午前中、日本に住む一般的な子供が学校で授業を受けている時間だが、別世界の住人であるフェイトには関係ない。彼女は母親のため、ジュエルシードを見つけ、持ち帰るという使命がある。そのために食事と寝る時間を除けば、フェイトは一日中、ジュエルシードを探していた。 そんな彼女は内心で焦っていた。バルバラとの戦いの時に発見したもう一つのジュエルシード。時間を置いて探しにいったとはいえ、それがなくなっていたのだ。 何も知らない現地住民や動物が偶然拾ったのかもしれない。だがそれにしてはタイミングができ過ぎている。ジュエルシードの反応があったのは、すずかの家の敷地内の森の中だ。一般人が入り込むことは限りなく少なく、動物が拾ったのだとしても敷地の外に出ることはほぼあり得ないだろう。だからフェイトは自分たち以外にもジュエルシードの捜索者がいると考えていた。そのためか、彼女はこの三日、そのほとんどの時間をジュエルシードの捜索に当てていた。 それを危惧したのはアルフである。アルフが何を尋ねても「大丈夫」だと告げるフェイトだったが、その疲労は目に見えてわかる。かといってアルフがいくら休むように言っても聞いてはくれない。 フェイトはまだ九歳の子供である。ただでさえジュエルシードの捜索は体力を使うのだというのに、睡眠時間は多くても四時間。食事に至っては朝に食べたきり、何も口にする素振りを見せなかった。 こんな生活を続けていれば、いずれ身体を壊してしまうのは間違いない。だからこそ、アルフは一計を案じた。「ふぇ、フェイト」「どうしたの、アルフ?」「そろそろお昼だからさ、ほら、これ」 そうしてアルフが見せたのは、可愛らしい動物が描かれた四角い包みだった。「えっと、これって……?」「お弁当、作ってみたんだ。だからさ、少しジュエルシード探しは休憩にしてさ、お昼にしないかい?」 アルフが考えたのは、フェイトが断りにくい状況を作り出すということだった。ただ単に「昼食にしよう」といったところで、今のフェイトは聞き入れてはくれないだろう。だからこそのお手製弁当だ。 いきなり出された弁当の入った包みを見て、フェイトは目に見えて戸惑っている。どうしていいのかわからず、視線を辺りにさ迷わせている。アルフはそんなフェイトを追い詰めるかのようにダメ押しの一言を告げる。「もしかして、あたしが作った料理じゃあ不安?」「そ、そんなことない! とっても嬉しいよ。ありがとう、アルフ」 慌てて答えるフェイトの姿を見てアルフは自分の作戦が上手く行ったことを悟る。フェイトの優しさに付け込む形になるのには少し心を痛めたアルフだったが、それで昼食、そして休憩をとらすことができれば安いものだ。「それじゃあさ、あっちに景色のいい公園があったから、そこに行って食べよう」 アルフはそう言うと、フェイトの手を掴み、臨海公園に向かって飛んでいった。 ☆ ☆ ☆ 杏子はゆまを連れて歩きながら、今朝のキュゥべえとのやり取りを思い出していた。キュゥべえには自分からは探さないと言った杏子だったが、実際はその逆。こうして歩いている間も辺りに魔力の残滓がないかを探っていた。(思えば、この町に来てから感じていた違和感の正体は、ジュエルシードの魔力なのかもしれねーな) 杏子は普段から、魔女や使い魔が残した魔力の残滓を元に、その居場所を特定している。だが海鳴市に来たときに感じたのは、空気中に漂う魔力の多さだった。他の町とは比べ物にはならないほどの濃密な魔力の気配。だからこそこの町には大量の魔女がいて、狩り場にはもってこいだと思っていた。 だがこの町で初めて感じた強い魔力のある場所にいたのは、巨大な猫としゃべるイタチ。そして一人の魔法少女だった。最初は目の前の魔法少女が魔女を片づけたのかとも疑ったが、それにしては辺りの結界は解けてなく戦闘の痕跡もない。 ならばあの場で感じた魔力は魔女のものではなくジュエルシードのものだったのだろう。(……しかし魔導師、か) 杏子は結界内にで出会った少女について思い出す。