(どうやら、始まったみたいだね) フェイトと行動を別にしていたアルフは、森の奥で結界が発動したことを察知し、フェイトと杏子の戦闘が始まったことを知る。その戦いが気にならないわけではなかったが、彼女はフェイトに頼まれた仕事をきちんとこなそうと、そのことを頭の隅に追いやった。 フェイトに命じられたこととは、この付近にあるジュエルシードを手に入れることである。 元々、二人が海鳴郊外にやってきたのは杏子と会うためではなく、ジュエルシードを探すためだ。偶然、杏子が見つかったとはいえ、本来の目的をおろそかにしてはならない。そう考えた二人は杏子と決闘の約束をした後、共に付近のジュエルシード探しを行った。その結果、この付近に発動前のジュエルシードがあることを突き止めた。昼間のうちに詳細な位置を特定するには至らなかったが、徐々に捜索範囲を狭めて行けたので、見つかるのも時間の問題だろう。 しかしこの時、アルフは焦っていた。彼女としてはフェイトが戻ってくる前にジュエルシードを手に入れておきたかった。もしフェイトが戻ってきた時にジュエルシードを手に入れることができていなかったとしたら、きっとどんなに傷だらけの身体でも一緒に探そうとするに決まっている。だからこそアルフは、焦りのあまり周囲の森に魔力流を打ち込んだ。だいたいの目星も突いていたこともあり、ジュエルシードは呆気なく発動した。 アルフは反応があった場所に急行する。そこは奇しくも、昼間、なのはとゆまが語らい合った場所の近くだった。アルフの眼下に広がる川の中で、ジュエルシードが魔力を放出して光り輝いている。その中で思念体が身体を形作る。おそらく小魚を取り込んだのであろう。全身が鱗に塗れた鮫のような凶悪な魚の姿がそこにはあった。「さてと、それじゃあフェイトが勝って戻ってくる前に、きっちり封印しないとね」 アルフは拳を鳴らす。そしてアルフは思念体に向かって挑んでいった。 だがこの時、アルフは気づいていなかった。魔力流を撃ち込まれたことで、ジュエルシード以外にも活動を開始したものがいたことに。そしてそれがきっかけで、さらなる戦いの火種を生んでしまったということに……。 ☆ 夜も更けてきた頃、すずかはなのはたちと共に寝支度をしていた。「すずか、少しいいかしら?」「なに、お姉ちゃん?」 一通り寝る準備を終え、あとは布団に入るだけという時にすずかは忍に声を掛けられた。 忍の様子はどこか不安げで、チラチラと恭也の方に目を向ける。だがそれに対して、恭也は首を横に振る。その目は「大事なことだからまずは二人だけで話すべきだ」と告げていた。「ここじゃあなんだから、もう一つの部屋に行きましょう?」「う、うん」 忍は覚悟を決め、すずかと二人で男性陣用にとった部屋に向かう。 士郎と恭也のためにとった部屋は、女性陣の部屋よりも少し狭い作りをしていた。その作り自体は女性陣の部屋と同じ和式の部屋なのだが、単純にそれが縮小された感じの部屋だった。 この部屋には今、月村姉妹以外の姿はない。恭也はもちろん、士郎や桃子にも事前に事情を説明し、話し合いの最中に誰かが訪ねてくるといったことのないようにしてもらっていた。「それでお姉ちゃん、話って何?」 しばらくの間、どう切り出すべきか迷っていた忍だったが、すずかに尋ねられ、意を決してその問いを口にした。「すずか、最近ひとりで夜中に屋敷を抜け出してるみたいだけど、いったいどこに行ってるの?」 忍の言葉にすずかはピクンと反応する。すずかはいつ、忍の口からその質問をされてもいいように覚悟していた。 夜の一族の秘密は基本的に門外不出。敵対者も多いため、月村邸には様々な警備システムが備え付けられている。その包囲網に気付かれず侵入することは不可能だろう。そしてその逆もまた然りだ。 