「クロノ!?」 アースラの管制室で事の成り行きを眺めていたリンディは、突然の出来事に思わず椅子から立ち上がり叫ぶ。突如としてクロノたちを襲った、超弩級な魔力砲撃。炎を纏った黒い閃光が結界内に現れ、そのまま戦闘中のクロノたちを飲み込んでいく。そんな光景を目の当たりにして管制スタッフは心中穏やかでいることはできなかった。「――ッ!? 皆、すぐにクロノと杏子さんたちの無事を確認して」 それでも感情を押し殺して、命令を下すリンディ。その言葉にエイミィをはじめとしたスタッフは冷静さを取り戻し、クロノたちの捜索を始める。キーボードを巧みに操り、サーチャーから送られてくる映像を次々と切り替えていくエイミィ。それからすぐに結界内に人影を見つける。初めはクロノたちかと思ったが、その人物の姿を拡大したエイミィは、思わず戸惑いの声を上げる。「どうしたの、エイミィ」「結界内に先ほどまではいなかった二名の人物を発見しました。おそらくは先程の砲撃を放ったものたちだと思われるのですが……」 尋ねられたエイミィは、映像をアースラのメインモニターに映し出す。そこには二人の少女の姿が映されていた。 一人は純白な衣装に身を包んだ少女。年の頃は杏子よりも少し年上のようだが、その身から漂う雰囲気は妙齢の女性のそれに近い。さらに映像からでも感じられる逸脱した雰囲気。実際に対面しているわけではないが、彼女が普通の魔法少女よりも遥かに高みにいるということが感じられた。 そんな少女と一緒にいるもう一人の少女。それは管理局の人間にとっても顔見知りの相手だった。九歳という年齢には不釣り合いなほどの魔力を持つ現地の魔導師、高町なのは。バリアジャケットやデバイスの意匠は以前とは違ったものになっていたが、それでも彼女がなのはであることは間違いない。「艦長、なのはちゃんの身体から発せられる魔力が劇的に向上しています」「なんですって!?」 しかしその身から溢れ出る魔力。それは以前とは比べ物にならないほどに向上していた。リンディが最後になのはの姿を見たのは二日前のことである。キリカの創り出した結界を抜け、すずかの死に嘆き悲しんでいる彼女。その時の彼女はこれほどの力を有していなかった。年齢を考えれば天才的な才能を秘めていたなのはだったが、それを加味しても今の彼女の魔力は明らかに異常である。純粋な魔力量もそうだが、その性質が以前とはまるで別人と思えるほど変貌している。通常、魔力の量が上がることはあっても、その性質が後天的に変わることはまずあり得ない。レアスキルという可能性も考えられるが、それを抜きにしてもたった二日の間にこれほどの変化を遂げたなのはにリンディは驚きを隠せなかった。 どちらにしてもこの二人は先の砲撃に関係している。それは間違いないだろう。それでも、リンディとしてはあれをなのはが放ったとは思っていなかった。確かになのはの得意な魔法は遠距離からの砲撃だ。だが魔力の質、量ともに大幅に向上したといっても、それでも先ほどの砲撃には届かないだろう。クロノたちを襲った砲撃は絶望的な魔力に覆われており、とても個人の力で放てるような代物ではなかった。いくらかの力を得たとはいえ、それは九歳の少女が放ったものだと、リンディは信じたくなかったのだ。 だがなのはは明らかに憔悴しきっている。それに対して白い魔法少女は温和な笑みを浮かべるのみで、息一つ乱していない。これではどちらが放ったのかは、誰の目から見ても明らかである。「エイミィ、アースラ内の指揮系統を一時あなたに預けます」 リンディの突然の言葉に、スタッフ一同は意味がわからず、茫然とした表情を見せるが、その中でエイミィがいち早くその言葉に秘められた裏の意味を気づく。「艦長、まさか直接、なのはちゃんたちのところにいくつもりですか!?」 リンディは自らなのはたちの前に赴き、話を聞くつもりなのだ。それも相手が抵抗するようならば、無理矢理拘束することも辞さない覚悟で……である。