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No.33132の一覧
[0] 【無印完結・チラ裏から】もしも海鳴市にキュゥべえもやってきたら?【リリカルなのは×まどか☆マギカ】[mimizu](2014/10/15 23:22)
[1] 【無印編】第1話 それは不思議な出会いなの? その1[mimizu](2014/08/15 03:40)
[2] 第1話 それは不思議な出会いなの? その2[mimizu](2012/05/19 14:49)
[3] 第2話 魔法の呪文はリリカルなの? マギカなの? その1[mimizu](2012/06/24 03:48)
[4] 第2話 魔法の呪文はリリカルなの? マギカなの? その2[mimizu](2012/05/15 19:24)
[5] 第2話 魔法の呪文はリリカルなの? マギカなの? その3[mimizu](2012/05/19 14:52)
[6] 第2.5話 見滝原は危険がいっぱいなの? その1[mimizu](2012/05/23 19:04)
[7] 第2.5話 見滝原は危険がいっぱいなの? その2[mimizu](2012/06/02 12:21)
[8] 第2.5話 見滝原は危険がいっぱいなの? その3[mimizu](2012/12/25 18:08)
[9] 第3話 ライバル!? 新たな魔法少女なの! その1[mimizu](2012/06/02 12:52)
[10] 第3話 ライバル!? 新たな魔法少女なの! その2[mimizu](2012/12/25 18:39)
[11] 第3話 ライバル!? 新たな魔法少女なの! その3[mimizu](2012/06/12 23:06)
[12] 第3話 ライバル!? 新たな魔法少女なの! その4 [mimizu](2012/06/12 23:23)
[13] 第4話 激突! 魔導師vs魔法少女なの! その1[mimizu](2012/06/17 10:41)
[14] 第4話 激突! 魔導師vs魔法少女なの! その2[mimizu](2012/12/25 18:59)
[15] 第4話 激突! 魔導師vs魔法少女なの! その3[mimizu](2012/06/24 03:38)
[16] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その1[mimizu](2012/06/26 21:41)
[17] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その2[mimizu](2012/06/30 23:40)
[18] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その3[mimizu](2012/07/04 20:11)
[19] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その4[mimizu](2012/07/07 16:14)
[20] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その5[mimizu](2012/07/10 21:56)
[21] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その6[mimizu](2012/07/15 00:37)
[22] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その7[mimizu](2012/08/02 20:10)
[23] 第5話 海鳴温泉で大遭遇なの! その8[mimizu](2012/08/02 20:51)
[24] 第6話 錯綜し合う気持ちなの その1[mimizu](2012/08/05 00:30)
[25] 第6話 錯綜し合う気持ちなの その2[mimizu](2012/08/15 02:24)
[26] 第6話 錯綜し合う気持ちなの その3[mimizu](2012/08/15 19:17)
[27] 第6話 錯綜し合う気持ちなの その4[mimizu](2012/08/28 18:17)
[28] 第6話 錯綜し合う気持ちなの その5[mimizu](2012/09/18 21:51)
[29] 第6.5話 見滝原に現れた新たな魔法少女なの その1[mimizu](2012/09/05 01:46)
[30] 第6.5話 見滝原に現れた新たな魔法少女なの その2[mimizu](2012/09/09 03:02)
[31] 第6.5話 見滝原に現れた新たな魔法少女なの その3[mimizu](2012/09/15 05:08)
[32] 第6.5話 見滝原に現れた新たな魔法少女なの その4[mimizu](2012/09/22 22:53)
[33] 第7話 少しずつ変わりゆく時の中なの その1[mimizu](2012/10/17 19:15)
[34] 第7話 少しずつ変わりゆく時の中なの その2[mimizu](2012/10/31 20:01)
[35] 第7話 少しずつ変わりゆく時の中なの その3[mimizu](2012/10/31 20:13)
[36] 第7話 少しずつ変わりゆく時の中なの その4[mimizu](2012/11/23 00:10)
[37] 第7話 少しずつ変わりゆく時の中なの その5[mimizu](2012/11/23 01:47)
[38] 第8話 なまえをよんで…… その1[mimizu](2013/01/07 00:25)
[39] 第8話 なまえをよんで…… その2[mimizu](2013/01/07 00:33)
[40] 第8話 なまえをよんで…… その3[mimizu](2013/03/23 19:15)
[41] 第8話 なまえをよんで…… その4[mimizu](2013/03/29 19:56)
[42] 第8話 なまえをよんで…… その5[mimizu](2013/03/29 19:57)
[43] 第8話 なまえをよんで…… その6[mimizu](2013/04/06 18:46)
[44] 第8話 なまえをよんで…… その7[mimizu](2013/04/06 19:30)
[45] 第8話 なまえをよんで…… その8[mimizu](2013/04/06 19:31)
[46] 第9話 キミが望めばどんな願いだって その1[mimizu](2013/05/12 00:16)
[47] 第9話 キミが望めばどんな願いだって その2[mimizu](2013/05/12 01:08)
[48] 第9話 キミが望めばどんな願いだって その3[mimizu](2013/05/28 20:13)
[49] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その1[mimizu](2013/09/22 23:21)
[50] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その2[mimizu](2013/09/22 23:22)
[51] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その3[mimizu](2013/09/22 23:24)
[52] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その4[mimizu](2013/09/22 23:25)
[53] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その5[mimizu](2013/09/22 23:26)
[54] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その6[mimizu](2013/09/22 23:28)
[55] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その7[mimizu](2013/09/22 23:28)
[56] 第10話 ごめんね。……そして、さようなら その8[mimizu](2013/09/22 23:29)
[57] 第11話 わたしはアリシア その1[mimizu](2013/10/06 18:04)
[58] 第11話 わたしはアリシア その2[mimizu](2013/10/06 18:21)
[59] 第11話 わたしはアリシア その3[mimizu](2013/10/20 23:56)
[60] 第11話 わたしはアリシア その4[mimizu](2013/11/24 18:21)
[61] 第11話 わたしはアリシア その5[mimizu](2013/12/07 17:17)
[62] 第11話 わたしはアリシア その6[mimizu](2013/12/13 22:52)
[63] 第12話 これが私の望んだ結末だから その1[mimizu](2014/04/01 17:34)
[64] 第12話 これが私の望んだ結末だから その2[mimizu](2014/04/01 17:34)
[65] 第12話 これが私の望んだ結末だから その3[mimizu](2014/04/01 17:35)
[66] 第12話 これが私の望んだ結末だから その4[mimizu](2014/04/01 17:36)
[67] 第12話 これが私の望んだ結末だから その5[mimizu](2014/04/01 17:41)
[68] 第12話 これが私の望んだ結末だから その6[mimizu](2014/04/12 02:18)
[69] 第12話 これが私の望んだ結末だから その7[mimizu](2014/04/24 19:20)
[70] 第13話 それぞれの旅立ち、そして世界の終わり その1[mimizu](2014/05/04 02:13)
[71] 第13話 それぞれの旅立ち、そして世界の終わり その2[mimizu](2014/05/19 00:31)
[72] 第13話 それぞれの旅立ち、そして世界の終わり その3[mimizu](2014/07/31 22:10)
[73] 第一部 あとがき[mimizu](2014/07/31 17:05)
[74] 第二部 次回予告[mimizu](2014/07/31 17:07)
[82] 番外編1 魔法少女さやかちゃんの日常 前編[mimizu](2014/09/16 20:40)
[83] 番外編1 魔法少女さやかちゃんの日常 中編[mimizu](2014/09/16 20:40)
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[33132] 第8話 なまえをよんで…… その3
Name: mimizu◆6de110c4 ID:ab282c86 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/23 19:15
 ところ変わってここは見滝原。この数日間、ほむらは何事もない日常を満喫していた。学校に通い、まどかたちと他愛のない雑談をし、放課後はマミの家で連日のように開かれているお茶会に参加する。魔女との戦いも先日のハコの魔女以来行われることはなかった。

 実に穏やかな日常。ずっとこんな毎日が続けばいいのに。そう思わずにはいられない。

 しかしだからこそ、ほむらはその現状に一抹の不安を抱いていた。今回、彼女は目立って特別なことを行ったつもりはない。おそらくフェイトたちの介入がなければマミと和解することはできず、最悪、彼女をあの場で死なせてしまっていただろう。だが結果だけ見ればマミはあの戦いに生き残り、その臨死体験を経て和解に成功した。またそれだけではなく、まどかたちに積極的に魔法少女になることを強要することもなくなった。それでもさやかは魔法少女になってしまったが、肝心のまどかは魔法少女に対する憧れが薄れ始めているのが目に見えてわかった。

