ちょっとした前書き 今回と次回に関しまして、一部タグ表記を使用しております。 なにか不都合のある方がいるのでしたら、感想版に言ってくださればタグない本文も投稿しますので、遠慮せずにおっしゃってください。 では、本文をどうぞ! ☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★「なに、ここ?」 眼前に広がる光景を目にし、なのはは思わずそう零す。先ほどまでなのはたちは満月と星の輝きが届く屋外にいた。それなのに今、彼女の目の前に広がっていたのはあらゆるものがクレヨンに描きかれられてしまった空間だった。太い線と無造作に塗り潰されたパステル調の背景。床には乱雑におもちゃのようなものが転がっており、そこらかしこに無数の絵が飾られている。 全てが異様に思えるこの空間で、特になのはが異質に感じたのは飾られている絵だった。本来、絵画というものは壁に飾られるものだ。しかしその画用紙は宙に浮いているかのごとくそこら中に点在している。そこに描かれているのはまるで幼稚園児が描いたような稚拙な絵。それも全て人物画だ。大人の男女と一人の少女が笑顔を浮かべている家族団欒の風景。シチュエーションは様々で、食事の風景から遊園地に一緒に遊びに来ているようなものまである。 それだけなら実に微笑ましい絵なのだが、よく見てみるとそこに描かれている人物の身体の一部がどこかしらが欠落していた。あるものは腕、あるものは足、あるものに至っては顔が黒いクレヨンで塗り潰されている。(凄く、嫌な感じ……) その絵を眺めていると自然と鳥肌が立ってしまう。全ての絵に意思があり、そこから無数の視線を向けられたように錯覚。その視線もただ注目を浴びているというわけではなく、異物に対するものに向ける忌避の視線。それがなのはに対し、底知れぬ恐怖を植え付けた。「あの、これはいった……い?」 なのはは先ほどまで争っていた女性――アルフなら何か知っているのではないかと声を掛ける。だがその言葉を最後まで告げることなく、彼女は絶句した。それはアルフの姿がまるで橙色のクレヨンで塗り潰されたかのようになっていたからだ。全身を塗り潰されたアルフは、その顔も身体つきも判別できなくなっていた。「ユーノくん。どーなってるの!? ……あれ?」 なのははアルフの異常な佇まいに、尋ねる矛先を自分の肩に乗っているユーノに変えた。しかし今、確かに自分はユーノの名前を呼んだはずなのに、その部分だけまるで自主規制音が掛けられたようにかき消された。それに名前以外の部分も、発音はきちんとされているものの、その声質は少女特有の可愛らしいものではなく、まるで機械音声のような無機質なものに変えられていた。 またユーノの姿もアルフと同じように変わっていた。橙色のアルフに対し、ユーノは緑色という違いはあるが、姿がまともに見ることができないという点では同じだった。「なのは、どうかしたの!? その姿はいったい?」 なのはのおかしな声に対して返事をするユーノだが、彼の声もまた、個人の特定を許さない機械音声に変えられてしまっていた。さらになのは本人は気づいていないが、彼女の姿もまた、ユーノたちと同じように桜色で塗り潰されてしまっている。だがそのことになのはが気付かないのも無理はない。彼女には自分の姿は正常に見えているのだ。それはユーノやアルフも同じで、声の変化には気づいているが、あくまで違って見えるのは他者の姿のみで、自分の姿形は正常に見ることができていた。「落ち着きなって」 パニックになりかけている二人を落ち着かせるために、アルフはなのはにデコピンをする。その姿が塗り潰されていたこともあり、おでこを狙ったはずのアルフのデコピンは、見事になのはの鼻に命中した。「にゃ!? 何するの!!?」 なのはは鼻を押さえ、涙を浮かべながら抗議する。「悪かったね。でも落ち着いただろ?」「うー、いくら落ち着かせるためとはいえ、鼻にデコピンするなんて酷いの」「おや、そこは鼻だったのかい? そりゃ悪いことをしたね」 まるで悪びれることもなく告げるアルフ。