太陽が陰り、暗闇が訪れた夜。
物音一つしない学び舎の静寂。
それは皆が寝静まったからではない。
――聖杯戦争。
願いを叶える奇跡を求めた闘争の果てに、人が消え去った結果の静寂だ。
かつて居た128人の魔術師は、命を賭した戦争により数を減らした。
今、マスターと呼ばれる魔術師はただ2人のみだ。
その2人も明日には1人になる。
聖杯の主を決める戦いは、その終焉を間近に控えている。
そして、長いようで短い闘争の日常、その最後の夜を彼と彼女は過していた。
「うむ。この部屋から眺める月夜も、最後ともなれば感慨深いものよな」
赤く絢爛な布で作られた豪奢な椅子に深く座った少女は、窓に映る月を眩しそうに眺めて呟く。
彼女はセイバー、剣士の名を纏った過去の英雄。
華奢な体に可愛さと美しさを同居した美少女とも言うべき見た目だが、その実、豪快な剣技で聖杯戦争の決勝戦まで勝ち残った戦士だ。
――月にいるのに月が見えるって不思議だなぁって最初は思ったよ。
そう言って、セイバーの対面にある豪華な天蓋付きベッドに腰掛ける少年が微笑む。
朴訥で穏やかな笑み。
一見どこにでもいるような少年だが、彼こそがセイバーのマスターであり、決勝に残る2人のマスターの片割れだ。
「むぅ……奏者よ、余が欲しいのはそのような花の無い言葉ではない」
セイバーの辛辣な言葉に、少年は苦笑しながらも優しい眼差しをセイバーに送った。
――ありがとう、セイバー。ここまで来れたのは、君のおかげだ。
「ふ、ふむ。よくある台詞だな、40点。だがもっと褒めるが良い」
40点と厳しい採点を下しながらも、セイバーの頬は赤く染まり緩んでいる。
もっと褒めてほしいと強請る姿は、剣を持つ戦士ではなく可愛らしい少女でしかない。
――君が俺のサーヴァントで良かったと、本当にそう思うよ。
「当然だな。余を越えるサーヴァントなどおらず、奏者に相応しい者は余をおいて他に居ない!」
ふふん、と自慢げに胸を張って主張する。
どこまでも唯我独尊。
セイバーと呼ばれる少女は、誰よりも気高く輝きここまできた。
だが、その自信に満ちた笑みがふと陰る。
「……」
無言で夜空を見上げる瞳は先ほどまでの輝きは無く、どこか寂しさが映っている。
――セイバー?
「……ん」
マスターの少年の問いかけに返ってきたのは、言葉ではなく行動。
椅子を立ち、ベッドへ腰掛ける少年に寄り添うように座る。
――どうした?
困惑と心配の声で少年が問う。
しかし、セイバーは瞳を閉じ少年の肩に頭を乗せて寄り添うだけだった。
しばしの沈黙。
少年もセイバーも口を閉じ、夜の蚊帳が降りた暗い部屋に静寂だけが漂う。
だが、それは気まずい沈黙ではなく、静かな安寧。
月明りだけが二人を照らし、触れる体温だけが互いを証明する。
ゆったりと時間が流れ、どこまでも続くような錯覚すら覚える一瞬。
それを始めたのがセイバーの行動ならば、終えたのはセイバーの言葉だった。
「……奏者よ」
――……うん?
少年を呼ぶセイバーの声はどこか緊張を孕んだ硬いもの。
セイバーはゆっくりと顔を上げ、少年の瞳を見つめる。
少年の瞳に映ったセイバーの瞳は、寂しさに揺れ、不安げな陰りを宿している。
「……これが、最後の夜なのだな」
最後、そう言ったセイバーの声は、剣を持つ戦士ではなく、孤独を憂う少女だった。
「余は、明日の戦いに勝つ。これは当然のことであり、未来ではなく事実だ」
不安げでありながらも、変わらないその物言いに少年は少し笑う。
「む、何がおかしいのだ」
咎めるセイバーに、少年はごめんごめんと謝り、姿勢を正してセイバーと向き直る。
「……まぁ、良い。とくに許す。……明日の勝利を持って、我等は最強を証明し聖杯を手に入れる。そして余の――私の役目は終わるのだな」
終わると言ったその瞬間、セイバーは少年から顔を背け俯く。
まるで、溢れた涙を覆うように硬く瞳を閉じ、そっと少年へと体を預けた。
――……。
少年はセイバーに声を掛けることができない。
いつもと違うセイバーの姿に少年も困惑しているのだ。
「……奏者よ」
――……うん。
「……ずっとここでこうしていたい、と言ったら……そなたはどうする?」
それは、緊張と期待を織り交ぜた問いだった。
伏せた顔を上げ、少年の瞳を覗き込むように見つめるセイバー。
先ほどまでと同じようにその瞳は揺れているが、それは不安ではなく期待と熱を帯びた濡れた瞳だった。
――俺は……
少年が答えを出そうとする一瞬。
緊張からか、セイバーはぎゅっと手を握り締めた。
――俺も、ずっとこうしていたい……
その答えに、大きな瞳をさらに大きく開き、セイバーの顔が喜びから朱色に染まる。
だが、次にでた少年の言葉が、その喜びの熱を一瞬で奪い去った。
――でも、できない。俺は、歩みを止めない。
「……そう、か」
セイバーは己の出した声色がとても沈み暗かったことに自分自身で驚いている。
それほどまでに期待していたのだな、と自分の感情をどこか客観的に評価する。
「……この清廉な時を汚す問いであったな。すまぬ――」
――俺は。
謝ろうとするセイバーの言葉を覆い被せるように少年が言葉を出した。
少年は真っ直ぐにセイバーを見つめ、セイバーもまたその瞳に囚われ顔を背けることが出来ない。
