皆様、いかがお過ごしですか?
目の逝ってしまった先生から、ありがたい神学を拝聴していますか?
僕は、拝聴しています。
え?いやいや、寝ていません。断じて。
表向きは、もの凄く関心がありますよと懸命に学んでいる真面目神学生です。
ああ、怠いなと思いながら。
フラウィウス・クラウディウス・コンスタンティウス・ガッルスです。
プリーズ、コールミー、ガルス。
主は、私達の行いを見ておられます?
そういう訳なので、もう一度だけ繰り返させてください。
一応、宦官に監視されていびられているとはいえ皇族らしいのでキリスト教の優秀な教師が個人指導をしてはくれますが、そこら辺は正直役に立たない気がします。
信仰の自由を希望します。
学問とは、もっと自由でなければいけません。
そういう次第で、知る権利を主張したいと思います。
早い話が、検閲良くない。
知識と、信仰はもっと自由で、誰にも邪魔されずにオープンであるべきでしょう。
もしくは、せめてもう少し論理的に会話のできるギリシャの論理学的教養を持ち合わせたキリスト教徒を教師に希望します。
半分狂信者のような教師をつけてもらっても、ちっとも楽しくないです。
僕に必要なのは、頭の柔軟な論理的な教師であって、頭の固い盲目的熱心者の教師ではありません。
でも学ぶしかないとです…、ガルスですた…。
もう、娯楽が乏しすぎて辟易していますガルスです…。
ライオンとか奴隷の剣闘士の殺し合いとか、もうそれだけで、勘弁というところ。
此れ娯楽っていうローマ人、結構血の気が多いのだね。
最近の趣味は、散歩とお茶の代りさがしです。ユリアヌス連れて、呑気に歩き回って、帰宅後テルマエ!
風呂上りに、最近やっと見つけたタンポポ珈琲擬きで一服するのがこの世の楽しみ!
ユリアヌスは舌がお子ちゃまなので、まだわからないのだろうが古代ローマ世界はグルメの世界でもあるのだ。
きっと、同行の士が居るに違いないと遂に自分の研究を編纂して自費出版にこぎつけました。
祖母の家、貧しいわけではないのですけどやっぱり何かと物入りでちょっと節約生活。
ですが、一応仕送りも皇帝陛下からもらっています。
勉強に使うお金は、別途申請すればくれるのでそんなにケチでないのが救いです。
出版費用も、何とか捻出しました。
…すみません、嘘つきました。自費というか、皇費出版の予定です。
エウセビス司教がいらっしゃった折に、出版したいから陛下にお願いしてちょ、と渡しました。
他人の褌で、遊んでいます…ガルスです。
ビテュニアにある祖母の地所で過ごすガルスの日々は予定が狂わない限りはだいたい決まったパターンだ。
朝、朝食を祖母とユリアヌスと共に取って少しばかり談笑。予定が合えば、祖母が人を使う片手間ながら、ユリアヌスと共に家の歴史を教わる。
その後、しばらくしてやってくる家庭教師の司祭から教義について学び、昼食をとる。
午後からは、天気が良ければ趣味の野歩きにユリアヌスと共に出かけ、雨ならば読書室で書見。
時折、新しい書物を買うための歳費を皇帝に願う手紙などを書くぐらいであまり世間との交際は活発でもない。
晩は、その日その日次第だが地所で仕留められた猪や鶏肉の食卓を囲って皇帝が派遣した侍従らと軽く談笑したりする。
食後に一杯引っかけることは稀で、お腹が満ちれば書斎にこもってものを書くか、本を読むか。
はっきり言えば、生活の保障されたニートだ、とガルスは考えている。
弟は思慮深く、年齢差にも関わらず対等に議論できるのでちょっと危ない議論も平気で出来るのがガルスの自慢だ。
ハイキングの際に何事かを考えながら、ぼーっとしているのは、やや心配ではあるが。
祖母は愛情深い人で、ガルスに此方で初めて実感する年配の保護者というところ。
いずれにしても、一挙一動を監視しているコンスタンティノープルが退屈さにまいってしまうほど平凡な日々を送っていた。
本質的に、ガルスは小市民であり血を血で洗う皇位など興味の欠片もないのだ。
都落ちと人は嘆き、同情してくれるのだが、幾ら煌びやかでも地雷原に長居したい訳もない。
だから、地方で宮中陰謀から解き放たれ呑気に田舎暮らしの地方紳士として本人は将来を考えている。
コンスタンティウス2世にとって、だからガルスが生きていようとも安心できるのだ。
宮中の空気に慣れ親しんでいる皇族にとって、『本音』と『建前』の峻別は当然の前提。
ところが、ガルスとユリアヌスだけは『建前』が少ない。
何故か、と勘繰った皇帝にとって衝撃的な驚きだったのは皇位に興味がないというガルスの姿勢。
コンスタンティウス2世という存在には、理解できないことに、彼は皇帝とは苦行であると認識しているのだ。
