前書き 感想版では何度か触れてましたが、第10話のサブタイトルを変更しました。 内容自体は少し誤字脱字を修正した程度なので、特に読み返す必要はありませんので、ご安心ください。 それでは本編どうぞ! ☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★ アルフたちと別れた織莉子はゆっくりとした足取りで結界の中を歩いていく。本来ならば管理局に狙われている彼女にのんびりしている余裕などない。しかし織莉子がアルフたちとの別れ際に視えたほんの数分先の未来。それを視たからこそ、織莉子は真っ直ぐプレシアの元に向かおうとはせずに寄り道をする未来を選んでいた。「……さてと、そろそろいいでしょう。そこにいるのはわかっているわ。アリサさんもフェイトさんも近くにいないことだし、いい加減出てきたらどうかしら?」 そう言う織莉子の背後から出てきたのは、なのはだった。アリサの記憶を奪い、フェイトを撃墜し去ったように見えたなのはだったが、実はまだこの結界の中に止まり続けていた。フェイトにアリサを託したとはいえ、なのはは彼女を必要以上に傷つけてしまっている。いくら管理局の結界の中とはいえ、何が起こるかわからない。だからなのはは気配を殺して、二人が無事に保護されるまで見届け続けたのだ。「……どうしてわかったの? わたしがここにいるって」「それはなのはさんの魔力が強大過ぎるからよ。この結界の中にはなのはさんの魔力が充満しているけど、それでも近くに本人がいればなんとなくわかるものよ」 尤も、織莉子がなのはの接近に気づくことができた理由はそれだけではない。今、織莉子が一人になれば必ずなのはが現れる。そんな未来を視たからである。「それにしても、貴女もずいぶんと無茶な真似をしたものね。アリサさんと決別するために彼女の記憶を消してしまうなんて」 なのはとアリサの間で行われたやりとりについても、織莉子は未来視を介してすでに把握している。というより、織莉子はそれを見越して彼女たちを二人っきりにしたのだ。 もちろん織莉子とて、なのはがそんな強硬手段を取るなどということを予測していたわけではない。あくまで今後、戦いの中に身を投じる上で迷いを断ち切って欲しい。そう思い、彼女たちを二人だけにしたのだが……それがまさかこのような結果になるとは思いもよらなかった。「でもね、なのはさん。わたしの個人的な意見を言えば、アリサさんの記憶を消すべきではなかったと思うわ」 なのはとて望んでアリサの記憶を消したわけではない。あくまでアリサを危険な世界から遠ざけるため。そのことは織莉子にも理解できる。しかしそのためになのはは、自分たちが築いてきた今までの思い出を踏みにじった。そのことに織莉子は悲しみを覚えた。「……織莉子さんまでそんなことを言うんですか?」「私だからこそ言えるのよ。……っと話の続きはこの結界を抜けてからにしましょう。ここにいたらまた管理局の人たちが私たちを捕まえにやってこないとも限らないものね」「……そうですね。アリサちゃんのことはともかく、織莉子さんにはきっちりと聞かせてもらいます。これからわたしたちが戦うべき敵がいったいどういう存在なのかを」「ふふっ、随分と頼もしいことを言ってくれるのね。それじゃあ行きましょうか」「……はい」 そう言って二人は飛び上がる。なのはに引っ張られるようにして空を舞った織莉子が結界を抜け出すのに、大した時間はかからなかった。 ☆ ☆ ☆ 結界内に残された魔力の残滓。それを辿って駆けつけた先でリンディたちが見たものは、倒れ伏すフェイトとアリサ、そしてそんな二人を守るように立ち塞がるアルフの姿だった。「あなたは確か、アルフさんだったわよね? いったいなにが……」「待て、それ以上近づくんじゃない!!」 状況を確認しようとしたリンディをアルフは強く止める。その態度は敵意を向けているというより、こちらを用心しているような対応だ。