ゆまと同じ年頃の少女。魔導師というものが魔法少女とどのような違いがあるのかはわからないが、ジュエルシードを求めるということはいずれは彼女と戦うことになるだろう。「キョーコ、お腹空いたー」「ん?」 横を歩いていたゆまの言葉に杏子は思考を一端止め、時計に目をやる。時刻はちょうど正午を過ぎたあたりだった。「そうだな。そろそろ昼飯にするか。ちょうど都合よく、目の間にはコンビニがあるしな」「えー、またコンビニ弁当? たまにはちゃんとしたレストランで御飯が食べたいよー」 杏子の言葉にぶうたれるゆま。そんなゆまの姿を見て、杏子は意地悪な笑みを浮かべる。「そうだな。それならゆま、あたしと勝負しようぜ」「しょーぶ?」「ま、勝負っつってもいつもの課題の延長線上みたいなもんだな」 杏子は生きるために必要な技術を課題という形でゆまに叩きこんでいた。初めのうちは失敗しても罰はなかったが、最近では一食抜きなどの過酷な条件の元で行うものもある。だからゆまは杏子の言葉に身を引き締めた。「もしこれがこなせたなら、今日の夜はゆまの好きなものを食わせてやる」「ほんと!」 だが次の言葉にゆまは目を輝かせる。「もっとも、その分課題は難しくなるけどな。……んで、どうする? やるか?」「もちろん!」「ならこれを先に渡しとくな」 そう言って杏子は財布を取り出し、ゆまに百円玉を一枚渡す。「それじゃあゆま、今からそこのコンビニでパンと牛乳を買ってこい」「わかった。……あれ?」 そうして言い渡された課題にゆまは驚き戸惑う。そんなゆまの姿を見て、杏子は意地悪そうに笑う。「どうした、ゆま?」「キョーコ、百円だけじゃあパンと牛乳は買えないよ?」 もしもパンだけ、牛乳だけならば、百円玉一枚でも買うことはできただろう。しかしその両方となると、百円玉一枚で購入することはほぼ不可能だ。探せば百円で買える店もあるかもしれないが、あくまで課題は目の前のコンビニで購入すること。ただでさえスーパーより物価が高い場合が多いコンビニで購入するには無茶のある課題だった。「そうだな。でもそこを考えるのも今回の課題のうちだ。ちなみに制限時間は十分な。ほら急がないと夕食のディナーが遠のくぞ」 杏子はからかうようにゆまに声を掛ける。ゆまはその言葉に返事をすることなく、云々唸って考えていた。 ゆまは今まで、杏子から様々なことを教わっていた。学校では教わらない様々なこと。その中では一般的には悪いと呼ばれることもたくさんあった。その中の一つをゆまは思い出す。 ――万引き。お店にある商品をお金を払わずに盗み出すこと。すなわち泥棒である。 もちろん万引きにはかなりのリスクが伴う。まず店に設置された監視カメラの存在だ。店員が油断している隙に盗むことができても、監視カメラに記録されていては意味がない。その位置関係を確かめることが重要なのだが、その時間はない。たった十分で見極めることなどとても不可能だ。 さらに店の入り口に設置されているセンサー。会計の済ませていない商品が通過するとブザーを鳴らし、店員に知らせる警報装置。その音を振り切って走って逃げることも可能と言えば可能だが、そこは大人と子供。ゆまの足では簡単に捕まってしまうだろう。 捕まりそうになれば杏子が助けてくれるかもしれないが、それでは課題は失敗したことになる。つまりこの方法は使えない。それでも今まで教わってきたことの中に、今回の課題に使えるものがあるはずだ。だからゆまは一つずつ思い出す。杏子と今までやってきたことを。 初めて入ったホテルの一室にあるベッドの上で騒いでしまったこと。初めて万引きをした時、ゆまは店員を引き付けるために泣き真似をしたこと。初めて銭湯に忍び込んで一緒に身体を流しあったこと。嫌いなものを残そうとして杏子に強く叱られたこと。「ゆま、残り五分だけど、店に入らなくていいのか?」「まだ考え中」「おいおい、そんなんじゃ日が暮れちまうぞ。