厳かな教会。
神聖な雰囲気漂う神の家。
「ムーンセル――世界の不確定な未来を操作することさえ可能とする奇跡の具現」
黒衣を纏った神父の声は威を伴って俺を突く。
「魔術師と呼ばれる人種が命を参加料として聖杯を奪い合う――それこそが聖杯戦争」
俺を貫く瞳は、どこか値踏みをするようで、どこか憐れむようでもある。
「殺し合いの先に奇跡を求めるとは――達しがたいものだとは思わんかね」
神父は俺から視線を外し、背を向ける。
教会の正面奥へ設置された巨大な十字架。
それに向き直る神父は――全ての魔術師に、哀れな探求者達へ祝福あれ――と小さく呟いた。
その祝福は、聖杯戦争の参加者へ向けられた安否を気遣う物ではない。
死に逝く者へと向けられた別れの宣告だった。
「少年、君の行く末は君自身が決めなければならない」
背を向けられたままの言葉。
だが、その言葉はまるで正面から俺の胸を突き刺すような重圧がある。
「さて――命を賭けた闘争の先に君がどのような答えを出すのか……心したまえ、君の戦いは今日、この日に始まるのだから」
――わかっている。
そう返そうと気概を上げるが、うまく言葉にできない。
俺は……未だに迷っているのだろうか。
「そして……ふむ――極めて異例なことだが、君に何者からかメッセージが届いている」
神父はこちらを振り返り、口ごもる俺を気にすることなく、メッセージを読み上げた。
『光――あるといいね?』
お先真っ暗みたいな扱いはやめて。
さて、俺達のやることはわかっているな。
「当然にゃ。この戦争を勝つための第一歩にして最重要項目にゃ!」
うむ。その通りだ。
神父から聞いた話をもう一度おさらいするぞ。
「にゃ!」
いい返事だ。だが話を聞くときはジェット噴射でホバリングしながらではなく地に足をつけて聞きなさい。
では、振り返るぞ。
一つ、決戦までは幾日かの猶予がある。
「命を捧げるまでの執行猶予にゃ」
死刑を待つ囚人みたいな扱いはやめろ。あながち間違ってないから泣けるだろう。
一つ、猶予期間中は好きに行動していい。
アリーナと呼ばれる場所で訓練してもいいし、相手の情報を集めてもいい。
「ネコ缶を買ってもいいし、ネコ缶を食べてもいいにゃ」
その選択肢はない。
そして、ここで重要なのがアリーナの存在。
そこには、エネミーという敵性プログラムがいて、いい訓練相手になるらしい。
「にゃにゃ!つまりあたし達がすべき、最重要項目は――!」
そう俺達はアリーナへ向かわなければならない――
――明日の飯代を稼ぐために!
「死活問題にゃ!」
「訓練しなさいよ!」
仕方ないじゃないか遠坂。
俺は文無しなんだから。
「ぷぷっ!貧乏人がいるにゃー!」
お前のせいだバカネコ――!
「アインアンクローはやめてー!頭もげちゃうらめー!」
反省しろ、果てしないほどに。
「はぁ……アリーナにご飯代稼ぎにいくのは貴方くらいよ」
とはいえ、先立つ物がなければ、最悪餓死もありえるからな。
やらざるを得ない。
それにしても、エネミーを倒せば電子マネーが手に入る仕様でよかった。
そうでなければ、3日ほどで俺は脱落してたよ。
「餓死の心配をしなければいけないのも貴方ぐらいよ……とりあえず、気をつけてと言っておくわ。アリーナで気をつける相手はエネミーだけじゃないからね」
何か他にあったか?
「さっき神父が言ってたでしょうが……」
「少年は電子マネーの話が出た時点で如何に多く稼ぐかを考え始めてたから聞いてにゃいにゃ」
――明日の飯代以上に留意すべきことはない。
「いっそ清清しいわ……アリーナはね、対戦者同士が同じ場所なの。つまり、訓練中にばったりあっていきなり戦いなんてありえるからね」
決戦までは対戦者同士の争いは禁止じゃないのか?
