自分の衣服が変化したことに、高町なのははとても驚いていた。だがそんな暇もなく、白い怪物はなのはに向かって襲いかかる。なのは反射的にレイジングハートを構えた。≪Protection≫ その声とともになのはと怪物の間に魔法陣が展開される。魔法陣は怪物の攻撃からなのはを守り、その勢いを反射させる。結果、怪物の肉体はバラバラになり、周囲に散らばった。その余波でアスファルトには穴が空き、辺りの民家は崩れ、電柱も倒れる。「えええーーー!!」 それを見てパニックを起こしたなのはは、その場から逃げ出すように走り去る。「まっ、待って!」 それを慌てて追いかけるユーノ。なんとか追いつき、なのはの胸に飛び乗るユーノ。しかしなのはの混乱はいまだ解けていなかった。そんななのはにユーノは怪物がまだ倒せていないことを告げる。「僕らの魔法は発動体に組み込んだ、プログラムという方式です。そしてその方式を発動させるために必要なのは、術者の精神エネルギーです。そしてあれは忌まわしい力の元に生み出されてしまった思念体。あれを停止されるにはその杖で封印して、元の姿に戻さないといけないんです」「よ、よくわからないけど、どーすれば?」「さっきみたいに攻撃や防御みたいな基本魔法は心に願うだけで発動しますが、より大きな力を必要とする魔法には呪文が必要なんです」「呪文?」「心を澄ませて。心の中にあなたの呪文が浮かぶはずです」 なのははその言葉に従い、目を閉じ、自分の心に耳を傾ける。そうしている間に怪物は自分の肉体を再生させ、なのはに触手のようなものを伸ばして襲いかかる。≪Protection≫ なのははそれを事前に察知していたかのように、レイジングハートでガードする。「リリカルマジカル、ジュエルシード封印!」 そしてそのまま封印の呪文を唱える。するとそれに伴い、レイジングハートの形が変形する。まるで羽のようなものが生え、桃色の光が怪物を拘束する。「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアルⅩⅩⅠ、封印!」 駄目押しと言わんばかりにもう一度、告げる。すると拘束した桃色の光が怪物の肉体に突き刺さり、分解していく。 そうして残ったのは青い宝石、ジュエルシード。それと傷だらけになっている白い動物の姿だった。ジュエルシードはレイジングハートの中に吸い込まれるように入っていく。ジュエルシードを回収したのを確認すると、レイジングハートはなのはの服装を元に戻し、その手のひらに収まった。気がついたら、周囲の景色も色を取り戻していた。 しかしなのははそんな周囲の変化よりも目の前に転がっている傷だらけの動物に目がいった。まるでボロ雑巾のように汚れたその白い動物は皮が裂け、ところどころから赤い皮膚が露出している。「こ、この子、大丈夫かな?」「大変だ。早く治療しない……と」 そう思ったユーノだったが、すでにユーノ自身も限界に近かったのかその場で倒れてしまう。「にゃああ!! こっちの子も倒れちゃったー! ど、どうしよー?」 なのはは二匹に挟まれてオロオロする。さらに追い打ちをかけるかのように、遠くの方からサイレンの音が聞こえる。あれほどの騒ぎだ。近隣住民が通報し、警察と消防が駆け付けているのだろう。「も、もしかしたら、わたし、ここにいると大変アレなのでは?」 そう思ったなのはは2匹を胸に抱え、その場から走って逃げだした。 ☆ 急いでその場から離れたなのはは、一息つくためにベンチに座る。その胸の中には傷ついたフェレットと白い動物。フェレットの方はともかく、白い動物のことをなのはは最初、猫だと思っていた。しかし近くで見てみるとその動物が猫ではないことに気付く。そもそも耳からさらに手だか耳だかよくわからないものが生えている動物などなのはは見たことがなかった。「いったいこの子、何て名前なんだろう?」「ボクの名前はキュゥべえだよ」「ふぇ?」 気がつくとなのはの隣にはもう一匹、別の白い動物の姿があった。「はじめまして、高町なのは。ボクの仲間を助けてくれてありがとう」「にゃああ! またしゃべったー!!」 あれだけ不思議なことを体験したのにも関わらず、なのはは大変驚いた。不思議な体験というものは何度しても慣れるものではないらしい。「まったく驚きたいのはこっちだよ」 キュゥべえはさも当然といった様子で、なのはの膝の上に座る。 そもそもキュゥべえは今日、なのはの前に姿を現すつもりはなかった。確かになのははすごい魔法少女の素質を秘めている。しかし彼女はすでに魔法少女になってしまった。原理はわからないが、その事実は変わらない。そんな彼女に「ボクと契約して、魔法少女になってよ」などといまさら口にしても、まったく意味がないことは明らかだ。 だが彼女が怪物を退治した時、そこから昨日、ジュエルシードに取り込まれた別個体が出てきた。しかも先ほどまで切れていたその別個体とのリンクが復活したのだ。