて待っています」

「そ。じゃ、しばらくこの馬鹿を借りるから」

遠坂に連れられ保健室を出る。
扉が閉まるその瞬間、桜の真っ直ぐな眼差しが俺を貫いていた。







連れられた来た場所は屋上。
見上げれば0と1で構成された電子の空が俺たちを見下ろしていた。

それで――勢いで連れてきたものの何を言えばいいんだーと落ち込んでいるお嬢さん、何を話そうか。

「うっさい馬鹿」

オーケー俺が悪かった。だから人差し指を向けないでお願い。
この後に戦いが待ってるから、ガンドで撃たれたら棄権せざるを得ないから。

「はぁ……ホント、こんな状況なのに変わらないわね、ナカオ君」

自分でも意外とびっくりしているところだ。

「なによそれ。普通なら取り乱しているか絶望に心折られているか、なんにしろ平常心なんかではいられないでしょうに」

まったくもってその通り。
なんだけど……うん、意外と平気みたいだ。

「そう……ねぇ、覚えてる?初めて会った時のこと」

あぁ、もちろんだ。
この屋上で出会ったんだよな、俺たち。

「えぇ……あのときの貴方と今の貴方を並べたら同一人物だなんて思えないでしょうね」

そうか?

「そうよ。だって、あの時は貴方のこと…………NPC、だと、思ってたから」

あぁ、そういえばそうだったな。
出合い頭に体中の隅々を丹念に探られた――

「ん?」

オーケーごめんなさい。俺が悪かった。人差し指を向けないでお願い。

「わかればよろしい」

鷹揚に頷いて手を下す遠坂。
屋上の手すりに背を預け、こちらに向き直る。
笑顔のはずなのに、どこかその瞳には寂しさを宿しているような、そんな気がした。

「ナカオ君に会った後ね、正直、貴方は一回戦で負けるだろうなって思ってた」

それはヒドイ。そんな評価されてたのか。

辛辣な言葉に笑いながら、遠坂の隣に移動し、同じように手すりに背を預ける。
見上げてくる彼女の眼差しはからかいを含んだ楽しそうなものだった。

「だって、マスターはとんでもないへっぽこだし、サーヴァントはよくわからない生物だし。ぶっちゃけ魔術師じゃなくて芸人目指したらって感じじゃない?」

あー、反論できないところが辛いな。
確かにマスターはへっぽこでサーヴァントは変なナマモノだ。

「でしょ?だってのに、そんな貴方はハーウェイに目を付けられるわ、あのダン・ブラックモアを退けるわ、幼女を追っかけまわして新聞に載るわ、果てはわたしの決闘に横槍をかましてくれるわ――あ、今更だけどイラついてきた。殴っていい?」

わぁ、綺麗な笑顔。殴らないでお願い。
というか、一部反論させてくれ。特に新聞の辺り。

「そしてわたしはマスターじゃなくなって、ナカオ君のサポートをするようになったのよね」

あの、遠坂さん。反論を、反論をさせてください。新聞の辺りを。

「で、今は聖杯戦争の決勝戦かー……色々、あったわね」

……そうだな、色々、あった。

遠坂は俺から視線を外し、手すりに背を預けたまま背伸びをするように空を見上げた。
それにつられて俺も空を見上げる。
まるで本物のように澄み渡った空は、吸い込まれるような蒼穹だった。

「……」

二人して空を仰ぐ。
言葉は途切れて、静寂が広がった。

色々あった。
その言葉はとても短かったけれど、それは一言とは思えないような重さがあった。

本当に、色々あった。
遠坂に出会って、言葉を交わした。
何も知らない俺に色々な知識を教えてくれた。
共に食事をし、共に語り合った。
共に戦い、助け、幾度も助けられた。

色々あった。俺たちには色々あったのだ。

「ねぇ……」

今まで積み上げてきた昨日を反芻していたところ、ふいに、沈黙が破れた。
かけられた言葉に顔を向ければ、どこか憂いを帯び、怒りを携え、そして少しばかり濡れた瞳が俺を見ていた。

「戦うの?」

ひどく簡素で、ひどく重い言葉だった。
様々な意味が込められた問い。
それは、戦う意味を問うていた。

人ですらなかったこの身には、戦う理由はない、と。
たとえ勝利しても、聖杯戦争のために用意されたこの身にはその先はない、と。
そして、もう傷つく必要はない。逃げてもいいのだと、その瞳は言っていた。

その様々な意味を込められた問いに俺は――

――戦うよ。

同じく、ひどく簡素に、多くの意味を込めて返した。

「……そう」

その答えに至るまでにとても多くの悩みも過程もあったけれど、それは言わない。
たった一つ、至ったシンプルな答え。
きっと彼女はそれを好むだろうから、これでいい。

「そっか、うん。そっか」

俺の答えを咀嚼するように幾度も頷く遠坂。
その声色には、いくらかの呆れと多くの喜びが含まれているようだった。

「うん、オッケ、わかった。言いたいこともいっぱいあったけど、やめとく。今更どうこう言ってる暇なんかないものね。いい?戦うっていうなら、わたしから言うことは一つだけよ。――――勝ちなさい、ナカオ君」

