見滝原市在住の魔法少女、暁美ほむらは時を駆ける少女である。たった一人の親友であるまどかを救うためにキュゥべえと契約し、彼女の死の運命を覆すために戦い続けていた。 まどかに死をもたらすもの、それはキュゥべえとワルプルギスの夜である。 キュゥべえと契約し魔法少女になったものは皆、魔女となる運命を背負うことになる。言うなればそれは呪いのようなものだ。魔女との戦いで力尽きて死ぬとしても、魔女になるのだとしてもその先に待ち受けるのは破滅である。過去の周回でのまどかとの約束もある以上、絶対にキュゥべえと契約させるわけにはいかなかった。 そのための最大の障害となるのがワルプルギスの夜。結界を必要としない超弩級の魔女。そこに存在するだけで絶望を振り撒き、自然災害以上の被害をもたらす存在。普通の魔法少女が何人束になっても敵わないほどの力を持ち、何度となくほむらは敗れてきた相手だ。 そんなワルプルギスの夜を倒すために、延いてはほむらや見滝原に住む人々を救うためにまどかは決まって魔法少女になる。まどかの持つ凄まじい魔法少女としての素養。それがあって初めて、ワルプルギスの夜を倒すことができるのだ。――まどかから最凶最悪の魔女が生まれるのを引き替えに……。 ほむらは何度もその光景を目の当たりにしてきた。どんなにほむらがキュゥべえとの契約を阻んでも、ワルプルギスの夜との戦いで必ずまどかは契約する。運命が収束するかのように何度となくその結末を迎えてきた。 それでもほむらは諦めなかった。次こそは、次こそはとまどかを救うために過去に戻り、前回の失敗を糧として運命に抗い続けた。 そうして迎えた何度目かわからない運命の今日。フェイトというイレギュラーのおかげでほむらとマミは和解することができ、魔法少女になったさやかもいる。杏子が見滝原に現れなかったという点を差し引いても、三人でワルプルギスの夜に挑むことのできる状況を作り出すことができた。 ここまでは上々、あとはワルプルギスの夜を倒すだけ。そうすればまどかを救うことができる。ほむらはそう確信し、ワルプルギスの夜が現れるのを待った。二人に事情を説明し、作戦を立て、万全の準備を整えた。なのに……。「ねぇ、転校生。いくらなんでもあたしはこれ以上、待てないよ。そりゃ魔法少女としてはあんたの方が先輩だし強いけどさ。でも現れない魔女をどうやって倒すって言うのさ」「そうね、美樹さんの言う通りだわ。確かにワルプルギスの夜を相手にするにはこれぐらいの準備は必要だと思うけれど、でもだからっていつ現れるかわからない相手をただ待つほど、今の私たちには余裕はないはずよ」 しかしワルプルギスの夜は現れなかった。多少の前後はあるものの、必ずワルプルギスの夜はこの日、この時刻に現れる。そのことをほむらは痛いほどよく知っていた。その経験則に従い待機していたのにも関わらず、ワルプルギスの夜が現れる気配は一向になかった。 何故、と問われても答えられないのはほむらも同じだ。現在の見滝原は平和そのもの。現在の見滝原は平和そのもの。ワルプルギスの夜どころか、普通の魔女や使い魔でさえ姿を見せない。そんな戦うべき相手のいない現状でまどかに契約を持ちかける気もないのか、最近ではキュゥべえの姿すらほとんど見ることがない。 キュゥべえもワルプルギスの夜も現れない見滝原。これはある意味、ほむらが尤も望むべき状況だ。もちろんキュゥべえがこの星から撤退したわけでも、ワルプルギスの夜が滅んだわけでもない。故に不安は残る。「暁美さん、悲嘆に暮れることはないわ。ワルプルギスの夜を初め、魔女が現れないということは、むしろ幸せなことよ。確かに私たち魔法少女にとって、グリーフシードが手に入らないのは死活問題だけれど、でもこの平和な日常は尊いものよ。それを否定するわけにはいかないわ」「マミさんの言う通りだよ。そりゃせっかく魔法少女になったんだからちょっとは戦ってみたいって気持ちはあるけどさ、でもあたしの魔法は戦闘には不向きだし、それに今はまだ転校生が分けてくれたグリーフシードのストックもある。なら別にあたしたちが気を張りつめている必要はないさ。もっと気楽に考えてた方がいいんじゃない?」 そんなほむらの不安が顔に出ていたのだろう。マミやさやかが励ましの言葉を掛けてくる。 だがそれはほむらの心に響かない。