光に包まれたすずかの姿は、まるで別人のように変わっていた。 まず目につくのは赤い瞳だ。すずかの本来の瞳の色は紫だ。それが今は血のような深紅に染まっている。さらに口元からは牙が見え隠れしている。長く伸びた犬歯は、とても人間のものとは思えない。服装は赤と黒を基調にしたシックなドレス。その胸元には彼女のソウルジェムが赤紫色の輝きを見せている。そんな彼女の手には一本の刀が握られていた。その刃も銀色ではなく深紅。まるで人を斬り、血を吸って色づいたかのような血色だ。 彼女の姿はさも、伝説の中の吸血鬼のようだった。子供なので風格はないが、その全身から漂う威圧感に近くにいたアルフは身震いした。「アルフさん、結界を解いてください」「……えっ? でもそんなことしたら……」 突然のことにアルフはしどろもどろになって答える。心なしかすずかの口調も少し高圧的に思えた。「解きたくないなら、私が自分で破っても構いませんよ」 すずかは手に持った刀を構える。まるで居合のような構え。しかしその刀は鞘に収まっていない。むき出しの刃の部分を、さも鞘があるかのように握る。当然、その手は切れ、血が刃に滴る。だが決して床に垂れることはなかった。すずかの手から零れる血を、刀が吸収しているからだ。「アルフさん、早く!!」 すずかが急かすように告げる。その言葉にただならぬ気配を感じ取ったアルフは、すぐに防御結界を解除した。結界がなくなると同時に、囲っていた蔦が襲いかかってくる。「赫血閃ッ!!」 その蔦がすずかたちの身体に触れる前に、刀を薙いだ。 薙いだ刀から飛ぶ赤い閃光。前後に放たれたそれらは、周りに広がっていた蔦を滅していく。切り裂かれているのではない。当たった端から燃焼しているのだ。それを茫然と眺めているアルフ。茫然としていたアルフが気がついた時には、すでにすずかは動き出していた。彼女は目にも止まらぬ勢いで魔女の目の前に行くと、その脇にあった蔦の塊を切り裂いていく。そしてその中から気絶したフェイトを救い出した。「これは、想像以上だ」 すずかの動きを見てキュゥべえが呟く。だがすずかがそれほどの強さを発揮したのは、ある意味で当然のことなのかもしれない。彼女の願いは強く在ること。つまりあれはすずかの理想の強さなのだ。もしも、すずかの願いが当初の普通の女の子になることだったならば、これほど圧倒的な展開にはならなかっただろう。 しかしそれだけでは説明がつかないことがある。それはすずかの力が強いだけでなく、戦い慣れていたことだ。蔦をかわす動きも最小限のもので、攻撃の切れ味も鋭い。さっきまでただの少女だったすずかが、願うだけでここまで別人のような動きができるものだろうか? 今まで数多の少女の願いを叶えてきたキュゥべえだったが、すずかのような例は初めてだった。「アルフさん。フェイトちゃんをお願いします」「あ、あぁ、わかったよ」 魔女の猛攻を振り切りアルフたちの元へすずかが戻ってくる。そしてその手の中で眠っているフェイトをアルフに託すとすぐさま、戦場に戻っていく。そんなすずかにバルバラの蔦が無数に襲いかかる。しかしそれを悉くかわしていく。(――見える) すずかには魔女の攻撃が手に取るように見えた。いや、攻撃だけじゃあない。魔女が展開する見えない防御結界、そして魔女の心臓ともいうべき核。その位置が彼女の目にははっきりと写されていた。 すずかは刀身に親指を当てる。切れた親指から流れる血液を刀に吸わせる。血を吸うごとに手に持つ刀の鼓動を感じる。 そう――この刀は生きていた。すずかとは違う生命、はっきりとした命を持っている。名前は火血刀。火途、血途、刀途の三途からなる地獄、畜生、餓鬼の三悪道の名だ。火途とは猛火で身を焼かれる地獄道。血途とは互いに食い合う畜生道。刀途とは刀剣や杖で脅迫される餓鬼道を意味する。それら三つの性質をこの刀は持っていた。 その刃から放たれるのが赫血閃。先ほど蔦を燃やしつくした技の名前だ。自分の血液を贄に、他者を食らいつくす業火の刃。吸わせる血が多ければ多いほど、強靭で強力な力となる。 その刀は本来、この世に存在しないものだ。だがすずかはその名を最初から知っていた。それはすずかの書いていた小説の主人公の持つ刀だったからだ。いや、刀だけじゃない。彼女が魔法少女になった姿、それ自体が小説の主人公の姿だったのだ。自分が思い描いた小説のキャラクター。その能力や技を、すずかは全て把握している。だからこそ彼女は、魔法少女になりたてだというのに、自分の力を完全にコントロールできていた。 一撃でバルバラを倒すために、すずかは火血刀に血を吸わせる。そしてその吸血鬼の眼で見抜いた、バルバラの核へと近づいていく。 ――バルバラの核、それは根っこの部分にあった。植物が栄養を採り入れる箇所は大きく分けて二つ。すなわち葉と根だ。葉で太陽光を吸い、根で地面の水分を吸う。しかしバルバラには葉はない。あるのは大量に咲き誇る花だけだ。