フェイトの一番の持ち味はその機動力にある。早く動くこと、動かすこと。――そして鋭く研ぎ澄ますこと。それは彼女が使う魔法の特徴であり、一番得意なことだった。もちろん苦手なこともあるが、今はその長所が生きた。 フェイトとアルフがその場にたどり着いた時、マミがシャルロッテに食べられる寸前だった。それを見たフェイトは反射的にソニックムーブを発動。間一髪のところでマミを救いだしていた。「フェイト!?」「わたしは大丈夫」 言いながらフェイトは自分が助けだした人物に目を向ける。(やっぱり、マミさん) 助けに入る前は遠目だったので確信は持てなかったが、近くで見てはっきりした。昨日一晩、自分に優しくしてくれた年上のお姉さん。それがフェイトから見たマミの印象だった。しかしこうして魔法少女の姿をしているのがわかればその事実は逆転する。 それはマミがこちらの情報を得るために、偶然を装い近づいたということだ。思い返せば昨夜はマミに様々なことを尋ねられた。中でもこの町に来た目的はしつこいぐらいに聞かれた。それは全てこちらの狙いを探るためではないのか。その事実に気付き、フェイトは悲しい気持ちになる。「フェイト!?」 マミの真意に気を取られていたフェイトは、自分に向かって牙を立ててくるシャルロッテに気付かなかった。シャルロッテは『お菓子の魔女』という異名を持つ。さらに自分が欲しいものは絶対に諦めないという性質も兼ね備えていた。つまりは食い意地が悪いのである。そんな彼女が目の前で御馳走を奪われれば、怒るのは当然だろう。「くっ……」 重荷を抱えたフェイトは普段のように素早く飛ぶことができなかった。万が一、ソニックムーブを発動した時にマミを落としてしまえば、彼女はすぐさまシャルロッテに襲われてしまうだろう。シャルロッテの噛みつきを紙一重で避けていく。そんなフェイトをフォローするように、アルフはシャルロッテに拳を突きたてる。しかし怒りで我を忘れているのか、シャルロッテの目にはフェイトとマミしか映っていなかった。「くっそ、この!? こっち向けよ!!」 執拗に拳を食らわすアルフ。確実にダメージは蓄積していっているはずだが、その手ごたえがまるで感じられない。重い一撃を放てば流石に動きを止めるだろうが、それには溜めが必要だ。その隙にフェイトがやられてはと思い、軽いジャブしか放てずにいた。 フェイトも攻撃に転じたかったが、マミを抱えている現状ではそれもかなわない。フェイトの攻撃魔法は主に電撃だ。こんな状態で放てば、まず間違いなくマミまで感電させてしまうだろう。非殺傷設定で放つ魔法でも、電撃属性を持つものは他者をショック死させてしまう可能性がある。そのことをフェイトはリニスから、口が酸っぱくなるくらい注意されていた。だから今のフェイトには避け続けることしかできなかった。「アルフ、このままじゃ埒が明かない。ここは大きな一撃を与えて」 このままではジリ貧になると考えたフェイトは、アルフにそう持ちかける。「で、でもフェイト。そうしている間にあんたが……」「わたしは大丈夫だから、お願い」「――その必要はないわ」 その瞬間、突然シャルロッテの身体が爆発した。突然の出来事に茫然とするフェイトとアルフ。「あなたは今のうちに巴マミを抱えて逃げなさい」 それは暁美ほむらの仕業だった。彼女は時を止め、シャルロッテに向かってダイナマイトを投げつけたのだ。突然の爆発にシャルロッテもよろけ、動きを止める。フェイトはほむらの言葉に従い、その隙にシャルロッテから距離を置き、そのまままどかとさやかが隠れている場所に着地した。「この人をお願い」 そして有無を言わさぬ勢いでマミを託すと、フェイトは再び前線へと戻っていった。 ☆ ☆ ☆ 先ほどまで執拗にフェイト達を追いたてていたシャルロッテは、今度はほむらを一飲みにしようと大口を開けながら迫ってくる。しかしその単調な動きを避けるのはほむらにとってわけのないことだった。 ――時間操作。それがほむらの魔法である。時を止め、その間に時限式の爆弾を口の中に仕込み距離を取る。そうして時を再び動かし、数秒の時を置いて体内からシャルロッテを爆殺する。学習能力のないシャルロッテには何をされたのかもわかっていないのだろう。口から煙を吐きながら、ひたすらにほむらに迫ってくる。 このままシャルロッテを倒すこと自体は、簡単だ。