Fate/EXTRA CCC の超ネタバレがあります。ご注意ください。
【序章:旧校舎:その男と無銘の戦士】
月の裏側、虚構の世界。
悪意を閉じ込めた隔絶した場所。
俺は無明の闇に捕えられ、この牢獄へと落ちてきた。
そして、牢獄の中で唯一の安全地帯、旧校舎で俺は囚われのマスター達に出会う。
表の月では殺しあう運命にあった敵たちは、いつか訪れる必然の闘争に舞い戻るまで一時的に味方になった。
最強のマスター、レオナルド・B・ハーウェイを筆頭にこの牢獄を脱出すべく歩き出す。
月の裏側、無限の牢獄の名は『サクラ迷宮』。
表側のアリーナとは違う、そこにいるだけで命の危険に晒される場所。
レオナルド――レオ会長の発足した、脱出を第一目的とする組織『生徒会』の援護を受け、俺は迷宮を進む。
そして、迷宮を進む俺の傍には頼もしきパートナー、サーヴァントの姿。
月の裏側などという思いもしない場所へ落とされたが、きっと大丈夫。
俺には変わらない味方がいる。
かつて共に闘った記憶は、この迷宮へ落とされた時に奪われたけれども、それでもサーヴァントに対する信頼は、この魂に刻まれている。
だから、大丈夫。
たとえここが無窮の地獄だったとしても、俺は歩き続けるだろう。
そう、俺のサーヴァント――
――マッスルオブ裸革ジャンと共に。
「お前は何を言っているんだ」
おぉ、どうしたんだマッスル。
眉間に皺を寄せて。
「マッスル言うな!勝手に変なクラス名をつけないでくれ」
何を言う。似合っているぞ裸革ジャン。
素肌に革とは蒸れそうだな裸革ジャン。
前開けっ放しとか勇気があるな裸革ジャン。
恥ずかしくないのか裸革ジャン。
もうちょっと離れてついてきてくれるかな変態。
「最後オブラートに包む気すら無くなっているなマスター!?仕方が無いだろう、この服装は月の裏側へ来た際に無理やり押し付けられた拘束具なのだ。これのせいで能力も初期値にされたのはわかっているだろう?」
そんなお前がマイルームの鏡の前でポーズを取っていた姿を俺は知っている。
こんな服装に少しばかり憧れていたんだー、とは微笑ましいなクール&ワイルド。
「見ていたのかーー!?」
はっはっは。
見てなんかいないさ。
生徒会室でモニターしてた。
お前の勇姿は生徒会役員の目にしっかりと刻まれたぞ。
「より酷いではないか!?……いや、マイルームのセキュリティは万全だ。通信は可能であれモニターは不可能なはず。虚実は剥がれたな、マスター?」
俺がカメラを仕掛けたからな。
起点があれば一流のレオ会長が1分でやってくれた。
「お前が主犯じゃないか!?何をしているんだ!」
そりゃお前、マイルームに戻ったら、ガチムチマッスルが鏡の前でポージングとか――録画するだろ。
「いっそ清清しいほどに良い笑顔だなマスター!?」
最高に楽しいです。
ほら、いい加減進むぞ。
一刻も早く脱出するためにいつまでも遊んでいられんだろ。
「遊んでいるのはお前だろうに、よくも言えたものだ」
俺は何時だって全力だからな。遊びにだって手を抜かん。
「その情熱をもう少し真面目に使ってくれないか」
――俺は常に真面目だぞ?
