「今日も魔女探しにはわたしも付き合うからねっ! 別にしゃべるイタチや大きな子猫が見たいとか、そういうわけじゃないからねっ!」 早朝、ゆまに黙ってホテルを出ようとした杏子だったが、その甘い考えは即座に打ち砕かれた。普段、杏子はゆまを置いて魔女探しを行っている。だがそれにはわけがある。ゆまがこれ以上、魔法少女に対して憧れてしまうのを避けるためだ。 しかしここ数日、杏子はゆまを連れて魔女探しを行っていた。それは彼女が起きる頃には、すでにゆまが準備万端といった具合に身支度を整え終わっているからである。「……はぁ」 そして今日もリュックサックを背負って、欠伸を浮かべているゆまを見てため息をつく。現在時刻は午前四時である。まだ日が昇り始めたばかりだ。眠くて当たり前の時間だろう。 そもそも事の発端を作ったのは杏子自身である。この前、ゆまにした動物の話は、彼女の心を鷲掴みにしてしまったのだ。ゆまを喜ばすためにあのような話をしたのだが、それがこのような結果をもたらすとは、杏子には予想外だった。「……わかった。ただし、もう少し寝とけ。あたしも二度寝するから」 すでに説得が不可能だと判断した杏子は、互いの寝不足を解消するために二度寝を提案する。ゆまが眠いのはもちろんだが、杏子自身もまだ寝足りないのだ。それでも四時に起きたのは、この時間ならゆまを出し抜けると思ったからだ。しかしそれが通用しない以上、万全な状態でゆまを連れていった方が安全だ。「一人で行ったりしない?」「しねぇよ。ほら、ベッドに入ろうぜ」 不安げなゆまを安心させるために、杏子は先にベッドの中に入る。そして布団を上げ、ゆまを向かい入れる姿勢を作る。ゆまは少し迷ったようだったが、リュックサックを置いて、杏子のいるベッドの中に入っていった。 ☆ 同時刻、フェイトはすでにジュエルシードの捜索を始めようとしていた。バルバラ戦を行った日はアルフのことを立てて一日休んだものの、その次の日からは積極的にジュエルシードを探していた。むしろ一日、休んだからこそ、その遅れを取り戻す意味でも早朝から捜索を行っていた。その甲斐あってか、フェイトはさらにもう一つ、ジュエルシードを見つけていた。「フェイト、身体は大丈夫かい?」「大丈夫だよ」 このやり取りもすでに三日になる。バルバラ戦以来、アルフはフェイトに対して過保護になってしまっていた。彼女の命令に従い、すずかを守り続けたアルフだったが、それでも主人を危機に晒してしまったことを心の底から悔いていた。だから口を開けば、フェイトの身体のことばかり。そんなアルフの気遣いにフェイトは鬱陶しいと思うことはなく、ただただ感謝するばかりだった。「それじゃあアルフはあっちの方を探してくれる? わたしはこっちを探すから」「了解。でもフェイト、もしジュエルシードを見つけても一人で封印しようとはせず、必ずあたしを呼ぶんだよ」「わかった」 フェイトは笑顔でアルフに答えると、その場から飛び去った。アルフはその後ろ姿を心配そうな眼差しで眺めていた。 ☆ 高町家は皆、朝に強い。翠屋の店主である士郎と妻の桃子は仕込みの関係から、毎朝五時には仕込みを始めていた。恭也と美由希も剣術の朝稽古が日課なので、遅くても六時には着替え終わっている。 そんな朝型一家の高町家であるが、なのはだけは少しだけ朝に弱かった。彼女が普段、起きるのは七時である。だがたまに目覚ましに気付かず、眠り続けてしまうことがある。だからなのははいつも六時四五分から目覚ましを鳴らすようにしている。そうすれば一度目の目覚ましの音に気付かなくても、スヌーズ機能により、二度三度と目覚ましは鳴り続け、七時に目を覚ますことができるからだ。 しかし最近のなのはの起きる時刻は七時ではない。五時である。それはユーノから魔法を習うためだ。放課後はジュエルシード探しをしなくてはならないなのはたちにとって、朝の時間は貴重である。そこで散歩と称してユーノと出掛け、魔法を習得していったのだ。【なのは、朝だよ】 だが七時に起きていた子が五時起きになるというのは、言うほど楽なものではない。