「建前はね。セラフからの介入があるまでタイムラグはあるから、介入前に相手を倒せばいいのよ」
なるほど。
決戦前でもアリーナで襲われて脱落ってこともあるのか。
「そ、だから気をつけなさいよ。魔術師っていうのは、卑怯も外道もなんだってするやからもいるんだからね」
あぁ、わかった。
「もし何かあったらリターンクリスタルで帰ってきなさい。一つだけ皆に支給されているから、貴方も持ってるでしょ?」
あぁ、使えばアリーナから脱出できるやつだな。
――ありがとう、遠坂。
君には助けられてばっかりだ。
「別に気にしなくていいわ。貴方みたいな弱っちいのを助けたところで、わたしの敵にすらなれないし」
「とかそっぽ向いて耳赤くして言われてもにゃ。ニャイスツンデレ!」
「黙れバケネコ――!」
すっかり仲良くなれたようでよかったよ。
「遠巻きに見守る父のような眼差しでみるなー!」
「にゃっふっふ。照れるにゃ照れるにゃ。ツインテは立派なネコミミに育てるってあたし決めたから」
「誰がつけるかー!」
写真はお幾らですか?
「買うなー!」
さて、さっそくアリーナの前に来たわけだが。
「さぁ、シンジ。約束の報酬を貰おうか」
「この守銭奴め。いくら欲しいんだよ!」
一組の男女が入り口で言い争っている。
ちょうど入り口を塞ぐように立っているため、素通りすることはできそうにない。
(少年、少年。あいつ対戦相手にゃ)
頭に乗っているバケネコの囁きに、入り口で言い争う二人が対戦相手だと気づいた。
そう、たしか名前は――
サトウカンジ君。
(カトウケンジにゃ!)
そうだったか。
とにかく、そのカトウ君が入り口でサーヴァントと思われる女性と言い争っていてアリーナに入れない。
それにしても――この戦い、勝てる気がしない。
(にゃ!?いきなり負け宣言とか、らしくにゃいにゃ少年!)
お前には見えないのか、あの戦闘力が……!
あの大きさ、間違いなくFはある――!
(確かに、あの胸部装甲は目を見張る物があるにゃ――しかし!可憐さではあたしに軍配が上がる!)
――はっ。
(鼻で笑いやがった――!)
サーヴァントの交換とかできないかな。
このバケネコは通信したら進化するって言ったら交換に応じてくれないだろうか。
(あたしの進化には特殊条件が必要にゃ。ちなみに条件を今満たすことはできにゃいから進化不可能にゃ。あとは努力値を振るだけにゃ!)
そんな廃人仕様の縛りプレイで戦争しなければならないとかきつ過ぎる。
――と、馬鹿やってるうちに向こうさんの話がまとまったみたいだぞ。
「アタシは財宝があればあるほどやる気がでるからねぇ……戦いのマネジメントはマスターの役割だよシンジ」
「チッ!わかったよ!いまからアリーナを改竄して財宝をだしてやるから、それを集めればいいさ!」
「それでこそだよキャプテン。さぁて、金銀財宝ざっくざくってな!」
――その話、聞かせてもらった。
「地球は滅亡するにゃ!」
しねぇよ。
やぁ、初めまして対戦者。
「なっ!?なんだよお前!」
「おや、対戦相手の坊やじゃないか」
坊や扱いだと――!?
――本望です。
「にゃっふっふ靴をお舐め坊や!」
ぶっ飛ばすぞナマモノ。
「殴ってから言うにゃー!」
ナマモノに坊や扱いされる筋合いはない。
だがお姉さんになら言われてもいい!
「あっはっは!おもしろい坊やだねぇ!」
「な、なんだよお前!僕達の話を盗み聞きしてたのかよ!」
あぁ、その通りだクドウシンイチ君――!
