ある男のガンダム戦記 02 「暗殺の余波」『キシリア・ザビ爆殺事件』 『ガルマ・ザビ重症』 妻と息子を連れて大使館に逃げ込んでから4日が過ぎ、5日目。 (もっともジオン共和国が完全に独立したのを認めた訳では無いので俗称である。 公式には地球連邦政府サイド3ムンゾ自治政府連絡府と言う) 宇宙世紀0069.06.20となった。 ジオン共和国と名前を変えたサイド3は混乱の極みにある。 5日前にサイド3最有力のザビ家長女キシリア・ザビ、四男ガルマ・ザビの乗った車が爆破されたのだ。 犯人は今を持って不明。 公式にはサイド3、いや、ジオン共和国側は一切の発表をしていない。 重ねて言うが公式発表は無い。故に、犯人は不明。 しかしそれ故に思う。 (あの情報部・諜報部・治安維持の三つを担当していたキシリア・ザビ氏が死んだのだ。 この混乱は分かる。犯人を決めるにせよ捕えるにせよ、それを行うトップがいない。 しかも連邦と違い、歴史も伝統も浅く組織も盤石とは言い難いジオン首脳部の一人の死。 これで混乱しない方がどうかしている。) が、サイド3の、ジオン共和国の各メディアが暗殺犯人はダイクン派か地球連邦情報局、連邦軍のいずれかであると報道した。 これが不味かった。 『キシリア・ザビ氏を殺したのは連邦軍、或いはダイクン派であり、断固とした対応を市民は取るべきである。 また、裏にいるダイクン派のシンバ・ラルは連邦軍ジオン共和国駐留軍、いや、植民地搾取軍と共謀して我々サイド3の民を、ジオン・ズム・ダイクンと共に移住してきた民を売り払おうとしている』 私の妻は自宅で呟いた。 「なんとももはや、穴だらけすぎて呆れてモノが言えない」 同感だ。 が、何故か人はこういう過激論が好きで好きでしょうがないらしい。 マスコミの報道を自分の主張として、武器になるものを持った一部の市民が、隣人且つ善良な一般市民の(しかも同じ連邦市民の、である)家を囲み、燃やし、略奪し、警察は見て見ぬふりをするのが昨今のステータスの様だ。 (ふざけるな! 俺たち連邦市民が何をしたんだ!?) 尤も、一個人の思いなどを無視し、報道に流されたジオン共和国を構成する各バンチの市民が首都の1バンチに流入。 完全に事態を悪化させた。 ついでにジオン共和国内部の他バンチでも暴動やデモが多発。 更には一部の市民が火炎瓶などを持って連邦役員の駐屯所・駐屯エリアに押し掛ける事態にもなっている。 (もう駄目だな。事態の平和的な収拾は不可能だ) 俺はそう思った。 無論、口には出せない。 そんな事を口にすれば最後、不安げに見送る妻、両方の両親から引っ切り無しにかかってくる孫や娘、息子の安否確認の連絡に笑顔で対応できなくなりそうだ。 (笑顔だ。笑顔を見せろウィリアム!! あのギレン・ザビとの個別会談でさえ乗り切ったじゃないか!) 「二人とも行ってくる」 格好は黒の上下スーツに白いYシャツと青のネクタイ。同僚も似たような格好である。特に青系列のネクタイと地球連邦の国旗を示すカフスリンクスは官給品なので着衣は必須だった。因みにスーツ本体は私費購入。一山いくらの量販品ではなく、バーバリーの高級スーツにセミオーダーシャツとイタリア製のネクタイだ。 ジオンに行く事になった際に、さして裕福では無い両親が「お前の卒業祝いだ」と、買ってくれたもの。 そして私は結婚前にもうけた為2歳になる息子のジン、妻リムに行ってくると挨拶を告げる。 玄関前に停まっている用意された公用車に乗り込む。 運転手兼護衛の連邦軍兵士は二人。ついでに同じく後部座席には同僚が一人。 メインハイウェイを渡ると同じ黒の連邦公用車ER-C22が続く。 宇宙世紀0022に開発されたこの完全電動自動車はコロニー社会、月面都市では無くてはならない存在なのだ。 もっとも、そんな事は乗っている四人には、いや、車列には関係ない。 