あの後、すずかが家に電話し、近くにある動物病院の場所を聞いてもらい、フェレットを連れていった。診察の結果、怪我はそこまで深くはないことを知り安心するなのは、アリサ、すずか。「先生、これってフェレットですよね? どこかのペットなんでしょうか?」「フェレット、なのかなぁ? 変わった種類だけど……」 アリサの疑問に獣医ははっきりと答えることができなかった。それもそのはずである。このフェレットはユーノが変身した姿であるため、似ている種類の動物がいたとしてもまったく同じというものはあり得ない。そもそもユーノ自身、地球とは別の世界から来た人間なのだから尚更だ。「それにこの首輪についてるのは、宝石、なのかなぁ?」 獣医はそう疑問に思いながら、ユーノの首にかけられている宝石を触ろうとする。その瞬間、ユーノは目を覚ました。(ここは?) 先ほどまで、ユーノはほぼ無意識のうちに助けを呼んでいた。しかし今は獣医の治療の甲斐があってか、はっきりと意識を取り戻していた。目覚めたユーノは自分の周囲をすぐさま観察する。女性が一人と女の子が三人。その内の一人、なのはに秘められた魔力にユーノは気付く。そしてその子が自分を助けてくれたことを思い出す。「えっと」 ユーノがじっとなのはのことを見ていたためか、なのはは遠慮がちにユーノに向かって指を出す。それを見たユーノはその指を舐める。そのことに喜ぶなのはだったが、次の瞬間、ユーノは気絶するように倒れてしまう。その様子に不安げな表情を浮かべる三人。「しばらく安静にした方がよさそうだから、とりあえず明日まで預かっておこうか?」 それを見た獣医はすかさずフォローを入れる。「はい。お願いします」「よかったらまた明日、様子を見に来てくれるかな?」「わかりました」 ☆「お父さん、フェレットさんをしばらく家で預かることってできないかな?」 家に帰ってきたなのはは夕食の席でそう父親である士郎に相談した。翠屋は飲食を扱う喫茶店なので、本来ならば動物を飼うことは禁止だ。しかしアリサの家には大きな犬が、すずかの家には大量の猫がすでに飼われている。そんな中にフェレットを放り込んでしまったら、何かの拍子に怪我をしないとも限らない。そこでなのははダメ元で両親に相談することにしたのだ。「フェレットか。……ところでなんだ? フェレットって?」 その士郎の言葉に思わずなのははテーブルに突っ伏す。「イタチの仲間だよ、父さん」「だいぶ前からペットとして人気の動物なんだよ」 そんな士郎にすかさずなのはの兄である恭也と姉である美由希が解説を入れる。なのはとは一回り歳の離れた兄と姉はどうやら父親よりもそういったことに詳しかったらしい。「フェレットって小さいわよね。しばらく預かるだけなら、籠に入れておけてなのはがちゃんとお世話できるならいいかも。恭也、美由希、どう?」 そう口にしたのは母親である桃子だ。「俺はいいけど」「わたしも」 その様子を見て士郎は軽く頷く。本音を言えば、喫茶店の経営者として小動物とはいえ動物を飼うのは反対だ。しかしなのはは普段、まったくわがままを言わない子なのだ。そんななのはが珍しく自分たちを頼ってくれている。それが士郎には嬉しかった。おそらくその気持ちは桃子や恭也、美由希も同じだろう。「だ、そうだよ」「よかったわね」「うん、ありがとう」 家族に頼みをきいてもらえたことが嬉しくて、なのはは満面の笑顔を浮かべていた。そんな笑顔につられたのか、この日の高町家の夕食はいつも以上に笑顔の絶えない食卓だった。 ☆「きゅっぷい。やっとこの町に戻ってこれたよ」 なのはが高町家で家族団欒を過ごしている頃、キュゥべえは昨日、自分がジュエルシードに取り込まれた場所まで戻ってきていた。「まったく、この町の近くにはボクたちがいなかったから、戻ってくるのに丸一日もかかってしまったじゃないか」 しかしキュゥべえはキュゥべえでも、ここにいるキュゥべえはジュエルシードに取り込まれてしまったキュゥべえとは別個体である。だがその意識は共有しており、昨日起きたことははっきりと覚えていた。 昨日、キュゥべえがジュエルシードを体内に取り込んだ瞬間、そのエネルギーが暴走した。ジュエルシードというものは、元来とても不安定なエネルギー体だ。それを何の配慮もなくエネルギーを抜こうとしたら、そうなるのは至極当然のことなのかもしれない。しかしキュゥべえは当然そんなことは知らない。そのため暴走とともにキュゥべえの肉体は取り込まれた。「それにしても……」 二度目の海鳴市への来訪の時に、キュゥべえは軽率な行動をしてまた個体をなくしては堪らないと慎重にこの町へと侵入した。その過程であることに気付いた。この町は今、エネルギーに溢れている。初めはそれがジュエルシードによるエネルギーが発生しているためだと思っていた。もちろんそれ自体は間違いではない。 しかしそれだけではない。どうやらこの町にはとても強い魔法少女の素養を持った少女がいることに気付いた。強いエネルギー体が町中に広がっているため、その少女がどこにいるのかはわからないが、少なくとも一人は確実にいるし、その少女以外にも魔法少女の素養がある少女の力を感じられる。本来ならジュエルシードを手に入れることができればそれだけでよかったが、せっかくだからこの少女たちとも契約したいと考えていた。 それにキュゥべえだけでは肝心の結晶体を手に入れることもできない。