「余計に性質が悪いわ!」
――記憶を奪われた少年と、力を奪われた戦士は歩き出す――
――ここから始まるのは、語られない物語――
――迷宮の最果てに待つ真実を掴むため――
――少年は変態と進みつづける――
「誰が変態だ!?変なナレーションを付けるな!」
【二章:サクラ迷宮五階:その男の覚悟】
月の裏側にマスターを捕えた下手人の名は、BB。
マスターの健康管理を行う管理AI、間桐桜と同じ顔をした少女。
だが、桜と異なり悪意を隠さないその佇まいは、この状況を作り出したのは彼女であることをまざまざと見せ付ける。
BBの行った邪悪な所業。
マスターの少女を核として、迷宮をより複雑に、より困難に、より蟲惑的に変質させる。
第一の生贄の名は、遠坂凛。
彼女はBBに迷宮の核とされ、操られた。
その彼女を救い出すために、少女の秘密を暴くなどという軽挙に出なければならなかったのは非常に不本意だった。
「嬉々として攻めていたのは私の見間違いか?」
それは誤解だアーチャー。
あんなにも心苦しいことはない。
決して、遠坂マネーイズパワーシステムに憤慨したわけじゃないぞ。
「憤慨も何も、金を生徒会の皆から借りた挙句踏み倒した男が言う台詞ではないな。結局あの門番エネミーも金を使うことなく倒しただろうに。……いや、それよりも初期化された私で、借金を取り立てに来たガウェインをよく返り討ちにできたものだ。あの時の戦術の読み、いっそ恐怖を感じたぞ」
はっ、愚問だなアーチャー。
――金を持っている俺に不可能は無い。
「どうみても拝金主義者はお前だな」
勘違いするなよ。
俺は金を信望しているわけではない。
その証拠に――あの金は既に使い切った。
「10万をか!?何に使ったんだ!」
そうだな、あえて明言は避けるが――神父は料理もプロ級だったよ。
「マーボーか!?マーボーにつぎ込んだのか!?10万もあれば色んな物が買えただろうに。言峰のマーボーなぞに使うぐらいならマイルームにシステムキッチンを買え。そうすれば私が料理をしようではないか」
回復アイテムを買えと言わない辺り、お前は間違いなく俺のサーヴァントだよアーチャー。
っと、馬鹿話はここまでだ。
次のフロアへ着いた様だぞ。
階段を下り、辿り着いた迷宮の五階。
まず目に付いたのは、重厚な金属製の扉だ。
SGによる霊的通行止めではなく、物理的に頑丈な扉に見える。
容易に開くようには見えず、なにかしらの手段が必要だろう。
『ご慧眼ですね。その扉を開くにはある手順を踏まなければなりません』
突如頭上からラニの声が響いた。
ラニ=Ⅷ、第二の生贄。
遠坂を救い出したと思った矢先、次はラニが迷宮の核とされ彼女もまた操られている。
その彼女は迷宮の奥からこちらを監視し、声を掛けているようだ。
先の言葉からは、進めない俺達を嘲笑するのではなく、進むための手段を教えるような雰囲気を感じた。
ここは黙ってラニの言葉を待つべきだろう。
『その扉を開くのは簡単です。――脱ぎなさい』
――何を言ってるんだ、ラニ。
『脱ぐのです。その扉は全自動脱衣式オープンロック(特許申請中)。マスターが服を脱げば開きます。全裸になれとは言いませんが、それ相応に脱いでもらいます』
まさか全自動脱衣式とはな意表をつかれた。
「よもやこんな馬鹿げた扉があるとはな……どうするマスター。さすがにいきなり下着姿になれとは言わんよ」
そうだな。一旦引くか。
「了解した。対策を練るにしろ脱ぐにしろ、心構えを作る時間は必要だからな」
あぁ、その通りだ。
俺にはやるべきことがある。
――勝負下着を買ってこなければ。
「お前は何を言っているんだ」
やはりここは赤褌だと思うのだがどう思う、アーチャー。
「どうも思わんよ!何故そんなにやる気に満ち溢れている!?」
はっ、愚問だなアーチャー。
閉ざされた道を切り開くのは男子の本懐だ。
そこに大きな壁があるのならば全力で挑んでこそだろう。
ところで、紫のレースをあしらった褌ってどう思う?