しかしほむらはあえてシャルロッテに止めを刺そうとはしなかった。時を止めながらほむらはイレギュラーな二人に目線を向ける。金髪の少女と獣耳の女性。それはほむらが今まで出会ったことがないイレギュラーな存在だった。先ほど助けてもらった手前、表立って敵対するつもりはほむらにはない。しかし彼女たちの目的、それ次第では過去のイレギュラー同様にいずれは戦うことになるのだろう。そうなった時のことを考え、ほむらは戦いを長引かせて彼女たちの手の内を観察することにした。「あの、さっきはその、ありがとう」 マミをまどかたちに預けて戦場に戻ってきたフェイトは、恥ずかしそうにほむらに礼を告げる。「いいえ、それはお互い様よ。……それより今は協力して目の前の魔女を倒すことだけを考えましょう」 魔法少女の行動理念には様々なものがある。マミのように町の平和を守るために身を粉にして戦う魔法少女もいれば、人を犠牲にしてでもグリーフシードを手に入れようとする魔法少女もいる。大多数の魔法少女は後者である場合が多いのだが、目の前の少女はマミと同じタイプに思えた。 それは彼女がほむらを何の疑いも持たずに助けたからだ。もしほむらの知る赤い魔法少女なら、あの場面で不必要に助けようとはしない。仮に助けることがあったとしても、その前に何かしらの対価を得ようとするだろう。だが目の前の少女にはそれがなかった。魔法少女とはいえ彼女はおそらく小学生。腹の探り合いなどできるものではないだろう。「私が囮になるから、止めはあなたたちに任せるわね」 その言葉に頷くフェイト。そんなやり取りをしている間にも、シャルロッテは二人を丸呑みしようと牙を突きたてようとする。左右に避けた二人に対して、シャルロッテは案の定ほむらの方を向いた。ほむらは小刻みに時を止めながら、シャルロッテではなくフェイト達の動向を観察する。 ほむらが囮を買って出てくれたことで、フェイト達は攻撃するための準備を万全に行うことができていた。念のためにアルフには、無防備なマミ達を守るように念話で告げている。シャルロッテの注意がほむらに向いているうちに、フェイトは詠唱を始める。それに呼応するかのように、その足元には膨大な魔力の渦が展開する。初めて魔女と遭遇したフェイトにとって、目の前の相手がどの程度の強さを持つのかはわからない。だからこそフェイトは、決して仕損じないように自分の持ち得る最大の一撃を食らわせようとしていた。 それを察知したほむらは、その膨大な魔力量に戦慄する。もちろんそれ以上に強い魔力を感じたことを、ほむらは何度もある。ワルプルギスの夜を筆頭に、魔法少女と化したまどか。そしてそのまどかが魔女化した存在。それらは全て一線を画した魔力の持ち主だ。だがフェイトから感じられる魔力はそれらに次いで高いように感じられる。もちろん前者たちとは一回りも二回りも劣る魔力量だが、それはあくまで比較対象が規格外なだけなのだ。 だからこそ、シャルロッテもまた背後で魔法陣を展開しているフェイトの存在に気付き、動きを止める。そして先ほどまで追っていたほむらを無視し、一目散にフェイトに向かって飛んでいく。大きく口を開き、フェイトの足元に展開した魔法陣ごと飲み込んでしまう勢いで一気に近づいていく。「――撃ち抜け、轟雷」≪Thunder Smasher≫ だが時すでに遅し。魔力のチャージが終わっていたフェイトはシャルロッテの口に向かって金色の輝きを放つ。辺りに轟音を撒き散らしながら、シャルロッテを内側から貫いていく。ただ一発、それだけで勝負がついた。 ☆ ☆ ☆ 結界が解け、病院の駐輪場には六人の少女の姿があった。すでに彼女たちの服装は日常の者へと戻っている。「それであなたたちはいったい何者なのかしら?」 ほむらは地面に落ちたグリーフシードを拾うと、フェイトやアルフに向かってそう告げた。ほむらは最大限の警戒をフェイト達に向けていた。それはフェイトの持つ強大な魔力が原因だ。もしこれほどの魔力を持つ魔法少女と敵対することになるのだとしたら、いくら時間停止の魔法を持つほむらとはいえ対策なしでは勝つことは限りなく不可能だろう。だからまずは彼女たちの目的を早急に確かめる必要があった。「それはこっちの台詞だよ!」 そんなほむらに返答したのはアルフだった。