(……やっちゃった) すずかは月村邸の洗面所で自己嫌悪に陥っていた。それはなのはとアリサの前で、本心をさらけ出してしまいそうになったからだ。 夜の一族の衝動というのは、大きくわけて二種類存在する。それは吸血衝動と破壊衝動だ。吸血衝動は血液パックで抑えることはでき、破壊衝動もきちんと血を飲んでいれば表に出てくることはない。 それを危うく、なのはとアリサの二人――いや、アリサに向けてしまうところだった。すずかの質問に対するアリサの答え。それは『持っている』人間だけができるものだった。 そもそもアリサとすずかの家はお金持ちという点においては同じである。広い敷地に広い屋敷、猫と犬の違いはあれど、多くの動物と共に暮らしている。メイドと執事に囲まれ、なのはという共通の友人もいる。 ――だが一点、致命的に違う点がある。普通の人間と夜の一族。その一点がアリサとすずかを致命的にわけ隔てていた。 自分と似ているからこそ大好きになれた。……それと同時にだからこそ憎らしい。アリサの全てを奪ってやりたい。(……って私は何を考えてるの!?) すずかは自分の考えに驚いた。どうやらまだ破壊衝動が収まっていないらしい。もう一度、自分を鎮めるために深呼吸する。しかし何度深呼吸しても衝動が収まりきらない。こうなると、アリサたちの元に戻る前に血を飲みに厨房に寄った方がよいかもしれない。そう思ったすずかは厨房に向かおうとする。だがその周囲の景色が歪み、すずかは月村邸から忽然と姿を消した。 ☆ ☆ ☆ フェイト・テスタロッサの朝は早い。だが例外もある。昨日、夜通しで飛んでいたフェイトが海鳴市に到着し、ベッドの中に入ったのは深夜のことだった。大人ならともかく、まだ九歳のフェイトが寝る時間としては、非常に遅い。アルフもシャルロッテとの戦闘で疲れているであろう主人を気遣い、朝に起こそうとはしなかった。 だからフェイトたちがジュエルシードの捜索を始めたのは、ほんの一時間ほど前からだった。空を飛び、広域サーチで周囲の魔力反応を探す。そして見つからなければ次の地点に移動して、またサーチする。そうした地道な作業を繰り返し、時間を掛けて探していくつもりだった。だが幸いなことに、ジュエルシードの反応はすぐに見つかった。 だがそれだけではなかった。ジュエルシードの反応があったすぐ近く、そこに魔女の結界と同様のものを発見したのだ。「これは、厄介なことになったね」 そもそもフェイトたちは魔女についてほとんど何も知らないといって等しい。シャルロッテとの戦いの時は、ほむらの助力が会ったおかげで難なく倒すことはできたが、今回もそう上手く行くとは限らない。止めの一撃こそフェイトのサンダースマッシャーだったものの、彼女が弱らせていなければどうなっていたか、二人には判断の付けようがなかった。 正直な話、倒せるものならば倒しておきたい。魔女を放っておけば一般人に被害が出る。それは彼女たちにとっても望むところではない。もちろん一番に優先すべきはジュエルシードだが、無関係な人々を死に至らしめる存在を放置するような真似はできない。「……わたしたちだけで、倒せるのかな?」【キミたちになら、それも可能だろうね】 自然と漏れるフェイトの不安。それに応えるかのように聞き覚えのある声がフェイトたちの脳裏に響く。周囲を見渡すと眼下に一匹の白い生物がいるのに気がついた。フェイトたちはその生物の元に向かって降り立つ。「……キュゥべえ?」「やぁフェイト・テスタロッサ。それにアルフ。初めまして」「あんた! どうしてここに!?」 いきなり現れたキュゥべえを露骨に警戒するアルフ。それもそのはずだ。キュゥべえと出会ったのは、海鳴から遠く離れた見滝原。夜通しで飛んでやってきたフェイトたちについてきたわけでもないのに、海鳴市にいるのはどう考えてもおかしい。「一つ、訂正させてもらいたいんだけど、昨日、見滝原で会ったボクと、ここにいるボクは別の存在だ」「……どういうことだい?」「簡単な話だよ。魔女はこの世界の至るところにいる。現にキミたちだって、先ほど発生した結界を感知したはずだ。それなのにボクがたった一匹で魔法少女を探していると思うのかい? ――答えは否だ。