時の庭園に訪れた織莉子たちはキュゥべえの案内の元、プレシアの執務室の前に訪れていた。「どうしたんだい、織莉子? 扉を開けないのかい?」 しかし織莉子はその扉の前で立ち尽くす。ここまできた以上、彼女にはプレシアと会う以外の選択肢はない。しかしこの扉を開けた瞬間、一つの未来が確定する。それは織莉子にとっては望ましいものだが、他の人物にとってはそうではない。これから行われる話し合い、その結果として引き起こされる戦い。それによって救われる命と失われる命が存在するのだ。そしてそれを知った上で織莉子はこの未来を選択しようとしている。 もし何も知らぬまま、その選択を選んでいるのだとすれば織莉子はここまで悩まないだろう。自分の為すべきことを為し、その上で出た犠牲だ。悔みはするが、それは全てが終わってからの話だ。まだ始まってもいないこの時点では、こんな悩みを覚えることもない。「オリコ、顔が真っ青だよ? だいじょーぶ?」 それでも織莉子は選ばなければならない。この世界を救うために彼女は例え何であろうと犠牲にすると決めたのだ。しかもすでに織莉子は一番大切だった存在を失くしている。これ以上の犠牲があるはずもない。「えぇ、大丈夫よ、ゆまさん。心配してくれてありがとう」 そう言って織莉子は扉を開け、ゆまを引き連れて執務室の中へと入っていった。 執務室の中で織莉子のことを待っていたプレシアは非常に苛立っていた。キュゥべえが織莉子を発見したという報告をしたのは今から四時間前。その間、プレシアはただ織莉子のことを待っていた。もちろん何もしていなかったわけではないが、それでもこれほどの時間、待たされるとは予想だにしていなかった。 そしてその理由がフェイトにあるということも拍車を掛けていた。それでも初めのうちはまだ良かった。相手は魔法少女――それも未来視などというレアスキルの持ち主だ。もし交渉が決裂し敵対した場合、使える駒は多い方がいい。そう思い、フェイトを待ってから時の庭園に向かうという連絡を聞き入れた。 しかし結果的に、フェイトは深手を負い、アルフは管理局に投降した。時の庭園に織莉子を連れていく人手を失い、プレシアが余計な手間をかけることになった。ただでさえ時間がないというのに待った結果、状況はより悪い方向へと傾いたのだ。プレシアが苛立つのも当然の話である。 さらに織莉子が連れてきた千歳ゆまという存在もプレシアは気に入らなかった。一週間ほど前にフェイトが連れてきた少女。時の庭園にある医療器具でアルフと共にフェイトが治療し、プレシアとは顔を合わせることもなく地球へと帰っていった。ゆまはプレシアの存在を知らなかったし、プレシアもまたゆまを歯牙にも掛けてなかった。 しかしそんな彼女が再び時の庭園の土を踏み、今こうしてプレシアの前に立っている。リンカーコアはあるようだが、決して優秀な素質があるとは言い難く、魔法少女ですらない。そんな少女が視界に入っていること自体、プレシアは気に入らなかったのだ。「貴女がプレシアさんね。初めまして。私は……」「自己紹介なんて不要よ、美国織莉子。それより本題に入る前に一つだけいいかしら? どうしてそんな小娘をこの場に連れてきたのかしら」 織莉子の挨拶をプレシアは立ち上がりながら制すると、強くゆまを睨みつける。敵意と魔力による威圧を込められた視線に、ゆまは思わず織莉子の陰に隠れる。「……色々と理由はあるけれど強いて言うならば、ゆまさんを時の庭園に連れてくることは、この先の戦いで重要な意味を持つからかしらね」 プレシアの問いに織莉子は回りくどい言い方で答える。その言葉の真意は読み取れない。しかし相手は未来を読む少女。ならばそこに何らかの意味があるのは間違いないのだろう。「……そう。とりあえず今はそれで納得しといてあげるわ。でも流石にその小娘を私たちの話し合いに立ち会わせるつもりではないでしょうね?」