しかもそれはどちらかと言えばリンディに対してではなく、キュゥべえに向けられたものだった。「……キュゥべえ。どうしてあんたが管理局と一緒にいるんだい? あんたはゆまと一緒に待ってたんじゃなかったのか!?」「勘違いしないで欲しいな。今でもボクはゆまと他愛のない話に興じているところだよ。ここにいるボクは、また別の個体さ。……ところで、なにがあったんだい? アリサはともかく、フェイトは重傷じゃないか」 キュゥべえの言葉にリンディはアルフの背後にいる二人に注意を向ける。キュゥべえの言う通り、フェイトには無数の傷があり、時折苦しげに表情を歪めている。その隣に眠っているアリサが安らかな表情をしているためか、その差が顕著に感じられた。「その話は後だ。……それよりもあんた、管理局の人間なんだろ?」「ええ、時空管理局提督、リンディ・ハラオウンです」「提督ってことはあんたが今、地球にやってきている管理局員の中で一番のお偉いさんって事だな。なら都合がいい。フェイトを……いや、二人を助けてやってくれ!」 アルフは勢いよく頭を下げてリンディに懇願する。その態度は、先ほど織莉子を助けに入ってきた時とはまるで別人のようなものだった。「頭を上げて、アルフさん。二人をアースラで治療するのは構わないわ。だけどその前に一つだけ聞かせて。織莉子さんやなのはさんはどうしたの?」「……織莉子はどこかに姿を眩ましたよ。自分がいると、管理局と話が拗れるかもしれないって。なのはって子に関しては、あたしがこの結界に入ってからは一度も姿を見てないよ」「……そう」 事ここに至ってアルフに嘘をつく理由はない。おそらく織莉子もなのはもすでにこの結界から抜け出しているのだろう。だがそれと同時にリンディは、織莉子の計算高さに恐れを抱いた。織莉子はリンディが傷つき助けを求めた者を前にし、どのような行動を取るのか、完全に把握していた。故にフェイトとアリサという撒き餌を蒔いて、自身は悠々と姿を眩ましたのだ。「……アルフさん、フェイトさんたちを治療するのは構わないわ。だけどそれが終わったら、詳しい話を聞かせてくれないかしら? ここでなにがあったのかはもちろん、あなたたちがどうしてジュエルシードを集めていたのかもね」「それでフェイトたちをきちんと治してくれるのなら」 アルフの返事を聞いたリンディは大きく頷き、素早くフェイトに駆け寄る。近づいてみると、その身体は大きく熱を持っていることがわかる。傷は見た目ほど深くないのだろうが、それでも魔力と体力の消費が激しく、このまま放置しておくのは危険過ぎる状態だった。「エイミィ、状況は把握しているわね。今すぐ二人をアースラの医務室に運び込むから、治療の準備をしておいてちょうだい」 リンディはそんなフェイトに治癒魔法で応急処置を行いながら、アースラにいるエイミィに通信を飛ばす。リンディは医療の専門家ではないし、何よりこの場には十分な設備がない。アリサの状態も診なくてはならない以上、必然的にアースラで本格的な治療を受けさせる必要があった。『わかりました。それじゃあ今から五秒後アースラに転送します。それと艦長、実は……』 そんなリンディの指令を聞いたエイミィはどこか戸惑いが混じった声で返事をする。「どうかしたの? エイミィ?」『いえ、これについてはアースラに戻ってきてからお話しします』 どこか真面目な声色で話すエイミィの態度に疑問を抱く中、リンディたち四人と一匹の足元に魔法陣が展開する。そうしてアースラに転送されたリンディたちを待ち受けていたものは、予想外の事態だった。 ☆ ☆ ☆ なのはと合流した織莉子たちが管理局の結界を抜け訪れたのは、魔女の創り出した結界の中だった。管理局の結界を抜けたところで、今の海鳴市には無数のサーチャーが飛び交っている。織莉子はともかく、未だに膨大な魔力を完全にコントロールできないなのはには、その捜査網から逃れることはできないだろう。 