「フェイト~!! 会いたかったよ~!!」 アルフがフェイトを見つけたのは、彼女がアリサの元に戻ろうとしている途中の出来事だった。先ほどまで一切、フェイトの魔力を感じられなかったアルフだったが、フェイトが結界の外に解放されたことにより、すぐにその居場所を特定するに至ったのだ。 長い間、フェイトのことを捜していた反動か、アルフは感極まってフェイトの身体を思いっきり抱きしめる。瞳から大粒の涙を零し、フェイトの無事を安堵する。「……ごめんね、アルフ。心配かけて」「ううん、いいんだよ。フェイトが無事ならそれで」 思いっきり甘えるようにアルフは、フェイトの身体に顔を埋める。そんなアルフの背中を優しく撫でるフェイトだったが、今の彼女にはあまり時間が与えられていなかった。「それじゃあフェイトも疲れただろうし、ゆまの待っている家まで帰ろう」 そう満面の笑みで告げたアルフだったが、フェイトは首を横に振る。「ごめん、アルフ。わたしはまだ帰れない。このままだとアリサが……」「アリサ?」「説明は向かいながらするから、今はわたしについてきて」 初めて出る名前に首を傾げるアルフ。そんなアルフに対して、フェイトは有無を言わさぬ勢いで言い放ち、猛スピードで飛んでいった。どこか釈然としない気持ちを感じつつも、アルフはその後を追う。その道すがらにフェイトから大体の事情を聞かされたアルフは、驚きの連続だった。杏子との再会からはじまり、管理局の次空航行船に連れて行かれ、そこからの脱出。そして執務官相手に杏子と共闘。その果てに突如として現れた砲撃に晒されたと言うのだ。驚かない方が無理のない話だろう。 特にフェイトが間一髪のところで退避できたという砲撃。その魔力に関しては結界の外にいるアルフにも感知することができた。フェイトの魔力残滓を探している時に引っ掛かった強い負の魔力。そんな魔力を感じたからこそ、アルフは心底、フェイトの無事を喜んだのだ。 しかしそれがすでにフェイトに向けられて放たれたということを知り、アルフは後悔する。フェイトの強さを過信し、すぐに捜しに行かなかった自分。一歩間違えればフェイトは大怪我、下手をすればその命すら落としていたのかもしれない。 それはまさに織莉子の言った通りの状況だった。自分の手の届かないところで大切な人を死なせてしまったという織莉子。アルフもまた、そんな織莉子と同じ思いをするところだった。 想像するだけで辛いであろうその状況。だが未だに危機的状況から抜け切れたとは言いにくい。何故なら、フェイトは今、そんな砲撃を放った相手がいるであろう結界の中に戻ろうとしているのだから。「なぁフェイト。やっぱりゆまのところに帰らないかい? あたしはそのアリサって子がどんな子か知らないけどさ、でもそこまで危険を冒してまで助けるような子なのかい?」 故にアルフは尋ねずにはいられない。フェイトが助けようとしているアリサ。魔法を一切、使うことのできないすずかの友達。アルフとしてもすずかのことについては思う部分がある。けれどアルフにとって一番大切なのはフェイトなのだ。そんな彼女が自らの危険を顧みず助け出す価値があるかどうか、アルフには判断のつけようがなかった。「……うん。わたしはどうしてもアリサを助けたいだ。それはわたしがすずかに手を差し伸べてあげることができなかったから」 そんなアルフにフェイトはアリサを助ける理由を告げる。フェイトにとってすずかは初めて出会った同世代の魔法使いである。魔導師と魔法少女という違いはあれど、戦いの中で二人は出会い、互いに助け、助けられてきた。話をする時間こそ、そこまで多くはなかったが、それでもすずかがフェイトに与えた影響は大きい。「アルフがわたしに危険な目に遭って欲しくない気持ちはわかる。でもここで帰って、それでアリサに万が一のことがあったら、きっとわたしは後悔する。すずかの時みたいに――」「フェイト……ごめん、馬鹿なことを聞いたね。