「いくらなんでも危険過ぎます! あんな魔法を無尽蔵に撃てるとは思いませんけど、それでも今のなのはちゃんは味方かどうかわかりません。もし戦闘になったら……」「……これは艦長命令よ、エイミィ」 エイミィの言葉をリンディは鶴の一声で黙らせる。それを聞いてようやくエイミィは、リンディの様子が普段とは異なることに気付く。表情にはほとんど出ていないが――リンディは怒っていた。不意打ちでクロノたちに攻撃を仕掛けた相手に対しての怒り。もちろんクロノたちの身を案じる気持ちもあるが、それ以上にあの砲撃の真意を確かめ、場合によっては仇討ちしたいという感情を、隠そうとすらしていなかった。「……わかりました。でも艦長、相手はあれほどの砲撃を放ったと思われる相手です。決して無茶だけはしないでくださいよ」 そんなリンディの気持ちは理解できなくもない。フェイトはともかくとして、クロノとは訓練校の頃からの付き合いでもあるし、杏子ともたった一週間とはいえ一緒にクロノをからかった間柄である。エイミィだけではなく、他のスタッフもまた少なからず二人と接しているだろう。そんな二人が云われのない攻撃を受けて姿を消したのだ。リンディが怒るのも当然の話である。 それ故にエイミィはこれ以上、リンディを止めることができなかった。彼女もまた、できることなら自身の手で問いただしたい。しかし彼女にできるのは、クロノたちを探すことだけである。それも現場に赴くよりもアースラの管制室から探した方がよっぽど効率が良い。だからこそ、エイミィは自分の想いもリンディに託して送り出すことにしたのだ。「安心なさい、エイミィ。私だってこれでも若い頃は現場でぶいぶい言わせてたんだから」 そう言ってウインクを浮かべたリンディは、そのまま管制室を後にする。それを見て頼もしく思うと同時に、一抹の不安を感じずにはいられなかった。 ☆ ☆ ☆ なのはとアリサ、その二人はあまりにも唐突な形で再会してしまった。それ故に互いになんて声を掛けてよいのかわからなかった。話したいことはたくさんある。しかし上手く声を発することができない。何から尋ねればいいのか。どこから話せばいいのか。話を聞けば怒るのではないか。そんな思いが二人の間に駆け巡り、話しかける勇気が持てなくなっていたのだ。 ただ、お互いに上手く言葉にできないという状況は同じだが、実際のところその理由は大きく異なる。 なのはの場合、反対されていたはずなのにそれを無視してキュゥべえと契約してしまった。それを後悔しているわけではないが、先ほどの戦いですずかがどうして自分たちの前から姿を消したのかを痛感したところである。もし今ここにアリサが現れなければ、なのはは二度とアリサの前に姿を現すつもりはなかっただろう。そんな彼女にはアリサに掛ける言葉などあるはずもない。再会してしまった以上、別れを告げる必要はあるが、そうすることで別れがさらに辛いものになるであろうことも、なのはは理解していた。だから口を開こうとすることすらしなかった。 それに対してアリサは、先ほどから何度も何かを言い掛けては口を噤んでいる。なのはに聞きたいことは山ほどある。すずかのこと。先ほどの黒い閃光。隣にいる織莉子の存在。今でもアリサの脳裏には湯水のごとく、質問事項が次々と思い浮かんでいく。だが聞きたいことがあまりにも多いからこそ、アリサはどこから切り出すべきか考えあぐねていた。「アリサさん、久しぶりね」 そんな二人の様子に見兼ねてか、織莉子が声を掛ける。温和な表情を浮かべながら、アリサに微笑みかける織莉子。しかし今のアリサには、そんな織莉子の態度が不気味でしょうがなかった。「あ、あんた、どうしてなのはと一緒にいるのよ!? まさかなのはに何かするつもりじゃないでしょうね」 なのはに対しては消極的なアリサだったが、織莉子には強気な態度を見せ、警戒を露わにする。 アリサが織莉子を敵視するのは、キリカが何度も織莉子の名を口にしていたのを聞いていたからである。