「そんな褌があってたまるか!?」
そうか、やはり薔薇の紋様は必要か。好きモノだなアーチャー。
「言ってないぞそんなこと!?」
ユリウス、お前にもらった友情の800sm、使う時が来たようだ。
「勝負下着に使うつもりか!?ユリウスが不憫すぎる!せめて回復アイテムに使ってやれ!」
『盛り上がっているところ、いいでしょうか。私は貴方に褌姿など求めていません』
「あぁ、ラニ君。やはり君のその冷静な言葉こそマスターを止めるに足るものだ。さぁ言ってやれ、この馬鹿マスターに」
『ストリップに興味などありません。貴方に望むのはただ一つ。――服はそのままに下着だけを脱いでもらいましょう』
「マスターの上を行くだと――!?いや、いやいやいや。何を言っているのかね、ラニ君」
『おや、理解できませんでしたか、アーチャー。もう一度言いましょう。服はそのままに下着のみを脱いでください。即ち――ぱんつ、はかせない』
「乱心したか!?流石に斜め上すぎて苦言を呈さざるをえない――っと、マスター?何をしている」
アーチャーの問いに答えることをせず、俺は無言で重厚な扉の前に立つ。
やるべきことなど簡単だ。
力は要らない。
そっと、添えるように扉に触れる。
それでいい、それだけで――道は拓ける。
『なっ!?扉が開いた!?そんなはずは、私がアトラスの秘術を十全に取り入れたその扉は、条件を満たすまでは開かないという一点においては宝具並みの強固さがあるというのに!』
「アトラス院が泣いているぞラニ君!それはともかく、どんな裏技を使ったんだ。こうも簡単に扉が開くなど……」
わからないか、ラニ、アーチャー。
閉ざされた道を切り開くのは、何時だって確固たる意志だ。揺ぎ無い覚悟だ。
俺は既にそれらを持っている。
教えてやろう、俺の意思を、俺の覚悟を。
活目せよ、しかして聞け。
俺は、とうの昔に――
――ぱんつ、はいてない。
「お前は何を言っているんだ!?」
【三章:サクラ迷宮七階:その男と抗えぬ本能】
「あ、あの……わたし、パッションリップ、です。えっと、よろしく……おねがい、します」
「あれがアルターエゴか。流石に並では無いな。あの凶悪な凶器、気をつけろよマスター」
あぁ、凄まじい凶器だ。
一瞬我を忘れてしまった。
とんでもない――
――おっぱいだ。
「お前は何を言っているんだ」
何をもなにも、そこに行き着くのは自明の理。
男の本能の導く答えだろう。
「勝手に男子代表になるのはやめてくれないか?」
何を言っている、アーチャー。
お前とて最初に見たのは彼女の胸だろうに。
「言いがかりも甚だしいぞ」
アーチャー、知っているか?
マスターとサーヴァント、その関係は魔術師と使い魔に近いものがある。
つまり使い魔にできることは、だいたいサーヴァントにもできるのだ。
「知っているとも。それは基本だ――ま、まさか!?」
気付いたかアーチャー。
お前の視界――共有させてもらったぞ。
流石は鷹の目。
ズーム機能もスロー機能も搭載とは恐れ入った。
数秒を数分に引き伸ばす戦士の技能で彼女のおっぱいを堪能させてもらったよ。
だがその視線の方向は俺には制御できない。
視線はあくまでお前の意思だムッツリスケベ。
「謀ったなマスター!!」
俺は何もしていないさ。
全てはお前の本能のなせる業だ。
恥ずかしがるなよアーチャー。
おっぱいに視線が行くのは、全世界の男子に共通する業だ。
いや、それはもはや呪いといってもいい。
男は生まれたときから、三大本能を背負っている。
即ち――
見たい、触れたい、挟まれたい、だ!
「お前は何を言っているんだーーー!?」
「え、え、え?あ、あのっ……ごめんなさい!」
あぁ、パッションリップが行ってしまった。
アーチャー、お前が大声を出すからだ。
「私のせいか!?」
まったく、あの160、もう少し堪能したかったのだが。
「何が160だ」
パッションリップのステータスだ。
上から、160・63・87といったところか。
恐ろしい身体能力だ。
侮れんぞ、アーチャー。
「何処に戦慄している。それはステータスではなくスリーサイズだ」
ついでにあの金属製の巨大な爪。
爪一本一本が宝具級だ。おそらくは複合女神の一柱、ドゥルガーの十本剣を変質させたものだろう。
気をつけろよ、あれは物理法則を食い破ってくるぞ。
推測だが、距離や大きさを無視して概念を握りつぶすといったところか。
お前のロー・アイアスでも防ぎきれんな。
それからこれはおまけだが、パッションリップの筋力は今のお前の倍以上ある。
ランクにしてA、いやA+といったところか。正面の打ち合いは避けろ。
だが敏捷はこちらと同等かそれ以下だ。
距離を維持しつつ、爪の射線から外れながらの射撃が有効だな。