 だがそんな状況を成したのはほむらではない。フェイトたちだ。あれ以降、彼女たちの姿は見ていない。マミから聞いた話では、彼女は海鳴という町に用があり、見滝原に立ち寄ったのは偶然だったという。ならば彼女たちはすでに見滝原にはいないのだろう。

 今にして思えば、もう少し深く自分の手で調べれば良かったと思う。今の見滝原は静かすぎる。まるで嵐の前の静けさと言わんばかりに、町からは魔女や使い魔の姿が消えていた。それ自体は喜ばしいことだが、今までの経験からほむらは素直に喜ぶことはできなかった。

 ――自分の知らないところで何かしらのイレギュラーが発生しているのではないか? そう考えたほむらは町の至るところに監視網を敷き、何が起きてもすぐに対応ができるように準備を整えていた。



     ☆ ☆ ☆



 月村邸で話し合いが行われているのとほぼ同時刻、フェイト、アルフ、ゆまの三人は地球へと戻ってきていた。ただしその場所は海鳴ではなく見滝原だ。

 彼女たちが見滝原にやってきたのには訳がある。もし素直に時の庭園から海鳴に戻れば、管理局に察知される可能性がある。そこで海鳴から遠く離れた見滝原を経由することで、その監視から逃れようとしたのだ。

 ちなみに戻ってきた面々の中にキュゥべえの姿はない。彼は一人、時の庭園に残り、未だにプレシアとの話し合いを続けていた。

「ところでフェイト、これからどうするんだい?」

「とりあえずどこかで一泊して、明日の朝一で海鳴に戻ろう」

 本来ならすぐに海鳴市に戻りたいフェイトだったが、万全を期すためには飛んで戻るわけにもいかない。そこで電車を乗り継いで戻ろうと考えていた。

「泊まるってことは、またマミの家に厄介になるのかい?」

「ううん、今回はちゃんとお金を持ってきているから、どこかのホテルに行こう。マミに会いたいって気持ちもあるけど、いきなり尋ねるのは悪いしね。ゆまもそれでいい?」

「えーっと、よくわからないけど、フェイトがそうゆうならそれでいいよ」

 そう言って三人はホテルを探すために駅前を目指して歩き出そうとする。

「……久しぶりね」

 だがそこにほむらが現れ、三人を呼び止めた。転送時に発生した微量な魔力、それがほむらの監視網に引っ掛かり、彼女はこの場に様子を見に来たのだ。

「えっと、あなたは確か……」

「暁美ほむら。そう言えばあの時は名乗ってはなかったわね」

 ほむらは悠然とフェイトたちの前に立ち、彼女たちの顔を見据える。だがその顔がゆまに向けられた時、ほむらの表情は驚きのものに変わった。

「千歳ゆま!? どうしてここに?」

「えっ? おねーさん、わたしのこと知ってるの?」

 そんなほむらに不思議そうな表情を向けるゆま。ゆまにとってはほむらとは初対面だが、ほむらは別の時空でゆまと会ったことがあった。

 それは美国織莉子と呉キリカというイレギュラーが現れた時のことだ。ゆまは杏子に付き従う魔法少女として見かけたことがあった。直接話したわけではないが、それでもあの時、魔法少女の真実を知り絶望しかけたマミと杏子に口にした言葉はほむらにも印象深く残っていた。その言葉でマミと杏子は立ち上がり、それが結果的にほむらの窮地を救った。結局、まどかを死なすことになってしまったが、それでもあのイレギュラーが発生した周回はほむらの記憶にも強く残っていた。

 そんな彼女がフェイトと共に行動している。もしこれがゆまでなくまったく見知らぬ少女であったのなら、ほむらはここまで動揺しなかっただろう。しかしゆまの姿を見ると、織莉子やキリカの姿が脳裏に蘇る。

 世界を守るためにまどかを殺そうとした二人の魔法少女。あの一件以来、彼女たちがほむらの前に姿を見せたことはない。直近の周回では彼女たちの動向にも気を配っていたが、特に魔法少女になった様子もなく過ごしていた彼女たちの姿を見て、あの周回が特別なイレギュラーだったと知り、それ以降は特に気にすることもなく過ごしていた。

 だがゆまがこうしてほむらの前に現れた以上、それに連動して織莉子やキリカもまた何らかの動きをしている可能性がある。ほむらはそれを一刻も早く確認する必要があった。

「フェイト、少し話を聞かせてくれるかしら?」

 しかし今はフェイトから話を聞くのが先である。海鳴市にいるはずのフェイトが、どうしてまだ見滝原にいるのか。それを確かめないことには話は始まらない。

「えと、その……」

 だがほむらにはフェイトに話を聞く理由はあっても、フェイトにはない。フェイトたちが転送場所に見滝原を選んだのは、転送装置に見滝原の座標が記録されていたからであって、それ以外の他意はない。ほむらはもちろん、マミにも挨拶せず海鳴に戻ろうとしていたのがその証拠だろう。

 けれどほむらの目は、フェイトたちを逃がさないと言っている。その鋭い瞳にアルフは二人を庇うように前に立つ。殺気を露わにし、今にも戦闘が起きそうな険悪な雰囲気が両者の間には漂っていた。

「ねぇ二人とも、話ぐらいしてもいいんじゃないかな? わたしもこのおねーさんのこと、気になるし」

 そんな二人に見兼ねて仲裁を買って出たのはゆまだった。ゆまはアルフを軽くなだめると、改めてほむらに向き直る。

「え~っと、おねーさんも魔法少女なんだよね?」

「ええ、そうよ。あなたもそうなんでしょう?」

「ゆまは違うよ? 杏子に止められてるし」

「……なんですって」

 ゆまの言葉にほむらは本日二度目の驚きを覚えた。ゆまがキュゥべえと契約していない時間軸。だが彼女の口から出た杏子の名前。それが一体何を意味しているのか、今のほむらにはそれを考えるだけの情報が不足していた。

「なぁゆま、簡単に言ってくれるけどさ、こいつのこと信用していいのかい?」

 そうして悩んでいるほむらを尻目に、アルフが尋ねる。ほむらのことは以前、見滝原に来た時に一度会っただけだ。その時、両者にはロクに会話などなく、目の前の魔女を倒すという意思の元で共闘したに過ぎない。そんな相手に素直にこちらのことを話すのは、アルフには気が引けた。

「信用ってゆうのとは違うけど、わたし、この人のことが気になるんだよ。だから少し話してみたいって思ったんだけど、ダメかな?」

 そんなアルフの問いに返したゆまの答えは、とても自分本位のものだった。

 ゆまは今まで、杏子と共に複数の町を巡ってきた。その中で何人かの魔法少女と顔を会わす場面もあり、その全員をゆまは克明に記憶していた。それは彼女自身が魔法少女になることを望み、何かの参考になるのではないかと熱心に観察していたからなのだが、それでもその中にほむらの姿はなかったように思う。

 しかし彼女は明らかに自分の顔を見て驚いていた。いくら考えてもほむらのことは思い出せないのに、相手は一方的に知っている。それがゆまには不思議でしょうがなかったのだ。

【フェイト、ゆまはこう言ってるけど、あたしゃ反対だよ。こいつ、なんか得体のしれない感じがするし】

 ゆまの様子を見兼ねたアルフは、それでも自分の意見だけは伝えようと、念話でフェイトに話しかける。

 フェイトもまた、そんな二人の意見を耳にして、どうすればいいのか悩んでいた。彼女にこちらの情報を話すメリットはフェイトたちには存在しない。だがそれと同時に目立ったデメリットもまた、存在しないのだ。ここは海鳴市から遠く離れた見滝原。彼女はジュエルシードを狙う魔法少女ではなく、何かしらの目的を持っていたとしても、それはフェイトたちと重なることはおそらくないだろう。