しかしいくらサーチャーといえど、魔女の結界の中までは探知することができない。結界の内と外では、ほとんどの情報が遮断される。そんな性質を逆手にとり、二人は魔女の結界の中に身を潜めることにした。もちろん辺りには魔女や使い魔が複数いたが、今のなのはにとってそれは物の数ではない。二人は結界に巣食う魔女を駆逐しながら、念話で話し始めた。【話をするとは言ったけれど、今の私にはなのはさんが聞きたがっていることをすべて話している時間がないの。だからとりあえず必要最低限のことだけを伝えるわね】 そう前置きして織莉子が語ろうとするのは、今まで彼女が胸の内に秘めてきた破滅の未来に関する情報の真実だった。それはキリカにも伝えることのなかった、織莉子の抱える深い闇。本当なら誰にも言わずに済まそうと思っていた情報だ。 それでもなのはに話そうと思ったのは、彼女が世界を救う上で鍵となる少女の一人だからだ。彼女の持つ力は滅びの未来を回避することも、逆に世界を滅ぼす道に誘うこともできる。それは織莉子が求めても手に入れられない絶対の力だ。【まず大前提として言っておくけれど、この世界に滅びをもたらす運命は決して一つではないわ。私が見た未来、それは例外なく滅びの運命を辿っていたけれど、滅びの形は様々だったわ。だけど一つだけ確かなのは、滅びの日は今年のクリスマス前後。つまり、この世界の寿命はあと半年ほどしかないのよ】 言葉にすれば数行程度の漠然とした事実。しかしそれはこの世界に生きるものにとって、とても重大な現実だった。突きつけられた事実の大きさに、なのはは言葉も出ない。だがそんななのはに対して織莉子はさらに言葉を続けていく。【私も正確なところをきちんと把握しているわけではないわ。それでも大まかに分けてこの世界を滅びへと導く可能性は三つのパターンがあると考えられる。一つは破滅的な力を持つ魔女が誕生し、星を喰らう未来。二つ目の滅びはある少女が叶えた奇跡から生まれる滅び。そして最後に人々が知らないところで、緩やかに世界が滅んでいく未来よ。――もちろん、今語った要因以外でも、世界の滅び方はあるのでしょう。でも目下、対策しなければならないのは、この三つ。尤も、三つ目に関しては私たちの力ではどうにもならないのでしょうけどね】 織莉子が言う三つ目の滅びというのは、この世界、延いてはこの宇宙の寿命についてのことである。それを延ばす役目を担っているのは人類でも魔法少女でもない、キュゥべえだ。他の二つの滅びはともかく、宇宙の寿命を延ばさなければ滅んでしまうのは、キュゥべえとて同じなのだ。そう言った意味では、この三つ目の滅びに対してのみ、人類とキュゥべえの利害は一致しているとも言えるだろう。 しかしキュゥべえは宇宙を救うためなら惑星の一つを犠牲にすることぐらい、何とも思わない。何よりキュゥべえは次元世界を知ってしまった。地球よりも遙かに高品質で大量のエネルギーを採取できる世界を知ってしまったのだ。ならば宇宙を一時的にでも延命させるために地球を滅ぼすことを躊躇する理由はない。そのために織莉子が視た他二つの滅びの未来を誘発する可能性も十分にあり得た。 故に織莉子はキュゥべえに自分の動きを極力、悟らせないように動いていたのだ。キリカの一件でそれも露見してしまったが、それでもまだ、キュゥべえに織莉子の狙いは気付かれていない。それならば、まだやりようはある。【この世界の寿命を延ばす方法に関しては、私に少し考えがあるわ。だからなのはさんには残りの二つの滅びについて説明するわね。といってもこの二つに関しても、確定と言える情報はあまり提供できそうにないのだけれど……】 織莉子の未来視というのは、それが未来の事象であればあるほど、その精度が下がっていく。それでも最終的には先に話した三つの滅びの未来のどれかに繋がってしまうのだから、この世界が絶望的な状況の上に成り立っているというのは間違いない。そして何度も何度も未来視をしてきたからこそ、その統計によって導き出された情報はある程度の信憑性はあるものだと考られた。