それはあまりにも親しげで、まだ色恋をきちんと理解していないアリサにも、キリカの狂った愛情がありありと感じられた。少なくとも二人は知り合いで、もしかすれば織莉子もキリカのように悪い魔法少女かもしれない。そんな思いがアリサの中で渦巻いていた。「安心なさい。私がなのはさんに何かをするということはないわ。仮に彼女に危害を加えようとしても、今の私の力では手も足もでないでしょうしね」 しかしそんなアリサの視線など、織莉子は露とも思わない。いくら警戒したところで、アリサにできることは高が知れる。織莉子は自然体のままで、アリサの疑問に答えた。「えっ? それってどういうこと?」「アリサさんも見たのでしょう? 先程の黒い輝きを――。あれはね、なのはさんが放ったものなの。彼女がこの町に絶望をまき散らさんとする魔女を駆逐し尽くすためにね」「う、嘘……。そんなの嘘よ」 織莉子の口から告げられた衝撃の事実を、アリサは否定する。絶望的なまでの力を感じた黒い輝き。それがアリサの目の前で杏子やフェイトを飲み込んでいった。それを創り出したのがなのはだと、アリサは認めたくなかった。「嘘よね、なのは? あたしは魔法についてそんなに詳しくないけど、それでもあれがなのはの仕業じゃないってことはわかる。だってあれは――」 ――杏子とフェイトを飲み込んだんだから。そう続けようとして、アリサは言葉に詰まる。魔法について知らないことが多いからこそ、あれがなのはの仕業ではないと断言できない。そしてそれを肯定するかのように、なのはは表情を曇らせ、口を開いた。「……ううん、織莉子さんの言うとおり、あれはわたしが放った魔法なの。結界の中にいる魔女を倒すために、魔女が使った魔力を利用して放った収束砲撃魔法、スターライトブレイカー。わたしがイメージしていたものとは、少し違っちゃったけどね」 なのはがレイジングハートと共に練習していたスターライトブレイカーは、正にその名に相応しい星の輝きとも思えるほど煌めいた砲撃だった。彼女の魔力資質である桜色の輝きで放たれる眩き閃光。周囲で霧散した魔力を集めそれを一斉に放つという意味では同じだが、あくまで術者であるなのはの魔力が色濃く出るはずのものだった。 しかしルシフェリオンを介して放たれた先ほどのスターライトブレイカーは違う。まだ不完全というのもあったのかもしれないが、あの時放たれたのは魔女の絶望の魔力を凝縮した塊だった。なのは自身の魔力をも蝕んだ黒い魔力。魔法少女になったことで加わった炎熱の魔力変換資質も交わりそれは当初考えていたスターライトブレイカーと呼ぶには異質過ぎるものへと変化していた。「実を言うとね、わたしにもあんなに凄い魔法になるなんて思ってなかったの。確かにあの時、結界の中には魔女の魔力が充満していたけど、それでも一撃で全滅させることができるなんて思ってもみなかった。それに結界を突き破り、町を破壊することになるなんてことも、ね」 差し詰めルシフェリオンブレイカーと呼ぶべき邪悪な砲撃。術者自身も蝕み、敵を全て消し炭へと変えたなのはの切り札とも言うべき収束魔法。敵の力に依存するという欠点はあるものの、それはすなわちどんな強敵が相手でも一度、放つことができれば撃ち勝てるということだ。 しかし使いどころを誤れば、周りの惨状を引き起こしてしまうことにもなる。星を砕き、敵を塵と化し、文明を滅ぼす。ルシフェリオンブレイカーはそんな魔法なのだ。決して多用すべきものではない。今後は多少の被害が出る覚悟でも敵を倒さなければならない時にしか使うことはできないだろう。「…………てよ」「えっ?」「どうして、そんな風になっちゃったのよ!? あたしが知っているなのははちょっと頑固なところはあるけど、どこにでもいる優しい女の子だったはずよ。それなのにどうしてこんな、こんな……」 怒鳴りながらなのはの胸に掴みかかったアリサは、そのまま嗚咽を漏らして号泣する。その姿を見て、なのはの心が痛む。