弓兵の独壇場だ、アーチャーの卓越した技量ならば余裕を持ってやれるだろう。
とは言っても、宝具を使われれば距離は関係なくなる。そちらの対策はこれからおいおいやっていこう。
「それは『ついで』でも『おまけ』でもなくメインだ。……その観察眼、常に真面目に働いてくれたら私としても文句なしなのだが」
ちなみに遠坂は82・57・80、ラニは80・58・81だ。
実に健康的だな素晴らしい。
BBは85・56・87、エリザベートは77・56・80だ。
両極端にいっそあざといがそれもまた良し。
各々身長体重を考慮すればとても良いバランスと言えよう。花丸を上げたいぐらいだ。
「無駄に高性能な技能だな!?」
『ふっふっふ。ラニ、生徒会裁判の準備を』
『既に完了済みです、ミス遠坂。これ以上ない検事ソフトを用意しています』
生徒会から感情を廃した通信が届く。
どうやら帰ると弾劾裁判が待っているようだ。
解せぬ。
「いや、解せぬもなにも当然だろう。自重したまえ、マスター」
理性という名の鎖に繋がれた家畜であるぐらいならば、本能という名の荒野を行く餓狼で俺はありたい。
「その覚悟完了はおかしいぞ」
少年は荒野を行くものだと、そう教えてくれたのはお前だぞ、アーチャー。
「言ったような気もするが、いや、言ったか!?どちらにせよ、そういう意味ではない!」
俺は覚えている、あの満月が照らす夜空の下の誓いを。
アーチャー、あの時お前はこう言ったんだ。
大人になると、おっぱいを見るのは難しくなる。世間体が許さない、と。
そして俺は言った。だったら俺がアーチャーの代わりに見てやると。俺はまだ少年だからいっぱい見てやると。
そしてお前は、あぁ安心した――と満足げに笑ったじゃないか。
アーチャー、お前の言葉、確かに俺の中で育っているよ。
「お前は何を言っているんだ!?」
『ラニ、まずはアーチャーから裁くわよ』
『はい、準備完了です』
「なんでさーー!?」
はっはっは。
マスターとサーヴァント、一蓮托生だな、相棒。
【間章:眠る戦士の心:その男の呼び声】
辿り着いた。
手は腐り落ち、腹は穴だらけ。
だが、傷つき折れそうな足でも、目的の場所へと辿り着いた。
サーヴァント、アーチャーの心の核へと、ようやく辿り着いたのだ。
BBの攻撃により消滅の危機にあったアーチャーは、自身を仮死状態にすることで消滅を免れた。
だが、代償は大きい。
一度仮死状態となった彼は、己の意思で動くことはできず、封印された記憶と経験は、心の核として巨大な壁へと変貌した。
その壁を壊せば、アーチャーは復活するはず。
そう思い、彼の心の海を突き進んだのだが――これが中々に厳しい。
今の俺は侵入者に過ぎず、アーチャーの無意識の防衛機構は容赦なく俺を削る。
もはや痛みという感覚すら削られ、気を抜けばそのまま無へと還りそうなほどに俺は欠損している。
だが、その決死の行軍はようやく実を結んだ。
目の前にそびえる巨大な壁。
後は、どうにかして、封印されたアーチャーの自我を揺り起こすだけだ。
そっと、壁へ触れる。
鋼のような冷たさと硬さは、いつも傍にいた無骨な戦士を如実に表している様で、少し笑みがこぼれた。
さて、ここからどうする――?
などと自問自答してみるが、答えなど当の昔に持っている。
何時だって彼は呼べば応えた。
その遊びの無い実直な剣のような男は、何時だってその名を呼べば応えてくれたのだ。
だから――!
腹に力を込めろ!
声を滾らせろ!
己が剣を取り戻すために、その名を呼べ――!
――カーーーチャーーーーン!
「誰がカーチャンだ!?チャしかあってないぞマスターーーーー!!」
ナイスツッコミ。
それと……おかえり、相棒。
「まったく、お前は本当にぶれないな……ただいま、相棒」
【四章:白の少女の心:その男と無垢なる告白】
「まさかこんなところまで来るなんてね。そんなにあたしに会いたかったのかしら、子ブタ」
そう言いながら嗜虐的でかつ嬉しそうに微笑むエリザベート。
かつてランサーのクラスだった少女は、バーサーカーへとクラスを変え、三度俺達の前に立ちふさがる。
クラスが変わったからか、マスターが変わったからか、今までよりも遥かに強さを感じる。
「三度目ともなれば手の内はわかったようなものだが……マスター、そろそろ引導を渡す時だ。彼女の最後のSGを日の下に晒してやれ」
アーチャーはそういうが……最後のSG、その全容に俺はまだ辿り着いていない。
アーチャー、既にわかっているのならば、お前がエリザベートに指摘してやってくれないか。
「え゙、マジで?いやいやいや、本当は気付いているのだろう?」
その信頼が今は苦しい。
アーチャーには申し訳ないが、俺は最後のSGについて皆目見当もついていないのだ。ホントだょ?