【まずは一つ目、魔女によってもたらされる滅びに関してだけど、これはなのはさんにもイメージしやすいわよね。絶望を撒き散らすというのが全ての魔女に共通している性質。普通の魔女ならそれほどの脅威にはならないけれど、中には非情に強い力を持つ魔女もいる。そしてその中には身を隠すための結界を必要とはせず、直接この世界に顕現しうるものもいる。そういった強大な力を持つ魔女によってもたらされる未来のことよ】 今までもなのはは様々な魔女と戦ってきた。ジュエルシードを吸収した魔女や互いに喰い合い、さらなる力を付けた魔女など、普通の魔女とは一線を画す魔女とも渡り歩いてきた。しかし今、織莉子が語っている存在はそういった魔女よりもさらに上の存在だ。【ただ勘違いしないで欲しいのは、世界を滅ぼすほどの力を持つ魔女は一体だけではないってことよ。一体だけでも世界を滅ぼしかねない強大な力を持っている魔女が、この世界には複数存在している。そしてそれらが一斉に動き出せば、それこそ世界の滅びは防ぎようがないでしょう。だからなのはさんにはまずはこう言った魔女を一体ずつ駆逐していってもらいたいの】 今のなのはの力を持ってしても、単独でそういった魔女と対峙するのは厳しいだろう。しかもそれが複数同時に現れる可能性があるとなればなおさらだ。それでも仕留めなければならないのだから、万全を期す意味でも出現ポイントを予測し、確実に一体ずつ駆逐していく必要があった。【だけどね、滅びをもたらす魔女になるということは、元はとても強い力を持つ魔法少女である可能性が高いということよ。魔法少女として強大な力を持つが故に世界を救うことができ、そしてそれ故に世界を滅ぼすことになる。どういうことか、わかるわよね?】【……つまり織莉子さん、わたしが世界に滅びをもたらす魔女の一人ということなんですね】 織莉子の問いかけにそれまで黙って話を聞いていたなのはがようやく口を開く。その声はとても重々しいものだった。【その通りよ】 なのはの言葉に織莉子は何の感情も込めずに言葉を返す。魔法少女になるリスク。それは絶望し魔力が枯渇すれば魔女に転化するということだ。そして今のなのはは間違いなく現存する魔法少女の中で最強の存在だ。それ故に最悪の魔女になり得る可能性は十分にあった。【なのはさん、貴女は世界を救うことができるでしょう。でもその果てに世界を滅びに導くのは貴女自身かもしれない】 仮になのはが世界中の魔女を倒しきったとしても、その先に待ち受けているのは魔力の枯渇だ。魔女がいなくなれば魔法少女の魔力回復の手段がなくなる。そうなれば身体を動かすだけで魔力を消費してしまう以上、いつかは魔女になってしまうだろう。それもただの魔女ではなく、最凶最悪の魔女に。 そう考えたなのはは思わず、自分のソウルジェムに視線を向ける。紫色に輝くなのはのソウルジェム。穢れる度にグリーフシードでこまめに回復をし続けているためか、今のところは穢れ一つなく美しい輝きを放っている。しかしもし、この中が穢れでいっぱいになってしまえば、なのはは世界を救う側から滅ぼす側へと回ってしまう。そのことが彼女にはとても恐ろしく感じられた。【一応、釘を刺しておくけれど、決して自分のソウルジェムを砕いてしまった方がいいだなんて考えてしまってはダメよ。もちろんいずれはそうする必要が出てくるかもしれないけれど、それは決して今じゃない。……尤も、自分で自分のソウルジェムを砕くことができる魔法少女なんて、一握りぐらいしかいないでしょうけどね】【それってどういう?】【ソウルジェムは魔法少女にとっての弱点であり、命そのものでもある。でもね、これが砕ければ魔法少女は魔女にならずに済む。……だけど事はそう簡単な話ではないの。ソウルジェムを砕くと言うことは、自らの手で自らの魂を砕くということ。――だけど果たしてキュゥべえがそんなことをできるようにしていると思う?】 