だからこそ、すずかは忍に自分が夜中に無断で外出していることに気付かれているとわかっていた。それでも問われるまでは黙っていようと思っていたのは、魔女や魔法少女のことを迂闊に話してしまうのはよくないと考えていたからだ。だからこうして尋ねられた時、それを誤魔化す上手い言い訳も考えてあった。 ――しかし、すずかは忍に対しては、本当のことを言ってもいいのではないかと迷っていた。 そうすずかに思わせたのは、昼間に杏子と出会ったことがきっかけだった。ゆまを魔法少女にさせようとしない杏子。自分はすでに魔法少女になってしまったが、そのことを知った忍がどのような反応をするのだろうか? すずかはそれが気になってしょうがなかった。 だが話してしまえば忍を魔女との戦いに巻きこんでしまうかもしれない。自分の些細な好奇心で忍を魔法少女の世界に引き込むわけにはいかない。だからすずかは忍の言葉にすぐ返事をすることができないでいた。「あのね、すずか。別に夜中に外出することが悪い事とは言わないわ。でもね、せめて行き先ぐらい教えてくれないと、何かあった時に心配するでしょ。……私に教えたくないというのならそれでもいいわ。でもせめてノエルかファリンのどちらかには伝えておいてくれないかしら?」 押し黙るすずかの様子を見かねた忍が口にする。すずかは大事な妹だ。だからといってその全てに干渉したいわけではない。夜の一族の責務は自分が全て引き受ける。だからその分、すずかにはできるだけ自由に生きて欲しかった。 それでも彼女は小学三年生、まだ九歳である。夜間の外出は推奨できるものではない。それを許可することはできても、行き先だけは誰かに知らせて欲しかったのだ。その相手が自分でないのは少し淋しいけれど、言いたくないことを無理に聞き出す真似は忍にはできなかった。「ち、違うよ、お姉ちゃん。別にお姉ちゃんだから言いたくないってわけじゃないんだよ」 忍の言葉にすずかは取り繕うように告げる。むしろ本当のことを告げるとするなら、最初は忍に対してだろう。「それじゃあ、誰にも言えないってこと?」「えと、その、あの……うん」 本当のことを話したい。でも忍を巻き込みたくない。ならば嘘をつく? でも忍に嘘をつきたくない。そんな思考がぐるぐる回り、すずかの頭を混乱させていく。「……それじゃあ質問を変えるわね。どうして私たちに行き先を告げることができないの?」 忍はすずかの様子から、自分だけでなくノエルやファリンにも行き先を言うことができないのであることを悟り、そのような質問をする。「……お姉ちゃんたちを、巻き込みたくないから」 その言葉を聞き、忍は考える。巻き込みたくないからということは、それがどのようなものだとしても、すずか自身にきちんと自覚のある事柄だということだ。無意識の行動ではなく、すずかが自分の意思で毎夜出掛けているということになる。そしてここまで頑なに話そうとしないということは、大なり小なり危険なことなのだろう。 忍はすずかのことを強く抱きしめた。何の前触れもなく抱きしめられたすずかは、とても驚いた。「お、お姉ちゃん!?」「すずか、あんまり私を心配させないで。確かに私たちは夜の一族という普通の人間とは違う存在よ。でもね、少し運動神経が良くて頭が良いからって、普通の人間と同じように怪我もするし病気にもなる。むしろ普通の人間と違うからこそ、色々な存在に狙われる。却って普通の人間よりも危険に身近な存在なの。それにあなたはまだ子供。もう今までの事情は聞かないから、これ以上、危険なことに首を突っ込む真似は止めなさい」「お姉ちゃん……わ、私」 忍の言葉にすずかは戸惑う。すでに自分は魔法少女になってしまった。キュゥべえの話ではソウルジェムは何もせずとも次第に穢れていく。だからこそグリーフシードを手に入れるために魔女と戦わなければならない。