なのはが初めて魔法に出会った夜、フェイト・テスタロッサと使い魔のアルフは地球に降り立った。その目的はユーノやキュゥべえと同じく、ジュエルシードを集めるためだ。直接、欲しているのはフェイトの母であるプレシア・テスタロッサだが、その役に立てるのならフェイトは何だってする覚悟で地球にやってきた。 しかしここでトラブルが発生した。本来ならばプレシアが事前に用意していた地球の仮住まいに転送されるはずだったのだが、転送機の故障かそれとも外的要因かはわからないが、二人が降り立ったのは海鳴市から遠く離れた町だった。「フェイト、ここ、どこ?」「……わからない。バルディッシュは?」≪No Date≫ バルディッシュの返答を聞いたフェイトはその場から上空に飛び立ち、辺りの景色を確認する。建物の形や技術レベルは事前に与えられた情報と同じものだったが、風景がまるで違う。海鳴市はどちらかといえば自然豊かな海沿いの町だ。それに対して、今、自分たちの目の前に広がっているのは高いビル群。違う次元世界ということはないだろうが、大きく転送座標はずれてしまったのは明らかだった。「母さん、聞こえますか?」 事情が事情なので、フェイトは時の庭園にいるプレシアに連絡を掛ける。しかし何度やっても繋がらない。一端、時の庭園に戻って海鳴市に再転送してもらおうとも思ったが、それをプレシアの許可なく行って、その逆鱗に触れるのがフェイトは嫌った。連絡がつけばプレシアは許してくれるだろうとは思う。しかし独断で行い、また転送に失敗してしまうのを恐れたフェイトは、その考えを諦めた。「フェイト、どうするんだい?」「とりあえずこの町と海鳴市の位置関係を調べよう。近かったら飛んでいけばいいし」 地上に降りてきたフェイトはアルフの問いにそう答える。そしてバリアジャケットを解除し、人の姿を探す。夜も遅く、また降り立ったのが住宅街ということもあったので、なかなか人の姿を見つけられない。そうしてしばらく歩いていると、前方から会社帰りと思われる女性の姿が見えた。「おんやぁ? こんな夜中にどうしたの~?」 その女性に話しかけようとしたフェイトだったが、その前に女性から声を掛けられた。近づいてみるまでわからなかったが、その女性は酷く酒臭い。フェイトはその様子から、この女性に話を聞いても大した情報は得られないと思い、その場から足早に立ち去ろうとする。しかし女性はそれを良しとしなかった。「ちょっ、ちょっとちょっと、無視は良くないぜぇ。お譲ちゃん」 そう言ってフェイトを抱きしめる女性。そしてそのままフェイトの頬を撫でまわす。あまりに突然の出来事にフェイトは全く反応できず、されるがままとなっていた。「あんた、フェイトに何するのさ!」 それを見たアルフは、強引に女性からフェイトを引き剥そうとする。しかし酔っ払いの女性の方もそれに負けじと、さらに力強くフェイトのことを抱きしめる。もしフェイトが女性の胸元から抜け出そうとすれば、おそらくはすぐに抜け出すことができただろう。しかしフェイトはそうしようとはしなかった。 それはフェイトが母親の愛に飢えていたからだ。普段、フェイトはプレシアに相当酷い扱いを受けている。同じ場所に住んでいるのにあまり会うこともできず、たまに顔を合わせても叱られることがほとんどだ。 だからこそ、こうやって誰かに抱きしめられた経験はほとんどなく、酒の臭いには目を瞑りフェイトはその感触に身を任せていた。(人ってこんなに暖かいんだ) 自然とその顔から笑みが零れ落ちる。それに気付いたアルフは女性を引き離そうとせず、温かい目でフェイトの姿を見つめていた。「良い抱き心地だったぜ。お譲ちゃん。ありがとな」「えっと、その……どういたしまして」 しばし抱きついていた女性だったが、フェイトの感触を満喫しつくしたのか、その身体から離れるとそっと頭を撫でる。フェイトは顔を赤くして俯く。「それじゃあな~。縁があったらまた会おうぜ~」 そう言って去っていく女性。その後ろ姿をしばらく茫然と眺めていたフェイトだったが、肝心なことを聞いてないことを思い出した。「ま、待ってください。ここの地名を教えてくれませんか?」「んー、お譲ちゃんたち、もしかして迷子か?」 女性はその場で首を斜めにして振り返り、怪訝そうな表情でそう尋ねる。「え、えぇ、そんなところです」「そんなら、あたしが来た道をまっすぐ辿ってつきあたりを左に曲がれば駅だよ。