「誰が高校生探偵だ!僕はマトウシンジだ!」
おっとすまないシンヂ君。
それで、だ。
「釈然としないな……なんだよ」
アリーナの改竄とは、なかなかやるじゃないか。
「ふ、ふん!まあね!僕くらいの凄腕ならアリーナにアイテムを出すくらい余裕さ!」
あぁ、正直驚いているよ。
俺の対戦相手がここまでの腕の持ち主だってことにね。
――ところでそのアイテムって取得するのになにか要件はいるのか?
「いや、さすがにそこまでの条件付けは無理だったよ。腐ってもセラフってことさ。アイテムを出すだけで精一杯だね。まぁ!アイテム出すだけでもすごいんだけどね!」
あぁ、すごい――抜き足。
本当にすごい――差し足。
君はすごいよ――忍び足。
勝てる気がしないな――アリーナへの入り口までの進路確保。
「ははは!わかってじゃないか君!まぁ、僕と最初に当たったことに嘆くんだね!」
あぁ、本当に不運だったよ。
だから少しでも抗うためにアリーナで訓練してくるさ。では失礼する。
「さらばにゃ、にゃんちゃってパーマ!お前はにゃかにゃかいじりがいがありそうにゃー!」
「あぁ、じゃあな!アリーナで訓練したところで無駄だけどね!」
「……シンジ、あたしゃアンタの将来が少し心配になってきたよ。」
行くぞ、財宝はすぐそこだ――!
「にゃっふっふ!おだてて財宝掻っ攫う作戦は大成功にゃー!」
「待てこの野郎!」
「海賊から盗もうなんていい度胸だよまったく」
ちっ、追いかけてきたか。
だが、スタートダッシュでかなりの距離は稼げている。
このまま逃げ切る――!
「にゃにゃ!?あいつら足速いんだけど、ドーピングしてるにゃ!」
尋常じゃない速さだ。
と、いうより足の動きが速すぎて若干気持ち悪い。
とはいえ、このままでは追いつかれてしまうな。
ならば――!
「よし、コードキャストの速力強化でこっちのほうが速い!」
「さぁて、財宝を狙う競争相手に容赦はしないよ」
迫り来る脅威。
段々と近づいてくるプレッシャー。
だが、俺にはそれを打開する術がある!
――いくぞバケネコ!
「来い少年!」
大地を蹴り大空へと舞う――!
「出力最大、マックスハート!」
行け、その先に真実はある。
財宝という名の真実が――!
「にゃふー!つまりこの世は金でどうにかにゃるってことね、主人公のセリフじゃにゃいけど……嫌いじゃにゃいぜ少年――!」
「ちょっ、あのサーヴァント、ジェット噴射で飛ぶとかどういうことだ!?」
「しかも、マスターはマスターで飛んでいるアレに乗って立ってるねぇ」
財宝までの道筋は既にハッキングして調査済み、飛べマイサーヴァント――!
「にゃふっふ。セコイ事に全力を賭ける少年はマジ輝いてるにゃ。それでこそマイマスターよ!」
はっはっは、さようならイカリシンジ君。
君とのかけっこは中々に楽しかったよ。
「ぜはぁ!ぜはぁ!ま、待てよ!待って!待ってよぉ!僕のほうが足が速いんだぞぉ!」
「かけっこで置いてかれるような情けない声だすんじゃないよ!」
あそこだ!あの角を曲がれば財宝は目の前に!
「イニャーシャルドリフトォォォォ!」
ちょっと待て減速しろ慣性が――!?
「にゃふー!あたしの前は何人たりとも走らせにゃいぜー!」
ブレーキしろぉぉぉぉ――ぐはっ!?
「財宝まであとちょっとにゃー!」
おい、待て。置いていくなバカネコ――!