忘れて」 アルフは自分の両頬を力いっぱい叩く。そして自分の中の不安を消し去る。先ほどとは違い、フェイトの傍には自分がいる。ならば自分がフェイトを守ればいい。例え相手がどれほど強大で恐ろしい力の持ち主だとしても、フェイトの意思を守り切ればいい。それこそがフェイトの使い魔たる自分の使命なのだから。「それじゃあフェイト、さっさとそのアリサって子を助けてさ、ゆまのところに帰ろう。いい加減、ゆまも待ちくたびれているだろうしね」 そう言うとアルフはフェイトの手を掴み、引っ張るようにして飛んでいく。そんなアルフの行動にフェイトは内心で感謝しつつ、さらに速度を上げて結界に向かって飛んでいった。 それから程なくして結界の場所まで辿り着いた二人は、何の躊躇もなく管理局へと飛び込んでいった。本来ならば侵入も脱出も困難なはずだった結界。しかしそれを容易く打ち破ることができたのは、先ほどのなのはの砲撃の影響に他ならない。突如として内側に発生した強大な魔力。それに揺さぶりをかけられた結界には大きな綻びができていた。結界という体裁は整ってはいるものの、その侵入も脱出も容易く行えるほどに弱々しい。 だからこそ、フェイトたちは難なく結界内に戻ってくることができたのだ。もちろん、いつまでもそのような結界が維持されるとは考えにくい。いずれは結界の強度が耐えきれなくなり自動で解除されるか、あるいは管理局の手によって元の強度に戻されるか。前者なら問題ないが、後者だとしたら再び結界の外に出るのは非常に困難になってしまう。故にフェイトたちは一刻も早く、アリサのことを見つける必要があった。「あれってもしかして織莉子か?」 だがフェイトたちが最初に見つけたのは交戦中だった織莉子とリンディの姿だった。「あの人のことを知ってるの? アルフ。見たところ魔法少女みたいだけど……」「あ、ああ。そういや、まだフェイトには言ってなかったね。織莉子っていうのは、あの白い魔法少女のことなんだけどさ、フェイトがいない間にキュゥべえが連れてきたんだ。なんでもプレシアが織莉子に聞きたいことがあるとかで……」「母さんが?」 プレシアの名前を出されたことで、フェイトは視線を改めて織莉子に移す。おそらくは杏子と同じ魔法少女なのだろうが、その出で立ちはまるで違う。服装から髪に至るまで、白一色とも呼ぶべき姿。同じ白い衣装と言うと、フェイトにはリニスとなのはの姿を想像するが、その二人とは違い、どこか近寄り難い雰囲気すら感じる。こうして遠くから眺めているだけでも、フェイトにはどこか捕らえ難い人物であるという印象を与えていた。 本来ならば、そんな二人の戦いに関わっている時間はない。アリサに自分たちの無事を伝え、その身を保護するという必要がある以上、すぐにでも捜しに向かうべきだろう。しかし彼女をプレシアが求めている。その事実を無視するわけにはいかない。「アルフ、わたしは織莉子さんの援護に行く。だからアルフはわたしの代わりにアリサを捜し出して護って……」「……ごめんフェイト。それはできない相談だよ。フェイトはさっきまでずっと戦い続けていたんだ。そんな魔力が消耗している状態で助けに入ったら、逆に足手まといになるかもしれないだろ? だから織莉子の援護はあたしがする。フェイトはその間、少しだけ待っていてくれないか?」 フェイトの頼みを遮り、アルフは自分の意見を告げる。本当なら一緒に援護しに行く、あるいは二手に別れてアリサを捜しに行って欲しいと頼むべきところなのだろう。しかし先ほどの黒い砲撃のことが引っかかり、アルフはそんな消極的な意見を告げることしかできなかった。「アルフの言うことも一理ある。でもわたしはただ待っているなんてことできないよ。いつ結界が修復されるかわからない以上、ここは二手に別れて事に当たるしかない」 それ故に簡単に反論を許してしまう。アルフがフェイトの身を案じているというのは彼女も理解している。