人助けという行為をするためにフェイトは地球にやってきたわけではない。しかし二度あることは三度あるという具合に、またしてもフェイトはジュエルシードの攻撃から杏子とゆまの二人を救った。ただし先の二回に比べて、今回は劇的に危機だったわけではない。フェイトが放っておいても杏子はゆまを抱えながら、その場から離脱できただろう。「おまえは!?」「あなたはその子を連れて逃げてください。いくよ、バルディッシュ」≪Yes sir. Photon Lancer≫ 驚いている杏子を尻目にフェイトはサーベルタイガーへ向かって、フォトンランサーを放つ。それを瞬時に飛んでかわすサーベルタイガー。だがその時にはフェイトはサーベルタイガーの上を取っていた。そのまま斬りかかるも、サーベルタイガーは身体を捻りそれをかわす。その体制のまま爪でフェイトの身体を切り裂こうとする。だがそれはプロテクションで防御し、そのまま強引に距離を取る。 距離ができたサーベルタイガーは、翼から蛇のようなものを複数フェイトに向かって飛ばしてくる。それをフォトンランサーで迎撃するフェイト。その衝撃波で辺りに爆煙が漂う。その煙の中でフェイトとサーベルタイガーは接近戦を繰り返す。一進一退の攻防。しかしフェイトにはどこか余裕があった。 それはサーベルタイガーの攻撃速度がバルバラに比べるとだいぶ劣っていたからだ。実のところ、倒そうと思えばすぐに倒すことがフェイトにはできた。だがそれをしないのは万が一、仕留め損なった場合、その矛先が自分ではなく地上にいる二人に向くことを考えたからだ。杏子はともかく、抱えられたゆまは一般人だ。それを一目で気づいていたフェイトは二人がこの場から離れるのを待っていたのだ。 攻撃を受けながら地上の様子を確認する。すでに二人の姿は先ほどの位置にはない。そろそろ大丈夫だろうと判断したフェイトは、一気に攻撃に転じることにした。 先ほどまでプロテクションで受けていたサーベルタイガーの攻撃を避け、一瞬で背後に回り込む。そしてその翼を一気に斬り落とした。片翼を失ったサーベルタイガーはバランスを崩しながら地面に落下していく。しかしすぐさまに翼を再生させ、体制を整え直す。だがその正面にすでにフェイトは立っていた。「ジュエルシード、シリアルⅩⅥ封印!」≪Scythe Slash≫ そしてそのままその身体を縦に引き裂いた。爆発するサーベルタイガー。霧散していく肉体。そうして爆散した破片は全て消滅し、最後にはジュエルシードと傷ついた猫の姿が残った。そして地面に落下していくそれらを受け取ったのは、先ほど去ったはずの杏子だった。 ☆ フェイトの助けもあったため、杏子たちは簡単に戦闘区域から離脱することができた。背後ではフェイトとサーベルタイガーのぶつかる衝撃音が何度も響き渡る。それが気にならないこともないが、今はゆまの安全な場所まで送り届けるのが先決だ。「キョーコ、ここでいいよ」「…………」 その言葉を無視して、杏子は走り続ける。ある意味で、ゆまの言葉は正しい。すでに彼女たちは戦闘範囲外に来ているため、この場にゆまを置いて杏子だけ戦闘区域に戻ることはできただろう。 杏子がそれをしないのは、できるだけフェイトの戦いをゆまに見せたくなかったからだ。昨日出会ったなのは、そしてフェイトもゆまもそう変わらない年齢だ。子供の成長速度も考えると、同じ歳ということもあり得る。そんなフェイトが魔法少女として戦う姿を見たら、ゆまの魔法少女になりたいという思いが強まってしまう。それだけはなんとしてでも避けたいところだった。 幸いなことに使い魔の類は出てこない。やはりあのサーベルタイガーは魔女ではないのかもしれない。それならその戦闘は見ておきたいところだが、優先度を間違えてはいけない。「キョーコ、無視しないでよ!」「……っ! ゆ、ゆま?」 突然の大声に杏子は驚き、足を止めた。そして脇に抱えたゆまの顔を見る。ゆまは酷く怒っていた。そして杏子の目を見て捲し立てるように杏子に告げた。「キョーコが何を考えているのか、わたしにはわかるよ。