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No.33028の一覧
[0] これじゃない聖杯戦争【Fate/Extra】(完結)[いんふぇるの。](2014/08/23 20:17)
[1] 契約[いんふぇるの。](2012/05/06 15:49)
[2] 黄昏[いんふぇるの。](2012/05/06 13:06)
[3] 覚醒[いんふぇるの。](2012/05/08 20:45)
[4] 初陣[いんふぇるの。](2012/05/16 20:22)
[5] 約束[いんふぇるの。](2012/06/10 22:23)
[6] 騎兵[いんふぇるの。](2012/07/16 18:57)
[7] 決着[いんふぇるの。](2012/08/18 11:23)
[8] 迷い[いんふぇるの。](2012/08/20 23:06)
[9] 想像[いんふぇるの。](2012/08/25 21:04)
[10] 令呪[いんふぇるの。](2012/09/03 11:42)
[11] 道程[いんふぇるの。](2012/10/26 12:55)
[12] 戦争直前[いんふぇるの。](2012/10/27 23:56)
[13] 在り方[いんふぇるの。](2012/12/09 17:45)
[14] 名無しの森[いんふぇるの。](2012/12/16 20:05)
[15] [いんふぇるの。](2013/01/11 08:33)
[16] 裁判[いんふぇるの。](2013/01/12 22:59)
[17] [いんふぇるの。](2013/01/22 19:18)
[18] 雪原の策謀[いんふぇるの。](2013/03/01 07:45)
[19] Interlude:獣[いんふぇるの。](2013/03/01 02:39)
[20] ただ、前へ[いんふぇるの。](2013/05/10 22:31)
[21] 選択[いんふぇるの。](2013/05/28 19:03)
[22] 少女達の死[いんふぇるの。](2013/07/06 22:05)
[23] ハンティング[いんふぇるの。](2013/08/12 17:17)
[24] 憤怒[いんふぇるの。](2013/08/27 13:03)
[25] 届かない思い[いんふぇるの。](2013/11/05 19:42)
[26] 深淵の知識[いんふぇるの。](2014/01/06 23:26)
[27] 創るは世界、挑むは拳[いんふぇるの。](2014/02/15 20:14)
[28] ぼーいみーつきゃっつ[いんふぇるの。](2014/02/18 23:14)
[29] 神話の戦い[いんふぇるの。](2014/02/20 20:05)
[30] 憎しみの果てに[いんふぇるの。](2014/03/30 19:37)
[31] いってきます[いんふぇるの。](2014/07/14 08:33)
[32] 背負ったモノは[いんふぇるの。](2014/07/28 20:34)
[33] おかえり / ただいま[いんふぇるの。](2014/08/01 21:20)
[34] これじゃない、聖杯戦争[いんふぇるの。](2014/08/07 19:26)
[35] かつてあった未来:狐は月で夢を見る[いんふぇるの。](2014/08/07 19:25)
[36] サクラ色の想い[いんふぇるの。](2014/08/23 09:17)
[37] 外伝:雪原と白猫と少年[いんふぇるの。](2012/07/02 15:21)
[38] 外伝:エクストラエキストラ[いんふぇるの。](2014/08/05 20:24)
[39] 番外編:赤王劇場[いんふぇるの。](2012/09/06 19:02)
[40] 番外編:いつか、どこかでの再会[いんふぇるの。](2012/12/12 08:35)
[41] 嘘予告:これじゃないCCC[いんふぇるの。](2013/04/04 21:39)
[42] 番外編:安らかな日々を貴方に[いんふぇるの。](2013/06/14 17:42)
[43] 番外編:その男、SG持ちにつき[いんふぇるの。](2013/07/20 23:34)
[44] 番外編:ときめき☆サヴァぷらす[いんふぇるの。](2014/03/18 14:47)
[45] 番外編:幸せの向こう[いんふぇるの。](2014/12/18 21:48)
[46] 番外編:VSタマモナイン[いんふぇるの。](2015/01/02 00:22)
[47] 設定とか裏話とか[いんふぇるの。](2014/08/31 22:22)
[48] 外伝:あの花の名を覚えていますか[いんふぇるの。](2015/08/03 21:26)
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[33028] おかえり / ただいま
Name: いんふぇるの。◆06090372 ID:6c0a2361 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/08/01 21:20
真実が欲しくて偽りの平和を捨てた。

何も為せないまま消えるのが怖くて手を伸ばした。

俺には何もなかったけれど手を掴んでくれた奴がいた。

そいつはどうしようもなく馬鹿で。

そいつと馬鹿をするのがどうしようもなく楽しくて。

覚悟も意思も名前すらもなかったけれど、ただ、そいつと前へ進む。

過程も結果も全てを受け入れながら、明日が欲しくて、立って歩く。

欲しかった『明日』が、『昨日』になって、積みあがっていく。

何も無かった俺だけど、あいつと歩いた昨日だけは確かな軌跡。

ここまで歩いた過程は、決して無意味なんかじゃない。

ここまで戦ってきた結果は、決して無駄なんかじゃない。

無くした記憶も、失った名前も、今はいらない。

欲しかったモノは、隣にいたあいつと、傍にいてくれた皆がくれたから。

あぁ――だから、俺の昨日は誇れるものだと胸を張れる。

今まで紡いだ時間が、俺の大事なモノだと言える。

だから、だからさ――

それを侮蔑するなんて許せない。

俺の昨日を奪うなんて許せない。

俺達の記憶を、思いを、歩いた軌跡を消すなんて許せない。


そうだろ?