「……欠片も信じられないが、どうやら私が言うまで進む気はなさそうだな……仕方が無いか」
よし任せた。高らかに、謳うように、そして響き渡るように叫んでくれ。
「地獄に落ちろマスター。あー、エリザベート・バートリー。君の新たな体に必要な条件は三つあったな。美しいこと、若いこと、そして純潔であること、だったな」
「えぇ、その通りよアーチャー。なに、そんなにしっかりと憶えているなんて、もしかしてあたしのファン?ごめんなさい、貴方、あたしの趣味じゃないの。サインが欲しいなら、子ブタと交換ということで、あげないこともないわよ?」
「――未通なのは君だろう」
「んなっ!?」
さすがはアーチャー。臆面もなくよくぞ言った。よっ!この処女厨!
「誰が処女厨だ!?」
照れるな照れるな。
女性の神秘に憧れる様、俺にはよく理解できる。少し離れてもらっていいか?
「全然理解してくれてないだろ!?」
はっはっは。
だが、アーチャーの恥も外聞もないカミングアウトは効果絶大だな。
エリザベートの最後のSG、しかと頂いた。
「なっなっな……!いきなり何言うのこの変態ーーー!子ブタ!貴方も自分のサーヴァントぐらいちゃんと躾なさいよ!」
それはすまないエリザベート。
謝罪として俺もお前に伝えよう。
俺も――童貞だ。
「お前は何を言っているんだ」
「いきなりなに言ってるの!?」
【断章:聖杯へと続く道:その男の秘密】
ようやくここまで来た。
月の中枢、聖杯へと。
後はこの長い階段を下りきれば、そこに彼女は――BBはいるはずだ。
「聞いてもいいか、マスター」
なんだマッスルミレニアム。
「ミレニアム!?いや、まぁ今は置いておこう。いつか聞きそびれた事だ。お前は何故戦う」
秘密だといったはずだが。
「なに、そろそろ終末も近い。少しばかり気になってね。私のSGをさんざん探ったんだ。教えてくれてもいいだろう?それに……どうも今のお前は急ぎすぎている。何か理由があるのだろう」
SG、秘密の園とは良く言ったものだ。
いざ言おうと思うと恥ずかしさがあるな。
「お前に恥があったことに驚きだ」
良かったな。驚きは生きるために大事な要素だぞ。ボケ防止のな。
「何故人の髪を見ながらしみじみと呟いているのだ。これは白髪ではない!それよりも、先の言葉、教えてくれると解釈しても?」
ん……まぁ、な。簡単な話だ。
「ふむ?」
――惚れた女に会いたいだけだ。
「――――」
だがどうにもこの恋路は邪魔が多すぎる。
告白するためのロマンチックな場所にすら辿り着けない。
だから、力を貸してくれ――相棒。
「クッ――なるほど、なるほど。相棒の恋路の手伝いともなれば、本気を出さざるを得ないな。今一度誓おう。お前の道の障害は、全てこのオレが排除すると。その報酬は……告白の成功でどうだ?」
なかなか高くついたな。
失恋したら慰めてくれよ。
「やれやれ、実行前から失敗の想定とは情けない。男を見せろ、少年」
当然だ。お前にも見せてやろう、一世一代の大告白とやらをな。
さぁ行くぞ、ここから先は間違いなく地獄の一丁目だ。
告白のための舞台造り、任せた。
「任されよう。有象無象、我等が前に敵は無し。剣戟の極地、その目に刻め」
頼もしいかぎりだ。
――ブーメランパンツじゃなければな。
「今そこを言うのか!?だいたい服装を指定したのはお前だろうに!!」
ダンジョンの最奥で手に入れた装備は最高級品と相場が決まっている。
その水着、間違いなく一級品だ。
「あながち間違ってないから困る!本気でこの姿で戦えというのか!?」
おぉ、話してたら着いたようだぞ。
待っていろBB――いや、桜。
お前にはドラマチックな愛の告白をくれてやる――!
