現在、時空航行船アースラの会議室では、どのような形でジュエルシードの回収任務にあたるのか話し合われていた。その席に参加した佐倉杏子は、その様子をただ黙って眺めていた。 思い返すのは、会議が始まった時にリンディに自分が紹介された時のことだ。魔法少女――管理局員からすれば現地の魔導師ということだが、リンディからその話を聞かされた時、室内にざわめきが巻き起こった。事前に地球が管理外世界、つまりは魔法文明の発達していない世界と認知されていることは杏子も知らされていたが、それにしたって局員の驚き様は実に滑稽なものだった。そういった人物を黙らすために杏子はその場で魔法を披露し、またアースラに記録されたクロノとの戦いを見せることで一応の納得は得られたわけだが……。(あんまし、歓迎されてるって風でもないよな、これは) この場に集まった多くの職員が何かと杏子の方に意識を向けている。チラチラとこちらの様子を伺う視線が実に鬱陶しく感じられる。それでも杏子は黙って静観していた。「ところで杏子さん、悪いんだけどもう一度この場で魔女について説明してもらえるかしら?」「別に構わないけど、魔女のことだけでいいのか?」「えぇ、それ以外のことは必要に応じてまた後日、説明してもらうことになるかもしれないけれど、とりあえず今のところは魔女のことについてのみで構わないわ」 リンディはそれだけ言うと、椅子に座りこむ。それと入れ替わるように杏子は立ち上がると、魔女について簡単に説明を始めた。魔女は絶望を喰らう。普段は結界の中に身を潜む性質を共通して持つが、その姿形は千差万別。攻撃方法や強さなどもマチマチで、杏子たち魔法少女の倒すべき存在。「ここで問題なのは、そういった魔女たちがジュエルシードの魔力に惹かれ、ある一地域に集まっているということです。杏子さんの話によれば、すでに一度、ジュエルシードを吸収した魔女と交戦した経験があり、その強さは普通の魔女とは比較にならないということでした。またそうでなくとも、魔女が集まっているということはそれだけ現地の一般人に何らかの被害が生まれるのは間違いないでしょう」 杏子の説明が終わったのを確認すると、再びリンディが立ち上がりそう付け加える。その言葉を聞いた集まった局員たちはどのように事態を収拾するべきかを近くにいるものたちと話し合いを始める。そうした職員たちの動揺をリンディは、大きく一拍することで抑え込んだ。そうして皆の視線が集まったのを確認し、改めて言い放った。「そこで今後、本艦全クルーの任務はジュエルシードの捜索と回収、および現地に集まった魔女を駆逐することに変更されます。いいですね?」「――了解しました」 そうして場を纏めたリンディは、細かい動きについてを一つひとつ説明していく。その姿は実に見事なもので、杏子は心の中で感嘆の声を上げるのであった。 ☆ ☆ ☆ その翌日、クロノは単身で魔女に戦いに臨んでいた。目の前にいるのは身の丈十メートルはあるであろう蛇の化け物。もちろん大きさだけでなく、外見的特徴も普通の蛇ではない。胴から枝分かれした四つの頭。そのそれぞれが単眼で、口からは大量の青い液体を垂らしている。垂れた先の地面はグズグズに溶け、その場に紫色の蒸気が発生させていた。 見るからに毒を持っていそうな蒸気に近づかないよう、クロノは遠距離魔法を中心に攻撃していく。近づいてくる魔女を巧みに翻弄しながら、スティンガーでその身体を削っていく。そうしてできた傷口から零れ落ちる青い液体は魔女の口から吐き出されるものと全く同質のものなのだろう。傷つける度に紫色の蒸気が発生し、どんどんと魔女の身体を包み隠すように広がっていった。 これ以上、戦闘を長引かせればいずれは蒸気がこの空間を覆い尽くしてしまう。そう判断したクロノは一気に勝負を決めようと、魔女の頭めがけてブレイズキャノンを四発放つ。