……そうだな、泣いて頼まれたらヒントぐらい出してやってもいいぜ」「そんなのやだ!」「ならせめてコンビニに入って値札を確認しにいけよ。もしかしたら百円玉一枚で二つとも買えるかもしれないぞ?」 その杏子の言葉で自分の右手に握られた百円玉の存在を思い出す。課題を始める前に杏子から貰った百円玉。つまり初めから杏子はゆまにお金を使えと言っていたのだ。そのことに気付いたゆまは急いでコンビニの中に入っていく。 コンビニの中に入ったゆまは真っ先にパンと牛乳の値段を確認する。一番安い組み合わせでも百円以上は確実に掛かる。だがそれでよかった。ゆまは無造作にパンと牛乳を一つずつ選んでレジに運ぶ。「これくださーい」「お嬢ちゃん、お使いかい?」「うん。そーだよ」 レジの向こうにいたのは優しそうな中年女性だった。「それじゃあパンと牛乳、合わせて百五十七円になります」「はーい。……あれ?」 元気よく返事をしたゆまは、わざと大げさにその場でポケットの中身を漁る。中から出てくるのはティッシュとハンカチ、そして先ほど杏子から渡された百円玉のみ。それ以外のものが入っていないことをゆまも知っていたが、それでも他にも何か入っていたはずだと言わんばかりにその場で困ったように探り、そして次第に嗚咽を漏らし始める。「どうしたの? お嬢ちゃん」「ひっくひっく、ぐすっ……、お金が、足りないの。ポケットに入れといたはずなのに」「えっ!?」 その言葉に驚きの声を上げる店員の女性。ゆまはダメ押しとばかりに言葉を続ける。「これじゃあ、ママに怒られちゃう。ぐずっ……」「……いくら足りないのかな?」「これしかないの」 そう言ってゆまは杏子に渡された百円玉をレジの上に乗せる。それを見て少し考える素振りを見せた中年女性だったが、泣きじゃくるゆまを見てその迷いを捨てる。そして手慣れた手つきでレジ袋にパンと牛乳を詰め込むと、ゆまの手にそっと渡す。「わかった。それじゃあ今日はこれだけでいいよ」「……ほんと?」「ええ、だけど次来る時はお金を落としちゃダメよ」「うん! ありがとう、おばちゃん」 ゆまは顔を輝かせて感謝の言葉を告げると、駆け足でコンビニの外に出ていった。そしてコンビニの外で待っている杏子を見つけると、嬉しそうに駆け寄る。「じゃじゃーん。キョーコ、ちゃんと買えたよー」 自慢げに今日の戦利品を見せつけるゆま。その姿を見て、杏子はやれやれといった表情で笑みを浮かべるのであった。 ☆ ☆ ☆ アルフの案内でやってきた臨海公園は、平日の昼間ということもあり人の数はそこまで多くなかった。そのためすぐに空いているテーブルを見つけることができた。そこにアルフは二つの弁当箱を置く。包んでいる布を解いていくフェイト。その姿をアルフは息を飲みながら眺めていた。 実のところ、アルフは料理を作った経験はほとんどない。幼い頃はリニスがいつも作ってくれており、その時に少しばかり教わっていた。しかしリニスがいなくなってからというもの、アルフは料理をすることは一度としてなかった。時の庭園には保存食が大量にあり、他の世界に赴いた場合も買い食いを主な食生活となっていた。 つまりこの弁当が、アルフにとって初めて一人で作った料理ということになる。 だからこそ、アルフは緊張していだ。フェイトを休ませる口実で作った料理とはいえ、それが不味くては意味がない。気を衒うこともなく、料理本に書いてある通りの料理にして見たが、それでもミスがないとは限らない。味見の時は問題はなかったとは思うが、それでもフェイトが気にいるとは限らない。だからこそアルフはフェイトの一挙一動すら見逃さない勢いで凝視していた。「アルフ、そんなに見られると恥ずかしいよ」「ご、ごめんよ、フェイト!」 だからフェイトに指摘された時に出た声もどこか上擦ったものになってしまった。そんなアルフの姿を見て、フェイトは仄かに笑う。「大丈夫だよ、アルフ。そんなに心配しなくても」「へっ?」「アルフがわたしのために作ってくれたお弁当だもん。