世界に冠たるローマの玉座!何たる、重責、何たる過酷な日々か!と。
だからこそ、常識では理解しがたいガルスの本質を皇帝の座にあるその人だけは理解できた。
皇帝の座とは孤独で絶えず飛び込んでくる凶報を受け止め続けねばならない壮麗な監獄なのだ。
帝国の歪は日に日に拡大してゆき、属州から飛び込んでくる知らせはことごとくが凶報だ。
父帝が三分割し、兄弟で安寧を保てと言われた末が兄弟同士の疑心暗鬼。
元々、コンスタンティウス2世自身が不安と疑心でもって他の兄弟を見ているのだ。
暗闘は時間の問題であり、その一方で東方のペルシャの問題も山積している。
忌々しいことに、宮中の着飾った雀どもは追従を述べるだけの無能で帝国の難題を解決する役には少しもたたない。
挙句、小汚い手を国庫に突っ込み地方を蚕食してのける。
だからこそ、だからこそ、そんな難題を厭うというガルスの姿勢からは嘘が感じられなかった。
まあ、それでも疑い深く監視をつけ、時折様子を報告させねば安心はできないのだが。
「エウセビス、よく来た。」
「お久しぶりです。皇帝陛下。」
その日、久しぶりに父大帝が信頼していた司教を呼び出した目的もそれだ。
清貧に甘んじる聖職者特有の枯れた木の様な肉体と、穏やかそうな容貌の司教に対しては皇帝自身信を置くに足ると判じている。
少なくとも、敬虔な聖職者というのは皇帝にとってはある程度目的にかなう存在だからだ。
何より、エウセビス司教が信仰を守るために政治に理解があることも皇帝にとってはやり易かった。
だから久闊を叙しつつも、本題は決まっている。
「それで、師として見たガルスとユリアヌスはどうだ?」
「率直に申し上げれば、かなり生真面目なご性分。勉学に、専心しておられます。」
「ほう、では教会は責任を持って引き続き教育を見られるというのだな?」
何が何でも排除しておくべきだった、とまでは言わない。
表向き、あの時あった血まみれの事態は暴発した将兵らが引き起こした事故でなければならないのだ。
動揺している帝国を思えば、世が疑いの目を向けてくるときに、生き残ったガルスとユリアヌスを消すのは無理があった。
同時に、生き残った彼らが災いの種になるのを防がねばならないというコンスタンティウス2世の立場は微妙なものがある。
そんな時に、父大帝がエウセビス司教にガルスの教育を命じていたというのは渡りに船だった。
教会がその教育に責任を持つ、という保証。
皇帝の意を汲んだエウセビス司教は、教育を与えると同時にガルスとユリアヌスの監視にも責任を負っていた。
最も、ガルスにとっては知らぬが幸い、これが理由で彼はアテネに行き損ねている。エウセビス司教の任地に近いという理由でユリアヌスと一緒にビテュニア送りになったのだ。
まあ、ガルスにしてみれば遠くに送られずに済んだ、という事でもあるのだが。
「御意。よきキリスト教徒として、育てております。些か、夜が問題ではありますが。」
最も、当初の懸念とは裏腹にガルスもユリアヌスも何ら問題を感じさせる言動は見せていないのが司教のささやかな安堵の種だ。
幼く事態を理解できないであろうユリアヌスは兎も角、聡明なガルスはどうなるか分からなかった。
が、確かに事態を理解できたにせよガルスは特に反発する姿勢を見せてはいない。
エウセビス司教にとって、今の悩みはガルスの不規則な生活という生活指導と信仰生活のありようという次元だ。
なにしろガルスの中の人の夜の生活は、不規則極まりなかった。古代の平均に比較して、というべきだろうが。
「特にいかがわしいことを為されているわけではありませんが…その、浪費が過ぎるかと。」
近代社会が電球でもって暗闇を掃って以来、夜の帳はもはやその効力を大幅に減じたのだ。
日没が、一日の終わりを意味しない世界の到来。だが、それは電気という文明の結晶が齎した人類史上類まれな生活慣習なのだ。
それ以前において夜というのは、寝るべき時間だった。夜を徹して語らうとしても、それは富貴な人々が酒席を共にしての夜会だ。
だから、乏しい光源にぶちぶちと文句を言い散々ろうそくを用意させて自室で夜遅くまで読書にふけるというのは恐るべき贅沢だ。
ガルスにしろ、ユリアヌスにせよ、公式には皇族であり、身分相応の歳費が用意されているとはいえそれらは年相応に抑えられたものでもある。
その大半を、ガルスはろうそくにぶち込んでいるのだ。
質素を尊び、清貧を良しとする信仰生活からみればあまり望ましくない。
「ああ、報告は読んでいる。本好きとのことだな。大変結構ではないか。」