戦い続けなければならない。 杏子が言っていたことを思い出す。「魔女と戦うのは危険だから」。それはつまり、魔法少女になった以上、魔女と生きている限りずっと戦い続けなければならないということなのだ。その意味を悟った時、すずかは少しだけ、ほんの少しだけ魔法少女になったことを後悔した。 そしてそんな彼女の気持ちに関係なく、近くの森から膨大な魔力反応を感知する。それはかつて、すずかが魔法少女になった時に感じた魔力反応に似ていた。それに気付いたすずかは、忍からそっと離れた。「すずか?」「ごめんね、お姉ちゃん。私、行かなくちゃ」「すずか!? あなた、私の話、聞いてたの!!?」「……うん。凄く心に染みた。……でも、それでも私は行かなくちゃ行けないの」 この旅館には杏子もいる。だからといって彼女だけに任せるわけにもいかない。それに今、ここにはすずかにとって守りたい人たちが集まっている。だからこそ、すずかはじっとしてはいられなかった。「お姉ちゃん、話の続きはまた今度にしよう。その時は、今日のことも含めて全部話すから。――だから今は行かせて」「……わかったわ」 しばらく押し黙っていた忍だったが、すずかの力強い瞳に負け、喉から絞り出すような声で告げる。本当ならここで行かせたくない。だけどいくら止めても、すずかは一人で行ってしまう。すずかの目にはそういった覚悟が宿っていた。「ありがとう、お姉ちゃん」 そう言ってすずかは部屋から飛び出していく。忍はその背中が見えなくなるまで見つめていた。 ☆「すずか、遅いわね」「そうだね」 なのはとアリサの二人は、布団の中ですずかのことを待っていた。この後は寝るだけなので別にすずかを待つ必要は二人にはない。しかし隣の部屋にいる大人たちの異様な雰囲気が、なのはたちの心を掻き乱し、すずかに何かあったのではないかと不安にさせていたのだ。 二人は布団の中から出ると、音を立てずにふすまを少し開け、そこから隣の部屋の様子を伺う。「お兄ちゃん、まだ腕を組んだままなの」 壁に背を着きながら腕を組み、目を閉じている恭也。それだけならどうということもないのだが、忍が部屋を出ていった時からずっと同じ姿勢でいるとなると話は別だ。しかもその全身からは目の見えない凄みが滲み出ている。それはまるで、士郎や美由希と練習試合する時の雰囲気に似ていた。家の中ならともかくとして、旅行先、それもこんな夜に恭也がそのような状態で立っていること自体、なのはにとっては異様に思えた。「ノエルさんも、この短時間の間に三回、時計を見たわよ。……あっ、これで四回目だわ」 アリサはノエルの挙動不審さに注目する。一見すればテーブルの前に正座で座りながら、美由希やファリンと楽しげに話しているようにしか見えない。しかしその視線が度々、部屋に飾られている大きな置時計に向くのだ。ずっと見ていたわけではないので正確な回数はわからないが、最低でも一分間に一度は時計に目を向けている。その表情はとも不安げで、他人から見てもこの場にいない忍とすずかのことを案じているのは明らかだった。 そんなノエルと話しているためか、ファリンや美由希の様子もおかしい。なんとか盛り上げようと見当違いな発言をするが、ノエルはそれに対して「そうですね」としか言わないため、どことなく冷たい風が吹いているように思えた。 唯一、士郎と桃子の二人にはそういった様子はなかったが、それでも事情は察しているような素振りを時折見せている。「……やっぱりおかしいわよ、なんなの、これ」「わからないの。たぶん、忍さんとすずかちゃんのことを皆で心配していると思うんだけど……」「それがわからないっていうのよ! 二人は姉妹なのよ。皆に心配される云われなんて、ないじゃない!!」