「でもこの際、さっきのことも含めて、水に流してくれないかい? こんな状況なんだ。とりあえずここは一時休戦と行こうじゃないか。そもそも魔女の結界の中であたしたちが争っていても間抜けなだけだしね」「魔女?」 アルフの言葉をなのはが反芻する。「なんだい? あんたたち、魔女を知らないのかい? よくそれでこの世界で無茶な真似ができたね。ま、あたしたちもこの世界に来るまでは、魔女や魔法少女のことなんて全然知らなかったんだけど」 アルフの言っていることはよくわからなかったが、一時休戦の申し出は二人にとってありがたかった。 元々、なのはたちにはアルフと交戦する意思はない。ジュエルシードを奪いあう関係ではあるが、なのはたちはその前にアルフの事情が聞きたかったのだ。それに先ほどのジュエルシードはアルフが吹き飛ばしてこの場にない以上、戦いを続ける理由はない。それにアルフはこの場の事情に精通してそうだ。ならばここで敵対するより、彼女と行動を共にするべきだろう。「わかりました。それで魔女って一体?」「それは移動しながら説明するよ。ついてきな」 歩きながらアルフは二人に簡潔に魔女と魔法少女について説明する。アルフとてこの世界のことに詳しいわけではない。それなのにも関わらず、二人に魔女と魔法少女について説明できたのは、見滝原でマミに出会っていたおかげだった。彼女から受けた説明をそのままに、アルフは説明していく。 アルフの言葉を聞いているうちに、なのはたちは過去に魔女という単語を別の人物から聞いていたことを思い出した。【ユーノくん、魔女って確か杏子さんが……】【うん。確かに言っていた。しかしまさかこんな意味を持つ言葉だったなんて……】 おそらくアルフの言っていることは本当だろう。目の前に展開されている異様な結界がそれを物語っている。しかしそんな危険な存在を管理局が今まで、発見することができずにいたことにユーノは驚愕していた。 なのはも自分たちが今まで暮らしてきた世界に、そのような恐ろしい存在がいたことに驚きを隠せなかった。「それで肝心なのはここからだ。魔女っていうのはね、何かしらの性質があるんだってさ。たぶんあたしたちの姿や声がこんな風になっているのも、そのせいだと思う」「性質?」 なのはは何のことかわからなそうに首を傾げる。そんななのはに対して、ユーノが補足するかのように説明した。「いいかい、なのは。例えば今みたいに直接、名前を呼ぶと声がかき消されてしまうだろう? だけどなのはのことを『キミ』とか『あなた』とかそういう風に呼ぶ分には普通に呼べるんだ。声が機械音声みたいになっているのと、変な見た目になっているのはどうしようもないけどね」「な、なるほど」「念のためだけど、この結界の中にいる間は互いに名前で呼ぶのは止そう。変な感じになるってことは、それだけこの結界の主の干渉を受けるってことだからね。しゃべるのも必要最低限のことだけにした方がいいかもしれない」「そうだね」「わかったよ」 ユーノの提案に二人は頷きながら肯定する。そうして三人は、結界の奥へと進んでいった。 ☆ 魔女の結界の中で、杏子はフェイトを庇いながら奮闘していた。自身も戦闘のダメージがあり、立っているのもやっとの状況。それなのにも関わらず彼女たちは無数の使い魔に囲まれてしまい、杏子は戦闘を余儀なくされていた。 性質の悪いことに、その使い魔の姿は杏子の目から見えるフェイトの姿とあまり変わらないものだった。黒いクレヨンで塗り潰されたヒト型の異形体。黒一色であったため、使い魔とフェイトの見分けは簡単につけることができたが、これで色合いがカラフルだったのならその区別がつかなくなっていたに違いない。(しかしあたしが赤で、フェイトが金色ってのもずいぶん安直なカラーリングだよな) 杏子は本来、幻惑の魔法の使い手である。だからこそ、彼女には自分が他人にどのように見えているのか理解できていた。……だが、それだけだ。今の足りない魔力では魔女の幻惑を打ち破ることは不可能。使い魔との戦いにしても、普段ならどうってことのない相手だが、枯渇しかけた魔力では槍操術のみで撃退していくことしかできない。