――あぁ、もちろんだ。

手すりから離れ正面から俺を見上げる遠坂。
その表情はいつものように自信に満ち溢れた、俺が出会ったときからそうだった『遠坂凛』がそこにいた。

自然と笑みが浮かぶ。
彼女のその勝気な笑顔が俺に自信を与えてくれる。
今までもそうであったように、彼女が俺の背を押してくれる。

「さて、話したいことも終わったし、ナカオ君はラニのところに行きなさい」

わかったと頷き、遠坂に背を向ける。
一緒に行く気配はなく、彼女は屋上に残るようだ。
背を向けたまま軽く手を上げると、さっさと行けと檄が飛んできた。
それに笑いながら駆け足で屋上を去る。

屋上の扉を開け、階段へと踏み込む。
屋上の扉が閉まる隙間から、空を仰ぐ遠坂の背中が垣間見えた。





「バーカバーカ、ナカオ君のバーカ……………………バカなのは、わたし、か」





屋上を後にし、教会前の噴水広場へとやってきた。
噴水の水の音と、風が草花を揺らす音だけが広がる静寂の広場。
そこに彼女が待っていた。
いつものように静かな表情で、いつものように静かに俺を待っていた。

「こちらです、ナカオ(仮)」

呼び声に応えて、ラニが座るベンチへと腰を下ろし隣り合う。
さて、ラニはどんな話があるのだろうか。
そんなことを考えながら言葉を待つが、一向にラニは話しかけてこない。
いつものようにまっすぐな姿勢で、いつものようにまっすぐな眼差しで、ずっと俺を見ている。

……正直、気まずいです。

遠坂の時にも沈黙はあったが、あれは互いに考えに耽るような感じで気まずさはなかった。
が、ラニは俺をじっとみつめているのに何も言ってこない。
視線を外しても真っ直ぐに見つめ続けてくるので、視線を戻さざるを得ない。

なにこの状況。
どうすればいいの?

ぐるぐると思考を回すが答えは出ず、なぜかラニと見つめ合ったままの状態が続く。

これは、視線を外したほうが負けだ。

そんなわけもわからない意地がでてくるほどに、俺はわけがわからないままだ。

「……ナカオ(仮)」

ようやく出てきた第一声。
だが、その声はいつものように凛としたものではなく、震えていた。
その声にこちらも姿勢を正す。
続く言葉は予想もできないが、それに対して真摯に応えなければならない。そう感じた。


「――約束は、守ってもらえないのですね」


――ガツンと、まるで殴られたような衝撃が頭を襲う。

約束、それを忘れたことなんかない。
それは、俺がラニと結んだ大切なもの。
彼女を助けたあの時に、俺たちは約束を交わした。

――世界にある旨いものを一緒に確かめよう。

そんな、どこにでもあるような簡単な約束。
だけど、なによりも大切な約束。

守ろうとした。守りたいと思った。きっと、この戦いが終われば、と。
だが、それは絵空事になってしまった。

こちらを見つめ続けるラニに言えることなど、一つしかない。


――ごめん。約束、守れそうにない。


この結末は、絶対に変わらない。
人でない自分には彼女と共に世界を見ることは叶わない。
それは、いかような奇跡であっても不可能なのだ。
だから、言い訳も取り繕いも不可能であり、してはいけない。
俺は、彼女に謝罪しかできず、いかなる罵倒も甘んじて受けなければならない。

真っ直ぐに彼女を見つめ返して、彼女を待つ。
彼女の言葉を、彼女の感情を受け止めるためにただ、待つ。

しばしの間、流れる水と吹き抜ける風の音だけが空間に満ち、時がたつ。
そして、彼女の示したものは。

震える瞳から零れ落ちる、涙。

言葉もなく、行動もなく、ただ、涙する。
こちらを見つめ続け、いつものように静かな佇まいで、涙する。

俺にはそれを拭う資格はない。
だが、その涙を受け止めることはきっとできるはずだ。
そっと、隣に座る彼女へ寄り添う。

すまない、ごめんなさい。

口にしてみれば、なんて軽い言葉なのだろうか。
そこに込めた感情に嘘はないけれど、約束を破った代償になりえるはずもない。
けれど、俺には謝罪を口にすることしか許されていない。
静かに涙する少女に、謝罪を繰り返す。

俺には、それしかできなかった。

「いいえ、違う。違うのです。この涙は、悲哀だけではない」

小さく、ふるふると首を横に振り、ラニは涙したまま言葉を紡いだ。

「私は、喜んでいた。貴方が私と同じ人非ざるものだと知って私は喜んだのです。この涙は、約束を守れないという悲しみと、貴方が同じであるという喜び。そして――喜んでいる浅ましい私に対する情けなさが、溢れたのです」