「わ、わたしに言われても……」「こうなったらなのは! すずかたちのところに様子を見に行きましょう!」「えぇー!!」 なのはは思わず大声を出してしまう。その口を慌ててアリサが塞ごうとするが、時すでに遅し。ふすま戸は開けられ、その正面には先ほどまで微動だにしなかった恭也が立っていた。「二人とも、どうしたんだ? 眠れないのか?」「にゃはは、えーっと」「ねぇ、すずかと忍さんに何かあったの?」 なんとか誤魔化そうとするなのはに対し、アリサはストレートに尋ねた。「……二人には関係ないことだよ」「関係ないことなんてないわよ! あたしたちはすずかの親友だもの! 事情を聞く権利ぐらい、あるはずだわ!!」 恭也の物言いが気にいらなかったのか、アリサは食ってかかるように詰め寄った。その様子の必死さから恭也は素直に自分の非を詫び、頭を下げた。「しかし俺の口から勝手に説明してしまっていいものか……」「大丈夫だと思いますよ、お二人になら」 そう口添えてきたのはノエルである。気がつくと、ふすまの前に全員が集合していた。アリサの剣幕の凄さに、すでになのはたちは注目の的となっていたのだ。そのことに気付いたアリサは、先ほどの自分の態度を思い出し、俯きながら赤面する。「恭也様が躊躇なさるのでしたら、私の方から説明させていただきますが……」「いや、ここは俺が言うよ。アリサちゃんにあんな啖呵を切られたんだ。ここで人任せにはできないよ」「きょ、恭也さん! さっきのことは忘れてください!!」「はははっ」 笑い出す恭也にアリサはポコポコと殴りかかる。特に痛くもないその拳を一頻り受けた恭也は、改めて二人に向き直り話し始める。「まぁあんなことを言っといてなんだけど、俺もそこまで大した事情はないんだ。実はな、ここ最近、すずかちゃんが夜中に一人で出掛けているらしいんだ。それを心配した忍がどこに行ってるのか聞き出すために呼び出した。それだけのことだよ」 なるべく二人に心配を掛けないように、恭也はあえて軽い口調で説明する。しかしその語られた内容はなのはやアリサにとって、十分驚きの内容だった。「すずかちゃんが一人で?」「夜中に出掛けてる?」 思わず恭也の言葉を反芻してしまう二人。それほどまでにすずからしくない行動なのだ。なのはたちが知っているすずかは、決して行動力がないとは言わない。自分で決めたことは頑なに守ろうとする頑固者の一面もある。だがそれでも夜中に一人で出掛けるようなことをするような子ではなかった。出掛けるとしても周りに心配を掛けないように、事情を説明する。周りに気を配るのを忘れない。それがなのはたちから見たすずかという少女だった。「その様子だと、お二人とも知らなかったみたいですね」 ノエルの言葉に二人は頷く。「俺も行きの車で聞かされた事なんだがな、実は昨日の夜もすずかちゃんは出掛けて行ったらしいんだ。すずかちゃん、そっちの車の中でずっと眠ってたんだろ?」「……確かに爆睡してたわね」 車の中での出来事を思い出す二人。思い返せば、学校に向かうバスの中や休み時間なんかでもあくびを多くしていたようにも思える。「今日の朝は、すずかちゃんが帰ってきた時には辺りが明るくなり始めていたらしいんだ。忍じゃなくても心配する気持ちはわかるだろ?」「そうね」「心配なの」「だから一度、二人でじっくり話し合った方が良いと思ってな。いい機会だし、俺たちの部屋で話し合いをしているというわけだ。……さ、二人とも、これで納得しただろ? すずかちゃんが心配なのもわかるが、明日は皆で観光するんだ。早く寝なさい」 恭也の言葉に嘘はない。それでもなのはたちはどこか納得できなかった。「……気にいらないわね」「アリサちゃん?」「気にいらないって言ったのよ! どうして一人で抱え込もうとするのよ! 忍さんたちにも話せないのなら、少しぐらいあたしたちを頼りなさいよ。