「……やれやれ、少し目を離した隙に随分と面白いことになっているじゃないか」

 そんな彼女たちに声を掛けてくる者の姿があった。キュゥべえである。

「なっ……、おまえ、どうしてここに!?」

「キミたちが見滝原にやってくるってことは、時の庭園でボクは聞いていたからね。……それにしてもまさかキミがここにいるとは思わなかったよ、暁美ほむら」

「それはこちらの台詞よ。どうしてあなたが彼女たちのことを知っているのかしら?」

 キュゥべえを見つめるほむらのきつい眼差し。それは先ほどアルフに向けたものとは比べ物にならないほど鋭く、明確な殺気が込められていた。

「単純な話だよ。ついさっきまでボクは彼女たちと一緒にいた。といってもそれはここにいるボクとは別の個体だけど」

「……そう。どうやらあなたたちに聞かなければならないことが増えてしまったみたいね」

 そう言ってほむらは睨みつけるようにフェイトたちに視線を向ける。

「待ってくれ。その前にボクの用事の方を先に済まさせてくれないかな?」

 だがキュゥべえがそれを止める。その言葉にほむらの視線はさらに鋭くなるが、それに意を介さずキュゥべえはフェイトの方を見て告げた。

「実はね、プレシアから頼まれたことがあるんだ」

「えっ? 母さんから?」

 その言葉に驚くフェイト。そんな彼女の横でアルフが訝しげにキュゥべえを見つめていた。

「より正確に言うのならボクがプレシアに頼まれたことなんだけどね。でも事はフェイトも関わることだから今のうちに伝えておこうと思ってさ」

 その言葉にアルフの視線はさらに鋭くなる。キュゥべえがプレシアと何らかの密約を交わしていることは、アルフは本能的に理解していた。流石にその内容までは知る由もないが、それでもそれがロクでもないことであることは間違いないだろう。

「……それは私が聞いてもいいことなのかしら?」

 そこでほむらが言葉を挟む。

「別に構わないよ。キミはどうやら、フェイトたちに興味を持っているみたいだからね。これからボクが話すことはそのとっかかりにもなるんじゃないかな?」

「……そんなことをしたところで、私があなたに抱く感情は変わらないわよ」

「それは残念だな。でもこの話を聞いたところで、今のキミには何もできないはずさ。そもそもキミが魔法少女にしたくないと思っているのは、まどかだけみたいだしね」

 まどかの名前を出されたほむらは目を大きく見開く。その表情はすぐに元の仏頂面に戻ったが、その変化は誰の目から見ても明らかだった。

「……どうしてそう思うのかしら?」

「そんな態度を見せていれば、ボクじゃなくたって気付くよ。でも今はまどかのことよりもフェイトの話だ。話を円滑に進めたいから、今は黙っていてくれないかな?」

 キュゥべえはほむらとの話を強引に切り上げ、改めてフェイトの方に向き直る。

「フェイト、プレシアはね、キミに魔法少女になってもらいたいみたいなんだ。しかもその願いの行使権を彼女に譲る形でね」

 そしてまるでその場にほむらなどいないかの態度で本題を切り出していった。

「なっ、なんだよ、それ!? 魔法少女になったら一生、魔女と戦い続けなきゃなんないんだろ!? なのにその願いごとまであの鬼婆の自由にさせろって言うのかい!? 冗談じゃないよ!!?」

 その言葉に最初に口を挟んだのはアルフだった。アルフにとってそのような提案、到底受け入れられるものではない。頑なにゆまを契約させようとしない杏子、そして初めて会った時に比べて様変わりしたすずか。そんな二人の姿を見てきたアルフは、魔法少女になることに対して否定的な考えを持つようになっていた。

 それでもフェイトがどうしても魔法少女になると言うのならば、アルフは止めようとはしなかっただろう。フェイトの願いはプレシアの健康。目に見えて弱ってきているプレシアの身体に活力を取り戻し、研究を終えた彼女と昔のように仲睦まじく暮らす。フェイトが願っているのはそんなごく当たり前の幸せだけだ。魔女との戦いは大変だろうが、そこは自分がサポートしていけばいい。そう考えていた。

 だがそれはあくまでフェイトが自分の願いを叶えて魔法少女になった場合だ。その願いまでプレシアに譲るような真似、とても許容できるものではない。

「キュゥべえ、そもそもそれは本当に可能なのかしら?」

 そうして怒りを露わにしている横で、ほむらが冷静に問いかける。フェイトたちの事情は知る由もないが、それでもキュゥべえが口にした言葉は今までの常識を覆すようなものだ。契約時の願いを他人に譲渡する。これが可能ならば優しいまどかのことだ。誰かの願いを叶えるために魔法少女になると言い出し兼ねない。だからこそ、ほむらはその真偽を是が非でも確かめる必要があった。

「本来ならば、魔法少女との契約の対価足る願いは、契約する少女自身にしか叶えられない。だからプレシアの願いを叶えるにしても、それをフェイトが心の底から叶えたい願いであると思わなければならない」

「……母さんの、母さんはキュゥべえに何をお願いしたの?」

「それがボクにもまだ教えてくれないんだ。フェイトには何か心当たりはあるかい?」

 そう尋ねられたフェイトは重く押し黙る。フェイトの記憶にある限り、ここ数年、プレシアとは事務的な会話しか行っていない。最後に一緒に食事を取ったのも、リニスの教育課程を全て修了し、バルディッシュを受け取った日なのだ。その程度しか接点を持てていないフェイトには、皆目見当もつかなかった。

「どうやらフェイトも知らないみたいだね。ならこの話はいったん保留しておこう。でもフェイト、そう言った話しがあると言うことは心の片隅にでも留めておいてくれ。――それじゃあボクは行くよ。あとはキミたちで好き勝手話し合ってくれ」

 自分の目的を達したキュゥべえはそれだけ言うと、その場から去っていく。その背中に声を掛ける者は、この場には誰もいなかった。



     ★ ★ ★



 なのはたちに伝えるべきことを伝え、月村邸を後にした織莉子は次なる目的地へと足を向けていた。その傍らにはキリカの姿もある。だが二人の間には会話はない。普段ならば織莉子と一緒にいるだけで楽しげな表情を浮かべるキリカだったが、今の彼女は真剣そのもの。何があっても織莉子だけは守ると周囲に警戒を向けていた。

 彼女たちが歩いているのは結界の中である。血のように赤い液体が足元を浸し、頭上に広がる赤い空には満月のような球体が煌々と輝いている。周囲には障害物などなく、使い魔の姿もない。ただただ広い空間。その中で時折り、衝撃音が彼方から聞こえ、その方角から炎が赤く燃え盛る光景を見ることができた。

 織莉子たちはその音と炎を頼りに歩を進めていく。距離が近づくにつれ、炎の熱を肌に感じる。さらに炎で照らされた灯りから、戦闘している者のシルエットが見え始めてきていた。

 戦っていたのは刀を持つ少女と十数体の異形。使い魔というには巨大に見えるそれらは間違いなく魔女なのだろう。一番小さいので三メートル、大きいので優に十メートルは越えている。それらの魔女が全て、刀を持つ少女に襲いかかっていた。少女はその攻撃を巧みにかわし、まるで同士討ちさせるかの如く、互いの攻撃を魔女にぶつけていた。

 元来、魔女というものには知性がない。どのような魔女であっても本能のまま、欲望のままに絶望を振りまく。そんな魔女に協力という概念はない。自分が生み出した使い魔を使うことはあっても、自分とは別種の魔女と連携して人間を襲うなどという真似はしない。だから少女と戦いつつも魔女は他の魔女に対しても攻撃を仕掛けていた。

 そうしてできた隙を少女は見逃さない。魔女の攻撃で気を取られた別の魔女に対して、すかさず斬撃を食らわしていく。少女の斬撃を食らう端から魔女の肉体は燃え、崩れ落ちる。一体、また一体と次第に数が減っていき、織莉子たちが少女の声を聞きとれるほどの距離に近づいた時には、すでに魔女の数は片手で数えられるほどのものとなっていた。

「――赫血閃・繊月」

 刀を振るう少女が叫ぶ。それと同時に刀から赤い斬光が生み出され、魔女めがけて飛んでいく。まるでブーメランのように細いそれは、曲線を描きながら魔女の身体を切り裂き、燃やし尽くす。その炎は魔女の身体に当たってもその勢いは留まるところを知らない。切り裂いた端から次の魔女へと飛び火し、その命を奪っていく。中にはそれを避ける魔女もいるが、そうした相手には少女は背後から瞬時に近づくと、直接の斬撃を持ってその命を刈り取っていった。

「ねぇ織莉子、やっぱり帰ろう、あいつ危険だよ」

 その光景を目の当たりにして、キリカは珍しく弱気な発言を零す。目の前で戦闘を繰り広げた少女は、魔女よりもよっぽど魔女らしかった。倒した魔女から零れ落ちたグリーフシードを回収することなく、次の魔女に向かう姿勢。魔女の攻撃が直撃しても動じず、それを逆手にとって魔女に近づき切り裂くという戦闘スタイル。まだ数十メートルほどの距離はあるのにも関わらず感じられる威圧感。そのどれをとっても恐れを抱くには十分すぎるものだった。