それでもフェイトは譲らない。まともに戦闘が行えるほどの魔力が残っていないことはフェイトにもわかっている。しかしだからこそ、管理局の手によって結界が修復される前に何としてでもアリサを見つけ出し脱出しなければならなかった。「フェイト、ここにはまだ、例の黒い砲撃を放った相手がいるかもしれないんだ。だからフェイトを一人で行かせるわけには……」「それならなおさら一刻も早くアリサを捜しに行かないと。アリサを見つけられなかったら、それこそここに戻ってきた意味がないよ」 真っ向から対立するフェイトとアルフ。しばらく見つめ合った二人だが、結局折れたのはアルフの方だった。「……はぁ、わかったよ。でも織莉子の援護をしに行くのはあたしだ。その点は譲らないからね」「うん、ごめんね、アルフ。心配かけて。それと気をつけてね。あの人はきっと強いから」 真剣な表情でフェイトの身を案じるアルフ。だがそれはフェイトも同じだった。織莉子が戦っている相手。それはアースラの中で見た管理局のリーダーである。アルフはもちろん、フェイトですらリンディとは勝負にならないだろう。織莉子の実力がわからない以上、フェイトは不安を隠すことができなかった。「安心しなって。……だけどフェイトも気をつけなよ。ここは管理局の結界なんだ。きっとあたしたちが外から侵入したことにも気付いているはずだ。だから決して油断だけはするんじゃないよ」「……わかってる。でもだからこそ、アリサを一人にはしておけない」 アリサとはまだ出会って一時間ほどしか経っていない。しかしそれでも彼女のなのはとすずかを思う気持ちが本物だということは、フェイトにも理解できた。そんな彼女の強い想いにフェイトは惹かれていた。フェイトがプレシアを想うように、ゆまが杏子を想うように、アリサもまたなのはとすずかのことを案じている。そんな自分と近しい部分を敏感に感じ取ったからこそ、フェイトは手を差し伸べずにはいられなかったのだ。「ホント、フェイトは誰にでも優しい良い子だね。だけどフェイト、いざとなったら自分の身を一番に優先するんだ。そしてアリサを見つけたら、すぐにここから離脱するんだよ。いいね?」「……大丈夫。ちゃんとわかってるから」 フェイトにはやるべきことがある。プレシアのためにジュエルシードを手に入れる。フェイトにとって何より優先すべきことはそれなのだ。魔女から人々を助けるのも、アリサの事に固執するのも、それらはフェイトの目的とは何ら関係のないことだ。それでもフェイトは目の前で困っている人を見て見ぬふりをすることができなかった。「それじゃあアルフ、わたしはもう行くね。アルフも気をつけて」 フェイトはそう言うと、リンディたちに気づかれないように、低速で飛んでいく。そんなフェイトの後ろ姿をアルフは不安げな表情で見送る。しかしすぐに気を引き締め直し、覚悟を決めて戦いの場に飛び込んでいった。 ☆ ☆ ☆ 未来を見通すというのは、莫大な魔力を消費する。数秒後の未来ならば、そこまでの消費はない。しかし数日、数ヶ月、数年後の未来となるとそうはいかない。現在から時間が遠ざかるほどに魔力消費が増え、もし限度を考えずに未来を覗こうとすれば、一瞬で魔力が枯渇し魔女になってしまうだろう。それでも魔力さえあれば、何年先の未来でも視ることは可能……なはずだった。 しかし織莉子は今より一年後、より正確に言えば来年の未来を見通すことができなかった。それはこのままいけば来年には、この世界が滅んでいるからに他ならない。クリスマスに生まれる終末の魔女。その力によってこの世界は一週間で死滅させられるだろう。 それを防ぐ意味でも織莉子は常日頃から破滅の未来を回避するための術を未来視の力によって捜していた。敵の正体や自分に力を貸してくれる人物など、織莉子は幾度となく未来を覗き捜し続けた。その過程で織莉子は魔導師の存在、そしてジュエルシードが海鳴市に降り注ぐことを知ったのだ。 