後の74式ホバートラックの原型となる装甲車8台、ER-C15台、ジオン共和国の警察車両10台が走る。 一路、ジオン共和国・ムンゾ迎賓館に向かった。 「おお、来たか。 とりあえず無事で何よりだ。ウィリアム君」 ムンゾ迎賓館の大会議室と呼ばれている部屋に入った。 中将に昇進したイブラヒム・レビル提督はムンゾ迎賓館応接間から持ってきた椅子から立ち上がり、そのまま握手してきた。 同僚の視線は・・・・気にならない。 何故ならここに来た約30名中最後に挨拶されたのが私だからだ。 私より偉いサイド3駐留の連邦政府役人は軍部ではレビル将軍と副司令官のゴドウィン・ダレル大佐、代表団では今回大使館に残ったチキン野郎の代表団長と副団長、首席補佐官の3人だけである。 全く我ながら30代後半に差し掛かって代表団の第四席とは大した出世だよ。もっとも、サイド3というのが曲者なのかもしれないが。サイド3は反連邦感情が高く、地球や他のスペースコロニー、月面都市からの反連邦市民の移民も多い。 ジオン・ズム・ダイクンに憧れたと言える。 或いは・・・・・・彼に扇動されたか? まあ、結果としてサイド3は半ば紛争地域となり、地球の北インド、イラン、北朝鮮、中国、シリア、アフリカの一部と同様の扱い、危険地域になる。この為に、レビル将軍の様な有能だが一癖も二癖もある人物か、無能ではないが有能でもない、ぶっちゃけ、そこで消えても連邦にとっては代わりが幾らでも居る私の様な人物を中心に代表団を組み、サイド3へ着任する事になる。 (なお、レビル中将は将兵や文官らからは提督では無く、陸軍から宇宙軍に転向した為に、例外的に将軍と呼ばれている) (宇宙の栄転という意味ではサイド2かサイド5、月面都市フォン・ブラウンの連邦政府代表団が有名なんだよね。サイド3はどっちかというと野心家向きの当たり外れが激しい場所だし)そんな感想を置いておき、 「それでだ、代表団団長の全権委任である君の意見を聞きたい」 レビル将軍が重そうに口を開く。 会議室の机は円卓になっており、全員がイヤホンを付けている。 照明も明るい。まるでかつての国連の安全保障理事会の様な部屋だ。 また、参加者の前には500ミリペットボトル(珍しい事にサイド3製)のコーヒーが置かれていた。 全員が筆記用具とノート型パソコン、スマートフォンを出している。 会議が始まる。 (あのくそ禿は俺に全部押し付けてきやがった。 どうせ今頃は地球行きのシャトルに乗ってのうのうと地球に向かっているに違いない。 多数の職務放棄野郎のSPと共にな!!) が、とにもかくにも軍人・官僚合わせて50人近くいる大会議室に移った私は何とか意見を絞り出す。 同僚の官僚たち、とくに黒人とのハーフであり、しかも地球連邦構成国では最も影響力のあるアメリカ合衆国出身の自分を、陰で「ジオニズム信望者の裏切り者」と叩いていた連中程元気がない。 サイド3出身の連邦官僚や軍人も、だ。 まあこの人らの場合は同胞と言って良い人物に家具や家を焼かれれば元気もなくなるのだろう。 と、埒もない事を考えていたらゴドウィン大佐の咳払いで思考を現実に戻された。 大佐が続ける。 「で、君ならば先日のキシリア・ザビ暗殺という事態とそれに伴うこの暴動にどうする? 治安回復を名目にサイド3駐留の連邦軍を出動させるか?」 私は大佐の問いに答える事にした。 私に近いメンバーで協議した対応策を。 「いえ、軍の出動は愚策の愚策でしょう。 事態の収拾はジオン共和国の警察機構にやらせるべきです」 氷が解ける音がする。 それでも私は続けた。 「軍を出せば自分達、つまり連邦がこの事態に関与したと捕えられる可能性が高いです。 或いは連邦関係機関がキシリア・ザビ氏を暗殺したと宣伝する事になりかねません。 それではジオン共和国政府は・・・・あ、失礼。ムンゾ自治政府は納得してもサイド3の市民感情は収まりません。 ならば、ここは静観すべきです。 