二人が心配していることとほむらが懸念していることはまるで違う。 何度も過去を遡ってきたほむらの前には必ずワルプルギスの夜が現れた。イレギュラーが原因で到来の日以前に過去に遡った時を除けば、全ての周回でほむらはワルプルギスの夜と相対してきたことになる。そんなワルプルギスの夜が現れない。それは今までの周回の中で最大のイレギュラーと言えるだろう。 そのことをほむらは考え、そしてすぐに一つの回答を得る。今回の周回にあって、今までの周回になかったもの。そんなイレギュラーな存在が今回はもう一つあったことを――。「……巴マミ、それに美樹さやか。無駄な時間に付き合わせてしまってごめんなさい。申し訳ないのだけれど、少し調べたいことができたから今日のところはもう解散でいいわね?」 ほむらは有無を言わさぬ迫力でそう言うと、時間停止の魔法を使ってこの場から去る。その脳裏には一つの考えが過る。フェイトたち異界の魔導師、そしてキュゥべえも求めているジュエルシード。そこにワルプルギスの夜が現れなかった理由があるのではないか。そう考えたほむらは時を止めながら家に戻る。そしてそこでフェイトたちが向かうと言っていた海鳴市の場所を調べ始めるのであった。 ☆ ☆ ☆ なのはは焦っていた。なのはは放つディバインバスターとブラストファイアー。それは並みの魔女ならば一発で消滅させるほどの威力を持つ。しかしワルプルギスの夜にダメージが通っている様子はない。間違いなく直撃しているはずなのに、彼の魔女はその動きを一切緩めない。精々、その場で足止めするぐらいが精一杯だった。 さらにワルプルギスの夜が作り出す数多の影魔法少女。それらが放つ攻撃は千差万別であり、その一発一発が重い。如何になのはと言えど全てを避けきることができず、すでにその身はボロボロ。戦闘中でなければ肉体再生を掛けることもできるが、一瞬でも動きを止めればそれが命取り。なのはは攻撃を避けながら少しずつ身体の治癒をしていくかなかった。 魔力の方はまだ問題ない。魔法少女になってから寝ている時間を除いてずっと戦い続けていたなのはのグリーフシードの貯蔵は十分にある。よっぽどの魔法を放たなければ、魔力が枯渇するなどという事態にはならないだろう。だがこのままでは間違いなくジリ貧だ。いずれなのはの魔力が尽き、ワルプルギスの夜の進行を許してしまう。今は海上にいるだけなので大した被害は出ていないが、一度でも海鳴市に上陸を許してしまえば、そういうわけにもいかない。こうして戦っている間もワルプルギスの夜を中心として辺りには竜巻が発生し、上空には雷雲が漂っている。まるで自然災害そのもののようなワルプルギスの夜が海鳴市に辿り着けばどれほどの被害が出るか、火を見るより明らかだ。 目の前にいる存在は魔女であって魔女でない。もし普通の魔女を絶望の欠片と言うべき存在だとしたら、ワルプルギスの夜は差し詰め絶望そのものだ。ただそこに在るだけで絶望をまき散らし、世界を滅ぼしかねない存在。魔女と言うには巨大過ぎる力を持ち、それ故に結界を必要とはせず、本能の赴くままに進んでいく傍若無人な存在。それがワルプルギスの夜なのだ。 そんなワルプルギスの夜と対峙し続けて、なのははふと織莉子に言われたことを思い出す。「もし本当に危機的な状況に陥ったのなら、逃げ出して体制を立て直して欲しい」。彼女はそう言っていた。その言葉の真意はわからない。だが少なくとも今後、ますます苛烈になっていく戦いを見越しての言葉であることは間違いないだろう。 それがわかっているからこそ、なのはは逃げるわけにはいかなかった。今後、より強力な魔女と対峙するのだとしたら、目の前の相手に苦戦しているようでは駄目だ。それでは世界どころか、なのはの大切な人たちすら守れない。例えこの場で命燃え尽きることになったとしても、絶対にワルプルギスの夜だけは倒さなければならなかった。 けれどディバインバスターもパイロシューターもワルプルギスの夜には効かなかった。そうなるとなのはに残された手は一つしかない。 ――ルシフェリオンブレイカー。なのはの持つ最大最凶の魔法。辺りに漂う魔力を収束させ、なのはの魔力と合わせてぶちかます破滅の光。如何にワルプルギスの夜とも言えど、自らが発した魔力をその身に受ければ一溜まりもないはずだ。 だがそれはなのはも同様だ。