なのはが魔法少女になった経緯を説明し、それをアリサが顔面を蒼白にしながら聞いている。その様子をリンディは物陰から伺っていた。幸いなことに二人は油断しきっているので、この場で飛び出してもすぐに拘束することができただろう。しかし今のなのはの話はリンディにとって興味深い話だった。魔法少女になったことで劇的に魔力を底上げし、その力によって先の砲撃が放たれた。キュゥべえと契約するだけでこれほど劇的に魔力を上げることができるのかと、リンディは内心でとても驚いていた。 彼女とて、魔法少女のことを全く知らないわけではない。たった一週間とはいえ、アースラには杏子が滞在していたのだ。その時に彼女から魔法少女についての話は粗方、聞けている。彼女がキュゥべえと契約した理由など意図して隠されている話もあったが、それでも大体のことは理解したつもりだった。 しかしそれでも、なのはが契約したことによって手に入れた魔力は、リンディの想像を遥かに上回るものだった。おそらく元々、彼女が魔導師として稀有な才能を持っていたのも関係しているのだろうが、それにしたって今のなのはの魔力は異常である。まともにやり合えばリンディやクロノはもちろん、管理局本部にいる数多のエースでさえ今の彼女に勝つことは不可能だ。小手先の技術で撹乱することぐらいは可能かもしれないが、それだけでは二人の間にある純粋な魔力差を縮めることは到底、不可能であると感じられた。 ――だがそれ以上に恐ろしかったのは、なのはの横にいる織莉子と呼ばれる魔法少女である。その身から感じられる魔力はそこまで多くない。良くて杏子と同等、下手をすればそれ以下の魔力しか感じられない。純粋な戦闘になればリンディ一人でも十分制圧できるレベルだろう。 けれども彼女から感じられる雰囲気。それはなのはの持つ異常な魔力よりも際立って感じられた。何より彼女はリンディが隠れて様子を伺っているのに気付いている。おそらく近づいてきている段階で、彼女はその存在に気付いていたのだろう。それなのにも関わらず、彼女は静観を貫いている。念話でなのはに伝えている可能性もあるが、それにしては無警戒過ぎる。いくら底知れぬ魔力を身に付けたところで、なのははまだ九歳の少女なのだ。こちらに気付いているのならその挙動に現れる。それがないということは、織莉子はなのはに教えてはいないのだろう。 リンディのことをなのはに伝えない理由、それがわからないうちは動くわけにはいかない。話の内容自体も興味深いものではあるので、リンディはじっとチャンスを待った。だがそうしているうちに二人の話も佳境を迎え、なのはがアリサの元から去ろうと飛び上がる。こうなるとリンディは動かないわけにはいかない。例え織莉子からどんな妨害を受けることになったとしても、今ここで彼女に去られて良い訳がない。そう思いリンディは手早くバインドをなのはたちに飛ばす。アリサはともかくとして、すでに空を舞っているなのはとこちらに気付いている織莉子には命中させられるかは賭けだったが、意外なことに二人とも呆気なく捕えることができた。「リンディ、さん?」 突然の拘束魔法に戸惑いの表情を浮かべながら、なのははリンディの名前を呼ぶ。そんななのはを地上に降ろしながら、リンディは言葉を返す。「ごめんなさいね、なのはさん。でも管理局……いえ、私個人としてもあなたをこのまま行かせるわけにはいかないの。それにそっちのあなたもね」 口調こそ和やかだが、リンディの目つきはアースラを出た時から何も変わっていない。底知れない二人を相手に警戒する気持ちもあるが、言外でその感情を二人に訴えていた。「とりあえずどうして私たちを拘束したのか、その理由を聞かせてもらえるかしら?」 しかし織莉子はそれを軽く受けながし、自らの疑問をぶつける。バインドで拘束されているはずなのに、織莉子の態度からはどこか余裕すら感じられる。それがリンディには不気味でしょうがなかった。「決まってるじゃない。先ほどの砲撃。あの所在と目的を聞きたいのよ」 それでもリンディはここに来た目的を果たさなければならない。すでになのはが砲撃を放った理由やその威力については、アリサとの会話を盗み聞きしたことでわかっている。だがまだ織莉子のことについては何ら触れられていないのだ。織莉子がどのような目的で動く魔法少女で、何故なのはがそんな彼女と行動を共にしていたのか。その理由を確かめなければならない。 そのためにリンディはなのはに揺さぶりを掛ける。織莉子がどのような人物かわからない以上、ここは御しやすいなのはから崩していこうと考えたのだ。「あ、あれは……」 そんなリンディの考えなど読めるはずもなく、なのははその問いを聞いて表情を曇らせる。なのはにとってルシフェリオンブレイカーがもたらした惨状は、気軽に触れられて良いものではない。それ故に言葉を濁してしまう。