そのそれぞれが魔女の四つ首の頭を粉砕する。おまけに辺りに立ち込めていた蒸気にまでその炎は燃え移り、魔女は悲痛の声を上げながらその場で力尽きたように突っ伏した。 それを見てクロノは魔女に背を向ける。――その瞬間、立ち込める煙の中からクロノ目がけて飛んでくる影があった。それは魔女の尻尾の部分。まるでトカゲの尻尾切りのように自ら切り離し、隙を見せたクロノに襲いかかる。飛んでいく最中、その尻尾の形状が徐々に変形する。それはまるでもう一つの蛇の頭。矢面に立っていた単眼の頭とは違い、四つの目を持つそれは、クロノを一飲みにするために大きな口を開けたまま突っ込んでくる。「……スティンガーブレイド・エクシュキューション」 それに気付きつつもクロノは振りかえることなくそう呟く。その瞬間、無数のスティンガーが飛びかかってきた五つ目の頭を襲撃する。おそらく戦闘の合間に展開しておいたのであろうその数は四十本。その一本たりとも外れることなく、魔女の頭を貫いていく。「■■■■■■■――――ッ」 背後から聞こえる悲鳴に似た叫び。クロノは確認の意味も込めて振り返る。そこには全身を串刺しにされ絶命した魔女の姿があった。その姿はすぐに霞と消え、それと同時に周囲に張り巡らされた結界が解けていく。あとに残されたのは一個のグリーフシードだけだった。 クロノがため息交じりにグリーフシードを拾うと、辺りから乾いた拍手が聞こえてくる。顔を上げるとそこにはこの戦いの一部始終を眺めていたであろう杏子の姿があった。「流石だな。でもあんたならもう少し早く決着を付けることができたんじゃないか?」 実のところ、クロノが魔女の結界に入ってからすでに三十分ほど経過している。魔女と遭遇し戦闘が行われていた時間も約十分。クロノの力量を知っている杏子からすれば、それは不思議に思えた。「僕たち管理局員にとっては初めての魔女との遭遇だったからね。色々とデータを取っておきたかったんだ」「ふ~ん。……んでどうだった? 初めての魔女との戦いは?」「……なんとなくだが、キミがなのはを家に帰した理由がわかった気がする」 杏子の問いにクロノは少し考えてからそう答えた。 魔女との戦い自体は終始、クロノ優位で行われていた。すぐに倒しては情報の収集にならないと、わざと攻撃を緩めて行っていたぐらいだ。普通に戦っていれば、おそらくは一分ほどで魔女を倒しきることができただろう。 しかしだからこそ、クロノは気付いてしまった。執務官クラスならともかく、普通の武装局員では魔女との戦いは荷が重いと。少なくとも単独では不可能だろう。おそらくは一班、いや一分隊ほどの人数が必要になってくるはずだ。 仮に魔女の性質や攻撃方法などがわかっているのならば、そこまで難しい話でもない。しかし魔女の性質は千差万別。実際に相対してみなければどのような攻撃を仕掛けてくるのかわからないのだ。それを瞬時に判断し、効果的な攻撃方法を見つけ出すというのは、執務官クラスならともかく並みの武装隊員には荷が勝ち過ぎるだろう。 そしてそれはなのはもまた、同じなのだろう。彼女は杏子のような魔法少女ではなく、それまでは魔法に振れたこともない現地住民。いくら魔力が強いからとはいえ、高度な戦闘技術など持ち合わせていないはずだ。そんな彼女では魔女の多様性には対処できまい。「確かに彼女は強い魔力を持っている。だけどそれだけでは魔女との戦いでは生き残れない。そうだろう?」 魔女との戦いでは如何に早くその性質を見抜くことができるかが重要だ。今回の蛇の魔女も、もし本体が尻尾の部分であることに気付かなければ、倒したと油断したところに奇襲を喰らって、そのまま死んでいただろう。純粋な魔法の力よりもまずは相手の性質を見抜くこと。それが魔女との戦いでは重要なのだ。 それに今の海鳴市の状況を鑑みるに、いずれはジュエルシードを取り込んだ魔女と戦うことになるのは、ほぼ間違いないだろう。