あれからなのははまだ一度も、ルシフェリオンブレイカーを撃っていない。初めてルシフェリオンブレイカーを放った時、偶然とはいえフェイトたちを放ってしまったこと。そして魔女の魔力を収束させたときに感じた不快感。切り札ともなり得る魔法だが、その分リスクも大きい。そのことをなのはは身を持って自覚させられていた。 それでもなのはに残された手はそれしかない。このまま戦い続けてもじり貧なのは目に見えている。故になんとしてでもなのははルシフェリオンブレイカーを放たなければならなかった。 だが強大な魔法であるが故に、ルシフェリオンブレイカーを放つには溜めの時間が必要だ。それには影魔法少女が邪魔である。すでになのはは五十体近くの影魔法少女を屠ってはいるが、まだ周囲には百体以上も残っている。そしてそれはこうして戦っている間にも増え続けているのだ。 せめて一人ではなく仲間がいれば、そう思わずにはいられない。だがこの状況を作り出したのはなのは自身だ。自ら望んで友を遠ざけ、世界の平和を守る道を選んだ。しかし一人では何も守れない。そのことを嫌と言うほど痛感させられながらも、今のなのはは少しでもワルプルギスの夜の注意を引くことしかできなかった。 ☆ ☆ ☆ 杏子と別れた織莉子はプレシアの元に向かわず、時の庭園内を彷徨っていた。もちろん、彼女が何の目的もなくそのような真似をしているわけではない。織莉子は時の庭園からジュエルシードを回収していたのだ。 すでに時の庭園にはジュエルシードから引き出した十分な魔力が満ち溢れている。その分、今のジュエルシードに残された魔力はカスほどにもない。だが織莉子にとってジュエルシードの魔力が必要なのは今ではない。半年も経てば失われたジュエルシードの魔力は自然と回復することだろう。それに魔力のないジュエルシードは制御しやすく、また他者の探知にもかかりにくい。そうして織莉子はジュエルシードをほぼ全て手に入れるのが狙いだったのだ。 もちろんこのことはプレシアも承知の上だ。彼女にとってジュエルシードの魔力が必要なのはアルハザードに向かうただ一瞬のみ。元々プレシアはそのためにジュエルシードをフェイトに集めさせたのだ。 だからこそ、織莉子は急がなければならない。プレシアの計画では、アルハザードには時の庭園ごと向かう。もしもその転移に巻き込まれでもしたら、織莉子は二度とこの世界に戻ってくることができない可能性が高い。織莉子にとって重要なのは世界の救済。そのためなら、如何なる犠牲を払っても構わない。だがそれを為すためにはこの世界にいることが不可欠だ。他の世界、特に次元世界においてもオーバーテクノロジーとされるアルハザードの技術が魅力だが、それでも戻って来られない可能性がある以上、賭けるにはチップが大き過ぎる。 なんにしても織莉子は十九個のジュエルシードを手に入れた。残り二つのうち一つも織莉子が自ら手放しキュゥべえに渡したものだ。問題は最後の一つだが、別に全てのジュエルシードが必ず必要というわけでもない以上、急いで探す必要はない。 どちらにしてもジュエルシードを手に入れるという織莉子の目的は果たされている。ゆまや杏子も時の庭園から離れている以上、これ以上ここに留まる理由もない。そう判断し、織莉子はプレシアのいるであろう研究室へと向かう。それは決してプレシアを止めるわけではなく、最後の仕上げをするためだった。 ☆ ☆ ☆ アリシアの入ったカプセルの前で、プレシアはアルハザードへ向かう最終調整を行っていた。如何にジュエルシードから抽出した魔力が膨大だといっても、ただ発動させるだけでは意味がない。きちんと目的の座標を指定し、そこに全魔力を注がなければアルハザードに到達できるはずがない。 失われた世界と言えばアルハザードの伝説が有名だが、それは彼の世界が現代のミッドチルダでも再現不能な技術を持っていたが故に伝わっているだけであって名も無き滅んだ世界などごまんとある。無作為に次元障壁を打ち破るだけでは、そうした有象無象の世界にたどり着いてしまう可能性が高い。故にプレシアはただひたすらにタイミングを計り続けていた。 思い返せばここに至るまでの道筋は長かった。フェイトという失敗作を創り出したその時から派生したアルハザードに向かう計画。