そんじゃな~」 そういって今度こそ、その女性……鹿目詢子は去っていった。 フェイトたちは詢子の言うとおり道を進む。アルフは酔っ払いの言うことなどあてになるのかと疑問に思っていたが、しばらくすると人の賑わう声とともに、駅が見えてきた。そしてその駅の名前を口にした。「見滝原、駅?」 ☆ 昼間は子供やカップルで賑わっている自然公園だが、夜になればひと気は急激に少なくなる。まったくいなくなるということはないが、それでも昼間に比べるとその差は歴然だ。そういった人の増減の変化が、昼間には決して感じないであろう寂れた雰囲気を醸し出していた。 そんな公園の中央広場の噴水前で巴マミは本日の巡回を終えた。彼女はキュゥべえと契約した魔法少女だ。街の平和を守るため、日夜見回りを行い、魔女やその使い魔を退治している。 だが最近、魔女以外にも注意すべき対象が現れた。暁美ほむら。自分と同じ魔法少女、しかしその態度や雰囲気から自分とはとても相容れる存在でないことは明らかだった。「わかってるの?」 そんなほむらが接触してきやすいように、マミはわざと人目がない場所で見回りを終えた。その狙い通り現れたほむら。声を掛けてくるまで気配は全く感じられなかったが、いくら敵対しているとはいえ、いきなり襲いかかってくるようなことはしないだろう。「あなたは無関係な一般人を危険に巻き込んでいる」 ほむらが口にしたのは、最近、自分の見回りを見学している二人の後輩のことだ。鹿目まどかと美樹さやか。同じ中学に通っている二人の後輩は、まだキュゥべえと契約はしていない普通の中学生だ。しかしそれは時間の問題だろう。「彼女たちはキュゥべえに選ばれたのよ。もう無関係じゃないわ」「あなたは二人を魔法少女に誘導している」「それが面白くないわけ?」「ええ、迷惑よ。……特に鹿目まどか」 後半は小声で呟くほむら。しかしその声がマミにははっきりと聞こえていた。「ふぅん。そう、あなたも気づいてたのね。あの子の素質に」 何度も彼女たちと共にいるうちに、マミはまどかの素質に気付いた。魔法少女になればすぐに自分以上の実力を持つことになるであろう出鱈目な魔力。さやかはともかく、まどかは契約しただけで並みの魔女を倒せる力を持つことになるだろう。「彼女だけは契約させるわけにはいかない」「自分より強い相手が邪魔ものってわけ? いじめられっ子の発想ね」 魔法少女といっても、全員が全員、正義の味方というわけではない。むしろ自分勝手で利己的な魔法少女の方が多い。多くの魔法少女は魔女の落とすグリーフシードを手に入れるため、他の魔法少女を邪魔者扱いする。ほむらもそういった自分勝手な魔法少女の一人だとマミは考えていた。「あなたとは戦いたくないのだけれど」「なら二度と会うことがないよう努力して。話し合いだけで事が済むのは、きっと今夜で最後だろうから」 だからこそマミはほむらに最後通告をする。マミはほむらと戦いになっても負けることはないと考えていた。それはほむらから感じられる魔力がとても微弱なものだったからだ。まどかはもちろん、さやかと比べてもほむらの魔力は少ないように感じられる。よくそれだけの魔力で今まで生きてこれたと逆に感心してしまうぐらいだ。 ほむらとて、そんな自分の実力は把握しているだろう。ならここまで言えば、ほむらが自分の前に現れることはもうないはずだ。そう思い、マミは安心してほむらの前から去っていった。 ☆ 詢子と出会い、現在地が見滝原市ということがわかったフェイトたちであったが、肝心の海鳴市との位置関係の方はいまだに掴めていなかった。駅にいる人に尋ねてみてもその答えは得られず、とりあえず今日のところはこの町で一夜過ごし、明日から改めて情報収集をすることにした。 しかしどこかで休むにしても、大きな問題があった。それは二人が現地通貨を持っていないということだった。事前に用意したお金はすべて、海鳴市の仮住まいに送ってしまっている。本来ならば直接転送されるはずだったので、手持ちとして用意していなかったのだ。 そういった理由から二人が訪れたのは近くの自然公園だった。すなわち野宿である。フェイトは昔、時の庭園でアルフやリニスと一緒に見たテレビドラマのあるシーンを思い出していた。そのシーンとは高校生ぐらいの女性が新聞紙を乗せてベンチの上で眠っているというものだ。