さらに言うならば、暴徒に対しても絶対に発砲してはなりません。 その理由は・・・・・こちらです、どうぞ皆さんお手元の資料をご覧ください」 無料動画投稿サイトからダウンロードした映像を全員のパソコンに送る。 そのまま90秒ほどが無言で過ぎた。 正確にはダウンロードした映像の音声のみが会議室に木霊したと言って良かったか。 「ご覧の通りです。現在のサイド3世論は極めて反地球連邦に近い。 ならば連邦は敢えて介入せず、ムンゾ側の・・・・・いえ、もう面倒なのでジオンと称しますが・・・・・彼らからの介入要請があるまでは絶対に介入しないと公的に発表し、要請があるならば友好的な対応をすると言って彼らジオン共和国側から譲歩を引き出すべきです。 また今すぐにでもキシリア・ザビ氏の死を悼む声明を出すのです。」 手が上がる。レビル将軍だ。事実上の連邦の権益の守護者にして代表者。厄介だが・・・・・無視をする訳にもいくまい。「前半は分かった。 連邦軍と言う自己完結した組織を持つ我々が力を貸すぞと言って無言の恩を売る訳だな。だが、後半は何故だ? 何故キシリア・ザビ氏の死を悼む?いや、テロ行為は憎むべきだし、個人的には彼女の死を悼むべきだ。 しかし、連邦政府としてはその死を悼むべきなのか? 言い難いが、彼女はムンゾで反対派の粛正に力を注いできた言わば秘密警察の長だぞ?かえって反発や反連邦活動の活性化につながらないのか?これらを踏まえた上で、君から理由を聞きたい」 レビル将軍が聞く。 私は、ええい畜生。いやらしい質問だ、と、思いながらも答える。 「言い難いのですがサイド3、ジオン共和国は共和国とは名ばかりの独裁国家です。 これは豊かと貧しい、地球と宇宙という違いがあるにせよ、国内情勢は北朝鮮とほぼ変わりません。 その独裁者の一族の死。それを悼むことは連邦の寛大さとスペースノイドへの歩み寄りを宇宙全体に示す事になるでしょう。 また、これといったマイナス面もあり得ないのが特徴です。死者は美化されるもの。それは現在の暴動を見れば明らか。 ならば手をうつべきです。ジオンに死者を悼まない冷酷かつ薄情な連中と言う罵詈雑言の切っ掛けを与えない為にも」 うむ。 そうゴドウィン大佐が頷いた。レビル将軍ものどを潤した後、腕を組み頷く。 どうやら正解みたいだ。 30後半になる前の自分に、50代の連邦軍エリート軍人の相手をするのは本当に疲れるモノだ。 そう心から思う。 「よかろう、君の案件が叩き台に適している様だ。 他の者は何か反対する意見は無いかね?」 いつの間にやら会議冒頭から20分近いプレゼンを聞いていたレビル将軍が全員に問う。 代表団長がいない以上、官僚団つまりは連邦政府の代表は私ウィリアム・ケンブリッジであり、その私に駐留軍のトップが同意する事でこの方針を連邦政府の基本方針とする。 そういう儀式であろうか。 「無い様だな。 では正式な文言にして向こう側に、そう、ジオン共和国に渡そうと思う。 各員の奮闘に期待する」 その言葉の後全員が席を立ちあがった。 軍人は敬礼し、私たちは頭を下げた。 が、この時頭を下げた為、私は気が付くのが遅れた。 レビル将軍とゴドウィン大佐が何事かを話し合い、その後直ぐに私に視線を向けていた事を。 2日後。 「貴公がウィリアム・ケンブリッジ補佐官か?」 何で? どうして? 何故だ!? 現実逃避をしたい。 目の前にいるのがジオン共和国首相のデギン・ソド・ザビであり、傍らには暗殺事件で前と後ろを走っていたジオンの要人、サスロ・ザビとギレン・ザビが控えていた。 迎賓館で24時間働けますかを実践し、何とか連邦政府からも許可を得た自分たちは誰がこれを、公式回答をジオン側に伝えるかで議論した。 といっても、実際は議論したのかどうかは疑問だ。 何故なら、ゴドウィン大佐が一言。 『やはり連邦の大前提である文民統制の原則と発案者の功績を考えるべきだ』 などと言う趣旨の発言から流れは一気に傾く。 