安全な場所まで連れて行くというのは建前で、本当はあの子の戦いをわたしに見せたくないんでしょ? もうキョーコとは一ヶ月も一緒だったんだもん。それぐらいわかる。キョーコがわたしを魔法少女にしたくないと思ってるのも、わたしのためだってこともわかってる。わたしはそれでも魔法少女になりたい。だってキョーコはわたしの目標で、憧れの存在だから。……そんなキョーコがわたしのために逃げ出すなんて我慢できない。それに格好悪いよ。魔法少女なら格好よくなくちゃだめだよ」 そこまで言い終えたゆまは大きく息をつく。 杏子はゆまがここまで自分のことを理解しているとは思わなかった。魔法少女になりたいのは本心なのだろうが、それは自分勝手な我儘だと思っていた。(それにしても憧れ、か) そもそも杏子は魔法少女であることを誇りに思っていない。契約したての頃は違うが、家族に心中されてから彼女は自分の本来の魔法を使っていない。この世の中、力がなければ生き残れないが、それでも彼女は自分の家族を不幸にしたこの力を嫌っていた。そんな自分を杏子は一度として格好いいとは思わなかった。 そんな自分がまさか憧れの存在になっているとは、考えもしなかった。しかし一度それに気づいてしまえば、そうなるのは当たり前だということがわかる。ゆまが魔女に襲われた時、杏子が現れなければ彼女は間違いなく死んでいた。さらにその後、杏子がゆまに様々なことを教えようと思わなければ、一人で生き延びることもできなかったかもしれない。そんな杏子のことをゆまは感謝し、尊敬し、憧れるのは当然の帰結だった。「……確かに、逃げ出すなんてあたしらしくないよな」 杏子はゆまをその場に降ろす。ゆまの目線の高さにしゃがみこみ、その目をまっすぐ見て告げた。「ゆま。あたしは行くけど、絶対ついてくるなよ。それでできるだけ遠くに行け。……そうだな、先にホテルに帰ってるのがいい。あたしは必ず戻ってくるから」「キョーコ……うん、わかったよ」 杏子は立ち上がりゆまの頭を軽く撫でる。「それじゃあ、行ってくる」 一頻り撫で置いた杏子は、まっすぐ自分が辿った道を戻って行った。ゆまはその背が見えなくなると、その反対方向へ向かって走り出した。 ☆ 杏子が戦闘区域に戻ってきた時、フェイトがサーベルタイガーに止めを刺すところだった。真っ二つに引き裂かれたサーベルタイガーは爆散する。その中から落下する一匹の子猫と一つの宝石。宝石はともかく、子猫の方は上空から落下してただで済むとは思わないと感じた杏子は、その身体を抱きとめた。子猫には目立った外傷はない。意識もあるようで、杏子の腕の中で毛づくろいを始めている。だがそもそも杏子には、あの爆発の中から子猫が出てきたこと自体が不思議だった。 そしてついでにキャッチした宝石、それは今朝がたキュゥべえに見せられたジュエルシードだった。偽物とは違い、本物には膨大な魔力が込められているのが一目でわかる。何故キュゥべえが欲しがるのかはまだわからないが、無視できない魔力量だった。「それを渡してください」 そう告げたのはフェイトだ。杏子の頭上でフェイトは自分の周囲にフォトンランサーを展開している。杏子が応じなければ、すぐに発射するつもりなのだろう。その態度が杏子は気にいらなかった。「それってどっちだよ。こっちの猫か、それとも宝石か」「宝石の方、子猫には用はない」「そうか」 杏子は周囲を見回し、ちょうど良い木の根元に子猫を降ろす。「ほら、ここは危ないからさっさと行け」 杏子は言葉と共に、子猫に殺気を飛ばす。その殺気に恐怖を感じ取った子猫は、急いでその場から離脱した。それを見届けた杏子は頭上にいるフェイトに向き直る。「一応、礼は言っておくぜ。さっきは助かった」 礼というのは、自分が助けられたことではない。ゆまを安全な区域まで送り届けることができたことに対するものだ。杏子はフェイトがわざと戦闘を長引かせていたことに気づいていた。彼女とあのサーベルタイガーとでは純粋な魔力量が違う。その力の差だけでねじ伏せることも簡単だったはずだ。