「待て!話を逸らすな!む!?本当についてしまった!?おのれマスター!戦いが終わったら憶えていろおぉぉぉぉ!」
【終章:聖杯の御前:名無し、二人】
聖杯へと続く階段を駆け抜ける。
その先に待つ黒幕に対する溢れ出る怒りを我慢することなく、ただ走る。
――情けない。
初めから何者かが仕組んだお膳立てがどこかにあるのだと気付いていながら、この様とは。
桜もBBもパッションリップもメルトリリスも食われてしまった。
しかも、桜とBBの最後は目の前で見せ付けられて。
自分への怒りで頭が沸騰しそうだ。
だが、このまま怒りに身を任せても待つのは終焉。
今はこの怒りを起爆剤に、心を冷徹に研ぎ澄ませろ。
そして、一刻も早く辿り着かなければならない。
アーチャーは黒幕の姦計により俺とは別の場所に飛ばされたようだが、今は待っていられない。
時間は敵の味方だ。
わざわざ敵に塩を送るつもりはない。
だから走り、駆け抜ける――!
辿り着いた聖杯の前。
そこには、青い髪の少年と、桃色に発光する繭がある。
「……ん?早かったな。一人で来たのか。実にこの女好みの行動だ。これ以上喜ばせてどうする。手が着けられんようになるぞ」
悪いなアンデルセン。
良い女を待たせる趣味はなくてな。
俺自身、早漏気味だとは感じているが、それも雄の本能だと諦めてくれ。
「度し難い馬鹿だなお前は。いや、それでこそか?主人公」
主人公、悪くない響きだ。
ならば、主人公らしくヒロインへ猛烈アタックあるのみだ。
『まぁ。嬉しいですわ。そんなにもわたくしを求めてくれるなんて』
声が響く。
妖艶で淫靡で、脳幹を蕩けさせるような甘い毒。
桃色に発光する球体の繭から響くその声は、殺生院キアラその人に違いない。
『貴方様に良い女などと評価されるなんて、わたくし、嬉しすぎて些か濡れてしまいます』
なに言ってるんだこのラスボス。
俺が待たせたくない良い女とはサクラーズに決まっているだろう。
そんなピンクの発光体に会うために来る訳が無い。
「淫靡な上に勘違いとは救いようがないなキアラ!我がマスターながら恥ずかしくて勘違いモノで小説一本かけそうだぞ!」
自分で良い女とか、ぷすー。ヒロイン気取りなの?ぷっ。自意識過剰も、ぷぷ。そこまでくると微笑ましいな。ぷっくく。
く、くく、ふっふふ……ふはははははははは!
「良い笑いっぷりだ。悪の幹部御用達の三段笑いとは恐れ入った。俺でもドン引きするほど全力で笑われているなキアラ」
『……あぁ、そのように嘲笑されるなど……もっと罵ってくださいませ』
……うわぁ。
「……すまんな。どうやら挑発にすら興奮するような淫売だったようだ。俺もドン引きしている」
『いつまでも貴方様の言葉の刃に貫かれていたいのですが――時間のようです』
殺生院キアラの言葉が終わるその瞬間。
桃色の発光体が今までに無いほど眩い光を放ち、弾け飛ぶ。
そして残ったのは――魔人の姿。
二本の巨大な角を頭に生やし、純白の装束に身を包むその姿。
邪悪にして神聖。妖艶にして純真。禍々しくも初々しい。
あらゆる矛盾を内包した嘘のような存在。
だが、間違いなく言えることは、その姿は――美しい。
「あぁ、このような姿になるなんて、恥ずかしい。もっと人ならざるモノになるのだと思っていましたのに。このような姿では、貴方様に笑われてしまいますわね」
――そんなことはない。
理性が拒む前に本能が口を動かしてしまった。
「まぁ、そのように言っていただけるなんて、嬉しい」
無垢な少女のように、傾国の美女のように女は微笑む。
お前は極上の女だ。殺生院キアラ。
それこそ涎が垂れるほどにな。
間違いなくお前ほど魅力的で、美しく、艶かしい存在は居ないだろう。
俺の本能もお前を組み倒し、その全てを貪りたいと叫んでいる。
「うふふ。それほどまでに想っていただけるなんて、とても、とても嬉しいですわ。わたくしも、貴方様を特別に想っているのですよ?」
ほう、それは光栄だ。
お前ほどの女にそこまで言わせるとは、男冥利に尽きるというものだ。
「貴方様はきっとこの世界でわたくしにとって唯一のモノ、得難い存在。貴方様もわたくしを想っていただけるなら、闘争など無粋なことは止めにいたしましょう。恐怖とは無知から来るモノ。争いとは相互不理解がもたらす結果。まずはあの蓮の花の中で存分に語り合い、分かち合い、分かり合い、交わりましょう?さすればその先は極楽浄土の悦に至りましょうとも」
素敵なお誘い恐悦至極。
なれど――お断りだ。
「……何故、とお聞きしても?」
決まっている。
俺が求めているのはお前じゃない。
俺が欲しているのは、俺と共にいた、俺を求めてくれた少女達だ。
「……理解致しかねます。あの少女等は既に涅槃へと。このわたくしの血肉と成り果て、もはや無し。貴方様は何故、わたくしの愛を受け入れてくれないのですか」
わからないのか淫婦。
――テメーみてぇなビッチより一途な少女達のほうがいいのだと言っている!