最終的には私が責任者としてデギン首相と会談する事になった。 無論、ゴドウィン大佐もレビル将軍も後輩や同僚たちも参加するが、代表団の上から3人が敵前逃亡した(正確には急病と称して部屋から出なかった)為、会談の責任者に祭り上げられた。 因みに暴徒が怖くて職務放棄、欠席してくれた代表団団長も一言。 『君の経歴の箔になるのは間違いない。 責任は君が自分の裁量で取れば良いから好きなようにしたまえ。まあ、頑張れ』 というとんでもない伝言をメールで送ってきた。言いたくないが殺意がわいた。 私たちは缶詰め状態で妻子に電話さえ出来ないと言うのに、である。 (安全な大使館で護衛の連邦軍、しかも完全装備でMBTのガンタンクまで用意した一個大隊に守らせておいて責任は自分で、後は知らない、と? くそ、いつかこき使ってやる!!!) まあそんなこんなんで会談は順調に進み、全部が終わる正にその時、私はデギン首相らに1時間後、7階の別室に来るよう勧められた。 しかも一人きりで。それが1時間前の事であった。誰も暗殺の危険性を指摘してくれなかったのはザビ家を信用しているからか、それとも私が嫌われているからなのか。 「キシリアの死を悼んでくれて礼を言う。 最初にわしの娘を悼むようレビル将軍らを説得したのは貴公と聞いた。 これは機密事項だが、貴公とわしの信頼の証と受け取ってほしい。 ・・・・・・・重体だったガルマの容体も安定した。若い体が奇跡を起こした。 あの子はわしの宝でな。 後遺症も無く、リハビリ後には健常者として動けると聞いて安心したよ」 そこに居たのはジオン・ズム・ダイクンと言う革命家の右腕にして連邦政府のブラックリストのトップに名前を連ねた政治指導者では無く、息子を失いかけ、一人娘を失った一人の父親だった。 連れて来られた別室にはイタリア製の豪華な家具と椅子、長机がありセイロン産のアールグレイの紅茶のティーセットがある。 (・・・・所謂、特権階級か・・・・・独立を叫ぶ人間が連邦政府の高官と同じお茶を飲む。 これを知ったらあの世とやらにいるジオン・ズム・ダイクンや今絶賛暴動中のサイド3市民やら反連邦親ジオンのスペースノイドはどう思うかな?) お茶には手を付けず、そのままデギン首相と会談し、それも終わる。 時間にして30分ほど。 一人のジオン共和国軍将校が入ってきた。 階級章は大佐。鋭利な軍官僚の様な雰囲気が印象的である。 『公王陛下。お時間です』 その言葉に一瞬血の気を失ったが、ザビ家の3人は全く顔色を変えずに私に言う。 ではこれにて謁見を終えます、と。 (ど、どういう事だ?) こんな言葉は不適切かも知れなかった。顔に出ていた。お前たち何をした? 何を言ってるんだ!? と。が、私は知らなかったのだ。 私が呼ばれた時点でジオン共和国議会が現体制を大きく変化させ、ジオン公国へと国名を変えた事を。 「そう不思議そうな顔をしないで頂きたい」 ギレン・ザビがサスロ、デギンの退室を見計らって言う。 まるで心を読まれたような感じで怖気を感じた。 別室に残ったのは私とギレン・ザビの二人だけ。 「失礼ですがギレン殿。 あの、こ、公王とはどういう事ですか? お父上のデギン氏は首相の筈でしょう?」 思わず詰め寄る。 もっとも姿勢は変えない。 ギレンも悠々と慌てふためく一人の連邦官僚、一人のアースノイドの質問に答える。 「ええ、公王陛下です。 まずはご質問にお答えしましょう。先程ですが議会は一連の混乱収拾の為、一時的にジオン共和国をジオン公国へと改める事を決定しました。 これがその映像です」 手元のリモコンで壁に内蔵された装飾されている大型TVを起動させた。映し出されたジオン共和国議会の映像では多くの議員たちが立ち上がり議案に賛成する様子がクローズアップされている。 そう、専制国家に近い公国制への移行と言う重要な議案に市民から選ばれた筈の議員が数多く賛同している。 (や、やられた!) 畜生。 なんてこった。既にこのキシリア・ザビ爆殺事件の1週間でいつの間にか既成事実を作られていたのだ。 信じられない思いがあった。 目の前の男の政治手腕の鋭さに。その妹の死さえも利用すると言う冷酷さに。 「まあ、その件は後日公式に返答しましょう。 さて、ここからはプライベートな口調でよろしいですかな? ウィリアム・ケンブリッジ補佐官殿?」 ゴクリ。 思わずつばを飲み込む。 そして残されたお茶を一杯飲みきる。 そしてカップにお茶を注ぎ、覚悟を決める。 「良いでしょう。 後に連邦政府に報告させてもらうと言う条件付きでお聞きします。 ・・・・・・・それで何がお望みですか?」 「では口調も改めさせてもらおう。 これは私ギレン・ザビから貴殿ウィリアム・ケンブリッジへの信頼の証と取っていただきたい。 貴殿の本意はどこにある? 何が望みだ?」 単刀直入に聞いてきた。 思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。 「我が妹キシリアは死んだ。爆殺された。暗殺されたと言っても良い。 殺したのはダイクン派だろうが何だろうがこの際は関係ない。 が、貴殿は知っていたのだろう? 貴殿にとっても政敵であるキシリアは、私やサスロと仲が良い貴殿を嫌っていた。いつかは排除したいと考えていた。 その為にはテロ行為も辞さないと考えていた。 その上で補佐官は、妹の思惑を何らかの形で知っていた、或いは察知した、そうではないのかね? だから先制攻撃に出た。敵の排除に乗り出したのだ。 君を代表団に選抜したのは連邦情報局のホワイトマン課長であったかな。 彼は今やサイド1、サイド2、サイド3担当の連邦情報局部長であり、情報部部長クラスとしての権限とアメリカCIAに鍛えられたの地球連邦情報部特殊作戦群の指揮権もある。 彼の、いや、彼女の長い手を使って自分の脅威であるキシリア・ザビを排除した・・・・・違うか?」 なんたる陰謀論。 そしてなんたる過大評価。 大声でこの独裁者に言いたい。 寝言は寝て言え、と。 が、ここで悪魔の誘惑にかられた。 魔女の微笑みを思い浮かべさせられた。ホワイトマン課長の嫌な笑みが思い出されたのだ。 (・・・・・・だが、もしかしたらギレン氏の言うまさにそうなのかもしれない。 特に、ホワイトマン課長は宇宙に出て以来、気味が悪いほどに何かと便宜を図ってくれた。 更にキシリア・ザビ氏はここの諜報関係と治安維持を一手に引き受けていた。 ザビ家はサイド3の最有力勢力にして要。 情報・諜報の要の柱である彼女が亡くなればジオン共和国、いや、ジオン公国か、の地球連邦構成国家、反地球連邦国家群への影響力は激減する。 それを狙って今回の爆殺事件、いやテロ行為を起こしたのか? ・・・・・・まさかな・・・・・だが・・・・それなら今回の首謀者が特定できないのも頷けるし・・・・・しかしなぁ) 黙り込む。 悪かった。 悪い癖だと知っていたのに、悪い方向に流れると経験していたのに黙り込んでしまった。 それを見たギレンがおもむろに頷いた。 「やはりな。 ケンブリッジ補佐官、貴殿は頭が良い。 あえて自らの手を汚さずに政敵候補を葬り去った訳だな? いや、勘違いしないでほしいものだ。 私は何も貴殿を責めてはいない。 正直に言うが貴殿の影響力ではキシリアを守る事も暗殺計画を頓挫させることも不可能だったろう。 それ故に自らの目的に動いた冷酷さは評価に値する。 が、私はそれだけが狙いではないと思っている。 寧ろ本当の狙いは何か、それが気になって私は父上に相談して再び貴殿と会う事にしたのだ。 ああ、無論だがキシリアの死を悼む気持ちで私もまた、父上と同様に今にも胸が張り裂けそうだよ」 それが嘘であるのか本当であるのか、特に妹の死という後者の点について、は置いておく。 私はこれ以上の誤解を避ける為に言い切った。 