それでもなのはが起きることができるのは、毎朝ユーノが起こしてくれるからに他ならない。ユーノは高町一家ほどではないにしろ、朝に強かった。だからなのはの目覚ましが鳴り始めた時、決まってなのはより目を覚ます。そしていまだベッドから出てこないなのはを念話で起こす。それがここ数日ですっかり習慣と化していたのだ。「ふぁ~あ、おはよう、ユーノくん」 なのはは寝ぼけ眼をこすりながら、ユーノに挨拶する。その仕草は実に無防備だ。髪の毛は無造作にはね、口元にはよだれを垂らした後もある。決して他人には見せられない姿だった。もしユーノがフェレットではなく、普通の男の子であると知っていたら、きっと顔を真っ赤にして恥ずかしがっているところだろう。 そんなユーノを尻目に、なのはは自分の寝巻に手を掛け、素肌を晒していく。ユーノは身体を180度回転させ、目を瞑る。背後からは布の擦れる音が聞こえる。顔を真っ赤にしつつ、その脳裏ではなのはの着替える光景を思い浮かべては、首を振るユーノ。 何故、なのはが自分に対して無防備なのか、ユーノは考えたこともある。そこで思い当ったのが、ミッドチルダと地球とでの価値観の違いだ。生活環境が変われば価値観が変わる。おそらく地球ではなのはぐらいの子供には、そこまでの羞恥心はないのだろう。そうでなければ、なのはが目の前で着替えたり、自分を連れてトイレやお風呂に入ろうとするはずがない。 実際はユーノの正体を知らないだけなのだが、ユーノは最初になのはに会った時に自分の正体を見せていると思い込んでいたので、その考えには至らなかった。どちらにしてもユーノが察し、なのはの姿を見ないようにするしかない。 悶々としているユーノの背後でテキパキと支度をするなのは。そんな彼女が部屋から出ても、ユーノは気付くことはなく、背後で行われている光景を頭の中で夢想するのであった。 ☆「すずか、なんだか寝むたそうね」 小学校に向かうバスの中、一番奥の後部座席で、すずかがあくびをしたのを見てアリサが尋ねた。「うん、ちょっと夜更かししちゃってね」「それって、この前言ってた小説を書いてたから?」「ち、違うよ~」 すずかの寝不足の原因、その大部分は彼女が魔法少女になったことにあった。まだ魔法少女になりたてのすずかは覚えなければならないことが多い。そのため毎夜、キュゥべえに様々なことを教えてもらいながら、使い魔相手に実戦訓練を繰り返していた。 ちなみにこの場にキュゥべえの姿はない。基本的にキュゥべえがすずかの前に現れるのは夜だけだ。それ以外の間、キュゥべえは他の魔法少女になり得る子供を探している。本来なら成り立ての魔法少女には慣れるまでキュゥべえがついて教えることになっている。しかしすずかの力が強いとはいえ、ジュエルシードを奪う戦いを行うには、彼女一人では心伴い。だからこそキュゥべえは、さらなる魔法少女候補を探し続けていたのだ。「まぁいいわ。それで、その小説はいつ読ませてくれるの?」 すずかが小説を書いていると聞いて以来、アリサは事あるごとに小説の内容を尋ねた。「だから、完成するまで待ってよ」「それじゃあ、いつ完成するのよ?」「それは、わからないけど……」「なら完成してなくてもいいから、あたしに見せなさいよ。もっとちゃんとアドバイスしてあげられると思うし」 どんなに頼まれてもすずかは小説を誰かに見せるつもりはない。あのような血みどろでグロテスクでスプラッタな小説を書いていることが知られたら、アリサもなのはもドン引きしてしまうだろう。「ごめんね。やっぱり完成するまでは恥ずかしいから」「ちぇ~」 残念そうな表情を浮かべるアリサ。夜の一族や魔法少女という絶対に秘密にしておかなければならないこともあるので、見せられるような自作小説は読ませてあげたかった。しかし内容が内容だけにそれは絶対にできない。こんなことなら普通の恋愛小説でも書いておくんだった。(もし恋愛小説を書いていたのなら、魔法少女姿はどうなっていたのかな?) バルバラとの戦いの時はそこまで冷静に自分を観察できなかったので気付かなかったが、すずかの魔法少女に変身した姿は、自身の書いている小説の主人公と全く同じものだ。