ならばその心臓部が根っこであるのは当然の帰結だった。 すずかは射線上にバルバラの核を捉える。そして先ほどと同じように居合の構えをし、一気に解き放った。「赫血閃ッ!!」 叫ぶ技の名前は同じ。しかしその威力は先ほどとは比較にならない。最初に放った赫血閃では蔦は燃えて、後には燃えカスを残した。しかし今度の赫血閃では、まるで蒸発していくように触れた端から消滅していく。蔦だけでなく、防護結界でも一瞬の足止めにすらならない。もはやバルバラにその閃光を止める術はなかった。「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!」 核が斬り裂かれたバルバラは声にはならない悲鳴を上げ、燃え尽きる。その炎が消え去った時、そこには真っ二つに切られた小さな使い魔と二つの宝石が落ちていた。それはグリーフシードとジュエルシードだった。 ☆「ふぅ~」 裂かれた使い魔の姿と共に結界が消え、周囲の景色は月村邸の廊下へと戻る。魔法少女の衣装から普段着に戻ったすずかは、その場で腰が抜けたかのように倒れこんだ。そんなすずかの元に近づいてくるアルフとキュゥべえ。二人はその足元に転がっている青い宝石を見てとても驚いた。「これはジュエルシードじゃないか!? こっちの黒いのはよくわからないけど」「黒い方はグリーフシードだね。あれほどの魔女だったんだ。むしろ持っていない方がおかしい。しかし……」 キュゥべえはバルバラが倒された時に現れた使い魔の姿を思い出す。真っ二つに裂かれ、燃えていた使い魔。すずかの攻撃の射線上には、使い魔などいなかっただずだ。だとすると……。「すずか、立てるかい?」「あ、ありがとうございます。アルフさん」 キュゥべえがそんなことを考えている間に、アルフがすずかを気遣うように手を差し出す。すずかはその手を受け取るとゆっくりと立ち上がった。「礼を言うのはこっちのだよ。フェイトを助けてくれて、ありがとね」 アルフの背中に背負われて眠っているフェイトには目立った外傷はない。バルバラも倒されたことだし、もう少ししたら目が覚めるだろう。「それじゃ、あたしたちは行くよ」 アルフは床に落ちていたジュエルシードを拾い上げると、すずかにそう告げる。「ちょ、ちょっと待ってください、アルフさん。フェイトちゃんを休ませないと……」「流石にそこまで世話になれないよ。それにあたしたちのことを家族にどう説明するんだい? まさか魔法少女と魔女のことを話すわけにもいかないだろ?」 アルフの言うとおり、すずかには忍たちに説明する言葉を持ち合わせていなかった。自分が魔法少女と呼ばれる存在になり、魔女と戦うことになったなどと話したら、きっと忍は放っておかないだろう。そして自分を手伝おうとするはずだ。だがそんなことをさせるわけにはいかない。夜の一族とはいえ、魔法の使えない忍たちがあの魔女と戦えるとは思えなかった。 終始、圧倒しているように見えたバルバラ戦だが、実のところすずかに余裕はなかった。初めて魔法を使うということもあっただろうが、時間を掛けて戦えば自分もフェイトと同じように幻惑に捕らわれてしまうことがわかっていたからだ。 吸血鬼化したことで全ての五感が常人以上になっていたすずかにとって、あの臭いはとてもつらいものだった。だからこそ圧倒的な力で全てを燃やし尽くすような戦い方をしたのだ。 そんな戦いに自分の家族や友達を巻き込めるはずがない。事情を話せるのは精々、フェイトたちのような他の魔法少女だけだろう。「わかりました。でも、また会えますか?」「……そうだね。今度、フェイトと一緒に改めてお礼を言いに来るよ」 そう言ってアルフはすずかの頭を優しく撫でる。「んじゃ、またね。すずか」 そう言ってアルフは、近くの窓を開けると、そこから飛び去っていった。その姿をすずかは見えなくなるまで見送った。 ☆「すずか、大丈夫かい?」 すずかの肩に乗ったキュゥべえが、気遣うように声を掛けてくる。キュゥべえの目にはすずかが酷く消耗しているように見えた。「うん、大丈夫だよ」 そうは言うものの、すずかはフラフラだった。その原因は貧血。敵の攻撃を受けてはいないとはいえ、戦闘で大量に血を消費してしまった。これで貧血になるのは無理がない。「すずか、とりあえずグリーフシードを」「そう、だね」 昨日のうちに一通りの説明を受けていたすずかは、その言葉だけでキュゥべえが言わんとすることがわかった。グリーフシードを使って魔力供給する。魔法少女の魔力は無限ではない。使えば使うほど、ソウルジェムは穢れていく。その穢れを払うために使うのが、魔女の落とすグリーフシードだ。 すずかは足元のグリーフシードを手に取ると、自分のソウルジェムに当てる。するとソウルジェムの穢れがグリーフシードに吸い込まれていく。穢れがなくなったすずかのソウルジェムは、元の赤紫色の輝きを取り戻していた。それと同時に先ほどまで感じていた倦怠感も幾らか楽になった。