魔女があらゆる場所にいるように、ボクたちも世界中に散らばっている。そしてそれぞれの町で祈りを叶えたい少女を探しているというわけさ」「……じゃあなんで、あんたがあたしたちのことを知ってるんだい?」「世界中のボクたちは意識を共有しているんだ。だから言っただろう。『初めまして』って」 キュゥべえの説明を理解することはできたが、それでもアルフは警戒を緩めなかった。キュゥべえはやはり得体のしれない存在だ。ある意味、魔女以上に不気味だとアルフは感じ取っていた。「それでフェイト、実はキミにお願いがあってきたんだ」「あんたまさか、フェイトに魔法少女になって魔女と戦えっていうんじゃないだろうね?」 アルフとしては、それだけは何としても避けたかった。シャルロッテのような怪物と日夜、戦い続ける生活など、フェイトを不幸にするだけだ。「半分は当たりかな」「半分?」「そう、実は今、この町に魔法少女はいないんだ。一人、契約する直前の子がいるんだけど、どうやらその子が結界の中に捕らわれてしまったみたいなんだ。だからフェイト、その子を助けてあげてくれないかな?」 もちろんキュゥべえは、フェイトを魔法少女にできるのが最良と考えていた。今、この町で魔法少女資質を一番に持つのはフェイトだ。なのはも確かに強い資質を持っているが、それでもフェイトの持つ因果の深さには負けているように思う。 魔導師を魔法少女にすることができるかどうか、それは今はまだわからない。だがそれを確かめる意味でも本当はそう持ちかけたかった。しかしアルフのいる前ではそれは不可能だろう。もしフェイトに契約を持ちかければ問答無用で拳を叩き込む。そう彼女の目が語っていた。 だから今は、すずかの命を最優先と考えた。魔法少女にしてしまえばエネルギー回収は簡単に行えるが、普通の人間のままではそれも不可能。並みの魔法少女にしかならないとはいえ、ジュエルシードのことも考えると、このまま死なせてしまうのは非常に惜しい。 それにここでフェイトたちとの関係を深めておけば、いずれ魔導師やユーノについて聞ける機会があるかもしれない。彼女たちの使う魔法はなのはの使うものと同じなのだから、必ずつながりがあるはずだ。その情報は何としても手に入れなければならない。「……わかった」「フェイト、いいのかい?」「うん。母さんの願いを叶えるのは大事だけど、それでも誰かを見殺しにするようなことはできないから」「そりゃそうだね。……んじゃま、そういうわけだから、あんたには案内役を頼むよ」 アルフはキュゥべえの首根っこを掴むと、頭に乗せる。「……アルフ、ずるい」 それを見たフェイトが頬を膨らませて愚痴る。どうやらキュゥべえは自分が運びたかったらしい。見た目だけで言えば、キュゥべえは可愛らしいマスコットのような外見をしている。だからこそ、数多の少女が騙され、契約してしまうのだ。 アルフとしては、フェイトとキュゥべえを近づけたくないが故の行動だったが、それがフェイトを怒らすことになるとは思わなかった。「あー、えっと、これはだねぇ」 なんとか誤魔化そうとするアルフだったが、フェイトの無言の圧力に耐えきれなくなり、結局キュゥべえをフェイトに渡すことになった。受け取ったフェイトは、年相応の笑顔を浮かべると、その身体を強く抱きしめた。「……やれやれ、わけがわからないよ。こんなことしている場合じゃないのに……」 その胸の中でキュゥべえは小さくそう呟いたが、フェイトがその声に耳を貸すことはなかった。 ☆ ☆ ☆ すずかは自分の身に何が起きたのかわからなかった。自分は厨房に向かって廊下を歩いていたはずだ。それなのに気がついたらまったく見覚えのない場所に立っていた。いや、見覚えがないだけならまだいい。すずかの周りの景色は、彼女が歩くたびに変化し、道を複雑にしていく。まるで変化する迷路みたいだ。右を見れば、ウエスタン時代の街並み。左を見れば宇宙ステーションの残骸。そして再び右を見れば深海。光の届かない海の中を写したような暗闇。他にも表現しきれないくらい、様々な景色がすずかの前で変化していった。「もしかしてこれが魔女の結界?」 昨日、ある程度の話をキュゥべえから聞いていたすずかは、すぐにその可能性に思い当たった。