町の外れ、小高い丘に立てられた白い建物。
3階建てのややこじんまりとした校舎。
弓道場やテニスコートを備えた運動場は、学び舎に比べると少しばかり豪華といえる。
そんな運動場の片隅には樹齢数百年を越えるであろう立派な大樹が、丘の上から坂を歩く生徒たちを見守っていた。
ここは月海原学園。
立派な大樹が目立つどこにでもあるような普通の学校だ。
そんな学校に通い始めて早2年。
初めて校門を通った時の緊張や興奮はすでに冷め、この学び舎へと通うために毎日坂で息を切らすことにもなれてきた。
そんな青春真っ盛りな学園生活2年目にして、俺は教室の机に突っ伏して寝ている。
気だるげな疲れが肩に圧し掛かり、どうにもやる気というものがでない。
「おや、お疲れですか?貴方のそんな姿は珍しい」
かけられた言葉に視線を移すと、そこには金色の髪を持つ眉目秀麗な少年が居た。
彼の名はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
この学園の生徒会長を務める少年であり、学園の女子生徒から圧倒的な人気と支持を得る人気者だ。
彼とは入学以来の付き合いだが、自分との間柄は親友と言っても差し支えないだろう。
時折突拍子もないことを言ったりやったりする少年だが――あぁ、それを含めて俺はきっと彼のことが好きなのだ。
「――時々、貴方の言動に驚かされますよ、僕は。光栄ですけれどね。それでどうしたんです?」
一瞬驚いたように目をパチパチと瞬かせ、輝くような笑顔で問われた。
小首を傾げる親友に向き直り、言葉を返す。
――レオ、俺達ももう2年生。学園生活も慣れてきた。だが、何かが足りないと思わないか?
「足りない、ですか?」
質問に質問を返すという無作法だが、レオは気にせず真剣に考えてくれている。
だが、答えは見つからないようで、その心は?とばかりにこちらを促した。
やはり、彼にはわからないのだろう。
持つ者と持たざる者の差がそうさせるのだ。
事実、クラスにいる男子たちは、俺に賛同するように頷いている。
俺とクラスの男子達は心を一つにしていた。
青春真っ盛りの学園2年生。少年から青年へと移り変わる過渡期。大人への架け橋。
そう、今まさに足りないもの、それは――!
――彼女が、欲しいです……!
「あぁ、なるほど」
レオは合点がいったのか頷いてくれる。
クラスの男子たちも頷いてくれる。だが、一部男子からお前が言うなと弾劾された。解せぬ。
「しかし、そうですか。ふむ、いやぁ、なるほど」
理解ができたのか実に嬉しそうにレオは何度も頷く。
やはり彼も男の子なのだろう。
男同士でふざけあうのも楽しいが、女の子と甘酸っぱい日々を謳歌してこその青春だと、そうは思わないか。
「そんな貴方に朗報が。この学園の伝説を知っていますか?」
――伝説?
七不思議とかそういった類のものだろうか。
生憎その手のオカルトには詳しくない。
「運動場の大樹は知っていますよね。卒業式の日、あの大樹の下で告白し成功すると、そのカップルは永遠になれるという伝説です」
この学園にそんな伝説が――!?
だがそれは……あの大樹(イチイの木)の真下に長時間滞在した結果永遠(毒死)になったとかそんな感じじゃないのか。
「なに言ってるんですか。イチイの木に毒なんてありませんよ」
ですよね。いや、しかし俺の即死センサーがあの木を警戒して……
「何と戦っているんですか貴方は。まぁとにかく、そんな伝説があるからこそ、この学園で恋人を作るというのは中々におもしろ――もとい、青春そのものだと思いますよ」
確かにその通りだ。
そんなロマンチックな伝説があるのならば、ぜひとも実践したい。
「あぁ、やはりそうでなくでは面白くない――ではなく、僕も応援しますよ、貴方の恋路を!」
――本当か!?