もっとも連邦政府の公僕としての義務も忘れない。その曖昧な態度が個人的には地雷原の上でダンスする事になっても。 「いえ、キシリア・ザビ氏の死は本当に不幸な事故でした。 青天の霹靂と言っても良いでしょう。 この事故で、ああ、失礼。 暗殺事件で私が望外の極みだと思えたのはただ一つ。 あなた、ギレン・ザビ氏と個人的に話をすると言う誼を結べた事だけです」 ふ。 ギレンが笑う。 私は苦笑いを浮かべる。 手の震えを隠す様に、敢えて腕を組む。 ギレンもまた肘を机につけ、手で口元を隠したようだ。 (笑った?) 「なるほどな。私との誼、か。 確かに私は貴殿を再評価しなければならぬようだった。 連邦政府は軟弱であると思っていたがそうでは無いな。 いや、これは失礼。 失言であった。許されて欲しい。 貴殿ほどの人物がいるならばジオン独立も、スペースノイドの自治権樹立も可能だろう」 何故か自分が地雷を踏んだような気がした。 そしてギレンが立ち上がる。 「補佐官。いや、ウィリアム。 今日はありがとう。 これからも何かと貴殿とはお会いするがこの様に腹を割って話をしたいモノだ」 握手。 ギレンは白い薄手の高級手袋を外し、なんと素手で握手してきた。 そして握手した私はこの男の血液の流れを感じた。 温もりと言っても良かった。 不思議と今までの嫌悪感が消えていく。 (もしかしたらみなこのギレン・ザビを誤解しているのかもしれない。 彼は冷酷な独裁官では無い。 寧ろ、情熱を隠した冷静さを装った革命家なのかもしれない) そう思っているとギレン自らが扉を開けた。 慌てて部屋の外に出て、深々と一礼する。 (・・・・・・・・不味ったかなぁ) この会談でまた妙な方向に私の株価が上昇したのは間違いない。 嫌だ。 憂鬱だ。 そう思える。 そう思ったとき、更に追い打ちが来た。 「ああ、今度私は貴殿の地球帰還に合わせて地球視察を行う事にした」 「は?」 「くくくく。そんな間抜けな声を出すな。 キシリアを出し抜いた貴殿がこのまま連邦のコロニー駐留軍の犬で終わる筈があるまい? あの戦争屋のレビルよりも余程危険人物だ。 その貴殿の案内で地球の実情を視察させてもらうとしよう。 後日、改めて公式に依頼する。 ふふふ、楽しみにしていてくれ」 そして扉は閉まった。 気が付けば時計の針はもう日付変更線を越えている。 「やっと終わった・・・・・長い一日だった。お土産買って帰るか・・・・・店が開いていればだけれど」 そう呟いて私は残っていた連邦軍の護衛3人と共に大使館のあるD地区に帰った。 ウィリアムの退室からすぐに議連は内線電話に手をかける。一言、二言、愛人にして第二秘書のセシリア・アイリーンに命令する。それから10分もしないうちに。「ギレン閣下、お呼びと聞きました」 「兄貴か、こんな時間にどうした?」 ウィリアムが帰った後、ギレンはサスロと腹心のエギーユ・デラーズを自らの執務室に来た。 「うむ。 まずはサスロ、ガルマの容態はどうだ?」 ギレンもガルマは心配だった。政敵であるキシリアとは違い、という形容詞が来るかもしれないがそれでもガルマ・ザビはザビ家全員から愛されている。「父上が付いている。峠も越した。 医者の言葉を信じればリハビリさえ上手くいけば心身ともに支障は無いそうだ。 で、ギレン兄には言う必要がないが軍を統括しているドズルが怒り心頭になっている。 ありとあらゆる権限を使い軍部情報部と警察機構に犯人捜索を命じているが・・・・・・まあ、ラル家のジンバが犠牲の子羊になるだろうな。 うん?・・・・・・その件ではないのか?」 ギレンは頷く。 「違う。サスロも聞いて欲しい。 まずはデラーズ、ここに資料がある。 資料の主はウィリアム・ケンブリッジ。 先程私が会った人物だ。一読してくれ」 デラーズがギレン直々に資料を受け取る。「拝見します」 約1分後。 「なるほど。ギレン閣下の懸念される様な人物ですな。 