すずかの姿を一目見た瞬間、なのはの中には二つの感情が芽生えた。 一つは喜び。ずっと会うことのできなかった親友との再会。話したいことはたくさんあるのに、連絡を取ることが一切できず、会いに行っても門前払いを食らうのは間違いないという状況。門前払いというのは思い込みではあったが、そんななのはがふいにすずかの顔を見ることができて、嬉しいと思わないはずがない。 だがそれと同時になのははすずかの姿を見て悲しく思えた。しばらくぶりに見たすずかの顔は、酷く痩せこけていた。見た目こそ小奇麗に整えられているが、ほぼ毎日のように顔を合わせていたなのはだからこそ、すずかが化粧で顔色の悪さを誤魔化していることにすぐに気づいた。 さらに魔女ラウラの結界の作用のせいで見ることのできなかったすずかが魔法少女となった時の姿。魔力を帯びた赤と黒で彩られたシックなドレス、赤い刀身を煌めかせる刀、そして赤く染まったすずかの瞳。そんな姿を見て、彼女が日常の中の住人ではなく、魔法という非日常の世界に足を踏み入れた少女であることを改めて叩きつけられる。 すずかだけではなく、なのはも皆を守りたいからユーノのジュエルシード集めを手伝うことにした。初めて見たジュエルシードの思念体。暴れただけで動物病院の壁が崩れ、無残にへし折られた木々の残骸。あんな力を人に振るわれたら、この町に住んでいる人には一溜まりもない。それを倒せる力があったからこそ、なのはは危険を顧みずジュエルシード集めを手伝うことにした。 魔女とジュエルシードという違いはあれど、なのはとすずかの動機は全く同じだ。誰かを守るために自分の力を使いたい。しかしなのははすずかと共に戦いたいと思い、すずかは自分ひとりで戦うという。「ねぇすずかちゃん、すずかちゃんはまだ、わたしには戦わないでって思ってるのかな?」 その話し合いにはまだ決着はついていない。話の途中ですずかが走り去ってしまったから、なのはは自分の考えをきちんと彼女に告げていない。だから次に会った時は、きちんとすずかとお話をするつもりだった。「……アハ――ッ」 それなのに――すずかは嗤った。 思えば屋上に入ってきた時からすずかは笑みを浮かべていた。しかしそれはにこやかな表情をしているだけで、なのはにはそこまで気になっていなかった。 しかしなのはの言葉を聞いた瞬間、確かに彼女は確かに嗤った。 その笑みがなのはと再会した喜びを現すものならどんなに良かっただろう。その笑いがいつもすずかが学校で見せるような優しさを帯びたものだったらどんなに良かっただろう。 ――だが今のすずかが見せる嗤いは明らかにそういったものとは違う。深い絶望が込められた心の底からの嗤い。普段のすずかからは想像もできないほどの大きな嗤い声。そんなすずかに対して、なのははなんて声を掛けて良いのかわからなかった。 そうして迷っているうちにすずかは何の前触れもなくぴたりと嗤いを止め、なのはに向き直る。「ねぇ、なのはちゃん。なのはちゃんはまだ、そんなことしているの?」「そ、そんなことって?」「魔導師のことだよ、魔導師。なのはちゃんもこの前、魔女と戦ったからわかるでしょ? 魔法に関係することって本当に危ないんだよ? それなのに普通の女の子であるなのはちゃんが魔法を使い続けてるなんてダメだよ。そういった危険なことは私みたいな子に任せて、なのはちゃんはアリサちゃんといつものようにお茶会でもしててよ?」「す、すずかちゃん? なに言ってるの? どうしちゃったの?」「別に私はおかしなことを言ってないよ? むしろおかしいのはなのはちゃんの方でしょ? なのはちゃんは普通の女の子なんだから、こんな戦いが巻き起こる場にいちゃダメだよ。なのはちゃんとアリサちゃんは私にとって大事な友達なんだから、平和な場所で笑っていてよ。私はそんな平和を、そんな日常を守るために魔法少女になったんだよ? そんな平和を奪おうとする存在は誰ひとりだって許すわけにはいかない。魔女もジュエルシードも、みんな私が壊してあげる!!」 なのはにはすずかの言っている言葉の意味がきちんと理解できなかった。否、理解したくなかった。すずかの考えは、魔女ラウラを倒した時に少し話した時から全く変わってない。それどころか、あの時以上に強烈な言葉をぶつけられ、なのはの目頭が熱くなる。 