そのために時の庭園に巨大な魔力タンクを用意し、次元障壁を破るための魔力を得ようと奔走した。そうして目を付けたジュエルシードを管理外世界の一地域に落とし、フェイトに回収させる。言葉にすれば簡単だが、これが非常に困難を極めた。 それは魔導師のいない世界だと思っていた地球に魔女や魔法少女といったイレギュラーが存在したからだ。そのせいでフェイトが手に入れたジュエルシードは僅か七個。確かにジュエルシードは膨大な魔力を秘めている。しかしこれでは足りない。欲を言えば全て、最低でもこの倍の数がなければプレシアの計画は頓挫していただろう。 だがそこに織莉子が現れ、ジュエルシードの制御法とこの場に集める術をプレシアに教えた。そのことで彼女の計画の成功率は大幅に上げた。集まりの少なかったジュエルシードはほぼ全て時の庭園に揃い、さらに暴走させるのではなく制御する形で魔力を引き出すことができた。これで転移に失敗でもしようものなら、それこそプレシアは千載一遇のチャンスを逃すことに他ならない。 故にプレシアは全ての不安要素を排除する。ジュエルシードが集まり、その魔力を時の庭園を中心とした形で抽出することはできた。あとはこの場から不必要な異物を取り除けばいい。管理局、そして美国織莉子を――。「プレシアさん、約束通りジュエルシードは戴いていくわね」 そんなことを考えていると、ジュエルシードを回収し終えた織莉子がやってくる。彼女の周りには力を無くした十九個のジュエルシードが浮いていた。だがそれはただの抜け殻。時間が経てば魔力を回復することはあるだろうが、今のプレシアには興味がない。「……好きにすればいいわ」 視線を変えずにそう答えるプレシア。その瞬間、織莉子の足下に白い魔法陣が発生する。それは転移魔法発動の合図だった。そしてそれは織莉子の足下だけではなく、リンディや杏子を初めとした時の庭園にいる全ての生命体の足下に発生していた。「プレシアさん、これは?」「転移魔法よ。これ以上、私とアリシアの邪魔はさせない。誰にもね。だからあなたたちを元いた世界に送ってあげる」 本来ならば同時多発的に強制転移魔法を発動させることは、プレシアでも不可能な芸当だ。しかし今の彼女にはジュエルシード十九個分の魔力がある。時の庭園を通して供給される莫大な魔力。それを以てすればこの程度のこと、造作もないことだった。 もちろんプレシアは親切心からそんなことをしたわけではない。すでに織莉子からは必要な知識と魔力を得ることができた。これ以上の介入は必要ない。そのために管理局と共に排除するための転移魔法であった。「そう、それじゃあプレシアさん、貴女が無事にアリシアさんと再会することを祈ってるわ」 織莉子がそう告げた瞬間、彼女の身体は光に包まれ消えていく。そしてそれは織莉子だけではなく、プレシアを除いた時の庭園にいる全ての生命体に等しく訪れた現象だった。 こうして誰もいなくなった時の庭園でプレシアはコンソールを操作し続ける。時の庭園がアルハザードに限りなく近くなるその一瞬を見逃さないために、目を血眼にしてスクリーンの波形を見やる。「ああ、アリシア。もうすぐあなたに会える。もうすぐあなたを思いっきり抱きしめてあげられる」 プレシアは誰にともなくそう呟きながら、ジュエルシードの魔力を解放させる。その瞬間、世界は揺れ、そして時の庭園はその場から跡形もなく消失した。 ☆ ☆ ☆ 時の庭園がジュエルシードの魔力によって転移した時に発生した衝撃。それは戦闘中のなのはの元にも届くほどのものだった。大気を振るわし、空中にいるのにも関わらず地震に遭っているような感覚。初めはワルプルギスの夜が何かしたのかと考えたなのはだったが、すぐにそれが違うことに気付く。 それは彼女が今までジュエルシードを集めてきたからに他ならない。ユーノと出会い、魔法の世界に踏み込んだきっかけとなったロストロギア。その魔力をなのはが間違えるはずがない。 だが今は戦闘中。それも相手は遥かに格上の魔女。一瞬、戸惑いはしたもののなのははすぐに意識を目の前のワルプルギスの影魔法少女に戻す。そこでなのは初めてワルプルギスの夜の変化に気付く。先ほどまで辺りに響き渡っていた耳を劈くような不快な嗤い声。それが今はそれがぴたりと止んでいる。さらに先ほどまで絶え間なく襲いかかってきていた影魔法少女もまた、その動きを止めていた。 