「それはもちろん」 そう言った織莉子はゆまの背の高さまでしゃがみこんで、にこやかに微笑みながら「……ゆまさん、私は今からプレシアさんと大事な話をするから、貴女はキュゥべえと一緒に外で待っていてくれないかしら?」と告げる。その言葉にゆまはコクリと頷くが、それに納得しないのはキュゥべえである。キュゥべえからすればプレシアも織莉子も油断ならない存在だ。そんな彼女たちを二人だけで話し合わせることに不安を抱かないはずがない。「ちょっと待ってよ! ボクもキミたち二人と話さなければいけないことが……」「貴方と話し合う時間はきちんと後で作ってあげるわ。でも今はプレシアさんと二人きりで話したいの」「キュゥべえ、織莉子の言うことに従いなさい。今の私にとってあなたはその小娘と同様に必要ない存在だわ」 そんなキュゥべえに対し優しく頼み込む織莉子と無慈悲な言葉をプレシア。そんな二人に睨まれてしまえば、キュゥべえに抗う術があるはずもない。ここで無理を押し通せばそれは後に明確な確執となってしまうだろう。「……わかったよ。でも必ず後でボクも呼んでよね?」「えぇ、約束するわ」 キュゥべえの言葉に織莉子は優しく微笑みながら答える。キュゥべえは後ろ髪を引かれつつも、ゆまを連れてプレシアの執務室を後にした。 こうして後に残された織莉子とプレシアは改めてお互いの姿を観察する。 織莉子から見たプレシアは、全く隙を感じさせない魔導師だった。その身体から溢れ出る魔力はもちろん、立ち振る舞いや言葉の一つひとつからも明確な意味を感じさせる。戦闘になればまず間違いなく織莉子一人では太刀打ちできず、下手をすれば舌戦でも厳しい戦いになるだろう。 その一方でプレシアもまた織莉子のことを油断できない存在であると考えていた。それは彼女の持っている未来視という魔法ももちろんだが、それ以上に先ほどのキュゥべえに対する立ち回りであろう。もしも織莉子がゆまをこの場に連れてこなければ、キュゥべえは頑なに出ていこうとはしなかっただろう。彼の生物はプレシアの抱いている願いを聞きつけようと常にプレシアの行動に目を光らせていたぐらいだ。そんなキュゥべえをいとも簡単に遠ざけてしまった。「あなたがあの小娘を連れてきた理由が一つ、わかった気がするわ」「こういう結果になったのは偶然よ。私としてはゆまさんには目の届くところにいて欲しかったのだけれどね」 織莉子はそう言うが、プレシアはその言葉を信じるつもりは毛頭ない。この状況を作り出したのは偶然などではなく、織莉子の計算によるものだ。キュゥべえとて馬鹿ではない。見た目こそは可愛らしい姿をしていても、その腹の中で飼っているのは化け物だ。そんな相手をやり込めるだけでも目の前の魔法少女は相当な切れものと考えていいだろう。そこに未来の情報が加われば、それこそ場を支配するのは赤子の手を捻るより簡単なのかもしれない。「……それじゃあプレシアさん、早速本題に入りましょう。貴女が私をここに呼んだのは何故かしら?」「とぼけても無駄よ。あなたは私がどうして呼んだのか、察しがついているのでしょう? ……いえ、より正確に言うならば知っていると言うべきね」「……やっぱりキュゥべえから私の魔法についても聞かされているのね」「えぇ。でもそれだけではないわ。キュゥべえ曰く『美国織莉子は現存する魔法少女の中で一番、考えが読めない相手』だそうよ」 プレシアがキュゥべえから事前に聞かされた織莉子の情報。未来を見通す魔法を持ち、それ故に常に深い考えを持ち続ける魔法少女。多くの魔法少女が自分の利益のために魔女を狩る中で決して織莉子はそうではない。さらに正義のために魔法を振るっているようでもない。純粋な戦闘力では平均値でしかないが、それでも常に警戒を抱かずにはいられない。それがキュゥべえから見た織莉子の姿だった。 もちろんその話を聞いただけではその真偽のほどは定かではない。しかしこうして実際に対面してみてよくわかる。