俯いた彼女は、震える言葉を口にした。

――ごめんなさい、と。

「喜んでしまった。貴方という存在が人でないと知って。約束が叶うことはないという悲しみよりも先に、その事実に喜んでしまった。そんな私には、元より約束などする資格などなかったのです。ごめんなさい、ごめんなさい――私は、私には貴方の傍にいる資格はなかった。人形であることを喜んでしまった私には、貴方を人形であると喜んでしまった私には――」

先ほどの俺のように謝罪を繰り返すラニ。
なるほど、彼女の涙の意味をはき違えていたようだ。
そして今もなお、彼女ははき違えている。

ならば、それを正してあげなければならない。

俯き涙する彼女の頬に手を添え、ゆっくりとこちらへ向けさせる。
今も震える瞳を濡らす少女に、言わなければならないことがある。

――ラニ。人形は、涙しない。

震える瞳は涙を止めずに大きく見開かれた。
約束を守れない俺に涙を拭うことはできないけれど、涙の意味を教えてあげることはできる。

約束が叶わないことを悲しいと言ったな。
俺の存在を嬉しいと言ったな。
そんな自分が情けないと言ったな。

そんなにも多くの感情を涙にできる君が、どうして人形だと言えるのか。
君は人間だ、ラニ。
こうして感情を涙に変えることができる君は、どうしようもなく人間だ。

「私を、人間だというのならば……私は私をもっと許せない。貴方が人でないと喜んだ私を許せない……」

なるほど、こんどはそこに繋がるわけか。
うむ、こう言ってはなんだが、ひどくネガティブに陥っているな。
やはり君は人間だ。そして人間であるがゆえに勘違いをしている。

「勘違い……?」

あぁ、そうだ。
確かに俺は人間じゃない。
俺は聖杯に生み出されたNPCだ。
それは確固たる事実にして不変の現実だ。

だがな、ラニ。
俺は俺を恥じていない。
俺は、ナカオという俺は、確かにここにいる。
いいかラニ、よく聞け。

――ナカオという存在は決して嘘じゃないんだ。

君と出会った、今日まで歩いてきた俺の昨日は、間違いなく本物だ。
なら、その始まりが人形であったとしても、俺は『ナカオ』という自分を誇れる。
だから君がナカオという存在を喜んでくれたのならば、それは侮辱なんかじゃない。

――祝福だ。

俺の昨日を肯定してくれた君の答えなんだよ、ラニ。

「…………」

言い切った言葉に反応は無い。
ラニは俺の言葉を反芻するかのように瞳を閉じている。

伝えたいことを言葉にすることは難しい。
それが感情ならば尚更だ。
今の俺が伝えたかったことをどう受け止めるかは彼女次第。
だけど、きっと大丈夫だろう。
彼女がどんな思いを抱いたかは皆目見当もつかないが、きっと大丈夫だ。

だって――――――






「ありがとう、貴方に出会えて良かった」

――こんなにも笑顔なのだから。






ラニと二人、保健室へと戻ってきた。
瞳は泣いたせいかまだ赤いが、その顔に悲壮はない。
いつものように静かな佇まいだが、どこか嬉しそうな雰囲気を漂わせた柔らかい表情だ。
二人で保健室へと入ると遠坂も屋上から戻ってきていたようで、いつものメンバーが勢ぞろいした。

「……ふーん、へー、ほー」

「にゃふーん、にゃへーん、にゃほーん」

なんだ、遠坂、ネコ。そのニヤニヤとした表情は。

「「べっつにー」」

見事に同じ言葉を同じ態度で重ねてくれたなネコ科ども。
言いたいことがあるなら言え。

「なんでもないわよー、別にー。言いたいことは屋上で全部言ったしねー」

「にゃっふっふ。にゃーっふっふ。にゃふふふふふ」

せめて人語を話せバカネコ。

まぁ、いい。
俺も二人と話したいことは話せたから満足だ。

「そ、なら良かったわ。そういえば、アンタはいいの?バケネコ」

「あたしは最後の最後まで少年と一緒だからいいにゃー」

「そう……ある意味羨ましいわね……」

「ほほう。ここにきて来たか、デレ期。いいよいいよ、そのツインテは伊達じゃにゃいにゃー」

「黙れバケネコ」

仲がいいようで何よりだ。
さて、対話を重ね、なんだかんだとかなりの時間が過ぎたようだ。
そろそろ決闘が始まる。

「そうね、じゃあ行きましょうか、ラニ」

「そうですね、リン」

遠坂とラニは互いに頷き保健室の入口へと向かう。

二人とも何を――?