魔導師の存在は、織莉子にとって希望だった。キュゥべえの契約を介さない魔法の行使。それだけでも希望となり得るのに、ジュエルシードを求めて海鳴市で争うことになる二人の少女は、そのどちらも一般的な魔法少女と比べて遥かに優れた力を持っていた。もちろんそれだけで滅びの未来を変えるには至らないが、それでもその発見は大きな一歩へと繋がった。 だから織莉子は未来視で覗き込む範囲を海鳴市に狭め、さらに情報を集めた。ジュエルシードの落下地点を予測し、苦もなく幾つかのジュエルシードを入手した。管理局やキュゥべえの動きを予測し、自分が海鳴市にいることを悟られないようにした。そして絶妙なタイミングでなのはと出会い、彼女に魔法少女の真実を伝えた。 未来を知るというアドバンテージを持つ織莉子は、常に事を優位に運び続けてきた。だがそれはちょっとした油断から脆くも崩れ去ってしまう。世界の救済のために必要になるであろうなのはの力。その命を救うためにすずかの協力を得ようとし、織莉子は手痛い反撃を受けた。すずかの力を計り損ね、その一撃によって記憶を奪われ、数日の間、昏睡状態に陥っていた。 その結果、織莉子の知らぬところでキリカが暴走し、その命をすずかと相討ちという形で散らしてしまった。その事実を最初に知ったとき、織莉子は涙すら流さなかった。自分が傷つけられた段階で、キリカが何らかの行動を移すということは予想がついていた。まさかジュエルシードまで持ち出してしまうとは思っていなかったが、その結果としてジュエルシードの魔力をその身に受けても少なくとも数時間は自我をある程度は保てるという証明にはなったのは大きな一歩と言えるだろう。 だがそれ以上にキリカとすずかの二人に死なれてしまった損失は大きい。貪欲に強くなろうとするすずかは危険な存在ではあったが、それでも破滅の未来をもたらす相手に対して、絶対的な戦力になっただろう。キリカは織莉子の手足となって動き、さらに彼女の身を守る矛と楯でもあった。それがなくなったとなれば、必然的に織莉子自身が動かなければならなくなる。後々のために魔力をためる必要があるのにも関わらず、積極的に物事の渦中に飛び込んでいかなければならない。 現に今も織莉子はリンディと戦っている。本来ならば戦う必要のない相手。魔法少女ではないということは、魔女になることのない相手ということだ。魔女は絶望をもたらし、世界に破滅を呼ぶが、魔導師にはそれがない。つまり織莉子にとって、本来ならば敵対する必要のない相手なのだ。 それでも彼女がリンディと戦うのは、ここで管理局と行動を共にするのは得策ではないからだ。今、この時において織莉子が管理局についていけば、今後二度とプレシアと出会う機会は訪れないだろう。プレシアが織莉子に何を求めているのかはわからないが、それでも彼女の協力を得られることができれば、世界の救済にまた一歩近づくことができるはずだ。 織莉子の知る限り、管理局とはこの先、交渉できる機会は何度となく訪れるだろう。しかしプレシアに関しては、今この時を置いて他にない。彼女はもうすぐ死ぬ。それがどのような形であれ、その死を覆すことはほぼ不可能だろう。なればこそ、今の内に彼女の助力を得られるのだとしたら、その力を借り受けておきたかった。(だけど今の私では彼女を打ち倒すどころか、逃げ果せるのも難しいでしょうね) しかし彼我の戦力差を考えればそれが非常に難しいことであると、織莉子は理解していた。流石は管理局の次空航行船の艦長というべきか、リンディの放つスティンガーは全て鋭く、それでいて的確に放たれていた。現状、織莉子はその軌道を未来視で読み取ってはいるが、すでに何発かはその身に受けている。致命傷と呼ぶべきようなものはないが、それでも直撃を受けてしまうのも時間の問題だろう。 それに対して織莉子の攻撃には決定打はない。彼女の飛ばす水晶球は自由自在に操れるとはいえ、その威力は防御シールドで簡単に防がれてしまうようなものだ。