洞察力もあり、胆力もある。 他人を欺くこともでき連邦軍、情報局の上層部ともコネクションを持つ人物。 危険ですな。しかし、この者が何か?」 「私は一時、父上に政務を、外交はサスロ、それに軍をドズルに任せて地球行こうと思う」 その発言に二人が驚く。 「「!?」」 絶句。 「そう驚くな。物見遊山では無い。 第一に連邦政界、特に北米州と極東州、東南アジア州の3つとコネクションを結ぶ。 オセアニアも加えられればベストだがな。そうも上手くはいくまい。第二に連邦軍の内情を確認し、我がジオン軍に足らぬものを取り入れる。 その為にはデラーズ、貴様の力が必要なのだ。一緒に来てもらう。 随員は旧キシリア派のマ・クベ大佐らに、ダイクン・父上派のダルシア・ハバロ副首相らだ第三、第四の理由は・・・・・今は言えんな。帰ってきてこちらの思惑通りに事が運んだら公表しよう」 これにサスロが反対を表明した。 「地球随行に旧ダイクン派を連れて行く・・・・キシリアの件もある。それではギレン兄の身が危険ではないか?」 と。 デラーズも我が意を得たとばかりに頷く。 「私も反対です。 ギレン閣下とは正反対の派閥を二つも加え地球へ行くなど自殺行為ではありませんか?」 が、ギレンは右手で二人を制して話を続ける。 「懸念は尤もであるが故、無論、安全策を取る。 その為にその男を利用する」 一度の机の上においていある先ほどの資料、A4プリントの印刷された写真に指をさす。そう言われてデラーズは手元の資料に目線を移した。 「ウィリアム・ケンブリッジ」 思わずサスロ・ザビが呟く。 そしてギレンは宣言した。 「私自身がアースノイド共を見極める。 そして・・・・・・来たるべき開戦の日にジオンの独立を勝ち取るのだ今回はその為の視察である」大使館に戻ったウィリアム・ケンブリッジは直ぐにベッドにて・・・・・・寝れなかった。 心配して起きていた息子の相手をさせられるわ、完全武装状態で部屋にいた(入室と同時に突撃小銃を後頭部に突きつけられたのは悪い思い出だ)中佐の階級章を付けていつの間にやら現役に復帰した妻に途端に泣かれるわ、そのまま息子を寝かさず夜酒に付き合わされるわ、で散々だった。 漸く親子三人、日本語の川の字で寝れたのはもう朝の3時を回った頃だった。 眠い。 寝かせてくれ。 起すなバカ。寝かせろ。そんな中、キシリア・ザビ暗殺から約一月後。 宇宙世紀0069.09下旬 ギレン・ザビを中心とした地球視察訪問団とその案内役に抜擢され、更に私は出世した。同僚からは羨望と妬み、上司からは嫉妬と警戒のオンパレードだ。任命者は連邦政府首相府のトップ、つまり首相であるアヴァロン・キングダム。彼から地球連邦安全保障会議(EFSA)のサイド3担当首席補佐官着任の任命を受ける。宇宙問題の首席補佐官の内約は各サイド・スペースコロニー担当者6名、月面都市群3名、ルナツー担当1名の10名しかいない文字通りのエリートコースにであり、実績とザビ家ととのパイプを持つとはいえ混血の私が40前にその電車に乗った。 嬉しいのだが・・・・・こういう時は、非主流派が主流になるというのは歴史上大きな戦乱や混乱期が来ると相場が決まっているので不安だった。案の定、ただで任命されたわけではない。ギレン・ザビらジオン視察団の案内役を大過なく全うする事。それが条件。やっぱこうなったなぁ。 それにしても何の罰ゲームだ? エギーユ・デラーズとかいう禿げの軍人、マ・クベという如何にも切れ者とジオン公国総帥ギレン・ザビにその護衛。そいつらと同じシャトルで毎食一緒って。 しかも連邦の人間は俺一人だけ。 家族も別のシャトル。 これは死んで来いという事なのか!? 第一、純粋なコロニー料理で旬の和食の味なんか分かるのかよ!! こうして彼の地球への帰還の旅が始まった。 尚、地球帰還後の宇宙世紀0069.10月、帰還後に妻の妊娠が発覚し狂喜するのは別の話。