「最後だからね、見送るわ」

「少しでも傍に、それが私たちの願いです」

その言葉に目頭が熱くなる。
二人の言葉は、何よりも胸に響いた。

「私たちは先に決闘場の入口で待っています。ナカオ(仮)は準備を十分にしてください」

「そういうこと。念には念を、ね。ほら行くわよバカネコ」

「にゃっ!?首裏を掴むにゃツインテ!つーかあたしは見送られる側なのこの扱い!?」

「見送ってあげるわよ、盛大にね。じゃ、わたし達は先に行くから、焦らずゆっくり来なさいナカオ君。この保健室にはもう戻ってこれないのだから――」

そう言って遠坂達は保健室を出ていく。
これが、最後。もう戻ってこれない。
その言葉は、言葉を重ねるべき人物がもう一人いることを示している。

――桜。

「はい」

彼女はいた。
いつものように白衣を着て、穏やかな笑みでこちらを見ている。

間桐桜。
ある意味、俺と同じ存在。
聖杯が用意したサポートAI。

だが、間違いなく彼女は俺の恩人だ。

――ありがとう、最初から最後まで世話になったな。

「いえ、それが私の役割ですから」

変わらない表情で、変わらない声色で応えてくれる。
そこにブレはなく、人のように見えても、感情の波がないAIであることを如実に示している。

それでも、彼女に対する感謝の気持ちは変わらない。
彼女がいなければきっと俺はここまでこれなかった。
だから、ありがとう。

「はい」

短い応えだが受け取ってくれた。
ならそれで十分だ。

よし、感謝も伝えた。
もうやり残しはない。
そろそろ行こうか……いや、その前にいくつか桜に聞いておこう。

桜、いくつか聞きたい。

「はい」

――『俺』は決勝戦に行っていいのか?

それは、NPCたるこの身に参加資格があるかを問うもの。

桜は俺がNPCであることを知っている。
あの茶会には桜もいたのだから当然だ。
そして、桜が知ったのならば、大元であるムーンセル・オートマトンも俺の正体を知ったはずだ。

この聖杯戦争は、参加資格が『人間』であることだ。
もともと、聖杯戦争は人間を観察するために開かれたと遠坂は言っていた。
ならば人間ではない俺には参加資格はないはず。
今までは俺という存在が知られていなかったからバグのような感じで参加できていたとしても、正体が知れた今となっては参加させる理由もないはずだ。
だから、桜に聞いた。

俺に参加資格はあるのか、と。

そしてその答えは――

「はい。問題ありません。だって――聖杯は知りませんから、ナカオさんの正体なんて。あのお茶会は貴方と私だけのものですから」

悪戯が成功したような嬉しそうな笑みで、彼女は答えてくれた。

……なんだ、やっぱり桜は桜だった。

なにがNPCだ。
なにがサポートAIだ。

彼女には彼女の意思があって、感情があった。
なら桜が俺の友人であることになんら問題も障害もない。

さっきはAIがどうのこうのと思ったが、一回戦からずっと助けてくれた彼女は確かにここにいたのだ。

――ごめん、ありがとう。

謝罪は少しでも彼女をAIだと思ってしまったことに対して。
感謝はもう一度俺を支えてくれた今までに対して。

彼女は、間桐桜はここにいる。
それは十分すぎる現実だ。

さて、嬉しい事実もわかったところでもう少しばかり質問をしよう。
俺が勝ったとして、聖杯に接続するとどうなる?

「はい。ナカオさんはあくまでもNPCです。ですので聖杯の管理権限を取得することはできず、正体が知れた時点でバグとして解体されるでしょう」

予想はしていたが、やはりそうなるか。
そうするとまずいな。
俺の願い――遠坂とラニの帰還――は聖杯に託すことはできないのか……?

「いえ、聖杯の管理権限は取得できませんが、勝利者ならば接続権限はあります。解体されるその瞬間までは、ナカオさんは間違いなく聖杯の所有者ですから。ですから願いの一つや二つ程度ならば叶える余地はあります」

そうか、安心した。
憂いも消えた。ならやるべきことは一つだけだ。

もう一度桜に礼を言い、決闘場へと向かう。
保健室の扉に手をかけ、開ける――

「ナカオさん」

――桜?

呼び止められた声に振り向けば、傍に桜がたっていた。

「これを」

そう言いながら、桜はマフラーを巻くように俺の首に何かを巻いてくれた。
ふわふわとした感触。触れると柔らかく気持ちがいい。
何かの毛皮、だろうか。
解析を試みると、答えがわかった。

礼装【妖狐の尾】。
その効力は――文字化けしていて読めないな。
だが、感じる魔力は、かつて遠坂・ラニにもらった赤原礼装に匹敵……いや、凌駕するような凄みを感じる。

効力はわからないが、間違いなく一級品と言えよう。
これもいつものように元々俺の物だったのだろうか。

「いえ、それは違います。それは私からの――プレゼントです」

――驚いた。

いいのか、桜。

「はい、問題ありません。だって最後ですから」

そう言ってほほ笑む桜に、なんら陰りも憂いもなかった。
なら言うべき言葉は一つだ。

――最後の最後まで助かる。ありがとう、桜。

「ご武運を……いってらっしゃい、ナカオさん」

あぁ、いってきます。






無機質なエレベーターの入口、決闘場への入口。
そこに彼女たちはいた。

「来たわね。言葉は交わせたかしら?」

ああ、しっかりと別れは言えたよ。ありがとうな、遠坂。

「そう、なら良かったわ。AIとはいえ、あの子にはわたし達も世話になったしね」

遠坂に礼を言い、エレベーターの前に立つ。
遠坂に掴まれていたネコが飛び上がっていつものように俺の後頭部にひっついてきた。

これが、最後。
俺が歩いてきた道の集大成。
そう思うと感慨深いものだ。

エレベーターに軽く触れる。
すると鈍重な音を立てて入口が開いた。
まるで冥府への誘いのような暗い入口。

この中に入れば最後の戦いが始まる。
そして、敗北か勝利か、その結末に関わらずこの聖杯戦争は終幕を迎えるのだ。

「そう、そしてその時がわたしとラニにとって最初で最後のチャンス」

どういうことだ、遠坂。

「聖杯戦争が終わればその舞台であるここセラフは解体されるわ。そしてその瞬間、地上とセラフを隔てていたセキュリティも消えるの。だからその一瞬だけは地上と繋がるのよ」