そうなった時、おそらく自分も杏子も庇えない。連携して事に当たっていても、いざという時に他人を気遣う余裕はそうないはずだ。「……それもあるけど、何よりなのはには魔女と戦う個人的な理由がないからな」「個人的な理由?」「……あたしたち魔法少女と違って、なのははまだ引き返そうと思えば引き返せる場所にいる。そんな奴が町の平和を守りたいなんて理由で戦うなんて真似、あたしにはさせられねぇよ」 思い返すのは昔の自分。父親のためとキュゥべえと契約し、表と裏から人々の平和を守ると躍起になっていた愚かな子供。それでもまだ、あの時の杏子には戦う理由があった。しかしなのはにはそれすらない。ジュエルシードを巡ってフェイトと争う理由はあっても、人々を襲う魔女と戦う理由は、彼女にはないのだ。 それでもなのはは戦おうとするだろう。町の平和を守るため。自分にもできることがあるから。そう言って戦火に身を投じようとするだろう。 しかしそれは魔法少女である杏子の立場からすれば、愚かな行為であるとしか言いようがない。日常というものは尊い。持っている間はそれが当たり前のものとしか感じられないが、いざ手放すとそれがとても得難いものだということがわかる。 杏子やすずか、魔法少女になってしまった者には、日常をいくら欲したところで掴み取ることはできないのだ。仮初の平和は体感できるかもしれないが、魔法少女である限り魔女と戦い、グリーフシードを得る必要がある。だが魔導師であるなのはにはそれがない。自ら望まない限り、彼女は平和で暮らせるのだ。「僕としては、今でもキミに力を借りるのは反対なんだけどね。もしこの世界の魔法に僕たちが精通していれば、艦長が何を言おうとも丁重に断っていたぐらいだ」「そりゃ残念だったな。だけどあたしは別に管理局に協力しているわけじゃねぇ。あくまでその力を利用するために一緒に行動しているだけだ。そこのところを勘違いするなよ」「まぁ僕としては、足を引っ張らなければそれでいい」「むっ……。なんだったら今ここで決着を付けるか?」 杏子は手に槍を取り出し、クロノの首筋に突きつける。服装こそは私服のままだったが、その目はいつ戦いを始めると顕著に訴えていた。『はいはい、ストップストップ。二人とも戦うにしてもアースラに戻ってきてからね』 そんな一触即発の二人をアースラのブリッジで眺めていたエイミィが止めに入る。その楽観的な口調に興が削がれてしまったのか、杏子はつまらなそうに槍をしまった。『それにしてもさっきまで魔女と戦っていたって言うのに、二人とも元気だねー』「エイミィ、それは違う。魔女と戦ってたのは僕一人だけだ!」『ごめ~ん。こっちからじゃほとんど、魔女との戦いの様子は観測できなかったんだ』「なっ……!?」 甘えた声で謝るエイミィにクロノは驚きの声を上げる。「おかしいじゃないか!? 結界の中でサーチャーはきちんと動いていたんだぞ。なのにどうしてそれがアースラに伝わってないんだ?!」『別にまったく状況がわかってなかったわけじゃないんだよ。なんとなくだけど、クロノくんが何をしているのかはわかったし。たけどそれ以外はぜんぜ~んダメ。魔女の姿はもちろん、周りに広がっている結界の風景さえわからなかったよ。それにクロノくんだって、私からの呼び掛けに気づかなかったでしょ?』 クロノが結界に入ってからエイミィは何度もクロノに呼びかけた。だがその返事はなく、映像は乱れ、音もノイズばかり。リアルタイムの観測を諦め、記録された映像の解析を試みても、まだその成果は上がっていなかった。「そ、そうなのか?」『そうだよー。こっちからは映像通信と音声通信の両方を試してみたけど、どっちも繋がらなくてさ、もしかしたら二人がやられちゃったんじゃないかって凄く心配したんだからね~』 口調こそ茶化すような雰囲気のものだったが、その言葉はエイミィの偽らざる本心だった。