「小早川、俺、ちょっと先生に呼ばれててさ、悪いんだけど、戸締りとかお願いな?」
「なんか悪いことでもしたの?」
「違うわい」
「はいはい。そーゆーことにしといてあげるから、さっさと行った行った。片付けとかはやっとくから」
「悪いな」
そう告げて、彼はカバンを片手に図書室から出ていった。途端に、図書室の静けさが不意に凛子の周辺を包み込んだ。
ごく当たり前の空間。周囲に人を寄せ付けない彼女の、日常的な空気だった。
ぽりぽりと頬を掻いて、凛子は先程までの時間を思い出す。
軽口を叩きつつ、愚痴をこぼしつつ、進める作業は何とも言えない気持ちだった。
転校して来た彼が図書委員に選ばれ、共に仕事をするだけの関係。それ以上でも以下でもない。
そんな感情が彼女の心にとんと鎮座し続ける。
そっと口元に笑みを浮かべ、凛子は苦笑交じりにため息をついた。
「悪い気分じゃないかな……」
そう呟いて、凛子はテーブルに置かれていた貸し出しカードの整頓にとりかかる。閉館時間まで残り三十分。室内には何人かの人が勉強や読書に勤しんでいた。
「さて……」
「あのー……ちょっといいかしら……?」
不意に後ろから声をかけられ、凛子は振り返る。
そこには、同じ制服を着た、背の高い女生徒が立っていた。
目尻にある小さなホクロ、セミロングの柔らかな髪。整った顔立ち。
それら全てがチャームポイント候補になり得る効力を持っているにも関わらず、眼前の女性が持つ膨らみが全てを凌駕していた。
(胸でかっ……)
凛子の背丈だと、その強調された胸が視界の正面にくるのだからなおさらだ。
「あのー……?」
呆けている凛子を不思議に思ったのか、困惑気味の顔で女性は告げた。
「はい。何ですか……?」 ふと我に返り、凛子は口を開く。
「ちょっとお料理の本を探しているんだけど……どこにあるのかわからなくって」
「はぁ……料理の本なら家庭科のコーナーにありますけど……」
「あ、そうだったの? ごめんなさいね。知らなかったのよ」
柔らかな笑顔と、申し訳なさそうな表情をする女性。その屈託のない表情に、凛子は僅かに口元を緩ませる。
どうやら今日、自分は随分とご機嫌らしい。
困ったような顔で辺りを見渡す女性に向かって、凛子は小さな声で話しかけた。
「場所……わかります?」
「えーっと……どこだったかしら……?」
「……こっちです」
すたすたと、凛子は歩き出す。家庭科コーナーは図書室の奥だった。図書室では貸し出しの頻度が少ないものほど奥の小部屋に移されていく。残念ながら料理関係の方は需要があまりないのが現実だ。
「ありがとう。ごめんなさいね。お仕事中に」
「いーえ。図書委員ですから」
奥に入っていくにつれ、周囲に人の姿は見えなくなる。窓から差し込む日差しが宙に舞う塵の姿を明確に視認させていた。
「ここですよ」
「へぇ……こんなところにあったんだ」
女性は目を丸くしながら言う。どこまでもおっとりとしたその仕草は、自分には決して出せない空気だろうな、と凛子は心の中で呟いた。
「あんまり利用する人がいないんで……それじゃ」
「あ、あの」
案内が終わり、立ち去ろうとした凛子を呼び止める声。
「……なに?」
「あれ……あの本……何か料理の本じゃないような気がするんだけど……」
本棚の上を指さして、女性は言う。その指先に視線を移すと、そこには料理本と同じ棚に推理小説が混在していた。
「はぁ……ったくぅ……誰か適当に戻したな……」
「困っちゃうわね」 むぅ、と表情を曇らせる女性。
「教えていただいてどーも。これはアタシが戻しておくから……」
ため息混じりに呟いて、凛子は背伸びをして棚の本を取る。右手を上に、左手を下に。
すると、不意に左手を掴まれた。
人の温もりが凛子の手から伝わってくる。その次の瞬間、耳に届いた金属音。推理ドラマでよく耳にする、かしゃんという音色。
「は……?」
突然の出来事に、凛子は目を丸くする。彼女の左手にかけられたのは手錠。その手錠をかけたのは、先ほどの女性?
その一瞬の隙に、凛子の右腕に先ほどと同様の温もりが伝わった。その温もりはすぐに腕が背中に回される痛覚に変貌する。
「いたっ!」
凛子の訴えがまるでスイッチになったかのように、不躾な金属音が再度彼女の耳に届いた。
背中に手錠で拘束された両手。動かそうにも動かせない両手。先ほど取りかけた推理小説が、ばさりと床に落ちた。
「ちょっ……あんた何やって…」
「静かに! ねっ」
「静かにって! 何やってるのって言って……ひっ……!」
癇癪を起こしかけた凛子をおさめたのは、背後から添えられた一本の指。
スカートごしに、下着ごしに、凛子のアナルをぐっと押さえ込む一本の指。
「あぐっ……」
唐突のスイッチに、凛子の瞳は大きく見開かれた。
「ふふっ……お尻の穴を触られるのは初めて……? リ・ン・コちゃん」
ぐにぐにと、指先が小刻みに動くのを体感する。
凛子の五感は女性の優しく、やらしい吐息に拘束されようとしていた。