「ですので、その一瞬を逃さなければ私達は地上へ帰還できます」

「そういうこと。どう?ナカオ君。心配は消えたかしら?」

は、ははは……いや、さすがは遠坂とラニだ。
あぁ、憂いは消えた。心配事もない。
これ以上ない、最高のコンディションだ。

「そう、それは良かったわ。さてっと、はっきり言って、言うことはもう無いのよね」

「……そうですね、伝えたいことは全て言葉にしました」

乗り込む前にもう一度彼女たちに向き直る。
俺からも言いたい言葉はなかった。
ネコ、なにかあるか?

「んー。さっきまでガールズトークしてたから満足にゃ」

そうか、ガールズアンドアニマルトークか。どことなくサーカスの演目のようだな。

「ガールズ!ガールズだから!乙女の祭典だから!」

はっはっは。ここにガールズは2人しかいない。

「この美少女ネコ科戦士を捕まえてこの仕打ち。許せねー。許せるわけがねー!」

はっはっは。後頭部に爪を立てるな超痛い。

「ホント、仲いいわね、アンタ達……」

「えぇ、本当に。少々羨ましいです」

はっはっは。最高の褒め言葉だ。

「にゃっふっふ。最高の褒め言葉にゃ」

さて、それじゃ行くとするか。

いつものように気負わずに。
いつものように足を踏み出す。

エレベーターの扉が閉まり――






「いってらっしゃい。勝ちなさいよ、ナカオ君」

「いってらっしゃい、ナカオ(仮)。貴方に勝利があらんことを」

――いってきます。






幻想と電子が交じり合う霊的電脳の海を沈む。
遥か遠く、眼下に見えるのは沈まない太陽が茜に照らす黄昏の世界。
此度の決闘場は、太陽が大地を赤く染める幻想的な場所のようだ。

その決戦場へ魔術師と英霊を運ぶエレベーターの中で、雌雄を決する相手と向かい合うように佇む。

「こんにちわ」

そんなどこにでもあるような挨拶。
だが発した人物は並の存在ではない。

「これで僕たちは、まさに、討つ者討たれる者になったわけですね。改めてよろしくお願いいたします」

レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
地上の多くを支配する西欧財閥、そのトップにいる少年。
見た目は俺よりも幼く見えるというのに、なるほど、確かに目の前にいる少年は只者ではない。

「それにしても、貴方が最後の相手になるとは思いませんでした。貴方はきっと兄さんに敗れるだろうと思っていましたから」

その佇まいの泰然さ。
その眼差しの強さ。
自然と頭を下げそうになる圧倒的なカリスマ。
その足にすがり隷属を願い出そうになるオーラ。

「しかし、貴方はここにいる。僕の最後の相手として。あぁ――なるほど。このわきあがる感情。そうか、僕は歓喜している。貴方と向かい合っている今に」

遠坂から事前に聞いていたというのに、それでも心が負けそうになる圧倒的存在感。
これが、決勝戦の相手。
これが、俺の――敵。

「思えば、貴方とは多くの言葉を交わしました。僕の立場を、貴方の思いを。そうか、僕はいつしか楽しみにしていた。貴方との対談を」

なるほど、今までの敵とはまるで違う。
今までの敵は、理解するのに多くの時と多くの過程を必要とした。
だが、目の前にいる少年は違う。

「不思議なものです。貴方のような存在は今までいなかった。僕の目を真っ直ぐに見返してくるような存在は。なるほど……この感情、僕は貴方に友誼を感じていたようです。ふふっ、我ながら、驚いていますよ。ですが、確かにこの感情は素晴らしい。とても、そう、とても大切にしたい」

王。
その一言でこの少年は表せる。
完全無欠、王である、と。

「しかし、残念ですがそれもここまでです。僕は王です。ナカオさん、貴方には過去になってもらいます。そして王に過去は必要ありません。王は世界を導かなければなりません。僕の役目です」

その言葉一つ一つに込められた重さは、途方もないものだろう。
地上の王としての責務、王としての役割。
その全てを飲み干せるほどの器をこの少年は持っている。

だからこそ、言わなければならない。
この少年に。敵である目の前の存在に。

――言いたいことが、一つある。

「何でしょう?貴方は過去になる。ですが、今この瞬間を捨てるようなことはしませんよ。過去は必要ない。しかし歩いた軌跡は確かにある。ならば貴方の言葉にもきっと意味はあるでしょうから」

そうか、ご高説痛み入る。
ならば言わせてもらおう!


