自己紹介を終えたさやかとはやては近くのベンチまで移動し、他愛のない話をする。さやかにとっては恭介が病室に帰ってくる暇つぶしのつもりだった。しかし妙にはやてと馬が合ったためか、時間を忘れて会話を楽しんでいた。それははやても同じで、大人以外の人物と話すこと自体が久しぶりだったこともありはしゃいでいた。「それにしてもさやかさんは彼氏さんのお見舞いかあ。やっぱり中学生は進んでいるんやなあ」「い、いや、恭介は彼氏じゃないし! ただの幼馴染だから!!」 そう言うさやかの表情真っ赤だった。太陽は傾いているが、決して夕日の光が差したせいではないだろう。「でもいいんですか? こないなところでわたしと話していて。彼氏さん、待っているとちゃいます?」「だから彼氏じゃないって。……それに今日は検査が長引いているみたいでさ。もう少ししてから行くつもり」「そうですか。……でも羨ましいなあ。聞いた限りだと、さやかさん、ほぼ毎日お見舞いに来ているんですよね? ……わたしのところには誰も来てくれないから」 はやてには身寄りがまったくなかった。大阪で生まれたはやては幼い頃に両親を亡くし、父の友人を名乗るギル・グレアムからの援助を受けて暮らしていた。しかし仕事の関係上、グレアムがはやての元に訪れることは全くと言っていいほどなく、基本的に彼女は物心の付く前からヘルパーの手を借りつつも、基本的には一人で生活をしていた。さらにその数年後、原因不明の病で足が動かなくなり、車椅子での生活を余儀なくされていた。 そうして不自由な生活を強いられることになったはやてだが、特に不満に思ったことは一度もない。出掛けた先では不自由を感じることもあるが、先ほどのさやかのような親切心を持った誰かが手を差し伸べて助けてくれる。家の中も至るところにバリアフリー設備が施されており、また通いでやってくるヘルパーの人たちもとても親切だ。主治医の石田も献身的に治療を続けてくれている。そんな日常をはやては不満に思うどころか、恵まれていると感じていた。 だがそれは、裏を返せばはやては今以上の生活を欲していないことに他ならない。はやては家族の温かみを必要とはしていない。自由に動く健康的な身体もいらない。今の生活で満足している。だからこれ以上、嫌なことは起きないでほしい。はやてが今の生活で望むのは、ただそれだけだった。「なら、これからはあたしがはやてのことを見舞ってあげるよ」 だから最初、さやかの口から出た言葉がはやてには理解できなかった。「いや~、こうして話してみるとはやてってかなり面白いしさ。……恭介の見舞いをするついでっていうと言葉は悪いけど、二人を同時に見舞うくらい、さやかちゃんにはどうってことないからね」 戸惑っているはやてを尻目に、おどけた口調で言葉を紡ぐさやか。だがその目は真っ直ぐ、はやてのことを見つめて離さない。真正面から向けられるさやかの優しさに、はやてはなんて答えれば良いのかわからなかった。「えと、その、でもそれは、さやかさんに迷惑なんとちゃいます?」 だからか、はやては入院をしているわけでもないのにどこかずれた言葉を告げてしまった。 そんなはやてにさやかはいきなりデコピンをする。突然のことにはやては避けることができず、弾かれたおでこは赤くに染まる。「な、なにするんですか!?」 おでこを抑えながら抗議の言葉を上げるはやて。だがさやかはまったく悪びれた様子はなかった。 「ごめんごめん。でもはやてだって悪いんだよ。あたしたちってもう友達じゃん? 友達が友達を見舞うのは当然じゃない。……それを迷惑になるから来るなだって? あたしのことを気遣う暇があったら、その前に早く足を治しなさいな」 それはさやかの本心からの言葉だった。はやてとは歳も違うし、ほんの一時間前に初めて会ったばかりの間柄だ。しかしその間、彼女とは楽しく会話に花を咲かすことができた。そんな相手を『友達』と呼ぶことは、さやかにとっては自然なことだった。「……友達」 だがはやてにとってその言葉は、とても衝撃的な言葉だった。 今までもはやてに親切にしてくれる人はたくさんいた。一度、町に出かければ彼女は色々な人の助けを借りて目的地まで移動した。