「…洒脱で真面目な御性格です。ですが、もう少し生活を慎ませるべきではないか、と思うこともございます。」
限られた歳費を全額趣味に注ぎ込んで明かりを煌々とともすガルス。
夜更かしとは、褒められた趣味ではなく厳格な清貧という観点から見れば、それは浪費だ。
政治を理解しているとはいえ、本質的には信仰の人であるエウセビス司教にとってそれは少しばかり目くじらを立ててしまう部分である。
「そこまで、厳格にせよとまでは言わん。司教、余としてはその程度のことで皇族の生活を制約する必要性を見出さん。」
が、コンスタンティウス2世にしてみれば、飼い殺しにするつもりの宮廷費なのだ。
祖母の地所から上がる収入と、それ以外で地方に一翼の勢力を為されても困る、というのが皇帝の本意だ。
だからこその、ある程度に制限された歳費。基本的には何かをしようとすればすぐに足が出る程度の予算。
後は、必要に応じて皇室財務官に請求せよと伝えた底意は、一挙一動を束縛し監視しようという意図の表れだった。
そして、本来は皇族というのはいちいち自分のお小遣いをせびる子供の用に保護者にお金を求めねばならない存在でもない。
故に、身の程を思い知らせつつ監視もできるだろうと考えたコンスタンティウス2世は猜疑心の塊であると同時に同時代の常識に忠実だった。
「勉学に励み、読みたい本のリストをこちらに送ってよこしている。余計なことも考えず、良いことだ。」
「はい、ガルス殿下は陛下のご厚意に甘えてばかりで申し訳ないが、と感謝されておられました。」
まさか、ガルスがコンスタンティウス2世とは月々の仕送りを送ってくれ、しかも本が欲しいと言えば延々買ってくれる物わかりの良いATMと考えているとは夢にも思わないだろう。
なにより、額面価値が変動しやすい銀貨ではなくソリドゥス金貨でたっぷりと送ってくれるところが心憎い、と。
…日本人にしてみれば、学生時代、何か余計な出費を行う際に、親に援助を求めて説明することがあるだろう。
曰く、教科書が、就職活動が、研修旅行が、延々と。
が、ガルスにしてみれば『好きなように勉強しなさい。援助は惜しまないよ』と優しい従兄弟が言ってくれているのだ。
物騒極まりない宮中から、いろいろあったとはいえ逃げ出せた上に、ATMまでゲットしたのだから現状に一応の不満はなかった。
まあ、もちろん父親や兄らを散々ぶっ殺されたという点に対してはさすがに含むところがないでもない。
が、実際のところ肉親という実感が乏しい兄らや、仕事ばかりであまり交流の無かった父のことよりは我が身が可愛かった。
宮中陰謀劇の当事者としてみれば比較的にせよ自分とユリアヌスが助命されたことと、地方に流されたとはいえある程度の生活が保障されていることで一先ず納得できているのだ。
「ふむ、ではやはりそなたの眼から見てもアレは無害か。」
「…あまり良い物言いではありませんが、ガルス殿下が陛下に害為すことを私は想像できません。」
アマゾン代わりに宮廷付騎兵に数多の書籍をデリバリーさせるニート生活を弟と祖母と送るかことには小市民的な満足すら覚えているガルスは、誰がどう見ても現状に満足しているのだ。
散々、反骨心や面従腹背の動きに警戒している皇帝や宮廷の面々が懸念。
それとは裏腹に、騎兵に託される手紙を幾度改めようにも多数の書籍を求める学究的なガルスの姿だけが浮かんでくるのだ。
曰く、最新の神学の議論が知りたい。
曰く、アレクサンドリア大図書館から天文学と幾何学の本を借りたい。ダメなら、写本で。
曰く、アウグスティヌスの新著を送ってほしい。
曰く、天文観測のための機具を一式送られたし。
曰く、論集を出したいので腕の良い書記を何人か写本のために貸してほしい等々。
皇帝に対する隔意というよりも、遠慮のない要求の数々がガルスは兎も角知識に飢えた学究の徒であり、満たされないのは知識欲であるとばかり示している。
実際、浪費しているわけでもなく、それなりの書斎と研究施設を作ろうとあの従兄弟は足掻いているらしいと皇帝が安堵することができるほどだ。
監視を兼ねて多数の書記や、使用人を送ってみれば、わけのわからない研究や神学論争に没頭したガルスがこれ幸いと自分の研究のために扱き使っているという。
「…で?これが、あれが出版したいと言っている原稿か。」
そして、その成果とやらが皇帝の前に恭しく差し出された原稿の塊だ。
一応、監視対象のガルスが書いたという事で念のために検閲が入ってはいる。
問題なさげだ、と宦官や侍従が判断したが・・・コンスタンティウス2世は人の意見を完全に信じたことはない。
自分以外を、どうして信じられよう?