どういう理由かはわからないがこれ幸いとなのははワルプルギスの夜から距離を取り、収束魔法を放つ構えをする。もちろんこれがなのはを油断させる罠とも限らない。そのため周囲に警戒を向けながら、ルシフェリオンの先端に魔力を収束させていった。「――ッ!?」 その瞬間、なのはは胸が締め付けられるような苦しみに襲われる。それはかつてルシフェリオンブレイカーを放った時にも感じたもの。魔女の負の魔力によって心が塗り潰されていくような感覚。だが前回は漠然と深い絶望や悲しみを感じただけだが、今回はそうではなかった。 なのはの中に流れ込んでくる断片的なビジョン。それはワルプルギスの夜に吸収された影魔法少女が人間だった頃の記憶だった。キュゥべえと出会い、契約し、魔女との戦いに身を投じ、そして絶望の中で魔女に転化していった少女たちの記憶。それがなのはの中に湯水のごとく流れ込んでくる。 その記憶の奔流に耐えきれず、なのははその意識と収束させていた魔力を手放す。だが意識を失っていたのはほんの一瞬のこと。脳裏に溢れる他者の記憶がなくなったことですぐになのはは意識を取り戻し、再びワルプルギスの夜を見遣る。 ワルプルギスの夜はゆっくりとその身を回転させている最中だった。そしてそれは少しずつ早くなっていこうとしている。それを見て嫌な予感を感じたなのはは、とっさにディバインバスターとブラストファイアーを連発しその動きを止めようとする。だがそれらの攻撃はワルプルギスの夜の周囲に集まった影魔法少女たちに防がれてしまう。 そのことがさらになのはの中に嫌な想像を膨らませる。先ほどまで、ワルプルギスの夜は攻撃を避けるどころか防御する構えすら取ろうとしなかったのだ。それを今、こうして防ぐということはそこに必ず何かしらの意味がある。そう感じたなのははさらに攻撃を仕掛けようとワルプルギスの夜に向かって突っ込んでいく。 だが先ほどまでピクリとも動かなかった影魔法少女たちがなのはの行く手を阻む。なのははそんな影魔法少女を一撃の元で葬ろうとするが、脳裏に先ほど見た記憶が浮かぶ。相手は最早、人間ではない。この世に絶望を撒き散らす存在だ。それがわかっているはずなのに、彼女たちが人間だった頃の記憶を目の当たりにしたなのはに躊躇が生まれてしまう。 その隙を突いて、影魔法少女たちは一斉になのはに攻撃を仕掛ける。刀剣、長柄、打撃、投擲、銃撃といった物理的攻撃手段から炎、氷などの属性を持った魔力攻撃。それらが一斉になのはに襲いかかる。なのははそれらを反射的にプロテクションを用いて防御、あるいはディバインバスターで撃ち落として対処していく。 そうしている間にもワルプルギスの夜は回転を早め、ついには巨大な竜巻を発生させるに至る。その暴風に晒され、なのははもちろん影魔法少女たちもまた数多の方角へと吹き飛ばされていく。そうして吹き飛ばされながらなのはは見る。ワルプルギスの夜の正面の空間が歪み、少しずつ切り開かれていくことを。その歪みはワルプルギスの夜の回転が速くなるのに呼応するかのように大きく広がり、最終的にはワルプルギスの夜を飲み込んでしまうほどの大きさのものへと広がっていった。 その裂け目にワルプルギスの夜はゆっくりと入り込んでいく。なのははその後を追おうとするが、それを阻むが如く影魔法少女がなのはに群がる。このままワルプルギスの夜を見過ごすというのも手の一つだろう。あの先がどこに続いているのかはわからないが、少なくとも海鳴市ではないことだけは確かだ。このまま海鳴市に向かうというのなら、命を賭けて止めなければならないが、そうでない以上、そこまでワルプルギスの夜に固執することはない。 だが先ほど見た数多の魔法少女たちの記憶。それらは断片的なものばかりだったが、彼女たちは皆、絶望の中で魔女になった。その中にはワルプルギスの夜に敗れ、吸収されたものの姿もあった。皆、希望を持って魔法少女になったはずなのに、絶望の中で死んでいった。そして今でも絶望に捕らわれ続けたままだ。同じ魔法少女として見過ごせるわけがない。 だからなのはは影魔法少女の追撃を振り切り、次元の裂け目に飛び込んでいく。その先に何が待ち受けていようとも、ワルプルギスの夜を倒す。その覚悟の元に――。2013/12/26 初投稿2014/4/1 全体的に微修正&気付いた誤字修正