やあ、初めまして。
単刀直入で申し訳ないけど誰か、ガルスという人物について知っている人はいるかな?
或いは、聞いたことがあるだけでも良いんだ。
どんな人間だとか、何をしたとかじゃなくて、単純に聞いたことがあるだけでいいだけど。
・・・うん、まあ無いんだろうね。
歴史が好きだったし、ローマだって大好きだった自分だって誰それだし。
まあね、言ってしまうとだね。
歴史が好きって言ったって、ウン千年のローマ史の詳細なんて其れこそ大学で専門にやっている教授だって知ってるかどうか。
作家とか史家とか以外で知っている奴がいたら、それは間違いなく趣味人だ。
まして、カエサルとかアウグストゥスとかなら聞いたことがあるかもしれない留まりの日本人だもの。
ガルス?誰、ソレ?というか、どこの人?と言ってしまうのはしょうがないよね。
むしろ知名度があると思っている方がどうかしているよ。
それに、なんだかんで歴史の主人公という者は記憶されるだろうけどその親族まで専門家以外いちいち覚えているわけも無いだろう。
多分だろうけど、よっぽどのモンゴル好きでもない限りチンギスハーンの息子全員言えないだろうし、孫なんて其れこそ絶望的な気がする。
いや、それどころかチンギスハーンの弟でさえ何人知ってますかレベルだよね。
カサルさんとか聞いたことあります?
うん、よしんばカサルさんを知っていたとしよう。
じゃあ、その息子のイェスンゲさんは?
割とまだ有名な部類なんだよ、なにしろ一応勝ち馬に乗れたから族滅は逃れられたし繁栄できたんだ。
立ち位置不明で、気が付けば族滅されていたりする英雄とか偉人の親戚にしては、ハッピーな方じゃない。
そりゃ、確かにヨーロッパを蹂躙しかけたバトゥさんは別格だけどさ。
ああ、話が逸れていた。
要するにさ、お偉いさんの親戚とかって歴史に全然出てこない方が多いじゃない。
でも、立ち位置を一歩間違うと偉大な皇帝陛下の立場を危うくするとかで碌でもない結末が!
大切なことだから、繰り返しておくけど碌でもない結末が!
最悪の中の最悪は、立ち位置間違えなくとも、立ってるだけでぶっ殺されかねないメフメト2世とかセリム1世とかの統治。
うん、本当に危なかったと土地柄を考えれば実感せざるを得ないね。
後何年後に生まれればそうなっていたかは知らないけど、生まれる時代を間違えていたら誕生即粛清とかもありえた。
ブリタニア帝国だって、もうちょっと皇族間の競争はマイルドに違いない。
宮廷闘争というより、完全に内戦前提の皇位継承システムとかぶっちゃけ怖すぎだ。
継承権持ってる連中で、バトロワとか国家でやるもんなの?
物騒すぎるぞイスタンブール。
恐ろしすぎるぞオスマン帝国。
それに比べればね。
まだ、自分の立ち位置も地理的には同じ都だけどまともだと思うよ?
