「お邪魔しました」「マミさん、ケーキ、とっても美味しかったです」 その日、久しぶりにマミの家でまどかとさやかを招いてのお茶会が行われた。だがこの日は彼女たち三人だけではなくもう一人、ほむらの姿もあった。まどかとマミに強く誘われたほむらは断りきることができず、お茶会に参加することにしたのだ。「ほむらちゃんも美味しかったよね? マミさんのケーキ」「そうね、素人が作るにしてはまずまずだったわ」 台詞こそ手厳しいものはあるが、四人の中で一番マミお手製のケーキを食べていたのはほむらである。「まったく、転校生は素直じゃないんだから」「……美樹さやか、その転校生っていうのはいい加減やめてもらえないかしら」「あんたがあたしのことをフルネームで呼ばなくなったらね」「……善処するわ」「いや、そこは簡単にできるところでしょ」 ほむらとさやかのやり取りに思わずマミは笑みを浮かべる。 マミは少し前まで、ほむらに対して険悪な態度を取っていた。それを反省し、こうして共にお茶会を開けるような関係になろうと思ったきっかけは、命の危機を改めて、間近で実感したからだろう。 シャルロッテとの戦いの時、ほむらは自分に忠告してくれた。その言葉に耳を貸さず、それどころか彼女の身動きを封じてしまった。その結果としてマミは命を落としかけた。 自分の命は惜しくない。キュゥべえがいなければ、マミはあの時に死んでいた。だから彼女は自分が死ぬことに関してはそこまで恐れない。 しかしあの場には、まどかとさやかがいた。自分が巻き込んでしまった二人の後輩。魔法少女の素養があるとはいえ、彼女たちはまだ普通の人間だ。ここで自分が敗れれば、彼女たちの命が危ぶまれる。(私が二人を巻き込んだから……) そのことだけが、死を間際にしたマミの後悔だった。幸い、フェイトの助けもあり一命を取り留めたマミだが、自分の身勝手さとちっぽけなプライドが二人を危険に晒したことを恥じた。 マミは仲間が欲しかった。自分を慕ってくれる魔法少女の仲間が。一年前、見滝原を去っていった彼女のような頼もしい仲間が。自分を一人じゃないと感じさせてくれる大切な人が欲しかった。そのためにキュゥべえに協力し、まどかとさやかを魔法少女にしようとしたのだ。 それをほむらが邪魔をした。彼女は頑なに二人を巻き込むのを否定し、自分の前に現れた。そもそもマミの方から魔法少女と争う理由はない。ほむらが友好的な態度で自分の前に現れたとしたら、彼女のことをここまで毛嫌いすることはなかっただろう。 執拗にキュゥべえを襲うほむら。それを助けるマミ。その出会い頭の構図は、二人を敵対関係にするには十分な理由だった。 だがそんな自分に対して、ほむらは危機を訴えてくれた。今にして思えば、それはほむらの優しさに他ならない。シャルロッテに殺されかけたからこそ、マミにはほむらの言葉の裏に潜む理由に気付くことができた。そしてそのことに気付いたからこそ、ほむらがまどかやさやかを魔法少女にしようとはしない理由もわかった。 彼女は決してライバルが増えるのを嫌っていたわけではない。ただ二人を、まどかを魔女との戦いの場に連れて行きたくなかったのだ。「暁美さんって優しいのね」 マミは今までのことをほむらに謝りに行った際、彼女に対してそう口にした。その言葉を聞いたほむらは目を見開き、顔を真っ赤に染める。それを見てマミの予想が半ば正しかったと確信した。 それからはほむらの考えに同調し、まどかやさやかを魔女の結界内に連れていくことは止めた。そして今までの分まで、ほむらと仲良くしようと決めたのだ。「マミさん、やっぱりわたしたちが魔法少女になるのは、反対ですか?」 物思いに耽っていたマミは、そんなまどかの言葉で現実に連れ戻される。その言葉はほむらやさやかには聞こえていなかったようで、二人の注意はこちらに向いていなかった。だからマミは、まどかにだけ聞こえるように自分の考えを口にした。「えぇ、反対よ。あれだけ魔法少女になることを進めてきた私が言っても説得力はないけれど、魔女と戦うのは危険なことだから。だから決して『御馳走とケーキを用意して』なんて願いで魔法少女になるのはよくないと思うの」 マミは自分の皮肉も込めてそんな言葉を告げる。それを聞いたまどかはどこか暗い表情をしていた。そんなまどかに対してマミはさらに言葉を続ける。「……でもね、本当に叶えたい願いごとがあるなら、その時はキュゥべえと契約してもいいと思うわ。軽はずみな思いではなく、絶対にどうしても叶えたい願い。