現地の魔導師の情報を得なければいけないのはフェイトたちも同じである。そもそもこの世界には魔導師は存在しないはずなのだ。しかしその様子から別次元からやってきた魔導師とも思えない。もしこの世界に魔導師がいるのなら、その情報は是が非でも必要だ。 それに先ほど交戦した魔女と呼ばれた怪物。怪物を倒して結界が解けた以上、あの結界はあの怪物が展開していたと考えるのが自然だ。あのような怪物、フェイトもアルフも見たことがない。今回はほむらのおかげで倒せたが、全く情報がないまま再び怪物と交戦することになるのだけは避けたかった。「あ、あの、マミさんを助けてくれてありがとうございます。ほむらちゃんも……」 そんな両陣営の険悪な雰囲気を破ったのはまどかだった。まどかの言葉に毒気が抜かれたのか、ほむらは小さくため息をつく。そしてそのまま背を向ける。「なっ!? あんたどこに行くってんだい?」「あなたたちが何故、この町に現れたのかはわからないけれど、詳しいことは巴マミが起きたら尋ねてみるといいわ」 彼女たちがこの町に留まるのなら、また出会う機会はある。話し合いの最中にマミが起きても面倒だ。今の状況で三つ巴の戦いになることだけは絶対に避けなければならない。そう思ったほむらはそれだけ告げると、その場から消えた。「……それであんたたち、何者?」 いなくなったほむらの代わりにさやかが尋ねる。「その前にマミさんをどうにかしないと……」「そ、そうですね」 だがいつまでもマミをアスファルトの上にいつまでも寝かしとくわけにはいかない。フェイトたちはとりあえず自己紹介だけ済ませ、マミの家に向かうことにした。 ☆ ☆ ☆「あら? ここは?」「おっ? 目が覚めたかい?」「えっ!?」 マミのマンションを目の前にして、マミは目を覚ました。そしてすぐさま、自分がどのような状態か気付き赤面する。 マミはアルフにおんぶされていた。そもそもマミを運ぶ手段はそれ以外、なかっただろう。フェイトはもちろん、まどかやさやかの華奢な身体では人一人をおぶさって長い距離を歩くことはできない。しかしアルフは成人女性の姿をしている。しかも元は狼だ。純粋な筋力だけなら、この場で一番の持ち主だろう。「マミさん! 目が覚めたんですね!!」「身体、痛いとこないですか?」 マミが目覚めたことに気付いたまどかたちが心配そうに声を掛けてくる。その目にはうっすらと涙を浮かべている。(これはいったい、どういう状況?) 首を傾げて今日の出来事を順序立てて思い出そうとするマミ。そうしているうちに、自分がシャルロッテに食べられたことを思い出した。「い、いったい、どうして……」 思い出した途端、身体の震えが止まらなくなる。そうだ、自分はあの時、死んだはずだ。あの魔女に食べられたはずだ。あんなにリアルな光景が夢であるわけがない。「あんたが間一髪のところを、フェイトが助けたんだよ」 そんなマミの疑問にアルフが答えた。「フェイト、さんが?」「そうですよ。マミさん。フェイトちゃんたちも魔法少女なんですよ!」「まさかこんなちびっこが魔法少女なんて、最初に見た時は驚きましたけどね」「えっ? えっ? えっ?」 突然告げられた事実にマミの頭は混乱する。確かにフェイトの魔力は普通の人間より多かった。だからこそ、二人に近づいた。しかし昨夜の話ではそれらしい素振りは見られなかった。「魔法少女?」「なんだい? それ」 しかしまどかたちの言葉にフェイトたちは疑問を示す。「えっ? あんたたち、魔法少女じゃないの?」「それについてはボクからも尋ねたいところだね」 そう口にしたのは、まどかに抱かれていたキュゥべえだった。「なっ!?」「使い魔!?」 いきなり言葉を話したキュゥべえに警戒を露わにするフェイトとアルフ。「……キュゥべえ、いたんだ」「酷いなあ、さやか。ボクたちはずっと一緒だったじゃないか」「だってあんた、さっきから全然しゃべんなかったじゃない」「話しかけるタイミングが見つからなかったんだよ。それよりそこの二人、ボクは使い魔なんかじゃないよ」「……それじゃあなんだってんだい?」 訝しむ目でキュゥべえを見るアルフ。そんなアルフにキュゥべえはやれやれといった具合に告げる。「ボクの名前はキュゥべえ。使い魔じゃなくて、魔法少女のマスコットだよ。とりあえず、詳しい話はマミの部屋についてからにしないかい?」