その事に関しては、取り敢えず誰に送ればいいのか知らないけど感謝しても良いくらいだ。
でも、やっぱり親戚の立ち位置が危ないというのは万国共通だよね、特にこの現在進行形で建設の町では。
猛烈な建築ラッシュで、ある意味高度経済成長中の勢いがある素晴らしい街ですね。
こんな街を、地上に作り上げようと決断し得た人間の決断力が、いつ粛清に向かうやら。
ぶっちゃけ、恐怖に駆られて衝動的に叛乱が起きても仕方ないレベル。
誰だって、口を開けば焼き討ち上等の第六天魔王の下では恐怖するしかないのだし。
そんな抑圧された環境で、キンカン頭のナイスガイがプッツン逝くのもむべなるかな。
いや、プッツン行ったら粛清される馬鹿に自分が加わるだけだけど。
だから、もう一度言おう。
誰か、大帝コンスタンティヌス陛下の甥っ子のガルスについて御存じの方はいらっしゃいませんか、と。
もしくは、誰か、今西暦何年か教えてください。
初めまして、フラウィウス・クラウディウス・コンスタンティウス・ガッルスです。
プリーズ、コールミー、ガルス。
一応皇族らしいので権威とか贅沢とか出来るらしいのですが、そこら辺は良いので生命を保障してください。
最低限度の、人間の安全保障を希望します。
あと、できれば文化的な生活もしたいです。
ガルスです。
ガルスの中の人は、こうして恐ろし過ぎる未来に恐怖し慄いていた。
だがその時、ようやく立ち上がれるようになった息子が、突然頭を抱えてのたうち回る姿を報告された父、ユリウスが怪訝にみていた事にガルスは気が付かない。
こうして、訳のわからぬ息子を持った父親もまた首をひねる羽目になっていた。
栗毛を掻き毟り、バシリナ譲りの瞳を回して、子供がぐるぐる唸っているのだ。
はたから見るだけでも、十二分に心配でしかない。
…ついぞガルスの気が付くところではなかったが。
四六時中誰かの眼が見守っているということにガルスは理解が及んでいなかったのだ。
ガルスとしては、十二分に配慮しているつもりだった。
全くもって、配慮のベクトルが違ったという事を彼は知らない。
全て、裏目に出ているという事も理解するまでにはもうしばらく時間を要する。
なにしろ、変に目立たないようにと大人しくしているつもりだったのだ。
まあ、メガロポリス圏で生活していた人間にしてみれば離宮は人が少ないなぁ程度にしか思えない。
よもや、自分のために傍で控えているという事実にガルスが気が付くにはもうしばらく時間を必要とした。
ちなみに。
後日、その事実に気が付いた時、そんな!?と絶叫したことも当然ながら心配性の父の元に報告されている。
ユリウスが心配症というよりもガルスの様子の方が不審といえば不審だったので無理もないのだが。
こうして、ガルスは少々どころではなく精神を父親に心配されながら扶養されていくこととなる。
やはり、母親と触れ合う機会が乏しいからか?しかし、病弱な彼女の体調に障っても…、と父ユリウスの苦悩は深い。
だが、家族との時間を増やそうにもユリウスにはそもそも余暇を捻出することすら難事だった。
なにしろ大帝の命によって、次から次に仕事を抱え込まされる事となるユリウスの負担は増えこそすれ減ることはない。
首都造営を担当し、官僚機構を統率し、さらに帝国の財政を管理するという激務。
加えて、面倒なキリスト教との微妙な関係という頭の痛い問題まで抱えた彼の仕事量は限界だった。
独り立ちし始めた上の息子らに仕事を任せられるようになり、一時は重荷が減ったかと思えることもゼロではない。
だが帝国にはオリンポス山ほど課題が山積しており、有能な行政官に余力があると解れば、遊ばせておくことなど思いもつかなかった。
だが、だからこそ。
ユリウスは懸命に働く。
少しでも、帝国に対する皇族としての責務を果たさんというガルスには絶対に理解し得ない献身的な態度によって。
しかしながら、そんな父親の苦悩や葛藤、それに激務からの疲労困憊といった事情をガルスとんと知らない。
