ある男のガンダム戦記 09<舞台裏の喜劇>宇宙世紀0079.08.30連邦軍本部ならび連邦政府首都ジャブロー。このギアナ高地にある地球連邦の最重要拠点で、キングダム首相をはじめとした地球連邦安全保障会議の面々は激論を交わしている。本会議場で地球にジオン軍が進行する可能性をエルラン中将が示唆した以上、その対策を取らぬばならない。だが、件のジオン軍はどこに侵攻するのか? 非加盟国に増援として送り込み、完全な世界大戦にするのか?或いは、各地の重要拠点に降下上陸して連邦を政治的にも軍事的にも分断するべく行動するのか?それが分からない。いや、その前に重要な議題がある。勿論、『彼らにとっての』という言葉が付くのだが。一体誰に、この緒戦(一週間戦争)とルウム戦役の敗北の責任を押し付けるのか、である。各州の代表たちは連邦政府に責任があると言っている。軍も下手に責任を追及するとサボタージュする可能性が出て来た。だいたい宇宙艦隊司令長官のレビル将軍は敵の捕虜になり、今現在はその責任の追及が出来る状態では無い。他の軍人らを追及しても、のらりくらりとかわされるだろう。この点は官僚や連邦議員らも一緒だ。ついでに言うと自分達も同じ穴のムジナ。『歴戦の勇士に、戦場を戦い抜いた同士に責任を押し付けるとはいったいどういう事か?』多分、そう反論してくるのがオチだ。しかもである、各地の州軍と地球上の地球連邦軍の陸海空軍の一部が結託して現政権に反発しているという噂まで流れるし始末。この噂を肯定するかのように、北米州と極東州は無条件での宇宙艦隊再編を拒否する構えである。これはブライアン大統領の、『我々は責任を負うべき人間がその責任を果たすまでは責任を果たせない』という事実上の脅迫発言に由来する。彼らは自らの立場強化の為に、何かを要求しそれを通すべく策動している。ジオンと内通しているのだろう。が、北米州を敵に回せば最悪の話、地球連邦と言う多国間統一国家が消滅してしまう。特に現時点で宇宙艦隊の再編に北米州の工業力を当てに出来る、出来ないでは今後の戦略に支障をきたす。「さて、困ったな」そんな中、サヴィル・ロウで仕立てられた黒の高級スーツと赤のネクタイに白いシャツをした連邦首相が発言する。この地球連邦安全保障会議は首相の信任厚い閣僚で構成された、言い換えれば今回の戦いで責任を負うべき人々の集まりである。そんな彼らの思惑は最低な面で一致した。『何としても戦争の敗者としての引責辞任だけは避ける』という面で。もう1時間は話し合っているが八方塞で結論は出ない。だが、一つだけ全員の意見を一致させた。「・・・・・とりあえずは、あのケンブリッジ政務次官に詰め腹を切らせると言う事で」会議は碌な事を議論しないまま、閉会した。宇宙世紀0079.08.31地球の南極大陸でジオン公国と地球連邦政府の外交交渉が行われている。強気のジオン、弱気の連邦という立場は崩れない。崩せない。何しろジオン公国は地球連邦宇宙艦隊を一方的に撃破したと言う実績があるのだ。そして味方を増やすべく事前に行動していた。南極での講和会議への地球連邦非加盟国の参加。地球圏問題の包括的な解決の為の講和会議という名目で行われる南極での会談は、ジオン側の提案通りに非加盟国も登場する事になった。この地球連邦非加盟国と地球連邦政府が対等なテーブルに着くのは凡そ25年ぶり。それまでは国力と軍事力に圧倒され、地球連邦軍に圧力をかけられ、連邦政府からも一方的な態度を取られてきた。これがジオン・ズム・ダイクン支援へと時の非加盟国指導者らを走らせ、極秘裏に彼と彼のグループを支援させる切っ掛けとなる。その結果が、ムンゾ自治共和国誕生、ジオン共和国の成立、ジオン公国への変貌、一週間戦争とルウム戦役でのジオン軍大勝利に繋がった。ギレン・ザビらジオン公国の首脳部はそれを忘れてはいなかった。確かに非加盟国は一滴の血も流してないし、ルウム戦役などでは直接の参加はしてない。だが、仮にジオンと連邦が何らかの妥協点を模索し妥協した場合、その際には非加盟国も居た、除け者にしなかったという事実が必要である。そうした中、ギレンは副代表のマ・クベ中将と共に夜空を見上げながら夕食を取る。