「なのは。そろそろ日が暮れるし、今日はこの辺にしようか」 本日のジュエルシード探しに終わりを告げ、帰路に着くなのはとユーノ。毎日、地道に探しているが、月村邸で子猫の願いを叶えたのを最後に、二人はジュエルシードを手に入れることができないでいた。「ユーノくん、やっぱりこの前のことが気になってるの?」「うん」 しかしまったく見つけることができないでいるわけではない。数日前に察知した暴走したジュエルシードの反応。なのはが学校に行っていたため、ユーノ一人で反応のあった臨海公園に向かったわけだが、彼が辿りついた時にはすでに反応は消えており、辺りをいくら探してもジュエルシードを見つけることができなかった。 気になるのはジュエルシードの発動を感知した後、その付近で結界が張られたことだ。そして結界が解除された時、すでにジュエルシードの反応は消えていた。張られた結界がユーノの使うものに似ていたことから、それがミッドチルダの魔導師の仕業であることは明らかだった。「あの時に張られた結界、あれはいったい誰が……」「杏子さん、じゃないんだよね?」「たぶん。……彼女の持っていた槍型のデバイスやバリアジャケットは僕の知っているものとはだいぶ違った。それなのに使う魔法が同じというのは考えにくい。とはいっても、彼女の魔法を直に見たわけじゃないから、絶対にそうだとは言えないけど」「でもそれじゃあ、杏子さん以外にもこの町に魔導師がいるってことになるんだよね? どんな人なんだろう?」 なのはは三人目の魔導師の姿を頭に思い浮かべる。しかしユーノの心はそんなのんきに構えていなかった。ジュエルシードの反応に対応し結界を張り、それが解けた時にはジュエルシードの反応がなくなっていた。それはつまり結界を張ったものが、ジュエルシードを持ち去ったことを意味する。(いったい誰が……何の目的で……) ジュエルシードは危険なものだ。だからこそユーノは自身の危険を承知で単身、回収にやってきたのだ。そもそもこの世界にジュエルシードが落ちたことを知っている人物がどれだけいるだろう。ユーノ自身と発掘の協力者二名、それととこの世界に来る前に連絡を入れたスクライア一族の仲間と時空管理局。ユーノに思いつくのはそれぐらいだ。(管理局ならいいんだけど、もしそうじゃないとしたら……) 自分の考えが悪い方に偏っていることに気付いたユーノは、頭を振る。ジュエルシードが地球に散らばってしまったのは不幸な事故だけど、それ以外はそんな悪いことばかりじゃない。なのはという現地協力者に出会うことができ、二週間も経たずに四個も回収できたのだ。それで上出来じゃないか。「そういえばなのは。明日は家族で出かけるんだよね?」「そうだよ~。毎年恒例の家族旅行。今年はアリサちゃんやすずかちゃんも一緒だし、楽しみだなぁ」 なのはたちは一端、ジュエルシードのことを忘れて、明日の家族旅行のことを思い、話に花を咲かせるのであった。 ☆「明日は少し、町の郊外を探してみようと思う」 夜、本日のジュエルシード探索に終わりを告げたフェイトとアルフは、仮住まいで明日の方針について話し合っていた。ここ数日、ジュエルシードと杏子を町中で探していた二人だったが、そのどちらも見つかることはなかった。彼女たちは合計四個のジュエルシードを発見している。しかし手に入れたのはそのうちの半分の二個。町中をメインで探してその程度の成果しかでていないのだから、自分たちの探し方を見つめ直すためにもアルフにそう告げた。「そりゃいいね。町の中は空気が淀んでいて嫌だからね」 ミッドチルダと地球とでは魔法の有無に関係なく、純粋な科学水準でも大きな開きがある。その一つの例として、ガソリン車があげられる。排気ガスを撒き散らし、空気を汚すガソリン車。ミッドチルダではすでにガソリン車は使われていない。ガソリンの代わりに電機やメタノールで走る車が一般的だ。さらに空気を浄化する技術も地球に比べ、格段に進んでいる。そのため町中の空気は彼女たちにとって、あまり好ましいものではなかった。 だが自然溢れる海鳴郊外の森の中なら、話は別だ。木々が二酸化炭素を浄化し、新鮮な酸素に作り替えているため、特に狼を素体に作られたアルフにとっては非常にありがたい話であった。「それと魔女や魔法少女についてなんだけど、なにか新しくわかったことある?」 