「ハムハム、ムシャムシャ、パクパク。……きゅっぷい」 高町なのはと別れたキュゥべえはすぐさま、傷ついた自身を食べた。なのはには治せると言ったものの、もちろんそんな都合の良いことはない。キュゥべえの肉体は基本的に使い捨てなのだ。ある程度の傷なら自己修復できるが、ここまでボロボロになってしまってはもはや使い物にならない。だから使えなくなった自分の肉体を処分すると同時に、その肉体から少しでもジュエルシードの情報を得るためにキュゥべえは無心に自分を食べた。 なのはとユーノのやり取りから、結晶体の名前がジュエルシードであることはわかった。そしてユーノがなのはを魔法少女にしたのは、ジュエルシードを封印するためであることもその様子から伺える。「もしかしたらその理屈は、ボクたちが魔法少女を造り、魔女と戦わせるということに似ているのかもしれないね」 キュゥべえの知る魔法少女は、絶望を撒き散らす魔女を退治する存在だ。魔女を倒すことで魔法少女はグリーフシードを得る。グリーフシードのエネルギーは魔法少女が魔女になる時に発生するエネルギーに比べたら塵芥みたいなものだが、まったくないわけじゃあない。それにグリーフシードが増えすぎて魔女が大量に誕生するのも困る。なのでそれを回収するのもキュゥべえの大事な仕事の1つだ。 だがジュエルシードはそれ1つだけで、数体分の魔女発生に匹敵するエネルギーを持つ。油断していたとはいえ、キュゥべえが化け物にされてしまったのもその証拠だろう。「そしてそれを封印するのが、あのフェレットが言うところの魔法少女。そしてフェレットの方は、ボクがグリーフシードや魔女が孵化した時のエネルギーを回収するのと同じ役割を果たしているのかもしれない」 これはとんだイレギュラーだ。今までキュゥべえには競争相手と呼べる存在はいなかった。自分と同種の存在がそうだと言われてしまえばそれまでだが、キュゥべえの大本は大いなる一つの存在だ。つまり言い方を変えればどのキュゥべえがエネルギーを回収しようとも、最終的には宇宙の寿命の延命につながる。 しかしユーノは違う。アレはキュゥべえとは違う存在だ。その目的はジュエルシードの回収で、なのはを魔法少女にしたのもまったくの偶然だ。しかしそのことをキュゥべえは知らない。だからキュゥべえの目から見て、ユーノは自分の目的の邪魔になり得る存在だと思えた。「何より厄介なのは、彼がなのはを魔法少女にすることができたという点だろう」 キュゥべえの第一の目的は宇宙の寿命を延ばすためのエネルギーを回収することだ。そのために幾多の少女を魔法少女にし、延いては魔女を生み出してきた。 だがユーノの使った方法で魔法少女になったなのはが魔女と呼べる存在に変わるのだろうか? 魔女に変化するなら問題はない。その時にユーノを出し抜きエネルギーを回収すればいい。しかし魔女に変化しないのなら、あの方法で魔法少女を広められるのは非常にまずい。早急に対処しなければならない。「そのためにはまず、この町で新しい魔法少女になり得る子を探すのが良いかもしれないね」 キュゥべえ自身には戦う力はない。彼にできるのは少女の願いを叶えること、そしてエネルギーを回収することだけだ。ジュエルシードを手に入れるためにも……力がいる。「なのはの力を手に入れなかったことは非常に残念だけど、いつまでもクヨクヨしていても仕方ない。ライバルもいることだし、早く次の魔法少女を探しに行こう」 そうしてこれからの行動の指針を決めたキュゥべえは、闇の中へと消えていった。 ☆ 夜遅くに無断外出したなのはは、帰ってきて家族に怒られた。しっかりしているように見えてもなのははまだ小学3年生なのだ。それも当然の話だろう。その後もユーノの餌やら処遇について高町家全員で考えるのに忙しくなり、その日の間にユーノから詳しい事情を聞くことはできなかった。「じゃあわたし、学校に行かないといけないから、帰ってきたらお話聞かせて」 そうして迎えた翌朝、早く話を聞きたいと思ったなのはだったが、小学校を休んでまで聞けるものではない。だから話を聞けるのは早くても放課後だと思っていた。「あっ、大丈夫。離れていても話はできるよ」「ふぇ?」【なのははもう、魔法使いなんだよ。レイジングハートを身につけたまま、心で僕にしゃべってみて】 しかしそんななのはの常識を覆すかのようにユーノの声が直接頭に響いて聞こえてくる。そのことに少し驚きはしたものの、1日経って自分の常識がほとんど通用しないことを理解したのか、なのははすぐにユーノに返事をした。