親友の言葉はなによりも真摯で頼りがいのあるものだった。
実のところ、彼女が欲しいと息巻いてはいるものの、女性と面と向って話すのが苦手なのだ。
「おや、そうなのですか?貴方の周りの豪華絢爛振りから実にプレイボーイだと思っていたのですが」
そんな評価をしていたのかレオ。泣くぞ。
いや、実は中学の卒業式でちょっとしたことがあって、それ以来女の子が苦手になってな。
「――ふむ、興味深い。いったい何があったのです?」
あぁ、あれは中学での卒業を終え、家路に着くときだった。
夕暮れを迎え校舎は赤く染まり、町は一抹の寂しさを抱えているような逢う魔が時。
俺は校門を出ようとする幼馴染の女の子に一緒に帰ろうと声をかけたのだ。
「なるほど。もしかしてその時、『誰かに見られて噂されたら恥ずかしいから』と言われて断られたとか?」
聡いなレオ。だが現実はさらに小説よりも奇だった。
俺の幼馴染――夕日に照らされ普段の桃色の髪がより鮮やかになった彼女はこう言ったんだ。
『みこーん!誰かに見られたら噂されるような恥ずかしいことをしましょうっ!大丈夫、狐的にはお外が大好きですから!』
――危うく俺の初めてが夕焼けの下で奪われるところだったよ。
「想像の遥か斜め上でした」
それ以来、若干女性恐怖症になってな。
「涙を禁じえませんねそれは」
あぁ、ちなみにその場は近所の兄貴分(が助けてくれて事なきを得たんだ。
『たわけ!初心な少年を衆目の中で押し倒すなど恥を知れ――!』
『ちっ!これだから保護者は!そこをお退きなさいアーチャーさん!って、きゃーっ!?狐的に弓矢はだめーーー!』
そんなわけで、彼女は欲しいけれど積極的になれないという情けない状況なんだ。
レオの助力は本当に助かるよ。
「積極的になれない理由が理由なだけに情けないとは思いませんよ。いや、本当に」
それで、俺はまず何から始めるべきだと思う?
「そうですね、まずは貴方の周りの状況を確認すべきでしょう。どこか遠い場所で恋人を探すよりも、近くにいる女性に目を向けるべきだと思いますよ」
なるほど、至言だな。
そうだな、親しい女性と言えば――
「えぇ、では僕がリサーチした貴方の周囲にいる女性の名前と関係から述べます」
そのメモ帳は何処から出した。何時リサーチした。ストーカー規正法って知ってる?
「あはははは。ではまずは――」
笑って誤魔化しやがった。
「気にしない気にしない。ざっと一覧で言いますから聞き逃しの無いように。名前の後ろの括弧が貴方との関係です」
=================================================
1.セイバー (幼馴染)
2.キャスター (幼馴染)
3.エリザベート (幼馴染)
4.BB (幼馴染)
5.パッションリップ (幼馴染)
6.メルトリリス (幼馴染)
=================================================
ストップ。一つ聞いてもいいかなレオ。
「どうぞ」
――なぜ、ラスボス(枠ばかりなんだ。あと戦闘力がおかしいのしかいないんですけど。
「戦闘力に関しては『サヴァぷらす』ですからね。サーヴァントに準じた能力を持つ人がメインヒロインです。ちなみに一般人枠のミス遠坂やラニ、間桐桜は隠しキャラです。彼女等に会うためにはメインヒロインの6人を倒す必要があります」
絶対に攻略不可能じゃないですかやだー!