「はい。なんでも、各地で飲まれているものをまとめたものとか。」
「あれがか?ワイン一つも飲まんような奴だったと思ったが、酒に興味があるとは。」
…一体、ガルスは何を考えているのだろうか?
酒を飲めないフリをしていた?
だとすれば、一体なぜ?
表情に出さずとも、沸きあがってくるのは微かな疑心。
「それが、その…草木の煮込んだものの紹介の用です。」
「薬用か?」
つまり、毒と薬の知見を集めている?
その事実だけで、皇帝の際限のない猜疑心が既にざわつく。
薬物に詳しい皇族など、潜在的には余りにも危険だ。
「いえ、その…。」
「何だというのだ?余を毒殺したいとでも言い出したのか?」
冗談めかしたつもりの一言は、しかし皇帝の恐怖と猜疑心からこぼれ出た本音。
コンスタンティウス2世に死んで欲しい人間は、余りも多い。
皇帝とは、食べ物一つとっても怯えながら食べねばならないのだ。
だからこそ、無害と思い込んでいたガルスが毒の知識を求めているのならば看過できない。
「陛下、ガルス殿下は、その、草木の根っこを穿り返し食用にする術を述べられておられます。」
消すか?
そう考え始めた皇帝の思考を遮ったのは、何とも形容しがたい表情でエウセビス司教が口にした言葉だ。
「お前は、何を言っているのだ?」
草木の根っこ?
「はっ、ガルス殿下に置かれましては、タンポポの根っこを煎じて飲む方法と、ヒポクラテスの麦湯の改良について言及されておられます。」
「ヒポクラテス?つまり、薬学ではないのか。」
「確かに、薬学といえば薬学なのでしょうが…ご覧ください。如何に野を駆けまわり、新鮮なタンポポを見つけてサラダにしながら大麦の湯を飲む楽しみという食日記ですぞ。」
…手に取り、読んでみればまさに司教の言うとおりだった。
野を弟と歩き、見かけた野草を掘り返し、根を煎じて湯と共に飲み比べする日々の記録。
曰く、カモミールは万人に飲みやすく、タンポポの根は、趣味の合う人には最適だ、と。
彼の名高いアピキウスの料理書と比較すれば、その貧しさに思わず困窮具合が察せられるほどだろう。
「余は、確かに立場をわきまえさせよとは命じたが…そこまで困窮させろとまでは命じておらんぞ」
思わず、皇帝をして同情させしめてしまうほどに貧弱な食事。
皇族の体面を考えれば、もう少し歳費を増やしてやるべきではないのかと案じてしまうほどの中身。
退出していく司教を他所に、財務官を呼び出し事態の確認を皇帝は命じる。
「畏れながら…そこまで、歳費を絞った覚えはございませんが。」
そして、ひれ伏す財務官の言葉に頭痛を堪える様にして皇帝は呻き声を漏らす。
ガルスが幾ら、夜遅くまで書見する生活を送っていたところで皇族としての歳費がその程度で尽きるはずがない。
監視の連中が気を遣い、ガルスの手にする本を把握させるために読みたい本のリストを送ってよこしているかと考えていたが。
…普段の食事一つとっても、タンポポの根を煎じて幸せを感じるような皇族の食生活などコンスタンティウス2世には想像もつかない。
読んでいて気がついたのは、夜の肉料理も『地所で取れた』ものだ。
買い入れたものではなく、自分の土地で取れたものを食べているということ。
意味するところは、あまりに単純だ。
食費に回す金が足りていない。
「そうか、では、中抜きされていないか調べ直せ。」
「は?…歳費の、でありますか。」
「二度は言わん。早く取り掛かれ。」
余りにも腐敗しきった官僚機構。
頼りになる臣がどこにもなく、かつ宛にならない官吏ばかり。
…偉大なローマは病んで久しい。
だが、そこまで指図してコンスタンティウス2世はふと気が付く。
では度々送ってやった金貨はどうしたのか、と。
書物を買った余りで、食費にでも回せるだろうと。
だから、その指示はほんの思い付きだった。
「ああ、それと、ガルスに金の使い道と残高を報告させろ。」
「はっ、・・・恐れながら、どのようなご意図でしょうか。」
「保護者として、余は従兄弟がしっかりと勉学に励んでいるのか知りたい。それだけだ。」
あとがき
本作がエターするとか言ってた人がいたので、言わせてください。
エターなんてさせないよ、トラストミー(`・ω・´)
そういう訳で次回予告。
ガルス、初恋をする!?ニコメディアでの出会いにご期待ください!