杏子はなのはのことを気遣ってすずかが戦いに巻き込まないように告げたと言った。しかし今のすずかの姿を見ると、そんな風には考えられない。むしろそれが当たり前のことだと言わんばかりに言葉を浴びせかけてくる。 そんなすずかの姿を見ていると、まるで自分の知っている月村すずかという少女そのものが、まるで虚構の中にだけいる存在のように思えてくる。 それでもすずかが自分やアリサのことを気に掛けてくれていることはわかる。その部分だけは共通しているが、それ以外はまるで正反対。穏やかで優しくて、後ろからいつも見守っていてくれる、そんなすずかの面影は、目の前の少女からはまるで感じられなかった。 ――だからこそ、なのははすずかにレイジングハートの切っ先を向けた。「……なのはちゃん、どうして私に杖を向けているのかな?」 突然のなのはの行動に、すずかは目を細める。なのはとて、親友であるすずかにこんな真似はしたくない。それでも今のすずかをそのまま放っておくわけにはいかない。このまま放っておいたら、なのはの知っている月村すずかという少女がいなくなってしまうかもしれない。それはなのはにとって何事にも耐えがたいことだった。「ねぇすずかちゃん、わたしたちが初めて話した時のことって覚えてる?」 だからなのはは問いかける。まだすずかが、自分の親友である月村すずかであるならきっと覚えてくれていると信じて。「忘れるわけ、ないよ」 なのはの言葉を聞いたすずかは目を丸くし、そして憂いを帯びた表情へと変わる。そうして当時の出来事に思いを馳せた。 自分が夜の一族という人とは違う存在であると知ったばかりのすずかは、学校に馴染むことができなかった。いや、初めから馴染む気になれなかった。この場にいる子供の中で、自分だけが人間じゃない。人間のような見た目をした化け物なのだ。そのことがすずかに重く圧し掛かり、彼女は純粋に周りの子供たちと接することができなかった。 そんなある日のことだ。アリサがすずかの宝物であるカチューシャに興味を示し、強引に奪い取ったのだ。 必死に取り戻そうとするが、アリサは巧みにすずかの動きを避ける。全力で取り戻そうとすれば、すずかならすぐにでもアリサからカチューシャを奪い返すことができただろう。しかし彼女は夜の一族。全力で動いた時にアリサを傷つけてしまうかもしれない。それを嫌ったすずかは消極的な動きになるしかなかった。 しかし何度も何度も避けられていくうちにカチューシャを奪われた悲しみから、アリサに対する怒りが込み上げてくる。目の前のただの人間の少女は、自分を嘲笑って楽しんでいる。それが許せない。もう我慢できない。夜の一族の力を使ってでも、アリサからカチューシャを取り戻す。 すずかがそう思った時、一人の少女が二人の間に割って入り、アリサの頬を思いっきり叩いた。 ――それがなのはだった。 突然、頬を叩かれたことに茫然としているアリサ。それはすずかも同様で、いきなり現れた目の前の少女にその目が釘付けになっていた。そんな二人を前にしてなのはは言う。「痛い? でも、大切なものをとられちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ」 その言葉はアリサに向けられたものだったが、すずかにとっても衝撃的な言葉だった。 すずかが数ヶ月前に失った普通の女の子である日常。それは彼女にとってとても大切なことだった。もしその真実を知ることさえなければ、すずかは今でも影のない笑顔を浮かべることができただろう。他人を拒絶することなく、クラスの皆とももっと仲良くすることができただろう。 目の前で喧嘩をし合うなのはとアリサ。互いに顔を引っかき、髪の毛を引っ張り合っている無邪気な喧嘩。 だけどすずかは知ってしまった。自分が人間ではないということに。自分が化け物だということに。だからすずかには他人とそんな喧嘩をすることすらできない。もしが何の考えもなしにすずかが喧嘩してしまえば、相手に大怪我をさせてしまうから。それが悔しい。それが苦しい。 それでも時たまに思うことがある。もし自分の持てる力を全部引き出した状態できればどんなに楽しいのだろう、と。「止めて!」 だからこそすずかは叫ぶ。