というか、誰だってガキにいちいちそんな事を懇切丁寧に説明するところはないだろう。
ガルスが侍従にでも聞けば、或いは懇切丁寧に説明してくれないこともないだろうがそもそもガルスは自分に従者が付けられていることに気が付いていない。
いや、正確には自分の乳母や教育係以外に自分に関心を払っている使用人というのを概念としていまいち理解できていないのである。
まあガルスにしてみればぼんやりとしいると、自分の少し傍でウロウロしている人間が従者だというのはちょっと理解しにくい。
仕事しているのだろうし、邪魔するのもあれだなぁという中途半端な気遣いを行うのは日本人の性だろうか。
結果的というべきか、当然の帰結というべきか。
ともあれ、そんな訳でガルスにとって父親はいつも胃を抱えて幽鬼の様な表情で彷徨う半生半死の存在だった。
まあ、激務から来る過労で眼にくまを浮かべ、かつストレスで胃を抱えながら死体のように寝台で横たわる姿しかガルスが見ていないからなのだが。
ともあれ、父親の背中からガルスは完全に誤ったメッセージを受け取る事となる。
いや、正確にユリウスの心情を言うならばそれは弟のユリアヌスが生まれる一方で妻であるバシリナが遂に亡くなった事の心労も小さくはない。
だが数年にわたり辺境統治に追われる兄らや、首都整備のために駆けずり回るユリウスの姿を見続けたガルスへは完全に誤ったメッセージを数年にわたり発する事となる。
そう、ガルスが見る限りにおいて宮廷は過酷極まりないところとしか思えなかった。
…誰も彼もが、宮廷に出仕した瞬間に疲れ果てた様な表情でしか帰ってこられなくなるのである。
すなわち、皇族というのは、皇帝の親戚というのは、かくまでも精神を痛めつけられるほど過酷なポジションなのだ、という事である。
なにしろガルスにとって、大帝はきっとブリタニア皇帝の様なやつだというイメージが先入観として存在していた。
皇弟である自分の父ですら、日々恐怖と戦いながらボロボロになって出仕するところだと判断したのだ。
故に、ガルスは健全な精神衛生とストレスフルな宮廷社会回避のために決断する。
断じて、断じて宮廷になど関わる人生を送るまい、と。
このときガルス実に6歳。
実に早すぎる世捨て人希望者の誕生であった。
だが、そこまで決断しハタとガルスは困惑する。
「…どうやって?」
そう、どうやってだろうか?
思わず、口から吐き出した疑問が全て窮状を物語ってやまない。
なにしろ、ガルスは皇族である。
現皇帝の甥っ子にして、おそらく次の皇帝のいとこに当たるだろう。
はっきり言って、継承権やら血縁関係やらが山盛りセットで付いている。
これで、権勢慾でもあれば喜び勇んで血で血を洗う玉座争奪戦に参加できるのだろう。
だが、ガルスにしてみればそんな物騒な玉座に求めるものなど全くない。
はっきり言えば、魅力のかけらも感じない。
小市民的な感覚を引き摺るガルスにしてみれば、そもそも現状に不満が無いのだ。
なにしろ、ガルスの父、ユリウスは身分相応の資産家でもある。
言ってしまえば、ガルスは相続する遺産だけで食っちゃ寝してしまえるだろう。
そう、この世界に相続税や累進課税などというものは、ありがたきかな!一切存在しないのだ。
だから、ガルスにしてみればそこそこの資産があれば高等遊民生活が期待できるのだ。
大都会の喧騒が嫌になれば、所領に引っ込んでニート生活をいくら行っても咎められることすらない。
むしろ、世俗の喧騒を逃れ静謐な環境へ…などと評価される始末である。
政治への野望なり、地位への渇望なりがあれば、いくらでも権勢を追い求めることも一つの道であることはガルスにも理解はできる。
だが、ガルスにしてみれば働かずとも好き勝手に生活できるだけの収入が安堵されているのだ。
何を好き好んで危険な権力闘争なりポジション争いに参入しなければならないのかと真剣に理解しかねている。
「うん、平和が一番だ。」
思わず、そう呟いてしまうほど現状は完璧なのだ。