だがそれはアリサの言葉に対してではなく、これから自分がやろうとしていることをアリサに告げるのに対してだ。 それでもなのはは意を決すると、アリサの肩を抱き、ゆっくりとその身を自分から離す。「……ごめんね、アリサちゃん。でもね、わたしはもうアリサちゃんと一緒にはいられない」 その言葉を皮切りに、なのははアリサの顔を真正面から見つめながら、この二日の間に何が起きたのかを包み隠さずアリサに伝える。すずかの死からはじまり、その意思を継ぐためにキュゥべえと契約し魔法少女になったこと。その力を試すために魔女が大量発生している結界の中に進んで入っていったこと。その中で自分の力を上手く使いこなすことができなかったこと。それでも危機的な状況で力に目覚め、自分の中にすずかの記憶と力が止めどなく流れ込んできたこと。「アリサちゃん、今のわたしにはね、すずかちゃんの記憶もあるの。わたしがキュゥべえくんに願ったのは、そういうものだったから。だからこそ、わかるんだ。きっとすずかちゃんは誰よりも日常を愛していた。他愛のない平和な世界。その尊さを誰よりも理解していたらからこそ、身を粉にしてまで戦い続けることができたんだ」 夜の一族として生まれ、普通の少女に憧れたすずか。本来ならば普通の女の子としては生きることすら難しかったかもしれないその生い立ちの中で、彼女に手を差し伸べてくれた二人の少女がいた。彼女たちと仲良くなったことで、すずかは普通の女の子としての人生を歩み始め、幸せの絶頂の中にあった。 だがこの世界の平和が上っ面だけのものだった。それを知ったからこそ、すずかは普通の女の子である道を捨て、強くなることを願った。「わたしはね、そんなすずかちゃんの意思を、想いを継ぎたいんだ。それがすずかちゃんに託された希望だから」 すずかは希望の中で果てた。あの絶望的な状況の中で、すずかは希望を見出して死んでいった。それを決して無駄にするわけにはいかない。「きっとアリサちゃんは納得しないと思う。だけどもう決めたことだから。だからアリサちゃん、今日でわたしとお別れしよう」 それ故になのはは自分の決意をアリサに告げる。アリサと別れることが辛くないと言えば嘘になる。だがこれ以上、アリサを危険に巻き込むわけにはいかない。すずかがそうしたように、今度はなのはが平和のために身を粉にして戦う番なのだ。「そ、そんなのダメよ。魔法少女になっちゃったことやあの黒い魔法のことは、済んでしまったことだからしょうがないけど、でもこのままなのはと離れ離れになるなんて、そんなの絶対に認めない」 もちろんそんななのはの決意をアリサが受け入れるはずがない。涙を拭いながら、必死になのはと別れたくない気持ちをぶつける。「……アリサちゃん、ごめんね。でもわたしはもう、決めたから」「謝らないでよ! そりゃ、あたしに黙って魔法少女になったことは許せないわよ。でもね、あたしの前から勝手に消えることだけは許さない。すずかだけじゃなく、あんたまでいなくなったりしたら、あたしはこれからどう過ごせばいいっていうの!? また昔みたいに一人で冷めたお弁当を食べなきゃいけなくなるなんて、そんなの嫌よ!!」 喧嘩から始まった三人の友情。互いの全てをぶつけ合ったからこそ、三人が固い友情で結ばれるまで、そう時間はかからなかった。しかしすでにそのうちの一人はもういない。そしてまた一人、アリサの前から姿を消そうとしている。そんなことにアリサが耐えられるはずがない。「――そうよ! あたしも魔法少女になればいいんだわ! そうすればなのはとずっと一緒にいられる。……いいえ、それだけじゃない。すずかのことを望んで魔法少女になればきっと、また三人でいつも一緒にいることができる。それなら……」 だからこそアリサは必死に考え、なのはと別れない方法を見つける。なのはが魔法少女になって戦いに赴くというのなら、アリサも魔法少女になればいい。魔導師と違い、魔法少女はキュゥべえと契約すれば簡単になることができるはずだ。