その子は高校生、自分は小学生という違いはあるものの、頭の中で思い浮かべていた服装や戦闘スタイルそのまんまの戦い方だった。 すずかはあの時、強く在ることをキュゥべえに願った。臆病な自分を捨て、誰かを守れる自分を創造した。その結果があの小説のキャラクターになるとは思っていなかった。(確かにあの子は強い吸血鬼っていう設定で考えてたけど……) 自分が願った強さとは外見の強さではない。他人を守れる心の強さ。それを願ったのだ。その願いが叶っているのか、今のすずかにはまったくわからない。(だけど……) すずかはバスの中の人たちの姿を見る。私立聖祥大附属小学校の送迎バス。その中にいる子供たちが笑顔を浮かべて和気藹藹に話をしている。「あっ、なのは、おはよう」「おはよう。アリサちゃん、すずかちゃん」「おはよう、なのはちゃん」 そして、自分の横に座る二人の親友、なのはとアリサ。自分が今、笑顔を浮かべられるのは、この二人のおかげでもある。(私は平和を守れる力は手に入れたんだもん。頑張らなきゃ!) すずかは眠気を押し殺し、改めて魔法少女としての使命を全うすることを決意するのであった。 ☆「まさかキミがこの町に来てるとはね」「うわぁ、キュゥべえだ~」 二度寝を終え、ファミリーレストランで遅い朝食をとっていた杏子とゆまは、そこでキュゥべえと遭遇した。キュゥべえの姿を見たゆまは食事をそっちのけ、その身体を抱きかかえる。「……何の用だよ」 それを杏子は不機嫌そうな表情で眺めていた。杏子としては一刻も早く、この場からキュゥべえに去って欲しかった。隙あらばゆまを魔法少女にしようとするキュゥべえに、杏子は腹を立てていた。ゆまもゆまで、隙あらばキュゥべえに願いを告げ、魔法少女になってしまう魂胆を企てていたのだから、杏子の苛立ちは当然のものだろう。 むしろこの一ヶ月、杏子はキュゥべえのいない町を探し歩いていたといっても良い。ゆまが一人で生きていけるようになった時、キュゥべえのいる町には置いていけない。神出鬼没だが、どこかに穴があるはずだ。それを探すために各地を転々としていたのだ。「今日はキミにとって良い話を伝えにきたんだ」「良い話?」 胡散臭い。実に胡散臭い。キュゥべえが自分に対して良い話を持ってくるはずがない。そこには必ず裏がある。初めて見た時は可愛らしい生物だと思ったが、今ではこの能面のような変化のない表情が気持ち悪い。こいつの表情のなさは、何か後ろめたいことを隠すために存在している。付き合いの長い杏子にはそれがわかっていたからこそ、ゆまとキュゥべえを出会わせることに過敏になっていた。「ああ、取引と言い換えてもいい。杏子がこの話に乗ってくれたら、ゆまを魔法少女にしないと約束しよう」「えー、それは困るよー。わたしは早く魔法少女になってキョーコのことを助けたいんだよ?」「ゆまはちょっと黙ってろ!」「ぶーぶー」 ゆまの言葉は置いておくとして、キュゥべえの発言は杏子には到底信じられないものだった。それはキュゥべえが魔力を持つ少女を見つけては手当たり次第に魔法少女に変えていく姿を見てきたからだ。自分が行く先々の町で新しい魔法少女を作りだし、その面倒を押し付けられてきた杏子からしてみれば、明日は槍でも降るんじゃないかと思わせるほど意外な言葉だった。「……とりあえず、話を聞かせなよ」「キミに頼みたいことは二つだ。一つは新しい魔法少女を鍛えてもらいたいということ」「ちょっと待て。またあたしに子守りの真似ごとをさせるつもりなのか!?」 杏子は反射的に言い返す。それは昔、キュゥべえに騙されたことが原因だ。絶好の狩り場があると言われやってきた町。しかしそこで待っていたのは、五人の新人の魔法少女。しかも全員年下で、テレビアニメの魔法少女ものにでも憧れたのか、マミみたいに必殺技名を叫んだり、ポーズばかり決めようとする素人集団だった。確かに異様に魔女の多い町だったが、それ以上に子守りが大変で、ソウルジェムの穢れる速度がいつも以上に早かった。結果的には予備のグリーフシードまで使い尽くす羽目になったぐらいだ。そんな経験は二度とごめんだった。