残った魔力はフェイトを守るための防護結界に使い、攻撃の手は純粋な体術のみで行っていた。 杏子に守られているフェイトはいまだに目を覚まさない。無理に叩き起こすことも可能だったが、杏子はそれをしなかった。彼女はフェイトの体力を回復させ、その力で魔女と戦ってもらおうと考えていたのだ。一見、他力本願な戦法ではあるが、先ほどの戦いで二人とも満身創痍なこの状況では、それが最善の一手だった。(せめてすずかやアルフ辺りに連絡がつけば、もっと楽にこの状況を解決できるのかもしれないんだけどな) 杏子は心の中で愚痴る。どうやらこの結界内では念話やテレパシーといった方法でのやり取りも阻害されるらしく、すずかに何度、テレパシーを送ってもノイズのような返答しか戻ってこなかった。アルフに至っては、杏子から連絡の取りようもない。フェイトが目覚めていたら頼んだのだろうが、すずかに連絡がつかないことを考えると、おそらくは無駄に終わるだろう。「おい、フェイトはまだ目を覚まさねぇのかよ」 使い魔を斬り伏せながら、杏子は声を荒げる。≪まだ十分な体力を回復するに至りません。もう少々、お待ちください≫ その返事をするのはバルディッシュだ。普段、主以外のものとはまったく口を利こうとしない無口なインテリジェントデバイスの彼だが、この非常事態に一時的に杏子と手を組んでいた。彼はほとんどのリソースをフェイトの回復に回しつつ、杏子の張った結界の補強も行っている。「こっちだってそんな保たねぇんだ。早くしろよ」 実際のところ、杏子の体力もすでに限界を超えていた。視界は霞み、敵の攻撃を避けるような素早い動きはこなせない。彼女にできるのは精々、自分に迫ってきた使い魔を撃退する。ただそれだけだった。 そんな彼女を絶望に陥れるかのように、徐々に大きな魔力が自分たちの元に近づいてくる。黒いヒト型とは比べ物にならないほどの強大な魔力。今の状況でそんな相手に勝てる目算は、杏子の中に存在しなかった。(こいつは本当に、やべぇかもな) 杏子は槍を握る手に力を込める。そしてその思考は、最悪の場合も想定して動いていた。 ☆ すずかは一人、結界の奥へと進んでいく。時折、襲いくる使い魔の相手をしながら、この先に感じる強い魔力を目指して歩いていく。 その足取りはどこかゆっくりとしたものだ。思えば、彼女が魔法少女になってから単独で魔女の結界に入るのは、これが初めてである。今までは彼女が魔女や使い魔と戦う時には必ず、その脇にキュゥべえの姿があった。彼が戦闘に参加するということはなかったが、横からアドバイスをしてくれるだけでも心強いものがあった。 しかし今は一人、助けてくれるものは誰もいない。だからこそすずかは慎重に結界内を進んでいた。いつ魔女に襲われても大丈夫なように吸血鬼の力を解放し、周りにいる使い魔を威嚇する。吸血鬼化する前は襲ってきていた使い魔も、今の彼女には勝てないと本能的に悟ったのか、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出していった。 すずかはそんな使い魔を相手にせず、まっすぐ歩を進めていった。そんな彼女の目の前にあったのは、アンティークな雰囲気を漂わせる扉だった。大きな仮面の模様が描かれた鉄の扉。目の部分は妖しく赤く光っており、まるで何者かの意思を感じさせる。「――赫血閃ッ!」 だからこそ、その扉に不用意に近づくような真似はせず、少量の血液を吸わせた火血刀を一気に振り抜いた。そこから放たれた赫血閃が鉄の扉を横に切り裂き、そのまま扉の向こうに飛んでいく。扉の先からは、使い魔の断末魔が響き渡る。そんな音を瑣末も気にせず、すずかは切り裂かれた扉の隙間から隣の部屋に入っていく。 赫血閃の放たれた部屋の中では、そこらかしこで使い魔が燃えていた。燃焼した使い魔から発生した煙が、すずかの視界を狭める。それを煩わしく感じた彼女は、再び火血刀を振り抜く。ただし今度は血を吸わせていない。すずかはあくまで、高速で剣を振っただけだ。