ジュエルシードを探す合間をぬって、フェイトたちは魔女や魔法少女について調べていた。きっかけはバルバラと杏子だ。倒したバルバラから出てきたジュエルシード。そしてジュエルシードを奪い去った杏子。ジュエルシード探しをするとなると、今後もそういった魔女や魔法少女と戦うことになるかもしれない。きちんとした対策を考えるために情報を得る必要があった。「全然だめ。表だった情報網には全然引っかからないよ。裏の世界の情報を得られれば、多少は何かわかるかもしれないけど、この世界でそんな伝手があたしたちにあるわけないしね」 情報にも表と裏がある。一般的に公開されているものは簡単に手に入るが、国家単位で隠されているものは、それ相応の伝手がなければ手に入れるのは難しい。まだ地球にやってきて二週間そこらのフェイトたちにそんなものがあるはずもない。「いっそあたしがもう一度、見滝原に行ってこようか? マミなら何か知っているかもしれないし」 見滝原にはマミがいる。彼女は現役の魔法少女だ。フェイトの疑問に全て答えられるとは限らないが、まったくの無駄足にはならないだろう。 しかし魔法少女たちに気を取られて、本来の目的であるジュエルシード回収に遅れが出るのも問題だ。 そろそろプレシアに報告しに、時の庭園に一度、戻らなければならない。その時、せっかく見つけたジュエルシードを見逃したと知られれば、プレシアは酷く怒るだろう。「母さんのところに報告に戻るまではジュエルシードを探して、魔法少女のことはその後で相談して考えよう。もしかしたら母さんが何か情報を掴んでいるかもしれないし」 だからフェイトは残された時間をジュエルシード探しに当てることに決めた。「了解。それじゃあ明日に備えて、今日はもう寝ようか」「そうだね。おやすみ、アルフ」 そうして二人はベッドの中へと潜っていった。 ☆「キョーコ、背中の流しっこしよー」「はぁー、しょうがねぇなぁ」 同日、同時刻、海鳴市郊外の温泉宿に杏子とゆまの姿があった。ちょうど温泉に入ったばかりの二人は、タオルを片手に一糸纏わぬ姿になっていた。 ゆまの身体はまだ子供のそれだ。彼女の年齢ならすでに胸が膨らみ始めている少女もいるが、ゆまにはまだその兆候すらない。そんな幼い身体には、いくつかの古い傷がある。目立った痕ではないが、身体を洗うほどの近くの距離で見れば気付ける傷痕。それは彼女が両親に虐待を受けていた証に他ならない。すでに両親と死に別れて一ヶ月経つが、殴られた痕は消えても、煙草を押し付けられた火傷の痕が身体のあちこちに残っていたのだ。身体の成長が遅いのも、まともに食事を与えられていなかったからなのかもしれない。 理由は違うが、杏子の胸も中学生としては小さい方だ。彼女の場合は虐待ではなく貧困。子供の頃、お金がほとんど入ってこなかった佐倉家では、まともな食事を振る舞われたことはなかった。ご飯一杯だけで一日を済ましたことも、両手で数え切れないほどある。そんな幼少時代に比べると、今の方が食生活は良いくらいだ。コンビニ弁当やジャンクフード、お菓子などをまともな食事と呼べるかは別だが、きちんと三食をとることができるようになり、彼女の生活スタイルは劇的に変わった。本来なら太ってしまいそうな食生活でも、日々の魔女との戦いが良い運動となり、彼女のスタイルは徐々に女性らしいものへと変化していった。今はまだ、少女の名残はあるものの、数年後には期待できる逸材であることは間違いなかった。「ゆま、背中を向けろ。先に洗ってやるから」「うん」 杏子はゆまを隣の洗い場に座らせると、背中を向けさせる。その背中を泡のついたハンドタオルで洗い始めた。 フェイトたちと遭遇してから数日、杏子たちは海鳴温泉のある旅館に泊まっていた。元々は普通のホテルに泊るつもりの杏子だったが、たまたま近くを通りかかり、ゆまがどうしてもこの温泉宿が良いと言ってきかなかったのだ。 そもそも彼女たちは中学生と小学生の組み合わせである。そんな二人組が通常の手段でホテルにチェックインできるわけがない。しかしビジネスホテルなら杏子が以前、偽造した免許証で年齢を誤魔化し泊まることができた。偽造した免許証には、杏子は二〇歳と書かれている。流石に多少、無理のある年齢だが偽造の出来が良かったため、疑われたことはほとんどない。