絶対に美味しいよ」「ふぇ、フェイト……」 弁当箱を開ける前から告げられたフェイトの絶対の信頼に、アルフは感涙しそうになる。 だがそれはフェイトも同じだった。フェイトはその視線をアルフの手に向ける。そこに付けられた無数の絆創膏。それは弁当を作るにあたってできてしまった傷なのだろう。そこまでして自分を気遣ってくれるアルフの心遣い。それがフェイトには嬉しかった。 フェイトは弁当箱の蓋を開ける。右半分には梅干しと振りかけが塗してある白米が敷き詰められている。それに対して左半分は色とりどりの野菜。キャベツにニンジン、キュウリにセロリ。さらに不格好に切り刻まれたリンゴと、少し焦げている卵焼き、そして形の歪なハンバーグがすし詰め状態で収められていた。「これ、本当にアルフが作ったの?」「そ、そうだけど、やっぱりどこか変だった?」「ううん、そうじゃなくて凄く美味しそうだなって……」 確かに一目見ただけでも多くのミスがあることはわかる。だがそれでもアルフの真心というものが、見ただけでフェイトにはハッキリと伝わった。フェイトにしてみれば、食べる前からすでに満たされる想いだった。 そんな幸せな思いを胸にフェイトはまずは卵焼きから口にしようと箸で掴み……その手を止める。そして卵焼きを元あった位置に戻すと、弁当箱の蓋をする。そしてフェイトは申し訳なさそうに立ち上がる。「ごめん、アルフ。お昼はもう少し後でいいかな?」「えっ、フェイト?」 その言葉に悲しげな表情を浮かべるアルフ。「微弱だけど、あっちの方からジュエルシードの魔力を感じる。わたしは先にジュエルシードのところに向かうから、アルフは念のために結界を張って」「――ッ! わかった!」 だがフェイトの指摘でアルフはその真意を悟り、身を引き締め直す。 その返事に満足したフェイトは、もう一度名残惜しそうに弁当箱の方を見てから、ジュエルシードの反応のある場所に向かって飛んでいった。 ☆ ☆ ☆ フェイトがジュエルシードの魔力を感じ取った時、その一番近い場所にいたのはフェイトたちではなく杏子たちだった。それは彼女たちもまた、昼食を摂るために臨海公園とやってきていたからだ。 だが魔力に気づきつつも、杏子はそちらに向かおうとはしなかった。杏子には魔女とジュエルシードの魔力を完全に見極めることができるわけではない。一人だったらそれを確かめる意味でも魔力に向かって突っ込んでいったのだろうが、この場にゆまも一緒にいる以上、安易にそのような真似をするわけにはいかない。 しかしこの町にはキュゥべえお墨付きの魔法少女やジュエルシードを求める魔導師がいる。ならば今回はそいつに任せればいい。最悪、一端放置したとしても後でまたこの場に一人でやってくればいい。そう楽観視していた。 そう杏子が思ったのとほぼ同時に、彼女たちを巻き込む形で結界が展開する。その結界はフェイトに命じられてアルフが張った結界だ。だがそのことを知らない杏子は、魔女が張った結界だと思い、周囲に気を配る。するとすぐに近くの林から、眩い輝きと強大な魔力が放たれた。「キョーコ、何アレ?」 あれほどの輝きだ。自分の隣にいるゆまが気づかないわけがない。ゆまは実に好奇心旺盛だ。たまに杏子でも手を焼くような動きをすることもある。そんなゆまがあんな光を見て、興味を示さないわけがない。「ねぇねぇ、あっち行ってみようよ!」 ゆまは杏子の手を引っ張り、促す。どうやらゆまはここが結界の中だということを気づいていないらしい。魔女の結界と違い、周囲の色が褪せるだけの魔導師の結界は、魔法に携わらないものならその異変に気付きにくい。いくら素養があるといっても、ゆまはまだ一般人だ。気づかなくても無理はない。「あんな光、どうだっていいだろ? それよりあっちで飯を食おうぜ」 ゆまが結界の中だと思っていないなら、そう勘違いさせたまま外に出てしまおう。そう思った杏子は光とは逆方向に向かって歩き出す。杏子本人としてはさり気なくを装ったつもりだったが、それがかえってゆまに不信感を持たせてしまった。