彼女の目の前で繰り広げられている児戯にも等しいなのはとアリサの喧嘩。それを止めるためにすずかは腹の底から声を上げる。だがその理由はなのはやアリサが想像しているものとは違っていた。 ――すずかはただ、喧嘩し合える二人のことが羨ましかった。 なのはとアリサは明らかに全力を出していた。今の二人が出せる精一杯の力。理性を取っ払い、相手を傷つけるために振るう暴力。大人の手が介入すれば簡単に止められてしまいそうな小さなやり取りではあったが、そこでは確かに手加減抜きの全力の戦いが繰り広げられていた。 それがすずかには羨ましかった。 彼女が全力でそんな喧嘩をし合える相手は、家族を除いてはほとんどいないだろう。その家族でさえ、自分より年上。同じ歳の子を相手にしたら、例え相手が男の子だろうとすずかが圧倒するのは間違いない。 他人を傷つけたいとは思わない。ただ、すずかは自分の全てを見せられる相手が欲しかった。自分と対等に接してくれる相手。家族や一族のものではない、自分と近い歳の子。自分の全てを受け入れてくれる存在。そういった友達がすずかは欲しかった。 だがすずか自身、夜の一族である自分を受け入れているわけではない。それなのに夜の一族でないものが果たしてこんな自分を受け入れてくれるわけがない。忍を受け入れた恭也のような人物が、そう簡単に見つかるはずがない。だからこそすずかは『普通の女の子になりたい』という願いを持つようになり、それを目の前で体現してくれた二人と仲良くなりたいと思ったのだ。 キュゥべえに別の願いを叶えて貰ったとはいえ、その願い自体がなくなったわけではない。より普通から遠ざかってしまったすずかであったが、それでも彼女はまだ、心のどこかで『普通の女の子になりたい』と願っていた。 だがそれは今となってはもはや不可能だろう。だからせめて、自分の親友にはいつまでも『普通の女の子』であってほしかった。少なくとも、危険のない場所で笑って過ごしていてほしかった。「……なのはちゃんは、どうして魔導師になったの?」 当時の気持ちを思い出し、少し冷静さを取り戻したすずかが尋ねる。「……最初は偶然だったんだよ。ユーノくんと出会って、ジュエルシードの思念体に襲われて、そこでレイジングハートをユーノくんから貰って封印した。それからユーノくんにジュエルシードを集める理由を聞いて、それでお手伝いをしようと思ったの。だけど今は違う。お手伝いをするようになったのは偶然だったけど、今は自分の意思でジュエルシードを集めてる。自分の暮らしている町や自分の周りの人たちに危険が降りかかったら嫌だから」 なのはの言葉にすずかは満足げな表情を浮かべた。「そっか。……なのはちゃんはあの時からまるで変わってないんだね」「えっ?」「あの時、なのはちゃんは何の躊躇もなく、私とアリサちゃんの間に割って入ってきてくれたよね? たぶん私もアリサちゃんもなのはちゃんのそういうところに惹かれて友達になったんだと思う」 なのはの他人を思いやる気持ち。あの頃の自分たちにはなかったそういう優しさをなのはは当時から兼ね備えていた。その優しさに触れたからこそ、すずかもアリサも一人ではなくなった。そのことを自覚していたからこそ、やはりなのはには魔法なんていう物騒な戦いの場には似つかわしくない。 なのははその思いだけで他人を救うことができるのだ。魔法なんてものに頼らなくても、誰かを助けることができるのだ。だからこそ、意地でもなのはには魔法を使わせない、使わせたくなかった。「でもだからこそ、なのはちゃんには危険な目に遭ってほしくない。だからお願い。なのはちゃんは魔法のことは忘れて、アリサちゃんと私の帰りを待ってて」 すずかは先ほどの狂気に満ちた赤い瞳ではなく、優しさを帯びた黒い瞳でなのはのことを真っ直ぐ見つめる。その目を見てなのはは安心すると同時に、自分を頼ってくれないすずかの姿勢が変わらないことが悲しかった。「……それは無理だよ。だってわたし、知っちゃったから。わたしたちが今まで暮らしてきた平和な世界の裏側で、魔女と戦う魔法少女って子たちがいることを。そしてわたし自身も魔法を使って魔女と戦うことができることを!」「なのはちゃんは魔法少女じゃないんだよ!? 別に魔女と戦う必要なんてないよ!!」