お前の中の少女達、返してもらうぞ。
「はっはっはっは!聞いたか、キアラ。お前の極上の肢体なんぞ、あの馬鹿には塵ほどの価値もないようだ!」
当たり前だアンデルセン。
こちとら青春真っ盛りの現役男子高校生(仮)だぞ。
今経験したいのはは淡い恋であって、濃厚な淫行なんぞお断りだ。
そりゃ超美人のお姉さんに誘われればドキドキするが、それがどう見てもその道のプロだったらビビッて尻込みするに決まってるだろう。
なんせ俺は――童貞だからな!
「実に共感できる。この淫婦はそこらの機微を理解しようとしない。童貞とは、繊細なのだ。強く求められれば逃げてしまう、実に純な生態なのだと」
さすがはアンデルセン。
的確な理解をありがとう。
そういうわけだ、殺生院キアラ。
お前はお呼びじゃない。
淫行に耽りたいのなら、舞台袖で一人でやってろ。
「まぁ手厳しい。貴方様から求めていただけないのは残念ですが――童貞狩りもまた楽しみとなりましょう。わたくしの愛で包んでさしあげます。いえ、この場合は剥く、かしら?うふふふふふ」
やだこの淫乱、人の話聞かない。
「お前に言われるとはキアラの残念度もここに極まったな。とはいえ、一人で来るからこんな結果になるのだ馬鹿め。俺としては助けてやりたいが、潔く散らすしかないようだぞ童貞仲間」
アンデルセンに言われては俺の純潔もここまでか。
「うふふ、恐れることはありません。ここより始まるは快楽の宴。共に浄土へ参りましょう?」
殺生院キアラ、その背後よりおぞましい影が伸びる。
それは死を体現し、欲を纏い、悦に浸る、禍々しい触手。
人の身では抗えない。
抗うことなどできるはずがない、それはそういうものである、としか表現できない。
それほどまでに理解の及ばない邪悪の塊。
いっそ神々の力だと言われたほうが判り易いか。
どちらにせよ、俺にその触手に対する反抗の術などなく。
この身は、襲い来る邪悪に対し、僅かたりとも動けない。
動く――必要が無い。
「――やれやれ。少し目を離すといつもお前は危機の真っ只中だな」
おぞましい邪悪の影、淫靡な触手は虚空より飛来した白刃に打ち抜かれる。
空気を切り裂き、音よりも早く、閃光の如き鋭さで。
空より降り注いだ無数の刃が殺生院キアラの力を地面へと縫い付けた。
そして、彼方より駆けつけてくれた彼は、俺の目の前に敵から守るように降り立つ。
その姿は常と異なる、黒と金色の鎧姿。放たれる力は冷厳で無骨な刃を感じさせる。
――遅かったじゃないか。
「無茶を言うな。銀河地平の彼方に飛ばされたんだぞ?これでも最速だとも」
いや、タイミングはバッチリだ。
いっそ見計らったんじゃないかと邪推しそうだよ――アーチャー。
「謂れの無い誤解だな。良くぞ間に合ったと褒めてほしいところだ」
よーしよしよしよし!よくやった!よしよしよしよし!
「犬用の褒め方じゃないか!?」
俺だって嫌だよ!なんで野郎を撫で撫でしなきゃならんのだ!
「自分からやっておいて逆切れかね!?――変わりないようで安心したと言っておこう」
鋭いツッコミは健在なようでこちらも安心した。
それに、本当に良いタイミングで来てくれたアーチャー。
見ろよあの呆けた顔。
あのラスボス、本気で勝ったつもりだったようだぞ?