出された食事は日本料理と言われる極東州の伝統的な料理。先日は高級フランス料理であった事から、軍事で敗退した連邦が文化で逆転しようと小細工を弄しているとギレンは感じた。実際に、ナポレオン戦争以来、料理自体にもメッセージが込められるようになっているのであながち間違えとは言えない。今回はウナギ料理。多様性をアピールしつつ、マダガスカルを領有する南アフリカ州と極東州、アジア州は連携していると言う地球連邦政府の無言のメッセージだろう。昨日のフランス料理は『お前たちジオンにこんな高尚な料理は出来まい』という嫌味もあった。連中の顔を見れば分かる。「連邦政府は中々譲りませんな。戦前の閣下の予想通りですか」マ・クベ中将は食べ終えた料理一式を侍女に片付けさせてギレンに向かう。ギレン、マ・クベ、デラーズらがこのホテル『サウス・スノー』の第6階の部屋全部とスィートルーム、会議室3室を貸し切っている。そのギレン専用のスィートルームでセシリア・アイリーンらが要人たちの護衛兼秘書をやっている。「連邦とて追い詰めれば牙をむくと言う事だろう。焦る事は無いがもう少し早めに動くべきかな?」全員が軍服である点に、ジオン公国の政治的な特徴が見いだせる。方や連邦は半分が軍服で残り半分はスーツ姿だ。文民統制も限界に近いのかもしれない。「は。ギレン閣下の仰る通りです。連邦議会の中にも強硬論があります故、現政権はその抑えに動かなければならないのでしょう」マ・クベがナプキンで口元を拭った後に答える。料理は片付けられ、食後の飲みものが出される。宇宙では珍しい、地球ならではの地球産の100%天然の水だ。「そうだな。連邦政府は敗戦回避の為に予想以上に粘っているが・・・・・・各国の王家の心境は?」各王家に発した国書、親書。それが大きな役目を持つのは当然の事だ。ジオンにとっても連邦構成国(州では無い)にとっても国書と言うのは表に出ないだけで隠然たる影響力を持つ。返書も何通か来ている。そのどれもが共通して、これ以上の戦火拡大を憂い、ジオンと連邦の早期停戦を各国家の政府に働きかけているというものだ。裏の政治的なパイプと言っても良いか、表ではありえない動きだ。連邦政府もこの動き、政治的な先手を取られた事には気が付いているのだが、絶賛混乱中の為に対応できてないので意味は無い。現キングダム政権がそれだけ一週間戦争とルウム戦役の損害の埋め合わせに躍起になっている証拠でもある。「アイリーン殿、ファイルを」マ・クベがセシリアからファイルを受け取り、それを見せる。ファイルには各王家が独自に行っている和平交渉の進展具合が箇条書きで書かれていた。それはギレンの望むモノでもある。「デラーズ、純軍事的にはどうか?」ギレンの問いに親衛隊の長であり、今回の代表団護衛の最高責任者であるエギーユ・デラーズ少将(ルウムの功績により昇進)が答える。まあこの数日間でそれほど大きな変化がある訳でもないので内容はそんなに変わらないが。「連邦宇宙艦隊は第1艦隊と第2艦隊の合計100隻を除き壊滅。MS隊も全滅しました。また、各地の偵察艦隊、独立艦隊、コロニー駐留艦隊の残存艦隊もルナツーへと逃げておりますので例の脅しは現実味を帯びています」例の脅し。それはコロニーを巨大な弾頭に見立てて地球に落下させるという人類史上最悪の作戦、コロニー落とし作戦。そもそも本来のブリティッシュ作戦とはこのコロニー落としがそうであったのだが、ウィリアム・ケンブリッジを切っ掛けとしたギレンの地球査察で大きく変貌した。ギレンらは知った。地球連邦政府は決して一枚岩では無く、むしろ各地にひびの入った、見かけは綺麗なそれでいて中身は脆い大理石の様な危うさを内包していると。そうと分かるとギレンは躊躇なく独立の為の戦略を変更。ブリティッシュ作戦は当初の予定を大きく変え、連邦宇宙艦隊の完璧なる撃滅と各サイドの占領を目的にする。その成果が、現在の南極大陸で行われているジオン=連邦間の交渉だ。また、ジオン=非加盟国、非加盟国=連邦という会談も同時並行で行われている。地球に一緒に降りてきたダルシア・バハロ首相はそのジオン=非加盟国間の交渉に向かっているのでこの場にはいない。