穏やかな日差しが降り注ぐ朝。
始まりを告げる鐘の音に、生徒達が足早に教室へと移動する。
これから始まる授業に面倒くさいと不満を言う者もいれば、まだ朝だというのに放課後に何をしようかと迷う者もいる。
どこにでもある日常。
穏やかで、ただゆったりと過す毎日。
教室へと急ぐ生徒達の群れの中で、自身もまた教室へと足を動かす。
今日の授業はなんだったか。
昼飯はどうしようか。
授業で解答を指名されなければいいが。
などと、益体もないことを考えながら歩いていた。
「おーい。ナカオくーん!」
ふと、遠くから誰かが呼んでいることに気づく。
誰だろうか、振り向くとそこには――
「待ってよ~。僕も一緒に行くよー!」
鎧を身に纏った老人が途方も無い速さで迫ってくる姿が――!?
……なんてことが予選で繰り広げられていたのか。
「にゃにその地獄絵図」
恐ろしい人だダン・ブラックモア。
その姿かたちだけでこちらにダメージを負わせるとは。
「あの鎧姿で高校生はにゃいわー」
せめてもの救いは予選で彼と違うクラスだったということだな。
もし同じクラスだとすれば先の想像もあったかもしれない――ぐふっ!?
「血吐いたー!?しっかりしろ少年ー!それは想像にゃ!現実ではにゃいにゃー!」
……あぁ、大丈夫だ。
まだなんとか致命傷ではない。
しかし、彼も当初は記憶を奪われ高校生として生活していたわけだよな。
つまりそれは――
『では、この問いを……ブラックモア君』
『はい!……えっと……むぅ……すいません、わからないです』
『そうか。ここはだな……と、いうわけだ。席に着きなさい。……では今日の授業はここまで』
『……はぁ』
『はは、残念だったなダン』
『いやぁ、難しいってあれ。隣に座ってるんだから助け舟ぐらいだしてよ』
『いや、まぁ。難しかったなあの問題!……おっと、ダン。お前にお客さんだ』
『うん?』
『あの、ブラックモア君。放課後にね、ちょっと、その……一緒にきて欲しいところが……』
『あぁ、いいよ』
『あ、ありがとう!それじゃ放課後にまたね!』
『ちくしょーダン。羨ましいぜこのやろー!』
『うわっ!なんだよいきなりヘッドロックなんかして!』
『うるせー!』
『もう!やめろって!はははは!』
――なんて学園青春物語があったとでもいうのか!?
無理だ、俺には耐えられない。
そんな光景があったらまず間違いなく怖くて不登校になる自信がある。
「でもちょっと見てみたいにゃ。で、思いっきり指差して笑ってやるにゃ」
第三者の立場が羨ましい。
俺は同じ舞台に立っていたから笑えないんだよ。
恐ろしい人だダン・ブラックモア。
「ナカオ君」
俺を呼ぶ声。
心臓が飛び跳ねた。
今もドクドクと暴れまわっている。
まさか、俺の後ろに高校生鎧翁が……!?
声に振り向くとそこには――
「……廊下で何悶絶してるのよ」
赤い服を身に纏った少女がいた。
……良かった。遠坂、君でよかった。
「はい?」
ありがとう。そして、ありがとう!
「……なんかよくわからないけど、どういたしまして?」
「少年混乱しすぎにゃ。よーツインテ。アンタも生き残ったのにゃー」
「えぇ、おかげさまでね」
ありがとう遠坂!ありがとう!
「……勝利の代償に頭でもおかしくなった?……それにしても……そのサーヴァントで勝ち上がるなんて、よっぽど宝具が強かったのかしら」
ありがとう!……っと、いい加減現実と向き合うか。
……宝具?また知らない単語がでたな。
遠坂、宝具ってなんだ?
「え?宝具を知らないの?」
あぁ。
そもそもこのバケネコが宝を持ってるなんて思えないんだが。
「にゃんて失礼にゃ。あたしは大切な宝を持ってるにゃ」
例えばなんだ。
「おいしかったネコ缶のフタとか」
捨てちまえそんな宝。
「ただのゴミだからそれ……それはともかく、宝具も知らずに勝つなんて、少し見直したわ」
そうなのか?