いくらクロノが優秀な執務官とはいえ、相手は人間ではなく未知の化け物なのだ。いくら慣れている杏子が同行したとはいえ、後方支援ができないどころか戦闘の様子が伝わって来ないというのがこれほど不安にさせられるものだと知らなかった。「心配掛けてすまなかった」 そんなエイミィの心境がわかったからこそ、クロノは真面目な顔をして頭を下げた。『や、やだなー。そんな真剣に謝らないでよー。どう反応していいのかわからないじゃん。……と、とにかく、二人とも早く戻ってきてよ。もしかしたらデバイスには魔女の姿が映っているかもしれないし』「そうだな。転送頼めるか、エイミィ」『任されましたー』 エイミィが元気に告げたきっかり五秒後、二人の身体は光に包まれアースラへと転送されていった。 そうしてアースラに戻ってきたクロノたちはブリッジで待っているエイミィの元に赴き、魔女との戦闘データを渡す。クロノから渡された戦闘データはサーチャーから送られてきた映像とは違い、鮮明に記録されたクロノと魔女との戦い。それを真剣なまなざしで眺めながらエイミィは杏子やクロノに色々な質問をぶつけていた。「あら? これってさっきの魔女との戦い? エイミィ、映像の処理に成功したのね」 そこに私服姿のリンディが入ってくる。モニターに流れている戦闘を興味深そうに眺めながら、エイミィに尋ねた。「いえ、これはクロノくんが戦闘中にデバイスで記録した映像ですよ」「ああ、どおりでクロノの姿がほとんど映ってないわけね」 ちょうどモニターに映されるのは、クロノが魔女に止めを刺すシーン。倒したと思われたところからの奇襲。それを読んでいたかのように難なく倒し、結界が解け、あとにはグリーフシードが残された。「そうだ。これをキミに渡しておかないとね」 そう言うと、クロノはグリーフシードを杏子に手渡す。「ん? いいのか? 管理局としてはこいつを調べたいんじゃなかったっけ?」「それはそうだが、その前にジュエルシードの回収が先だ。それに悔しいが、やはりキミの力は得難いものがある。いざという時、魔力切れで使い物にならないと言われても困るからね」「……てめぇ、やっぱり喧嘩売ってんだろ」「そうじゃない。僕はあくまで客観的事実を言っているだけだ。キミたち魔法少女の魔力の源がそれなら、数はあった方が良いだろう? それに実際に調べる必要が出てきたら、今日のように魔女を狩ればいい。わざわざこちらで管理するのも手間だしね」「……ま、一応納得しといてやるよ」 杏子はどこか腑に落ちない表情を浮かべながらも、グリーフシードを仕舞い込む。「ところで杏子さん、クロノが戦った魔女はどの程度の強さなのかしら?」「ん?」「昨日伺った話だと、魔女の性質や強さというのは千差万別なのよね? 私たちは魔女についての予備知識しかないから、この魔女の強さを魔導師ランクに置き換えることはできても、魔女の平均から見てどのくらいの強さなのかわからないのよ」「ああ、そういうことか。……そうだな、今回クロノが戦った魔女は、どちらかといえば弱い部類の魔女だろうな」「えっ? これで弱いの!?」 杏子の言葉に驚きの声を上げるエイミィ。口には出さないまでも、それはリンディもクロノも同じだった。彼女らの見立てでは、今回クロノが戦った魔女の強さは魔導師ランクで例えるならBランク~Aランク相当。強過ぎる、ということはないがそれでも弱いと一蹴できるものではないだろう。「あくまでどちらかといえば、だけどな。攻撃力はそこそこあったとはいえ、そのパターンは単調だし、動きもそこまで早くない。本体を偽装していることに気づけば、キュゥべえと契約したてな魔法少女ならともかく、それなりに戦いを続けた魔法少女なら倒すのは容易だろうな」 新米でも偽装にさえ気付けば十分に勝てる相手ではあるけど、とさらに続ける杏子。しかし杏子以外の三人はそうまで楽観視していなかった。