ガルスにしてみれば、何が悲しくて今の安楽な生活を危険に晒さねばという思いの方が強い。
平均的な日本人にしてみれば、収入が保証され趣味に没入できる上に、好きなようにして良いというのは十二分以上に理想郷だろう。
ここから父達の様にのたうち回るほど過酷な宮廷で、わざわざ地位を得たいと思うほど自虐趣味はガルスとして持ち合わせになかった。
だが、どうやら世間一般の認識というのは異なるらしい。
どうも権勢慾というのは、ガルスが思っている以上に強い衝動の様なのだ。
つまり、麗しき至尊の座におわします皇帝陛下にとって皇族一般というのは潜在的簒奪者候補とのこと。
そうなると、玉座争奪戦になど興味のかけらもないガルスにとって皇族という立場は重荷以外の何物でもない。
彼自身に玉座への興味関心がいくら払底していようとも、彼には玉座に上るだけの血があるのだ。
少なくとも、現皇帝の甥っこという血はあまりにも皇統の中心に近すぎる。
そして、ガルスの意図がどうであろうとも、ガルスの血が皇帝への請求権を持っていることは明白。
なによりガルスには兄弟が3人もいて、上二人は実に優秀だと言う評判を耳にしつつあった。
そう、皇帝にとって有能で有力な競合相手足りえるほどに。
そんな血統であるから、当然拡散される事を皇帝陛下はお望みにならないことだろう。
市井で、奥さんを貰って平和にのんびり暮らしたいと思っても歓迎されるかどうか。
子供が生まれれば、新たな皇族のご誕生という事になるのだから、それはもう現皇帝や、次の皇帝陛下に睨まれればアウトだ。
まず間違いなく、オスマントルコならば良くて鳥の巣入り。
下手をしなくても、たぶん、征服者ことメフメト2世が麗しくも制定し定めもうた法によってぬっ殺されかねない立ち位置である。
マキャベリですら裸足で逃げ出しかねないほど、徹底したマキャベリストとはこれいかに。
ついでにお孫さんのセリム一世さんなんてぶっ飛び具合が半端ではない。
時代が時代なら、ボルジアと親友になってワイン試飲会を開催し、信長さんと一緒にバーニング・フェスティバルやりかねないほど。
どうせ生存競争なら早い方がいいやと父をぬっ殺し、兄弟を地上から排除し、息子に安定した継承を行わせるために自分の長子以外の子供ぬっ殺すとかやらかしているし。
国家理性にも限度があるだろう、と叫びたい。
だが、叫ぶ前に国家理性とやらはそれくらいを統治者に許容しかねないという事の方に今は留意すべきだった。
「詰んでる。…生まれながらにして、自分の人生が詰んでいるとはこれいかに。」
ガルスは苦悩と戦いながら懸命に考える。
資産家のお家に生まれて、優秀な兄をもち、素晴らしい親戚がいると言えば聞こえは良いが。
ひっくり返せば連座粛清フラグが乱立している地雷原のど真ん中である。
「問題は、血と継承権なんだ。世捨て人になるか?…どう考えても、これ幸いと暗殺される気がしてならん。」
実際、ガルスの危惧は誇張されたものではあるが事実だ。
ガルスは、単に現皇帝の甥っこと言うに限らない。
現皇帝の皇弟が息子にして、現皇帝の長男より若い皇族なのである。
無茶苦茶有力な皇族であり、父ユリウスの権威も相まって帝国の藩屏たるか粛清されるかの二択しかありえそうにない。
なにより、聞く限りにおいて父や上の兄らはむちゃくちゃ帝国の有力な統治要員という。
実際には6歳児にいちいち語りかける人間がいる訳ではないのだが、話を聞く限りにおいては権勢を誇っているのは間違いない。
ああ、粛清される理由がさらに増えそうだとガルスにしてみれば思わざるを得ないのだ。
いつ、有能すぎる兄らが理由で連座させられることだろうか。
重すぎる事実に、打ちのめされかけたガルスはそのとき、ふと我に返った。
ガルスは、離宮の自室から一望できる町並みの中に意気高らかに掲げられたソレを眼に入れる。
建設途上の建物だが、その用途は掲げられた十字架で明白な礼拝堂。
そう、キリスト教の礼拝堂だ。