しかし世の中、そう甘くはない。キュゥべえの目的は人類から発生する感情エネルギーを回収すること。その効率を上げるために彼らは少女を魔法少女にし、魔女にする。だがもし、魔法少女の真実を知って魔女になることを拒んだ少女が自らその命を絶とうとしても、果たしてそれは可能なのだろうか?【この世界には七十億人の人類がいるとはいえ、その数は決して無限ではないわ。それも魔法少女になり得る素養を持つ少女となれば、さらにその数は少なくなるでしょう。もしそんな少女にあっけなく死なれてしまえば、それはキュゥべえにとっての損失よ。大を救うために小を犠牲にすることも厭わないキュゥべえが、その点を見過ごしているとは思えない】 キュゥべえにとって人類は宇宙を肥やす為に存在している家畜としか考えていないだろう。それなのに彼らは魔法少女となった少女たちに、魔女の退治を示唆している。そういうストーリー性は少女たちの乙女心を刺激し、契約に結びつけるのに役立つのはわかる。しかしそれで魔女に返り討ちに遭い、肝心のエネルギー回収が遅れてしまえば、それでは本末転倒だ。 だからこそキュゥべえは、魔法少女と行動を共にしているのだ。特に新米の魔法少女に対しては戦い方や魔法の使い方まで伝授している。そうして魔力を使わせることで、ソウルジェムの穢れを早め、そしてエネルギーを回収し不要になった魔女を排除させているのだ。 キュゥべえは何よりも効率を重視する。感情がなく、ただ宇宙の寿命を延ばすという目的のためだけに、彼らは行動している。だからこそ魔法少女がいずれ魔女になるという情報を明かさずに、少女に契約を持ちかけているのだ。もし魔法少女が魔女になることを知れば、多くの少女が契約を拒むのをわかっているから。 本来、魔法少女がいずれ魔女になるということは、魔法少女には伏せられている情報である。しかしそれを知れば、多くの魔法少女は絶望するだろう。それは魔力消費を高め、魔女に転化する速度を速めることを意味する。そして魔女にならないために自らのソウルジェムを砕こうとする魔法少女が出てくるのは容易に想像できるはずだ。【だから私はこう思うの。自らのソウルジェムを砕くことはできない。仮に砕こうとしても身体がうまく動かすことができなくなるってね】 魔法少女になった少女は、すでにキュゥべえに身体の構造を作り替えられている。ソウルジェムという形でその魂を体外に摘出されているのがその証拠だ。だが果たしてキュゥべえに弄られたのは、魂に関わる部分だけなのか? 【私たちの魂はソウルジェムに作り替えられている。だけどそれと同時にこの肉体も魔女と戦う上ですぐに壊れないように強化されているの。肉体のリミッターを緩め、痛みをも遮断している。だからこそ魔法少女は普通の人間よりも優れた運動能力を持っているのよ。でもそんな風に人体をキュゥべえが弄れるのなら、例えば自分のソウルジェムを砕こうとするなどといった行動に対して、なんらかの制限が掛けられていたとしてもおかしくはないはずよ】 これはあくまで仮説だが、それでも織莉子はこの仮説が正しいものだという前提で行動していた。本当は真実かどうか確かめたいところだが、確かめるわけにもいかない。もし仮説が間違っていたとすれば、その時点で自分自身の手でソウルジェムを砕いてしまうことになるのだから。【それじゃあ、いざという時、自分でソウルジェムを砕くことはできないってことですか?】【いえ、必ずしもそうとは限らないわ。すずかさんの例を思い出して。彼女が死んだのはキリカと相討ちになったからだけど、でもだからってキリカがすずかさんのソウルジェムを砕くことができたというわけではないわ】 だが何事にも抜け道はある。すずかは自分の持てる力の全てを解放し、キリカに特攻した。そしてキリカの肉体ごとソウルジェムを滅し、その反動で自身の肉体やソウルジェムも滅びた。結果的には相打ちとはいえ、決して向かってくるすずかにキリカが対応できたわけではないのだ。