当時のフェイトはそれを見て「わたしもお外で寝る」といってリニスを困らせたのは、今となっては良い思い出だ。 もちろん今のフェイトは外で寝るということなど考えられない。当時はまだ幼く、好奇心から口にした言葉だったが、リニスに窘まれたことによりそれはいけないことと理解していた。しかし本当にいけないことなら、ドラマにそういうシーンを入れたりしないはずだ。それに今は非常事態、一晩くらいなら問題ない。「フェイト~、本当にこんなところで寝るのかい? そりゃあたしは狼だから構わないけどさ、フェイトはまだちっちゃい女の子なんだから、きちんとしたベッドで寝た方がいいんじゃないかい?」「でもアルフ、私たち、お金を持っていないんだから仕方ないよ」「くっそ、こんなことなら、あの酔っ払いの家に泊めてもらえるように頼めば良かったよ」「ダメだよ、アルフ。知らない人の家についていっちゃ」 そう言うフェイトだったが、詢子なら事情を話せば自分たちを快く泊めてくれたのではないかと思っていた。しかし過ぎたことを考えても仕方ない。今は少しでも温かく眠れるように、新聞紙でも探そうとした時、誰かが歩いてくる姿を見つけた。 それだけならフェイトたちはそこまで警戒しなかっただろう。だが目の前から歩いてくる相手から魔力を感じられた。事前情報ではこの世界には魔導師はいないことはわかっている。しかしその情報が間違っているのだとしたら、目の前の人物が自分たちをこの町に誘導したのかもしれない。そう思い、フェイトはいつでもバルディッシュを使えるように準備する。「あら?」 フェイトの姿を捉えた人物は不思議そうな声を掛ける。まさか向こうから声を掛けられるとは思っていなかったフェイトは警戒を強くする。自分より少し年上な女の子。着ているのはおそらく学校の制服であろう。しかしそれ以上に気になるのは、あの指輪。並々ならぬ魔力を感じる。あれがデバイスなのだろうか?「貴女たち、こんな時間に何をしているの?」「別にあんたには関係ないだろ」「確かにそうかもしれないけれど、でもこんな時間にこんな小さい子を外に連れて歩くなんて非常識よ」「ぐっ……」 自分がついていながらフェイトを野宿させることになり、アルフは気にやんでいた。だから見ず知らずの相手とはいえ、そこを突かれてしまったアルフに、もう言える言葉は何もなかった。「えっと、その、わたしたち、眠る場所を探してて……」「フェイトっ!!」 そんなアルフの様子を見かねたフェイトは、自分たちの状況を目の前の女の子に説明し始める。いきなり事情を説明し始めたフェイトに、アルフが驚いて声を上げる。【落ち着いて、アルフ。この人、少なくとも管理局じゃないよ。それに管理局だとしても、わたしたち、この世界に来てからまだ何もしてないんだから】【あっ!?】 フェイトたちがこの世界に来てから、まだ1時間ほどしか経っていない。その間に行使した魔法は微々たるもの。もし相手が管理局なら次元航行許可証を持っていないから多少、拘束されることはあっても、管理外世界から来たと言えばすぐに解放されるはずだ。それに目の前の人物はどうにも隙だらけ。こちらは二人ということもあり、もし戦闘になっても負けることはないだろう。「それなら、駅前に行けばホテルがあるから、もしよかったら案内してあげましょうか?」「いや、その、お金もなくて……」「もしかして、お財布を落としたの?」「そ、そうなんだよ。それでどーしたもんかと困っちゃってさ、もうここで寝ようかなんて話してたところだったんだよ」 その言葉に、目の前の少女は少し考えるようなそぶりを見せる。「もしよかったら、うちに来ない?」「い、いいのかい!?」「えぇ、幸いうちは一人暮らしだし、ここで会ったのも何かの縁だから」 その願ってもない提案にアルフは興奮した声をあげる。フェイトも野宿をしてみたいという気持ちは少しだけあったが、やはり温かいベッドで休みたいという思いの方が強かった。明日からのことを考えると、ここで余計な疲れを残したくない。「お世話に、なります」「そうそう、自己紹介をしないとね。私の名前は巴マミ、よろしくね」 そうしてフェイトたちはマミの家で一晩明かすことになった。マミは久しぶりに誰かと眠れることで、いつもより夜更かしをしてしまった。フェイトたちもマミから情報収集の名目で他愛のない雑談をし、その夜は3人にとってとても和やかな夜となった。2012/5/23 初投稿