「安心していいよ、杏子。その新しい魔法少女はすずかって言うんだけど、実力はぴか一だから。ちょっとコツを教えれば、すぐに一人で魔女を探して戦えるようになると思う」「……へぇ~」 成り立ての魔法少女をキュゥべえが褒めるのは実に珍しいことだった。そもそもキュゥべえは魔法少女が一人立ちするまで、戦闘のサポートや指南するという役目もある。自分にはマミという手本になる魔法少女がいたが、マミの場合は全てキュゥべえに教わったと聞いたことがある。マミほどの魔法少女ですら、キュゥべえの指南を受けなければ強くなれなかったというのに、そいつは初めから強いという言葉に杏子は興味を引いた。(そういえば……) 杏子はイタチや猫といた少女のことを思い出す。直接、戦闘になったわけではないのではっきりとしたことはわからなかったが、あの少女の魔力量は尋常ではなかった。今まで杏子が知り合った中で一番、魔力が多いと思っているのはマミだ。だがあの少女はそんなマミをも超える魔力を持っていた気がする。「だが、そいつはごめんだな」「理由を聞いてもいいかい?」 杏子はキュゥべえの頼みを断る。絶大な魔力量を持つ魔法少女というのには興味がある。今でも十分強いなら、杏子が鍛えれ、慣れてくればより強くなるのは間違いない。だがその後が問題だ。もしそいつと敵対することになった場合、杏子はまず負ける。もしすずかというのが昨日の魔法少女だとすると、単純に魔力でぶつかりあった場合、勝負は一瞬でつくだろう。そんな相手をこれ以上、強くするメリットは杏子には感じられなかった。もちろん、それをそのまま答える杏子ではない。「あたしはすでにお荷物を一人、抱えてんだ。これ以上抱えられるかってんだ」「お、お荷物ってなによ! わたしだって魔法少女になればすぐにキョーコなんか倒せるようになるんだから。そういうわけだから、キュゥべえ、契約お願い」「だからおまえは魔法少女になろうとするなって言ってんだろ!」「ぶーぶー」 ゆまを怒鳴りつけると、杏子はその胸に抱かれたキュゥべえを奪い去り、そのまま放り投ようとする。「杏子、投げるのはちょっと待ってくれ」「なんだよ。あたしはこれでも忙しいんだよ。今日はゆまの動物探しに付き合わないといけないんだから」「いや、もう一つの頼みごとだけでも聞いてくれないかなと思ってね」 そういえばキュゥべえは二つ頼みたいことがあると言っていた。どうせ碌でもない頼みごとなんだろうが、話を聞くといった手前、このまま放り投げるのは流石に悪いと思い、自分の横に座らせた。「それで、もう一つの頼みってなんだよ?」「それはジュエルシード集めを手伝ってほしいんだ」「ジュエルシード?」 聞き覚えのない単語に、杏子は頭を傾げる。「うん、これなんだけどね」 キュゥべえはどこからともなく青い宝石を取り出す。それはキュゥべえが作りだしたジュエルシードのレプリカだった。ソウルジェムを作る要領で作り出された真っ赤な偽物。一度、体内に取り込んだことで、特徴を少し理解したキュゥべえは、何かの役に立つと思い作っていたのだ。技術自体は人間の魂をソウルジェムに加工する時に用いるのを応用したものだが、それがこんな形で役に立つとは思いもよらなかった。「それはレプリカだけど、本物は凄い魔力を秘めてるんだ」「へぇ、こんな石っころがねぇ」 ジュエルシードのレプリカを手に取ると、杏子は繁々と観察する。「でもこれ、どこら辺にあんだよ?」「たぶんこの町の中全域に散らばってるんじゃないかな」 初めてジュエルシードを見つけた時から、全世界に散らばったキュゥべえたちは、自分たちの担当地域でも同じようなものがないか探した。しかし今のところ一個として見つかっていない。この町の中ではすでに二個も観測されていることから、やはりこの町の全域が捜索範囲と見て間違いないだろう。 キュゥべえの話を聞いて、杏子は面倒くさいと思った。そもそもキュゥべえや他の魔法少女がこの町にいる時点で、彼女がこの町に留まるメリットは少ない。新しい魔法少女というなら、縄張りを奪い取ってしまうことも考えたが、キュゥべえの口ぶりからその相手に喧嘩を売るのは得策でないことが伺える。