――俺は、いろんな人に会い、いろんな人と戦い、そして、打ち倒してきた。
少年が思い浮かべたのは、今まであった全ての出来事。
――そこにはいろんな思いがあって、いろんな決意をして。そして、覚悟を持って歩いてきたんだ。
記憶をなくし、理由もないまま始まった闘争。
最初は、ただ死にたくなかったから。
次は、失った自分を求めて。
いつしか、聖杯戦争を止めたいという思いが芽生えた。
何もなかった自分が得た答え。
それを掴み取った過程。
その全てを受け入れ少年はここにいる。
――俺は、これまでの道を裏切らない。これからの道を決して捨てない。
言い切った少年を、いつしかセイバーは陶酔するように見ていた。
本当に、本当に強くなったな、と彼女は感じ入る。
少年が、ただ死にたくないと伸ばした手を掴んだあの日を、彼女は想う。
迷い、悩み、悔やみ、幾度も歩みを止めようとした少年の瞳がここまで強い輝きを放つことに、セイバーは喜びと自慢が入り混じる不思議な感覚に陥った。
自身のマスターはこんなにも成長し、こんなにも素晴らしい存在なのだと、世界中に叫びたいような熱に浮かされる。
ぼぅっと、自分を見つめ続けるセイバーに恥ずかしさを感じたのか、少年は顔を逸らして窓の外、輝く月を見上げた。
そして、何事かを逡巡するように口ごもっていたが、意を決したのか再度セイバーへと向き直る。
――なによりも、セイバー。俺は、君に憧れたんだ。
その言葉に、セイバーは今日一番の驚愕を得る。
――どこまでも、真っ直ぐで。どこまでも、気高くて。
次々と出てくる自身への評価に、いつものような不遜な返しもできず、ただ熱が篭っていくことを自覚することしか出来ない。
――そんな君に憧れたから……そんな君が、好きだからこそ、俺は歩めるんだ。
好きだからと言った瞬間、少年は顔を背けた。
赤く染まった顔が恥ずかしくて見られたくなかったのだろう。
そして、セイバーもまた自身の顔を見られなかったことを感謝した。
彼女も少年に負けず劣らず赤く染まっていたから。
「~~っ、奏者よ、明日へ備え寝るぞ!余と寝所を共にすることを許す。むしろ来い!」
――ちょっ、引っ張らないでくれ!
「えぇい!もたもたするな!時がもったいない!」
――はいはい。しょうがないなぁ、セイバーは。
「む、このような時に役割で呼ぶなど、意を解せぬとは興ざめだぞ奏者よ。そ、その……名で呼ばぬか……バカモノ……」
――はいはい、お気の召すままに……ネロ。
「う、うむ。それでよいのだ。……そなたの隣は心地よいな……」
――俺もだよ。
「そうか、余と一緒だな。嬉しいぞ……手を、握ってもいいか?」
――どうぞ。
「……暖かいな、そなたの手は」
――そうかな。
「……そうだとも……奏者よ」
――うん?
「……余は、英霊だ。あらゆる時に存在するが、どこにもいない不確かなモノだ」
――うん。
「……そしてその存在は不滅にして無限。故にだ、奏者よ――そなたも英霊になるのだ。そうすれば、いつか可能性の向こう側で再び出会うこともあろう」
――また無茶振りを。英霊になれるほど大層な人間じゃないって、俺は。
「余が命じたのだ、そこはハイかイエスかで答えぬか!」
――横暴すぎる!
「そうだとも。余は暴君なのだ。だから――余はそなたを忘れぬ」
――ネロ……
「忘却の運命を聖杯が決めようと世界が決めようと知ったことではない。余は……私は決めた。そなたを忘れないと」
――俺だって、忘れるものか。俺が共に歩んだ人は、こんなにも素敵な人だってことを。
「そうか、嬉しいぞ。あぁ――こんなにも、嬉しいのだな、私は――」
――ネロ、泣いて……?
「私――余は泣いていない!泣いてなんかいないからな!えぇい、もう寝らぬか!明日は乾坤一擲の時。身を休め備えるのだ!」
――はいはい……おやすみ、ネロ。
「うむ、おやすみ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「奏者よ、寝たのか」
「……」
「……」
「私は、決めたぞ」
「この身に、この魂にこの時を刻もう。無窮を過す我が身に刻もう」
「そして……いつか、どこか。遥か彼方で出会うそなたに言ってやるのだ」
「――会えて嬉しい、と――」
いずれ必ず訪れる別れに少女は誓う。
月が照らす白銀の光の中で少女は誓う。
刹那の今を永遠に忘れない。
そして――
――いつか、どこかでの再会を――
<あとがき>
この後決勝で負けてヤンデレ化――するかは想像力次第。
コミック3巻の赤王様の可愛さは異常。
つい赤王劇場用に書き溜めていた短編を放出してしまう我慢足らずな自分。
だって赤王様だもの。
あとコミック3巻でついにルート決定しましたね。
まさかの2人救出ハーレムルート。
実は自分も2人救出して全キャラ出してやろうと画策していたのですが、コミックでやってくれるなんて嬉しい限りですね。
ハーレムルートはコミックがやってくれるので、これじゃない聖杯戦争は以下のルートのいずれかになります。
・マーボーの真実を追い求めるコトミネルート。
・俺達の戦いはこれからだルート。
・いんふぇるの。の次回作にご期待くださいルート。
以上です。
嘘です。