「そうね。確かに今の彼女は危険だわ。でもね、だからといって今、このタイミングを逃せばもう二度と彼女と話をすることができなくなる。そうなってからでは遅いのよ」

 そう言うと織莉子はキリカの制止の声を無視して少女に向けて歩を進める。そうして近づく間に少女は周囲の魔女を全て片づける。そして近づいてきた織莉子に目を向ける。だがそれも一瞬のこと。少女はすぐに踵を返し、まるで興味なさげにその場から去っていこうとした。

「貴女、月村すずかさん、よね?」

 それを織莉子が呼び止める。名前を呼ばれたことで少女――すずかはその足を止め、改めて織莉子の方へと振り返った。

「……誰?」

 すずかは訝しげな表情で織莉子とその後方から駆け寄ってくるキリカのことを見る。

「初めまして、私は美国織莉子。こっちは呉キリカ。今日はあなたに話があってきたの。だからそんな目を向けないでくれないかしら?」

 すずかとは目を合わせようとせず、織莉子は微笑みながら語りかける。だがそれでもすずかは二人を睨みつけるのを止めない。彼女の瞳に込められた魔力、それが魔眼として二人に襲いかかっていた。もしすずかの瞳を直接見てしまうようなら、二人の意識はすぐにでも刈り取られてしまっていたことだろう。

 視線を合わせないようにしながら織莉子はすずかの姿を改めて見る。織莉子がすずかと直接対面したのは、今日が初めてのことである。しかし未来視という織莉子特有の魔法でその姿を何度も視てきた。だがそうして見てきたすずかと目の前にいるすずかはまるで別人と呼べるほどに変貌していた。

 長く綺麗だった髪の毛はその首元から大きく切り裂かれ、すっかり短くなっている。もちろんそこにカチューシャなど付けておらず、その代わりに十字架を象ったヘアピンが付けられていた。魔法少女としての服装も以前のような華美な装飾が施されたドレスではなく、半袖にミニスカートといった実にシンプルなもの。だが何よりも目を引くのはその背中から生えた、一対の黒い翼だろう。まるでコウモリのようなそれは、紛れもなく彼女の背中から生えてきているものであり、それこそが彼女が人間と魔女の境界に立つ証でもあった。

「……ごめんなさい。もう私にはこの眼を抑えることはできないの。だから我慢して」

 そう口にするすずかだったが、そこには申し訳なさを微塵も感じられない。織莉子はそのことに対して気にした様子はなかったが、その横でキリカの目付きがさらに険しいものになっていた。

「そういうことなら仕方ないわね。なら手短に用件だけ伝えることにするわ。今から五日後、貴女のよく知っている人間が死ぬ」

 織莉子の言葉にすずかは目を大きく見開く。そして次の瞬間には彼女の首筋に火血刀を突きつけていた。

「おまえ、織莉子に何をする気だ!!」

「……っ、待ちなさいキリカ!!」

 それを見て激情したキリカがすずかに飛びかかる。それを慌てて呼び止めた織莉子だったが、時すでに遅し。キリカの攻撃は止まらない。すずかの身体に容赦なく鉤爪を突き立てるべく迫りくる。だがすずかはそれを片手で受け止めると、造作もなくへし折った。そしてそのままキリカの腹を蹴り付け、彼女を彼方まで吹き飛ばす。

「……織莉子さん、それってどういうこと?」

 そして何事もなかったかのようにすずかは告げる。そんなすずかに対して織莉子は視線を逸らすことしかできなかった。キリカのことは心配だったが、織莉子は一端そのことを忘れて返答する。

「貴女も魔法少女ならわかると思うけど、キュゥべえとの契約によって私たちには様々な魔法が生まれる。それによって私は未来を見通す力を得たわ。……それで視えたのよ。今日から数えて五日後に貴女の友達――高町なのはさんが魔女に殺される姿をね。でもそれは私たちにとっても望むところではないの。だからあなたの力を貸してくれないかしら?」

 織莉子の言葉にすずかはしばらくその真偽を図るかのように疑いの眼差しを向ける。もしその言葉が本当だとしたら、何を置いても守らなければならない。なのはを初めとする大切な人たちを守ることは今のすずかに残された唯一の行動理念なのだ。彼女たちを守ることにすずかも何の異論もない。

「協力はしない、なのはちゃんは私一人で守って見せる。だからあなたが見たという未来を全て教えて」

 だがそれでもすずかは織莉子の提案を断った。刀を突きつけ、さらなる情報を織莉子から引き出そうとする。そんな態度を見せるすずかに織莉子は物おじした様子もなく口を開く。

「教えるのは構わないわ。でも最初に一つだけ言っておくと、未来というものはほんの些細なことで簡単に変わってしまう。だから今ここで私が教えたことと現実が違っても――」

「前置きはいいから早く!」

 すずかは火血刀に込める力を強める。刃の切っ先が織莉子の皮膚に触れ、そこから血が滴り落ちる。

「……正確な時刻はわからない。ただ日が昇っている時刻であることは間違いないわ。そこでなのはさんは近くにいる多数の一般人たちと共に魔女の結界に取り込まれる。その中でなのはさんは結界に取り込まれた人たちを守るために戦い続けるの。もちろんなのはさんだけではないわ。佐倉杏子や管理局の魔導師なんかもその異常事態を察知してやってきた。だけどそうして全員の力を合わせてもその魔女を倒すことができなかった」

「そんな話はどうでもいい! 聞きたくない! なのはちゃんがどうして結界に巻き込まれるのか、それだけ教えてくれれば後は私がなんとかする!!」

 すずかは激昂するように叫ぶ。そんなすずかに対して織莉子は酷く冷静にそれでいて確実に起こり得るであろう核心のある未来を口にした。



「……貴女たちが通っている小学校、その授業中に小学校の敷地内全てが丸ごと結界に取り込まれるわ」



「えっ……?」

 その言葉を聞き、ショックのあまりすずかは火血刀を地面に落とす。そして目に見えて取り乱したように身体を振るわせ始めた。

「う、嘘、そんなの嘘に決まってる。だってあそこにはなのはちゃんだけじゃなく……」

 そうして思い出すのはもう一人の親友、アリサの姿。なのは同様にすずかにとってはかけがえのない友達。だがなのはと違い、彼女は紛れもなく普通の人間だ。――いや、それだけではない。なのはやアリサほどに親しい相手はいなかったが、同級生や先生など、すずかの顔見知りの人物がたくさんいる。

 小学校にはたくさんの思い出がある。なのはやアリサを初めとした級友たち築いてきた楽しい思い出。今となっては求めても手に入れることのできない大切な日常。そんな場所が魔女に侵されるなど、すずかには我慢ならないことだった。

「ね、ねぇ、どうしたらそれは防げるの? 教えてよ!」

 すずかは織莉子に縋りつくと、彼女の身体を揺さぶりながら問い掛ける。今のすずかには先ほどまで見せていた威圧的な魔法少女の姿など微塵も感じさせない。ここにいるのはただ必死に大切な人たちを心配する心優しい女の子だ。

 そんなすずかを見て、申し訳なさそうに織莉子は首を振る。

「残念だけど、結界の発生に限定して言えば、防ぐことはほぼ不可能でしょうね」

「どうして!? ねぇ、どうしてなの!!」

「単純な話よ。五日後に現れる魔女の現在の居場所が私たちにはわからない。それがわかれば先に倒すことはできるでしょうけど、それを掴む手段は皆無だわ。尤も、海鳴市にいる魔女を全て狩り尽くせば、五日を待たずともなのはさんを救うことができるかもしれないけどね」

 実際のところ、織莉子が魔法を酷使すれば五日後に現れる魔女の現在位置を特定することも可能かもしれない。だが五日後の戦いは世界を守る上で必要なものであり、またそれ以前に確実に魔女の居場所を突き止められるわけではないのだ。例え犠牲が出るのがわかっているとしても、そんな不確実な労力を割く理由は織莉子にはない。

(……それにしても、未来視で見るのと本人を前にするのとでは、これほどまでに違うものとはね)

 織莉子は内心でそう呟く。未来視とはさしずめ映画を見ているようなものだ。登場人物がどんなに焦っても、観客である織莉子がそれを実際に体験できるわけではない。実際、その時にならなければわからないこともある。

 現にすずかを前にして織莉子が感じた力の差は想像以上のものだった。勝つことは不可能でもキリカと二人で掛かればいざという時、逃げ出すことはできるはず。――こうして実際に相対するまではそう思っていた。

 だが先ほどキリカを往なすすずかの姿を織莉子はほとんど捕えることができなかった。おそらくキリカはすずかに対して魔法を使っていたのだろう。速度低下というキリカの魔法。その効果を受けてもなお、すずかの方が早かったのだ。