高威力な技もあるにはあるが、今後のことを考えればこれ以上、彼女の心証を下げるわけにはいかなかった。(こんなことなら素直になのはさんの助力を得ようとすればよかったかもしれないわね) 過ぎたことを後悔しても仕方ないが、それでも織莉子としては今すぐにでもなのはに戻ってきてもらいたかった。彼女の絶大な魔力があれば、この場から切り抜けることは造作もない。いや、この際なのはでなくてもいい。状況が変わるきっかけ。それがどのようなものであれ、少しでもリンディの気を逸らすことができれば、それに乗じて織莉子はこの場から離脱することも可能だろう。 織莉子はリンディの攻撃を紙一重で避けながら、その時が来るのをじっと待つ。誰でもいい。第三者がこの場に介入し、できることなら織莉子に組みする何者かがこの場に現れるのを、織莉子はリンディに悟られないように待ち続けた。【織莉子、後ろに飛びな】 そんな織莉子に聞こえてくる念話。織莉子はその言葉に従い、バックステップを踏む。それと同時に嵐のように降り注ぐフォトンランサー。突如とした第三者の介入にリンディは一瞬、反応が遅れる。それでも防御シールドを展開し、その猛攻を防ぐ。「……助かったわ、アルフさん。だけどどうしてここに?」 織莉子は自分の横に降りてくるアルフに礼を言う。時間を稼げば誰かが現れる可能性は高いと踏んではいたが、それでもアルフが現れるとは思っていなかった。「それはこっちの台詞だよ。なんであんたが管理局の結界の中に入り込んでいるんだい?」「こっちにも色々とあるのよ。……それにしてもアルフさん、助けてもらってこんなことを言うのもあれだけれど、フェイトさんを捜さなくていいのかしら?」 アルフにとってのフェイトは、織莉子にとってのキリカに匹敵するような対象だ。そんな彼女を放っておいてアルフが自分を助けてくれたことが、織莉子には意外だった。「フェイトとはもう会ったよ。今はアリサって子を捜しに行ってる」 だがすぐにそんな織莉子の勘違いは正される。フェイトの所在がハッキリとしているというのなら、アルフが自分を助けに現れたのも、ある程度は納得できる話である。しかしそれと同時にアルフの危機感覚がまだ足りてないと織莉子は感じていた。 彼女が本当にフェイトを護りたいと思うのなら、敵地で別行動を取るなどというのは絶対に行ってはならないことだ。ここが魔女の結界ではないから命の心配はしなくても良いとはいえ、それでも管理局に捕えられる可能性は十分にある。フェイトにそこまで肩入れする理由は、今の織莉子にはないが、それでもここでフェイトの動きが拘束されるのは織莉子にとっても好ましいことではなかった。「フェイトさんは無事だったの!?」 そのことをアルフに伝えようとした織莉子だったが、それを遮るようにリンディの驚きの声が辺りに響き渡る。フェイトが無事だったということは、同時にクロノや杏子の無事である可能性が高いということだ。リンディは是が非でもそこを確かめたかった。「アルフさん、だったわね? フェイトさんと一緒に黒衣を身に付けた魔導師と槍を使う魔法少女は一緒じゃなかったかしら?」「……管理局のあんたに教えてやる義理はないけど、ついでだから教えといてやるよ。杏子もクロノって奴も、多少の手傷は負ったみたいだけど、無事だよ。今、ここに向かってるってさ」「……そう」 アルフの言葉を聞いて、心の底から安堵を浮かべるリンディ。そうした気の緩み、それをアルフは見逃さなかった。簡単な捕縛魔法でリンディを拘束する。普段のリンディならばとても引っかからないような単純な手口。それでもクロノが無事であると聞かされては、母親として当然の気の緩みだろう。「あんたには悪いけど、あたしにはあたしの事情があるんでね。ほら織莉子、あたしに捕まりな。さっさとフェイトと合流するよ」 アルフは有無を言わさぬ勢いで織莉子を背負うと、そのまま飛び去っていく。