「貴女がどこから話を聞いていたのかはわからないけれど、あれはなのはさんが魔女を駆逐するために放ったのよ。他意はないわ」 そんななのはに代わって織莉子が答える。もちろんそのことはリンディも知っている。だが今の会話で確かめたかったのは、そういうことではない。なのはを追い詰めた時、織莉子がどういった態度を示すのかを見たかったのだ。 結果、織莉子は間髪いれずになのはを庇った。アリサとの会話の時に不用意に口を挟まなかったことから考えても、彼女がなのはを擁護する立場にいるのは間違いない。強大な力を持つようになったなのはと、その目的が一切不明でどこか常人とは違う雰囲気を持つ魔法少女である織莉子。その二人の組み合わせが今後、どのような災厄をもたらすことになるのか。それがリンディには不安でしょうがなかった。「ずいぶんと険しい顔をしているわね。そんなに今の言葉が意外だったかしら?」「……そうね。とても信じられるものではないわ」「でも事実よ。あれはなのはさんの仕業。調べればすぐにわかることよ。今のなのはさんの魔力が、今までとはまるで別物になっているということがね」「…………」 織莉子の言葉にリンディは押し黙り、考え込む。リンディにはどうにも織莉子の考えが読めない。リンディが随分前からこの場にいたことに気付いていた織莉子なら、すでにルシフェリオンブレイカーを放った人物がなのはだということを掴んでいることは知っているはずである。それなのにも関わらず、敢えてそのことには気付いていない素振りを見せる織莉子に、リンディはどこか訝しむ。しかし彼女の言葉の一つひとつの真偽を探ろうとすればするほど、思考の迷宮に囚われてしまう。「聞きたいことがそれだけなら、そろそろこの拘束を解いて欲しいのだけれど……」「だ、ダメよ! まだあなたたちを逃がすわけにはいかないわ?!」「逃がすって、別に私たちは貴女から逃げ出す理由はないじゃない。ねぇ、なのはさん?」「ふぇ? えっと、はい、そうですね」 いきなり話を振られたことで、なのはは間抜けな声を上げながら反射的に答えてしまう。だがなのはとしては逃げ出す理由は十分にあった。ただしそれはリンディに対してではなく、アリサからである。まだ先ほどのショックが抜け切れていないのか、アリサは嗚咽を漏らしながら咽び泣いている。しかしアリサは強い子だ。今は悲しみに暮れていても、すぐに立ち直りなんとかしてなのはを捕まえようとするだろう。その時に彼女の傍でバインドで拘束されているというのは、なのはには非常に不味いことだった。「あら? そうとは言い切れないわよ。だってあなたたちはすでに私たちに攻撃を仕掛けているのだから」 だがその次にリンディから発せられた言葉は、とてもなのはには無視できるものではなかった。「……どういうことですか? リンディさん」「もしかして気付いていなかったの? あなたの放った砲撃がクロノや杏子さんたちを巻き込んでしまったことに……」「…………えっ?」 リンディの口から語られた衝撃の事実に、なのはの頭の中が真っ白に染まる。事実を事実として受け入れることができず、茫然とした表情を浮かべるなのは。そんななのはに追い打ちを掛けるかのように、ずっと俯いて泣き続けていたアリサが言葉を口にする。「……あの黒い光に杏子とフェイト、それに管理局の人が飲み込まれたの」「う、うそ……」「こんなことで嘘言ってもしょうがないじゃない!! あたしだって信じたくないわよ。あれがなのはの仕業だなんて!!」 今まで放心状態だった分、感情を高ぶらせたアリサが叫ぶ。そんな切迫した態度だからこそ、アリサの言葉が真実だと悟り、なのははその表情を絶望に染め上げた。 なのはは自分の力が恐ろしいものであると自覚していた。しかし今回は、幸いなことに誰にも被害を与えることなく済んでいたと本気で信じていた。 だがその事実が根底から覆された。平和を守るために手に入れた力で知り合いを傷つけた。その事実を受け入れられるほど、今のなのはは強くない。急激にその魂が絶望に染まり始め、徐々にその呼吸を乱していく。「なのはさん、気をしっかりと持ちなさい!」 そんな絶望に囚われたなのはを織莉子は叱咤する。それは先ほどまで表情を崩さなかった織莉子が、初めて感情を露わにした瞬間だった。「すずかさんの意志を継ぐというのなら、この程度のことで絶望に囚われてはダメよ。貴女は魔法少女が最終的にどうなるのか、それを知っていてこの道を選んだのよね? それなのにこんな簡単に諦めるの? 貴女が決心した想いはそんな軽いものだったの!?」「……ッ!?」 織莉子の言葉がなのはに叩きつけられ、その目に強い輝きを取り戻させる。すずかの名を出されたというのもあるが、それ以上に必死な形相で自分を励まそうとしている織莉子の態度が、なのはにはとても意外だった。「……なのはさん、貴女がすずかさんの想いを引き継いだように、私にもやらなければならない使命がある。