――ネコ――













最終話 おかえり / ただいま













輝きが、空間を支配していた。
仰向けに倒れた少年が、祈る様に天に伸ばしたその右腕。
目も眩むほどの輝きは、彼に刻まれた令呪が発動した証。
消え逝く自我の最後の抵抗は、確かに彼の従者への絶対命令権を発動していた。
だが、終わり逝く命の輝きにも似たその光が段々と薄れてゆく。

空間を支配していた輝きが消える。
少年の自我と共に消え去るように光は薄れる。

そして、天へと伸ばしていた腕からも力が抜けてゆく。

ふらり、と先ほどまでの力強さもなく腕が揺れる。

その様を見届けるモノは2人。

妄念に取り付かれた亡霊は、無表情に少年の終わりを待ち、世界の救済へ向けての算段を立てていた。
救世主と呼ばれた地上唯一の覚者は、慈悲と哀れみを持って少年の終わりを憐れんだ。
聖杯と呼ばれた奇跡の前で、少年は亡者と覚者に看取られる。

もはや少年は意識を保つことすら難しくなったのだろう。
少年の瞼が、消え行く光にあわせる様に静かに閉じられてゆく。

そして、光が完全に収まり、少年の意識が途絶えた。
少年の意識が途絶えると同時に、天へと伸ばした腕もまた地面へと――




――倒れることはなかった。




「……うん?」

亡者の表情が驚愕に染まる。

「……」

覚者は無言のままに双眸を見開きそれを見た。

倒れる少年の腕、手のひらを、大事な、大切な何かを守るように握り締めた純白の手を。

何もない空間から突き出るように飛び出した純白の手。
まるで奈落に落ちる命を救い上げるように少年の手を握っている。
シルクのようなキメ細やかさと、優しく少年の手のひらを握るその白き手は、聖女のそれを思わせる神聖さがあった。

だが、直後。
その手の傍から発せられる異音が、漂う神聖さを消し飛ばす。

――ギシ――

まるで鎖を無理やりに引きちぎろうとするような不快な音が、純白の手の傍からした。
最初は空間に溶けるような小さな音。
次は耳に残るような大きな音。

そして異音が続く。

……ギシギシ、ギシギシ……

空間が鳴く。

――ギシ、ギシギシ――

世界が――泣く。

「……来る」

「何?」

覚者の呟きに亡者が疑念を返した瞬間、世界が悲鳴を上げた。

ギシギシギシギシギシギシギシ――!

空間に罅が入る。
蜘蛛の巣状に、まるでガラスが割れる寸前のように歪む。

そして――

「――えいっ!」

可愛らしい掛け声と共に、世界が割れた。

「セラフに侵入者――!?」

ガラスが砕けるような甲高い音。
空間を割り、世界を破り現れた存在に、亡者が愕然とする。
セラフ――奇跡を為す聖杯が作り上げた決闘場は、聖杯戦争のマスターたる資格を持つ者にしか入ることは出来ない。
願いを叶えると言われる奇跡の具現がそうルールを決めたのだ。
ならばそのルールは絶対不可侵のはず。
にもかかわらず、少年の傍に現れた存在は、正規の手順を踏まず、世界を隔てる壁を破壊して侵入してきたのだ。
聖杯を知る者からすれば、それはありえない存在だった。

ありえない存在、その姿は――


――光に輝く金色の髪。

――陶磁の如く洗練された美しい肌。

――まるで美の女神を体現したかのような肢体。

――そして、気高さと意思の強さを秘めた真紅の瞳。


「ん~っ!侵入成功っ!」

天真爛漫。その言葉をそのまま表すかのようなにこやかな笑みを浮かべた女性が、少年を守るように立つ。

「――誰だい、君は」

亡霊が驚きを隠さないまま問いかける。
だが、現れた女性はその問いに答えず傍の少年を見て微笑んでいた。
少年の傍に膝をつき、優しくその手を握っている。

「うんうん。流石は少年。NPCとは言え、元はただの人間なのに、ここまで耐えるなんてびっくりだわ。本当、いっつも無茶するんだから」

口では文句を言いつつも、その顔は喜びと誇らしさで満ちており、少年を見つめる女性の眼差しは優しい。

「誰だ、君は」

もはや慇懃な態度もなく、亡霊は憤りをぶつける。

「黙りなさい、妄念」

「――――!?」

存在の格が違う。
視線も寄越さないただの言葉のみで、亡霊はその全ての動きを停止せざるを得なかった。
サイバーゴースト、ただの情報体として遥かな時を過ごし、人としての枠など当の昔に外れてしまった亡霊が、ただの言葉だけで圧倒されたのだ。
彼はもう動けない。
彼自身の魂がそれを拒否した。
あまりにも巨大すぎる存在を前に、ただ立ち尽くすことしかできなくなった。
今この場で、女性以外に行動をできる者がいるとするならば、それは彼女と同格以上の神秘を抱く存在でなければならない。