その中で主治医の石田や商店街のお肉屋のおばちゃん、近所の主婦など顔見知りになって親しくなる大人の人はたくさんいた。 だがその中には友達と呼べるような間柄の人は一人としていなかった。学校にも通っていないはやてには、同年代の友達が一人としていなかった。「あ、あれ? あたしたち、もう友達になってると思ったけど違った?」 驚いた表情を浮かべるはやてにさやかは疑問の言葉をぶつける。 さやかの見る限り、自分と話すはやてはとても楽しそうだった。年相応の笑顔を浮かべ、下半身に目を向けなければどこにでもいるような少女。そんな彼女が両親に先立たれ、両足が原因不明の病で歩くことができないことなど、さやかには到底信じられなかった。 はやての見せた一喜一憂の表情は、年相応の少女の顔そのものだ。同じように腕を動かすことができずに入院している恭介の悲壮感に溢れた表情とは違う。彼女の笑顔には曇りがほとんどなかった。 そんなはやてだからこそ、さやかは何の躊躇もなく、はやてのことを『友達』と呼んだのだ。人間、相手と少し話せば大体、その人物と話が合うかどうかはわかる。その上ではやてには、もっと話したいと思わせる何かがあったのだ。「うわわっ、もしかしてあたし、何か気に障ること言っちゃった!?」 そんなさやかの気持ちを敏感に感じ取ったはやては、瞳からぽつぽつと涙を零していく。「そうやない、そうやないよ。私、そないなこと言われたの初めてで、凄く嬉しくて……ごめんな。でも嬉しくて涙が止まらへん」 はやては全てのことを諦めていた。物心つく前からいなくなった家族。麻痺した両足。幾多の不幸を抱えながらも、彼女は懸命に生きていた。――懸命に『一人』で生きてきた。 そんな彼女にふいに差し伸べられた手。憧れつつも求めることができなかった友達という存在。何の前触れもなくそのように呼べる存在が与えられたはやては驚きと喜びのあまり、そのあふれる感情を抑えることができなかった。 ☆☆☆ 泣きやんだはやてを見送った後、さやかは恭介の病室に向かった。いきなり泣かれた時はどうなることかと思ったが、泣きやんだはやては実にすっきりした表情をしていた。その上ではやての方から改めて『友達になること』をお願いされた。それを拒む理由はさやかにはない。そうして晴れて友達になった二人は、携帯の番号を交換し、再会の約束をして別れた。 その時のことを思い出す度に、自然と頬が綻ぶさやか。そうしているうちに恭介の部屋の前に到着したさやかは、気を引き締めるために自分の頬を思いっきり叩いた。それから扉をノックする。「恭介、入るよ」 ノックに対する返事はなかったが、どことなく人の気配を感じたさやかは病室の中にそう声を掛けてから入っていく。案の定、恭介はベッドに横たわりながらCDを聴いていた。さやかはそれを邪魔するのは悪いと、音をたてないようにその傍らに座る。さやかが来たことに気付いた恭介は、チラッと彼女を視界に入れるが、すぐにその視線を窓の外に戻した。 その表情を見て、さやかは先ほどまでの浮き浮き気分が砕かれる。恭介の表情はとても硬く無機質ものだった。こんな表情の恭介を、さやかは昔、一度だけ見たことがある。 それは彼が交通事故に遭う前、コンサートに出ていた頃だ。将来を有望視されていた恭介は、数々のコンクールに出場し、良い成績を収めていた。だがあるコンクールでちょっとしたミスをしてしまい、大賞を逃してしまったことがあったのだ。素人のさやかが聞いてもわかるようなイージーミス。そんな恭介を励まそうとしたさやかに向けられた表情。今の恭介はその時と同じ顔付きをしていた。「何を聴いてるの?」「亜麻色の髪の乙女」 恭介はさやかの方を見ようともしない。不機嫌そうな仏頂面のままだ。恭介にとって、クラシックとは掛け替えのない大好きなものだったはずだ。それなのに何故、そんな顔をして聴いているのだろう。恭介が今、何を思って耳を傾けているのか、さやかにはまるでわからなかった。「あぁ、ドビュッシー。素敵な曲だよね」 だからこそ、さやかは努めて明るく振る舞う。「……あたしってほら、こんなだからさ、クラシックなんて聴く柄じゃないだろって皆が思うみたいでさ、たまに曲名とか言い当てたら凄い驚かれるんだよね。意外過ぎて尊敬されたりしてさ」 それでも恭介は眉一つ動かさない。