「……だがこいつをただで渡すわけにはいかねぇな」 しかしそれとこれとは話は別だ。結局、あのサーベルタイガーの正体は掴めていない。目の前の少女のこともだ。それならば、できる限り手札は多い方がいい。「もう一度言います。その宝石、ジュエルシードを渡してください」「おいおい、勘違いすんなよ。渡さないとは言ってない。ただでは渡せないって言ったんだ」「ならどうしたら、ジュエルシードを渡してくれますか?」「なぁに、いくつか質問に答えてくれればいい」 ジュエルシードはキュゥべえとの取引のために必要だ。別に個数の取り決めはないんだ。一個でも渡せば、納得させることはできるだろう。だがその前に杏子には圧倒的に情報が足りなかった。情報がなければ後手に回る。後手に回った結果、待っているのは死だ。ならばジュエルシードをチラつかせ、情報を掴むのが上策というものだ。「……わかりました。答えられることについては答えましょう」 フェイトは周囲に展開したフォトンランサーを霧散させる。そして杏子の元へと降りてくる。実際、地上で並び立つと、なおのことゆまと同年代ということがわかる。背丈もそうだが、その身体つき。男と女の見わけがつかない子供。顔立ちは整っているので、将来的には美人になるのは間違いないが、今はまだゆまとそう変わらないただの小娘にしか見えなかった。 一定の距離を保ちつつ、杏子はフェイトからジュエルシードに関して得られるだけの情報を得た。ジュエルシードが願いを叶える宝石であること。先ほどのサーベルタイガーがジュエルシードの暴走体であること。ジュエルシードは膨大なエネルギーを内包しており、そのため非常に暴走しやすいこと。ジュエルシードの数が二十一個であること。 さらに魔導師についての話も聞けた。いくつかの質問には答えが返ってこなかったが、この結界が彼女の手によるものだと知れたのは大きい。魔女が張る結界とは異なる結界。その中にいたあの白い魔法少女も魔導師だったということになる。それを知ることができたのは、杏子にとっては非常に意味のあることだった。 そうして一通りの情報を聞きだした杏子は、最後にあることを確かめようとした。「それじゃあ最後の質問だ。おまえがジュエルシードを集める目的はなんだ」「……っ」 その質問をした時、フェイトは焦った表情を浮かべた。その後も言いづらそうに言葉を渋る。杏子としては、彼女が魔導師か魔法少女を確かめるためにした質問だったが、その顔つきの変化を見ただけで彼女が魔導師だということがハッキリした。理由は簡単だ。もしキュゥべえに頼まれてジュエルシードを集めているのだとしたら、素直に話すはずだからだ。「いや、答えたくないなら答えなくていいや。その代わり、こっち質問に答えてくれ。――このジュエルシード、あたしがもらっていいか?」「なっ……!?」 杏子の言葉に驚愕の表情を浮かべるフェイト。だがすでにその時には杏子は動き出していた。逃げ出すのではなく、フェイトに向かって真っすぐ突っ込んでくる。そして手にした槍でフェイトの身体を横に薙いだ。その衝撃で彼女の身体は茂みの中まで吹っ飛んでいく。 初めから杏子は、ジュエルシードを渡す気はなかった。二十一個もあるのだから、運が良ければもう一度、手に入れられるかもしれない。だが杏子にはジュエルシードを探る術がない。先ほどは暴走した時に近くにいたからたまたま発見できたが、そう上手い話が何度もあるとは限らない。 ならば今、手に入れたジュエルシードを渡さなければいい。杏子にはジュエルシードが一個あればそれで十分だと考えていたのだ。キュゥべえと取引した時、数は指定されなかった。あとで複数個必要になったと言われても無視して突っ張ればいい。それでも無理やりゆまと契約しようとするなら、それこそキュゥべえと敵対すればいいだけだ。「悪いな。あたしにもこいつが必要なんだ。どうしても欲しいってんなら、力づくできな」 先ほどの攻撃は確かにフェイトの不意をついた。しかしあくまでフェイトに奇襲が掛けられただけで、彼女の持つデバイス、バルディッシュには通用しなかった。