そして、それはいた。
地上唯一、最初にして至高の覚醒せし者が。
セイヴァ―、救世主と呼ばれた存在だけが、今動くことを許されていた。

「よもや、星の触覚に会おうとは。そなたと合間見えし時は、人の尊厳を賭けた終焉だと構えていたが」

「あら、流石は救世主。私の存在がわかるのね。そう、貴方が『人』の究極だというのなら、私はその対極にある存在。まぁ、今はただのサーヴァントだけどねー」

互いの声は穏やかなモノ。
覚者は全てを受け入れる泰然とした佇まいを崩さない。
そして女性は横たわる少年を優しげに眺めるている。
だが、二人から放たれる存在感が徐々に増す。
究極の一つが、二人も同じ場所に存在するという奇跡。
その有り余る存在の密度は、聖杯の作り出した擬似世界に悲鳴を上げさせた。
空間が軋むような重圧を、神秘の存在達がぶつけ合う。
そんな極限状態を動かしたのは女性だった。
優しく握っていた手を離し、ゆっくりと立ち上がる。

「ふふ、悪いけど、貴方たちには戦闘シーンすらないわ」

女性がゆっくりと歩く。
その真紅の瞳を爛々と輝かせながら。

「ここから始まるのは、一方的な殲滅だから」

ゆっくりと歩き、その歩みは踏みしめた大地を歪ませる。
歪みは徐々に広がり、空間を侵食する。

「だって、そもそも貴方達は余分なのよ」

水が流れていた聖杯の御前が歪む。
そして至天の座は――草原へと変わる。

「後からでてきてラスボス気取ろうなんて、虫が良すぎでしょう?」

吹き抜ける風が草を揺らす。
電子の空は夜天へ移ろう。
偽りの月は、真紅の月へ塗りつぶされる。

「少年だったら、ふざけんなこのやろーぐらい言うわよ、きっと。ふふっ」

女性が敵を間合いに捉え、歩みを止める。
手で顔を覆い、その表情を隠す。

「だから――消えなさい、妄念と覚者」

指と指の隙間から覗く真紅の瞳はいつしか――黄金の輝きを放つ。

そして――






「星の意思が人に関わるのか」

「知ったことじゃないわ。『あたし』の意思よ」

無限を謳う白亜の城が具現する――!



















夢を見ていた。
人智を超えた存在がぶつかる、世界の終わりを。
たった二人の闘争。
だがそれは、世界の終焉といっても過言ではない。

人の見ていいものではない。
人が及ぶものではない。

それでも、その闘争を俺は眺めていた。
そして、闘争の片割れを見ていた。
夜を駆ける、神秘の女性を。

黄金の髪。
真紅の瞳。

その全てに見惚れてしまう。
ただ、その美しさに圧倒される。

どんな存在だろうと、彼女の隣には並び立てないだろうと。
そんなことを感じさせる女性だった。

だが、あろうことか、夢の中で俺はその女性と共に在る。
隣には立てていない。
その後ろで前を見据えているだけだ。
だが、確かに傍にいた。

たとえ力が無かろうと。
たとえ強さが無かろうと。

俺は確かにその女性の傍にいて――共に戦っている。

あぁ――なんて、だいそれた夢。

だが、俺は確かに、傍に立っている。


そんな、夢を見た。






「お~い。起きろ~」

俺を呼ぶ声。

「起きないと危ないわよ~?」

それはあまりに場違い。
明るさと可憐さで構成された女性の声。
死に瀕した極限状況で与えられた言葉は、とても場違いだった。
あぁ、だけど、安心する。
こちらを呼ぶ声はいつも傍にいたアイツの声とそっくりで――

「……えいっ」

――ぐはっ!?

「あ、起きた」

鳩尾にエルボーとはやってくれるじゃないかバカネコ――!

「にゃっ!?だ、だってそのまま寝たら死にそうだったから……」

さっきのがトドメになるだろうが――!
…………
………………
……………………ところで、ネコ、だよな。

「うん。そだよー」

……いつ進化した。

「さっき」

……いつ進化条件を満たした。

「さっき」

――誰だお前。

「ひどっ!さっきからネコって呼んでるじゃないマスター」

落ち着け。
バケネコが進化したら超美人のお姉さんだと?
まさかそんなうまい話があるわけがない。
そうだ、これは罠だ。
これが有名なハニートラップというやつか――!

「誰が美人局よー!……うん、やっぱりこのノリだわ」

俺からするとお前は変わりすぎだけどな。
それにしても――最初からその姿で来ていれば告白の一つや二つはしてたかもしれない。

「あら?あたしには欲情しないんじゃなかったの?」

いいんだよ、今日こそが黙示録(アポカリプス・ナウ)だからな。

「あはは、確かに」

それで、その姿は?