しかし知識として理解していても、実際に体験するのとではまるで違う。すずかの目の前で繰り広げられる常識が通用しない光景に、彼女は身体を強張らせその場で膝をついていた。(……こ、恐い) 人間というものは未知のものに恐怖する。ホラー作品などまさにその極みだ。初めてホラー映画を見た人が驚くのは、突然お化けや怪物が画面内に現れるからだ。すずかも例に及ばず、目の前で移り変わる景色に恐怖を覚えていた。身体は震え、足はすくみ、まともに立っていることすらままならない。(……しっかりしないと) すずかは自分の両頬を手で叩く。痛みで強引に震えを抑える。こんなところで蹲っていたら、それこそ魔女の餌食になってしまう。今の自分は誰かに見張られているわけでも、ロープで縛られているわけでもない。自由に歩くことができる。ならば早くここから立ち去るべきだ。 なんとか立ちあがったすずかは、その場から駆け出す。走る音が辺りに反響する。その音を聞きつけたのか、異形の怪物がすずかの前に現れた。一言で表すなら人面蝶。しかしその顔は決して人間の顔ではあり得ない。鼻も口も一つずつだが、目の数が二つではなかった。七つ。その怪物には七つの目玉がついていた。それが三匹。その全てがすずかの姿を捉えて離さなかった。「……ひっ!!」 冷静さを取り戻したすずかだったが、再びパニックに陥ってしまう。夜の一族とはいえ、すずかの持っている力などほとんどない。せいぜい普通の人間より運動神経が良く、普通の人間より頭が良い。それもオリンピックを目指す候補選手や学者などに比べれば遥かに劣る。所詮、すずかなど少し優秀な人間でしかないのだ。アニメや小説のような強力な吸血鬼の能力があれば話は別だが、ほぼ普通の人間であるすずかにこの状況を打開できる手立てはなかった。 すずかはなんとか足の震えを止め、走り出す。しかし人面蝶はその見た目とは裏腹に、ものすごく速かった。あっという間にすずかを囲い込む。そしてジリジリと近づいてくる。「イ、イヤッ! 誰か助けて!!」 すずかは思わずその場に蹲り目を閉じる。辺りに響く爆音。そしてしばしの静寂。すずかが恐る恐る目を開けると、そこに人面蝶の姿はなく、代わりに金髪の少女の背中が映っていた。 ☆ ☆ ☆「大丈夫?」 フェイトは蹲っていたすずかに声を掛ける。髪は乱れ、目元には涙の跡がある。よっぽど恐い思いをしたのだろう。 人面蝶がすずかに群がる直前、フェイトは雷撃で吹き飛ばした。間一髪のところで誰かを助けるのはすでに二度目だ。それもこの世界に来てからまだ三日。元々、怪物退治に来たわけではないフェイトたちにとっては聊か複雑な気持ちだった。「すずか、怪我はないかい? こんなことになるなら、もっと早くに契約しておけばよかったよ」「キュゥ、べえ?」「そうだよ。まさかキミの家の中で結界が発生するなんて、思いもよらなかったよ」 キュゥべえの姿を見て安心したすずかは、その身体を強く抱きしめ泣き始めた。為すがままにされながら、キュゥべえは魔女が結界内を動き出したことを察知する。「……アルフ。すずかを連れて結界を出て。お願い」「フェイト!? それは……」 そしてそれはフェイトも同じだった。大きな魔力反応が近づいてくる。おそらくこの結界を作り出している魔女だろう。魔女を相手に自分がどこまで戦えるのかはわからない。それでも彼女は守らなければならない。だからこそフェイトはアルフにすずかを先に逃がすことを命じた。「いいから早く!」 だがフェイトたちにはそんな暇すら与えられなかった。辺りの景色が突然、ガラスのように割れる。そうして広がるのは花畑。ただし地面にだけではない。全方位、頭上にも壁にも花に包まれていた。それ以外に目立った障害物はない。それはすずかを隠せるような場所もないということを意味していた。 そうして魔女バルバラが姿を現した。最初に目につくのは巨大な花。花弁の色は虹色、辺りには鼻が曲がりそうなほどきつい香りが漂っている。樹齢何千年の樹木ほどある茎の先は無数の蔦にわかれている。その色は花弁と同じく虹色。その蔦の一つひとつの先に小さな花が咲き誇っていた。「昨日の魔女と、まるで違う」「魔女はその性質によって、姿形が違うんだ」 フェイトの疑問にキュゥべえが解説する。