先ほどキュゥべえをこの場から追い出す手際もそうだが、先ほどからプレシアは織莉子に対して魔力による威圧を掛けている。それにも関わらず織莉子の態度はどこ吹く風。そんなプレシアの睨みなどまるで気にした様子はない。しかもそれに気づいていないというわけではなく、きちんとこちらに警戒も向けた上でだ。 キュゥべえから聞く限り、織莉子の戦闘能力は高くない。未来視という魔法にさえ注意していれば、プレシアならば容易に勝てる相手だろう。そしてそのことは織莉子も理解しているはずだ。それなのに彼女は強気な態度を崩さない。そんな織莉子の心の在り方。それはプレシアを以ってしても厄介であると言わざるを得なかった。「考えが読めないというのは心外ね。こう見えても私は結構わかりやすい性格をしていると思うんだけど……。それにキュゥべえには何度も、私の目的についても話しているしね。それなのにそんな風に見られていたなんて思いもよらなかったわ」「なら聞かせてもらえるかしら? あなたの目的が何で、どうして私の誘いに乗ったのかを……」 プレシアがそう言うと、部屋の空気が一気に張りつめたものになる。それは織莉子から放たれる雰囲気が先ほどまでの甘えたものから、どこか真剣なものへと変わったからだ。「私の目的は世界の救済よ。あと数ヶ月で滅びかねない私たちの世界を救うこと。それを主として行動しているわ。ここにきたのも世界の救済に必要だと思ったからよ」「……へぇ、おもしろいわね。詳しく聞かせなさい」 そうして告げられる織莉子の目的。それにプレシアは感嘆の息を吐く。確かに織莉子の真意はプレシアから見ても読みとれない。だが世界の救済というその言葉、それは事実だろう。今の織莉子の雰囲気がそれを物語っていた。「それを語るのは構わないけれど、貴女が私を呼んだのはそんな話をするためではないでしょう?」「確かにそうね。でもどうせ未来視という魔法ですでに読みとっているのでしょう? 私の目的も、貴女を読んだ真の理由も。そしてこれから何をしようとしているのかもね」 その言葉に織莉子は何も返さない。だがこの場でそれは肯定していると同義だった。だからこそ、プレシアはさらに言葉を続けていく。「そして私の目的を知った上であなたが協力をするとは考えにくい。大方、その世界の救済とやらのために何かしらの取引を持ちかけてくるのはわかりきっているわ。……だからまずはあなたから話しなさい、美国織莉子。その上で必要があれば私の話も聞かせてあげるわ」 そこまで言い終えると、二人の間に沈黙が訪れる。それはとても重苦しい沈黙だったが、その間も二人の頭の中では考えを巡らせていた。そんな二人の駆け引きはまだ始まったばかりである。 ☆ ☆ ☆「それじゃあキュゥべえさん、話を聞かせてもらえるかしら?」「構わないよ。でもボクとしてもキミたち、時空管理局には興味が尽きないからね。質疑応答は交互に行う形で構わないかな」 時の庭園で織莉子とプレシアが腹の探り合いを繰り広げている頃、アースラ内でもリンディとキュゥべえによる情報交換が行われようとしていた。アルフからも事情を聞かねばならないところではあるが、そちらはエイミィに任せている。フェイトのこともある以上、アルフは聞かれたことに素直に答えてくれるだろう。 しかしキュゥべえはそうではない。彼の生物が変身魔法を用いた人間、あるいはそれに類する魔法でキュゥべえの肉体を遠隔操作しているのならばここまで身構える必要はない。だがこうして対面しても、キュゥべえには次元世界における魔法の痕跡はない。こうしている今も、管制スタッフにはキュゥべえの肉体の解析をしてもらっているが、その構造は普通の動物とほとんど変わらない。未知の器官は何種類かあるものの、それでもキュゥべえが一個の生命体であることは紛れもない事実だった。 だからこそわからない。その小さな肉体のどこに人間を魔法少女に作り替える力があるのか。