「……そうだね」 キュゥべえに対する不信感を拭えないアルフであったが、その言葉には従い、マミの家に入っていった。マミの部屋に戻った一向は最初、全員でマミを休ませようとした。特に怪我らしい怪我をしていないとはいえ、彼女は魔女に殺されかけた。その精神的ダメージは計り知れないものだろう。本当はすぐにでも話を聞きたいと思っていたフェイトやアルフですら、そんなマミを気遣い、ベッドに押し込もうとした。 しかしそれをマミが断った。マミとしてはむしろ眠るのが恐かった。夢の中でシャルロッテに食べられる光景を見てしまいそうで、それなら情報交換でもしていた方が気は紛れる。マミは率先して人数分の紅茶を淹れ終え席に着くと、すぐに情報交換が始まった。「それで、あんたさっき、尋ねたいことがあるって言ってたけど、それってなんなのさ」「それはいったい誰がキミたちと契約したということだ」「えっ? どういうことなの、キュゥべえ?」 マミにはキュゥべえの言葉が理解できなかった。だがその答えはすぐにキュゥべえから語られた。「それは彼女たちがボクと契約した魔法少女じゃないということだ」「……ってちょっと待って!! キュゥべえと契約しなくても魔法少女になれるの!?」 それに驚いたのはさやかだ。まどかも口にしないだけで、とても驚いている。「少し前まではそんなことはなかったはずなんだけどね。別の町でボクと契約せずに魔法少女になった子がいることは確かだよ」 キュゥべえはそう言いながら、昨夜、別の町にいるキュゥべえが見た光景を浮かべる。高町なのはを魔法少女にしたフェレット、ユーノ。今まで自分たちのような存在がいなかった以上、ユーノがフェイトたちを魔法少女にしたと考えるのが自然だった。 フェイトたちはその問いに対して、どう答えるのか迷っていた。もし別次元からやってきた魔導師ということなら、自分たちもそういった存在だと告げるのは簡単だ。しかしそうでないなら、その情報は隠しておいた方が得策だと考えられた。「その前にこっちの質問に答えてくれないか?」 話を逸らす意味も込めてアルフがそう尋ねる。この問いには先に向こうの情報を引き出すことで、こちらがどこまで話してよいかを判断する意味も込められていた。「魔法、少女って何?」 フェイトは幼い頃に見ていたアニメに憧れていた自分を思い出し、自然と照れが入り小声になってしまった。それが魔導師や魔女といったものなら、知識として実際にミッドチルダに存在しているのを知っているので照れはない。だが魔法少女というのは、あくまでアニメの中だけの存在だと思っていたフェイトにとって、ある意味でカルチャーショックのような単語だった。「えっ? フェイトちゃんって魔法少女じゃないの?」「うん。少なくとも、わたしたちは魔法を使う人たちのことを『魔導師』と呼んでいるから」 だから自然とそんな言葉を口にしてしまう。「そ、そうなのね。……私もこれから魔導師って名乗ろうかしら?」「マ、マミさん」 小声で呟いたマミの発現に思わず苦笑いを浮かべるまどか。しかしキュゥべえが注目したのはその部分ではなかった。「『わたしたち』ってことは、キミたち以外にも魔導師がいるんだね。いったい、どのくらいいるんだい?」「……その前にこっちの質問に答えろ、ちんちくりん」「そんなに睨みつけないでくれよ。恐いじゃないか」 アルフはキュゥべえのことをどうにも信用できなかった。その理由はわからないが、動物の勘がこいつとフェイトを二人きりにしてはならないと告げていた。「魔法少女というのはね、キュゥべえと契約して願いを叶えてもらう代わりに、魔女と戦う正義の味方のことよ」「願いを叶える?」「そうだよ。ボクはどんな願いでも一つだけ叶えてあげられる。その代わりにその後の人生は魔女との戦いに身を置いてもらうことになるけどね」 キュゥべえの言葉はフェイトにとって、とても魅力に感じられた。それはフェイトが母親の愛に飢えていたからだ。プレシアに笑顔を向けてほしい。昔のように自分に優しくしてほしい。常日頃からそんな願いを抱いているフェイトが反応してしまうのは当然のことかもしれない。 思わず自分のそんな願いを口にしてしまいそうになったフェイトだったが、他人の力を借りてプレシアの笑顔を見ても意味がないと思いなおし、口を噤んだ。「それじゃあ魔女ってのはなんなんだい?」