それを果たすためなら、私は何だってする。自分の命を捨てることはもちろん、最愛の人の死を利用することだってね」 すずかの記憶を断片的に知ったことによって、織莉子たちとすずかの間でどのようなやりとりがあったのかを、なのはも把握している。すずかが織莉子を傷つけ、それをキリカが怨んだ。それがあの小学校で起きた事件の裏側である。 元を正せば、すずかが負の感情を押さえきれなかったからこそ起きた悲劇。そのためなのはの中にはキリカの仲間である織莉子を怨む気持ちは露ほどもない。「だからなのはさんが揺らぐ必要は何一つない。貴女はただ自分の思いのまま、真っ直ぐにすずかさんが守ろうとした世界を守ればいい。そのためならば、私はいくらでも力を貸してあげる。……そしてもし、誰かを犠牲にした絶望に囚われ、その魂の穢れを取ることができなくなったら、その時は私が殺してあげる。この世界を貴女に壊させないために――」 織莉子の言葉はなのはの深いところまで響く。魔法少女になった以上、その先に待ち受ける運命は限られている。戦いの中で非業の死を遂げるか、絶望に囚われ魔女になるか。大抵の場合はそのどちらかである。戦いの中で死ぬのならまだいい。心残りはあるだろうが、それでもすずかのように自分の信念を貫いたまま死ねるのだ。それならばまだ救いはある。 だが魔女になってしまえば、平和を守るはずに戦っていたはずなのに、今度はそれを壊す側に回ってしまう。それはなんとしても避けたかった。 しかし織莉子と行動を共にするのなら、その心配はないだろう。彼女もまた世界の平和を求めている。そんな彼女だからこそ、妙な仏心を出して魔女化するのを見逃すような真似をするはずがない。「それになのはさん、貴女の知り合いはまだ死んだと決まったわけじゃない。そうでしょう?」 そう言って織莉子は微笑みかける。確かになのはの放った砲撃は非情に強力なものだった。しかしそれは放たれた直後の話。杏子たちの元に届くまで、ルシフェリオンブレイカーは魔女の大群を飲み込み、さらには結界を突き破っている。それでも非常に強力なものであったことには違いないが、速度や威力の大部分は削がれているはずである。それをあの三人がなす統べなく食らうはずがない。多少のダメージを負うことはあっても、命まで奪われているということはないだろう。「そもそも、なのはさん。貴女は知っているはずよ。あの三人がこんなところで死ぬ運命にないということを」「あっ……!?」 その言葉を聞いて、なのはの脳裏に絶望の未来の光景が甦る。強大な力を持つ終末の魔女の前に為す術なく倒れ伏すなのはたち。その中には杏子やフェイト、クロノの姿もあった。それこそが、彼女らがこの場では死んでいない確固たる証拠となり得た。「未来には絶望しか待っていないかもしれない。だけどそれが希望に転じることもあり得る。この場合、彼女たちの命は確かに半年後まで証明されているということよ」 もちろん、織莉子は未来が不確定なものということを知っている。ちょっとしたきっかけで未来は変わり、現実とは異なるものに変質してしまう。もしかすれば先の一撃で三人はそのまま消滅してしまっている可能性も十分にあった。 だがそれを隠してでも、なのはをここで絶望させてはならない。終末の未来を覆すためにはなのはの力は必ず必要になるし、何よりこの場で魔女化でもされたら、とても今の戦力では対処できないだろう。そうなれば世界を救うどころか、滅びを早めてしまう。それはこの場にいる誰にとっても、益のないことだ。「誰にでも間違いはある。だからなのはさん、今は傷ついたフェイトさんたちに謝りに行きましょう。多少、文句を言われるかもしれないけれど、きちんと事情を説明すれば許してもらえるはずよ。そうよね?」 そう言って織莉子はリンディに視線を向ける。言外にバインドを解けと告げている織莉子の視線。「ダメよ。あなたたちはこのままアースラに連れて行くわ」 しかしリンディはそんな織莉子の意思に耳を貸さない。なのははまだいい。彼女の放った砲撃は故意ではなかった。それは嘘ではないのだろう。むしろ魔女を駆逐するために放ったものなのだから、責める道理などありはしない。もちろん直撃を受けたであろうクロノや杏子たちからしてみれば堪ったものではないだろうが、リンディはこれ以上なのはを攻める気にはなれなかった。 アリサもまた同様だ。とっさのことだったので一緒にバインドで拘束してしまったが、彼女にはこちらと敵対する理由はなく、また一切の脅威とはなり得ない。なのはと再会を果たした以上、きちんと事情を説明すれば彼女はアースラに戻ってきてくれるはずである。仮に戻ってきてくれなかったとしても、その時は多少の危険はあるものの彼女の家に送り返せばいい。事件解決までアリサを保護するというなのはとの約束を違えるのことになるのは申し訳ないが、それがアリサの意思というのなら尊重するしかないだろう。 