 彼女の願いはこれ以上ない形で今でも叶い続けている。確かに今のすずかは強い。おそらく現存する魔法少女の中では最強の一角に数えられるほどに。少なくとも運動能力に関して言えば、織莉子の知る魔法少女の知識の中にすずか以上の者は誰一人としていなかった。

 織莉子とすずかの強さには大きな隔たりがある。例え未来を予測してすずかの攻撃を回避しようとしても、それ以上の速度で彼女は迫ってくる。そんな相手と戦ったところで織莉子に勝ち目はない。そのことは説明されるまでもなく明らかなことだった。

(私を思っての行動とはいえ、あとでキリカを叱らないといけないわね)

 もし先ほどの攻防ですずかの怒りを買ってしまったとしたら、その時点で二人の命は終わっていただろう。そうなればこの世界を守ることができなくなる。いずれは命を賭けなければならない局面が来るかもしれないが、それは決して今ではない。今は来るべき時に備え、彼女たちにより力を付けてもらわなければならないのだ。そのために彼女たちに与えるべき情報を与えるだけでいい。



「――ねぇ、それって本当?」



 織莉子がそんなことを考えていると、まるでそのタイミングを見計らったかのようにすずかが尋ねた。その声は先ほどまでの取り乱したものではなく、酷く冷静で冷徹な氷のような鋭さを持つ声色だった。

「それじゃあわからないわね。もう少し具体的に言ってもらわないと」

 織莉子は微笑みを浮かべつつも、内心では焦っていた。すずかの持つ力は魔法少女としても魔女としても規格外と呼べるレベルに到達しているのは一目見てわかった。だがそれは肉体的なものだけで、内面的なものまでもそうだとは思っていなかった。

(確かに私は、魔女の捜索は可能だと考えてしまった。もしそれを『読まれていた』としたら……?)

 他者の心を読む魔法少女というのは過去にいなかったわけではないのだろう。織莉子がそのような魔法少女と会ったことがあるわけではないが、未来を視ることのできる魔法があるぐらいだ。他者の心を読むなどといった魔法が例外的に存在しないはずがないだろう。

 そしてもし、他人の考えていることは手に取るようにわかれば、それは即座に戦いにおける強さへと変換することができるはずだ。相手の動きが事前にわかっていれば、それに合わせて戦えばいいだけなのだから。

(もし彼女が読心の魔法を得ているのだとしたら、少々不味いことになるかもしれないわね)

 織莉子の頭の中には自分の魔法で見たこれから起こり得る出来事が無数に蓄えられている。それがすずかのような危うい魔法少女に筒抜けになった時に起こり得る事象。それは想像するだけでもおぞましいと呼べる凄惨な事態となるだろう。

 それが世界を守るためのプロセスだとすれば織莉子は何の感情も抱かず受け入れる。だが自分のミスでそれが引き起こされるのだとしたら、それは唾棄すべき事態である。

 だから織莉子は、次にすずかが何を言っても対応できるように、思考を巡らし続けるのであった。



     ☆ ☆ ☆



 キュゥべえが去った後、その場に残った四人の間に言葉はなかった。彼がもたらした話は少女たちの心に深く突き刺さり、それぞれが思い思いに考えに耽ってしまったからである。

「フェイト、魔法少女になるの?」

 どのくらい経ってからであろうか。そんな場に一石を投じたのはゆまであった。彼女は不安げな表情でフェイトを見つめる。杏子に認められ、その上でキュゥべえと契約し、杏子を助けられる魔法少女になる。それはゆまの夢であり目標であった。

 しかし今、ゆまはフェイトに魔法少女になって欲しくないと思っていた。

 彼女自身もその理由はよくわかっていない。だがキュゥべえから聞かされた話、それはゆまにとっても不快なものだった。自分で願いを決められないというのもそうだが、それ以上に短い言葉の中に込められたフェイトを不安にさせるようなキュゥべえの物言い。それが酷く気に入らなかった。

「……わたしはやだよ。フェイトが魔法少女になるの」

 だからこそ、ゆまは自分の素直な感情を表に示す。まさかゆまの口からそのような言葉が出てくるとは思ってなかったのだろう。フェイトは驚きの表情を浮かべた。

「だってフェイトはわたしの魔導師としてのししょーなんだよ。それなのに魔法少女になるなんて、納得できない。それにわたしはフェイトに不幸になって欲しくない」

 そんなフェイトに対してゆまはなおも言葉を続ける。その言葉は考えなく自然に口から出てきたものであったが、確かにそれは偽らざるゆまの本心であった。

「……私もその意見には同感ね」

 そんなゆまの言葉にほむらが乗っかる。

「魔法少女になれば必ず不幸になる。例えひと時、自分の願いが叶って幸せを感じたとしても、後に必ず後悔する時が来る。ただでさえ絶望しか待ち受けていないというのに、唯一の希望である願いを手放してまでなるものではないわ。もちろん、自分で願いを決められるとしても契約するべきではないけれど」

 ほむらにとってまどか以外の少女がキュゥべえと契約するかどうかはどうでもいいことだ。だが「契約すべきか?」と問われればその答えは間違いなくノーである。

 ほむら自身、キュゥべえと契約したことに後悔を覚えたことはある。まどかを救う、その手段を得るために魔法少女になったことに対しての後悔ではない。そもそもの原因を作りだした存在であるキュゥべえの手を借りて力を得たことにだ。考える暇がなかったとはいえ、キュゥべえの口車に乗っかり後の事を考えずに契約してしまった事実。そのことだけは後悔してもし足りないくらいに感じられた。

 魔法少女になれば取り返しがつかない。キュゥべえとの契約は言うなればパンドラの箱なのだ。いくら外観に豪華な装飾が施された宝箱であろうと、一度でも蓋を開けてしまえばその先には絶望しか待っていない。唯一、願いが叶えられて希望が残ったとしても、多くの魔法少女は魔法少女であるが故に降り注ぐ絶望に押し潰され、絶望に苦しみ、思い悩ませ、死んでいくのであろう。事実、何度も繰り返す中でほむらはそのような光景を数え切れないほどに見てきた。だからこそ、その言葉はとても重い言葉だった。

 そんな二人の強い意思を向けられ、フェイトは思わずアルフに視線を向ける。その表情でフェイトが助けを求めていることはわかったが、それでもアルフはフェイトを擁護するのではなく自分の意思を主張することを選んだ。

「……一応言っておくけど、あたしもキュゥべえと契約するのは反対だよ。フェイトは幸せになるべきなんだ。そりゃフェイトがプレシアのためなら魔法少女になるのだって構わないって考えていることくらいわかるよ。でもね、そのために自分の人生を犠牲にするなんて絶対にやっちゃいけないことだよ」

 魔法少女になることでフェイトが待ち受けるのは魔女との戦いの日々。平和を乱す危険極まりない魔女と戦い続ける日常。そんな世界に足を踏み入れたら最後、責任感の強いフェイトが無理をして戦い続ける姿は容易に想像できた。そしてその果てに待ち受ける結末までも。

 本能的に受け入れられないキュゥべえと契約し、人の親とは思えない態度でフェイトに接するプレシアの願いを叶える。そんなことをアルフが許すはずもなかった。

 こうして三人の意見を告げられたフェイトはすぐに返事を返すことができなかった。フェイトとて言われるがままにキュゥべえと契約しプレシアの願いを叶えようとは考えていない。もちろんプレシアが望むことがあるのならできる限り叶えてはあげたい。だがそれはあくまで自分の手で行うのであって、奇跡の力で叶えるものではないと考えていた。

 だからこそフェイトが気にするのは、プレシアが望む願いである。考えてみれば、ジュエルシードにも願いを叶える力がある。こちらは非常に不安定で正常な形で願いが叶うことはないとされているが、それでもプレシアは執拗に求めていた。こうなるとジュエルシードを求めていた理由も研究のためではなく、彼女が何らかの願いを叶えるために集めようとしているとも考えられる。

(母さんは一体なにを願っているんだろう?)