「それから幼馴染ばかりなのは彼女達が希望したからですね。幼馴染になれば貴方の家の近所に住めますから。ちなみに、貴方の家の周りは……西側に塀を挟んでセイバー邸、東側に塀を挟んでキャスター邸、南側に塀を挟んで間桐邸(桜、BB、リップ、メルト)、北側に道路を挟んでエリザベート邸、そしてエリザベート邸の左右にミス遠坂とラニが住んでいます」
なにその包囲網。何時から俺の家は脱出不可能な牢獄になったんだ。
「アルカトラズもビックリの堅牢さですね。プリズンブレイクは無理だと言っておきましょう」
なぜ今まで割りと平穏に過せてきたのかわからないよ。
「戦力が拮抗しているからでしょう。下手に動けば横から攻撃される。だからこそ表面上は平穏に見える、ということですね。端から見ると、コップになみなみと注がれた水の表面張力が頑張っている、みたいな?」
いつ溢れてもおかしくないと。黒髭危機一髪どころじゃない件。
「いやぁ、実に面白いですね!それでは次は待望の好感度チェックといきましょう!」
実にいい笑顔だなレオ。お前との交友関係を見直したくなってきたよ。
「では先ほどと同じように一覧でいきます!隠しキャラの皆さんも載せますよー!」
=================================================
1.セイバー (好感度MAX・爆弾有)
2.キャスター (好感度MAX・爆弾有)
3.エリザベート (好感度MAX・爆弾有)
4.BB (好感度MAX・爆弾有)
5.パッションリップ (好感度MAX・爆弾有)
6.メルトリリス (好感度MAX・爆弾有)
7.遠坂凛 (好感度MAX・爆弾有)
8.ラニ=Ⅷ (好感度MAX・爆弾有)
9.間桐桜 (好感度MAX)
=================================================
ストップ。一つ聞いてもいいかなレオ。
「どうぞ」
――俺は何時からマインスイーパーを始めたんだろうか。
「彼女達に出会ったその日から、ですかね」
過去へ還りたい。
俺は恋愛シュミレーションゲームを始めたと思っていたが、実際は爆弾解体処理ゲームだった。死にたい。
「死んでも復活させそうなメンツが揃っている辺り流石と言っておきましょう。大丈夫ですよ、彼女等の爆弾が貴方を傷つけることはありません」
そうなのか?それならこの爆弾は一体?
「貴方の周りの泥棒猫に対する地雷、みたいな?」
指向性クレイモアじゃないですかやだー!
俺の家の周りはアルカトラズではなく戦場だった。
唯一爆弾付きじゃない桜だけが癒しだ。
「桜は爆発した荒地に沈む愛戦士(を尻目に素知らぬ顔で貴方を掻っ攫う鳶ですからね」
癒しではなく策士だった。
レオ、俺やっぱり彼女はしばらくいらないや。心臓に悪いから。
「おや、そうですか?まぁ、確かに今の有様では現状維持をしたくなる気持ちもわかりますが……残された時間は一年弱ですよ?」
一年弱?まぁ、たしかに残りの学園生活はそのぐらいだが、別に彼女をこの学園在籍中に作らなければならない理由はないからな。
できればじっくりと時間をかけて爆弾を解体していきたい。もしくはどこか遠くへ行きたい。
「遠くに行っても着いて行きそうですけどね、あのICBM達は。しかし、あまり時間は無いですよ。一年弱とは爆弾が爆発するタイムリミットですから。なぜなら――彼女達は、必ず卒業式の日に告白してきますよ、あの大樹の下で」
――指向性クレイモアではなく時限爆弾だった。
つまり俺は、残り一年弱の間に爆弾を解体しなければならないということか。
なにこのミッションインポッシブル。
「あははは!いやぁ、やはり貴方は面白い!僕にできることがあれば何でも言ってください。微力ながら全力でサポートしますよ、親友ですからね!」
ありがとう親友。
さっそく一つ――殴っていいか?
「それはご勘弁を」
こうして、どこにでもある普通の学園で、残り一年弱のリミットの中、爆弾を解体する俺の日常が幕を上げた――
「えぇい!そこを退け女狐!奏者は余とデートに行くのだ!『ぷらいだるふぇあ』とやらにな!」
「ぷらいだるではなくブライダルです!貴女こそ退いたらどうですか!ご主人様はわたくしと読書するんです!具体的にはゼクシィを!」
「むぅ……退かぬなら、毛皮にしよう、駄フォックス。開け!黄金の劇場よ――!」
「どこの第六天魔王ですか貴女は!?いいでしょう、教えてさしあげます。勝利とは、何時だって日輪と共にあることを!水天日光天照八野鎮石――!」
「リップ、メルト。貴女達は家でおとなしく休んでいなさい。これは命令よ」
「きけ……ません。だいたい、あなたの命令なんか……ききたくない、です」
「随分と焦ってるじゃないBB。ふふ、普段の行いのせいかしら?BBチャンネルとか言ってはしゃいだあげく、家に帰っては落ち込んでるものね貴女。アハッ!無様、無様よ!」
「言ってくれるじゃない愚妹共。姉より優れた妹などいないってこと、教えてあげるわ――!」
「その理屈でいうなら、私が一番ってことに……よしっ!先輩、私、ずるしちゃいますねっ」
「「「待ちなさい桜ーーー!」」」
「おや、タイムリミットは今日に短縮されたようです。頑張ってください」
――なにこのムリゲー。
<あとがき>
急に休みができた。暇だ。
↓
サヴァぷらすがやりたい。
↓
でも現実は非常、そんなものはない。
↓
なら、自分で書けばいいじゃない。
↓
甘酸っぱい恋物語を――!