だが織莉子は別である。今のやりとりでも、結局彼女の目的が何一つとして明かされてはいない。それに彼女から放たれる威圧。常人を遥かに上回るそれは、決して彼女が魔法少女だから放たれるといったものではないのだろう。ここで織莉子を逃がせば良い意味でも悪い意味でも何かが起こる。そうリンディの管理局員としての勘が告げていた。 織莉子を自由にできない以上、彼女に手を貸す可能性のあるなのはも自由にできないということである。そしてアリサに関しては先ほどのなのはとのやりとりで傷心気味であり、どのような行動を取るかわからない。結局のところ、現状は三人とも拘束したままでいるのが最善だとリンディは考えていた。「別に連れていくのはかまわないわよ。でもその前に私たちの手でフェイトさんたちを捜させてもらえないかしら? 貴女だってなのはさんがこのまま謝りもせずにいるというのが、よくないことであるというのはわかるでしょう?」「そうね。でもクロノたちに謝りたいというのなら、別に自分で捜す必要はないはずよ。今、管理局のスタッフが全力で捜索にあたっているから、その報告を待ちなさい」 織莉子の態度はなのはに対して非常に親身で優しいものだ。それが本心からの言葉なら問題ないが、おそらくそれはないだろう。織莉子はなのはを出汁にして、この場からの離脱をはかろうとしている。心情的にはなのはの気持ちも理解できないわけではないが、それでもアースラ艦長としてリンディは許可することができなかった。「……そう。ならこの場に留まる理由はもうないわね」 そんな話し合いに最早、何の意味もないと感じたのだろう。織莉子はそう呟くと自身を拘束したバインドを苦もなく解除する。あまりに自然体な所作で解除されたため、リンディに一瞬の隙が生まれる。 それを織莉子が逃がすはずがない。水晶球を作り出しリンディに向かって飛ばす。それを何とかシールドで防御したリンディだが、その途端に水晶球が至近距離で爆発する。威力こそさほどはないが、辺りに爆風が舞い、リンディの視覚から織莉子たちの姿が隠れる。リンディはそんな土埃を自身の魔力で吹き飛ばす。だがその時にはすでに織莉子の手によってなのはとアリサを拘束していたバインドが解除されていた。「大丈夫? なのはさん、アリサさん」 拘束を解いた二人に対し、優しく接する織莉子。アリサはそんな織莉子のことを未だに信用できずに睨んでいたが、なのはは素直に礼を言う。「あ、ありがとう。織莉子さん。でもリンディさんに攻撃するのは、いくらなんでもやりすぎなんじゃ……」「なのはさん、貴女はとても優しい子だわ。それは美徳ではあるけれど、戦いの中では必要のない感情よ。特に敵に対してはね」「リンディさんは敵ってわけじゃ……」「敵よ。なにせ彼女は有無を言わさず、私たちを拘束したのだから」 そう言って視線をリンディに戻す織莉子。そこから感じる織莉子の威圧。リンディを敵とみなし、いつでも戦闘に入れるように準備を整えている。しかしなのはにはどうにもリンディを敵と思うことができなかった。「敵じゃないよ。だって悪いのはわたしだもん。わたしが考えなしにあんな魔法を撃ったから杏子さんたちが酷い目にあった。それにリンディさんが怒るのは無理もないよ」 それは彼女にこのような行動を取らせた理由が自分にあるから。知らぬこととはいえ、なのはがクロノたちに攻撃を仕掛けてしまったのは紛れもない事実である。だからなのはは自分の非を素直に認めていた。「確かにその点に関してはなのはさんの言う通りね。偶然とはいえ、貴女の砲撃が他者を傷つけてしまった。その事実に関しては覆らないでしょう。……だけどそもそもあの三人はこんな場所で何をしていたのかしら? ここは管理局が作った結界の中、そこにいた三人の魔法使い。だけどその三人は決して味方同士ではなかったはずよ」 織莉子の言葉になのはは気づく。フェイトは独自にジュエルシードを集めようとしていた。その目的を考えれば管理局と敵対しているのは間違いない。杏子についてはどちらとも取れないが、少なくともクロノとフェイトが敵対関係にあったのは間違いないだろう。 そんな三人が同じ場所にいる理由。それは一つしかない。すなわちクロノとフェイトが交戦し、そこに杏子も加わっていたというものだ。杏子がどちらの味方だったのかは、今のなのはには知る由もないが、そんな戦闘中の場所にルシフェリオンブレイカーが飛び込んでいったのは間違いないだろう。「今だから話すけど、私はフェイトさんを捜していたの。いつまでも帰りが遅いから捜してきてってアルフさんとゆまさんに頼まれてね。……だからどちらにしても、私にとってリンディさんは敵なのよ。少なくとも今はね」 織莉子はそこで一度、言葉を区切る。それはリンディがスティンガーで反撃してきたからである。織莉子は未来を予測しながらそれをかわし続ける。