「うーん。元に戻った、かな」

それが、ネコの本当の姿、ということか。
まさか本当に進化するとは。
いつかの言葉が冗談じゃなかったとか想像すらしてないぞ、マジで。

「うん。これがあたし――私の真実」

そうか――何故あんなUMAの姿で来たんだ。

「別にこの姿で来ても良かったんだけどね。その場合……魔力不足で貴方の臓物は弾けてたわよ?」

俺の相棒はUMAしかいないですよね。

「ふふ、感謝しなさい。私がアノ姿だからこそ貴方は生きてたのよ――!」

むしろお前じゃなくて別のサーヴァントのほうが臓物の心配をしなくて良かったわけで。

「――それにしても随分と酷くやられたわね」

露骨に話変えやがったな元バケネコ。

……終わったのか。

「ええ。亡霊も覚者も、もういないわ。にゃっふっふ。どんな戦いだったか気になる?気になる?」

――いや。

俺の声に応えてお前がここに居る。
なら勝利以外のなにものでもないさ。

「………………ぷっ、あっははははは!ほ、本当、少年は時々、思いもしないこと言うから面白いわ。うん、初めて会ったころに比べてすごく格好よくなった」

成長期だからな。
お前のバケネコから超美人へのワープ進化には敵わないが。

「惚れた?ねぇ惚れた?」

ないな。

「即効で振られた――!?」

俺とお前は悪友と書いて親友と読むぐらいがちょうどいい。

「~~~~っ!そ、そうね。私達は親友だもんね!」

なにその反応。
もしかしてぼっち?ぼっちなの?

「だ、誰がぼっちよー!恋人いるもん!」

友達の名前言ってみろよ。

「い、いいわよ。志貴……は恋人だから友達の上だし……レン……はペット?だし……妹……は志貴の妹だし……メイド……は志貴のメイドだし……シエル……はなんだろ?ライバル?――あれ?もしかして、友達いない?」

俺が悪かったごめんなさい。

「真摯な謝罪!?いっそ笑ってよ!」

もういい。もう、いいんだ。

「むしろ慈愛に満ちた眼差し!?逆にきつい!」

俺がお前の友達1号ってことだろ。
俺にとってもお前が友達1号だ。

「――――――そう、ね。うん。少年が私の友達1号で、あたしが少年の友達1号。……ふふ、うん。うん」

それにしてもお互いが友達1号とか、なんて寂しい主従なんだ。

「二人はボッチーズね!」

なんで嬉しそうなの。
ここは笑うところ?泣くところ?

「あ、でも私、恋人いるから寂しくない」

ここにきて裏切りとはやってくれるなボッチゴールド。

「ボッチゴールド!?なにそれゴージャス。言ってくれるわねボッチボーイ」

おい、ボッチボーイはやめろ。リアルすぎる。
せっかく戦隊物にあやかって色をつけたんだから俺にも色をつけてくれよ。レッドとか。

「レッドいるじゃない。ツインテが」

――あぁ。遠坂がいたな。

じゃあラニは?

「んー……ブラウンじゃ、それっぽくないし、ブラックで。じゃあ保健室の主は?」

ピンクだろ。桜、だし。
…………揃って、しまったな、5人。

「ええ。まさか土壇場で揃うなんて思わなかったわ。レッド、ブラック、ピンク、ゴールド。そして……ボーイ」

おい、俺だけ浮いてる。果てしなく浮いてる。
いじめか、ボッチ戦隊の中でさらにぼっちかコノヤロウ。

「あははははは!」

指差して笑うな。

――まったく、美人になろうがお前はバカネコだ。俺の大事な、相棒だ。

「うん。私はあたし。あたしは私。だから少年がマスターで、大切な相棒、だね!」

さて、主従の絆を確かめ合ったところで、そろそろ行こうか。
そう思い、起きようとするが、体に力が入らない。

「無理しないほうがいいわよ。今の少年、ボロボロ通り越してボッロボロだから」

それどこが違うんだ。
何一つ変わってないぞ。

仕方ない、肩貸してくれ。

「しょうがないなー。よいしょっと」

ネコの肩を借りて立ち上がる。
かつては俺の腰にすら届かなかったチンチクリンが、今や俺より少し低い程度の長身になっている。

「誰がチンチクリンよ」

お前だよ元寸胴ボディ。
ネコ科(笑)の時の写真見せてやろうか。

「うっ、事実だけに言い返せない。いや、確かにアレも私だけどね、思考というか性格というか、とにかく意思は別物なのよ。同一人物だけどその辺考慮してくれると嬉しいなー」

あ、あんなところにプレミアムネコ缶が。

「それはあたしのにゃ!――はっ!?」

意思は別物、ね。

「……足が滑ったにゃ」

脇腹に肘撃ち!?

……重傷に何をしやがるバカネコ。

「ふふん。チンチクリンボディだったころの癖が抜けなくて、でっかい体動かすの久しぶりだから、許して?」

チクショウ、綺麗な顔で微笑みやがって。
お前の髪いい匂いがするなコノヤロウ。

「むふー、どうしたのかな~、少年」

だが、まったくそそらない。

「えー!そこまで言っておいてその反応!?」

所詮はネコ科(笑)。
俺の少年ハートは揺れ動かん。

さて、馬鹿話もここまでだ。
行こうか、俺達の、結末に。

「……うん」

ゆっくりと、歩き出す。

月の至宝、ムーンセル・オートマトンへ続く光の階段を。
一歩を踏み出す、その行為がひどく辛い。
ただ階段を上るだけなのに、今この瞬間にも倒れそうだ。
だけど、大丈夫。
だって、隣には支えてくれる奴がいるから。