「ううん、そんなことない。すずかちゃんが戦っているのに、それを知っているのに、わたしはそれを待っているだけなんて絶対にできない」 二人の言葉は平行線。互いが互いを想い合うが故に、その意思が交わることはない。だからこそなのはは覚悟を決めた。「ねぇ、すずかちゃん。わたしたちってこういう風に言い争ったことってなかったよね? きっと、お互いに言いたくても言いきれなかったこともあったと思うんだ。――だからね、今まで言いあえなかった分、存分に話そう。わたしたちの思いを魔法に乗せて」 なのははすずかと本気でぶつかるためにレイジングハートに魔力を込める。魔力を込められたレイジングハートはデバイスモードからシューティングモードに姿が変わり、その先端に桜色の魔力が集まりはじめる。 すずかとしては、なのはと戦いたいとは思わない。なのははすずかにとって親友なのだ。だがなのはの見せる真剣な表情。そしてその言葉に込められた思い。それらを無碍にすることなど、すずかにできるわけがなかった。「……そうだね。いい機会かもしれないね。だけどなのはちゃん、これだけは約束して。私が勝ったら、もう二度と魔法には関わらないって」 少し迷った末にすずかは火血刀の切っ先をなのはに向ける。しかし迷いが断ち切れないのか、火血刀の刃はどこか震えていた。 それはなのはを傷つけてしまうかもしれないというすずかの恐怖心の表れだった。なのはの真剣な思いには応えたい。だが彼女に刃を振るうというその行為を想像するだけで、身体の震えを止めることができなかった。「それじゃあわたしが勝ったら、すずかちゃんは一人で危険な真似はしないようにして。何かあったら、すぐにわたしに相談して」 本当ならなのはも、すずかと同じ条件を告げたかった。だがそれはできない。もしそんな真似をすれば、彼女が魔女と戦う覚悟までした願いごを否定することになるのだから。「それじゃあ行くよ、すずかちゃん。わたしの思い、きちんと受け止めてね」≪Divine Buster≫ こうしてディバインバスターの砲撃を皮切りに、親友同士の戦いの火ぶたが切って落とされた。 ☆☆☆ なのはとすずかが戦いを始める少し前、ビルの入り口で佐倉杏子、フェイト・テスタロッサ、そしてユーノ・スクライアの三グループが遭遇していた。「……杏子さん、どうしてここに?」 フェイトは警戒を込めた瞳で杏子の動向を探りながら尋ねる。ジュエルシードの魔力を追ってやってきた場所で出会ったということは、杏子の狙いも十中八九ジュエルシードだろう。こちらにはアルフがいて、また杏子がゆまを背負っていることから、仮に戦闘になっても負けるということはほぼないだろうが、搦め手を使う杏子に対してフェイトは油断をすることはできなかった。「どうしてと言われれば、そりゃジュエルシードの魔力に気づいたからとしか言いようがねぇな。ま、安心しろよ。今回はジュエルシード自体を狙ってきたわけじゃあないから」 フェイトとは違い、杏子は彼女たちと遭遇したこと自体に驚きはなかった。ジュエルシードの近くに行けば、必ずフェイトと出会える。元々、そう予測を立ててここ数日、ゆまと一緒に歩き回っていたのだから当然だろう。 むしろ懸念すべきことがあるとすれば、目の前のフェイトたちではなく、杏子に背負われているゆまの方だった。フェイトと会いたがっていた彼女のことだ。下手をすれば場を弁えずにフェイトに魔導師のことで質問攻めしてしまうかもしれない。なのはが先行しているとはいえ、魔女が近づく前にジュエルシードを封印する必要がある以上、余計なことで時間を掛けたくなかった。「キョーコ、とりあえずわたしを降ろしてくれない?」「降ろすのは構わないけどな、ゆま、一応言っておくけど……」「フェイトと話をするのは、ジュエルシードの封印が先って言うんでしょ? それぐらいわかるよ」「なら、いいんだけどな」 妙に聞きわけのよかったゆまに拍子抜けした杏子は、素直に自分の背中から彼女を降ろす。「わたしに話?」 ゆまの言葉が耳に入ったフェイトが尋ねる。「フェイトとはもっと話してみたかったんだよ。温泉の時は色々あってあまり話せなかったから……。ダメだった?」「いや、別にそんなことはないけど……」 ゆまから告げられた意外な言葉に、フェイトは純粋に驚いた。