しかしフェイトにはその声を聞いている暇はなかった。それはバルバラから無数の蔦がフェイトに襲いかかってきたからだ。フェイトはその蔦を時にかわし、時に切り裂きながら距離を詰めていく。なんとか攻撃に転じたいところだったが、そんな暇もないくらいの勢いでフェイトに蔦が襲いかかる。 一方、アルフたちの元へも蔦が襲いかかってきていた。アルフは防御結界を張って持ちこたえる。しかし圧倒的な物量で迫る蔦に、押し潰されそうになっていた。「アルフ!? ――バルディッシュ、アークセイバー!」≪Yes sir. Arc Saber≫ フェイトはとっさにアークセイバーを放ち、アルフの防御結界を囲っていた蔦を切り裂く。しかし切り裂かれた傍から蔦が伸び、アルフの結界を圧迫し続ける。【フェイト、このままじゃ……】【わかってる。……だけど】 アルフを助け出すには、速攻でバルバラを倒しきるしかない。しかしまるでマシンガンのような蔦の猛襲がフェイトの動きを封じていた。何度か、花弁に向かってアークセイバーを放つことができたフェイトだったが、その周りには防護壁があるようで攻撃が届かない。(こうなったら……!) 遠距離攻撃が効かないのなら近距離から攻めるしかない。フェイトは魔女バルバラに向かって真っすぐ突っ込んでいく。もちろんそんなフェイトに向かって無数の蔦が襲いかかる。それをフェイトは紙一重でかわしていく。時にはクモの巣のように網を張り、フェイトの行く手を遮ろうとする蔦もある。だがそれもアークセイバーで切り裂き、確実に花弁へと近づいていった。「はぁーッ!!」 そしてフェイトはその勢いを殺さないまま、花弁に向かってサイズフォームのバルディッシュを叩きつけた。金色の刃と虹色の防護壁が火花を散らす。そうしている間に、フェイトの身体に蔦が絡みつく。「フェイト!?」 それを結界の中で見ていたアルフは声を上げる。しかしフェイトは攻撃を止めない。むしろその力をさらに強める。その甲斐あってか、少しずつバルディッシュの刃が防護壁に食い込んでいく。 だがそれと同時にフェイトの身体も蔦に包まれていく。すでに下半身は蔦で完全に覆われてしまっていた。上半身もほとんど見えない。このままじゃ、防護壁を破る前に魔女に捕らわれてしまうのは明白だった。「――バルディッシュ。お願い」≪Yes sir. Photon Lancer≫ それを打開するために周囲にフォトンランサーを展開する。その半分をアルフの結界に向けて飛ばし、そしてもう半分を自分の身体にぶつけた。アルフの結界に向けて飛ばしたフォトンランサーは、一切その結界を傷つけることなく、周囲の蔦だけ焼き焦がした。 しかしフェイト自身に向かって飛ばした物は違う。フェイトの攻撃魔法には電撃属性がつく。それを至近距離で食らえば、フェイト自身も感電するのは当然のことだ。「くぅ……あぅ……。はぁーッ!!」 だがそのおかげでフェイトに絡まっている蔦の大半は焼け落ちた。再び邪魔される前にフェイトは、バルディッシュに込める力を強める。そして一気にバルバラを守る結界を切り裂いた。「これで、おしまい!!」≪Scythe Slash≫ そしてそのままバルバラの胴体を一刀両断する。バルバラを倒した。――フェイトはそう確信していた。 ☆ ☆ ☆ すずかはアルフの作った結界の中でフェイトの戦いを眺めていた。自分と同じぐらいの年齢の女の子。それなのにも関わらず、巨大な魔女であるバルバラに向かって果敢に挑んでいく。自分に近づく蔦をギリギリで避けながらバルバラに向かって飛んでいく。「はぁーッ!!」 そしてついにフェイトはバルバラに肉薄すると、その身体に鎌を突き立てた。だがその攻撃はバルバラを守る結界によって阻まれる。それでもフェイトは引かなかった。身体に蔦がいくら巻きつこうとも、その場から離れようとしなかった。「フェイト!?」 結界を張っていたアルフが声を荒げる。フェイトの身体はバルバラの蔦によって覆われていく。しかしフェイトはそんなことにまるで気付かないように攻撃をし続ける。そしてあっという間に蔦に包まれてしまう。そうしてフェイトの全身が包まれた時、バルディッシュから光の刃が消えた。「フェイトォォォーーー!!」 