【これは想像の域をでないのだけれど、ソウルジェムには許容量があって、それを越える魔力を扱うと砕けてしまうのではないかと、私は考えているわ。もちろん個人差はあるでしょうけどね】 事実、すずかはキリカに対して一方的に嬲られていた。それでも最終的に勝利したのはすずかである。その命を犠牲にはしたものの、それは揺るぎない事実だ。【だからもし、本当に勝てない相手と遭遇したのなら、その時は……】【自分の命をかなぐり捨ててでも、その相手と差し違える覚悟で挑めばいいってことですね】【……まぁそれも間違いないけれど、私としてはできればその場では無茶をせずに逃げに徹して欲しいところね。例え、目の前にいる魔女を倒すことができたとしても、この世界に滅びをもたらす可能性のある魔女は何体もいる。もちろん倒せるに越したことはないけれど、その結果なのはさんが死んでしまっては元も子もないわ】 いずれは命を賭けて戦わなければならない時が来る。しかしそれは決して今ではない。滅びが約束された日まで、まだ半年以上もあるのだ。海鳴市は絶望的な状況だが、世界的に見ればまだ急を要する自体でない以上、今から無茶な戦いをする必要はない。【……それでも、わたしは逃げ出したくない。だってわたしはすずかちゃんの大好きだった日常を守るために、この力を手に入れたのだから】 だが織莉子の言葉になのはは納得することができなかった。なのはは人々が暮らす日常を守るために戦っている。故に彼女は例え、自分の命が危機に陥ったとしても、一般人を見捨てようとはしないだろう。例えその場に自分以外は誰もいなくても、敵前逃亡したことでその魔女が破壊をもたらすことがわかっているのなら、彼女はその場に留まり命を賭してでも戦い続けるだろう。 しかし織莉子の目的はあくまでこの世界を救うこと。世界を救うためには多少の犠牲は厭わない。もちろん知り合いなどが死ぬことに心を痛めるが、それでも結果的にそれが世界の救済に繋がるのなら、織莉子は容赦なく他者や自分の命を捨てる選択を選ぶだろう。 結局のところ、なのはと織莉子とでは戦う理由が違う。相手にする敵は同じでも、その戦う理由が違う以上、状況判断の仕方に齟齬が生まれるのは至極当然の話であった。【……そのことについては、またいずれ話し合う必要がありそうね。でも今は一端、置いておいて本題を続けましょう】 そんななのはの意思を変えることのできないと悟った織莉子は、話の軌道を元に戻す。そのことに対して、なのはにも異論はなかった。【魔女による滅び。これを回避するのは実に簡単よ。強大な力を持つ魔女を駆逐し、なおかつ私たち自身が魔女にならないようにすること。すでに魔女として再誕しているものについては仕方ないけれど、そうすることで敵も極力減らし、魔女による滅びを回避することができるわ。そしてもう一つ重要なのが、これ以上、魔法少女を増やさないようにすること。……尤も、こちらに関しては止めるのは中々難しいのだけれどね】 現状、この世界が年越しを待たずとして滅ぶことを知っているのはなのはと織莉子の二人のみ。それに対してキュゥべえの数は圧倒的に多い。いくら二人が目を光らせたところで、キュゥべえの契約を止められるはずがない。今、こうして話している間にも、キュゥべえはなのはたちの知らぬところを新たな魔法少女を生み出しているのかもしれない。そうして生まれた魔法少女が魔女になり、世界に絶望を撒き散らす。その中にはいずれ、世界に滅びをもたらすほどの素養を持つ少女もいるかもしれない。【……それに魔法少女が増えれば、その中に私たちと敵対する人物もいるかもしれない。なのはさんの力は素晴らしいけれど、それでも同じ人間相手に使いたいとは思わないでしょう?】 正義のために魔女と戦っている魔法少女など、ごく一部だ。多くの魔法少女は自分が生き残るため、自分の魔力を回復するために魔女と戦っている。そして中にはより多くのグリーフシードを得るために、他の魔法少女を排斥するような相手もいる。