アルフは決して織莉子の加勢をしにきたわけではない。彼女はただ織莉子をこの場から釣れ出しに来たのだ。 だがそれは決してプレシアのためではない。織莉子に恩があったからだ。フェイトは強いと高を括っていた数時間前の自分。しかしそうしている間にフェイトは管理局に捕らえられ、命の危険にも見回れていた。織莉子の忠告を聞き、もっと早くに捜しに行けば、フェイトがそのような目にあわなかったかもしれない。まだ織莉子を完全に信用したわけではないが、それでも彼女の言葉は正しかった。だからアルフは、自分の中で誠意を示したかったのだ。「……アルフさん、少し恥ずかしいのだけれど」「我慢しな。あんたは飛べないんだから」「それはそうなのだけれど、さすがに誰かに背負われたというのは、子供の頃以来だから」 織莉子はどこか照れくさそうに告げる。だがアルフはそんな織莉子の感情の一切を無視する。おそらくフェイトはまだ、この結界内にいるはずだ。まだ彼女と別れてから数分しか経っていない。そんな短時間で、目的の人物を捜し出すことなど不可能だろう。 だからアルフはフェイトの魔力の気配を探る。使い魔であるアルフは、位相空間や別の世界にでもいない限り、フェイトとの繋がりを感じ取ることができる。それを頼りに、真っ直ぐフェイトの元に向かって飛んでいった。 ☆ ☆ ☆ なのはとアリサの二人は無言で結界内を歩き続けていた。その手を握り締めながら、フェイトたちを捜すという名目でなのははその後を着いてきた。だがその実、二人にはフェイトたちを捜す気は全くなかった。その安否が気にならないと言えば嘘になる。しかし本当にフェイトたち三人のことを捜しているのなら、こうして歩くのではなくなのはの飛翔魔法を使って上空から捜した方がよっぽど建設的なはずだ。なのはがそれをしなかったのは、三人の安否以上にアリサの存在を気にしていたからである。力強くなのはの手を握り締めるアリサ。その様子は決してフェイトたちを捜しているというわけではなく、初めから目的地が決まっているかのようだった。脇目も振らず道を歩き、一つのビルの中に入り、その階段を上っていく。そうして辿り着いたビルの屋上でようやくアリサは足を止め、なのはに向き直る。「ねぇ、なのは。一つだけ改めて確かめさせてほしいんだけど、本当にすずかは死んだの?」 そして開口一番に、なのはに疑問をぶつける。それはなのはにとっては思い出したくもなく、それでいて一生忘れることのできない出来事についての問いだった。「……うん。すずかちゃんはわたしたちを守って死んだ」 本来ならば他人には触れられたくないデリケートな部分。だがそれを尋ねたのがアリサなら話は別である。彼女はなのはの親友で、それでいてすずかの親友でもあるのだから。だからなのははアリサの目を真っ直ぐ見つめて、力なくそう告げた。「……そっか。やっぱりそうなのね」 なのはの言葉にアリサは短く呟き、酷く気落ちした表情を見せる。先ほどまで頑なにすずかの死を否定してきたアリサだったが、それでもなのはに言われれば信じざるを得ない。――すずかは死んだ。なのはやアリサ、そして多くの人の命を救うためにその身を捧げた。そのことがアリサにもようやく事実だと受け入れることができた。「でもさ、どうしてすずかが死ななくちゃならなかったの?」 だがそれはあくまでアリサはその死を事実として受け入れただけだ。納得したわけではない。故に尋ねる。自分と同じくらいすずかを大切に思っていて、なおかつ自分よりすずかに近い位置にいるであろうもう一人の親友に。「……それはすずかちゃんが誰よりも強い子だったからだよ。誰よりも優しくて、誰よりも穏やかで、誰よりも苦しんでいたすずかちゃんだからこそ、きっと日常というものに尊さを感じていたと思うんだ」 すずかは夜の一族に生まれ、普通の女の子としての人生に憧れていたからこそ、日常に焦がれた。そんなすずかの光となったのは、他ならぬなのはとアリサである。