高町なのはは授業を受けながら、ユーノからの念話に意識を傾けていた。【ジュエルシードは僕らの世界の古代遺産なんだ。本来は手にしたものの願いを叶える魔法の石なんだけど、力の発現が不安定で、昨夜みたいにたまたま見つけた人や動物が間違って使用してしまって、それを取り込んで暴走してしまうこともあるんだ。昨日の白い動物みたいにね】【そんな危ない物がなんでうちのご近所に?】【……僕のせいなんだ】【ふぇ?】【僕は故郷で遺跡発掘の仕事をしているんだけど、ある日、古い遺跡の中でアレを発見したんだ。それで調査団に依頼して保管してもらったんだけど、運んでいた時空間船が事故に遭ってしまって、21個のジュエルシードはこの世界に散らばってしまった。今まで見つけられたのはたった2個】【あと19個かぁ。……ってあれ? ちょっと待って。話を聞く限り、ジュエルシードが散らばっちゃったのって、別にユーノくんのせいじゃないんじゃ?】 なのはは素朴な疑問を口にする。あくまでジュエルシードがこの世界に散らばってしまったのは事故が原因だ。決してユーノの責任じゃない。【でも、アレを見つけてしまったのは僕だから。全部見つけて、ちゃんとあるべきところに返さないと、ダメだからっ!!】 悲痛そうな口調でそう口にするユーノ。【なんとなく、なんとなくだけど、ユーノくんの気持ちわかるかもしれない。真面目なんだね、ユーノくん】 ユーノは自分があんなものを見つけなければ、この世界の人を危険に晒さなくて済んだと思っている。その考え自体は否定しないが、それでもなのはにはユーノが悪いとは思えない。むしろそんな責任がないのにも関わらず、自分から回収にやってきたユーノを好ましく思えた。【えっと、昨夜は巻き込んじゃって、助けてもらって本当に申し訳なかったけど、この後は僕の魔力が戻るまでの間、ほんの少しだけ休ませてもらいたいだけなんだ。1週間、いや5日もあれば力が戻るから、それまで……】【戻ったらどうするの?】 だからなのははユーノの言葉を途中で切り捨て、自分の疑問を口にする。しかしなのはにはすでにユーノがどのように答えるのかわかっていた。【また一人で、ジュエルシードを探しに行くよ】【それはダメ。わたし、学校と塾の時間は無理だけど、それ以外の時間は手伝えるから】【だけど、昨日みたいに危ないことだってあるんだよ?】 その言葉になのはは昨日の光景を思い出す。確かに突然、怪物に襲われて少し怖かった。【だってもう知りあっちゃったし、話も聞いちゃったし、ほっとけないよ。それに昨夜みたいなことがご近所で度々あったりしたら、皆さんにもご迷惑になっちゃうしね】 なのはの脳裏には昨日、自分の親友に言われた言葉を思い出していた。自分にできること。自分にしかできないこと。ユーノを助けることは自分にしかできないし、今の自分ならユーノを手伝うことができる。将来の夢はまだよくわからないけど、それでもユーノを助けたいという気持ちは本物だ。【ユーノくん、一人ぼっちで助けてくれる人、いないんでしょ。一人ぼっちは寂しいもん。……だからわたしにもお手伝いさせて】【うん。ありがとう、なのは】 そんな会話をしている間に、すでに時刻は放課後になっていた。 ☆ なのはが魔法について一通り教わり終わった頃、月村邸ではすずかの姉である月村忍が紅茶を飲みつつ、午後のひと時を楽しんでいた。その傍らには屋敷のメイド長であるノエルの姿もある。 普段なら穏やかな表情を浮かべている忍だったが、今日はどこか険しい表情をしており、それがノエルには気になった。「どうかしましたか? 忍様」「……何か、妙な気配を感じるのよね」 そう答えた忍であったが、忍自身もその感覚が正しいものなのかはわからなかった。しかし忍が何か違和感を覚える以上、何かあるということをノエルは確信していた。 