その後の人生を魔女との戦いの犠牲にしても良いという覚悟があればの話だけど……」 本音を言えば、二人には魔法少女になってほしくない。魔法少女ではないとはいえ、二人とも大事な後輩なのだ。その事実は変わらない。いくら素養があるとはいえ、彼女たちには危険な目には二度と遭ってほしくないし、遭わせたくもなかった。 それでも彼女たちの祈りを否定する言葉をマミは持たない。魔法少女になるかならないかを決めるのはあくまで自分自身。マミには先輩として彼女たちにアドバイスすることしかできないのだ。「その後の人生を犠牲にしても良いと思えるほどの願い、か」 そう口にしたのはさやかである。いつの間にかほむらとのじゃれ合いを終えたのか、さやかはとても真剣な表情をしてマミの言葉を反芻していた。 一方のほむらはマミのことを物凄い形相で睨みつけていた。それこそ、視線だけで呪い殺せてしまいそうな険しい顔だ。「……巴マミ、あなたはやっぱり何もわかっていない」「あ、暁美さん?」 先ほどまで上機嫌だったはずのほむらが、打って変わって不機嫌な様子を見せる。マミは遠慮がちに声を掛けるが、ほむらからの返答はなく、彼女はそのまま踵を返し、マミの前から去っていった。「あっ、待ってよ、ほむらちゃん。マミさん、今日は本当にごちそうさまでした」「マミさん、今度、友達に御馳走したいんで、よかったらケーキの作り方を教えてくださいね」 そんなほむらの後を追っていくまどかとさやか。その背中を見つめながら、マミはどうしてほむらを怒らせてしまったのか考えを巡らせるのであった。 ☆☆☆「待ちなよ、転校生」 早足で帰ろうとしているほむらにいち早く追いついたさやかはその肩に手を掛け呼びとめる。振り向いたほむらの表情は先ほどと同じく、酷く不快そうなものだった。「……なに?」「なに、はこっちの台詞だよ。なんだよ、さっきの態度」「別に、あなたには関係ないことよ」「関係ないわけないだろ。あたしたちは……」 そう言い掛けて、さやかは言葉に詰まる。あたしたちは何なのだろう? まどかとは親友、マミは先輩。しかしほむらと自分のことを表す適切な言葉がさやかには浮かばなかった。 友達、という表現が一番近いのかもしれない。だがさやかはまだ、ほむらのことをそう呼ぶことに抵抗があった。 それはほむらのことをまだ、ちゃんと認めたわけではなかったからだ。出会った当初よりは評価は良くなったとはいえ、まだほむらが自分たちに何かを隠していることにさやかは勘付いていた。だからこそ、さやかは未だに彼女を名前で呼ぶことに抵抗を持っていた。「とりあえず、その手をいい加減どけてくれない」「あっ、ごめん」 ほむらの肩に手を乗せっぱなしだったさやかは謝りながらその手を引っ込める。 そうしている間にまどかも追いついてきた。走ってきたのか、彼女は膝に手を付き、大きく息をしている。「ふ、二人とも、なんでそんなに早くいっちゃうの?」「いや、急いで追いかけないと、転校生を見失っちゃうところだったし」「……ちょうどいいから二人に忠告しておくわ」 ほむらはそんな二人の姿を一瞥して口を開く。「巴マミはああ言っていたけど、例えどんな願いがあろうとも、絶対にキュゥべえと契約してはダメよ」「……どうしてそんなこと言うのさ?」 ほむらの言葉にさやかは不満そうに漏らす。「巴マミも含めて、貴女たちは魔法少女の本質というのがわかっていない。魔法少女になるということは、全てを諦めるということなの。どんな魔法少女も契約した時に叶う奇跡とは比べ物にならない絶望といずれ向き合うことになる。そしてそのことに気付いた時にはすでに手遅れなの」「それってほむらちゃんも手遅れってこと?」「……ええ」 最初はワルプルギスの夜を倒せればいい。彼女との出会いをやり直し、その力になる。そうすればまどかを救うことができる。そう思い、ほむらは魔法少女になった。 だが実際は魔法少女になった時点ですでに手遅れ。数多の時を超えて魔法少女の真実を知った時、ほむらは自分のことを諦めた。しかしまどかのことは諦めなかった。まどかを救う。それだけがほむらの希望であり、行動原理であった。「私も巴マミもそれ以外の魔法少女も、キュゥべえと契約した時点で後戻りはできなくなる」 まどかが何度も死ぬ様を見た。いや、まどかだけじゃない。さやかもマミも杏子も皆、ほむらの前で幾度となく死んでいった。その屍に目を背け、ほむらは何度も繰り返した。まどかを救う、ただその目的のために彼女は共に戦った少女たちの思いを否定し続けてきた。