二人がいたからすずかは毎日を楽しめた。二人がいたからすずかは皆を護ろうとした。二人がいたからすずかは最後まで希望を失わずに済んだ。「……確かにすずかは優しくて、穏やかで、とても苦しんでたわよ。それはあたしにもわかる。でもね、すずかが強いとはあたしは思わない。あたしから見たすずかは誰よりも弱い女の子だった。必死に自分の感情を隠し、他人を立てることで傷つかないようにする、そんな弱い子。それがあたしから見たすずかなのよ。そしてそれはあたしもなのはも、みんな同じだったはずよ!!」 なのはの考えとアリサの考え。そこには微妙な齟齬があった。それを顕著に感じ取ったからこそ、アリサは激昂する。アリサもすずかも、そして自分も弱さを持っていた。そんな心の深い傷とも言いかえれるであろうものを抱え込んでいたからこそ、それを補う意味でも三人は友達でいることができた。「……そうだね。確かにアリサちゃんの言う通り、わたしたちは皆、弱かった。わたしは良い子でいようとしたし、すずかちゃんもずっとわたしたちにも話せない秘密を抱えていた。そしてそれはアリサちゃんも一緒だったと思う。……だけど、きっとすずかちゃんはそんな自分が耐えられなかったんじゃないかな? だからキュゥべえくんに願って強くなろうとした」 しかし今は違う。すずかは魔法少女になり、強くなることを望んだ。それは単純に力を欲したわけではない。何物にも揺るがない意思の強さも求めた。「……どうしてそんなことがわかるのよ」「それはね、わたしがキュゥべえくんに祈った願いが……すずかちゃんの意志を継ぐことだったから」「すずかの、意思?」「うん。さっきも少し話したけど、今のわたしにはね、すずかちゃんが普段、なにを考え、なにを望み、なにに苦しんでいたのか。そういったものが全部わかっちゃうんだ。わたしがキュゥべえくんに叶えてもらったのは、そんなすずかちゃんの尊厳を踏みにじるような願いなの」「……ッ!? どうしてそんなことを……」「アリサちゃんがキリカさんの創り出した結界の中で意識を失くしている時にね、わたしは少しだけすずかちゃんと話をしたの。すずかちゃん、これから命賭けでキリカさんに挑むっていうのに、笑ってた。心の底から、凄く安心したような表情で笑い続けてたの。それでね、そんな風に笑いながらすずかちゃんはこう言ったんだ。『私は絶望の果てに死ぬんじゃない。希望を繋げるために死ぬんだよ』って。あの時は凄く悲しかったけど、それ以上にどうしてすずかちゃんがそんなことをしたのかがわからなかった。だからわたしはキュゥべえくんと契約してすずかちゃんの意思を継ごうって思ったの」 なのはの言葉にアリサは何も返せず息を飲む。そんなアリサになのはは言葉を続けた。「そうして契約して、はじめてわかったことがある。すずかちゃんは、わたしやアリサちゃん、それに学校に取り残されている皆を護ることができたのが誇らしかったんだ。どこまでも強くなることを望んで、魔女と戦い続けたすずかちゃんだけど、本当に自分の力で誰かを護ることができるのか、ずっと不安だったんだと思う。それを目に見える形で成し遂げることができた。だからすずかちゃんは、満足して戦い抜くことができたんだよ」「……そんなの勝手よ。あたしはまだ、すずかときちんと話したいことが山ほどあったのに。それなのにすずかは勝手にいなくなって。今度はなのはもいなくなろうとしている。しかもそのなのははすずかの気持ちが全てわかるですって? これじゃあ本当に、あたし一人だけが取り残されちゃうじゃない」 言葉と共に涙を流すアリサ。アースラで目覚めてから、アリサが泣いたのはこれで何度目のことだろう。すでに枯れるほど泣いているとも思えるが、それでもアリサの涙は止まらない。 そんなアリサを優しく抱き締めるなのは。そして慰めるように自分の中にあるもう一人の思いを告げる。「ごめんね、アリサちゃん。