そうすればなのはと一緒にいることができる。これほど完璧な考えはないはずだ。「……それは無理だよ、アリサちゃん」 そんなアリサの考えをなのはが一刀両断する。「そんなことない! なのはやすずかにだってできたんだもの。あたしにだって……」「ううん、アリサちゃんは絶対に魔法少女になることはできない。……だってアリサちゃん、今ここにいるキュゥべえくんのこと、見えてないんでしょ?」「……えっ?」 なのはの言葉にアリサは間抜けな声を上げる。そんなアリサを尻目に、なのはは自分の足元に視線を移し、声を掛ける。「キュゥべえくんの姿を見ることができるのは、魔法少女の素養がある人だけ。キュゥべえくん自身が望めば、魔力のない一般人にも姿を見えるようにすることはできるけど、でも魔法少女になれないことには変わらない。そうだよね、キュゥべえくん?」「そうだね。なのはの言う通り、彼女には魔法少女としての資質はない。資質のない子まで魔法少女にしてあげることなんてできないよ」「……よかった。これでアリサちゃんはわたしたちみたいにならなくて済む。わたしたちみたいに平和な日常から抜けださずに済む」 心底、安堵したような表情を浮かべるなのは。そんななのはの態度が、アリサにはまるで理解できなかった。「な、なのは? 何を言ってるの? いったい、誰と話してるの?」 それはアリサにキュゥべえの声が届いていなかったからである。今のなのはとキュゥべえのやりとりは念話やテレパシーといったものではなく、肉声で行われたやりとりである。にも関わらず、アリサにはなのはの声しか耳に入ってこない。そのことが彼女の魔力資質が零であることを意味していた。 もちろん魔力資質がなくともキュゥべえと契約すること自体は可能である。キュゥべえが契約時に行っているのは、人間の魂に関する干渉だ。リンカーコアのような魔力精製機関はなくとも、人間には等しく魂が存在している。ソウルジェムの元になるのはそんな魂なのだから、その気になればキュゥべえは全ての人間、いや地球上に存在する全ての生物を魔法少女へと作りかえることが可能であった。 しかしそれはキュゥべえにとって、メリットがまるでない。キュゥべえの目的はあくまで宇宙の寿命を延ばすこと。そのためのエネルギーを回収できない相手と契約する必要性は、キュゥべえには存在しなかった。「アリサちゃんには見えていないと思うけど、わたしの足元には今、キュゥべえくんがいるの。アリサちゃんも織莉子さんから聞いて知っていると思うけど、魔法少女になるにはキュゥべえくんと契約しなければならない。でもキュゥべえくんの姿や声が見ることも聞くこともできなければ契約のしようがないよね?」 なのはの指摘に覆しようのない事実を思い知らされたアリサは、その場で膝をつく。アリサは聡い子供である。だからこそ、なのはの言わんとする言葉に否が応でも気付かされてしまう。「だからね、アリサちゃん。わたしはもう、アリサちゃんとは一緒にいられない」 そうして再度、なのはの口から別れの言葉を告げられるアリサ。しかし最早、アリサにはなのはとの別れを止める手立てはない。無理やりなのはについていくことは可能かもしれないが、戦いの中でアリサが危機に陥れば必ずなのはは助けようとするだろう。あの時のすずかのように。そしてそれが結果的になのはの命を奪うことになるのだとすれば、アリサは決してついていけるはずがない。アリサにとってなのははもう、唯一無二の親友なのだから。「……た、確かに、あたしは魔法少女になれないかもしれない。で、でもね、だからって、完全に姿を消さなくてもいいじゃない。ほら、たまにあたしの家に顔を出すとかすればさ。それならあたしがなのはの足を引っ張ることもないし……。そうよ、それがいいわ」 それでもアリサは納得しきれるものではない。震える声でなのはに考え直してもらおうと、万に一つの可能性に駆けて必死に言葉を掛ける。