よくわからないが……
「宝具はね、その英雄の象徴なのよ。例えば円卓の王、アーサーの持つ聖剣エクスカリバーとかね。英雄の伝説と共に在り、逸話や伝承を持つ宝具は総じて奇跡を体現する強力な武器になり得る物なの」
なるほど、英雄の武器ってことか。
山を切ったとか軍を屠ったとか語られる英雄の逸話の中の武器が実際にあるなら、それが必殺の切り札になるわけか。
ところで遠坂――このバケネコが逸話を持つと思うか。
「――ごめんなさい。宝具なんか持っているはずがないわね……」
「どういう意味にゃー!」
憤慨するなバケネコ。
事実だ。
「少年自分のサーヴァントに容赦にゃさすぎにゃー!」
なら持ってるのか?
「あたしは存在自体が宝だから」
ははっ。
「ふふっ」
「慈愛に満ちた瞳で微笑まれるとかどういうことにゃの。突っ込みすらにゃいのは寂しいわー。もうちょっと優しくしてもいいのよ?」
そういえば、ライダーが使ってきたあれも宝具だったのか。
「にゃ、スルー?放置プレイばかりじゃあたし――逆に燃えるにゃ」
めげないねお前。
「すごくいい笑顔ね、果てしなくうざいわー……それにしても、宝具を受けたのに生き延びるなんて、やるじゃないナカオ君。それで、フランシス・ドレイクの宝具ってなんだったの?やっぱり海賊船?」
フランシス・ドレイク?
いや、俺が戦ったのはライダーだけど。
「え、だからライダーの真名がドレイク……って相手の真名もわからずに戦ったの?」
――そもそも真名の意味がわからない。
「そこからかー!……はぁ……真名っていうのは、サーヴァントの名前よ」
名前?
まぁ、過去の英雄だから名前はあるだろうが、あいつライダーが名前じゃなかったのか。
「クラスの意味すら知らないって……むしろどうやって勝ったのよ……」
「主に目からビームにゃ」
主に拳で。
「何それ恐い。なんで聖杯戦争でマスターが拳使うのよ!なんで目からビームなんか出るのよ!」
いや、実際そうだったんだから仕方ないだろ。
「紛れも無い事実にゃ」
「何この主従。サーヴァントどころかマスターも非常識すぎるわ……」
失敬な。
このバケネコと同列に扱うなんて俺の尊厳を踏みにじる行為だ。
「そうね、ごめんなさい」
「さっきからディスりすぎにゃ。そんなに責められるといろいろとこみ上げてくるにゃ……やだ、この気持ち、恋?」
こみ上げてるのは朝桜にもらったネコ缶だろ。
実はあれ――いや、なんでもない。
「にゃに、あれににゃにが入ってたの」
ところで、聞くからには真名とやらも大事みたいだが、たかが名前じゃないのか?
「にゃにが、にゃにが入ってたのー!」
「たかが名前程度じゃないわ。真名が知られるってことは、その英雄の正体がわかるってことなの。それ即ち、英雄の逸話を知られるってことね」
うーん……逸話を知る……弱点がわかるとか?
「にゃにが入ってたの……にゃんか気持ち悪くなってきた」
「まぁ、その認識で間違いないわ。例えば、そうねぇ……英雄アキレスなんか、弱点が顕著でしょ?」
あぁ、なるほど。
何処を狙えばいいかはっきりした。
「そういうことよ。真名が大事ってことはわかったかしら?」
はい先生。
「よろしい。ところで……ねぇ、ソレ、赤くなったり青くなったりしてるけど大丈夫?」
あぁ。平常運転だ。
こいつが食ったのはネコ缶じゃなくてイヌ缶だっただけだからな。
「道理で味がワイルドだと思ったにゃ」
「一瞬で色が戻ったわね。どういう構造なのよ」
「にゃふー!あたしの肌は七色に輝くぜ!」
生物としてどうなんだそれは。
しかし、サーヴァントの名前がライダーとかセイバーとか言うのはおかしいと思ってたけど、そういうことか。
「そ、真名は非常に重要な要素よ。だから普通は真名を使わずクラス名で呼ぶの」
なるほど。
ちなみにお前の真名はなんだバケネコ。
「ネコアルクにゃ」
そうか。これからはネコと呼ぼう。
「いままでとあんま変わってにゃくね?」
「アホかー!」
ぐはっ!?