「……聞かないの?」

その言葉は少し震えていた。
どこか俺の答えを恐怖するような。
自分の正体を、自分の真実を問わないのかという言葉は、すこしばかりの恐れを含んでいた。

なるほど、今までの姿が偽りだというのなら、こいつは騙していた罪悪感でも抱いているのだろうか。
なら俺が言うべきことは一つ。

――必要ない。

「――え?」

姿は変わった、口調も変わった。
だけど支えてくれるその姿は変わらない。
俺という存在が始まったあの日からずっと支えてくれた相棒は、今も俺の隣にいる。
その事実だけで十分だ。
言葉は必要ない。
お前がどんな存在なのか。
お前は何を想ったのか。
そんな質問は無粋に過ぎる。
ただこうして肩を貸してくれている。

――あぁ、それだけで十分だ。

「――本当、少年は少年だね」

あぁ、俺は俺だ。
そして、お前はお前だ。
それだけで十分だ。

「うん、そだね。うん、ふふっ」

二人ですこしだけ笑う。
なんとなく嬉しくて。
言葉はなかったけれど、触れあう肌の温かさは心も温めてくれるようでうれしかった。

そして――辿り着く。

月の至宝、聖杯の前。
あらゆる情報の坩堝、可能性の杯、奇跡の演算装置――俺の、生まれた場所。

「…………」

二人して無言でそれを見上げた。
遠目でも凄まじい存在感だったが、近くにくるとまたすごい。
その神秘の濃さに、触れることを躊躇してしまう。
だが、いつまでも立ちすくんでいても意味がない。
ここまできたその意味を無くすわけにはいかない。

全ての始まりへ還る、その最後の一歩を踏み出そうとして……体が、止まった。
感じた抵抗に振り向けば、ネコが俺の腕の袖を掴んでいた。

「……だめ……いっちゃ、だめ……いっちゃだめよ!」

泣きそうな顔で、俯きながら訴えられた。
その言葉の重みは、俺を行かせまいとする本気を感じさせる。

「だって、消えるのよ!?なにもかも消えて、少年が消えちゃう……!初めての友達なのに……いっちゃ、やだ……」

今にも涙が落ちそうなほどに瞳を濡らし、見据えてくる。
あぁ、こいつは、本当に俺のことを想ってくれているのだろう。
思えば、最後の決闘が始まってからどうもこいつはおかしかった。
いつものような元気な笑みはなく、ずっと何かを思案するような難しい顔だった。
なるほど、ネコはずっと俺の終わりを考えていたのか。その結末を想っていたのか。
ならば、その想いには応えなければならない。

だから、ネコへと振り返り、真っ直ぐに向かい合う。
そして、握られた袖を優しく解き、ゆっくりと手をネコの頭へと近づけ――



――思いっきりデコピンをぶちかます。

「~~~いっったーーーい!?」



あまりに予想外な出来ごとに、ネコは両手をデコピンされた額へ当てさきほどよりも涙目になった。

「なにすんのよー!」

涙目ながらも恨みがましい眼差し。
うん、さっきまでの泣きそうな顔よりは数段いい。

お前は一つ勘違いをしているな、ネコ。

俺は消える。確かに消去される。
だがな、この終わりは決して悲しいとか辛いとか、そんなものじゃない。

俺はな、ネコ。
俺には何もなかったんだ。
それは失ったんじゃない。
本当になにもかもが零だったんだよ。
NPCとして生まれたこの身は、全てが作られた偽りに過ぎなかったんだ。

だけど、だけどな。

俺には思い出があるんだ。

ここに至るまでに、お前と語り合った思い出が。

お前と駆け抜けた、俺の人生の全てが。

楽しいことも、嬉しいことも。
苦しいことも、辛かったことも。

お前がいて、遠坂がいて、ラニがいて、桜がいて。
戦った人たちがいて、語り合った人たちがいて。

語りつくすには、あまりにも大きくて、眩しい思い出が、俺にはあるんだ。
偽りのこの身が刻んだ思い出は、何よりも価値のある本物なのさ。

この思いを出を胸に、俺は逝ける。

こんなにも、嬉しいことはない。

だから、胸を張って見送ってくれ、ネコ。
俺たちの歩んだ道を誇るように。
俺たちが刻んだ日々を忘れないように。

笑顔で、見送ってくれ。

「……………………」

返事はない。
俯いた顔からは表情は伺えない。
少し肩が震えているようだが、それを止めてあげるだけの時間はもうない。
NPCとして体を構成する情報そのものが傷つきすぎた。
時間をかけすぎると、それだけで存在が消えてしまいそうだ。

だから、もう行かなければならない。
ネコへ背を向け、聖杯へと向き直る。

そして足を踏み出そうとして……自身の膝が震えていることに気付いた。

……情けない。

散々格好つけておきながら、この様だ。
どんなに言葉を並べても、やはり消えるという恐怖は払拭できていない。

――うん、すまない。さっき言ったことを一部訂正。

やっぱり消えるのは怖い。
死ぬのはすごく怖い。
さっきの言葉は嘘じゃないけれど、全部じゃなかった。
今、俺はとても恐怖している。泣き出したいぐらいだ。
できればこのまま回れ右して保健室へ帰りたい。