 ロストロギアやミッドにはない魔法に頼ってまで叶えたいと思うプレシアの願い。それを知らないでいることがフェイトには悲しかった。改めて考えてみると、フェイトはプレシアのことについてほとんど何も知らなかった。彼女がどのような研究を行っているのかを初め、好き嫌いから趣味や特技といった瑣末なことさえ、フェイトは知らないのだ。

「……正直、わたしにもどうしたらいいのかわからないんだ。母さんの願いは可能な限り叶えてあげたい。だけど本当にただ、言われるがままにキュゥべえと契約してもいいのかなって迷いもある。それにわたしはアルフのこともゆまのことも悲しませたくない」

 今までのようにプレシアから頼まれたものを採取しに行くだけなら、フェイトは迷うことなく実行しただろう。例えその先にどんな危険が待ち受けているとしても、アルフと二人で必死に切り抜けて望む品を手に入れてようとしただろう。だが実際に魔女と戦い、杏子から話を聞き、すずかの姿を目の当たりにしたフェイトもまた、魔法少女になることに対して恐れを抱いていた。

「……あのね、前になのはが教えてくれたんだ。自分を犠牲にしてまで願いを叶えたとしても、それじゃあ最後に皆が不幸になっちゃうって。だからさ、別の方法を考えてみようよ。フェイトがキュゥべえと契約しないでフェイトのママの願いを叶える方法」

「別の、方法?」

「うん。きっとあるはずだよ。わたしたちも一緒に考えてあげるから」

 ゆまはそう言ってフェイトの手を取る。ずっと夜風に当たっていたためか、フェイトの手はすっかり冷え切っていた。だが握られた掌から感じるゆまの温もり。それが掌を通じて心にまで染みていくように感じられた。

 それを見てアルフもまた、二人に手を重ねる。プレシアのことは好きではない。その感情に変わりはない。だがそれでもプレシアはフェイトの母親で、その母親のことをフェイトが大切にしていることは十二分にわかっているのだ。プレシアのためではなくフェイトのため。それならばアルフに何の躊躇いもなかった。

「ゆま、アルフ、……ありがとう」

 プレシアの願いを叶える別の方法など果たしてあるのかどうか、今のフェイトにはわからない。それ以前にプレシアの願いすら知らないフェイトたちにはそれを考えることすら難しいだろう。それでもフェイトを思う二人の思い。それが切に伝わったからこそ、フェイトは礼を告げた。

「……考えるのは構わないけれど、その前にこちらの質問に答えてもらえるかしら?」

 そのタイミングを見計らってほむらが口を挟む。ほむらとてゆまの言葉に対して思うところがないわけではない。だがフェイトに事情があるようにほむらにも優先すべき事情がある。

「おねーさん、そこは空気を読むところだよ?」

「そうかもしれないわね。でもこちらにも事情があるの。それに少し話を聞かせてくれれば、その別の方法とやらを私も一緒に考えてあげないこともないわ」

 その言葉は決して親切心からではない。彼女たちというイレギュラーを自分の目の届く範囲に留めておくためだ。海鳴にいるはずのフェイトたちが再び見滝原に現れた理由。そしてゆまの存在。とても放置しておけるものではない。

「とりあえずいつまでもこんなところに居続けたら身体が冷えてしまうわ。今日のところは私の家に来なさい。そのまま泊まっていってもいいから」

 そう言ってほむらは歩き出す。いきなり歩き出したほむらに戸惑いの表情を浮かべるフェイト。だがゆまはなにも気にせず、そのままフェイトと手を繋いだままほむらの背を追った。アルフはまだ、内心でほむらのことを訝しんでいたが、それでも特に何も言うことなくその後を追って歩き出した。



     ★ ★ ★



「魔女を殺し尽くせば、本当になのはちゃんを救うことができるの?」

 すずかが口にしたのは、織莉子の言葉に対しての返答だった。心の声に対する返答でないことに少しだけ気が抜ける。だがそれが間違いだった。

 一瞬の気の緩み、それをすずかは見逃さなかった。織莉子の隙を突き、一気に近づいたすずかはその髪を鷲掴みにし、顔を近づける。

「ねぇ、どうなの? 教えてよ?」

 唇と唇が触れてしまいそうなほど至近距離。もちろんその距離では視線を逸らすこともままならない。正面から見てしまったすずかの魔眼。底知れぬ血のように赤く、それでいて黒い瞳。それを見た瞬間、全身に寒気が襲う。まともに物を考えられなくなり、その身体からは力が抜ける。もはや自力で立っていることは叶わず、その場に膝を突く。それでもその場に倒れ込むことがなかったのは、未だすずかが織莉子の髪を掴み続けていたからだった。

「す、すずかさん、貴女、何を……」

 歯をガチガチと鳴らしながら、必死に問いかける織莉子。そんな織莉子にすずかは素直に驚きの表情を浮かべた。

「へぇ、魔眼に見つめられてもしゃべることができるんだ。でもあんな未来を視っているぐらいだもんね。耐えられるのも当然か」

 すずかは実に楽しげに笑う。だが織莉子は心穏やかではいられなかった。今のすずかの言葉に感じる違和。まるですずか自身も織莉子の見た光景を知っているような言いぶり。

「ちょっと強引だと思ったけど、少しだけ織莉子さん記憶を覗かせてもらったんだよ」

 それを肯定するようなすずかの発言。だがそれは織莉子の予想以上に厄介なものだった。心ではなく記憶を読む。心、すなわち考えていることならば織莉子にも対処のしようがあった。深層心理深くまで読みとられでもしない限り、自分の考えを偽ることなど織莉子には造作もないことだ。

 だが記憶は違う。織莉子の頭に蓄積された未来の知識。それは決して誰にも知られて良いものではない。確定された未来ではないとはいえ、それが起こり得る可能性が強いからこそ視るに至ったのだ。

「それにしても未来を視る魔法って凄いんだね。そんなことまでわかっちゃうんだ」

 粗方、織莉子の記憶を探り終えたのだろう。すずかはそっと掴んでいた頭を離す。身体の自由が効かない織莉子はそのまま地面に手を突く。地面を満たした赤い液体が織莉子の白い衣装を赤く染める。

「あ、貴女は、いったい私の何を視たというの……?」

 織莉子は震える身体に鞭を打ち、なんとか立ちあがり、弱々しく尋ねる。



「一言で言うと世界が滅びる光景、かな? ……正直、思いもよらなかったよ。このまま放っておけば来年には地球がなくなっているなんて」



「……そう、貴女もあれを見たの」

 すずかの言葉に織莉子は自分の奥底に仕舞っていた記憶を思い出し、暗い面持ちになる。魔女と呼ぶのもおこがましい化け物に蹂躙され尽くす未来。たった一週間の間に世界中の生きとし生ける者は例外なく死に絶え、最後にはこの星をも喰らう最悪の化け物。

「それにしても織莉子さんも凄い方法を思いつくね。まさかそんな方法でこの世界を救おうとするなんて。だけど……」

 そこまで言って織莉子の首を掴みかかるすずか。子供とは思えないほどの力で首を絞め上げ、そのまま背中の羽を使って空を飛ぶ。地に足がつかなくなった織莉子は、必死にすずかの手を振り払おうとする。だがすずかはそれに意を介すことなく、真っ直ぐ織莉子に底知れぬ殺気を込めながらただ一言告げた。

「――それになのはちゃんたちを巻き込もうとするのなら私が許さない」

 そう言ってすずかは織莉子の首から手を離す。重力に従い落下していく織莉子の身体。呼吸困難に陥っていた身ではまともに受け身を取ることも叶わず、そのまま地面に叩きつけられる。その場で蹲りながら辛そうに咳き込む織莉子。そんな彼女の姿をすずかは頭上から冷酷な見下ろしていた。

「世界を救うのになのはちゃんの力は必要ない。五日後の魔女も世界を滅ぼす魔女もそれ以外の全ての魔女も私が殺す。殺し尽くす。その後で私自身が魔女化する前に死ねばいい。それで世界は救われる。だから織莉子さん、あなたの力はもう必要ない」

 そう言ってすずかは火血刀を取り出し、大きく振り被る。

「だから――さようなら」

 そして何の躊躇もなく、織莉子目がけて剣閃を飛ばした。



     ☆ ☆ ☆



「なんつーか、凄い家だな」

「そう? 別に普通だと思うけれど」

 ほむらの家に招かれたアルフは、思わずそう漏らす。だがその反応はある意味、当然だろう。ただっ広い白いリビングの壁には無数の抽象画を映し出しているディスプレイが飾られている。その天井で回る無数の歯車に大きな鎌状の振り子。どうにも現実感の乏しい内装。これがこの世界の常識なのかとも思ったが、マミの家や海鳴の旅館にはこのような奇怪な設備は何一つなかった。つまりこれはほむらの趣味なのだろう。そう考えると、ますます目の前の少女の事を胡散臭く感じられた。