攻撃がフェイトの身体に当たる前、バルディッシュがプロテクションを展開したのだ。 それに気付いていたからこそ、杏子は茂みの中からフォトンランサーが飛んでくることが読めていた。それをかわし、槍で薙ぐ杏子。そうして一通りはじき返した時、茂みからフェイトの姿が出てきた。その身体にはまったく外傷はない。ただその顔つき、それが明らかに戦闘前の真剣なものへと変わっていた。「わかりました。そうさせてもらいます」 そして今度はフェイトが杏子に向かって突っ込んでいく。ぶつかり合う戦斧と槍。単純な筋力だけなら年齢の都合上、杏子の方に分がある。しかし魔力勝負になればフェイトの方が上。そのため、杏子は徐々に押されていた。 このままでは押し負けると判断した杏子は、後ろに飛び退く。だがフェイトはそれを許さない。退いた傍から杏子に隣接する。その一瞬の間にバルディッシュをサイズフォームにし、サイズスラッシュを繰り出す。先端が伸びたことにより、受けにくくなるものの、なんとか槍で受け止める。(こりゃ、やばいかもな) 杏子はフェイトのことを舐めていた。魔力量が上とはいえ、相手は歳下。戦闘経験は自分の方が多いだろうから、その差は埋めることができる。そう過信していた。だが魔力の差は思いの外、大きいものだった。フェイトにとっての通常攻撃が、杏子の決め技クラスの攻撃力がある。さらに二人とも攻撃力ではなく速度に重きを置いた近接戦闘型である。何よりフェイトは空を飛べる。遠距離から魔弾を飛ばすこともできる。そのどちらも杏子にはできないものだ。「そういやまだ、名前を聞いてなかったな」「……フェイト・テスタロッサ。そういうあなたは?」「へぇ、格好いい名前じゃねぇか。あたしは佐倉杏子ってんだ」「……えっ?」 格好いいと呼ばれた瞬間、フェイトの顔が赤くなり、手に込められた力が一瞬緩む。その隙に杏子はフェイトの腹を蹴り飛ばし、強引に距離を取る。(思った通りだ) 様々な魔法少女と戦ってきた杏子は、その中で観察力に磨きを掛けた。相手の特徴を瞬時に見抜き、どうすれば勝つことができるか模索する。そして自分の勝てる戦い方で勝つ。その上で杏子がフェイトに対してとったのは、口で揺さぶりを掛けるという方法だった。強いとはいえ、彼女は九歳。その年頃の扱い方は、ゆまとのやり取りである程度理解していた。 もちろんそれだけでは誤魔化しながら戦うことはできても、フェイトを倒すには至らない。いずれジリ貧になり、敗れ去ってしまうだろう。だから杏子はフェイトから距離を取り、その槍を引っ込めた。そしてフェイトの足元に青い宝石を投げる。「っ!? 何のつもり?」「……止めだ。そいつはフェイトにやるよ」 突然の申し出に戸惑うフェイト。「いきなり、どうして?」「あたしじゃフェイトに勝てない。一対一なら多少はやりようはあったが、二対一じゃあ流石に話にならないからな」 杏子は後ろの茂みを見ながらそう告げる。するとその茂みからアルフが姿を現した。「……いつ気づいたんだい?」「強いて言うなら最初からだな。あんた、殺気強すぎ。あんなに鋭い視線をぶつけられてちゃ、嫌でも気づく」 その言葉に押し黙るアルフ。杏子は再び、フェイトの方に向き直る。「ま、そういうわけだ」「だからってこうも簡単に……」「そっちはどうだか知らないが、あたしは最悪、一個あれば十分なんだ。ジュエルシードは二十一個もあるんだろ。それならここで無理して得なくても、そのうちどっかで楽に手に入れるのが得策ってもんさ」 確かに杏子の言うとおり、必要なジュエルシードが一個だけならば、そういう手もありだろう。まだどこか釈然としないものもあるが、フェイトはとりあえずそれで納得することにした。「それじゃあ、あたしは行くぜ。またな、フェイト」 杏子はそれだけ言うと、逃げるようにその場から走り去った。去ったふりをして再びジュエルシードを狙ってくる可能性もあるので、周囲の警戒は怠らない。フェイトはアルフに警戒を任せ、足元に落ちたジュエルシードを拾う。そしてそれをバルディッシュに仕舞う。だがそこでバルディッシュから予想外の言葉が告げられた。