忍は普通の人間ではない。夜の一族と呼ばれる、一般的には吸血鬼と呼称される一族だ。しかし伝承の中にある吸血鬼とは違い、日の下でも普通に活動でき、十字架やニンニクに弱いということもない。一族の特徴としては優れた身体能力と明晰な頭脳を持ち、それ以外にも霊能力や記憶操作術などの特殊能力を持つ。その代償として他者の血液を採取しなければならない。しかしそれも科学技術の発達によって、輸血パックを大量に貯蔵できるようになり、あまり問題ではなくなっていた。「妙な気配……ですか?」 忍の言葉に、ノエルの表情は強張る。最初にノエルが考えたのは、忍の命を狙う狩人のことだ。他者を襲い吸血をしていないといっても、忍の存在は人間社会において脅威となり得る。忍たちも自分の正体が明るみに出ないように細心の注意を払って行動しているが、一族の中には利益のために同族を売るものもいる。 忍の言葉はそういったものが屋敷付近で襲撃の準備をしているのかと考えた。「えぇ。でも敵意とかそういったものは感じないのよね」 そんなノエルの表情を察してか、忍はそう言葉を続ける。「では、いったい?」「それがわかれば苦労はしないわよ。でも、念のため警戒はしといてね」「はい。畏まりました」 二人がそんなやり取りをしていると、玄関ホールの方からすずかの声が聞こえてきた。どうやら学校も終わり帰ってきたらしい。それに気付いた二人は、すずかを出迎えようと玄関に向かって歩き出す。近づくにつれ、すずかの話し声が聞こえてくる。「……かな?」「……だね」 もう一人の声に忍は聞き覚えがなかった。もしかしたら友達でも連れてきたのかもしれない。思えば、すずかがなのはやアリサ以外の友達を連れてきたのは初めてのことだ。小さい頃からすずかはとても引っ込み思案な子だった。なのはやアリサと知り合ってからは少し明るくなってきたが、それでも他に親しい友達がいるという話はあまり聞かなかった。そんなすずかが新しい友達を連れてきたことが、忍には嬉しく感じられた。これは盛大に御もてなししてあげなければならない。 しかし玄関ホールに来てみると、そこにはすずかの姿しかなかった。「ただいま、おねえちゃん、ノエルさん」「おかえりなさい、すずかお嬢様」「おかえりなさい、すずか。ところでさっき、誰と話していたの? 声が聞こえた気がしたんだけど」「えっ? だ、誰とも話していないけど」 忍の言葉にすずかは酷く驚いたように声を上げる。(うーん、気のせいだったのかしら?) すずかの新しい友達をどうもてなすか考えていた忍はどこか肩すかしをくらった気分だった。「お、お姉ちゃん、とりあえず先に着替えてくるねっ!」 すずかはそう言うと、自分の部屋に向かって走り去った。その様子は酷く慌てて見えた。すずかの後ろ姿を見送りながら、忍はさっきすずかが胸元に抱いていたぬいぐるみの姿を思い出していた。白くて赤い目をした動物のぬいぐるみ。 そういえば自分も昔はぬいぐるみに向かって声をかけていたことがある。もしかしたらすずかも同じようにぬいぐるみと話していたのかもしれない。そしてそれを姉である忍に見られ恥ずかしがった。だから慌てて自分の部屋に戻った。そう考えると、さっきのすずかの変な態度も頷ける。「ノエル。すずかの分の紅茶を準備してくれない?」「畏まりました」 だから忍はそれ以上、そのぬいぐるみについて深く考えることはなかった。 ☆ 自室に駆け込んだすずかはそのままベッドに腰を掛けた。そしてすずかは胸元に抱いたぬいぐるみ……キュゥべえに語りかける。「ねぇ、キュゥべえ。お姉ちゃんにはキュゥべえの姿が見えていたみたいだけど」「そうみたいだね。ボクもびっくりしたよ。まさか姉妹で魔法少女になる素養があるなんて」 するとぬいぐるみ、もといキュゥべえは興味深そうに声をあげた。