そして少女たちの願いを奇跡という形で叶えることができるのかを。「それで構わないわ。それじゃあ私から質問させてもらうわね。キュゥべえさん、あなたは本当に人間ではないの?」「まさかそんな質問を最初にされるとは思ってもみなかったよ。――答えはイエスだ。ボクは人間とは別種の生命体だよ、リンディ。尤も、それを証明する手だてなんてキミたちからすればないのかもしれないけどね」「……どうしてそう思うのかしら?」「簡単な話だよ。そういう質問が出てくるってことは、魔導師の使う魔法の中には動物に化ける魔法があるのだろう。もし仮にボクが人間ならば、この場で変身を解けばその証明にはなる。だけど逆に人間でない証拠なんて出しようがないじゃないか。流石にこの肉体を解剖させるわけにもいかないしね」 肉体の予備はあるとはいえ、無駄に使うわけにはいかない。なにより破壊されるのならともかく、解剖されていらない情報を引き出されるのはキュゥべえとも避けたかった。「確かにその通りね。だから今のところはあなたの言葉を信じることにするわ」「そう言ってもらえるとありがたいよ。それじゃあこちらからの質問だけど、そもそも時空管理局というのは何をする組織なんだい」「一言で言うのならば時空管理局は数多ある次元世界を管理、統制する司法組織よ。その中で魔法を使って悪事を働く次元犯罪者を捕らえることや、今の技術では創り出すことのできない魔法の産物『ロストロギア』を回収し、保管することが私たちの主な任務ね」「『ロストロギア』っていうのは、いったいなんだい?」「その質問に答える前にまずはこちらからの質問よ。キュゥべえさん、あなたはどうやってこの世界の人間を魔法少女にしているのかしら?」 キュゥべえが人間が化けている存在であろうと、人類とは別種の知的生命体であろうと、魔法の使えない人間を魔法少女という存在にするというのは、ロストロギア級に危険な技術だ。なにせそれまで戦いとは縁のないものが、願いを叶える代償とはいえ強制的に戦火に巻き込まれているのだ。それを見過ごせるほどリンディは非情にはなれない。「その言い方には少し語弊があるかな。ボクは決して魔法少女を創り出しているわけじゃあない。少女たちの願いを叶える手助けをする過程で、彼女たちは魔法少女に生まれ変わるんだよ」「……もう少しかみ砕いて説明してもらえる?」「つまり魔法少女になるのは、願いを叶える副産物なんだ。奇跡の代償と言い換えてもいい。でもその副産物でこの世界に不要となった魔女と戦うことができる。魔法少女という形でね。ボクはそんな人間が持つ可能性を引き出しているだけに過ぎないんだ」 流暢に語るキュゥべえ。その言葉に嘘はない。確かに魔女はキュゥべえにとって不要な存在であるし、そんな魔女を倒すことで魔法少女の魔力を回復することもできる。しかしキュゥべえは肝心なことを何一つ口にしていなかった。「それじゃあ杏子さんやなのはさん、それに美国織莉子のような魔法少女の力は、彼女たちの持つ本来の力だというの」「そうだよ。もちろん願う願いによって使えるようになる魔法の種類は変わるけれど、その根底にあるエネルギーは、本来人類が持ち得るものだ。尤も、なのは並みのものを持っている人間は極めて稀だけれどね」 その言葉にリンディは押し黙る。魔力を回復できなくなるというデメリットはあるが、キュゥべえとの契約は管理局にとって言わばパンドラの箱だ。魔法の知らない世界に生まれた杏子や織莉子の戦闘力は、管理局の武装局員を大きく上回っている。なのはに至ってはおそらくアースラ全戦力を投入したところで倒すには至らないだろう。 しかし逆に考えれば、優れた魔導師がキュゥべえと契約した場合、簡単により強力な力を手に入れられるということだ。もしそれを知れば必ず悪用しようと考える人間が現れるだろう。それは危惧すべきことだった。「それじゃあ次はボクが質問する番だね。