「もしかして、あの光って、魔女の仕業?」「そ、そんなわけないだろ。ただのイルミネーションだよ」「こんな時間から?」「大方、間違ってスイッチが入ったとか、そんなんだろ」 「そうなんだ。……それじゃあわたし、あっちの様子見てくるね!」 必死に誤魔化そうとした杏子だったが、それが仇となり、ゆまは光の方に駆け出していった。「あっ、おい、くそ!」 それを見た杏子は魔法少女の姿になり、その背を追った。ゆまに追いつくことは簡単だった。しかしゆまはすでにジュエルシードの前にいた。もちろんただのジュエルシードではない。思念体としてその場にいた猫を取り込んだのだろう。大きな翼を生やしたサーベルタイガーのような獰猛な獣がそこにいた。サーベルタイガーはゆまの姿を捉えると、すぐに襲いかかってくる。杏子はゆまを庇うようにその前に立つと、槍を使ってサーベルタイガーを薙ぎ払った。「やっぱり魔女だったじゃん。嘘つかないでよ」「ゆまがいたら足手まといになるからに決まってんだろ!」「ならわたしが魔法少女になれば問題ないじゃん」「それは駄目だ!」 二人の中でお決まりと化したやり取りをしつつ、杏子はゆまを抱え、サーベルタイガーから距離を取る。そして改めて観察して、目の前の存在から不自然さを感じていた。(そもそもこいつは魔女なのか?) 杏子が初めて魔法少女として魔女と戦った時に感じた印象は、美術館で抽象画を見た時の印象に似ていた。あの歪な絵のタッチ。見る人が見ればその芸術性がわかるが、素人目から見たら何もわからない。そんな抽象画と魔女の見た目が、まだ未熟だった頃の杏子には同じように見えたのだ。 今でこそ数十体の魔女と戦ってきたので、そういう思いはないが、だからこそわかることがある。目の前にいるサーベルタイガーは魔女らしくない。魔女は大なり小なり気持ち悪さが存在する。進化の過程で自然発生しないような歪さと言い換えてもいい。それが目の前のサーベルタイガーにはなかった。そんな自然さが逆に魔女としては不自然だと杏子に思わせてしまった。(そういえば、あの魔導師と出会った時も動物がいたっけな) 杏子はしゃべるイタチと巨大な猫のことを思い出す。もしかしたらジュエルシードは動物になんかしらの影響を与えるものなのかもしれない。そう推測を立ててみるが、根拠は何一つない。 どちらにしてもゆまを連れた状態で戦うのは得策ではないだろう。そう判断した杏子は、ゆまを抱えて逃亡を試みる。「に、逃げるの? キョーコ」「逃げるんじゃねぇ。戦略的撤退って奴だ!」 その言葉を聞きながら、ゆまは改めて自分が足手まといになっていることを実感した。ゆまが今まで見てきた魔女は多かれ少なかれ、何かしらの威圧感があった。魔女が魔女たるゆえんは絶望を撒き散らすこと。その負の感情がゆまには威圧感として感じられたのだ。しかし目の前のサーベルタイガーからはそれがない。確かに恐くはあるが、あれはただ力を持て余して暴れているだけ。杏子なら軽くやっつけられる。ゆまは本能的にそう悟っていた。 それなのにも関わらず、杏子は逃げている。それはこの場に自分がいるからだ。自分さえいなければ簡単にやっつけられるはずなのに……。(どうしてキョーコはわたしを魔法少女になるのを許してくれないんだろう?) 杏子の許可さえもらえれば、ゆまはすぐにでもキュゥべえと契約して魔法少女になるつもりだ。しかし杏子はそれを頑なに反対している。そんな杏子を無視して勝手に契約することもできる。だがそんなことをして杏子に嫌われるのは嫌だった。今は杏子の庇護にあるゆまだが、いつかは杏子の横に並び立ち、杏子を助けられるようになりたかった。 ――だから目の前に自分と同じ歳くらいの魔法少女が現れた時、ゆまはただただ羨ましいと感じてしまった。☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★オマケ ジュエルシードが発動した時の三人娘 なのは視点ver.