「にゃ!?少年がツインテの指からでた黒いのに撃たれたー!」
説明ありがとう。おぉう……頭がくらくらする。
何をするんだ遠坂。
痛いじゃないか。
「なに普通に人前で真名聞いてるのよ!何普通に答えてるのよ!いい?真名っていうのはさっきも言ったけど大事な要素なの!自分のは一番隠すの!相手のは一番探るの!真名を制する者が聖杯戦争を制すると言われてるの!知られたからには戦いが不利どころじゃないわ!べ、別にアンタのこと心配してるわけじゃないのよ!でも真名がばれたら次の戦いは絶望的なの!せ、せっかく話し相手ができたのにもういなくなるなんて……別に寂しいわけじゃないわ!でもちょっと、そう退屈なのよ!わかる!?わからないわよね、いい!そもそも真名は大事な要素なの!自分のは一番隠すの!相手のは一番探るの!真名を制する者が聖杯戦争を制すると言われてるの!べ、別にアンタのこと心配してるわけじゃ――!――!――!――!」
落ち着け遠坂、もはや何を言っているのかわからないぞ。
「うむ。ときおり挟むツンデレがいい味を出してるにゃツインテ」
しかし、さっきの黒いのはいったいなんなんだ……
「ぬぅあれは……」
知っているのかネコ!
「うむ。あれはガンドにゃ。その歴史は古く、誰が何時広めたのかは誰も知らにゃいけど和尚が江戸時代から昭和にかけて広めたらしいと専らの噂にゃ。拳銃を用いた空手道によく似たその柔道は、剣道の型を真似ていると弓道会で言われており、それは正に武士道であると磯野さんちのタマ先輩が言ってたにゃ。それを極めれば空中戦すら可能であると――」
「それはGUN道だー!」
「おぶぱっ!?」
ネコが黒いのに撃ち落とされた――!?
恐るべしガンド。
「これはGUN道だー!」
いや、GUN道なんて俺は言って――うぉっまぶしっ!?
お、落ち着け遠坂!
自分でもガンドかGUN道かわからなくなってるぞ!
「アンタを殺してわたしは死なないー!」
ただの殺人じゃないか――!
……落ち着いたかね、遠坂さん。
「……えぇ、落ち着いたわ」
そうか。それは良かったよ。
ところでこいつをどう思う?
「すごく……穴だらけね」
あぁそうだな。俺のサーヴァントは穴だらけだよ。
「ア、アンタが盾に使ってたせいじゃない!」
盾にせざるを得ない状況だったからな。黒い弾の嵐で。
ところで遠坂――次の戦い、俺はどうやって戦えばいいと思う?
「……貴方には立派な拳があるじゃない。わたし、信じてる」
最高の笑顔をありがとう。
最悪の状況だよ。
「わ、悪かったわ。そう、少し反省してるから!」
盛大に反省しろ。
はぁ……今日もアリーナに行かなきゃ昼飯代だってないのに……
「な、なによ」
はぁ……腹、減ったな……
「う……わ、わかったわよ!ご飯くらいいくらでも奢ってあげるわ!」
――その言葉が聞きたかった。
「――その言葉が聞きたかったにゃ」
「――殴りたいわ、その笑顔」
――昼。
あれから遠坂と食事時まで雑談を続けた。
正直、遠坂は本当に奢るほどのことでもなかったのだが、彼女はご馳走してくれるらしい。
彼女は良い人だ。
で、さっそく食堂へ来たわけだが。
何を食べようか。迷うね。
いや、こちらは奢ってもらう立場なんだ。
もちろんわきまえているさ。
そうだな、ここは無難に――
塩鮭定食ラーメン定食ステーキ定食ハンバーグ定食AランチBランチおっとそれから――
「メニューの上から順番に全部選ぶなー!」
はっはっは。
ちょっとした冗談だよ、冗談。
うむ、やはりここは下の立場として、あまり財布に痛くない……サーロインステーキ600gで。
「一番高いやつじゃないの!」
はっはっは。
ちょっとした冗談だよ、冗談。
うん。決まった。
月見うどんにしよう。
「はぁ。まったくアンタに付き合うと疲れるわ。わたしは……海鮮パスタにしとこ」
「一瞬焼肉定食を視界に捉えつつも海鮮を選ぶとは。何アピール?ねぇ少年に何アピールにゃの?」
「――ガンド」
「にゃー!?」
はっはっは。
食事が楽しみなのはわかるが食事処ではしゃいではだめだろう。
「しょ、少年。これがはしゃいでるように見えるにゃら眼科行け……!ツインテは確実に殺しにきているにゃー!」
はっはっは。
さて、さっそく購入した食券を食堂のNPCへと渡そう。
「スルー!?」
食堂のNPCへと食券を手渡し――
『食券をお預かりします。激辛麻婆豆腐エクストラエディションですね。少々お待ちください』
――ちょっと待て。
月見うどんからどうやってマーボーに進化した。
『監視者よりメッセージをお預かりしております』
【少年、これは私からのプレゼントだ。なに、気にすることは無い。共に真理を追い求める者。喜んで援助しようではないか】
余計なお世話だ神父――!