なのはもそう思うでしょ?」 アリサは叫ぶ。その叫びに大人たちは皆、目を丸くする。しかしその横にいたなのはだけは、そんなアリサの気持ちが手に取るようにわかった。 要は自分たちに秘密にされて悔しいのだ。すずかが何の理由もなく、他人に心配を掛けるような真似をするわけがない。つまり今の彼女はそうせざるを得ない状況に追い込まれているということだ。そんな状況だからこそ、何故、自分たちに相談してくれないのか。どうして自分たちを頼ってくれないのか。それがアリサには悔しかった。 だがそれと同時になのはには、すずかの気持ちも理解できた。それは彼女が魔導師として、ジュエルシード集めを手伝っているからだ。ユーノ曰く、自分には才能があり、それを成せる力があった。しかし皆がそうとは限らない。それにジュエルシードの思念体は危険な存在だ。皆を巻き込みたくない。巻き込むわけにはいかない。だからそのことは絶対に知られてはいけない。(きっとすずかちゃんも、わたしと同じ気持ちなんだろうな) 淋しいと思う気持ちもある。だが、その心境を理解できるからこそ、なのはは諭すようにアリサに説いた。「アリサちゃんの気持ちもわかるよ。でもすずかちゃんが自分から話すまで待ってあげようよ」「なによ、なのは。あんたまでそんなこと言うの!?」「うん。わたしにはアリサちゃんの気持ちも、すずかちゃんの気持ちも理解できるから」「人の気持ちを勝手に理解してる気になってるんじゃないわよ! もう怒ったわ。こうなったら今からすずかのところに直接、殴り込んでくるしかないわ」 アリサは大きな歩幅で部屋の外に出ていく。「あ、アリサお嬢様、お待ちください」 アリサの剣幕に茫然としていた一同だったが、いち早く正気を取り戻したノエルがそれを止めようとする。それを皮切りに他の大人たちもアリサの説得に廊下に向かう。「ノエルさん、止めないで。あたしはすずかに事情を聞かなきゃ気が済まないのよ!」 アリサは完全に頭に血が上っていた。だから誰が何を言おうと耳を貸さない。 まさかアリサがこのような真似に出るとは、恭也は思いもよらなかった。すずかのことを話したことを少しだけ後悔した恭也であったが、アリサの親友を思う気持ちに心打たれている自分もいて、強く止めることができないでいた。 そのまっすぐ前を向いた瞳には、どんな言葉も通用しない。それを悟った恭也は説得するのを諦め、アリサの首根っこを掴むと、そのまま彼女を持ちあげた。「恭也さん、何するのよ!?」 持ち上げられたアリサは、なんとか振り切ろうと暴れる。時には恭也に向かって蹴りつけたりもする。しかし幼い頃から鍛えている恭也はその蹴りを物ともせず、アリサを掴み続けていた。「アリサちゃん、落ち着いてくれ。そんな真似をするんだったら、俺がすずかちゃんのことを話したのを忍に怒られてしまう」「私がどうかしたの?」 そんな風に廊下で騒いでいる一向の前に現れた忍は、どうしてこのような事態になっているのか首を傾げていた。忍が戻ってきたのに気付いた恭也の手から力が抜け、アリサは落下する。突然のこと過ぎたので、アリサはその場に尻もちをつく。だがすぐに立ち直し、すずかを問い詰めようとした。しかしそこにはすずかの姿がなかった。「忍さん、すずかは?」「……行っちゃったわ」 アリサの目を見て、全ての事情を知っていると判断した忍は、一言告げる。「どうして止めなかったのよ!?」「それは、今のアリサちゃんと同じ目をしていたから、かな?」「あたしの目?」 忍の言葉の真意はアリサには理解できず、首を傾げる。「忍、よかったのか?」「ええ、今日のところはね」 すずかを行かせてしまったことに忍がショックを受けているのではないかと心配した恭也だったが、彼女の様子から納得した上で送り出したことを知り、安心する。