そんなフェイトを尻目に、ゆまは色々な言葉を浴びせかける。(結局、話してんじゃねぇか) その様子を見て杏子は内心で呆れるが、楽しげに話しかけるゆまと、時折り顔を赤らめながら受け答えするフェイトの様子を見て、止める気にはなれなかった。「と、いうわけだ。だからいい加減、そんな風に睨むのを止めてくれよ」 その代わりか、杏子はアルフに声を掛ける。遭遇した時から、杏子のことを強く睨みつけていたアルフ。フェイトを護りたいというアルフの気持ちはわからなくもないが、すでに彼女たちとは争う気のない杏子にとって、その視線は目ざわり以外の何物でもない。 だがいくら声を掛けても、アルフはまったく耳を貸そうとはしなかった。「はぁ~。……ところで」 一向に睨むのを止めないアルフに対してため息をつきながら、杏子はその場にしゃがみこむ。そして近くに寄ってきていたフェレットの首根っこを掴み持ちあげた。「久しぶりだな。えーっと……」「ユ、ユーノ・スクライアです、杏子さん。とりあえず首を摘むのは止めてもらえませんか?」「あっ、悪い悪い」 そういって杏子はユーノをとりあえず自分の腕の上に乗せる。 いきなり首根っこを掴まれて驚いたユーノだったが、なのはから杏子が悪い人ではないと聞かされていたのでそこまで慌てることはなかった。現にユーノの首をすぐに放してもらえたのがその証拠だろう。「お、お前はっ!?」 ユーノの姿を見たアルフは、思わず声を上げる。「えと、その、お久しぶりです」 そんなアルフに向かってユーノは小さく頭を下げる。「なんだ、おまえら知り合いなのか?」「ええ、この前の魔女との戦いの時に……」 言いながらユーノはその場に集まった面々を観察する。なのはの話から杏子とゆまは敵にはならないだろう。彼女たちはジュエルシードを狙ってもいないし、なによりなのは自身がゆまとはかなり親しく接していた。杏子は魔法少女であるとはいえ、二人は現地住民だ。よっぽどのことがない限り、敵対することはないだろう。 だが残りの二人は違う。ミッドの魔法を使用し、ジュエルシードを狙う魔導師、フェイト。そしてその使い魔と思わしき女性、アルフ。おそらく彼女たちもジュエルシードの気配を辿ってこの場にやってきたに違いない。 そうして彼女たちを警戒混じりの目で眺めていたユーノの目に、フェイトの胸に抱かれた白い動物の姿が目に入る。「あ、あの動物は?」 その姿を見てユーノはすぐにキュゥべえのことを思い出した。なのはと出会った時にジュエルシードの思念体に取り込まれた動物。なのはからは飼い主が引き取りにきて連れ去ったと聞かされていたが、まさかこの二人が飼い主だったのだろうか?「ん? お前もキュゥべえのことも知ってるのか?」「えっ? キュゥべえって?」 杏子の言葉に覚えた違和感。その理由をユーノはすぐに気づくことができた。ユーノの中ではキュゥべえという名前は、白い動物の飼い主ということになっていた。しかし今のアルフの言葉は、あの白い動物を指してキュゥべえと告げられていた。 そもそも冷静に考えれば、この二人がキュゥべえの飼い主であるなどとは考えにくい。もし二人が飼い主なら、自分の力でジュエルシードの思念体と戦えばいいのだ。あの場で初めて魔法に触れたなのはが倒すのを待つ必要はない。 ユーノは訝しげな表情でキュゥべえを見る。キュゥべえの赤い瞳はまっすぐユーノに対して向けられていた。それはまるで明確な意思を持つ生物のようにはっきりと、ユーノのことを見つめていた。「キュゥべえって、もしかして……」 ユーノがそう口に仕掛けた時、ビルの屋上で急激な魔力の高まりを感じる。ゆまを除いたその場にいた全員が頭上を見上げる。すると屋上の方から微かに、桜色の光が零れ出していた。「あれは、なのは!?」 ほぼ毎日のように見ているなのはの桜色の砲撃、ディバインバスター。それにいち早く気づいたユーノは慌てて駆けだそうとする。だがそれを杏子は再び首を掴んで止めた。「そう慌てんなって。あんたの足じゃあ、屋上までたどり着くのに何時間かかると思ってんだ?」「でももしジュエルシードを取り込んだ魔女が相手なら、なのはが!?」「大丈夫だ。まだ屋上には魔女はいねぇよ。その証拠になのはは魔女の結界に取り込まれてないだろ?」