ホテルによっては証明書の提示を求められない場合もあった。流石にゆまを連れている現状では、年齢の提示は必要になってしまうが、それでもばれたことはなかった。 なのでその温泉旅館にもすんなり泊まることができた。ゆまの要望もあり、一週間で受付をした杏子たちは、すっかり温泉を気に入り、暇さえあれば入浴しにやってきていたのだ。(こんなのんびりしている場合でもないんだけどな) ゆまの背中を洗いながら、杏子は思う。すでに杏子は魔導師と敵対してしまった。一人ならこの前みたいになんとかなる。しかしその場にゆまがいたら、あの時のように逃げ出すことは難しいだろう。かといって、戦うわけにはいかない。ただでさえ実力に開きがあるのに二対一。自分が得意なフィールドでも勝ちの目は薄いと言っていいだろう。「きゃッ! キョーコ、くすぐったいよ」「わりぃわりぃ」 考え事をしていたためか、変なところを触ってしまったのだろう。ゆまが不満の声を上げる。杏子は洗い終えたゆまの身体にお湯を掛ける。そして今度は自分がゆまに背中を向けた。「それじゃあゆま、頼むわ」「うん、わたしに任せなさい!」 自信満々に答えたゆまに任せ、杏子は物思いに耽る。フェイトのこともそうだが、もう一人に魔導師、なのはのことも気になる。まだ杏子は名前すら知らないなのは。最悪の場合、なのはとフェイトが組んでいることも考えられる。フェイトに感じた魔力量に匹敵する魔力を持つなのは。その二人を同時に相手にした場合、逃げ出すこともできないだろう。(やっぱりあの場で無理にジュエルシードを奪ったのは間違いだったかもしれないな) 杏子の手に入れたジュエルシードはフェイトによる封印処理が施されている。そのため暴走する心配はないが、調べることもできなかった。なにせ迂闊に魔力を込めれば暴走してしまうのだ。至近距離で暴走して、自分が取り込まれたら話にならない。「キョーコ、お湯で流すよー」 ゆまは杏子の背中をお湯で流す。「どう? 気持ちよかった?」「そうだな。くすぐったかったな」「な、なんだよー。そんなこと言うキョーコ嫌いー」「じょ、冗談だって。気持ちよかったよ。ホントだぞ」「えへへ~」「それじゃあとっとと髪を洗って、湯船に浸かろうぜ。なんだったら、ゆまの髪も洗ってやろうか?」「え、ホント? それじゃあお願いしちゃおうかな?」 ゆまは再び、杏子に背を向ける。その背中が妙に小さく見える。そういえば背中の洗いっこはしたことはあったが、髪の毛を洗ってやるのは初めてだなと杏子は思う。「ゆま、もしかして緊張してるのか?」「そ、そんなことないよ。全然ないよ、ホントだよ」「はいはい。そういうことにしといてやるよ」 妙に上擦った声を上げるゆまの髪を杏子は念入りに洗っていく。ゆまの髪は自分の髪に比べてかなり短い。だがその分、手入れが行き届いているようで、かなりサラサラだった。まるで砂漠の砂が指の間から零れ落ちるような感触。頭を撫でることはあっても、髪の毛の感触にまで意識を向けたことがなかった杏子は、それが少し羨ましかった。 杏子のロングヘアは、ここまで手入れは行き届かない。洗うのにも時間が掛かるし、戦闘の邪魔になる時もある。それでも散髪しないのは、父親がその長い髪を褒めてくれたことがあるからだ。そしてゆまも、杏子の長い髪に憧れ、自分も伸ばすと言ってくれている。だからこそ、多少面倒ではあるが、杏子はロングヘアでい続けていた。「ゆま、お湯で流すからきちんと目を瞑ってろよ」 一通りシャンプーで洗い終わったゆまの髪にお湯を流す。シャンプーが流され落ちたゆまは頭を振り、顔に着いたお湯を払う。「んじゃ、ゆまは先に湯船につかってな。あたしは髪を洗ってから行くから」 ゆまを促す杏子だったが、彼女は一向にその場から動こうとしなかった。「ん? どうしたゆま?」「……ねぇ、キョーコ。今度はわたしがキョーコの髪を洗ってあげよっか?」 ゆまの意外な申し出に驚く杏子。「いや、でもな、あたしの髪は長いし、面倒だろ?」「いいの。わたしが洗いたいだけなんだから。ほら、早く背中向けて」「お、おう」 ゆまの迫力に気圧されるように背中を向ける杏子。すぐにゆまのか細い指先の感触が髪の毛を伝い始める。その感触に身をまかせながら、杏子は思う。(本当にやばくなったら、久しぶりにアレを使うかな) 自分一人なら絶対に使わない。