アルフが咆哮する。だがその声はフェイトには届かない。フェイトは今、バルバラが作りだした夢の中にいた。バルバラの本体や蔦の先に咲いている花弁から放たれる甘い香り。それは対象の意識を幻惑する効果が含まれていたのだ。その結果、フェイトはバルバラを倒した幻を見せられ、身動きが取れなくなってしまった。「すずか。この場を打開するには、キミが魔法少女になるしかない」 この状況に危機を感じたキュゥべえがすずかに語りかける。「このままではフェイトは死ぬ。そしてボクたちもいずれは、あの魔女にやられるだろう。それを打開するには、キミの力が必要だ」「で、でも、私は……」「すずか、ボクにはキミが何を迷っているのかはわからない。でも叶えたい願いはあるんだろう? それを叶えないうちに死んでしまっていいのかい?」 キュゥべえはすずかに何かしらの願いがあることを見抜いていた。ただ魔法少女になる決断ができないだけ。だからこそ一日の猶予が欲しいことを持ちかけられた時、キュゥべえはその提案を受け入れた。一日経てば、彼女は魔法少女になるという確信があったから。 しかしキュゥべえは知らないことだが、魔法少女になるということはすずかの願いが完全に叶わないことを意味する。彼女の願いは普通の女の子になること。それをキュゥべえに願えば、彼女は夜の一族ではなくなることはできるかもしれない。だがその代わりに魔法少女になる。魔法少女は決して普通の人間とは呼べない。そのことがこんな状況でも、すずかを迷わせていた。「……すずかって言ったね」 そんなすずかにアルフが声を掛ける。「お願いだよ。フェイトを助けておくれよ。このままフェイトが死んじまったら、あたしは、あたしは……」 アルフは泣きながら、すずかに懇願する。フェイトが死ねば、使い魔であるアルフは消える。それは恐くない。そんなのは最初からわかりきっていたことだし、覚悟もしていた。だがフェイトを守れず消えるのがアルフには恐かった。群れからはぐれ、自分の命を救ってくれたフェイト。そんなフェイトを守りきることができず、なにが使い魔か。本当ならすずかたちを放って助けに行きたい。だがフェイトに頼まれた。すずかを守れと。だからアルフはその使命を守る。唇を噛み締めながら、フェイトを助けに行きたい思いを我慢する。「……っ!! キュゥべえ、お願い」 そんなアルフの姿を見て、すずかは自分の迷いを断ち切る。魔女は恐い。自分ではフェイトのように上手く戦えないかもしれない。 ――だがそれ以上に今、ここで何もできないまま死ぬのは嫌だった。「それじゃあすずか、願いを言ってごらん」 キュゥべえの問いかけに、すずかは自分の素直な思いを告げる。今まで望んでいた願いではなく、この場で生まれた強い想い。その全てをキュゥべえに捧げた。「私は――私は強くなりたい」「夜の一族である私を受け入れられる強さを――」「私の大切な人たちを守れる強さを――」「そして運命を切り開いていける強さを――」「――そう、私は強く在りたい」 普通の女の子になること。それは確かにすずかの願いであり夢だった。だが夜の一族であることを止めて普通の女の子になったところで何になるというのだ。確かに吸血衝動や破壊衝動に怯えなくなるかもしれない。なのはやアリサに隠しごとをしなくて済むかもしれない。 ――だがそれだけだ。それよりもすずかは、その運命を受け入れて、さらに切り開く強さを選んだ。他人を気遣う優しさを持つ高町なのはのように。自分を信じる強さを持つアリサ・バニングスのように。果敢に魔女に挑んでいったフェイト・テスタロッサのように。そして……涙を浮かべながら自分を守ってくれたアルフのように。「契約は成立だ。キミの祈りはエントロピーを凌駕した。さぁ、解き放ってごらん。その新しい力を」 すずかの胸から赤紫色の輝きをした宝石が出てくる。ソウルジェム。願いをかなえた代償として出てくる魔法少女の命。それを手に持ち、すずかは祈った。あいつを倒せる力を――。フェイトを助け出す強さを――。 ――そして次の瞬間、すずかの姿は輝きに包まれた。2012/6/5 初投稿2012/12/25 第2.5話のシャルロッテ戦の顛末の修正により、矛盾が発生した部分があったので微修正