虚空を見つめる恭介の表情に、さやかは言い知れぬ不安を覚える。「……恭介が教えてくれたから。でなきゃあたし、こういう音楽、ちゃんと聴こうと思うきっかけなんて、多分一生なかっただろうし」「……さやかはさ」 照れ混じりでしゃべり続けるさやかに、ようやく恭介が口を開く。「なに?」「さやかは僕を苛めてるのかい」「えっ?」「なんで今でもまだ、僕に音楽なんて聴かせるんだ。嫌がらせのつもりなのか?」 恭介の口から、彼に最も似つかわしくない言葉が飛び出してきたことに、さやかは愕然とした。「だって恭介、音楽好きだから」「もう聴きたくなんかないんだよ! 自分で弾けもしない曲、ただ聴いてるだけなんて。僕は……僕は……」 恭介は泣き叫びながら、CDプレイヤーに向かって左手を力いっぱい振り下ろす。CDは粉々に砕け、恭介の手は血で染まる。だが恭介はそれでも振り下ろすのを止めようとしない。それを見兼ねたさやかは慌ててその腕を抑えつけた。「……動かないんだ、もう痛みさえ感じない。こんな手なんて……」 恭介は悲痛な声で告げる。「大丈夫だよ。きっとなんとかなるよ。諦めなければきっといつか……」「諦めろって言われたんだ!」「えっ……?」 恭介が口にした言葉を、さやかはすぐに理解することができなかった。「……もう演奏は諦めろってさ」 恭介のヴァイオリンを聴くことがさやかにとって、一番大切な時間だった。自分には何の取り柄もない。どこにでもいる普通の女の子。そんな彼女の自慢は、幼馴染の男の子がとても格好よくヴァイオリンを弾きこなすことだった。「さっき先生から直々に言われたよ」 恭介のヴァイオリンコンクールをはじめて見に行った時のことを、さやかは今でもはっきり覚えている。正直、それまではさやかはクラシックと呼べるものに全く興味がなかった。勉強と同じで、どこか堅苦しい感じがしたからだ。それでも恭介に強く誘われ、その演奏を聴きに行き、さやかの世界は変わった。クラシックとはそれほどまでに人の心を揺さぶるものなのか、と。「今の医学じゃ無理だって」 それからというもの、さやかは毎回、恭介が出るコンクールを見に行くようにした。家でも恭介に何かと演奏を聴かせてとおねだりもした。そのたびに恭介は「仕方ないな」といった具合に、さやかにヴァイオリンを聴かせてくれた。その音を聴くだけでもさやかは楽しかった。だがそれ以上に、それを楽しそうに弾く恭介の姿。気がついた時にはその姿がさやかの世界の中心になっていた。「僕の手はもう二度と動かない」 ……その姿をもう二度と、見ることができない。彼の弾く音楽をもう二度と聴くことができない。そんなのは嫌だ。さやかはクラシックが好きなわけじゃあない。恭介が弾くヴァイオリンが好きなのだ。クラシックについて覚えたのだって、恭介の弾いている曲の名前を知ったり、自分のリクエストを恭介に弾いてもらいたかったからだ。「奇跡か魔法でもない限り治らない」 さやかはクラシックが好きなんじゃない。恭介の事が好きなのだ。彼のヴァイオリンを弾いている時の楽しげな顔を見るのが、さやかにとって一番幸せなことなのだ。そしてさやかは、それを取り戻す手立てを知っていた。「あるよ。奇跡も魔法もあるんだよ」 さやかは目線を恭介から窓に向ける。恭介はつられて窓の方を見る。だがそこには何の姿もない。ただ夕日に照らされた街並みが広がっているだけだ。 だがさやかの瞳には、魔法の素養のある少女にしか見ることのできない白い動物――キュゥべえの姿を映していた。 ☆☆☆ 一方その頃、まどかは一人で町中を歩いていた。歩きながら、昨日ほむらに言われたことを思い出す。魔法少女になるということは、全てを諦めるということ。もう後戻りできない。あれはいったい、どういう意味なのだろう? 魔法少女になっていないまどかがいくら考えても、その答えは出なかった。だが一つだけ確かなことは、その言葉を口にしたほむらがとても寂しそうな目をしていたということだ。 ほむらとはまだ、彼女が転校してきてからの数週間の付き合いだ。それなのにも関わらず、まどかにはもっと昔から彼女を知っているように思えて仕方なかった。それは彼女が転校してくる日、まどかの見た夢にほむらが出てきたのも関係しているだろう。 