実際に戦ったクロノはもちろんだが、リンディやエイミィも映像に映された魔女を相手に武装隊員を単独で当たらせるのは危険だと考えていた。 そのような相手を杏子は弱いという。結界の中ではアースラからの支援はほとんど行えない。そんな状況で武装局員たちがこれ以上の実力を持つ魔女を相手にする。それは果たして可能なのだろうか? その疑問が尽きない。「ん? どうしたんだ? そんなに難しい顔して?」「杏子、もう一度確認するが、キミはこの魔女が弱いと思うんだね」「ああ。それはあんたたち管理局にとっても同じだろう?」「……杏子、もしかしてキミは魔導師がなのはやフェイトたち並みに強いと勘違いしてるんじゃないか?」「そんなことはねぇよ。あたしにだってなのはやフェイトが規格外ってのはわかるさ。だけどあたしやクロノ程度の魔力はあるんだろう?」 そんな杏子の様子にクロノは思わず頭を抱える。「結論から言うと、それはキミの勘違いだ。おそらくキミは、今アースラにいる人物の中で僕の次に魔力が高い。そして他の武装局員の魔力は、二ランクは下のものばかりだ」 魔導師ランクは別にして、魔力値だけを見ればなのはやフェイトはAAAランク、クロノはAAランクに属する。おそらく杏子もクロノと同程度なのだろう。しかし一般的武装局員の魔力値はBランク、隊長格でもAランクだ。 そして今回、アースラに同行している局員もその例に及ばずだ。今回程度の相手でも武装局員が単独で対処するには荷が重いのだ。もしこれ以上となると、どのくらいの人員を割く必要があるのか計り知れない。そして何より問題なのは、魔女の強さは実際に遭遇しなければ図ることができないのだ。そうなると常に必要以上に人員を割く必要がある。それは現状を鑑みると由々しき問題だった。「えっ? そりゃおかしいだろ。だって昨日あたしがアースラの中を案内された時に見た武装局員たちは、どいつもクロノより歳上の奴ばっかだったぞ」 普通は若者よりも年配の人物の方が実戦経験も豊富だし、実力も伴っていると考えるのが自然だ。魔法少女のように若い少女しかなれないものならともかく、魔導師にはそういった制限がない。クロノよりも青年の管理局員の方が強いと考えるのは、至極当然の話だった。「魔導師ランクに年齢は関係ない。努力により向上もするが、魔力量というのは基本的には先天的な素質によるものだ」「杏子さんにはわからないことなのは無理もないことかもしれないけど、執務官って言うのは管理局の中でも一部の人しか名乗ることができない肩書きなの。難しい筆記と実践の試験をクリアしてようやく名乗れる役職。この船の中で言えば、私に次いで強い権限を持っているのよ」「そんなクロノくんは『アースラの切り札』なんていう二つ名まで持ってるくらいだしね~。実際、アースラに乗ってる武装隊員が全員で掛かってもクロノくんを倒すことはできないんじゃないかな~」「……ってことは、こいつは管理局でも指折りの実力者ってことか!?」 訝しげにクロノのことを眺める杏子。確かにクロノは強かった。それは杏子も認めるところだ。しかしどうして魔導師はこう……。「なのはといいフェイトといい、魔導師はガキが強いって傾向でもあるのか?」「なっ……、誰が子供だ!!」 杏子の言葉に怒鳴りを上げるクロノ。その横でエイミィは腹を抱えて笑っていた。「ねぇ、杏子はクロノくんのこと、何歳ぐらいだと思ってるの?」 笑い涙を拭いながら、エイミィは杏子に尋ねてくる。その質問の意図はわからなかったが、杏子は思ったことを素直に答えた。「ん? そりゃあれだろ。なのはたちと同じぐらいの背丈だし、九歳ぐらいじゃないのか?」「僕は十四歳だ!!」「…………マジ?」 クロノの心からの叫びに、思わず杏子は一瞬固まる。その驚き様はユーノが人間に戻った時以上のもので、返答に数秒の時間を有した。「もう少し身長が伸びてくれればと、私も思っているんだけどね。