――初めまして、ナカオ(仮)です。

「――――」


うん、やはりまずは自己紹介が必要だ。
最後の相手ともなれば礼節もしっかりしないとな。
これから戦う相手に名前も伝えないなんてそんな無礼はできない。

「……ふ、ふふ……はははは!面白い、やはり貴方は面白い人だ。そういえばそうですね。あんなにも言葉を重ね、邂逅を重ねたというのに、僕はまだ貴方から名前を貰っていなかった!そうか、どこかで僕は貴方を見ていなかったのですね。僕が名前を与えればそれで十分だと思っていた。なるほど、また一つ貴方に気付かされました。感謝します。では、改めて、僕はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。レオ、と呼んでください」

あぁ、よろしくレオ。
名前を交換し、ようやく敵を見据えることができた。
これで俺とレオは対等の敵だ。

「対等……ふふ、なるほど。かつての僕ならば一蹴していたでしょう。王に対等はいないと。しかし、貴方は確かに敵として僕の前にいる。ならば対等だ。面白い、実に面白いですね。……貴方と地上で出会えていたらどうなっていたのでしょうか。詮無いことですがそう考えずにはいられません。しかし、この月で出会ったからこそ対等足りえた。世界とは難しいものです」

世界はいつだって複雑で難しいものだ。
だが、だからこそ面白いといえるんじゃないか。

「なるほど、貴重な意見感謝します。ですが、その難しさが世界に不幸を作るのですよ。だから僕は王として生まれた。世界を単純にし、不幸をなくすために。言葉はここまでです、ナカオさん。貴方には世界の礎になってもらいます」

そうかよくわからないが、お断りだ。
俺は俺の望みでここにいる。

「あぁ、貴方はそうでしょう。だからこそ敵足りえる。だからこそ僕の前に立ちふさがれる。では、始めましょう戦いを。始めましょう世界を」

エレベーターが止まった。
そして王は戦場へ行く。
そこが俺の旅路の終着となるか、それとも勝利の道が続くのか。
結末はわからない
だがら、結末を掴みに行こう。

行くぞ、ネコ。

「……」

どうした?ポカンとして。

「いや、ボタンの掛け違いってここまですごいことになるのね。あの勘違いっぷり、ぱねぇ」

よくわからないが、いくぞ。

「にゃ。噛みあってないのに噛みあった会話って、ツッコミを入れることもできにゃいとはあたしもビックリだったにゃ……」






辿り着いた決闘場。
相対するは最強の敵。
遥か遠方に佇む黄金の王と白銀の騎士。
大地を茜に染める太陽は、敵すらも金色に輝かせ、その威圧感をさらに増大させていた。
距離があるというのに、まったく安心できない。
それほどまでに敵は強大だ。

王たる少年が従える騎士、ガウェイン。
円卓の騎士として勇名を轟かせる英雄の中の英雄。
その存在は太陽の騎士と呼ばれ、その名の通り、太陽の加護を持っている。
あるきめられた時間帯においてその能力を3倍に跳ね上げる奇跡。
たたでさえ超級のサーヴァントだというのに、さらにその三倍など笑えない。
そして最悪なことに、この決闘場は見事にその奇跡『聖者の数字』の使用条件に合致してしまっている。
まずはその能力を封じなければ勝ち目はないだろう。

「と、ここまでが全てツインテと錬金術師からの情報にゃ」

うむ、その通り。ありがとう遠坂&ラニ。
彼女等の情報にはいつも大助かりだ。

「つかさ、今回は相手の真名もわかってたから、少年もわかってたんじゃにゃいの?」

お前は記憶喪失に何を期待しているんだ。
いや、実際には記憶喪失じゃなくて元々持ってなかったんだが。
ともかく、記憶喪失の俺が英雄の知識を持っているわけがないだろう。

「いっそ清々しいわー。この馬鹿っぷり」

はっはっは、そう褒めるな。
ともかく、太陽が敵の味方だというのなら、その太陽を沈めるだけだ。

ネコ、宝具を開帳しろ――!

「オーケーマイボス。今回は開幕からぶっぱでいくにゃーーー!」

世界が変わる。
一瞬という刹那すら凌駕し、それはさも当然に、まるで初めからそうであったように自然に、世界は『そうであった』と、姿を現す。

黄昏は闇に染まる。
茜に照らされていた荒野は草原に。
黄金の太陽は沈み、星が煌く満月の夜天へ移ろう。
無限を謳う白亜の城が、その存在を世界へ示す。

「にゃっふっふ。太陽だろうが何だろうが知ったことかー!あたしの世界に太陽はいらねー!」

ネコの宝具、世界が姿を現す。
これこそが勝利への一手にして、切り札。
あの騎士が如何に太陽の加護を得ていようと関係ない。
なぜならば、俺たちこそがあの騎士の天敵なのだから――!