だけど夢で見るよりもっと前から、彼女のことは知っていた気がする。だからこそ、ほとんど無愛想な表情をしているほむらから、その感情の機微を見抜くことができていた。「あれ?」 そんなことを考えていると、前方の噴水広場を横切っていく学友の志筑仁美の姿を見つけた。仁美はさやか同様、まどかが特に仲良くしている友達の一人だ。しかし彼女は魔法少女のことは一切知らない。そんな彼女に魔法少女のことを隠しているのは、少しだけ心苦しい。だが仁美は魔法の素養を持っていない。そんな彼女を巻き込まないためにも、黙っていた方がいいとさやかと二人で決めたのだ。 しかし魔法少女のこともあり、さやかやほむら、マミとばかり会っていて仁美と話す時間が減っているようにまどかは感じていた。たまに暇な時間があっても、仁美はお金持ちのお嬢様ということもあり、放課後は習い事を掛け持ちしている。だからここ最近は彼女とは学校にいる間しか話すことができないでいた。「仁美ちゃーん。今日はお稽古ごとじゃ……」 まどかは仁美に駆け寄りながら声を掛ける。しかし仁美の首筋にある痣が付いているのを見つけて、まどかはその表情を曇らせ言葉に詰まった。 仁美の首筋に付いているのは魔女のくちづけと呼ばれる紋章だ。この紋章は魔女に狙われ、操られている人に付けられると以前、マミから聞かされたことがあった。実際、魔女のくちづけを付けた女性が屋上から飛び降り自殺を図る現場を目撃したこともある。その時はマミも一緒だったから事なきを得たが、もしいなかったら間違いなくその女性は死んでしまっていただろう。「仁美ちゃん、ねぇ、仁美ちゃんってば!?」「あら? 鹿目さん、ごきげんよう」 肩を揺らし何度か声を掛けたまどかに対し、仁美は今になって気づいたのかあっけらかんと返事をする。「どうしちゃったの? ねぇ、どこ行こうとしてたの?」「どこってそれは……ここよりもずっといい場所、ですわ」「仁美、ちゃん?」 仁美の様子のおかしさに、まず間違いなく彼女が魔女に操られていることを悟る。「ああ、そうだ。鹿目さんもぜひご一緒に。そうですわ、それが素晴らしいですわ」 そう言うと、仁美は楽しげな足取りで進んでいく。そんな仁美のことを放っておくわけにはいかず、まどかはその後ろをついていった。 しばらく歩いていると、同じように魔女のくちづけを付けた人たちが集まり始める。仁美一人なら、なんとか止めることができたかもしれないが、こんなに大人数を助けるのはまどかには不可能だろう。(そうだ、マミさんとほむらちゃんに連絡しなきゃ) シャルロッテのグリーフシードを見つけた時のこともあり、まどかたちは何かあった時のために互いの連絡先を交換していた。それを思い出したまどかは慌てて携帯を取り出すと、アドレス帳からまずはマミの名前を出し、慌てて電話する。「あら? 鹿目さん、どうしたの?」「もしもしマミさん、大変なんです」 まどかは魔女のくちづけを付けた人が町はずれの工場に集まっていることを告げた。「わかったわ。今から急いで向かうから、鹿目さんは家に帰りなさい」「で、でも、このまま放っておくなんて……」「あなたは今、一人なんでしょ。それだけの大勢の人が集まっているということは、その先にはまず間違いなく魔女がいるはずよ。そんな場所に魔法少女でない貴女が一人で行くなんて、いくらなんでも危険すぎるわ」「そ、それでもわたしは……」「あら? 鹿目さん、どなたに電話していらっしゃるの?」 気がついた時、まどかの目の前に仁美が立っていた。さらに周囲を見渡すと、先ほどまで一心不乱に歩いていた人たちも、今はまどかの方を向いて立ち止まっている。「行けない子ですわ。これから私たちは幸せな場所に行くんですのよ。電話なんてしてないで、早く向かいませんと」 仁美はまどかの手から携帯電話を奪うと、無言でその電源を切る。その間、まどかは震えで身動きすることができなかった。正面から見た仁美の目。どす黒く濁ってハイライトが一切ない。楽しげな口調で話しているのとは裏腹に、その目は一切笑っていない。それは周囲の人々も同じだ。そんな状況になって初めて、まどかはマミの言っていた言葉の意味を理解した。そしてすでに、自分はこの場から逃げ出すことは不可能なのだと気づいてしまった。 ☆☆☆「本当にどんな願いでも叶うんだね」 恭介の病室を後にしたさやかは、病院の屋上でキュゥべえに問うた。「大丈夫、キミの祈りは間違いなく遂げられる」 抑揚のない声でキュゥべえが告げる。その言葉を聞き、さやかは内心、ほっとする。恭介にああも啖呵を告げて飛び出した手前、彼の腕が治らないのでは話にならない。恭介のためにも、自分のためにも、キュゥべえには絶対に願いを叶えてもらわなければならない。「……じゃあ、いいんだね」 確認するようにキュゥべえが訪ねてくる。その言葉を聞いてさやかは静かに目を閉じる。そうして思い浮かべたのは、昨日ほむらが告げた言葉だ。「魔法少女にはなるな」。さやかは薄々、その言葉が正しいことを理解していた。魔女に殺されかけたマミ、まどかに向けるほむらの態度。そういったものを加味して、あの時のほむらの言葉は純然たる事実であるとさやかは考えていた。 ほむらのことはまだよくわからない。初めて彼女の姿を見たのは、教卓の前で転校の挨拶をした時だ。その時はただ、自分とは性格が合わなそうな子だと思った。見た目で人を判断するのは良くないが、彼女が大多数のクラスメイトに向ける目が、他人に興味はないと顕著に語っていたのだ。いくら長期入院をしていたとはいえ、そんな相手と仲良くしてやる義理はさやかにはなかった。 次に出会ったのは、彼女がキュゥべえを襲っている時だ。コスプレをして見たこともない動物を襲う不審者。何も知らない人物がその時のほむらを見ればそう思うだろう。後に魔法少女のことを知りマミから説明を受け、やはり彼女とは相容れない存在だと思った。 さやかから見れば最悪の出会い方をした相手だったが、ほむらはさやかのことなど露ほども思っていなかっただろう。まどかやマミがほむらと仲良くしようとしなければ、クラスメイトだとしても一生話すことはなかったに違いない。 だが実際に話すようになって、一つだけわかったことがある。それはまどかのことをとても大切に思っているということだ。どういうわけかは知らないが、ほむらがまどかに向ける目とそれ以外に向ける目はまるで違う。まどかのことを見る時だけ、ほむらの目が優しさを帯びるのだ。それこそ、まどかのためなら何でもする。命でも投げ出してもいい。そういう覚悟が見え隠れする瞳だ。 そんな彼女がまどかに対してあれほど強い口調で「魔法少女になるな」と言ったのだ。きっとそれは正しいのだろう。 ……だがそれはあくまでまどかに対してだけだ。あの場には自分もいたが、ほむらはまどかのことしか見ていなかった。つまりまどか以外の人物が魔法少女になろうとどうなろうと彼女にとっては関係ないのだ。(悪いな、転校生。でもあたしはもう決めたんだ) 心の中でほむらに謝る。 さやかはほむらのことを友達だとは思っていない。だが一緒にまどかを心配し合う仲にならなってもいいと思っていた。ほむらのまどかに向ける優しさは、数年来付き合っている自分よりも遥かに深い。同じようにまどかのことを気にかけていた自分だからわかる。そしてそんな相手がいるからこそ、遠慮なくさやかはまどかよりも恭介のことを優先した。「うん、やって」 さやかは覚悟を決め、目を開ける。眼前にいるキュゥべえの眼が妖しく光る。その眼をまっすぐ見つめながらさやかは自分の願いを祈る。 恭介の腕が元通りに治ること。昔のように楽しげにヴァイオリンを弾いてくれること。……初めはただ、そう祈るつもりだった。 だが彼女は唐突に思い出す。先ほど出会った車椅子の少女の事を……。八神はやて。家族に先立たれ、原因不明の病で足が動かないでいる一番新しい友達。まだ彼女とは一時間ほどしか話していない。それでもさやかは知ってしまった。恭介と同じように苦しんでいる少女のことを。そんな相手を放っておけるはずがない。 ――そうして、彼女の祈りは契約の直前で似て非なる別のものへと変わった。「さぁ、受け取るといい。それがキミの運命だ」 さやかの祈りが、願いが、形となり、彼女の胸から零れ出す。それはソウルジェムという魔法の源になり、さやかの胸から現れ、その手のひらに収まった。さやかは自分の手のひらに収まった青い輝きを放つソウルジェムを見つめる。さやかはそれを見て、自然と笑みを零すのであった。2012/9/9 初投稿