「さぁこんな時間にこれ以上、廊下で騒いでいたら他のお客さんに迷惑になるわ。皆、部屋に戻りましょう」 桃子がその場で一回、手を叩くと場を仕切り直すように告げる。その言葉に従い、全員で部屋の中に戻っていく。アリサはどこか釈然としない気持ちがあったので、こうなったらこの鬱憤をなのはととことんやり合うことで発散しようと思考を切り替える。「……なのは?」 だが部屋に戻った時、アリサがいくら探しても部屋の中にはなのはの姿はなかった。 ☆ なのははバリアジャケットを展開し、ユーノを肩に乗せて空を飛ぶ。アリサを追って全員が部屋の外に出たが、なのははその背中を追うことができなかった。それは近くでジュエルシードが発動したことに気付いたからだ。幸いなことに皆、アリサを追って廊下に出て行ったので、なのはたちは窓から外に飛び出したのだ。そしてそのままバリアジャケットを展開し、飛行魔法でジュエルシードの元まで向かっていた。「なのは、あのまま出てきちゃってよかったの?」「うん。アリサちゃんには悪いけど、ジュエルシードを放っておいたら何が起きるかわからないから」 アリサと半ば喧嘩別れみたいな形で外に出てしまったなのは。そのことを危惧してのユーノの発言だったが、なのははあっけらかんと答えた。 もちろん実際は気にしているのはユーノの目から見ても明らかだ。だが本人が我慢している以上、ユーノからはな何も言えなかった。 それにしても驚異的なのは、たった数日の練習でなのはが飛行魔法をマスターしたことである。まだ覚えたてなので多少覚束ないところもあるが、こうして空を飛べているだけでも十分に凄いことだ。ユーノはなのはが空中でバランスを崩さないようにサポートしながら、ジュエルシードの場所まで向かっていく。「なのは、気をつけて。誰かがジュエルシードの傍にいる。それにその人以外にもそこら中に魔力の残滓を感じる」 そうして飛んでいたユーノは、辺りに漂う魔力反応の多さに気づいた。ジュエルシードの強大な魔力に隠れて存在する複数の魔力反応。そのことに気付いたユーノはなのはにすかさず注意を促した。「ふぇ? どういうこと?」「僕にも正確なことはわからない。だけど少なくとも、この付近に二人以上の魔導師がいる」 ユーノが二人以上と推測したわけは、ジュエルシードとは違う位置に結界の反応があったためだ。もしジュエルシードが目的ならそれを巻き込むように展開するはずだ。そうでない以上、この場にはジュエルシードを求める者とそれとは別の目的で動く者、最低でもその二人がこの付近にいることは明らかだった。「ふ、二人も!?」 思わず聞き返すなのは。そうしているうちになのはたちはジュエルシードを視認できる距離まで近づく。「うぉりゃぁぁぁああああ!」 そしてそれは、オレンジ色の髪が特徴的な一人の女性が、ジュエルシードの思念体に魔力を帯びた拳を叩きこむところだった。「ジュエルシード、シリアルⅩⅣ、封印!」 叩きつけられた拳の魔力で、ジュエルシードが封印されていく。しかしその拳の勢いが良すぎたのか、封印されたジュエルシードは少し離れた位置に吹き飛ばされていった。「あちゃー、やっちゃったか。……ん?」 頭を掻きながら呟いているその女性――アルフは、飛んできたなのはの姿に気付いた。(また新しい魔法少女かい? ……いや、あのデバイスに魔法はミッドチルダ式みたいだね。どうしてこんなところにミッドの魔導師が?) アルフは警戒心を強める。そしてなのはのことを管理局の人間なのではないかと推測した。もし管理局の魔導師なら厄介なことになる。この近くではフェイトと杏子も戦闘している。フェイトの勝利を疑っているわけではないが、杏子は無傷で勝てるほど甘い相手ではない。そうなった時、管理局とやりあえるほどの余力が残っているかどうかはわからない。