↓
なんか化学反応起こしてこれじゃないになった。解せぬ。
おまけ:どこかに挟もうとしたけど、話の流れ的に入らなかったキャスターとの帰り道。
夕日によって赤く染まった町並みを眺めながら歩く。
隣には夕日に照らされ、鮮やかな桃色の髪をなびかせる幼馴染がいる。
10人が10人とも美少女と賞するであろう幼馴染の姿に、道行く人々、主に男達は陶酔するように幼馴染に視線をやった。
その視線など何処吹く風といった様子で、彼女は気にも留めていない。
そんな幼馴染に対し、俺は周りに対する優越感でも、美少女が隣にいる高揚感でもなく、いつ彼女が爆弾を投下するのかというぴりぴりとした緊張感を持っていた。
人通りが増えてくる。
俺達のような学生だけでなく、会社帰りのサラリーマンの姿も増えてきた、町の中心部。
幼馴染に連れられ、買い物に来たのだから当然と言えるが、この人通りはまずい。
いや、この人の多さすら幼馴染の想定内なのだろう。
彼女は投下する、この人ごみの中で、特大の爆弾を――!
「今日の晩御飯はですねー、お揚げを使おうと思ってるんですっ!どんな料理が食べたいですか?――――――ご主人様(」
来た――!
周りを歩く人々がざわめく。
ご主人様?今、ご主人様っていったよな?
そんな囁く声がどこからか風に乗って届く。
周りの視線はどこか冷たく、まるで俺が犯罪者であるかのような見下げ果てた眼差しになった。
だが、俺は反論することなどできない。
むしろ、幼馴染に反応を返してしまえば、彼女は嬉々として俺を主人呼ばわりするだろう。
何あれSMプレイ?若いのになんて非常識な。朴訥な顔してるのにドSだなあの少年。
そんな周りからの小さな声の咎めが俺を穿つ。
周囲の人間はこう思っているだろう。
俺は美少女を隷属させるサド野郎なのだと。
だが、違う、違うのだ。
その評定はまったくの逆……!
「どうしたんんですかーご主人様?」
可愛い笑顔でこちらを覗きこんでくる幼馴染。
その姿は隷属を望むマゾに見えるだろう。
だがその本性は、周りの評定に苦しむ俺の流れる冷や汗を見て喜ぶサド。
つまり外見は主人に付き従う奴隷を装うドMでありながら、その心は主人の焦る顔を見て悦に浸るドSだということ――!
二律背反、矛盾を抱えながらも微笑む幼馴染。
その笑顔のなんと美しいことか。
周囲は若い二人のいけない行いを辛辣に評定し、その評定とは真逆の真実に俺は苦しめられる。
そんな俺に打てる手立てなど、一つしかない。
幼馴染は俺の右側をその豊満な胸で挟むように抱き込んでいる。
故に、左手は自由。
左手で気付かれぬように携帯電話を取り出した。
もはや数えることも愚かしいほどに重ねた経験は、意識せずとも左手だけで携帯電話を操作する。
これぞ逆転の一手。
起死回生の言霊。
必勝の令呪――!
【メールを送信しました】
to:アーチャー
『助けて』
【メールを受信しました】
from:アーチャー
『夕餉の準備中だ。すまないが自力で脱出してくれ。あぁ、それから今日はトイレットペーパーが安い。代金は後で支払うから3つほど買ってきてくれ』
――オワタ。