ホント、誰に似たのかしら?」「大丈夫ですよ。クロノくんは今のままでも十分可愛いですから」「それもそうね」「エイミィ、母さんまで……」 二人の会話に内心で落ち込むクロノ。しかし自分の背丈が低いのは事実なので、クロノはそれ以上何も言い返すことができなかった。 その一方で杏子はクロノの強さに納得する。なのはやフェイト、すずかと同程度の年齢化と思った少年は、実は自分に近い年齢だった。それならば戦いの場で見せた状況判断も頷ける。「……話を戻させてもらうけど、つまりは魔女との戦いで戦力として当てにできるのは、こいつだけってことか?」「そういうわけじゃない。普通の魔女相手ならば、武装局員でも複数で当たれば倒すことはできるだろう。だけど念のため、僕か杏子がそこについていく必要があるだろうね」「……そうね。相手の能力が未知数、それでいてアースラからの支援も行えないとなると、あまり戦力を分散させるのも得策ではないでしょうしね」「ってことは必然的にあたしかクロノがお守をする必要があるってわけか。……めんどくせぇ」 実際のところ、普通の魔女退治だけならば管理局と一緒に行う必要はないだろう。単独で出撃し、あっという間に倒し帰ってくる。それぐらいの芸当は杏子なら十分に行える。それはこの場にいる誰もが十分に理解していることだった。「もう少しデータが集まったらその必要もなくなるかもしれないし、ここ数日は頼まれてくれないかしら?」 その上でリンディは杏子に頼み込む。魔女のデータはまだ一つだけだ。魔女の性質が千差万別だといっても、そのデータが集まれば強さの幅はなんとなく掴むことができるだろう。そうなれば武装局員が死なない程度の隊編成が行えるようになるはずだ。「それにきっと、杏子さんにも得るものがあるだろうし」「あたしに? 一体何が?」「それはやってみてからのお楽しみってことで」 この時、杏子にはリンディの狙いがまったくわからなかった。しかしだからこそ、杏子は面白いと感じていた。どちらにしても自分のやることは変わらない。魔女を殺す。あるいはジュエルシードを回収する。ならば今は管理局の口車に乗っておこう。いざという時、ゆまを守りきるために――。 ☆ ☆ ☆ その頃、高町なのはは学校で授業を受けていた。教卓の前に立ちわかりやすく説明する教師。問題を出され、元気よく手を上げるクラスメイト。日本の小学校ならばどこでも見られるようなごく有り触れた光景。ついこの間までは何の疑問も抱かず、それが当たり前のものだと思っていた日常。しかし今のなのははどこか心ここに在らずで、その視線を何度も唯一空席となっている机に向けていた。 ――月村すずか。なのはの親友の一人であり魔法少女。現在、仲違い中である彼女は今日も学校を休んでいる。ジュエルシードの前で互いの想いを言い合い、そして互いの想いをぶつけあおうとしたのは昨日のこと。だがそれはクロノの乱入により中途半端なところで終わり、彼女はフェイトと共に姿を消した。 今にして思えば、あの時フェイトを追えば良かったと思う。彼女たちがどのような手段で逃げたのかはなのはにはわからないが、もしかしたら追いつけたかもしれない。そうすればすずかとは互いに納得のいくまで話し合うことができたはずだ。(すずかちゃん、どこに行っちゃったんだろう?) 杏子の勧めで管理局と別れたなのはは、真っ先に月村邸に向かった。そこで待っていればいずれはすずかが帰ってくる。そうしたら先ほどはできなかった喧嘩の続き。例えすずかに勝てなくても、それでも自分の想いをぶつければすずかならわかってくれる。そうなのはは信じていた。 だが実際は、その機会を与えられることすらなかった。拒むノエルたちを強引に説得し、月村邸で待ち続けること数時間。途中ですずか不在の報を聞いて帰ってきた忍、そしてなのはのことを聞いた恭也がやってきて一悶着あったが、それでもなのはは月村邸ですずかのことを待ち続けた。 ――しかし結局、すずかが月村邸に戻ってくることはなかった。 そのことはまだ、なのはと恭也、そして忍たちしか知らない。散々、忍にすずかのことを問い詰められたなのはだったが、それでもなのはは忍たちに魔法少女のことを口にはしなかった。 すずかの気持ちを考えると、勝手に教えてしまうのは気が引ける。だがすずかを心配する忍たちの様子。その気持ちもなのはには痛いほどわかるのだ。だからこそなのはは学校に行く前、忍たちに「学校から帰ったら今までのこと全部話す」と約束した。 おそらくはすずかは未だフェイトたちと行動を共にしているのだろう。もしかしたらクロノとの戦いで受けたダメージが大きくて動けないのかもしれない。(だけど……) そうは思いつつも、頭のどこかではそうではないような気もしていた。屋上で見たすずかの姿。穏やかで優しい黒い瞳のすずかではなく、どこか狂気的な赤い瞳のすずか。その姿がなのはの胸中を締め付ける。 正直、あの時のすずかは恐かった。なのはの知っているすずかが消え去ってしまったという恐さもあるが、一番は純粋な忌避。今まで聞いたこともないような深い絶望が込められた嗤い声。それにあの時、捲し立てるように告げた言葉。それは今でも一字一句違わずに思い出せる。 今のすずかは危うい。自分の意見を一方的に告げ、小刻みに震えた赤い瞳でこちらを見るすずかの姿。その後、一時的にとはいえ元のすずかに戻ってはくれたが、その狂気が元のすずかを塗り潰してしまうのではないかと、なのはには堪らなく不安なのだ。「――さん、高町さん、聞いていますか、高町さん」「ふぁい!!?」 教師の呼び掛けになのはは慌てて席から立ち上がる。「……月村さんのことが気になるというのはわかりますが、だからといって上の空でいるのは感心しませんね」「ご、ごめんなさい」 なのはは素直に担任の教師に頭を下げる。その様子を見て笑うクラスメイト達。そんな中ただ一人、アリサだけが真剣な表情でなのはのことを見つめていた。 ☆ ☆ ☆「なのは、今から少しあたしに付き合いなさい!」 放課後、学校から帰ろうとしたなのはを呼び止めるアリサ。その声になのはは困ったような表情を浮かべる。「ごめんね、アリサちゃん。わたし今日はちょっと……」「ダメ、今日は絶対に逃がさない。例えなのはにどんな用事があったとしても、今日だけはあたしを優先しなさい」 断りの文句を告げるなのはに対し、アリサは有無を言わさない勢いで言い放つ。そしてなのはの手首を掴むと、そのまま引っ張って教室を出ていった。「あ、アリサちゃん!?」「いいから、黙って付いてきなさい!」 ずんずんとなのはを引っ張って歩き続けるアリサ。強い力で掴まれた手首がジリジリと痛む。だが振りきれないこともない。手を強く後ろに振り抜けば、簡単に抜け出すことができるだろう。だがなのははその手を振り切ろうとはしなかった。ただ黙ってアリサの後を付いていく。 そうして彼女たちが訪れたのは学校の屋上。その一角にある花壇。そこまでやってきたところでアリサはなのはから手を離し、こちらに向き直る。「なのは、昨日はゴメン」 そしてすかさず、アリサはなのはに向かって大きく頭を下げた。その突然の行動になのははただただ困惑する。「あたし、なのはに八つ当たりしてた。すずかのことが心配なのはなのはも同じなのに、その気持ちを考えずにいきなり怒鳴り散らして。本当にゴメン」「あ、アリサちゃん。頭を上げてよ! わたし全然気にしてないから!」「嘘っ!? だってなのは、今日ずーっとボーっとしてたじゃない。それにあたしと目を合わそうともしてくれなかったし」「そ、それは……」「あたし、ずっとなのはにいつ謝ろうかって機会を伺ってたのよ。それなのになのはってばずーっと窓の外かすずかの机を見てため息ばかりついてるし。