【確かにそうですけど、でもお話しすればきっとわかってもらえると思うんです。だってわたしたちの力は、平和を守るためにあるんですから】 それでもなのはは信じていた。魔法少女が正義を為そうとする希望の存在であると。いずれは魔女になり、絶望を撒き散らすことになるのだとしても、それでも魔法少女でいる間は人々のため、この世界のために戦うことができるはずだ。【……果たしてそうかしら? なのはさんは魔法少女があたかも希望を持って戦っていると思っているようだけど、決して皆が皆、そう言った考えの元で戦っているわけではないのよ? 魔法少女の中には魔女になる前から破滅的な考えを持って戦っているものもいる。結界の中でのキリカと遭遇しているなのはさんなら、そのことはわかっていると思っていたのだけれど……】 すずかを圧倒したキリカの力の源は決して希望の類ではない。恨みや憎しみといった負のエネルギー。そういったものがキリカに力を与えていた。ただ何の目的意識もなくジュエルシードの魔力を引き出したところで、あそこまで一方的にすずかほどの魔法少女を嬲ることはできなかっただろう。【……まぁキリカの例は特殊だけれど、そうでなくとも誰かに対する憎しみや恨みからキュゥべえと契約し、魔法少女になる子も少なからずいるはずよ。そう言った子に関して言えば、ある意味で魔女よりも厄介な敵になるでしょうね】【魔法少女が……敵?】【えぇ、そうよ。そしてそれこそが二つ目の滅びの未来。ある魔法少女から始まる滅びの運命。残念ながらまだその魔法少女がどこの誰で、どうしてこの世界を滅ぼそうとしているのかはわからないけれど、その滅びの未来は確実に存在している。魔女による滅びの影で暗躍し、世界を滅びに導いていく存在がね】【本当にそんな人がいるんですか?】【正直なところ、まだ確証はないわ。魔女による滅びや宇宙の寿命と違って、これに関しては私の未来視でも正確なヴィジョンを視ることができてないの。でも決して魔法少女は正義の味方じゃあない。彼女たちが戦うのはあくまで自分のため。私や貴女のように世界のために戦うなんて目的意識を持っている魔法少女なんて、それこそ一握りしかいないの。だからなのはさん、相手が魔法少女だからって決して気を許しては駄目よ】 織莉子がそこまで言ったところで周囲の結界が消滅する。それは二人がこの結界内に存在していた魔女を全て倒しきったことを意味していた。「……どうやら今日の話し合いはここまでのようね」 現実世界に戻った織莉子は私服に戻り、なのはにそう告げる。結界の外に出てしまえば、今のなのはの強大な魔力を隠し通せるものではない。すぐにこの場所も特定されてしまうだろう。このまま別の結界に入って話の続きをすることもできるが、これ以上プレシアを待たせるわけにもいかないだろう。「ちょっと待ってください。織莉子さん、わたしにはまだ聞きたいことが……」「なのはさん、貴女がこの世界を真に救いたいと願うなら、すぐにでも再会することができるはずよ。その時に、今は話せなかった話をしましょう。当面の敵のことはもちろん、平和になった時に何がしたいのとかね」 まだ話足りないなのはに対し、織莉子はやんわりと告げる。その言葉になのはは返答を窮す。「織莉子さん、わたしはもう……」「平和な日常を楽しむ資格なんて、誰にも必要ないわ。普通の人間だろうと魔法少女だろうと、平和な世界を謳歌する権利はあるはずよ。だからなのはさん、次に会う時までに未来を救った後、何がしたいのかを考えておきなさい」 織莉子はそう言ってなのはの頭を優しく撫でる。不思議とそれがなのはには心地よく感じられた。「それじゃあなのはさん、私はもう行くわ。貴女の未来に幸あらんことを」 そう言って織莉子はなのはに背を向け、歩き始める。そんな織莉子の背中が見えなくなるまで、なのはは見つめ続けていた。2013/9/23 初投稿2013/10/6 最新話表記を削除