「別に無理に探してとは言わないよ。手に入れたらボクにくれればいいんだ。それだけで、ボクの方からゆまに契約を迫らないと約束するよ」 杏子が断りの台詞を告げる前に、キュゥべえは条件を引き下げる。ゆまと契約してエネルギーを回収するより、ジュエルシード一個から得られるエネルギーの方が遥かに大きい。たった一人、凡庸な素養の少女を諦めるだけでいいんだから、キュゥべえとしては是が非でも杏子に協力してほしかった。 ジュエルシードを集めるということはなのはだけでなく、フェイトとも争うことになるはずだ。あの二人は非凡な才能を持つ、希有な子たちだ。そんな相手が敵なのだから、杏子のようなベテランの力は絶対に必要だ。「……嘘じゃねぇだろうな?」「ボクに嘘がつけると思うのかい?」 睨みあう一人と一匹。しかしいくら睨んだところで杏子にキュゥべえの真意は見抜けないし、キュゥべえは杏子に下手に出るしかなかった。「わーった。でもこっちから積極的に探すような真似はしないぞ。それでいいな」 結局、杏子が折れた。確かにキュゥべえの言うとおり、こいつは本当のことは言わないことがあっても、嘘はつけないだろう。ならば嘘でもいいから約束さえしてしまえば、キュゥべえはゆまに契約を迫ることはない。 それに杏子は海鳴市を気にいっていた。小さな観光都市だからこそ、自然の豊かさがあり、それでいて無警戒な観光客が集まる。飯も美味い。観光客という餌に食いつき、この町にやってくる魔女もいる。狩り場としてはなかなかの土地だ。他の魔法少女とは事を構えない程度でしばらく滞在しつつ、ジュエルシードを探しだして、キュゥべえに渡す。それで十分義理は果たせるはずだ。 そう思っていた。だがその考えは次のキュゥべえの台詞で脆くも崩れ去った。「そういえば言い忘れていたけど、ジュエルシードを狙っているのはボクだけじゃないんだ」「……どういうこった?」「ボク以外の存在と契約して魔法少女になった少女がいる」「はぁ? なんだそりゃ!?」 様々な町に赴いた杏子だったが、それは初耳だった。そもそも魔法少女のシステムを作りだしているのはキュゥべえだけと思っていた杏子には寝耳に水の話だった。「その子たちは魔導師っていうんだけどね。ボクにもどういう存在なのかわからないんだ。唯一、わかっていることはジュエルシードを狙っているということだけ。だからいずれ争うことになるかもしれない。気をつけて」「なんでそれを先に言わない」「だってそれを先に言ったら、杏子は引き受けてくれなかったでしょ?」「…………」 図星だった。杏子は別に戦闘狂というわけではない。多少、喧嘩っ早いところもあるが、不必要な戦闘は避けるようにしている。だからこそ彼女はここまで生き残ってこれたのだと言えるだろう。「何にしてもよろしく頼むよ。杏子だけが頼りなんだ」「……わーったよ。一度引き受けるって言っちまったしな」 杏子は観念したようにそう告げる。騙された気分だが、魔導師という存在も気になるし、何よりゆまのためだ。それぐらいのリスクは覚悟しよう。「ありがとう。それでこそ杏子だ。助かるよ。それじゃあボクは行くね」「ああ、さっさと帰れ」「またね~。キュゥべえ~」 片や厄介払いができたと言わんばかりの冷ややかな表情で、片や満面な笑顔で手を振りながらキュゥべえを送り出していく。どちらがどちらかということは、説明しなくてもわかるだろう。 その声を受けながら、キュゥべえは内心でほくそ笑んでいた。魔導師のことを伝えたキュゥべえだったが、ジュエルシードが現地生物や使い魔に取り付き、暴走することはあえて告げなかった。そこまで言ってしまえば、本当に杏子が引き受けない可能性もあると考えたからだ。 この町にいる限り、杏子はいずれそういう現場に自然と遭遇する。そこでなのはやフェイトと戦闘になるだろうが、手くせの悪い杏子ならそこでジュエルシードを掠め取ることも可能だろう。(杏子、キミの力、頼りにしてるよ) キュゥべえは心なしか軽い足取りで去っていった。2012/6/17 初投稿、およびご指摘の脱字修正