「これは、世界の改変ですか。素晴らしい」

「レオ、お気を付けください。これほどの宝具、これで終わりではないでしょう」

王と騎士の言葉が世界となったネコを通じて俺の耳に届く。
今までならばその言葉に否と返していただろう。
この世界を形作るだけで精一杯だと。
しかし、今は違う。
この世界はこれでは終わらない。

「少年、本気でやるきにゃ?」

答えは一つだ。
やれ、ネコ。やってしまえ!

「アイアイサー、少年頑張って耐えろよー!」

その瞬間、世界が震えた。

「これは――」

「レオ!」

騎士の叫びを塗りつぶすように、轟音が世界に響く。
光と音。裂くような衝撃。
満点の星空の下、稲妻が大地へ突き刺さる――!

「くっ――!」

光の速さで迫る落雷。
それを騎士は王を抱えて避けて見せた。
さすがは超級。雷を避けるなんて半端じゃあない。

「落雷、雲はないというのに雷を落とした……?」

王は疑問を上げた。
当然の疑問だろう。
空には雲一つない。満点の星空と、爛々と輝く満月がそこにはある。
だが、たしかに雷は落ちたのだ。

だが驚くのはまだ早い……!

世界の胎動はまだ終わってなどいないのだから――!

空気が流動する。
はじめはゆっくりと。段々と速度を増し、円の動きで収束する。
いつしかその流れは風になり、風は回転し集う。
その様を人はこう呼ぶ。

「落雷の次は竜巻――!?」

風の流れと侮るなかれ、その激しさは人の命など簡単に刈り取るぞ!

「我が剣を舐めるな――!」

竜巻を斬った――!?
侮っていたのはこっちだったか……!
あの騎士は剣で風の流れを断ち切って見せた。
流れが止まれば竜巻は掻き消える。

だが……竜巻が一つだとだれが言った?

「くっ!?竜巻がまた発生するとは……!」

風の流れは一つじゃない。
世界がそこにある限り、風もまた無数に存在するのだ。

そして、お前たちの敵は風だけに留まらない!

竜巻が削る大地が鳴動する。
地震のような揺れが世界を揺らし、それは生まれた。

「ガウェイン!下です!」

「なっ――!?」

それを言葉にするのならば、大地の爪と言うべきか。
大地が隆起し、盛り上がる。
先端は鋭く、根本は太い。
まるで針のように尖った大地の一部が、天を突き刺すように飛び出てきた。
そしてその動きは止まらない。
鋭くとがった先端は、敵を真っ直ぐに捕らえて迫る――!

「はっ!」

だが、その鋭い爪も最強の騎士には届かない。
たった一息の一閃で断たれてしまった。
しかし、大地はまだそこにあるのだ。
大地の爪は別の場所からいくつも生まれては騎士へと突貫する。
無数の大地の爪が迫る。その全てを叩き斬る白銀の騎士。

荒れ狂う竜巻が騎士の視界を阻害し、天空から落ちる稲妻の輝きが騎士の動きを阻害し、大地から生まれる爪が騎士の命を狙い定める。

「これほどとは……」

そう呟く王の目には映っているだろう。
自然という名の世界が敵としてそこに在ることを――!

これこそがネコの宝具の真骨頂。
世界をありのままに創る、その空想を現実にする魔の法則。
今までのように形作るだけではない。
手足として操る奇跡がここに為っていた。

「なるほど。ナカオさんのサーヴァントは英霊ではなく精霊の類でしたか……」

だが、その代償は大きい。
これこそが宝具の真の力といっても、俺にはそれを使うだけの力量がなかった。
俺という未熟なマスターでは、世界を形作るだけで精一杯だった。
事実、今までの使用では、世界を思うが儘になどできなかった。
それは俺の魔力では足りないからだ。

しかし――足りないならば、無理やりにでも持ってくればいい。

俺はその方法を知っている。
3回戦で戦った、あの幼い少女が魂を燃やしていた様を知っている――!

サイバーゴースト、魂だけの存在であった少女。
あの子は自身の魂を燃やし、膨大ともいえる魔力を捻出していた。
そして俺はNPC。
細かい定義に違いはあれど、似通った存在である。
この身は聖杯によって生み出された紛い物だ。
だが、その魂は本物と寸分違わないと、願いをかなえる聖杯が定義して生み出したのだ。
なら、できないことはない。

あとはやるか、やらないかだけだ――!

だから――

手に蓮華を持ち、マグマの如く赤く燃えるそれを掬い上げ口にする!

俺は今、魂を燃やして――マーボーを食す!

「結局マーボーにゃの!?」

当然だ。だって魂を燃やしたら死んじゃうじゃないか。

「いやいやいや、ここはその覚悟で挑むってことじゃにゃいの!?」

ふっ違うな、ネコ。
俺は死ぬ覚悟なんかしちゃいない。
ここにあるのは勝利するという意思と、生き抜くという意地だけだ。
だから俺は食すのさ、マーボーを。

「それでいいのか主人公ー!」

これでいいのさ、マイサーヴァント。
マーボーをメインに、足りない部分は魂で補う。
いいか、マーボーがメイン!魂はサブだ!