今度こそロストロギア、それとジュエルシードについて教えてくれないかな」 そんな思考をキュゥべえの言葉で中断させられる。考えるのは後でもできる。今はなるべくキュゥべえから情報を引き出すのが先だ。代わりにこちらもいくらかの情報を渡さなければならないが、それは必要経費であろう。「え、えぇ、わかったわ。ロストロギアっていうのは……」 こうしてリンディとキュゥべえは情報交換を続ける。時に口を濁し、時に嘘を交えながら、二人は情報収集に勤しみ続けた。 ☆ ☆ ☆ 二人の間に流れる沈黙はどれほどの時間だっただろうか。数分とも数時間とも思える静寂、それを破ったのは織莉子であった。「……確かにプレシアさんの言う通り、私は私の魔法で色々なことを知っているわ。例えばプレシアさんが実の娘であるアリシアさんを甦らせるために、ジュエルシードの魔力を暴走させて伝説の中で語り継がれているアルハザードと呼ばれる世界に行こうとしていることとかね。だけど私の魔法もそこまで万能ではないの。今の知識も別の未来でプレシアさん自身が私に語ったこと。私の未来視はあくまで私の周りで起きることしか視ることができない。だから残念だけれど、私はジュエルシードを真の意味でコントロールできるわけではないし、プレシアさんがアルハザードに辿り着くことができたのかまでは知る由がないの」 織莉子の未来視はあくまで未来に起こり得る可能性を視るものだ。現在から辿って実現不可能な未来まで視ることはできない。ジュエルシードを真の意味でコントロールすることができればアリシアを甦らせることも、世界を救済することも容易だろう。しかし何度、試したところでそんな未来を視ることができなかった。アルハザードについても同様である。「もしそれが本当なら、これ以上あなたと話すことはないわね。……でもそう単純な話じゃないのでしょう?」 織莉子の口にしたことが事実ならば、プレシアにとって彼女は何の役にも立たない存在だ。元々プレシアが織莉子に興味を持ったのは、ジュエルシードの魔力を引き出して戦闘を行っていたからであった。故にプレシアは織莉子がジュエルシードを使いこなせる技術を持っていると考えた。 しかし彼女はそれを自ら否定した。織莉子の持つ交渉での優位性。それを自ら投げ捨てたのだ。普通に考えれば馬鹿としか言いようがない所業だが、先ほどの数回のやりとりですでに目の前の少女がそんな愚か者ではないと知っている。故に今の発言にも何らかの意味があるはずだとプレシアは考えた。「えぇ。確かに私はプレシアさんが私に求めていたものを提供することはできない。でもそれ以外の形で貴女の力になることはできるわ」「……聞かせなさい」「それはこの場にほぼすべてのジュエルシードを集め、貴女をアルハザードに送り届ける手伝いをすることよ」 プレシアの言葉に織莉子は簡潔に答える。だがその発言はプレシアにとって予想外のものだった。「この場にジュエルシードを全て集めるですって。すでに管理局が残りのジュエルシードを回収してしまっている状況でそんなことができるとは、到底思えないわね。それにアルハザードに到達した未来を視ることができなかったと言うさっきのあなたの発言とも矛盾するわ」「さっきも言ったと思うけれど、私の魔法はあくまで私の未来に起こり得ることしか映し出すことができないの。そして私にはアルハザードに向かう気は一切ない。だから何度魔法を発動したところで、私がアルハザードの地を踏む未来は存在しないのよ」「何故? あなたの目的は世界の救済なのでしょう。そこまで知っているということはアルハザードがどんな世界なのかわかっているはずよね?」「えぇ。次元世界の狭間に存在し、今は失われた秘術が眠る地。それがアルハザードなのでしょう。確かにそれだけ聞けば魅力的だし、プレシアさんがその世界を追い求める気持ちもわかる。……でも、そこから帰れる保証はどこにもないの。