そして隙を見ては水晶球を飛ばし、反撃に移ろうとする。 だが織莉子は元来、戦いには向いていない魔法少女である。彼女の願いから生まれた未来視の魔法。それ自体は非常に特殊なものだが、それ以外の魔法となると織莉子はあまり上手く使えない。それは未来視という魔法があまりにも強力すぎるからである。 強い魔法を使えるようになるのには、強い魔法少女としての素養が必要になる。織莉子はその強力すぎる願いの代償で、攻撃性のある魔法を上手く使うことは出来なかった。もちろんまったく使えないというわけではないが、それでも純粋な戦闘能力で言えば杏子より見劣りするものだろう。「……織莉子さんは、フェイトちゃんを攻撃したわたしを責めないの?」「別に。だってあれはなのはさんのせいではないでしょう? 偶然、貴女の放った射線上にフェイトさんたちがいた。ただそれだけのことよ。それに彼女が死んでいないということは先ほど説明したはずよ。違う?」 戦いながら織莉子はなのはの言葉に返す。実際のところ、フェイトの生存が確定したわけではない。だがこの場合、織莉子にとってフェイトの生存などどちらでも構わないのだ。もちろん生きているに越したことはないが、今の彼女が用のあるのはフェイトではなくプレシア。将来的にフェイトの力を当てにしている部分もあるが、それは今の彼女の力ではない。織莉子の行動によってフェイトの命が左右される場面なら迷わず助けに向かうが、現在はその所在すらわかっていないのだ。その居場所を捜しに向かうのをリンディに邪魔されているせいで……。「でもね、なのはさん。死んでいないといってもあれほどの砲撃の直撃を受けたのだとしたら無傷というわけではないはずよ。だからこそ、私たちはこんなところで足止めを食らっているわけにはいかない。例え管理局の方でフェイトさんたちを捜していると言っても、人手が多いには越したことはないはずだもの」「……そう、ですね」 織莉子の言葉になのははリンディに向けてルシフェリオンを構える。なのはとしてもリンディと戦いたいとは思わない。しかし自分のせいで命の危険に晒してしまった相手をこのまま放っておくことなど、なのはにはできるわけがないのだ。「なのはさん。織莉子さんの口車に乗ってはダメよ。あなたと織莉子さんがどのような関係なのか、私は知らない。でも数々の犯罪者と対面してきた私の勘が告げている。織莉子さんはとても危険な人物よ。このまま逃がしてしまえば、どのような被害があるかわからない。だからお願い、私と協力して織莉子さんを捕まえるのを手伝って」 だがそれに慌てたのはリンディである。現状、リンディの力で織莉子を抑えきることができている。しかしここになのはの力が加われば、リンディと言えど対処は不可能になってしまう。「……ごめんなさい、リンディさん。でもわたしはフェイトちゃんや杏子さん、それにクロノくんにも直接、謝りたいから」 なのはにとって望まぬ戦い。せめて極力傷つけないようにしなければ。そう思いつつ、砲撃を放とうとする。「待ちなさい、なのは!?」 だがそれを止めたのはアリサだった。ルシフェリオンを構えるなのはの正面に手を大きく広げて立ち塞がるアリサ。そんなアリサに攻撃を仕掛けるわけにはいかず、なのははルシフェリオンの先端に集めていた魔力を霧散させる。「アリサちゃんどいて。そこにいたら危ないよ」「いいえ、あたしはどかない。だってなのはにはこの人たちと戦う理由なんてないんだもの」 なのはに別れを告げられ、傷心しきっていたアリサだったがそれでもこの場で行われている会話にはずっと耳を傾けていた。「なのはがフェイトや杏子を傷つけたことに責任を感じてるってことも、そのことを謝りに直接、捜しに行きたいって気持ちもわかる。でもね、なのは。それならこんな戦いに混ざることなく、捜しに行っちゃえばいいのよ」 その中で感じた矛盾。管理局としても織莉子としても、フェイトたちのことを捜しに行きたいという事情は変わらない。だがその理由が違うのだ。だからこそ、二人は争うことになっている。 しかしその理由になのはは一切、関わりがない。だがそれでも二人がなのはを無視できないのは、その力を恐れているから。もしなのはが敵に回れば、その瞬間に勝負が決する。それほどまでに強い力をなのはが備えているからこそ、織莉子もリンディもなのはに協力を求めているのだ。「なのは。さっきあんたはあたしの生きる平和を守るって言ったわよね? でもこの戦いで織莉子に味方することが、本当に平和を守ることに繋がると思う?」「えっ?」「あたしはそうは思わない。だって管理局って平和を守る組織なんでしょ? そのトップを攻撃することが平和に繋がるなって、あたしには思えないわ」「た、確かにそうだけど、でも織莉子さんは……」「……いえ、アリサさんの言う通りだわ」 なのはがアリサの言葉に反論しようとするが、それを制したのは他でもない織莉子だった。