 その一方でゆまとフェイトは、その内装を珍しく思ったのか目を輝かせていた。ゆまは振り子の揺れるのに合わせて首を振り、フェイトも興味深そうに辺りの装飾を眺めている。

「……それで早速だけど、話を聞かせてもらえるかしら?」

 そんな子供二人をいつまでも待っていてはあれなので、ほむらはアルフの方を見ながら口を開いた。

「話って言ってもな。そもそもあたしたちに何を聞きたいって言うのさ?」

「……そうね。聞きたいことは色々あるけれど、まずは見滝原に戻ってきた理由を聞かせてもらえるかしら?」

 この問いは大した問いではないように見えて、とても重要な問いであった。海鳴で何らかの目的を持っていたフェイトたち。その目的絡みで彼女たちが再び見滝原にやってきたのだとしたら、それ次第ではほむらと敵対することになる。この問いに言い渋るようなら、警戒を強めなければならないだろう。

「海鳴の追手から目を暗ますためだよ。別に見滝原じゃなくても良かったんだけど、できればある程度見知った場所が良かったから」

 そう答えたのはフェイトである。相変わらず天井にチラチラと目を向けているゆまと違い、いつの間にかフェイトはソファに腰を降ろし、ほむらの話を真剣な面持ちで聞いていた。

「追手?」

「うん。前にマミ達には前に話したんだけど、私たちはジュエルシードっていう宝石を集めるために海鳴市に向かったんだ。でもそこで同じようにジュエルシードを集める人たちがいて、その人たちの探査能力から逃れるために転移を繰り返して、その最後に見滝原にやってきたんだ」

「……つまりあくまで見滝原を中継点として選んだだけで、この町には何の用事もないというわけね?」

 その言葉を鵜呑みにするわけでもないが、一応筋は通っている。唯一の懸念はフェイトたちを追ってやってくる人物がいるかどうかだが、もしそういった魔導師が来ればフェイトたち同様、すぐにほむらの警戒網に引っ掛かるだろう。

「それじゃあ次の質問。美国織莉子、呉キリカ、この二人の名前に聞き覚えはある?」

 ゆまがこうしてほむらの前に現れた以上、同じ時間軸で現れた二人のイレギュラーも何らかの形で動いているかもしれない。そしてゆまがフェイトたちと行動を共にしていた以上、その場が海鳴市である可能性は十二分にあった。

「……フェイト、聞いたことある?」

「ううん、わたしもないよ」

 だが予想に反して二人は不思議そうな顔を浮かべてそう答えるだけだった。明らかに初めて聞いたという表情。おそらく嘘ではないのだろう。

「……千歳ゆま、あなたは?」

「ううん、しらない」

 念のためにゆまにも尋ねてみたほむらだったが、その答えはフェイトたちと同じものだった。

「ところでおねーさんはどーしてゆまのこと知ってたの?」

 そして反対に今度はゆまに尋ねられる。不意に尋ねられたこともあり、ほむらはその答えに窮した。自分の魔法を明かすわけにはいかず、かといってほむらとゆまの間に接点などは存在しない。

「……佐倉杏子に聞いたのよ、電話で」

 だからほむらはそんな無難な返答をすることしかできなかった。もちろんそれは嘘である。あとで杏子に確かめればすぐにばれるような嘘。しかしとっさに思いついた言い訳がこれだけだったのだ。

「キョーコに?」

「ええ、そうよ」

 ゆまの口ぶりからどうやら誤魔化せたことを悟ると、ほむらは内心で安堵する。

「……もしかしておねーさんがキョーコの言ってた魔法少女の先輩?」

「えっ?」

 だがそんなほむらに思いもよらない言葉を掛けてくる。

「キョーコがね、前に話してくれたことがあるんだ。自分に戦い方や魔女の探し方を教えてくれた魔法少女の先輩がいるって。詳しいことはなにも教えてくれなかったけど、でもおねーさん、キョーコと電話するほど仲の良い魔法少女なんでしょ? そんな人、その人ぐらいしか思いつかないもん」

 ゆまの話を聞いてそれがマミのことであることはすぐに分かった。現実には杏子はマミに電話など掛けないだろうが、それでも彼女が気にする魔法少女などマミ以外に存在しないだろう。

「……残念ながらそれは別の魔法少女よ。尤も、その魔法少女もこの町にいるけどね」

「ホント!?」

 ほむらの言葉にゆまは目を輝かせて聞き返す。その迫力に思わずたじろぐほむら。

「会いたいのなら紹介してあげてもいいけど……」

「会わせて!」

 そんなほむらに二つ返事で答えるゆま。

「ダメだよ、ゆま。わたしも杏子に戦い方を教えた人には興味あるけど、わたしたちは一刻も早く海鳴に戻らないと」

 そんなゆまをフェイトが諫める。だがゆまも譲る気はなかった。

「でもフェイト。その人はキョーコのししょーなんでしょ? それならキョーコの危機を知れば一緒に来てくれるかもしれないよ?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「ちょっと待ちなさい。佐倉杏子の危機ってどういうこと?」

 ほむらとしてはゆまをマミにところに案内しようがしまいがどちらでも良かったが、聞き逃せない単語が出てきたことで思わず口を挟む。

「杏子はわたしたちを敵対する組織から逃がすために囮を買って出てくれたんです」

 その言葉はほむらにとって驚きだった。杏子が海鳴市にいることはゆまが存在することで薄々わかっていた。だがほむらの知る杏子はとても利己的な魔法少女である。自分の利益のために使い魔を見逃し、泳がせて、魔女になったところを見計らって狩る。実に魔法少女らしい魔法少女だ。そんな彼女が誰かを逃がすために囮を買う姿など想像もできなかった。

 しかし改めて考えてみると、そんな兆候がまったくなかったわけではない。別の時間軸では魔法少女になり立てのさやかを気に掛ける姿が多々あった。それに彼女はマミに教えを請うた魔法少女でもある。最初から冷酷な少女ならば、いくらマミが底抜けの寂しがり屋とはいえ杏子を受け入れたりはしないだろう。

 だが何より驚きなのはフェイトと杏子が二人揃った場で、一方が相手を引きつけなければ逃げ出すこともできない相手が海鳴にはいるということだ。杏子が強い魔法少女であることはほむらも良く知っているし、フェイトの戦いも一度しか見たわけではないが、それでも並みの魔法少女よりは強いのは一目瞭然だ。そんな二人を同時に相手にして互角以上の振る舞いができる相手がいる。見滝原にいるわけではないのでそこまで強く警戒する必要はないが、それでもその組織についての情報を得るに越したことはないだろう。

「……フェイト、話せる範囲で構わないから、海鳴で何が起こっているのかを教えなさい。それ次第によってはあなたの力になってあげないこともないわ」

 ここにきてほむらの不安が一気に高まる。ここで対策を練らなければ取り返しのつかないことになる。具体的に何がどう、ほむらに関わってくるのかはわからない。それでも今までの経験から目の前の問題をこのまま放置しておくわけにはいかなかった。

「……わかりました。話せないこともありますが、できる限りお話します」

「フェイト、いいのかい?」

「うん、ほむらも杏子の知り合いみたいだし、ある程度の事情は知ってもらった方がいいと思うから」

「フェイトがそう言うなら構わないけど……」

 そうしてフェイトが説明を始める。自分たちがこの世界とは別の世界から来た魔導師であること。ジュエルシードは願いを叶える力を持つが、制御が難しい魔力結晶体であること。自分たちは母親の命でジュエルシードが散らばった海鳴市にやってきたこと。だがそこには自分たち以外にもジュエルシードを集める人物がいたこと。

 一見するとほむらには関わりのない情報の羅列。だがそれでもいくつかほむらにも見過ごせない情報があった。それはキュゥべえがジュエルシードを狙っているということだ。その過程でフェイトにジュエルシードを見せられたが、その瞬間、ほむらは自分の失策を悟る。

 数日前に戦ったハコの魔女。普通の魔女以上の力を持ち、ほむらの魔法をマミに明かしてやっと倒すことのできた魔女。その時に出てきた青白い宝石。それは紛れもなくジュエルシードだった。あの時はマミが魔女の止めを刺したということもあり譲ってしまったが、おそらくすでに彼女の手から離れているのは間違いないだろう。

「……っ」

 そのことに思い至ったほむらは思わず苦虫を噛み潰したような表情になる。魔女を倒した時に出てきたジュエルシードから感じられる魔力が小さかったのは、その直前に大量に放出していたからなのだろう。そんな簡単なことにも気付かなかった自分の失態。そのことを後悔し、苛立ちを募らせた。

「ほむら? どうかした?」

「……いえ、何でもないわ。話を続けて」

 ほむらに促されたフェイトは話を続ける。ジュエルシードを集める中で戦うことになった杏子。杏子とは別の海鳴市で魔法少女になったすずか。そして自分とは別の魔導師であるなのは。そして時空管理局と呼ばれる次元世界を管理する司法組織。