だがその風圧だけで辺りに蔓延していた煙を吹き飛ばし、部屋の視界をクリアにした。 そんな彼女が目にしたのは、少し色合いの違う二匹の使い魔だった。すずかを何度も襲ってきたのは黒いヒト型の使い魔である。しかし今、彼女の前にいる二匹の使い魔はヒト型ではあったが、その色は違った。リンゴのような赤色と雷のような金色。金のヒト型は力なく横たわっており、そんな彼女を中心に防御結界が展開している。それを守るように赤いヒト型が佇んでいた。その二匹から感じる魔力は、今まで襲ってきていた黒いヒト型とは比べるのも馬鹿らしいほど大きな差があった。(あれがこの結界の魔女なのかな? でもなんで二人もいるんだろう?) すずかは僅かに疑問を覚えたが、それを一端、頭の隅に追いやる。魔女だろうと使い魔だろうと、人間に仇成す存在には変わりない。この近くにはなのはやアリサ、なにより忍のいる旅館がある。見逃すわけにはいかない。 すずかは刀を握る力を強め,まずは手前にいる赤いヒト型に向かって駆けて行った。 ☆ 杏子は目の前の赤紫色のヒト型と対峙した時、ある既視感に襲われていた。あの圧倒的な威圧感。正面から戦いあってはいけない。どう足掻いても今の自分では勝てない。心の奥底から湧き出る「逃げろ」という衝動。 それは昼間、すずかと出会った時に感じたものと同じものだった。そして目の前の人物がすずかではないかという可能性に思い当たる。自分やフェイトが色違いとはいえ、使い魔と似たような姿なのだ。目の前の赤紫色のヒト型がまた別の魔法少女であってもおかしくはない。 そう思った杏子は自分の目に魔力を込め、赤紫色の靄に隠された、目の前の敵の真実の姿を覗き見ようとする。やっとの思いで一瞬だけ杏子の瞳に写すことができた相手の姿は、やはりすずかのものだった。西洋の社交界で着られているようなドレスに身を包み、その手には刀身の赤い刀を握っているが、それは彼女の魔法少女としての装束なのだろう。まず間違いなく旅館で会った魔法少女に間違いなかった。(くそっ、この変な幻視はそういう意味かよ) すずかの正体がわかったことで、改めてこの魔女の結界の恐ろしさを杏子は実感する。互いの姿がまともに見ることができない。声も等しく同じ物に変質する。名乗り合うこともできない。それはつまりこの場に何者かが現れても、それが敵か味方かわからないということだ。初めから一緒にいたフェイトなどは、その姿が変わっていくのを間近で見ているのだからまだわかる。しかしすずかのように、後から現れたものは別だ。色の違いで味方かもしれないとは思えるが、それを証明する手立ては通常の手段では存在しない。 そしてもし、すずかのようにこの結界に一人で入ったのだとしたら、なおのこと厄介な状況に陥っているはずだ。すずかから見れば色違いとはいえ、使い魔と杏子たちが同じに見えているのだ。そんな相手のことを敵だとは思えても、味方だという発想はまず出てこない。(考えれば考えるほど、忌々しい結界だな) 杏子は襲いくるすずかの攻撃を受け流しながら思う。彼女の攻撃に迷いはない。明らかにこちらを殺す気で刀を振るっている。だが相手がすずかだとわかった以上、杏子から攻撃することは躊躇われてしまう。 そもそも今の杏子がすずかに勝つことはまず不可能だ。それは単純に疲弊しているからだけでなく、杏子の心に根付いた「逃げろ」という本能からの訴え。どんなに意識を振り払っても、根底で逃げ腰では勝てるわけがない。疲弊しきっている現状ならなおさらだ。「おい、あたしの声が聞こえるか?」 杏子はすずかに声を掛ける。しかしすずかからの返答はない。返ってくるのは化け物らしい呻き声だけだ。どうやら認知できた相手同士でないと、会話することもできないらしい。【すずか、おい、聞こえるか!?】 肉声がダメなら思念通話だと、杏子は試みる。先ほどまではノイズしか届けることができ時なかったが、これほど近くならもしかしたら届くかもしれない。そう一縷の望みを託すも、結果はダメ。やはり何の返答も戻ってこなかった。≪杏子殿、そちらではありません?