「はぁぁぁああああ!!」 だからこそアルフは、言葉の前に手を出した。なのはに向かって放たれる拳。いきなりの攻撃に慌てたなのはだったが、肩に乗っていたユーノとレイジングハートがプロテクションを張ることにより、その攻撃によるダメージを受けずに済んだ。「い、いきなり何をするんですか!?」「あんたが管理局だったら厄介だからね。ここで仕留めさせてもらうよ」「管理局?」 初めて聞く単語に首を傾げるなのはであったが、考える暇さえなくアルフは攻撃のラッシュを続ける。それを戸惑いつつも避け続けるなのは。「ねぇ、ユーノくん、管理局って何?」「管理局っていうのはね……ってその前に彼女の誤解を解かないと」 管理局についてなのはに説明するのは簡単だ。しかしこのように攻撃をされている状況では、落ち着いて話もできない。ユーノはアルフの攻撃をなのはのプロテクションと協力して押し留める。「ま、待ってください。僕らは管理局じゃありません」「じゃあ何だってんだい? こんな管理外世界にミッドの魔導師がいるなんておかしいじゃないか?」「僕はともかく、彼女は現地住民です」 ユーノのその言葉にアルフの拳が止まる。「現地の魔導師? 魔法少女じゃなくて?」「魔法、少女?」 なのはの疑問がさらに膨らむ。だがそれを考える間もなく、彼女たちは魔女の結界に取り込まれていった。 ☆ すずかは林の中を突き進んでいった。彼女が感じている大きな魔力反応。それはバルバラと戦った時にも感じたものと同じだった。それはジュエルシードの魔力なのだが、それを知らないすずかはこの魔力を魔女のものだと錯覚し、全速力でその反応に向かって駆けていた。【キュゥべえ、杏子さん。聞こえていたら返事をしてください】 走りながらすずかは、テレパシーで語りかける。しかしそのどちらからも返事がない。何度も何度も語りかけるが、声が返ってくることはなかった。 だがそうしているうちに、先ほどまで感じていた魔力反応が消えてしまう。そのことにすずかは足を止める。 もしかしたら先に杏子が魔女を倒したのかもしれない。そう結論付けるには早すぎるが、最初に思い浮かんだのはそれだった。キュゥべえの話では杏子は優秀な魔法少女だという。実際、どのような戦い方をするかはわからないが、魔女が倒されたならそれに越したことはない。 念のため、まだ使い魔が残っていないかを周囲の魔力の流れで感じ取ろうとする。そこですずかは初めて、この場の異様な状況に気付くことができた。 まずは先ほどの魔力を感じた地点に存在する、三つの魔力。それがしきりに激突し合っている。魔力の質から魔女や使い魔のものではないことは、まだ未熟なすずかにもすぐにわかった。魔女や使い魔ではないのなら、その魔力は魔法少女のものということになる。だがそれならば何故、魔法少女同士で争い会っているのか、すずかには理解できなかった。 そして森の奥の方に展開している結界。この場から近い距離ではあるが、先ほどの魔力反応とは正反対の場所だ。位置の関係上、同じ魔女が張った結界だとは思えない。それなばらこの付近には魔女が二体いるということになる。 前門の争う魔法少女と後門の結界。そのどちらも気がかりではあったが、彼女は踵を返し、後方の結界に向けて走り出す。もし前方に魔女がいたとしても、その場には他の魔法少女がいる。ならば後方の結界に向かうべきだと冷静に判断を下すことができた。 駆けている間に、すずかも結界の中に取り込まれていく。そうして彼女の目の前に現れた結界を見て、旅館に残してきた忍たちのことを思う。絶対に彼女たちをこんな危険に巻き込んではいけない。そのためには自分が魔女を倒して倒して倒し続けるしかない。そう心に決めたすずかは火血刀を握り、さらに駆け足で結界の奥へと向かっていった。2012/7/15 初投稿