「確かにこの戦いに限って言えば、なのはさんには戦う理由はないでしょうね。彼女がなのはさんを逃がさないために攻撃を仕掛けているのなら別だけど、どうやら目的は私だけみたいだし。……だからなのはさん、貴女は今すぐアリサさんとこの場から離脱なさい」 織莉子の言葉に驚きの表情を浮かべるなのは。それはアリサも同じだった。先ほどまで織莉子はなのはに自分の味方をするように、熱心に勧誘していた。それをこんな風に掌を返すとは、思いもよらなかった。 確かになのはの協力を得たい気持ちは織莉子にもある。だがそれ以上に重要なことは、なのはの精神を安定させることだ。織莉子の言葉で少しは持ち直したが、それでもまだ彼女の中では不安が払拭しきれていないはずだ。 それに今のなのはの中には、彼女自身の記憶とすずかの断片的な記憶が混在している。一人の人間の中に二人の人間の記憶がある。それは想像以上に危うい状態だろう。おそらくちょっとした揺さぶりで彼女は魔女に転化してしまう。それはなんとしてでも避けなければならない。 そのために、今のなのはに必要なのは何事にも揺るがない不屈の精神だ。自分の信念に命を捧げる覚悟を手に入れ、最期の時まで戦い抜く。その覚悟を早急に身につけさせる必要があった。「で、でも織莉子さん、わたしはもう、アリサちゃんとは……」「確かに貴女の中ではすでに答えがでているのでしょう。でもよく考えてみて。貴女がアリサさんと離ればなれになる決断をしたのは、彼女を危険な目に遭わせないためよね?」「う、うん」「ならこうして戦いの渦中にアリサさんを一人で孤立させることは、その考えに反しているのではないかしら?」「あっ……!?」 織莉子の指摘に気づかされる矛盾。彼女のいうとおり、この場にアリサがいるのはそれだけで危険である。人間同士の戦いとはいえ、流れ弾がないとは言い切れない。それがもしアリサに命中でもすれば、彼女は一溜まりもないだろう。「なのはさん、今の貴女はアリサさんから逃げているだけよ。彼女を平和な日常に送り返すという名目で関わらないようにしているだけ」「そ、そんなことは……」 ない、と言い切ろうとするなのはだったが、そこで言葉を詰まらせる。なのは自身も無自覚に認めているのだ。自分はただ、アリサと向き合う覚悟がないということを。だからなのははそのまま押し黙ってしまう。「なのはさん、貴女はすずかさんとは違う。例え彼女の記憶を引き継いでいても、まだその意志を完全に引き継ぐことができてない」 そんななのはの心に織莉子は揺さぶりを掛ける。魔女化のことを考えればこれは危険な行為かもしれない。しかしこの程度の揺さぶりで魔女になってしまうというのなら、それこそ織莉子は容赦なくなのはのソウルジェムを砕かなければならないだろう。「すずかさんがどれほどの覚悟を以て、一人で戦う道を選んだのか、今の貴女にならわかるでしょう? 彼女の意志を継ぐということは、そんな過酷な道を選ばなければならないということよ」「わ、わたしは……」 なのはは必死に言葉を紡ごうとする。だがうまく声を出すことができない。「……なのは、行こう」 そんななのはの手をそっと握りながら、アリサが呟く。織莉子の口車に乗ると言うのは、アリサとしてはどこか釈然としない気持ちがある。彼女はキリカの仲間で、それでいてなのはを戦いの道に引き摺りこんだ一人であることは間違いない。「わたしはまだ、なのはと別れることに納得したわけじゃない。例え魔法が使えなくたって、なのはと一緒にいることはできる。あたしはそう信じてる。でもなのははそれを望まないんでしょ? ならあたしを力づくにでも納得させなさい。……フェイトたちを捜しながらでもそれぐらいはできるわよね?」 それでもアリサはなのはとの対話を望んだ。先ほどのような一方的な別れではなく、お互いの気持ちをぶつけ合った問答。誰の邪魔も入らないところで、二人だけの話し合い。 もちろんアリサには、どんなに話しあったところで、お互いの意見が交わらないであろう事は、薄々と理解している。それでも自分の思いを伝えないまま別れるなんて悲し過ぎる。 そう思ったからこそ、アリサはなのはの手を引っ張って駆け出す。その手を振り払うことは、今のなのはにとって赤子の手を捻るより簡単だろう。しかしなのははそうしようとはしなかった。どんなに虚勢を張ったところで、なのはとすずかは違う。すずかのようになろうとしても、なのははそこまで非情になれないし、感情を押し殺すことはできない。 だからなのはは素直にアリサについていく。これ以上、アリサと話せばせっかくできた決心が鈍ることになるかもしれない。それでも今のなのはには、そのアリサの温もりを手放すことができなかった。 ☆ ☆ ☆「すまねぇ、クロノ。助かった」「あ、ありがとう」「気にすることはないさ。