だけど、だけれども――俺は、行くよ。

ここまできた俺たちの歩みを無駄にしないために。
戦った意味を失わないために。
あぁ、そうだ。どんなに綺麗な言葉を並べても、この理由に勝るものはない。


――俺は、俺達の、俺とお前の歩んだ道を、積み重ねた昨日を、紡いだ物語を否定したくないんだ。


だから、行くよ
全てを終わらせるために。俺たちが辿り着いた、その先へ。

一歩、踏み出す。
聖杯、四角い硬質的なキューブに見えるそれに触れると、まるで液体のように波紋が広がり腕が沈んだ。
ゆっくりと、沈んでゆく。

体の全てが聖杯へと沈むその前に――









「それじゃ、さよならだ。お前との旅路は色々あったけど、そうだな、楽しかった。この言葉がしっくりくる。すごく、すごく楽しかった」

「――――――私も、楽しかった。すごく、すっごく楽しかった!絶対忘れないから!私たちの、あたしと貴方の物語を!だから――!」

聞こえた声に振り向けば、そこには太陽のように輝く笑顔が――――――――――――



「「ありがとう、相棒」」


――重なった言葉は、互いに笑顔で――
























雲ひとつ無い青空。
燦々と輝く太陽が家々を照らしている。

そこは、都会というには小さく、田舎というには発展した、どこにでもある街。
家が所狭しと並ぶ住宅地。
日本によくある光景で、珍しいものではない。
しかしあえて探すと、その街には一つ珍しいものがあった。

小高い丘の上に聳え立つ洋館。
あきらかに日本では浮いた存在である豪華かつ巨大な建造物。
敷地を含めれば、東京ドーム何個分などと、あいまいな単位で数えることが相応しいほどに広大である。

そんな珍しい建物を抱えてはいるが、この街は平々凡々という言葉が良く似合っていた。

だが、その普通の街並みにあきらかにおかしい存在がいた。
雲ひとつない晴天の下、家々の屋根から屋根へ飛び移る影。
一度の跳躍で恐ろしいほどの距離を稼ぐ『何か』。

誰かがそれをみていたら、きっと新聞の一面に『空飛ぶ影』というタイトルが踊ったであろう。
幸いなことに、屋根を飛び回る影に気付いた人間はいなかったが。

その影は、凄まじい速度と飛距離を保ちながら、ある場所へと向っている。
目指す先は、丘の上の洋館。
屋根を飛び、木から木へ移り、そして最後の跳躍で、洋館の2階の開いている窓目掛けて――



「やっほ~!」

「おわっ!?……あのなぁ、窓から入ってくるなって、いつも言ってるだろ?」

「えー。だって正面玄関から行くと妹とメイドが邪魔するんだもん」

「窓から入られると俺が怒られるの」

「むー。久しぶりなのに冷たいわね」

「窓から入る人には冷たくしようって言うのが持論だからな。……そういえば、どこに行ってたんだ?」

「月」

「そっか……どこに行ってたんだ?」

「信じてないな~」

「はは……いや、さすがに月はなぁ」

「本当なんだから!ついさっきまで月で大冒険を――!」

「はいはい。それにしても、嬉しそうだな。何か良いことでもあったのか?」

「え、あ、えっと。う、嬉しそうに見える?」

「あぁ、とっても」

「そ、そっか。えへへ……」

「……」

「あ、今ちょっと嫉妬した?嫉妬した?」

「……した。お前を笑顔にするのは俺の役目だからな」

「~~~!もう、大丈夫よ!私が愛してるのは貴方だけだから!」

「……はいはい」

「照れてる照れてる!」

「あぁ、もうそれでいいよ。……それでなにがあったんだ?」

「うん!実はね、相棒ができたの」

「相棒?」

「そう。ソイツね、すっごくバカで――」


――お前にだけは言われたくないぞ、バカネコ――


「――!」

「どうした?」

「……ね、貴方に聞いて欲しいの、私の……『あたし』と『少年』の物語を」

「あぁ、聞かせてくれ。アルクェイド」

「うん!聞いて、志貴!」










聖杯戦争は終わった。
奇跡に辿り着いた勝者は奇跡を望むことなく消え去った。
もう二度と聖杯戦争が行われないよう、勝者により月への道は閉ざされた。
天上の血塗れた戦いは歴史の影から消え去る。
幾百、幾千の魔術師の血を啜った戦争が終わり、月は静かに佇むだけになった。

そして世界は――変わらない。

多くの犠牲は大きな変革を生み出さなかった。
今も世界はハーウェイの管理下にあり、それを不満に思うものは戦い続けている。
唯一変わったことといえば、突発的な争いが減ったということだろうか。