また昨日のように無駄に個体を消費してしまう状況になるのは望ましくない。だが魔法少女がその手を貸してくれればどうだろう? 確実に成功するとは言えないが、キュゥべえだけで挑むよりはまだ成功の目がありそうだ。「なんにしても、まずは探さなきゃいけないな。新しい魔法少女も、あの結晶体も」 誰にともなくそう告げると、キュゥべえはその姿を影の中に消していった。 ☆ 部屋に戻ったなのはは携帯メールでアリサとすずかにフェレットが自分の家で預かれることになったのを報告する。【聞こえますか? 僕の声が聞こえますか?】 そうして報告を追え、ベッドの中に入ろうとした瞬間、再びあの声が聞こえてきた。【聞いてください。僕の声が聞こえるあなた、お願いです。僕に少しだけ力を貸してください】 その声を聞いたなのはは迷うことなく、自分の家から飛び出した。向かう先は動物病院。なのはは本能的に助けを呼ぶ声を掛けているのはあのフェレットであることを自覚していた。だから迷うことなく、まっすぐ動物病院に向かった。 動物病院に着いた時、頭の中に直接、嫌な音が聞こえてくる。何かが共鳴し合い発生している不協和音。その音を聞いて頭が痛くなったなのははその場に蹲る。その間に辺りの景色が色褪せていく。夜といっても木々の緑色や電灯の白い色など色々な色がある。しかしその色が今、一色に染まる。景色の色が染まりきった時、なのはの頭に響いていた頭痛は鳴りやんでいた。 そして次の瞬間、動物病院の壁が壊れ、その中から一匹のフェレットと白い異形の怪物が飛び出してきた。ユーノは逃げながらなのはの胸に飛び込んでくる。そしてそのユーノを狙い、怪物もなのはの向こうに飛んでくる。「キャー!!」 とっさによけるなのは。なのはに避けられた怪物はその勢いを殺しきれず、民家に激突する。その衝撃で民家が崩れ怪物の上に瓦礫となってのしかかる。その重さゆえか、怪物はしばらく身動きできなくなっていた。その光景に茫然としているなのはにさらに追い打ちが掛けるようにユーノが言葉を口にした。「来て、くれたの?」「にゃああ!! しゃべったああ!!」 そうしている間にも怪物は瓦礫から抜け出そうとその場で暴れ続ける。それを見たなのははパニックを起こしながらもこの場でじっとしていてはまずいとユーノを抱え、その場から走り出す。「えーっと、そのー、なにがなんだかよくわからないけど、いったい何なの? 何が起きてるの?」 走りながらなのはは自分の疑問をユーノにぶつける。「キミには資質がある。お願い、僕に少しだけ力を貸して」 しかしユーノから出た言葉はそんななのはの疑問に答える言葉ではなかった。「僕はある探し物のためにここではない世界から来ました。でも僕一人の力では思いを遂げられないかもしれない。だから、迷惑だとわかってはいるんですが、資質を持っている人に協力してほしくて……。お礼はします。必ずします。僕の持っている力をあなたに使ってほしいんです。僕の力を、魔法の力を!」「魔法?」 なのはにはユーノが言っていることがちんぷんかんぷんだった。そんななのはの元に先ほどの怪物が襲いかかる。それをとっさに回避するも、このままではいずれ捕まってしまう。「ど、どうすればいいのー?」 それはなのはの心からの叫びだった。半ばパニックを起こしていたのかもしれない。「これを」 そんななのはの言葉を聞き、ユーノは自分の首に下げた宝石を差し出す。思わずそれを手に取るなのは。「温かい」「それを手に、目を閉じて心を清ませて。僕の言うとおりに繰り返して」「う、うん」――我、使命を受けし者也――――契約の元、その力を解き放て――――風は空に、星は天に――――そして不屈の心は、この胸に――――この手に魔法を! レイジングハート、セットアップ――≪Stand by ready set up≫ ユーノの言葉に合わせてなのはがそう言葉を紡ぎ終えた瞬間、掌の中の宝石、レイジングハートが赤く輝き出す。その絶大な魔力に思わず絶句するユーノ。「なんて魔力だ」 ユーノは思わずそう零す。しかしそう思ったのはユーノだけではなかった。遠くから眺めていたキュゥべえもまた、なのはの絶大な魔力エネルギーに気付いていた。おそらくあの子がこの町に再び入った時に見つけた魔法少女の素養を持つ子だったのだろう。だが今、目の前でその少女は別の生物と契約を行っている。 キュゥべえの知る限り、自分と同じように魔法少女のエネルギー変換システムを行っている存在はいないはずだ。端末によって微妙な個体差があったとしても、あれほどまでに違った姿形をしているわけじゃあない。そもそも同一の存在ならキュゥべえにもその記憶は共有されるはずだ。 ならばあれは魔法少女への契約ではないのか? そう思うキュゥべえだったが、その考えはまさに今、目の前で否定された。キュゥべえの見ている前でなのはの衣服が見る見るうちに変わっていく。さらにその手には杖のようなものも握られていた。また彼女のうちに潜むエネルギーも先ほどとは違い解放されており、それは今までキュゥべえが見てきた魔法少女への変化とほぼ同じといっていいものだった。「まったく、わけがわからないよ」 その光景を見てキュゥべえは、思わずそんな言葉を呟いてしまうのだった。 2012/5/14 初投稿2012/5/15 タイトル修正2012/5/19 誤字、および一部表現修正