ただ一つの思いだけを胸に秘め、彼女が戦い続けた。「でもあなたは、あなたたちはまだ間に合う」 だからこそほむらは慎重に言葉を選ぶ。今回こそ、まどかを救う。その目的のために彼女は全力を尽くす。 幸い、今回の時間軸は上手いこと事を運んでいる。フェイトというイレギュラーは気になるが、ほむらと和解し、まどかたちが魔法少女になることを否定するマミ。完璧に否定しているとは言い難いが、それでも彼女の心境の変化は大きな一歩と呼んでもいいだろう。 フェイトというイレギュラーには遭遇したものの、彼女はもう見滝原にはいない。自身の目的のために、ここから遠く離れた街に向かった。完璧に無視することはできないが、それでも彼女が敵に回ることはないだろう。上手く事を運べば、ワルプルギスの夜を倒すのに協力してもらえるかもしれない。「悪いことは言わないわ。魔法少女になろうだなんて、二度と思わないで」 そうすればこの長い旅路も終わる。まどかを救うことさえできれば、あとは自分がどうなろうが関係ない。大切な親友と交わした約束を果たす。それだけが今のほむらを支えている希望なのだ。 だから彼女は、まっすぐまどかのことを見てそう告げた。そんなほむらの目にはまどかしか映っていないことに、さやかははっきりと気づいていた。 ☆☆☆ 翌日、さやかは幼馴染の上条恭介の見舞いのために見滝原病院に来ていた。かつては将来を期待されていたヴァイオリニストであったが、交通事故で指が動かなくなり長らく入院している恭介。そんな彼を元気づけるのはさやかの日課であった。「恭介、遊びに来たよ~。……あれ?」 元気よく病室に入ったさやかは、そこがもぬけの殻になっていることに気付き、間抜けな声を上げる。「あら? さやかちゃん?」 そんなさやかに声を掛けてきたのは、お見舞いに訪れるうちに顔見知りになった女性医師の石田だった。「上条くんなら今、検査室で傷の経過を調べているからいないわよ。たぶん、あと三〇分もしたら終わるんじゃないかしら?」 それだけ言うと、石田は忙しそうに去っていく。その背中にお礼を言いながら、恭介が戻ってくるまで、何をして暇を潰そうかと考え始める。とりあえず病院内を彷徨いながら恭介を待つことにしたさやかは外の散歩コースにまで足を伸ばした。「う、う~ん」 そうしていると、自販機の前で車椅子の少女が精一杯、背伸びをして一番上のボタンを押そうとしている姿が映った。自分と同じショートカットの小学生くらいの少女。その少女は恭介のお見舞いに来るようになってから、何度か見かけていた少女だった。「どれ?」「えと、一番右上の青汁プリンってやつです」 少女はさやかにいきなり話しかけられたことで少し驚いた様子だったが、その意図を察し、自分が望む飲み物の名前を口にした。「青汁プ……なんだって?」 少女の独特なイントネーションも気になったが、彼女の口にした缶ジュースの名前もさやかには引っかかった。少女の言葉に従い、自販機の右上に目を向ける。そこには大きく緑色のプリンがプリントされた飲み物が確かにあった。よく見ると『振っておいしい青汁プリン』と小さく書かれている。それはパッケージを見つめるだけで胃もたれしてしまいそうな代物だった。「あたし個人としては、あまりお勧めしないんだけど……」「なに言っとるんや。こないな珍しい飲み物、他の自動販売機にはなかなかお目にかかれんよ。それに飲んでみたら意外と美味しいかもしれんし」 本人がそれでいいならいいかと、さやかは青汁プリンを購入する。「お姉さん、ありがとうございます」 取り出し口から青汁プリンを手にした車椅子の少女は満面な笑みを浮かべてお礼を言うと、その場から去っていこうとする。「ちょっと待った」 だがそれをさやかが呼びとめた。「なんですか?」「いやさ、あたしもどんな味かちょっと気になるからさ、飲んだ感想聞かせてよ。その代わりと言っては何だけど……」 そう言いながらさやかは車椅子の取っ手を手にする。「この病院にいる間はあたしがどこにでも連れてってあげるからさ」「あ、ありがとう、ございます」 そんなさやかの態度に呆気に取られる少女だったが、その優しさを感じたのか笑顔を浮かべてお礼を言った。「そうだ、自己紹介しないとね。あたし、美樹さやか。よろしく」「さやかさん。私は八神はやていいます」 ――そうして魔法少女の素養を持つ少女と闇の書の主に選ばれた少女が出会った。その傍らで様子を眺める白い動物の姿があったことに、二人はまるで気づかなかった。2012/9/5 初投稿