「……なるほどね、事情は大体わかったわ」

 その話のほとんどはやはりほむらになんら関わりのないことだろう。だが魔女がジュエルシードの魔力に惹かれて集まっているという事実。それがほむらには気になった。

 見滝原では最近、ほとんど魔女の姿を見かけない。それに対して海鳴には多くの魔女が集まりつつある。この二つがまったく関係ないということはないだろう。ほむらの立場からすれば、見滝原に魔女が現れないのは良いことである。彼女にとってまどかを守ることが唯一無二の目的だ。極論を言えばそれ以外のことはどうなっても構わないと考えている。

(だけどもし、ワルプルギスの夜もジュエルシードの影響で見滝原ではなく海鳴に現れるのだとしたら……)

 あの魔女がいたから、まどかは死の運命から逃れることができなかった。それが見滝原に現れないということは、まどかの生存率は格段にあがり、同時に彼女がキュゥべえとの契約に踏み切る理由も一つ消える。それ自体は非常に喜ばしい。

 だがその確証は何一つない。他の魔女とは違い、すでに絶大な力を持つワルプルギスの夜にはジュエルシードがもたらす恩恵など、塵にも等しく感じられ興味を示さない可能性もある。

 結局のところ、ほむらは見滝原から動くわけにはいかない。いざという時、まどかを守りきるために。

「前言を撤回する形で申し訳ないけれど、やはり私は力になれそうにないわ」

「なっ、ふざけるなよ。ここまで話させておいて」

 そう言ってアルフがほむらに殴りかかろうとする。とっさに時を止めて避けようとしたほむらだったが、その前にフェイトがアルフを止めた。

「ダメだよ、アルフ。ほむらにはほむらの事情があるんだから」

「だけどさ、フェイト」

「……話は最後まで聞きなさい。私は今、ある事情でこの町から離れるわけにはいかない。だけど巴マミが今の話を聞けば、あなたたちの力になってくれると思う。それが佐倉杏子絡みとなれば、むしろ私より適任のはずよ」

「……どうしてそこまで言い切れるんだい?」

「それは巴マミが魔法少女にしては珍しい平和を守るために戦っている魔法少女だからよ。それに彼女は先ほど話に出た佐倉杏子に戦い方を教えた先輩の魔法少女でもある。これ以上、事情を知る人間を増やしたくないというのなら別だけど、そうでないのなら今からここに連れてきてもいいわ」

 本来ならばフェイトたちにそこまで肩入れする必要はないのかもしれない。だが海鳴の情勢が何らかの形で見滝原での戦いにも関わってくるとしたら、このまま見過ごすわけにはいかないだろう。

 それでもまどかから目を離すのは危険過ぎる。ほむらのいない間にまどかがキュゥべえと契約してしまえば、それこそ本末転倒だ。

 だからほむらはマミという代理人を立てることにした。もちろん見滝原の守りを減らすというのにはリスクがある。それでもワルプルギスの夜がやってくる日時はわかっている。ならばその日までにマミに戻ってきてもらえばいい。さらに言えば、海鳴の問題が解決すれば、フェイトやアルフ、さらには杏子辺りも一緒に戦ってくれるかもしれない。そこまで見越しての提案だった。

「……いえ、それには及びません。これはわたしたちの問題ですから」

 だがフェイトはその提案を断った。そもそもフェイトがほむらに事情を説明したのは、彼女の手助けが欲しかったからではない。杏子の現状をほむらにきちんと説明しておくべきだと考えたからだ。もし彼女がフェイトたちと一緒に海鳴に行くといっても、フェイトは断っていただろう。

「……そう。それならこの話はここまでにしておきましょう。幸い、今の話で私の聞きたいことは概ね聞けたしね。それじゃあここからは約束通り、千歳ゆまが言っていたフェイトの母親の願いを叶える別の方法でも考えましょうか」

 ほむらはそう口にしながら、すっかり冷えてしまった紅茶に口をつける。そんなほむらのことを意外そうな顔でアルフは眺めていた。

「……何かしら?」

「い、いや、まさかあんたの口からそんな言葉が出てくるなんて思わなくてさ」

「確かに自分でもらしくないことを口にしたとは思うけれど、約束は約束だしね。それにあなたたちは明日には海鳴市に戻るんでしょう? なら一晩くらい、答えの見えない問答に付き合うのも悪くないと思っただけよ」

「ほむら、ありがとう」

「礼を言うのは、その方法とやらを思いついてからにしなさい。まずはあなたの母親がどんな願いを抱いているのかを推察するところから考えてみましょうか」

 少ない情報の中からほむらは限りなく様々な願いの推測やそれを叶える方法を考える。フェイトもほむらの話を聞きながら自身でも色々な物を思いついていった。最初のうちはついていけていたアルフとゆまだったが、二人の白熱する会話に口を挟む余裕をなくし、また夜も更けていったこともありその場で眠りこけてしまった。それでも二人の間に会話が止むことはなく、結局その問答は朝まで続いた。

 結局、考えが纏まるには至らなかったが、それでも見滝原を後にするフェイトの表情は、ほむらの家に案内された時と比べるととても晴れやかとしたものになっていた。



     ★ ★ ★



 剣閃が地面に衝突し、辺りに血飛沫が弾け飛ぶ。その場所をすずかはじっと眺めていた。

 すずかが織莉子を殺そうとしたのは、彼女の未来を視るという魔法が脅威に感じたからだ。魔法少女でいるうちは何の問題もない。問題なのは彼女が魔女化した場合のことだ。魔法少女であるが故に、織莉子もまた魔女になることは避けられない。そうなった時、あれほどまで鮮明に未来を見通すことのできる存在を殺すのは今のすずかでも少々骨が折れることだろう。だから魔法少女であるうちに始末したかった。

「……逃がすつもりなんてなかったのに」

 だがそれは叶わなかった。あの瞬間、すずかの目には悠々と織莉子を抱えて走り去るキリカの姿が映されていた。火血刀から放たれた剣閃は、まるで亀の歩みのように遅く宙を進んでいた。すずかの身体もまた思うように動かすことができなかった。

 それはキリカの魔法、時間停滞の効力だ。あの時、蹴り飛ばされたキリカだったが、決して気絶したわけではなかった。ただ絶好の機会を見計らって息を潜めていたのだ。それが結果的に織莉子の命を救った。

「ま、いっか。織莉子さんは織莉子さんで世界を救おうとしているんだし、たぶんまたどこかで会うこともあるよね」

 そう言ってすずかは踵を返す。今、気にしなければならないことは織莉子たちのことではなく、五日後に現れるなのはを殺す魔女のことだ。織莉子の記憶を読みとってみた魔女の姿。人の形に見えるが四足歩行、そして無数の尻尾を持つ醜い魔女。昨日から数十体の魔女を狩ってきたすずかは、もしかしたらすでにその魔女を殺したのではないかとも思ったが、記憶の中にはそのような魔女の姿はなかった。

 したがってすずかのやることは変わらない。魔女を結界に取り込み、その中で殺していく。ただそれだけだ。

「待っててね、なのはちゃん。あなたのことを必ず救ってあげるから」

 そうしてすずかは翼を大きく広げて飛び去っていった。まだ見ぬ魔女に向かって。



     ★ ★ ★



「織莉子、目を開けてよ、ねぇってば!!」

 織莉子を抱えてホテルに戻ってきたキリカは、必死に声を掛ける。だが織莉子が意識を取り戻す様子はない。

 間一髪のところで織莉子を救い出すことができたとはいえ、それでも織莉子のダメージは甚大だった。本当ならすぐにでも織莉子を助けに行きたかったが、すずかとの距離が離れていなければ蹴り飛ばされた時の二の舞になってしまう。焦って助けに入り、それで織莉子を助けられなかったのでは意味がない。だからこそ、キリカはあのタイミングでしか助けに入ることができなかったのだ。

 しかしその結果として、織莉子は全身に深いダメージを追い、意識を戻さない。キリカは両拳を強く握る。自制の効かない力で握ったためか拳から血が滴り落ちる。

「……許さない、あいつだけは絶対に許さない」

 キリカにとって織莉子は全てである。その織莉子を傷つけたすずかをキリカが許せるはずがない。

 織莉子がそんなことを望まないのはわかっている。そして自分とすずかの間に抗いようもない力があることも。それでもキリカは織莉子を傷つけたすずかを許す気はない。

「……五日後にあいつはあそこに必ず現れる。そこであいつを殺す。例えどんな手を使っても――」

 キリカの目に強い負の光が宿る。その視線の先には彼女が織莉子に命じられて集めたジュエルシードが煌々と輝いていた。



2013/2/20 初投稿
2013/3/23 コメントにてご指摘のあった誤字を修正


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