……でもね、アリサちゃんはそれでいいんだよ。だってもしアリサちゃんまでわたしたちと同じような存在になってしまったら、それこそわたしがキュゥべえくんと契約してまで強さを求めた理由がなくなっちゃう。だってわたしはアリサちゃんに、ずっと平和な世界に生きて欲しいから。それでわたしたちが得られなかった幸せを掴んで欲しいから」 そう語るなのはの瞳は紅く輝かせ、穏和な笑みを浮かべていた。その顔はまるですずかを彷彿とさせる、そんな穏やかな笑みだった。「……そんなこと言われても、あたしが納得できると思う? あたしはずっとなのはとすずかの三人で一緒にいたかった。一緒に学校に通って、勉強して、お弁当を食べて、遊んで、家に帰る。そんなごく当たり前の生活をずっと続けていたかった。それがこんな形で離れ離れになって、あたしが幸せになれると本気で信じてるの?」 アリサは弱々しい声でなのはに問いかける。彼女の中には最早、意地もプライドもない。すずかの死が悲しい。なのはと離れたくない。そんなアリサの剥き出しの感情がなのはに向けられる。 そんなアリサの姿を見て、なのはは揺らいでいた。彼女とて、できることならこのままアリサと離れ離れになりたくない。すずかがいなくなった以上、アリサはなのはにとって唯一無二の親友なのだ。そんな彼女ともう二度と会えなくなることを、望むはずがない。「アリサちゃんが納得できないって気持ちもわかる。わたしが逆の立場だったら、きっと意地でも追いすがろうとするだろうから。それでもアリサちゃんにはわたしのことを諦めてもらわないといけない。だから……」 しかしそれでも、決断しなければならない。一時の気の迷いでアリサを危険に巻き込むわけにはいかない。すずかがいない以上、なのはにとってはアリサだけが希望なのだ。 だから、なのはは意を決してアリサの瞳を覗き込む。真紅の瞳をさらに輝かせて、真正面からアリサを見つめる。そんななのはの瞳に晒されたアリサは、次第にその表情をどこかぼんやりとしたものへと変えていく。先ほどまでの怒りや悲しみはどこ吹く風と言った具合に、その頭を真っ白になっていく。さらにそんなアリサの脳裏の中に描かれていた大切な思い出もまた、同時に白く塗り潰されていく。まだ平和だった頃、アリサとなのはとすずか、三人で過ごした数々の記憶。それが無慈悲にも失われていく。それを止める術は、アリサにはなかった。 なのはがアリサに行ったのは、夜の一族の持つ記憶操作の術である。なのはがすずかから引き継いだのは、魔法少女としての力だけではない。その夜の一族としての特性。それすらもまた、自分のものとしていたのだ。 本来ならば、このような真似はしたくない。だがこうでもしなければ、アリサは絶対に諦めないだろう。魔法が使えなくとも、どんなに危険が待ち受けていようとも、彼女はなのはを捜し続けるはずだ。なのはがこれから行っていく戦いを考えれば、その後を追うというのは自殺行為に等しい。 ――だからこそ、なのはは記憶を消すという手段を選んだ。大切な親友だからこそ、自分を追って危険な真似などして欲しくない。自分のことを引き摺って、いつまでも悲しみに支配されて欲しくない。それ故になのはは心を鬼にして、アリサの中から自分とすずかに関することを消し去った。 術を掛け終わったアリサは、力なく倒れる。それをなのはは支え、ゆっくりとその場に寝かせる。次にアリサが目覚めた時、彼女の中からはなのはのことも、すずかのことも完全に忘れ去られてしまっているだろう。「ごめんね、アリサちゃん。……そして、さようなら」 そんなアリサになのはは謝罪と別れの言葉を告げる。別れを告げたはずなのに、彼女の身体はまるで石像になったかのように動かない。だがその目元からは大粒の涙を零し続ける。そして本当にこれで良かったのかと、なのははただただ、自分自答し続けた。2013/9/7 初投稿2013/9/22 サブタイトル変更。および誤字脱字修正