「キミたちもさっき戦っていただろう。もしかして正体もわからず戦っていたって言うのかい?」「さっきのって……」 二人の脳裏には、先ほど戦った怪物のことを思い浮かべた。不気味な結界を張り、他者を襲う獰猛そうな怪物。「そう。あれが魔女。この世に絶望を撒き散らす存在さ」 そうしてマミとキュゥべえはフェイトたちに魔女と魔法少女について説明する。魔女と呼ばれる怪物。人の呪いから生まれたそれは、人々を襲い、死に追いやる。そんな怪物と戦うために生まれた魔法少女。その説明を聞いて二人は酷く驚いた。内容はもちろんだが、この戦いは世界中で行われているらしい。それほど大規模な範囲に存在する魔力反応をプレシアが見逃した。やはりそれが信じられなかった。「こちらの事情は話したんだ。今度はキミたちのことを聞かせてくれないか?」 キュゥべえとしては、なんとしてもこの二人から情報を手に入れたいところだった。「そ、それは……」「いいよ、アルフ。わたしが説明するから」 言葉を濁すアルフに対し、フェイトは優しげな笑みを浮かべてそう言った。その言葉にアルフはすごすごと引き下がる。「……わたしたちは母さんの研究のため、ある宝石を手に入れにいくところだったの」 キュゥべえの話を聞きながら、フェイトは彼女たちにどう説明するかを考えた。別次元からやってきたことを説明するとややこしくなる。かといって、まったく説明せずにこの場を去ることはおそらくできないだろう。「ある宝石って?」「……ジュエルシード」 その名前を聞き、内心驚くキュゥべえ。「詳しいことはわたしにもわからないけど、それは母さんの研究に絶対必要だから、手に入れてきてほしいって」「それがあるのが、海鳴市ってわけね」 二人の向かう先を知っていたマミが告げる。それに頷くフェイト。「本当なら昨日には海鳴市についているはずだった。でも手違いでこの町に来てしまった。だから……」 そう言ってフェイトとアルフは立ち上がる。「わたしたちはこのまま海鳴市に向かいます」 フェイトが考えたのは、情報を説明する時間がないという状況を作り出すことだった。急ぎの目的があると知れば、彼女たちは強く引き留めることはできないだろう。そのためには少しだけこちらの事情を話さなければならないが、遠く離れた町の出来事なのだから彼女たちには関係ない。「えっ!? でもこんな夜遅くに……」「そうだよ。もう少しのんびりしていきなよ。あたしももうちょっと話聞きたいし」「急ぎなんです。もしわたしたちの邪魔をするというのなら、容赦しません」 まどかとさやかがなんとか引き留めようとするが、フェイトの言葉に二人は押し黙る。引き留めたいのはマミも同じだったが、その様子を見て、観念したように告げた。「……わかったわ。でもフェイトさん、用事が済んでからでいいから、また見滝原に来てくれない? 今日のお礼もしたいし」 フェイトが見滝原にやってきたのは偶然だが、もしそうでなかったら自分はあの時、シャルロッテに食べられ死んでいただろう。(それに鹿目さんと美樹さんも……) あの場にはキュゥべえがいたので、とっさに願いを決めれば魔法少女になることはできたかもしれない。しかしなりたての魔法少女では、魔法は使いこなせない。使いこなせるようになる頃には、すでにシャルロッテの腹の中だろう。 マミはほむらの忠告を思い出す。――無関係な一般人を危険に巻きこんでいる。彼女たちは無関係ではないにしろ、まだ一般人なのだ。それなのに自分の実力を過信し、危険に晒してしまった。これからも一人で戦うのは嫌だが、それ以上に彼女たちを危険に巻きこみたくないという思いがマミの中には生まれていた。(用事が終わったら、フェイトさんとアルフさん、見滝原に留まるように頼んでみるのも良いかもしれないわね) その戦いぶりは見ていないが、自分を助け、シャルロッテを倒した技量から、二人は戦い慣れているのではないかとマミは予測を立てていた。そんな彼女たちと一緒に戦えれば、こんなに心強いことはなかった。「おいしいケーキ、用意しときなよ!」「ア、アルフ!?」「ふふ、わかったわ」 フェイトとアルフはベランダに向かう。おそらく飛んでいくつもりなのだろう。マミたちも見送るためにベランダに出る。二人はバリアジャケットを展開し、飛行魔法で宙に浮く。「それじゃあマミさん。