「……ねぇ、ナカオ君」
なんだ遠坂。――燃える。
「……貴方の次の対戦相手のことを聞いたわ」
ダン・ブラックモアさんのことか。――辛味などと生易しいものではない。
「……もう現役じゃないけどダン・ブラックモアといえば名の知れた軍人よ」
そうか。――それは衝撃。
「……ねぇ、ナカオ君」
なんだ遠坂。――旨さ、辛さ、あらゆる感覚が怒涛の波の如く押し寄せる衝撃。
「……貴方――」
それはつまり宇宙開闢に匹敵するエネルギーの奔流が波を為して暗黒領域を形成し真理の扉をこじ開けてネバーランドへ誘い冥府の門を潜り抜けて冥土喫茶に到着するが如し――!
「汗とか顔色とか色々やばいわよ」
――食うか?
「食うか――!」
――あぁ、旨かった。
「……万の敵に打ち勝ったようなやり遂げた顔ね」
まぁ、そんな感じ。
ちなみにネコは一口与えたら満足して昼寝している。
「無理やり口にねじ込んで意識が飛んでいるの間違いじゃないの」
そうとも言う。
とりあえず――ほら、ネコ缶だ。
「にゃー!そのネコ缶はあたしがもらったー!」
ほーらとってこーい。――コードキャスト・筋力強化。対象俺。
「全力投球!?だが、真祖ワーーーープ!ゲットだにゃ!」
無駄にスキルを駆使しやがって。
「にゃっふっふ。ところで少年。このネコ缶どうしたのにゃ?」
1回戦で神父にとられたのあったろ?
何個かちょろまかしておいた。
しばらくはそれを食べるといい。
「しょ、少年……あたしのために……!」
気にするな。マイサーヴァント。
存分に食せ。
「にゃふー!いただきまーす!」
ところで、遠坂が幽霊でも見たような表情で固まっているんだが。
「……空間転移?発動速度も転移先指定の精確さも尋常じゃない。しかも発動にリスクもなさそう。なによそれ――!?」
遠坂?
どうしたんだ。
「え、あっ……世の不条理に嘆いていたところよ」
あぁ、わかる。
だが、あの生物に対して一々悩んでいたら不条理に押し潰されるぞ。
それで、ダン・ブラックモアさんがどうしたんだ?
「……一応話は聞いていたのね」
もちろんだとも。
俺は人の話をちゃんと聞く男だ。
「なんでそんな自信満々なのよ。それはともかく……ダン・ブラックモア。彼は西欧財閥の一角を担うある国の狙撃手よ。匍匐前進で1キロ以上進んで敵の司令官を狙撃するとか日常茶飯事。並の精神力じゃないわ」
匍匐前進で1キロ以上!?
そ、それはつまりこういうことか――!
穏やかな日差しが降り注ぐ朝。
始まりを告げる鐘の音に、生徒達が足早に教室へと移動する。
これから始まる授業に面倒くさいと不満を言うものもいれば、まだ朝だというのに放課後に何をするのか迷うものもいる。
どこにでもある日常。
穏やかで、ただゆったりと過す毎日。
「おーい。ナカオくーん!」
ふと、遠くから誰かが呼んでいることに気づく。
誰だろうか、振り向くとそこには――
「待ってよ~。僕も一緒に行くよー!」
鎧を身に纏った老人が匍匐前進で迫ってくる姿が――!?
……という光景が予選で繰り広げられていたと――!?
「なにその地獄絵図」
<あとがき>
全マスターを同じクラスにした予選風景の番外編を書いた。
予想以上に混沌だったので封印した。