それでもなのはの心が揺らぐことはない。「わたしね、すずかちゃんがどうしてわたしたちの前から姿を消したのかわかったの。……きっとすずかちゃんは自分の力が大切な誰かを傷つけるのが怖かったんだ。すずかちゃんが手に入れたのは、平和を守るための力だけど、一歩間違えればそれは破滅の力に変わる。それを理解してたからこそ、すずかちゃんはわたしたちの前から姿を消したんだと思う」「で、でもあなたとすずかは違う。そうでしょ?」「ううん、同じだよ。さっきも言ったように今のわたしにはすずかちゃんの記憶がある。だからこそ、わかるんだよ。こうするのが一番正しいことなんだって。……それにね、アリサちゃん。きっとアリサちゃんがわたしの立場だったら、同じように姿を消すと思うんだ。だってわたしは、アリサちゃんに日常の中で生きていて欲しいと思うから。下手に関わって、それで危険に巻き込むような真似はしたくないから」 漠然としか理解できなかったすずかの強さが今になって理解できる。純粋な戦闘能力だけではなく、戦いにおける覚悟の違い。平和を守るためならばその身を犠牲にしてでも戦い抜いたすずかと、ただただすずかに危険な目に遭ってほしくなかったなのは。これでは勝てる道理はない。 そして今のなのはは、そんなすずかの矜持に近い位置にいる。魔法少女になり、すずかの想いを知ったことで抱いた感情。それは決して偽りのものでも、すずかから与えられたものでもなく、なのはの本心だった。「アリサちゃん、わたしね、強くなるってことは、同時に人を孤独にするってことだと思うんだ。強過ぎる力は災いを呼び、それだけで平和を乱しちゃう。だからこそすずかちゃんは一人で戦って、苦しんで、慈しんで、そしてわたしたちを守って死んでいったんだ。……そして今のわたしにはそんなすずかちゃんと同じくらいの力がある。だからすずかちゃんの想いはわたしが背負う。わたしがすずかちゃんの分まで戦って、アリサちゃんの生きる平和を守る。――だからアリサちゃんとはもう会えない」 そう告げるなのはの表情はとても健やかなものだった。これで今生の別れになるというのに、なのはは満面の笑みをアリサに向ける。それは自らの悲しみを隠す仮面の笑みだった。「……ッ!!」 そのことに気付きつつも、今のアリサにはなんてなのはに声を掛けたら良いのかわからなかった。もうアリサの言葉はなのはには届かない。なのはが頑固な女の子だということは、アリサが一番よくわかっている。だからこそ、その決意がとても固いもので、もうアリサには止めようのないことだと言うことをはっきりと理解してしまった。「それじゃあアリサちゃん、わたしはもう行くね」 そう言ってなのはは飛翔魔法を使い、上昇していく。それを見てアリサは慌ててなのはの元まで駆け寄る。だがその頃にはすでになのはは空に舞い上がっていた。そんななのはを必死に捕まえようとアリサは何度も飛び跳ねる。なのはが静止しているのは、地上から五メートルほどの高さだが、それがアリサには限りなく遠く、絶対的に越えられない距離だった。「待って、なのは、行かないで! なのはァァァ!!」「ばいばい、アリサちゃん。わたしがこんなこと言うの、勝手かもしれないけど、わたしたちのことは忘れて、アリサちゃんは平和な日常の中を生きて」 必死になのはの名を呼んで、縋ろうとするアリサに、なのはは笑みを浮かべたまま少しずつ上昇していく。目元に込み上げてくる悲しみを堪えながら、せめて最後まで自分の笑顔を見てもらおうと必死に表情を作る。「――残念だけどなのはさん。今はまだ、あなたを行かせるわけにはいかないわね」 だがその時、なのはの身体は緑色のバインドに拘束される。それはなのはだけではなく地上にいたアリサや織莉子もまた拘束していた。突然の事態に驚くなのはたちと表情一つ変えない織莉子。そんな二人の視線の先にはリンディの姿があった。2013/8/10 初投稿2013/9/22 サブタイトル変更。および誤字脱字修正