この世界を救うことを望む以上、私はそんな不確定な要素に賭けるわけにはいかないわ」 時の庭園や次元世界と言った帰れる保証のある場所ならいい。しかしアルハザードはすでに滅んだ世界である。そこに眠る技術は確かに魅力的だが、それを持ち帰れないのでは意味がない。 そもそもこうして織莉子とプレシアが顔を合わせることができた未来自体、ほとんど存在しなかったのだ。仮に合わせたとしてもこのような状況で二人きりになれることなどなく、大抵の場合は横にクロノや魔法少女となっていないなのはといったものを引き連れ、プレシアの敵として立ち塞がっていた。 キリカが命を賭してくれたからこそ、この状況が生みだされたのだ。そんな貴重な機会を賭けに出て棒に振るわけにもいくまい。だがそんな織莉子にもアルハザードの技術を転用することのできる可能性が僅かに残されていた。「でもだからこそ私はプレシアさんにアルハザードに向かってもらいたいの」 それは無事にアルハザードに到達しアリシアを取り戻したプレシアが、そこからアルハザードの技術を持ち帰り織莉子に提供するという可能性だ。だが当然、これには様々なリスクが伴う。プレシアがアルハザードに辿り着くことができない可能性。辿り着くことができたとしても、滅んだ世界には何も存在しない可能性。さらに秘術が残されていたとしても、アルハザードからこの世界に戻って来られない可能性。そして上手く戻って来られたとしても、そうして持ち帰った秘術が織莉子の望む世界の救済には何の役にも立たない可能性だ。「アルハザードに向かいたいプレシアさんと、アルハザードの秘術を手に入れたい私。利害は完全に一致している。後は私の持ち得る知識でプレシアさんをアルハザードまで送り届ければいいだけ。……もちろん百パーセント辿りつける保証はできない。私の助力があったところで、その可能性を数パーセント上げることしかできないでしょう。それでもプレシアさん、貴女は私との交渉に応じるはずよ。だって今の貴女にアリシアさんを甦らせる手立てはキュゥべえと契約することぐらいしかないのだから」 織莉子の言葉は紛れもない事実である。そのことはプレシア自身、痛感していた。フェイトが集めてきた七個のジュエルシードだけではアルハザードに到達するには足りず、そのフェイトも今や管理局で捕らわれの身。プレシアの意思を伝えることができない以上、今の彼女にはキュゥべえと契約したところでプレシアの願いを叶えることはできない。そして織莉子からジュエルシードで願いを叶える方法を聞き出すという道も失われてしまった。 こうなった以上、プレシアに残された道は少ない。織莉子と手を組みアルハザードに向かう道。過去を取り戻すことを諦め、キュゥべえと契約しアリシアの命だけでも取り戻す道。もしくは織莉子と手を組むことも、キュゥべえと契約することもせず、今あるジュエルシードだけで独自にアリシアを甦らそうとする道。精々、その三つぐらいしかない。「……この場に残り全てのジュエルシードを集めると言ったわね。具体的にどうするつもりか話しなさい。それを聞いてから、あなたと手を組むかどうか考えてあげるわ」 プレシアは睨みを聞かせて織莉子に問う。その言葉を聞いて織莉子は緩やかに笑う。「私の考えは実に簡単よ。この場にジュエルシードを揃えたいと言うのなら、管理局の人たちに持ってきてもらえばいいのよ」 そしてあっけらかんとただそう告げて自身の計画を話す織莉子。そんな織莉子の態度が始めは気に入らなかったプレシアだが、その話を聞き終えた時、彼女は上機嫌だった。「ふふっ、なるほどね。確かにその方法ならジュエルシードをこの場に集めることは可能ね。そしていくら未来が読めるとはいえ、あなたの計算高さは驚嘆に値するわ」「お褒めに預かり光栄だわ」 そうして二人は静かに笑い合う。それは実に楽しそうで――それでいて残忍さを漂わせる邪悪な嗤いだった。2013/10/20 初投稿