「ついに魂をサブって言っちゃったよ!だがそれでこそあたしのマスターよ。にゃっふっふ、さぁさぁ踊れ踊れ!王を守ってみせろよ太陽の騎士様よぉ!」

やだ、言動が悪っぽい。
さすがは俺のサーヴァントだ。輝いてるぞ。

世界が荒れ狂う。
マーボーから生まれた俺の魔力と、ほんの少しばかり魂を食いつぶして世界は鳴動する。
天が、風が、大地が、今の俺たちの武器だ。

本来ならば、たったそれだけでは収まらないらしいが。
真空をつくったりだの、重力を操ったりだの、まさしく空想のままに操れるらしいが、俺の魂を燃やした程度ではそこまでの制御は不可能とのこと。
魂を燃やしてもこの程度、というのはいささか情けないが無い物ねだりをしてもしょうがない。

今そこにあるものを全力でやるのみだ。

――ぐっ!?

「少年!?」

大丈夫だ、続けてくれ。

……情けない。呻き声が出てしまった。
魂を削る行為はとてつもない苦痛を生む。
魂を削った過剰な魔力消費と、マーボーによる無理な魔力回復が俺の魔術回路を傷つけている。
いくらNPCたるこの身に体の限界が無いとはいえ、この状態が続けば意識のほうが先に根をあげるだろう。
意識を失う、そうなれば敗北は必至。
だが、そうならないための布石はうった。

身に纏う真紅の外套。
そこにあるだけで圧倒される神秘を含む存在感。

【赤原礼装】。

かつて遠坂とラニに渡された地上に現存する神秘。
その加護が、俺の魔術回路を保護し、荒れ狂う魔力から身を守ってくれる。

このままの勢いで攻めるぞ!

「がってん承知にゃ!」

ネコの掛け声に世界は動く。
大地から生まれる岩石の爪は、さらなる苛烈さをもってガウェインへと襲い掛かる。
凄まじい重量と物量が、白銀の騎士を押しつぶそうと迫る。
だが、相対する騎士は並ではなかった。
真下から横から上空から、形を変え速度を変え縦横無尽に襲う大地の爪、そのすべてをあの騎士は叩き切っているのだ。
その技量の凄絶さは、いっそ感嘆を抱かせるほどだ。
攻めているのはこちらだというのに、まるで勝ち筋を感じさせてくれない。

だが、膠着状態ではあるが、勢いはこちらにある。
攻め続ければ必ずチャンスはできるはずだ。
ただ、前へ。
その意志さえあれば、必ず届くはずだ。


……しかし、その願いは脆くも崩れる。


――ぐぁっ!?

「少年!?」

突如走った激痛。
意識を一瞬で吹き飛ばすようなそれに、手に持った蓮華が滑り落ちる。
思わず膝をつき、右手で口を押える。
そうしなければ、今にも情けない悲鳴を上げてしまいそうだ。

「ど、どうしたのにゃ!?」

ネコの心配に応えることもできない。
ただただ、蹲って痛みに耐えることしかできない。
それしかできないがために、これまで築き上げた攻撃の嵐が途切れた。
マーボーを食べることをやめたせいで魔力の回復が追い付かず、ネコの宝具を維持できない。
そして、遂に世界が崩壊した。
遥かなる草原が、荘厳な白亜の城が掻き消える。
月が見降ろす無限の夜は終わり、沈まない太陽で茜に染まる大地が帰ってきた。

「ようやく、捉えましたか」

静かな声でこちらを見据える黄金の少年。
先ほどまでは城の中から彼を眺めていたというのに、今はその距離がない。

「少年、いったいどうしたのにゃ!?」

ネコは未だに俺の状態を理解できないのだろう。
この身に走る、おぞましほどの激痛を。
もはや、マーボーを食すことなどできないほどの痛みを。

それは魔術回路が軋む痛みをも凌駕するほどの衝撃。
肉体的、精神的な苦痛などとは比べ物にならないほどの痛み。
いわばそれは、魂の悲鳴。
老若男女、ありとあらゆる生命が耐えることのできない原初の苦痛。
この決勝戦へとたどり着くまでに耐えてきた苦痛、そのすべてを凌駕する痛み。
耐えれない、耐えることなどできるはずがない。
そんな痛みが自分を襲っているなんて信じられない。
呆然と、ゆっくりと痛みが走る場所へ触れるが、その行為は更なる痛みを生み出すだけだった。

間違いない。

この痛みは、この衝撃は――!























口内炎だ――――!!!



<あとがき>
主人公に足りないものは奇跡でも覚悟でもなくビタミン。
ただの口内炎と侮るなかれ。口に含むのはあのマーボーなのだから。
ただの口内炎ですけどね。

ただいま(`・ω・´)
やっと帰ってこれました。
二度と海外なんかにはいかねぇ。絶対に。絶対に、だ。
そんな私ですが2か月後にはまた渡航予定が入っている不思議。
一回だけって言ったじゃないですかやだー!
三行半!書かずにはいられない!
あ、あと2話でエンディング(表)です。


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