だけどゆまが危険に陥るのなら仕方ない。(ま、そう簡単にそんな状況になるとは思えないけどな) ☆ 深夜、すずかは使い魔と交戦していた。舌をだらしなく垂らす犬のような使い魔。顔についた目玉は三つで、足は七本、尻尾は三本とかなり見栄えが悪い。動物好きのすずかにとっても、嫌悪の対象となる見た目をしていた。 今回、すずかは吸血鬼化していない。周りに魔女の気配はなく、また吸血鬼化すると体力を非常に消耗するためだ。そのため彼女の瞳は紫で、刀の刃も銀色だ。 そのため、すずかは相手に致命的なダメージを与えることができないでいた。攻撃を避けることはできる。しかし当てることができないのだ。相手はなかなか俊敏だ。ヒットアンドアウェイを繰り返すという、基本に忠実な戦い方をしている。その攻撃をすずかは刀でなんとか捌いているという現状だ。 そもそも魔法少女となったからといって、彼女の筋力が劇的に上がるわけではない。夜の一族であるため、普通の同年代の女の子よりは筋力はあっても、刀を自在に振り回せるほどの力は持ち合わせていないのだ。それなのにも関わらず、彼女は頑なに吸血鬼化しようとはしない。【いつまでこんなことを続けるんだい? 力を解放すれば、そんな相手すぐに倒せるだろう】 その戦いを近くで眺めていたキュゥべえが問いかける。すずかの戦い方は彼にはまるで理解できないものだ。今回、彼女が戦っている使い魔はかなり弱い。まだほとんど魔力を帯びてない生まれたての使い魔だ。そんな相手と互角の戦いを繰り広げるほど、すずかは弱い魔法少女ではない。彼女の実力は、歴戦の魔法少女である杏子と比べても遜色ないはずだ。【でも、私は……】 おそらく自分の身体にセーブを掛けようとしなければ、彼女はすぐにでも吸血鬼化してしまうだろう。だがすずかにとって吸血鬼の力は忌むべき力なのだ。強く在ることを願ったすずかは、夜の一族である以上の吸血鬼の力を手に入れ、さらにそれを自分の思い通りにコントロールする術を得た。だが彼女はそもそも吸血鬼という存在そのものを受け入れたわけではない。だから極力、その力を使いたくないと考えていた。【すずかが何に対して躊躇しているのかを、ボクは知らない。だけどせっかく手に入れた力を使わないなんて、勿体ないじゃないか。キミは強くなることを願ったんだ。その結果として手に入れた力なら、きちんと受け入れていかないと】【受け入れる?】 そもそもすずかがキュゥべえに力を求めた時、それはある意味で夜の一族である自分を受け入れた証を立てるためでもあった。普通の女の子になれば、夜の一族ではなくただの人間として生きていける。だけど強さを求めれば、その果てあるのは吸血鬼ということは薄々わかっていた。夜の一族である自分を受け入れ、誰かを守れる強さが欲しい。そう願ったはずなのに、もうその自分を否定している。【そうだ。力はただ、力でしかないんだ。それがどんな性質を持っていようと、使い手次第で善にも悪にもなる。だけどせっかく持っている力を使わないことは一番、愚かな選択だ。キミは魔女と戦う宿命を背負ってまで強さを求めたはずだ。その強さを否定するには、まだ早すぎるんじゃないかな?】 キュゥべえの言葉を聞き、すずかの瞳は赤くなる。火血刀の刀身もそれに呼応し赤く染まる。そして次の瞬間には、使い魔の身体は真っ二つになっていた。一瞬である。彼女が吸血鬼化して三秒も経っていない。さっきまで苦戦していたのが嘘みたいな決着である。 使い魔が消えると結界も消え、彼女の姿も元に戻る。「キュゥべえ、ありがとう」 すずかは足元に寄ってきたキュゥべえの頭をそっと撫でる。 実際、一瞬でも吸血鬼化してすずかは思ったことがある。やはりすずかは吸血鬼の力は好きになれない。彼女の願いは強く在ること。彼女にとって強さの象徴は吸血鬼。だけどそれは忌むべき力。(でもいつか、そんな力を受け入れる強さも私は欲しい) キュゥべえの言葉でそう思えたからこそ、すずかは感謝の言葉を告げた。理想は吸血鬼化しないでも使い魔や魔女を倒せるようになること。だけどその前に、もう一度だけ夜の一族である自分と向き合わなければならないとすずかは悟る。「お役に立てたみたいで何よりだ」 そんなすずかをキュゥべえは感情の籠っていない瞳で見つめながら、そう告げた。2012/6/26 初投稿