【こう、かな?】【そう、簡単でしょ? 空いてる時間に色々話すよ。僕のこととか、魔法のこととか、ジュエルシードのこととか】「うん、それじゃあいってきまーす!」 その言葉になのはは上機嫌で出かけて行った。 ☆ 一方、キュゥべえは魔力エネルギーの波動を頼りに魔法少女になり得る少女を探していた。しかし少なくとも一つ回収されたとはいえ、まだ町の中には無数のジュエルシードが存在している。その一つ一つから発せられる強大なエネルギーがキュゥべえの探査能力を阻害していた。「これは思ったよりも厄介だね」 普段は地道に探すことも厭わないキュゥべえだったが、今はユーノという営業上のライバルがいる。ユーノより一分でも一秒でも早く、次の素養を持つ少女を見つけないといけないという思いからキュゥべえは焦っていた。「そもそもあのフェレットはいったいどうやってなのはのことを見つけたんだろう?」 自分がこんなに苦労して魔法少女を探しているのに、彼はあっという間になのはを見つけ契約してしまった。その手腕に敵ながら惚れ惚れする思いをしていたキュゥべえ。しかしそれも無差別に飛ばした念話をたまたまなのはが受け取ったに過ぎない。そういった事情をキュゥべえはもちろん知らない。 そもそもキュゥべえがユーノについて知り得ていることは、彼がジュエルシードを集めているということ。そして彼が自分とは別の方法で少女を魔法少女へと変えるという二点だけだ。その二点だけを見れば、ユーノが魔法少女を量産し、この町に散らばったジュエルシードを一気に回収してしまうということも考えられる。ユーノのことを知らないからこそ、キュゥべえは血眼になって次の魔法少女を探していた。 そんなキュゥべえの前を白い制服を来た子供たちが通り過ぎていく。その中にエネルギーを持っている子供の姿はないが、彼らが学校に向かっているというのが一目でわかった。「学校に行けば、一人や二人ぐらい、魔法少女の素養を持つ子がいるかもしれない」 そう思い、キュゥべえはその後に着いていくことにした。その子供たちが着ている制服はは私立聖祥大附属小学校のものだった。 ☆ なのはが小学校に着くと、アリサとすずかが慌てた様子で近づいてきた。「なのは、昨夜の話、聞いた?」「ふぇ? 昨夜って?」「昨日行った病院で車の事故か何かあったらしくて、壁が壊れちゃったんだって」「あのフェレットが無事かどうか、心配で」 心底、心配そうな表情を浮かべる二人。「あっ、えっとね。その件は、その大丈夫だよ。あの子、今、わたしの家にいるから」 なのはは多少しどろもどろになりながらも二人に事情を説明した。もちろん魔法についてやユーノがしゃべることは一切言っていない。そんなことを言われても信じられないだろうし、何より簡単に人にしていい話じゃないと思ったからだ。 なのはの話を聞いて安心した二人は、笑顔を浮かべてユーノの無事を喜んでいる。そんな二人の様子になのははさらにバツの悪い気持ちにさせられた。(嘘はついてない。嘘はついてない。ちょっと、ちょこっと真実をぼかしただけ) 乾いた笑いを浮かべるなのはに、二人は怪訝そうな表情を向ける。「あー、それでね。あの子、飼いフェレットじゃないみたいだから、当分の間、うちで預かることにしたよ」「そうなんだぁ」「名前つけてあげなきゃ。もう名前決めてる?」「うん、ユーノくんって名前」 そうやって3人は朝の時間を談笑して楽しんだ。 ☆ その光景を物陰からキュゥべえが眺めていた。彼の目には3人の少女が楽しく笑い合っている光景が写されている。しかし正確にいえば、その瞳はその3人の中の1人に向けられていた。 なのはではない。なのははすでにユーノと契約している。なのはの持つエネルギーは魅力的だが、すでに魔法少女になっている彼女はキュゥべえにとって興味の対象外だ。ユーノとキュゥべえでは魔法少女にするシステムが違うのだから、重複契約はできそうでもあるが、それをここにいるキュゥべえは良しとしなかった。それはこのキュゥべえが魔法少女への勧誘を続ける間に身につけてしまったちょっとしたプライドのようなものだったのかもしれない。 だから彼の目にはすでになのはは眼中にない。もったいないとは思うが、キュゥべえは合理的なのだ。魔法少女であるなのはが改めて魔法少女になる契約をするなど、キュゥべえには到底思えない。だからこそ、キュゥべえの瞳はなのはを写さなかった。 その代わり、なのはほどではないにしろ、魔法少女の素養があるもう一人の少女に、その瞳は釘付けになっていた。2012/5/15 初投稿