「そ、そうなんですか?」「ああ、魔女ってのは通常、結界の外には滅多に出てこないからな」 杏子の言葉を聞いて少しだけ安心するユーノ。しかしそれならば、なのはは何に対して魔力を向けているというのだ? 真っ先に疑うべき対象なのはジュエルシードの思念体だが、屋上の方から感じる魔力にそういった気配はない。 同じように疑問に思った杏子は屋上から感じる魔力を探る。そこで杏子は気づいた。屋上にはなのはとは別にもう一人の魔法少女がいることに。「すずか!?」 杏子がその可能性に思い当たるのと、フェイトが叫びながら屋上に飛び上がるのはほぼ同時だった。アルフもすぐにフェイトを追って飛びあがろうとする。「ま、待って! わ、わたしも連れてって」 それに待ったを掛けたのはゆまだった。その大きな声にアルフだけではなく、先行して飛んでいたフェイトも振り返る。「ゆま、お前いったい何を……」「わかってる。キョーコもフェイトもアルフも魔法が使えるけど、わたしには魔法は使えない。そんなわたしが戦いの場に出ても、役立たずなのはわかってる。だけどこのまま一人で待たされるのはもう嫌なの!!」 ゆまはその場にいた全員の顔を見回しながら告げる。その顔には強い決意が込められていた。 これが魔女やジュエルシードの思念体とすでに戦い始めている状況だったのなら、杏子は返事を迷わなかっただろう。しかし屋上にいるのは理性を持った人間で、そのどちらも杏子の見知った存在なのだ。 むしろこの距離でゆまと別行動することの方が愚策だ。遠からずここにもジュエルシードの魔力に惹かれた魔女や使い魔が集まってくる。そんな時にゆまを孤立させている方がよっぽど危険だ。「……アルフ、ゆまを屋上まで連れてってくれないか?」 だからこそ、杏子はゆまを連れていくことに決めた。今、一番重要なのは屋上で行われようとしている戦闘を止めること。あの二人ならゆまに故意に攻撃を仕掛けてくる心配もない。それはフェイトやアルフにも同じことが言えるだろう。「いいのかい? ジュエルシード欲しさにあたしがその子をあんたに対する人質にするかもしれないよ?」「問題ねぇよ。あたしたちはジュエルシードが魔女に取り込まれなければそれでいいんだ。その後の奪い合いには関与する気はないからな。……それで結局、頼まれてくれるのか?」 杏子はアルフ、そしてフェイトの顔を見て告げる。「……わかりました。アルフ、ゆまを屋上まで連れていってあげて。それと戦闘になったら最優先でゆまのことを護ってあげて」「わかった。……ところで杏子、あんたはどうするんだい? あたしやフェイトは飛べるけど、あんたは飛べないんだろ?」 ゆまを背負いながらアルフが尋ねる。それに対して杏子はユーノをしっかりと握りしめながらビルとビルの小さな隙間に向かって歩いていった。「あたしのことなら気にすんな。先に行っておくから」 そう言うと杏子は左右にあるビルを蹴りながら、三角飛びの要領でどんどん高度を上げていった。思わずそれに見惚れるフェイトとアルフ。だがいつまでも茫然としていても仕方ないと、すぐに飛行魔法でビルの屋上に向かって飛んでいった。 そうして屋上までたどり着いた一同が見たのは、予想外の光景だった。 ☆☆☆ 至近距離で放たれたなのはのディバインバスターに対して、すずかは避ける素振りを見せず正面から受け止めようとした。火血刀を使ってその砲撃を切り裂くのは簡単だ。しかしすずかはその選択肢を真っ先に除外した。 火血刀の鎬を向け、ディバインバスターを正面から受け止める。魔女ラウラとの戦いでその中を移動したすずかであったが、その時とは比べ物にならないほどの威力をその手のひらに感じていた。少しでも気を緩めれば火血刀が折れてしまいそうな強大な魔力。ジリジリと後ろに押されていくすずか。徐々に後がなくなり、フェンスに背中を押しつけられる。そうなってようやくすずかはディバインバスターの方向を逸らし、頭上へと受け流した。 そんなすずかに対してなのはは攻撃を緩めるつもりはなかった。ディバインバスターの方向が変えられたと悟ったなのはは、その位置からすずかに向かって正面から突っ込んだ。 それは魔女ラウラ戦で見せたすずかの戦い方の模倣だ。