お世話になりました」「いえいえ、こちらこそ助けてくれてありがとう」 そう言って二人の魔導師は見滝原を後にした。その姿が見えなくなるまで、マミたちは二人を見送った。その場にはいつの間にか、キュゥべえの姿はなくなっていた。 ☆ ☆ ☆ フェイトとアルフから聞けた話はキュゥべえにとって、とても興味深いものだった。彼女たちが何かを隠していることは明らかだったし、それを追求できなかった落ち度もある。だがキュゥべえには気づけたことがあった。 それはなのはとフェイトの魔力運用がとても似ているということだ。一つの例を見てもわからないが、二つの例を見ればわかることがある。もちろん魔導師になりたてのなのはより、フェイトの動きの方が洗練されている。だがその根本的な流れが同じだったのだ。「そう考えると、あの二人もなのはと契約したフェレットが魔法少女……じゃなくて魔導師にしたということになる」 いや、フェイトとアルフ、二人ともと言うと語弊がある。なのはとフェイトの運用方法はほぼ同じと言っていいのに対し、アルフの運用法は少しだけ違っていた。 それは魔力の源だ。なのはとフェイトは自身の中から魔力を放出している。しかしアルフはその魔力をフェイトから経由して使用していた。 その違いの理由はわからないが、その運用法の関係に似ているものをキュゥべえは知っている。魔女と使い魔の関係だ。魔女が生み出した使い魔は最初、魔女からエネルギー供給を受けている。そのエネルギーを糧として成長し、魔女となる。その関係とフェイトとアルフの関係はとても近しいものであった。「その関係性はそれはそれで興味深いけど、それ以上に彼女たちの魔力の源が知れたのは大きかったかな」 魔導師の魔力の源、それはリンカーコアと呼ばれる器官だ。大気中の魔力を体内に取り込み蓄積し、それを外部に放出するのに必要な器官。もちろんキュゥべえはその名を知らない。しかしそれに近い働きをするものの名前を知っていた。「あれはまるで、ソウルジェムじゃないか」 厳密にいえばリンカーコアとソウルジェムは同じものではない。リンカーコアは魔法を運用するのに必要な器官で、ソウルジェムは魔女と戦うためにキュゥべえが加工した魔法少女の魂だ。だがその働きはキュゥべえの目から見てもとても似ていた。「これはいったい、どういうことなんだろうね」 どちらにしても、すでにこの町にはフェイトはいない。だからその答えをここにいるキュゥべえは解明できない。すべての謎を解くのは海鳴市にいるキュゥべえの役目だ。「なんにしても、ボクはボクの仕事をしよう」 ――鹿目まどか。彼女と契約し、後に発生する膨大なエネルギーを回収する。まどかのエネルギーとジュエルシードのエネルギー。それらを回収することができれば、間違いなくこの星でのエネルギー回収ノルマは達成できるだろう。 その道が如何に困難だろうとも、達成させなければならない。――自分たちの真なる目的のために。☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★※2012/6/2 追記 感想掲示板にてシャルロッテの本体についてご指摘がありました。 調べなおしてみたら、公式でぬいぐるみ≠本体と言及されてました。 ですので、あくまでぬいぐるみ=本体というのは、独自設定という解釈をしてくださると幸いです。 勘違いさせてしまい、もうしわけございません。 本当は修正した方がいいのかもしれないけど、直すの面倒くさいとは口が裂けても言えない。※2012/10/5 追記2 シャルロッテの本体の件で再びご指摘がありましたので、修正します。 ただし修正時期については無印編が完結したタイミングで行おうと思います。 これは修正よりも完結に重きを置いて書きたいという私の我儘です。 ご理解のほどをよろしくお願いいたしますm(_ _)m※2012/12/25 追記3 前言を撤回する形となりますが、シャルロッテ戦を修正しました。 なお、これまでの追記につきましては折りを見て全て消す予定です。 修正した今となっては特に必要のないものだと思いますしね。2012/5/30 初投稿2012/6/2 誤字脱字修正、および追記追加2012/10/5 追記2追加2012/12/25 コメント欄にて指摘のあったシャルロッテ戦を修正