かつて、トワイス・H・ピースマンと呼ばれた亡者が天上から操作していた偽りの闘争。
聖杯からの影響力により、理由無き争いが起きていたかつての日常はなくなった。

それは、無から生まれた少年が戦い続けた結果。
戦争の勝利者が願ったことは、ただ一つ。


あるがままに生き、あるがままに死ね。


誰かによって強制されるのではない。
誰かによって誘導されるのではない。

戦うならば、己で戦え。
生きるのならば、その責任を果たせ。

あるがままに、ただ、あるべきものはあるべきままに。

少年が願ったことはただそれだけ。
悠久の平和を願うわけでも、無窮の闘争を願うわけでもない。

過程も結果も、全ては自分自身の意思で行い受け入れろ。
誰かが、何かが干渉することはもうさせない。

それが少年の願いだった。
その結果、例え世界が滅びようとも、平和を手にしようとも、少年には関係が無い。
少年は正義の味方でも悪の権化でもなかった。

ただ生きるためにもがく人間だったのだ。

彼が許せなかったのは、誰かの願いのせいで世界が歪んでいた――その事実だけだった。
だからこそ、何者かの歪んだ願いを駆逐した少年はそれ以上を望まなかったのだ。

世界は営みを続けるのだろう。
その果てに在るのは繁栄か滅亡か、それを知るモノはいない。
天上に輝く月の声を聴く者は、もはやいない。

だが、きっと大丈夫だろう。
世界がこのまま悪くなることはきっとない。

だって、この世界には――




「にゃっふっふ!タイヤキ咥えたあちしを裸足で追いかけてくるがいいにゃ少年ーー!」

「それは俺の昼飯だ!待て、バカネコーー!」

――こんなにも笑い声で満ち溢れているのだから――




【 聖杯戦争 終幕 】





















































遥か輝く電子の海。
果てのない無限の情報の中を漂う。
全てを記録し観察する月の至宝は、ただ漂っているだけで凄まじい量の情報を俺に与えてきた。

わかる。
全てがわかってしまう。

あぁ、なんて、簡単なことだったんだ。

星とは宇宙とは世界とは真理とは――

と、全知全能ごっこをしている場合じゃないな。
時間は無い、やりたいことを早いところ終えないと分解が始まってしまう。

まずやるべきことは、聖杯戦争の廃止だ。
そう思ってムーンセル・オートマトンに魂の接続を行う。

すると、聖杯は現在進行形である命令を実行していることに気付いた。

――無為の闘争の誘発。

それは些細な命令だ。
ただ、争いを誘発する。
戦争を起こすわけでも、天変地異を起こすわけでもない。
ただ、人の争いを起きやすくするだけ。
ちょっとした諍いを導くだけという簡単な命令。

だがそれは――なんて、醜悪でおぞましいものか。

始まりは小さな喧嘩程度だろう。
しかし、その小ささは次の争いを誘い、またその争いはさらなる争いを誘発する。
最初の争いの原因など、もはや関係なくなっても尚、争いを導くという悪辣さ。
理由なき闘争を世界に少しずつ広げる呪い。

何故こんな命令が――?

そんな疑問が浮かんだその瞬間、答えは聖杯自身がもたらしてくれた。
目の前に半透明のスクリーンが発生し、情報が表示される。
それによると、この命令はこの聖杯の御前にいた白衣の青年によって成されたものらしい。
闘争による人類の成長と変革を狙った、そう聖杯は答えをだした。
あの白衣の青年が、なぜそんなことを想ったのか、なぜそう願ったのか。
それはわからないし――興味もない。

ただ俺が思う確かなことは、余計なお世話だということだ。
聖杯なんて大げさなものを使って世界に争いを満たそうなど片腹痛い。
人類の成長も変革も、はたまた維持も保守も、人類が勝手に行うだろう。
聖杯なんてわけのわからないものが、干渉なんてするんじゃない。

――人類の歴史は人類が紡ぐ。

その果てが破滅だろうと繁栄だろうと停滞だろうと革新だろうと、結果など顧みらずに人類は突き進むだろうさ。

だから、余計なことなどせずに、月はただ見ていればいい。
過程も終わりも静かに眺めていればいい。

――命令を破棄する。月はただ月へ。観察と記録だけを粛々と行えばいい。

余計なものは取り除いた。
この聖杯へと繋がる道を完全に閉ざし、聖杯戦争は二度と起こらない。

さてこうなると次にすべきは――遠坂とラニの帰還だ。
彼女らの現状はどうなっている?

その答えも聖杯が即座にくれた。
彼女らは既に地上への帰還、その半ばまで到達している。
個人の能力で崩壊する世界を真っ直ぐに進み、それが正解なのだからすごい。
まさに超一流の成せる技だ。

このままでも彼女たちは無事に帰れるだろう。
だが、もとより彼女らの帰還こそが俺の願いなのだ。
多少の追い風程度にしかならないが、彼女たちの帰還をより安全に、より迅速になるように道を作る。
あとは僅かな時間で帰り着くだろう。

――さて、やるべきことは全てやった。

そうだな、後は……メッセージ、でも送ろうか。
あんなに応援してくれて、あんなに助けてもらったんだ。
結果と感謝ぐらいは送らないと。

聖杯の情報演算能力を最大限に活かし、地上にいる少女達へとメッセージを送る。
レオに勝利し聖杯へとたどり着いたこと……白衣の青年のことはこの際書かずともいいだろう。
彼女たちのおかげで勝利を掴めたこと、聖杯戦争は二度と起こらないこと。
そして――

『ありがとう――楽しかった』……と。

これでいい。
やるべきことはすべてやった。

訪れる終焉に身を任せる。
心に揺らぎは無い。
ああ、俺は――満足しているのだ。
ここまできた道程は、誇れるものだと、胸を張って言えるから。


だから、俺は――




――と、悟りを開くポーズもいい加減飽きてきた。

……いくらなんでも消えるのが遅くないか。
情報の坩堝たる聖杯の中、刹那が無限に引き伸ばされる空間だとしてもいくらなんでも遅すぎる。
聖杯に作り出されたNPCたるこの身が消えるには、一瞬すらも必要ないというのに、未だに意識を保てている。

何故、そう思った瞬間に答えがムーンセルから渡された。
虚空に浮かぶ情報を眺める。
俺が中々に消えないその理由。
それを知った瞬間――

――ぶっ!