砲撃手であるなのは自身がディバインバスターの中を通ることはできないが、それでもその射線上を突っ込むことはできる。そしてそれは十分な奇襲性能を兼ね備えた攻撃だった。 近づかれるまでなのはの存在に気がつかなかったすずかは、本能に従いに刀を振るう。それをレイジングハートで受け止めるなのは。火花を散らせる二つの武器。その鍔迫り合いもなのはが押していた。 純粋な近接戦闘能力では、まず間違いなくすずかの方が上だろう。それでもなのはがすずかのことを押していた理由は二つ。一つは彼女がディバインバスターを弾くのに態勢を悪くしていたということ。そしてもう一つはすずかの迷いが、彼女の力を弱らせていたことだ。 なのはは攻撃の手を緩めることなく、すずかに隣接した状態で周囲にディバインシューターを展開する。そして自分にダメージが入る覚悟で、ディバインシューターをすずかに向けて飛ばした。なのは自身は着弾する直前に後方に身体を逸らすが、彼女にギリギリまで抑えつけられていたすずかが避けられるはずもなかった。 ディバインシューターが着弾した衝撃で、すずかの身体の周りには土煙が舞う。そこに向けて砲撃を加えても良かったが、なのははその前にどうしても確かめたいことがあった。「すずかちゃん、どうして本気を出してくれないの?」 一連の攻防の中で、なのははこれがすずかの本気ではないことにすぐに気付けた。魔女ラウラとの戦いの最中に見せたすずかの動き。それは今よりも遥かにすぐれたものだった。彼女ならば最初のディバインバスターを切り裂くことも、鍔迫り合いになった時に態勢が悪くてもなのはを押しのけることも軽くやってのけただろう。「わたしは精一杯、自分の気持ちを込めて、全力全開ですずかちゃんに向き合ってるんだよ。それなのにどうして……?」「……できないよ」 土煙の中ですずかは火血刀を一振りし、視界をクリアにする。ディバインシューターの直撃を受けたすずかの魔法少女装束はところどころが焦げて破れていた。しかし彼女の身体そのものには傷一つない。それはとっさにガードしたというわけではなく、すずか自身の素の防御力がディバインシューターの攻撃を完全に防いでいる証拠だった。「やっぱりできないよ。なのはちゃんと戦うことなんて」 すずかの澄んだ黒い瞳がなのはに向けられる。その瞳には強い決意が込められていた。「私も最初はなのはちゃんと全力で戦いあえるかもしれないって思った。……だけど、さっきの攻防で気づいちゃったんだ。お互いに魔法使いにはなったけど、やっぱり私となのはちゃんじゃあ身体の構造そのものが違い過ぎる。このままお互いに本気で戦いあったら、なのはちゃんだけが大怪我をさせちゃうって」「確かにお互いに全力で戦いあったら怪我をさせちゃうかもしれない。でもそうしないと互いの気持ちは伝わらないんだよ。それならやるしかないじゃない!」「……そうじゃないよ、なのはちゃん。たぶんお互いに全力を出し合って戦ったら、私は怪我ひとつ負わない。ただなのはちゃんだけが一方的にやられてしまうだけ。私となのはちゃんにはそれほどまでに差があるの」 一連の攻防、それがすずかに気づかせたのは、なのはとの実力差だった。確かに彼女は本気を出すことを恐れた。だから火血刀に血を吸わせず、夜の一族としての力を出さずになのはと戦った。それなのにも関わらず彼女はほぼ無傷。 それに対してなのははその言葉通り、持てる限りの力を出していた。元々、なのはの運動神経はあまり良いものではない。魔法の攻撃は確かに強力だが、ただそれだけだ。これなら魔女ラウラの結界の中で戦った弱った杏子の方がまだ強く感じられるくらいだ。「そんなことないよ! わたしとすずかちゃんが魔法について知ったのは、たぶんほとんど同じぐらいでしょ? 魔法の種類が違うとしても、そんなに実力に差があるなんてわたしには思えないよ」「魔法の問題じゃないんだよ。初めに言ったでよね? 身体の構造が違い過ぎるって」 それでも彼女の強い思いははっきりと伝わった。真正面からすずかに向き合おうとするなのはの思い。全力で戦い合うことはできなくても、その思いだけにはすずかは応えたかった。「えっ?」「なのはちゃんは魔法に出会うまでは正真正銘、普通の女の子だった。だけど私は違う。私は生まれた時から、魔法少女になる前から普通の女の子じゃなかったんだよ。