もう虫の息とはいえ、その個体を回収すればジュエルシードについて何かわかるかもしれない。そう思った矢先、なのはに先に持っていかれてしまったキュゥべえは慌てて追いかけ、そして今に至るというわけだ。「えーっと、キュゥべえくんはこの子のお仲間さん?」 そう言いながら傷ついたもう一匹のキュゥべえに目線を向けるなのは。「正確にいえば同一の存在なんだけど、そんな説明をしても無駄だろうし、その認識で間違いはないよ」 その言葉に不思議そうな顔を浮かべるなのは。「よくわからないけど、もしかして、こっちの子も?」 しばらく不思議そうな顔を浮かべていたなのはだったが、キュゥべえなら同じように話せる動物同士、ユーノのことも知っているのかと思い尋ねてみる。「いや、そっちは知らない。むしろボクの方が知りたいくらいだよ」「そ、そうなんだ」「それでね、なのは。そっちのフェレットはともかくとして、ボクの仲間はボクのところに連れ帰れば傷が治せると思うんだけど、連れていっていいかな?」「えっ、ホント!? でもキュゥべえくん。どうやってこの子を運ぶの?」「それは、こうやって……」 そう言うと、キュゥべえは耳から生えた手のような器官を器用に動かし、傷ついたもう一匹のキュゥべえを自身の背中に乗せる。「へぇー、キュゥべえくんって器用なんだね~」「それほどでも。それじゃあボクは行くね。またね、なのは」 キュゥべえはゆっくりとした足取りでなのはの元から去っていく。「あれ? そういえばわたし、自己紹介したっけ?」 そう不思議に思うなのはだったが、すでにキュゥべえの姿は見えなくなっていた。 ☆ 気絶したユーノが目覚めたのは、それから数分後の出来事だった。「あっ? 目が覚めた? 怪我、痛くない?」「怪我は平気です。助けてくれたおかげで、残った魔力を治療に回せました」 そう言うと、ユーノは器用に自分にまかれた包帯を解いていく。その下にあった皮膚からは傷痕は見えない。「よくわからないけど、すごいんだね。ねぇ、自己紹介していい? わたし、高町なのは。小学校3年生。家族とか仲好しの友達は、なのはって呼ぶよ」「僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名だから、ユーノが名前です」「ユーノくんかぁ。かわいい名前だね」「すいません。あなたを……なのはさんを巻き込んでしまいました」「えーっと、たぶん、わたし平気。あっ、そだ、ユーノくん怪我してるんだし、ここじゃあ落ち着かないよね。とりあえずわたしの家に行きましょ。後のことはそれから、ね」 ユーノは沈んだ口調でそう告げる。そんなユーノを気遣ってか、なのははユーノに笑顔を向けた。その言葉にユーノの心は少しだけ、軽くなったような気がした。「そうですね。……そういえばあの白い動物は?」 あの時、ジュエルシードと共に出てきた白い動物の姿がないことに気付いたユーノは周囲を見渡す。「あっ、あの子ね。さっきユーノくんが寝ている間に仲間の子が来て連れてっちゃった」「連れてっちゃったって、あんな傷のまま放置しといたら危ないんじゃ……」「えっ? でもキュゥべえくん。自分の家に連れて帰れば治せるって言ってたよ」「そ、そうなんですか。ならよかった」「うん。それじゃあわたしたちも帰ろ?」 そう言うと、なのははユーノを抱きかかえ、高町家に向かって歩きだした。 この時、ユーノは勘違いをしていた。キュゥべえというのはあの白い動物の飼い主の名前で、その人が自分のペットを連れ帰ったのだと思っていたのだ。もしキュゥべえという人物が大人なら、子供のなのはが連れ帰るよりも適切な処置ができるだろう。何より自分のペットなら自分で看病がしたいはずなのだから。 本当ならユーノが治癒魔法を使って治療してから飼い主に返してあげたかったところだが、自分が気絶していた間のことなら仕方ない。ジュエルシードを探すついでにあの白い動物を探して、治癒魔法をかけてあげるのも良いかもしれない。そんな風に考えていた。 一方、なのははユーノとキュゥべえが同じような存在だと思っていた。キュゥべえはユーノのことを知らないとは言っていたが、ユーノは別の世界から来たと言っていた。きっとキュゥべえもそういう存在なのだろう。もしかしたら二匹は別々の世界からやってきたのかもしれない。それなら面識がないのも当然だ。 別の世界では動物が人間と話すのが当たり前のことなのかもしれない。思えばユーノもキュゥべえも自分に対してごく自然に話しかけてきた。ならそういうことが当たり前な世界からやってきたと考えるのが妥当だ。 互いにそんな勘違いをしたが故に、なのははユーノにキュゥべえのことを詳しく話さなかったし、ユーノもなのはにそれ以上キュゥべえのことを追求することはなかった。それが後にあんな悲劇を生むことになるなんて、この時のなのはは思いもよらなかった。2012/5/15 初投稿2012/5/19 誤字修正2012/6/24 ジュエルシードのシリアル番号をギリシャ数字に変更