思いっきり噴出してしまった。
自身が消えない理由。
それは――地上に眠る自分という存在のおかげだった。

聖杯が出した答えを読み解けば、単純な話だった。
俺という存在を生み出すために参考にした大元が生きていたのだ。
地上のとある建物、その地下。
中の人物を守るために堅牢に作られたそこに、冷凍睡眠状態で眠る俺――のオリジナル。
ある難病により記憶を失っていく少年。
治療のために冷凍睡眠状態にされ……忘れられている。
彼が眠りについておよそ数十年もの時が過ぎている。

聖杯は、その眠り続ける少年と今聖杯の中にいる俺の違いを迷っているようだ。
聖杯自身が複製したくせに、贋物を本物と間違えそうとか大丈夫か奇跡の具現。

あぁ、それにしても、爆笑した。
地上で眠る少年の名が、俺の笑いを引き出した。

少年の名は――


『ナカオ』では、なかった。


まったく別の名前。
俺は地上で眠る少年の複製であるが――俺は少年と違う名を持っている。

それはつまり、ここまで来た俺は、ナカオという存在は――唯一無二の存在であるという証明。

それが、たまらなく嬉しくて、誇らしい。
俺は、俺自身の足でここまで来て、俺自身の意思で辿り着き、そしてその存在は、ここにしかいないのだ。

自身の証明を終焉の間近で手に入れた。
その事実が嬉しくて……新たな欲が生まれる。
聖杯の演算能力を使い、メッセージを作成。
先ほど送ったメッセージに追加するように再送信。
送った内容は……地上で眠る少年の居場所と、彼の説明。
これできっと、彼女たちは地上で眠る少年の下へ行ってくれる。
あの優しい少女たちならきっと彼を助けてくれる。

地上で眠る俺が目覚めたとき、記憶を失い、時代に取り残されて困惑するだろうか。
……するだろうな。
記憶も無い状態でタイムスリップしたようなものだ。
人生ハードモードどころの話ではないだろう。

あぁ、だけど、きっと――大丈夫。

だって彼は、俺なのだから。
名前が違おうとも根本は同じ。
だからこそ確信があった。
地上で眠る俺は大丈夫だと。

だって、彼は俺と同じように――独りじゃないから。

目が覚めたとき、きっと目の前には彼女たちがいるから。

地上で眠る俺はどのように目覚めるのだろうか。
凛によってたたき起こされるのであろうか。
ラニによって優しく揺すり起こされるのであろうか。

どちらにしろ、目覚めた先には美少女がいる――俺モゲロ。


聖杯よ――!

あらゆる可能性を紡ぐ月の至宝、その権能を最大限に引き出す――!

情報を演算し、可能性を紡ぎだし、未来を選定する――!

不確定な未来を確定するその力、魔術師達が追い求めた奇跡を呼び起こし――!


――俺が立ち上がったときに滑って転ぶ未来を確定させる!


俺、ざまぁ。


満足した。
もうやるべきことはない。
聖杯もようやくここにいる俺が贋物だと気づいたようだ。
散々残念なことに利用されてようやく気づくとか、大丈夫か月の至宝。

まぁ、これで、終わりか。
身を包むのは充足感のみ。
もはや、消えることへの後悔も、恐怖もない。
ただ、静かに終わりを迎える。

あぁ、一つだけ、心残りがあるとするならば。

ナカオ、そう呼ばれることはもうないということが、少し寂しい。

地上で生きる少女達はきっと俺のことを憶えていてくれるだろう。
だからこそ彼女たちがナカオという名を呼ぶことはもうない。
地上にいる俺はナカオではないから。

だから、ナカオと呼ばれることはもうない。






それが少し、少しだけ、寂しい――――――――
















「ナカオさん」





……驚いた。

こんなところに来るなんて思わなかったよ――桜。

「私は聖杯によって生み出されたNPC。役目が終われば聖杯に還るのは道理です。そして、貴方もまた聖杯によって生まれた存在。きっと、ここへ還ってきてくれると思っていました」

……そうか。

少し、待たせてしまったかな。

「えぇ、少しばかり、待ちました。もう、ダメですよ?女の子を待たせるのはダメな男の証明です」

はっはっは。
それはすまなかった。
なんせ、彼女なんかいなかったからな。
女心が理解できないダメンズと呼んでくれ。

「そうですね。ダメダメですね」

はっはっは。
やっぱり硝子のハートが砕け散りそうなので勘弁してください。

「ふふ――ダメダメな貴方には、私がしっかりお勉強させてあげます」

やだ、桜さん男前すぎる。
惚れてもいいですか?

「ロマンチックかつユーモアかつセンセーショナルに告白してくれるならいいですよ」

やだ、ハードル高すぎて飛び越えるどころか潜れそう。

「うふふ――あっ、そうだ。まずは、貴方に伝えることがあります」

あぁ、そうだ。
俺も桜に言うべきことがあった。

「それじゃあ、一緒に言ってみます?」

そうか――そうだな。
一緒に言おう。















「おかえりなさい、ナカオさん」

「ただいま、桜」


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