あんなものが突然、飛び込んできたとあっては助けるのは管理局員としては当然だからね」 時は少し遡り、海鳴市郊外の森の中にクロノたち三人の姿があった。素直に礼の言葉を告げる杏子とフェイトに対し、クロノは不遜な態度で答える。何故、彼らがこのような場所にいるのかというと、それはクロノが機転を利かせたからであった。 ルシフェリオンブレイカーが結界内に突如として出現した時、クロノたち三人はとても近しい距離にいた。互いの武器で鍔迫り合いをしている杏子とクロノ。そんなクロノの背後に回り込み、サイズフォームで切りかかろうとするフェイト。砲撃が飛び込んできたのは、ちょうどそんなタイミングでのことである。 いきなり現れた超弩級の巨大砲撃。まともに受ければ命すらも危ういと感じられたそれに対し、クロノは冷静に対処した。二人の腕を掴み、転移魔法を発動するクロノ。とっさのことだったので転移先の設定はできなかったが、緊急回避ができればそれで十分。それぐらいの気持ちで発動された魔法は、クロノたちを結界の外、遥か数キロ先まで飛ばしたのだ。「……おいクロノ。念のために聞いておくけどよ、あれがおまえの必勝の策って奴なのか?」「そんなわけないだろう! あれは非常に殺傷性の高い魔法だった。あんなのが直撃すれば、君たちはもちろん、僕だって無事には済まなかっただろうさ」「……なら本当にあれはなんだったんだ?」「……僕にもわからない。しかしまずは一刻も早く、アースラに僕たちの無事を伝えないと」 クロノはそう言うと、アースラに連絡を取ろうとする。だがそんな二人を無視して、フェイトがふわりと飛び上がる。「待てフェイト、何処に行く気だ? 君が僕たちの元から去りたい気持ちは分かるが、今は現状を把握するのが……」「そんな悠長なこと言っている場合じゃない! まだあそこにはアリサが取り残されているんだ!」 だがフェイトはそんなクロノの言葉を一括する。歴戦の魔導師や魔法少女ですら命の危険を感じ、逃げの一手を打つことしかできなかった黒い閃光。誰が何の目的で放ったものなのか、今の三人には検討もつかない。 しかし少なくともあれを放った人物が近くにいたのは間違いないのだろう。そんな場所に魔法の使えないアリサが取り残されている。あの結界を創り出しているのは管理局だが、執務官のクロノですら緊急避難するのがやっとだったのである。他の武装隊員がいくら束になったとしても、到底勝てるわけではないだろう。「クロノ」「わかってる。あの結界があるのは、ここからだと……東に十キロといったところか」「だそうだぜ、フェイト。あたしたちは後から行くから、アリサのことが気になるなら先に……ってもういねぇか」 その言葉を聞いて、フェイトは隼のように飛び去る。立場上、フェイトを見送るような真似はしたくなかったが、それでも彼女がこのまま逃げ出すような人物ではないということは、クロノも十二分に理解していた。 ――それに何より、今のクロノはとてもフェイトを追っていける状態ではなかった。「……杏子、すまない」「……何の話だよ? あたしがクロノに礼を言うことはあっても、クロノがあたしに謝る理由なんてないはずだぜ」「だが君が誤魔化してくれたおかげで、どうやらフェイトには気付かれずに済んだんだ。それだけは感謝させてくれ」「……別にあたしは誤魔化す必要なんてなかったと思うけどな」 そう呟く杏子の目の前で、彼女の前に立ち、先ほどまでフェイトとも話をしていたクロノの姿が幻のように消え去る。それを確認した杏子はゆっくりとした足取りで一本の木の元まで歩き出し、その背後に回り込む。するとそこには木にもたれかかり、息を大きく乱すクロノの姿があった。「それよりもだ、傷の具合はどうだ?」「あいにくと大丈夫とは言い難いな。今もこうして治癒魔法を掛け続けているが、一向に傷口が塞がらない。どうやら魔力自体も尽きかけているらしい。早くアースラに戻らないと……」 クロノを蝕む大きな二つの傷。それはルシフェリオンブレイカーによるものではなく、杏子とフェイトの手によって与えられたものだった。とっさのことだったとはいえ、あの瞬間、クロノは自分の守りよりも二人を助けることを選んだ。鍔迫り合っていた時に握っていたS2Uから手を離し、右手で杏子を、左出てフェイトを掴んだクロノは、そんな二人の攻撃をモロに受けてしまった。そのため脇腹にはバルディッシュによる電撃を伴った酷い大きな火傷があり、胸元は杏子の槍の切っ先で深く切り裂かれた裂傷がある。「それに傷を負ったのは僕だけじゃあないだろう?」「……ま、そうだけど、それでもあたしは魔法少女だからな。少なくともクロノよりは痛みには強いはずだぜ」「……そんな大きな火傷を負っていて、よく言う」「……うっせ。あたしとてめぇとじゃあ、文字通り身体の出来が違うんだよ」 杏子の背中には黒く大きな火傷の痕があった。炎に焼かれ爛れきった杏子の背中。それは見ているだけで惨たらしい。