【なのは、ジュエルシードの反応だ】【うん、わかってる】 昼休み、屋上でアリサちゃんとすずかちゃんとお話していたわたしは、遠くの方でジュエルシードの発動した反応に気付いた。もしすずかちゃんの家の子猫みたいに願いが叶っただけならそこまで危険じゃないけど、最初にユーノくんを助けた時みたいな暴走をしていたら町の人が大変だ。早く助けにいかないと。そう思ったわたしは立ちあがった。「どうしたの? なのは、すずか。二人していきなり立ち上がったりして」「「えっ?」」 気がつくと、わたしだけでなく、すずかちゃんも立ちあがっていた。それを座りながら不思議そうに眺めるアリサちゃん。「「ちょっとお手洗いに……」」 またすずかちゃんとハモっちゃったの!?「なのはちゃんも?」「うん、すずかちゃんも?」 まったくの偶然って恐いの!? 別にわたしはお手洗いに行きたいわけじゃあない。ジュエルシードを探しに行きたいだけなのに。「まったく、二人揃って凄い気が合うわね。こうなったらあたしも付き合わせてもらうわよ」 そう言って立ち上がるアリサちゃん。これじゃあジュエルシードを探しに行けないの。【ごめん、ユーノくん。後で行くから、先に行ってて】【わ、わかったよ。でも早く来てね】 わたしは念話でユーノくんを送り出す。その後で三人仲良く、お手洗いまで向かった。本当は急いで済ませたかったけど、アリサちゃんとすずかちゃんの手前、そんな慌てて駆け込むような真似はしたくなかった。そうして辿りついたお手洗いで身だしなみを整える。本当は別にいいんだけど、折角来たんだからちょっとぐらいは確認したいよね。「にゃああ! 口の横にケチャップがついてるのー!!」「なのは、気づいてなかったの?」「気づいたからお手洗いに行きたいって言ったのかと思ってた」「二人とも、知ってたなら教えてよー!」「あはははは、ごめん、なのは」「ごめんね、なのはちゃん」 わたしは二人の謝る言葉を聞きながら、水道の蛇口をひねり、ケチャップを落とす。それを完璧に落とせたのを確認したわたしは、今度こそジュエルシードのところに行こうとしたらチャイムが鳴った。「やばっ、なのは、すずか。急いで教室に戻りましょ」 アリサちゃんはそう言って駆けてくの。でもこのまま教室に戻るわけにはいかなかったわたしは、アリサちゃんを呼びとめた。「アリサちゃん、わたし体調が悪いから、保健室に行ってるって先生に言ってほしいの?」「アリサちゃん、わたし調子が悪いみたいだから、保健室で休んでるって先生に言っておいてくれないかな?」 保健室で休むってアリサちゃんに誤魔化してもらおうと思ったら、横で同じことをすずかちゃんも言ってるの!? それにはすずかちゃんも酷く驚いたようだった。だけどそれ以上に、アリサちゃんの顔が印象的だった。「あ~ん~た~た~ち~、さっきから一体何をたくらんでるのよ。白状しなさーい!」 アリサちゃんは怒りながらわたしたちに飛びかかってきたの。それを無視していくわけにもいかないから、わたしとすずかちゃんでなんとかなだめようとした。そうしているうちに先生が通りかかって、教室に連れてかれちゃったの。【ごめーん、ユーノくん。学校、抜け出すことができなかった~】【そ、そうなんだ。わかったよ。今回は僕一人でなんとかしてみる】【ホント、ごめんね。ピンチそうだったらすぐ呼んで。絶対駆けつけてみせるから】 わたしは授業を受けつつ、ユーノくんに謝る。この授業中は無理だけど、終わったら早退してでもユーノくんのところに向かわなくちゃ。 そういえばすずかちゃんにも悪いことしちゃったな。わたしと違って、たぶん本当に体調が悪かったから保健室に行こうとしたのに。あとできちんと謝らなくっちゃ! そうして授業が終わった後、すずかちゃんに謝ることはできたわたしだったが、結局、ユーノくんの元へ向かうことはできなかった。2012/6/20 初投稿2012/12/25 ジュエルシードが発動する前の部分を大幅修正