「キュゥべえ、使い終わったグリーフシードってどうするの?」「使い終わったグリーフシードはボクが回収することになっているんだけど、そのグリーフシードはまだ使えそうだからすずかが持っていていいよ」「うん、わかった」 そうしてすずかは軽い足取りで厨房に向かって歩き出した。 ☆ 仮住まいに戻ってフェイトを寝かしたアルフ。フェイトの寝顔は安らかなもので、目立った外傷もない。しかしフェイトの身を案じたアルフは、熱心に看病した。「……アルフ?」「フェイト、目が覚めたんだね」 その甲斐もあってか、夜にはフェイトが目を覚ました。どうして自分が寝ているのか、フェイトはアルフに尋ねる。そこで聞かされたのは、自分がバルバラの幻惑に陥ってしまい、そこを魔法少女になったすずかに助けられたということだった。「ごめんね。アルフ、心配かけて」「いいんだよ。フェイトが無事ならそれで」 幻惑にかかっていたことなど、フェイトは全く気付いていなかった。彼女の中ではバルバラは自身の手で倒し、ジュエルシードもきちんと手に入れられていた。「そういえばジュエルシードは?」「それなら心配しなくてもいいよ、ほら」 アルフはバルバラが落としたジュエルシードをフェイトに見せる。ほっとした表情を浮かべるフェイト。だが昼間、広域サーチをした時の反応を思い出したフェイトはアルフに尋ねた。「アルフ、もう一つのジュエルシードは?」 フェイトの問いかけに押し黙るアルフ。 実はバルバラの結界に入る前、フェイトたちが察知したジュエルシードの反応は二つあった。正確な位置を掴んでいたわけではなかったが、まず間違いなくあの付近には二個のジュエルシードがあったはずだ。本来ならばそちらを先に回収に行くところだが、魔女の結界がどういう影響を及ぼすのかわからない。だからこそキュゥべえの頼みを聞き、先に結界内に入っていったのだ。 しばらく押し黙っていたアルフだったが、フェイトの目に見つめられ言いずらそうに口にした。「…………ごめん、フェイト。でもフェイトのことが心配だったから!」 アルフにとってはプレシアの願いより、フェイトの身の方が大事だった。だからこそ彼女は、付近にあるはずのジュエルシードの捜索をせず、彼女を連れて隠れ家に帰ったのだ。 考えようによっては、その中で一個だけでもジュエルシードが手に入ったのは僥倖と言えるだろう。しかしプレシアはできるだけ多くのジュエルシードを必要としている。せっかく見つけたジュエルシードを見逃すわけにはいかない。フェイトは自分の身体を起こす。「駄目だよ、まだ寝てなきゃ」 だがそれをアルフが制する。「でもあそこにはもう一個、ジュエルシードがあったんだよ。回収しなくちゃ……」 無理にでも立ち上がろうとするフェイト。しかし彼女の身体は震え、上手く立てないようだった。 確かにフェイトの身体には外傷はない。しかしその魔力は酷く衰弱していた。蔦の中に閉じ込められていたフェイトは、その中でバルバラに魔力を吸収されていたのだ。一日眠れば回復するだろうが、彼女にはそれを待つほどの余裕はなかった。そうしておぼつかない足取りで歩き出したフェイトは、その場に倒れそうになる。それをアルフがそっと抱きとめた。「フェイト、そんな身体で無茶だよ」「でも、折角見つけたジュエルシードが……」「だからってそんな身体で回収しに行くことないよ。ジュエルシードはあたしが探してくるから、フェイトは今日一日、じっとしてて」 アルフはフェイトの目を見てまっすぐ告げる。その目を見て、フェイトはアルフを信頼して、任せることにした。「……わかった」 ベッドに戻ったフェイトはアルフを安心させるために目を閉じる。するとすぐに眠気が襲ってくる。それに身を任せ、彼女は夢の世界へと落ちていった。 それを見届けたアルフは、月村邸付近でもう一つのジュエルシードの反応を探す。だがいくら探しても、ジュエルシードの反応が見つからず、フェイトに謝ることになるのだった。☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★オマケ 魔女バルバラのパーソナルデータバルバラ花畑の魔女。その性質は幻想。魔法少女になる時の願いは、砂漠にオアシスを作ること。砂漠で遭難し、死にかけた自分が見た幻のオアシスを本物だと思い続け、無意識にキュゥべえに願い実体化させてしまった。将来の夢はお花屋さん。オリジナル魔女を登場させたら、毎回こんな感じのものを書いていこうと思います。一応、「まどか☆マギカ」の公式ページの魔女表をベースに、契約時の願いごとも毎回考えて書いていこうと思っています。またすずかの魔法少女としてのステータス表は、次回更新時になのはやフェイトのも含めて載せようと思っています。まぁなのはたちの表は、基本的に原作と変わらないんですけどねw2012/6/9 初投稿2012/6/12 誤字脱字、および一部表現を修正