≫「……ッ」 会話することに集中し過ぎていたためか、杏子の槍はすずかのいない虚空を突いてしまう。確かに先ほどまでそこにいたすずかであったが、杏子の攻撃を察知し、逆サイドに回避していたのだ。 何もない空間を突いてしまったため、杏子はすずかの前にその身体を差し出すような態勢になってしまう。すずかは刀を振りあげるだけで、杏子の身体を真っ二つに切り裂けるような態勢だった。(こんなところでやられてたまるかよ!) 杏子は自分の身体を無理に捻りながら、槍を伸ばす。そして伸びた柄の部分でなんとか刀を受け止めようとした。だが杏子の予想とは裏腹に、すずかは斬り上げてこなかった。かといって別の攻撃をしてきたわけではない。 彼女の身体は何故か、その体制のまま硬直していた。杏子はその隙に、フェイトの元へと戻る。そして一体、すずかの身に何が起きたのかを考えた。 ☆ それは絶好のチャンスのはずだった。赤いヒト型が間抜けにも自分の間合いに無防備な身体を晒したのだ。もちろんすずかにそのチャンスを逃す手はない。一刀両断の元、赤いヒト型を消滅させるつもりだった。≪杏子殿、そちらではありません!?≫ しかしその攻撃は、突如として聞こえてきた機械音声に止められてしまった。杏子を呼ぶ、謎の声。近くに誰かいるのかと思い、すずかは周囲に目をやる。だがこの付近にいるのは自分と二体のヒト型のみ。杏子どころか他の使い魔の姿さえ見ることができなかった。 その隙を突かれて、赤いヒト型は態勢を立て直すといった具合に、金のヒト型の元に戻っていく。だがそんなことよりも近くに杏子がいるなら、一緒にこのヒト型と戦いたかった。「杏子さん、近くにいるんですか?」 だからすずかは、杏子の名を呼ぶ。≪……すずか嬢。杏子のことがわかるのですか?≫ 返ってきたのは先ほどの機械音声だ。だが驚いたのは、その声の主が自分の名前を知っていたことだった。「……えと、あなたは誰? どうして私の名前を知ってるの?」≪これは失礼しました。我が名はバルディッシュ、我が君、フェイト・テスタロッサの戦斧でございます≫「フェイトちゃんの? フェイトちゃんもこの結界の中に来てるの!?」 思いもよらない名前が出たことで、すずかの動揺が増す。≪……杏子、少し黙っていてください。今、私の方で事情を説明しますから≫「杏子さんも一緒なの? 一体どこに?」 声はすれども姿は見えず。そんな現状にすずかは思わず声を荒げてしまう。≪我々は貴女の目の前にずっといます。貴女から見て赤い魔力の持ち主が杏子、金の魔力の持ち主がフェイトです≫「……えぇー!?」 バルディッシュの発言を聞き、思わず声を上げてしまうすずか。その後、バルディッシュの口を通して、この魔女の結界の性質を聞いて納得したすずかは、今まで戦っていた杏子に平謝りし続けるのであった。 ☆ 一方その頃、なのはとアルフは襲いくる使い魔を撃破しながら、確実に魔女へ向けて歩を進めていた。アルフとしては、フェイトのことが気がかりではあったが、彼女は戦闘中とはいえ、自分の作り出した結界の中にいる。それならばこの結界内には取り込まれないだろうと高を括っていた。むしろそんなフェイトを危険に晒さないためにも早急に魔女を打倒し、この結界内から抜け出すことを考えていた。 なのはは初めて見る使い魔に戦々恐々で攻撃を外していたが、次第に慣れてきたのかその攻撃の命中精度が普段通りになり始めていた。 だがユーノは、現状をそこまで楽観視できないでいた。それはアルフが吹き飛ばしたジュエルシードにあった。封印処置が施されているとはいえ、一度補足したジュエルシードだ。ユーノがそう簡単にその位置を見誤るということはない。だからこそわかるのだ。ジュエルシードもこの結界内に取り込まれているということに。そしてその魔力が明らかに封印状態ではなく、発動状態となっていることに。「二人とも、気がついてる?」「何かな、ユーノくん?」「この先に魔女だけじゃなくて、ジュエルシードの反応もあるって」「えっ? そうなのー!?」 驚くなのは。それを尻目にアルフが告げる。「もちろんあたしは気づいているよ。