「まったく、笑える顔だ。我等を敵に回して、あのような状況程度で勝利に酔いしれるなど」
「なぜ……?なぜここに居るのですか、アーチャー。貴方は遥か宇宙の果てに吹き飛ばしたというのに。光よりも速く移動したとでも?」
「ふ、愚問だな殺生院。マスターが私を呼んだ。だからここに居る。それだけだ」
「そんな馬鹿な話を信じろと?それにその姿、わたくしと同じ神話の力を放つなど不遜にもほどがある――」
「そこまでだキアラ。アーチャーが来たところでヤルことは変わらんだろう?お前はその汚らわしい淫靡な願いをとっとと叶えろ!それが、ここまで来た理由だろう、マスター」
「――――えぇ、そうですね。ミスタ・アンデルセン。わたくしの望みは不変不動。全てを喜悦に染めましょう」
「ハッ!ようやくやる気か毒婦め!気を付けろよそこの馬鹿共!この神様気取りは、力だけは間違いなく神話級だ!せいぜい足掻いて見せろ主人公と正義の味方!」
主人公と正義の味方。敵は神如き存在ときたか。
いよいよクライマックスだな。
だが、この物語の結末は見えた。
「はてさて、どのような結末なのか。参考までに聞いてもいいか?」
――問答無用のハッピーエンドだ。
なんせこちらは主人公と正義の味方。
負ける要素なんぞ皆無も皆無。
ヒロインは無事救出され、平和は訪れめでたしめでたしってな。
「なんともありふれた物語だな」
好きだろう?そういうの。
俺は大好きだ。
「ふっ――違いない。それは間違いなく、オレが望み、夢見た物語だ」
ならばやるべきことは唯一つ。
成すべきことは単純明快。
あとは幕を下ろすだけの簡単なお仕事だ。
さぁやろうか、正義の味方。
あのビッチを倒して桜達を救うぞ。
ついでに世界も救ってやるか。
「正義の味方としてはまず世界、と言いたい所だが。お前はそれでこそ我がマスターだ。オーダーを寄越せ、主よ。この剣は既に君に捧げている」
オーダーは一つだ……行くぞ相棒!
俺達の望む明日を掴み取る――!
「あぁ了解した、相棒。簡単なオーダーで何よりだ。あの程度の障害、オレとお前なら問題にすらなりえない――!」
――無名の少年は無銘の戦士と共に――
――無骨な刃は張り詰めた弦に乗せ――
――放たれる一矢は愚直な意思を映しだし――
――名無し二人は止まらない――
<あとがき>
各サーヴァントごとにと言ったな、あれは嘘だ。(`・ω・´)キリッ
ごめんなさい石を投げないで。
書き始めて気付いたんですが、ギャグ主人公とセイバー・キャスターの相性がすこぶる悪いのです。
セイバー相手だと、どう足掻いてもバカップルにしかならないし。
キャスターはそもそも、ギャグ主人公に対してどんな反応をするか想像もできなくて。
全ては作者の力量不足。平にご容赦ください。
それに、無印3人組でアーチャーだけまだ単独の短編がなかったので彼の話を一つ書きたかったのです。
今回の短編はダイジェスト風ということで大分端折ってます。
ジナコとメルトリリスのステージは、ガトーとシンジのイメージが強くてギャグにできず、仕方なくキングクリムゾン!こんな感じになりました。
では、お読みいただきありがとうございました。
【幕:表と裏:背中合わせの無名と無銘】
――辿り着いたな。
「あぁ、辿り着いた」
――どうにも、ならないのか。
「どうにも、ならないな」
――令呪を使ってもか。
「無駄だな。私は月の裏側に来た時点終わったのだ。後は消え去るのみ。ここは、そういう場所だ」
――そうか。
「そうだとも。さぁ行け、マスター。掴んだ未来がお前を待っているぞ」
――あぁ、行かせてもらおう。
「ふっ、躊躇い無く背を向ける姿、お前らしい」
――躊躇いという言葉を知らんからな。あぁ、一つだけ、伝えないと。
「ふむ?あぁ、そういえば私も最後に言うべき言葉があったな」
――お前は小言は多いし妙に細かいしマイルームで嬉々として料理を始めるし……
「お前は馬鹿なことばかりを言うし突拍子もないことばかりするし予想もつかないことばかりだし……」
――投影準備とかスキル面倒だし基礎パラメータは中途半端だしアイテムドロップ運はない。
「変な服装は強制するし無駄な買い物は多いし真面目という言葉を知らん」
――それでも。
「あぁ、それでも」
――お前は俺にとって最高のサーヴァントだった。
「お前はオレにとって最高のマスターだった」
――じゃあな、小言の多いサーヴァント。次に会うときは酒でも酌み交わそう。
「未成年が言う言葉ではないな。大人になってから言え、少年。ではさらばだ、マスター」
「「また会おう、戦友(よ」」