キュゥべえの姿は本来、普通の人間には見ることができない。見ることができるのは魔法少女になる素養があるものとキュゥべえ自身が自分の姿を見ることを許可した人物だけだった。「でも彼女を魔法少女にすることはできないな」「えっ? どうして?」「それはね、すずか。彼女は歳を取り過ぎているからだよ。もう少し若ければすずかといっしょに魔法少女にしてあげられたんだけどね」 そもそもキュゥべえが少女を魔法少女にするのは、魔女になる時のエネルギー集めであるということは周知の事実だ。だがそのエネルギーはある一定の年齢を過ぎると、発生しにくくなる。しかしそういった観点を無視すれば、実のところ力を持つ人物なら何歳だろうと魔法少女にすることがはできた。 ジュエルシード集めという点に関していえば、忍を魔法少女にする利点はある。しかし魔法少女としての力もやはり若い少女に比べると劣ってしまうのが常だ。実際にユーノたちとの戦いになった時、忍がいては足手まといになる可能性もある。そう考え、忍とは契約をするつもりはなかった。「キュゥべえ。それはお姉ちゃんに失礼だよ! お姉ちゃんはまだ十分若いよ!」 そんな黒い考えが込められたキュゥべえのセリフだったが、すずかが注目したのは「魔法少女」の部分ではなく「歳を取り過ぎている」という部分だった。感情のないキュゥべえにデリカシーを求めるのは酷な話だが、すずかはそんなことを知らないので、大層怒っていた。(やれやれ、人間はつまらないことにこだわるんだから、わけがわからないよ) そうは思ったキュゥべえだったが、これから魔法少女に勧誘するすずかに悪印象を持たれるのはまずいと思い、素直に頭を下げた。「それですずか。さっきの話の続きだけど……」 キュゥべえの話を聞きながら、すずかはさっきのことを思い出していた。 ☆ すずかにとってキュゥべえと出会うまでは、普段と何も変わらない一日だった。強いていうならアリサに話しかけられたことに気付かなかったなのはが軽く怒られるということがあったぐらいだ。 そして放課後、すずかが二人の親友と別れ家に向かって歩いていた時、道の端に見たこともない可愛らしい白い動物を見かけた。そしてその動物は少しずつすずかに近づいてきていた。 普段、アリサから猫屋敷と呼ばれる月村邸に住んでいるすずかは動物の扱いには慣れている。だから家にいる猫に接するような感覚でこの動物に近づけば頭ぐらいは撫でることができるのではないかと考えた。「はじめまして、月村すずか」 そうしてその頭に手を伸ばそうとした時、どこからかすずかの名前を呼ぶ声が聞こえた。辺りを見回すものの、すずかの周囲には人の姿がない。少し遠くの方で井戸端会議をしている奥様方の姿が見える程度だ。「こっちだよ、こっち。ボクの名前はキュゥべえ」 再び聞こえてくる声にすずかはようやく目の前の白い動物、キュゥべえが話しかけていることに気付く。「もしかして、あなた?」「そうだよ、すずか」 ユーノに話しかけられたなのはは思わず叫んでいたが、それに対してすずかは言葉を失っていた。驚きこそあったが、それ以上に動物好きなすずかにとっては非常に嬉しいことだった。幼い頃はよく忍に「なんで猫さんとはお話しできないの?」とわがままを言っていたぐらいだ。「ボク、キミにお願いがあって来たんだ」「おね、がい?」 それでも驚いていることには変わりがない。すずかは二の句がうまく告げず、キュゥべえの言葉を反芻することしかできなかった。「ボクと契約して魔法少女になってほしいんだ」 そして告げられるキュゥべえの言葉。この日からすずかの運命も大きく変貌していくことになる。奇しくもそれは親友であるなのはの運命が変化し始めた、次の日の出来事であった。2012/5/19 初投稿