……実を言うとね、前にもこんなことがあったのさ。あたしたちがこの町に来て初めて戦った魔女。そいつを倒した時にね、ジュエルシードを落としたんだ」「なんだって!?」「……これはあたしの勘でしかないんだけどさ、魔女ってのは強い魔力に惹かれるんじゃないか?」 願いを叶えるという特性がなくても、ジュエルシードが秘めた膨大な魔力だけで十分に魅力を感じる者もいる。現にプレシアや杏子、キュゥべえまでが狙っているのだ。目の前にいるなのはたちもそうだ。どういう目的でジュエルシードを求めるのかはわからないが、中には願いを叶える特性ではなく、純粋な力として求める者もいるだろう。 魔女という存在に知性があるかどうかはわからないが、もし本能だけで動いている魔法生物だとしたら、その可能性も十分にあり得るだろう。 どちらにしても、先ほどのジュエルシードは魔女の元にあるのは間違いない。ならば覚悟を決めなければならない。その強さはおそらく現住生物を取り込んだ思念体を遥かに上回るものになっているのだから。「この先、だね」 考えているうちに、三人は魔女のいるであろう空間の前にたどり着く。なのはの手は震えていた。扉の先にいる存在、そこから放たれる魔力は今まで彼女が感じたことがないほど禍々しいものだった。≪大丈夫ですよ、マスター≫「レイジングハート?」 なのはの不安を敏感に感じ取ったレイジングハートが、主を励ますために声を掛ける。≪マスターは強いです。この先にいる魔女は確かに、ジュエルシードの力を使っています。しかしマスターがジュエルシードを再封印することができれば、その力は大幅に激減するはずです≫「でも、どうやって?」「なのは、いつもと同じようにやればいいんだよ。僕もサポートするし、今回は彼女もいるからね」「ま、そういうことだね。つっても、ジュエルシードはあんたらにやる気はないけどさ」「そこは僕らも譲れないけど、それは魔女を倒してからだ」≪お二人とも、言い争いはそのくらいにしてください。そろそろ行きますよ≫「うん、いくよ」 ユーノとアルフ、そしてレイジングハートのやり取りになのはは心強く感じられた。そして勢いよく、魔女のいる空間へと足を踏み入れた。 ☆「ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラッ――――!」 なのはたちがその部屋に足を踏み入れると、けたたましい笑い声が辺りに響き渡る。実に不愉快な嘲笑。サラウンドで鳴り響く声が、ダイレクトに脳に響く。あまりの煩さに思わず三人とも耳を塞いでしまうほどだ。 それは周囲に飾られていたイラストから聞こえていた。描かれた三人家族、それらすべてが笑っているのだ。一人ひとりの笑い声は小さくても、無数にいる人物の声は重なり合い、なのはたちの脳を掻き乱すほど大きな笑いへと変化していた。 そんな部屋の中心に、一人の少女の姿があった。少女はその場に蹲り、クレヨンで床に何かを描いているようだ。それを見守るように立つ男女。それはさながら、少女の様子を微笑ましく見守る両親のよう。――実際、なのはたちも初めはそう思った。 だがその三人が人間でないことにすぐに気付く。遠目から見てもわかるほど、三人の身体は平面的だった。さらに彼らの身体をよく見ると、その輪郭は歪で、顔つきも出鱈目だ。 それは先ほどから何度も見てきた、壁に飾られた絵の中に描かれた家族そのものだった。壁に飾られている絵の中の人物たちが動くことはなかったが、目の前にいる三人は確かに動いている。しかしその動き方は酷く歪。身体の作りが歪んでいるためか、歩いたり屈んだりする動きから人間味が感じられない。もはや直視するのも憚られる不快感。周囲の笑い声も合わさり、なのはたちは部屋の中心から目を逸らしてしまう。 ――だからこそ、いつの間にか部屋の中心にいる人物が二人に減っていることに気付かなかった。「危ないっ!!」 最初に気付いたユーノが声を張り上げる。先ほどまで部屋の中心にいたはずの男のヒト型が、なのはの背後に立っていた。そこから繰り出される拳。それはなのはの後頭部に向かって振り下ろされる。