思い起こせば、キリスト教の高位聖職者というのは世捨て人ではあるが生活水準は悪くない。
そう、ベネディクトやシトー、イエズスといった厳格極まりない修道会が誕生するのは中世以降の話。
それだ、とガルスは自分のアイディアへ咄嗟に飛びつく。
なにしろ、大帝はキリスト教を良しとされたお方だ。
死の間際に、洗礼を受けたと言われるほどキリスト教に近い立場の大帝なのだから、聖職者へも好意的だろう。
実際、父の仕事はキリスト教関連の宗教施設を建築監督というものもあった筈だ。
とまれ、ガルスにとって光明が見えてきたと言えるだろう。
出家ならぬ、聖界入りすればいいのだ。
教会に入れば、ともあれ好きなだけ本を読んでごろごろしていても許されるに違いない。
いや、中世の教会と違ってガチの信徒が多いかもしれないがそれはソレだ。
言っちゃなんだが、皇族が聖職者へとなるのだからキリスト教もウェルカムしてくれるに違いない。
なにより、聖職者へなってしまえば皇位継承権も何も無意味になるだろうから血統的な問題も誤魔化せる。
それに、大帝におかれても世俗を捨てたいと申し出る甥っこをぬっ殺そうという動機は減ってくれるに違いない。
或いは学識豊かな聖職者にでもなれば、次代の皇帝陛下も自分をそこまで積極的に害しようとは思わないかもしれぬ。
いや、希望的観測であるかもしれないが。
だが、現状において教会の庇護下に入ってしまえば勝ち組に違いないとガルスは笑う。
それに、だ。
最大の難関である扶養者の問題は、面倒事を任せられる弟がいるのである。
素晴らしきかな、つい先だって生まれたばかりだが弟ユリアヌスの存在は扶養問題も回避させてくれることだろう。
「・・・押し付けるのは悪いが。」
若干、良心が疼くとはいえ、財産の大半を譲って自分は安全な道へ退避するだけなのだ。
彼に問題を押し付けると言う訳ではなく、単純に彼に財産を任せてウィンウィンな関係に持ち込めるならば理想的だろう。
兄達も、面倒をみてくれるかもしれないが。
まあ、言いにくいが年が離れすぎているために少々お金を無心するのは厳しい気がした。
だから、今の内に弟と仲良くなっておけばベストだろう。
ついでに弟をそれとなく教育して立派な人間にしておけば、後でガルスの事も見捨てたりはしないに違いない。
そこまで考えた時、ガルスの心を占めるのは母バシリナが出産後体調を崩して亡くなってしまったことへの悲嘆だった。
つまり、ユリアヌスはこれから甘えたいであろう母親を亡くし、多忙な父の代わりに召使や従者によって面倒を見られるのだ。
母が亡くなってしまったという事に対する歎きは、幼いユリアヌスにとってまだ理解できないものかもしれない。
だが、彼のことを心にかけて事細かに面倒をみてくれる存在が欠けたのはガルスにとって困ったことになりかねなかった。
なにしろ、ガルスが平和裏に高等遊民になるためには弟がしっかりと成長し、その上で彼に養ってもらうだけの良好な関係を構築する必要があるのだ。
母というのは偉大であり、信行が信長に度々許してもらえたのも土田御前のとりなしがあればこそ。
だが、そうでないならば今の内から面倒をみてなるべく良い関係を築いておくに越したことはないだろう、とガルスは判断する。
まあ、それになにより。
この世で初めて自分の隣にいる弟である。
なんだかんだと言いながら、ガルスにとってユリアヌスは可愛い弟なのだ。
損得混じり半分、可愛さ半分でガルスはユリアヌスの面倒を見ることを強く決心する。
こうして、大人しいユリアヌスの傍でガルスがウロウロするという光景が離宮で垣間見られる事となった。
そして、それとなく離宮では弟に構ってほしいガルスという構造で理解される事となる。
もちろんガルスにしてみれば、それとなく弟の傍で面倒をみているつもりなのだが女官らにしてみれば構ってほしげな兄に過ぎない。
なるほど、ガルスにしてみればユリアヌスを見守っているつもりなのだ。
だが、ユリアヌスは頗る温和でかつ辛抱強い性格であり、妙に冒険心を発揮することもない。