≪これはジュエルシードではありません≫「えっ?」 そうしてバルディッシュから放り出される先ほどのジュエルシード。フェイトは手に持ち、確認する。ジュエルシードには、一つ一つシリアルナンバーが刻まれている。先ほど、封印する時もⅩⅥというナンバーが刻まれていた。だが今、手にしているジュエルシードにはそれがない。何より、そのジュエルシードから感じる魔力は杏子のものだった。≪そのジュエルシードは偽物です≫ バルディッシュの言葉にその場で立ちつくす二人であった。 ☆(強さは一人前でも、中身はまだまだ子供だな) 杏子は走りながら、まんまと二人を出し抜いたことをほくそ笑んでいた。先ほど杏子がフェイトたちの前に投げたジュエルシードは、今朝、キュゥべえからもらった偽物だ。その中に杏子のありったけの魔力を込め、二人に渡したのだ。 それは戦闘では勝てないと悟った杏子が取った苦肉の策だった。二対一、そして実力もフェイトの方が上。その状態で杏子に勝ちの目はない。だからこそ自分から負けを認め、二人に偽物のジュエルシードを渡したのだ。 先ほどフェイトに告げた言葉も嘘ではない。だがここで手に入れられるのならば、それに越したことはないのも事実だ。 結界から脱出できるかどうかが一番の懸念事項だったが、もし脱出不可能なものなら、あの結界内にゆまの気配があったはずだ。しかしフェイトと戦闘を始めた時にはその気配は消えていた。フェイトから聞いた結界の性質から考えても、簡単に脱出することができると判断した杏子は、元の姿に戻り走り始めた。そうして結界を抜け出した杏子だったが、抜け出した後も走り続けた。 フェイトならばジュエルシードが偽物だとすぐに気づくだろう。その時、近くにいたら見つかってしまう。あの二人を相手に杏子は油断しない。だから杏子はすでにこれから何をするべきかを考えていた。それはゆまと合流し次第、ホテルのチェックアウトすることだ。今のホテルにはすでに一週間近く泊まっている。その周囲で聞き込みされれば、自分の目撃情報が出るかもしれない。念には念を入れるなら宿を変えるべきだろう。(それにしても、なんでキュゥべえはこんなものを欲しがるんだ?) 走り疲れた杏子は歩調を緩め、自分の手のひらに収まったジュエルシードを見ながら考える。フェイトの話が本当ならジュエルシードには願いを叶える力がある。だがそれはキュゥべえも持っている力だ。(まさかあいつ、人に願いを叶えてばっかりいたから、自分の願いでも叶えたくなったのか?) あり得ないとは思う。しかし断言はできない。キュゥべえは何を考えているかわからない得体の知れない存在だ。絶対に何か裏がある。(ジュエルシードは、まだキュゥべえに渡さない方がいいかもしれないな) 切り札は最後まで取っておく。渡すにしても二個以上手に入れてから、一個だけ渡すのがいい。杏子はジュエルシードを仕舞い、ホテルに向かって再び走り始めた。 ☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★オマケ ジュエルシードが発動した時の三人娘 すずか視点ver.【すずか、大変だ】【どうしたの? キュゥべえ】 お昼休み、私がなのはちゃんとアリサちゃんとお弁当を食べ終えて雑談に花を咲かせていると、突然キュゥべえの声が聞こえた。【どうやら臨海公園の方でジュエルシードが発動したみたいなんだ】【ジュエルシード?】【そうだ。魔女とも使い魔とも違うエネルギー結晶体。魔女たちと違って結界なんて張ることができないから、暴走すればそれがそのまま現実世界への実害になる】 キュゥべえの言葉を聞き、私はぞっとした。バルバラと戦った時は結界の中だから周囲の被害など気にせず戦うことができた。でももしあれが結界の外で行われていたら、それだけで酷い被害になっていたのは間違いない。【キュゥべえ、どうしたら?】【幸い、この町には他にも魔法少女がいる。でもジュエルシードは危険だ。彼女一人で対処できるかどうか……。