少しはあたしのことも気にしてくれたっていいじゃない!!」「ご、ごめんね、アリサちゃん。だから落ち着いて」「落ち着いてなんかいられないわよ。なのははあたしの知らないところで何かに巻き込まれて、それで悩んでるんでしょ!? すずかに至っては学校にも来ないし。そんな状況で落ち着いてられるわけないでしょ!!」「えっ……?」 そこでなのはは気付いた。アリサの目からぽろぽろと涙が零れ落ちていることに。アリサはそんな涙を拭おうともせず、言葉を続ける。「どーして二人ともあたしに何の相談もしないのよ! あたしたち、友達じゃない!! 友達が困っているのに何の力にもなれない。こんな惨めなことってある?! あたしだって少しは二人の力になりたいのに!!」 アリサは胸に秘めた思いの丈をぶちまける。その言葉になのはは何も言い返すことができなかった。事情を知っている自分とは違い、わからないからこそ感じる不安。おそらくは忍たちも感じているであろう不安。(ごめんね、すずかちゃん。わたし、もう黙っていることなんてできないよ!) そんなアリサの姿を見て、なのはは今まで内に秘めていたことを話す決意をする。全く迷いがない、と言えば嘘になる。しかしこれ以上、アリサや忍に黙っていることはもはや不可能だった。「アリサちゃん、今までごめんね。わたし、アリサちゃんがそんなに心配してくれるなって知らなかった」「な、なのはぁ……」 なのはは泣きじゃくるアリサを優しく抱きしめる。その目からはアリサ同様、大粒の涙が溢れ出ていた。「ねぇ、アリサちゃん、覚えてる? わたしたちが初めて話した時のことを……?」「忘れるわけ、ないじゃない」 昨日、すずかに対しても行った質問に、アリサは強く答える。むしろだからこそ、アリサはこの場所になのはを連れてきたと言える。 この花壇の前でなのはとアリサは盛大に喧嘩した。叩き合い、引っ掻き合い、髪の毛を引っ張り合い、お互いの思いの丈をぶつけ合った。剥き出しな感情をぶつけ合い、すずかが止めに入るまでお互いに泣きながら喧嘩し合った。それ以降も小さな喧嘩は何度かしたが、あの時ほど感情を露わにやりあったことはない。 だからこそ、アリサは今日、なのはをここに連れてきたのだ。ここでならアリサは自分の胸に秘めた思いを全てぶつけられる。見栄も体裁も関係なく、自分の気持ちを我慢せず素直に吐露することができる。――そしてなのはなら、きっとその想いに応えてくれる。そう信じていたから。☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★ちょっとしたご報告 ここまで読んでいただきありがとうございます。 普段は感想版でコメ返信のオマケ程度にあとがきを書いているのですが、今回はそちらまで見てない人にも知らせる必要があるのでこちらに書かせていただきます。 別に前回更新からコメントがまったくなかったから仕方なく本文上で報告とか、そんな理由では断じてありませんよ? 今回の話と直接、関係あることではないのですが、第2.5話その3と第4話その2を大幅に修正を行いました。 前者についてはコメント欄で指摘のあったシャルロッテの本体について、後者については読み返して「これはないな」と思い変更させていただきました。 またシャルロッテ戦の顛末が変わったことで矛盾が発生した第3話その2も微修正を行っております。 今後の伏線などを追加したわけではありませんので、今まで読んでくださった方は特に読み返してもらう必要はありませんのでその点はご安心ください。 それでは今後とも、この作品をお楽しみくださいませ。 ……ちなみに今回はサブタイトルに色々と突っ込みどころがあるとは思いますが、その件については少なくとも第8話が終わるまで黙秘させていただきますのでご了承くださいm(_ _)m2012/12/25 初投稿2013/1/7 誤字脱字修正