時に物事の本質を見抜かんとばかりに、聡明な瞳。
その瞳は、時としてじっと物思いにふけりながら空を眺めることもしばしば。
それ以外には、たまに庭で花びらを拾ったり石を拾ったりする以外には特にどうという事もしないのだ。
ガルスからしてみれば、大変結構なことだと頷きたいほど大人しい弟の性格である。
子守というものは、きっと大変なんだろうと思っていが大したことが無くて安堵しつつも寂しいような気分。
しかし、それを近くからうろつきながら眺めているガルスの姿は如何にも遊び相手に飢えている子供のそれだった。
こうしたガルスの日常を女官らから報告されたユリウスの理解は、ガルスにとっては不本意なことに遊び友達が欲しい子供のそれだった。
なるほど、ガルスは『弟にどう声をかければ良いのか解らずに悩んでいるのだ』と父は単純に理解する。
ユリウスの見たところ、ガルスは比較的おとなしい方ではあるが意外と好奇心が強く、何かと良くわからないところで感嘆したり呻いたりする息子だった。
一方、弟のユリアヌスはとにかく温和で辛抱強く、内気にもみえる息子である。ガルスにしてみれば、声のかけ方が難しいのだろう。
幸いにして、二人とも喧嘩をするという事もなく関係は良好だ。
微笑ましい気持ちで、幼い子らを眺めていたユリウス。だが、彼はある時表情を引き攣らせるような嫌なことに気が付く。
初めは、気のせいかと思い気に留めもしていなかった。
その次は偶然かと思ったが、意識に留めることにしておいた。
そして、三度目にユリウスは嘆息交じりで現実を認めた。
どうやらガルスは十字架とあの忌々しいキリスト教に興味津々らしい。
ただでさえ、最近は大帝とまで讃えられる兄があの怪しげな宗教に肩入れして面倒であると言うのに息子まで…。
しかしながら、現実を嫌々ながらユリウスは認めざるをえなかった。
「父上、キリスト教の信徒の方を、どなたかご存じないですか?」
「…それを聞いて、ガルス、おまえはどうしたいのかな?」
引き攣った表情を浮かべなかったのは、子供に対するユリウスなりの配慮だった。
心中、息子に厄介事をどの侍従なり使用人が吹き込んだのか、と叫びながら彼は辛うじて平静を保つ。
「はい、興味深いと思ったので、話を聞きたいのです。」
あの騒がしく、訳のわからない論争を撒き散らしあちこちで騒乱を招く輩が大方離宮に潜り込んでいたに違いない。
早急に侍従長に命じて、つまみださせなくてはならんなと決意。
同時に、ユリウスは息子の気持ちを他の方向に逸らすべく話題の変更を試みる。
だが、自分の生存フラグがかかっているんだ!と必死なガルスにその思いは通じなかった。
こうして、あの手この手で息子の気持ちを変えようとする父、ユリウスの思いは虚しく頓挫する。
あの連中が、息子たちを誑かすのかと思えば嫌で嫌で堪らないユリウス。
だが、帝国屈指の行政官にして最高位の皇族であるユリウスですら遂に観念せざるをえなくなる。
極力封じ込めていたつもりだったが、甥っ子がキリスト教に関心を持っていると何処からか兄である大帝が聞きつけたのだ。
「良い機会だ。ユリウス、次にエウセビスが来た時に余がガルスに引き合わせてやろう。」
どこか喜ばし気に告げてくる兄の姿に、断ることの不可能さをユリウスも理解せざるを得なかった。
此処に至っては、ユリウスとて遂に観念することにならざるをえない。
こうして。
カエサレア司教、エウセビスは庇護者である大帝コンスタンティヌスより一人の甥を紹介されることになる。
あとがき
言い訳、言い訳させてください。
幼女戦記の方は、資料収集にちょっと手間取った+諸事情で遅れています。でも、しっかりと『ナチ戦争犯罪人を追え』と『エニグマ・コード』と『ナチが愛した二重スパイ』で大戦末期のごたごた感を掴もうと頑張っています。
来週中には、来週中にはきちんと向こうの方を…。
出来たら、良いなァ・・・・・・。
王とか海とかは....自己批判してきます。