普通の人間より強靭な肉体と明晰な頭脳を持つ『夜の一族』っていう吸血鬼、それが私なの」 だから彼女は、それに応えるために今まで隠しにしてきた秘密をなのはに明かす。すずかが人間ではなく化け物であるという真実。自分でも受け入れることを否定していた夜の一族という事実。それを包み隠さずなのはに話すことで、その思いに応えようとしたのだ。 もちろん自分が化け物だと知られることに対する恐怖はある。だがそれ以上になのはが戦いで傷つくこと、その果てに死んでしまう可能性があることの方がすずかにはよっぽど怖かった。「だからね、魔女やジュエルシードなんていう危険なものとはなのはちゃんじゃなくて私が戦うべきなんだよ。化け物は化け物同士、殺し合うのがお似合いなんだから」 すずかはこのような冗談をいう子ではないことを、なのはが一番良く知っていた。だからこそ今、彼女が口にしていることは本当のことなのだろう。すずかの親友であるからこそ、それを理解することができ、すずかの親友であるからこそ、その言葉の全てを否定したかった。「そんなこと、ない」「あはは。ごめんね、なのはちゃん。今まで私みたいな化け物が友達面しちゃってて。だけどこれだけは聞いてほしい。やっぱりなのはちゃんには戦ってほしくない。なのはちゃんは私の憧れる普通の女の子の一人だから」「すずかちゃんは化け物なんかじゃないよ! 少なくとも魔女やジュエルシードの思念体なんかとは違う!」「同じだよ」「違うよ! だってすずかちゃん、今、泣いているじゃない!!」「えっ?」 なのはの指摘にすずかは自分の目元を手で拭う。彼女の手には確かに涙が付着していた。「嬉しいことがあったら一緒に笑って、悲しいことがあったら一緒に泣く。誰かが困っていたら手を差し伸べることもできる、そんな優しい女の子。それがわたしの知っている月村すずかっていう女の子なんだよ。……だから決して化け物なんかじゃない! 化け物なんて、言わせない! もしそんなことを言う悪い子がいたら、わたしの魔法でぶっ飛ばすの!!」 普段のなのはから想像できない乱暴な言葉にすずかは目を丸くする。だがその口元は自然と綻んでいた。「……ありがとう」 すずかは心からの礼を言う。そして自分の顔を思いっきり叩いた。叩かれたすずかの両頬は真っ赤に染まる。だがその痛みが、すずかに覚悟を決めさせた。 すずかは改めてなのはのことを見る。その目は澄んだ黒色から魔力を帯びた血の色へと変わる。だがそこには再会した時に感じた狂気の色はない。水平線に沈む夕日のような、綺麗な瞳の色だった。「それとごめんね、なのはちゃん。やっぱり私も負けられない。私の全力全開、受けてくれる?」 すずかはなのはに向かって火血刀を構える。その途端、周囲の空気が一瞬で変わる。緊張感の漂う張りつめた空気。その雰囲気に当てられ、なのはの全身から冷や汗が零れ落ちる。(すずかちゃん、本気なんだね) 一変した空気がすずかの言葉が事実だとなのはに悟らせる。しかし例えすずかが自分とは違う存在であっても、それでもなのはは負ける気はしなかった。どんなにすずかが強くても、なのはは絶対に折れない。むしろすずかと初めて正面から向き合える。そのことがなのはの中に力を溢れさせていた。「……っ! うん!!」 だからこそなのはは満足げに頷き、レイジングハートを構える。そしてそのまま二人は互いに向かって突っ込んでいった。「――ストップだ」 レイジングハートと火血刀が激突する瞬間、なのはとすずかの間に割って入る一人の男。黒衣のバリアジャケットを身に纏い、レイジングハートを籠手に覆われた手のひらで、火血刀を手に持つデバイスで軽く受け止めたその男の名は……。「ここでのこれ以上の戦闘は危険すぎる。時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせて貰おうか。――そちらの人たちもだ」 なのはとすずかの二人だけではなく、クロノが介入するのとほぼ同時に屋上にたどり着いたフェイトや杏子たちにも鋭い目線を向ける。そんな見ず知らずの第三者の介入に、場に集まった一同は驚き戸惑いを隠しきることができなかった。2012/8/30 初投稿2012/9/18 誤字脱字修正