だからできればすずかにも現場に向かってもらいたいんだ】 私はキュゥべえの言葉を聞いて、途端にその場から立ち上がる。「どうしたの? なのは、すずか。二人していきなり立ち上がったりして」「「えっ?」」 気が付いたらなのはちゃんも立ちあがっていた。それを座りながら不思議そうな顔で見つめるアリサちゃん。「「ちょっとお手洗いに……」」 お手洗いに行くつもりなんてなかったのに、偶然なのはちゃんとハモっちゃった。「なのはちゃんも?」「うん、すずかちゃんも?」 これで本当にお手洗いに行くつもりでハモったのならなのはちゃんと通じあえて嬉しかったと思える。だけど私が行きたいのは海鳴臨海公園。その言葉とは裏腹な自分の考えが残念だった。「まったく、二人揃って凄い気が合うわね。こうなったらあたしも付き合わせてもらうわよ」 そう言って立ち上がるアリサちゃんは少しだけ拗ねているように見えた。私はそんなアリサちゃんをなだめつつ、三人でお手洗いに向かった。そこで三人で鏡に並んで身だしなみを整える。「にゃああ! 口の横にケチャップがついてるのー!!」 そうしていると横で自分の顔を見たなのはちゃんが大声を上げた。あんなに大きなケチャップをつけて歩いていたのだから、それも仕方ないけど。「なのは、気づいてなかったの?」「気づいたからお手洗いに行きたいって言ったのかと思ってた」 もちろん私は最初から気づいていた。それで教えようとしたのだけど、それをアリサちゃんに「面白いから言わないでおこう」とアイコンタクトで止められていたのだ。「二人とも、知ってたなら教えてよー!」「あはははは、ごめん、なのは」「ごめんね、なのはちゃん」 なのはちゃんは念入りに顔を洗い、口元のケチャップを完璧に落とそうとする。それを横でずっと眺めていたら、チャイムが鳴ってしまった。「やばっ、なのは、すずか。急いで教室に戻りましょ」 そう言うと、アリサちゃんは駆け出していく。私はそんなアリサちゃんの背中に声を掛けた。「アリサちゃん、わたし体調が悪いから、保健室に行ってるって先生に言ってほしいの?」「アリサちゃん、わたし調子が悪いみたいだから、保健室で休んでるって先生に言っておいてくれないかな?」 すると横で全く同じ内容をなのはちゃんが口にしていた。私の言葉になのはちゃんはとても驚いたような表情をしていた。「あ~ん~た~た~ち~、さっきから一体何をたくらんでるのよ。白状しなさーい!」 だがそれ以上に私となのはちゃんのハモりっぷりがアリサちゃんの琴線に触れたらしい。その目は「屋上にいた時に自分だけでなく、なのはともアイコンタクトしたんでしょ!?」と言っている。だが私にはそんな覚えはなかった。 結局、怒り狂うアリサちゃんをわたしとなのはちゃんでなだめているところを先生が通りかかり、教室に連れて行かれた。【ごめん、キュゥべえ。すぐにそっちに向かえそうにないかも】【そうか。わかったよ、すずか。彼女は優秀な魔法少女だから、今回は一人の力で何とかしてもらうことにするよ】【うん。ところでキュゥべえ。それってフェイトちゃん?】【違うよ、すずか。フェイトは魔法少女じゃなくて魔導師だから】 魔法少女と魔導師? いったい何が違うのだろう?【よくわからないけど、フェイトちゃんじゃないなら今度その人を私に紹介してくれないかな? 他の魔法少女の子も見てみたいし】【わかったよ。ただ彼女は気まぐれだから、素直に会ってくれるかどうか……。まぁ頼んでみるよ】【ありがとう、キュゥべえ】 私は授業を受けながら、他の魔法少女のことを考えて夢想していた。夜、キュゥべえと会った時にその子の特徴も聞いてみよう。 それにしても、なのはちゃんには悪いことをしちゃったな。私と違って、本当に体調が悪くて保健室に行くって言ったはずなのに。そうだ。この授業が終わったら、なのはちゃんを連れて保健室に行こう。それがいい。 こうして授業が終わった後、私はなのはちゃんを保健室に連れて行った。その時、なのはちゃんが「どうしてこうなるのー!」と叫んでいたが、その意味が私にはまるでわからなかった。2012/6/24 初投稿