それをユーノはとっさにプロテクションしてガードする。「えっ?」 なのはの口から間抜けな声が漏れる。通常ならそれでダメージを免れることができるはずだった。しかしプロテクションに当たった男の拳はそのまま砕けた。砕けて――破片がプロテクションを貫通してなのはに降り注ぐ。頭から破片を受けたなのはだったが、そこに痛みはまるでなかった。それこそまるで蚊に刺されるほどの痛みだった。「このッ――」 なのはに攻撃を仕掛けてきた男に向かって、アルフは蹴りを入れる。その蹴りは見事に命中したが、アルフに手ごたえはなかった。手ごたえはなかったが、男の身体を上半身と下半身に砕くのには十分だった。身体が二つに裂けた男はそのまま消滅する。しかしその際、男の身体に触れた部分が奇妙な違和感に支配される。「いったいなんなんだい、これ……は?」 しゃべりながら、アルフは自分の足を見て言葉を詰まらせる。男を蹴り砕いた部分、そこだけクレヨンで描かれたイラストに変異していた。それもただ、元の姿をイラスト化したものではなくとても醜い。アルフの足はまるで腐敗した肉のような青い色をし、何者かに食い荒らされたかのように骨が浮き出ていた。クレヨンで描かれたイラストなのでグロさは軽減されているものの、それでも実に痛々しい光景には違いなかった。「くぅ……」 それを知覚した途端、アルフの足に痛みが走る。「アルフさん、どうかしたんですか?」 苦しそうなアルフの様子になのはが不思議そうに尋ねる。しかしアルフはそれに答えようとしない。なのはにはアルフの足がどうなっているのか、見えていないのだ。他人の姿は相変わらず、クレヨンで塗り潰されたようにしか見えない。だからなのはには、アルフの足の醜悪な姿を見ることができなかったのだ。 それと同時に思い至る。なのはは先ほど、男の破片を頭から被った。つまり彼女の顔は今、とても見るに堪えないものになっているだろう。おそらく痛みを感じていないのも、そのことに気付いていないからに違いない。 だがもし再び、男の破片を手や足に被ればすぐに自分の状態に気付いてしまうだろう。その時、この九歳の少女がその現実に耐えることができるだろうか? いくら魔女の攻撃とはいえ、自分の顔が醜いものに変わっていると知ったらとても正気ではいられないはずだ。おまけにそれを知覚した途端、痛みまで走るのだ。下手すれば命さえ危うい。「あんたたち、あいつに近接戦闘を仕掛けてはダメだ。アレはやばい。できるだけ遠距離から攻撃を仕掛けるんだ」「えっ? どうして?」「いいからあたしの言う通りにしな!」「わ、わかりました」 アルフの迫力に押されたなのははそれだけ告げると、部屋の中心にいる少女と女に向かってアクセルシューターを飛ばす。二人はその攻撃を避ける素振りも見せない。しかしなのはの攻撃は二人に当たることなく、迎撃された。迎撃したのは先ほど撃退したはずの男と同じような存在だった。男はまるで二人の楯となるようにアクセルシューターの前に立ち、その魔力弾を道連れに消滅していった。「うそ……」 その光景になのはは茫然自失となる。男は確かに消滅した。アクセルシューター一発に対し、一人ずつ消滅していった。しかしその端から、どんどん男が出現していく。まるで鼠算式に増えていく。よく見ると、男たちは部屋に飾られている絵の中から這い出てきているようだった。「なんだい、あの数は?」 アルフは思ったことをそのまま呟く。すでに少女と女性の姿は見えない。それほどまでに男が密集しているのだ。その数はすでに両手では数え切れない。数十匹、いや下手をすると百を超えるかもしれない。 その視線が一斉になのはたちに向けられる。なのははその数に恐怖する。ユーノはなんとかなのはだけでも守る方法を考える。アルフはフェイトの無事を祈りながら、敵の大群を睨みつける。 そうして襲いくる男のヒト型。その圧倒的な物量を前に、なのはたちは無情にも呑みこまれていくのであった。2012/7/17 初投稿2012/7/18 タグについての前書き追加2012/8/2 誤字脱字、および一部表現を修正