……行ってしまった。
壁に思いっきり叩きつけやがって。
少しばかり打ったか。
「――追いついたぞ」
「やれやれ、手間かけさせるじゃないか」
……まぁ、時におちつけシンジ君。
まずは呼吸を整えて、次に来る使徒への対策にについて語り合わないか。
「誰がサードチルドレンだ!……まったく、随分と馬鹿にしてくれるじゃないか」
まぁまぁ。かつてあったことなど水に流そうじゃないか。
俺達は明日へ向かって生きている。
そう誓っただろ親友。
「入り口で出あったばかりだろ赤の他人!お前の軽口も飽き飽きだ……ライダー!」
「あいよ。悪いね坊や。うちのキャプテンは沸点が低くてさ」
気にしてないさ。
――時間は稼げた。
「にゃっふっふ。そこまでにゃ!」
遅いぞバケネコ、財宝はどうした。
「最初にそこを気にするとか少年マジ守銭奴にゃ。心配御無用、しっかりと取得済みにゃー!」
よくやったマイサーヴァント。
明日の飯の種だ、大事にしろよ。
「クソッ!サーヴァントが戻ってきやがったか……けど、無駄だね。そんな弱そうなので僕のライダーに勝てるわけがない!」
「略奪は海賊の花だ。その財宝――貰うよ!」
ライダーが銃を構える。
途端、襲い来る威圧感。
圧倒的存在感が俺の前に立ちはだかる。
――怖い。
ただ、その感情だけが脳裏を埋め尽くす。
あれが、サーヴァント。
あれが――英霊。
勝てるはずが無い。
いや、そもそも戦うという選択肢を選ぶことが間違っている。
人の領域を越えた存在に抗うなど、できるはずがない――!
「ふふん、どうしたんだ?随分と汗をかいてるじゃないか。くくく!」
相手のマスターがこちらを蔑むその声も耳に届かない。
俺の神経は全て目の前の女性に注がれている。
ライダー、その存在が一歩でも動こうならば、俺の命は一瞬にして消え去るだろう。
思い浮かぶことは、倒れ伏す自分の姿のみ。
それほどまでの絶望感。
イメージすらも死しか浮かばない。
「……大丈夫にゃ、少年。あたしがいるぜー」
――恐怖が霧散する。
その声は、あまりに普段と変わらなかった。
普段の馬鹿話をする時と一切変わらないその声に、恐怖という呪縛から逃れることができた。
ちらりと、横に立つ己のサーヴァントを見下ろす。
自分の腰よりも低い体躯。
戦うことなど想像できない姿。
あぁ、それでも。
横に立つ己のサーヴァントが。
共に在る自身の味方が。
――これほどまでに頼もしいなんて。
「おや、戦う覚悟ができたようだね」
ライダーがにやりと笑う。
言われるまでも無い。
この場においての覚悟はできた。
そうだ、俺には隣に立つ者がいる。
なら、戦えないはずがない。
だから俺は――!
――リターンクリスタルを使用する!
「にゃっふっふ!さらばにゃー!」
さらばだアケチ君。またどこかで会おう。
「え、ちょっ、待てよおい!?」
はっはっは。
財宝は頂いた――!
「待て!卑怯だぞ!おい――!」
「――やれやれ、今回はアタシ等の負けだね」
さて当面の軍資金は得たな。
「少年、少年。ネコ缶、ネコ缶が欲しいにゃ!」
こらこら、廊下ではしゃいじゃダメだろう?
仕方ないな、お前も活躍したし――一番いいものを買ってやろう。
「ふっとぱらにゃー!お金持ってるときの少年の余裕っぷりはパネーにゃ!」
ふ、当然だ。
今の俺に怖いものなどない。
おっと、まずはこの財宝を電子マネーに換金しなくては。
購買部に行こう。
「了解にゃー!」
【売る】
⇒【かいぞくのざいほう】
さて、いくらで売れるか。
財宝というからには結構な――
【それを売るなんてとんでもない】
イベントアイテム扱いだと――!?
「にゃー!あのワカメパーマ、改竄失敗してるにゃー!?」
――めのまえがまっくらに――
「しっかりするにゃ少年ー!」
~あとがき~
マスター:ナカオ(仮)
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