それこそ、紛れもなくルシフェリオンブレイカーがもたらした傷であった。 とっさに転送魔法を発動させたクロノだったが、正面と背後から切り裂かれたことによってその集中力は大きく乱れ、魔法の発動に一瞬のタイムラグが生まれた。そのため、砲撃の飛んできた方向にいた杏子は、その身で二人を庇おうとしたのだ。魔導師とは違い魔法少女である杏子はあらゆる傷を魔力によって治癒することができる。治癒魔法が苦手とはいえ、その事実は揺るがない。だからこそできた無茶だった。 しかしルシフェリオンブレイカーの威力は杏子の想像を遥かに上回っていた。杏子の背中が晒されたのは、僅か一秒にも満たない時間だったが、それでも杏子の背中に深い傷を負わせるには十分だった。あと少し転移が遅れていれば、確実に魔力が枯渇するか、絶命していただろう。「さて、それじゃあそろそろあたしもフェイトの後を追うか」「待て! その傷では無茶だ!!」「あたしより酷い傷を追ってる奴がなに言ってんだよ?」「そうは言うが、杏子。その傷の痛みを抑えるためにグリーフシードを何個使ったんだ?」「……五個」 一個のグリーフシードで魔法少女が回復できる魔力量がどの程度のものなのか、クロノは知らない。だが杏子が管理局に協力し、魔女と戦っていた時はほとんどグリーフシードを使っている様子はなかった。もちろん全く使っていなかったというわけではないが、基本的に数戦に一個といった非常に少ない頻度で使用していたはずだ。それを一気に五個も使ったと言うのだから、先ほどの砲撃で彼女が受けたダメージは恐るべきものだろう。「ダメだ。このまま君をフェイトのところに向かわすことは許可できない。一緒にアースラに来て治療を受けるべきだ」「気持ちはありがてぇけど、フェイトには後で行くって言っちまったしな。それにさっきまであたしたちは戦ってたんだぜ。今更、戻れるわけねぇだろ」 杏子がアースラ内で行った立ち回り。それは彼らの信頼を裏切る行為であることは間違いない。杏子自身に管理局と敵対する理由がないとはいえ、それでも今のアースラは敵地なのだ。そんな場所に傷を負った状態で戻るなどという提案を受け入れられるはずがない。「……杏子、僕が言うのもなんだが、こう見えて君にはそれなりに感謝をしているんだ。僕や他の局員が魔女と渡り合うことができるようになったのは、間違いなく君のおかげだ。確かに今はフェイトのことで敵対関係と呼べるが、それを抜きにすればまだ協力関係は解消されていないはずだ」「……ま、確かにそうだな」 元々、杏子が管理局に協力したのは、海鳴市に集まった魔女の驚異に対抗するためだ。ジュエルシードを吸収した魔女の驚異。そしてそれによって引き起こされるかもしれない大災害。それをどうにかするために、杏子は管理局と協力することにしたのだ。「だけどそれでもあたしはアースラに戻る気はねぇよ。少なくとも今はまだ、な」 それでも今の杏子は確かめねばならぬ事がある。先ほどの砲撃から感じられた絶望的な魔力。しかし直接、被弾したからこそその中に見知った魔力の気配が感じられた。その理由を杏子はこの目で確かめる必要があった。「……そうか。ならこういうのはどうだ? 今の僕はアースラと連絡を取ることができず、さらに立つことすら叶わない状態だ。もしそんな僕が魔女の結界に取り込まれでもしたら、どうなると思う? 使い魔程度ならなんとかできるかもしれないが、魔女と相対して生き残ることはおそらく不可能だろう。だがもし杏子も残ってくれれば、お互い手負いとはいえ、なんとかなるかもしれない」「…………てめぇ、汚ぇぞ。そんなこと言われたら、行くに行けねぇじゃねぇか」 そう言って杏子はその場に腰を降ろす。殺意を込めた表情でクロノを睨みつけながら、クロノに対して罵詈雑言をぶつける。「ああ。今はなんと言われようと構わないさ。このまま君を死地に行かせるくらいならね」 だがそれをクロノは何食わぬ顔で受け入れた。確かにクロノの傷は深い。だが杏子の傷はそんなクロノのものよりも深いはずだ。魔法少女だから痛みに強いというのは本当なのだろうが、すでに隻腕で戦っている彼女にこれ以上、クロノは無茶をして欲しくなかったのだ。「すまない、杏子。少し眠ってもいいか」 文句を言いながらも一向に去る様子のない杏子を見て、クロノは安心したのだろう。その瞼がゆっくりと降ろしていく。「お、おい、何ふざけたこと言ってんだ! 寝るんじゃねぇ! 二度と起きれなくなるぞ!!」「……何を、言ってるんだ? そんなわけ、ないだろう。最近、魔女との、戦いばかりで、少し寝不足、気味だったから。だから、少しだけ…………」 そう言ってクロノは瞼を閉じる。その後も杏子は何度もクロノの名を呼ぶ。だがそれに対するクロノからの返答は、一切なかった。2013/8/25 初投稿、およびに不具合で分割投稿していたのを統合2013/9/22 サブタイトル変更。および誤字脱字修正