非加盟国とは明白な同盟関係を結んでいるのではないから、彼らと交渉しないといつ出し抜かれるか分からない。事実、非加盟国内部でも、北インドと中華・北朝鮮は対立しているし、イラン地域、シリア地域も共同歩調を取っているとは言い難い。そこに連邦政府が付け入る隙もあるし、各個に崩される危険性もある。「これは諜報部が得た情報です。現時点での地球連邦地上軍ですが当初の予定通り北インドと南インドの境、台湾、朝鮮半島南部、インドシナ半島北部、日本列島に大軍を集結させております。また、統一ヨーロッパ州は度重なる財政難の都度に軍事費を削減したので脅威とはなりません。例の作戦を実地するならば早い方が良いかと」デラーズの発言にマ・クベも続く。彼、マ・クベは一度解体されたと言って良い私設諜報機関であるキシリア機関を再編した手腕があり、尚且つジオン屈指の地球通と言う事で今会議でも重宝されている。特に地球至上主義者よりというスペースノイドのジオン公国には貴重な人材で、外交交渉でも役に立つ。伊達に軍の最高階級の一つである中将にまで昇進していた訳では無い(ジオン軍には現在大将がギレン・ザビ総帥しか居ないので中将が最高階級になっている)。「それと閣下。連邦の地上軍ですが、さらに動きが。北米州軍で編成されていた地中海機動艦隊がインド洋に移動し、代わりに黒海艦隊がある程度、ロシア地域のセヴァストポリス要塞に集結しているようです。これを抑える事、奪取する事が出来ればイスタンブール攻略作戦や地中海制圧作戦にも大きく貢献するでしょう。ご覧を、黒海艦隊の編成表です」そこには海中艦隊、U型潜水艦やM型潜水艦が10隻単位で配備されている事が書いてあり、同要塞が宇宙からの攻撃に対しては全く無防備であることが分かった。言うまでもなく宇宙に存在するコロニー国家であるジオン公国は海上戦力などない。それを確保する事は大きな戦略上のアドバンテージになる。大艦隊を編成できなくても海中からの通商破壊や生産中の海中戦闘用MAや水陸両用MSなどはミノフスキー粒子下の戦場で脅威となろう。それこそ自分たちの狙い。自軍に無いなら敵軍から奪えばよいという作戦だ。「強盗だな、まるで」そう言うデラーズにマ・クベも反論する。「軍隊など半分は強盗でしょう。歴史的に見ても軍紀に正しく、民間人を守る軍隊の方が少ない筈ですが?それにデラーズ少将、いずれにせよ宇宙艦隊だけでは地球は抑えきれません。陸軍、空軍戦力は共産軍らからの提供と独自の開発で何とかなりますが、海上戦力だけは確実に劣勢です。それを覆す為の水陸両用MSの開発は進んでいます。が、そのMSの母艦は我が軍に存在しません。ならばある所から奪うしかない」デラーズも心の底では賛成なのだろう。それ以上は何も言わずにマ・クベの提案を受け入れた。と、マ・クベがファイルを片付け、ジュラルミンケースに入れ直している。「ギレン閣下」マ・クベが聞く。先程の余裕がある軍官僚と言う顔とは違い、かなり真剣な表情だ。「なんだ?」姿勢を正すマ・クベ中将。ギレンと対等に向き合えると言う点では流石である。「例の作戦の司令官、私が内定していると聞きましたが・・・・・・本当ですか?」例の作戦とはコロニー落とし作戦が破棄されてから極秘裏に検討されてきた地球侵攻作戦の事である。戦前からの予定通り、地球周回軌道からの大規模な部隊による降下上陸作戦をオデッサ地区に対して行う。そしてオデッサと言う地球経済圏最大の資源供給地域を奪い取る事で地球連邦経済そのものを人質に取る。ジオン公国と言う小国が出来る最初で最後の大作戦であろう。実際、ジオン軍はこの作戦発令の為に宇宙軍を削っている。第一級線の艦船とゲルググを初めとしたMSこそ揃えたが、ア・バオア・クー要塞やソロモン要塞は当然の事として、本国守備隊でさえ一部を除いて旧式のザクⅠに頼る有様である。また、ジオン公国の補給を担当する事になったユライア・ヒープ中佐(この後、ルウムでの補給線維持の功績を称え、大佐に昇進)らは補給問題をアキレス腱であると主張しており、その解決の為、尋常では無い程のHLVを配備している。それでも問題解決には程遠いのが現実だ。今でもこの作戦を実行すれば地球連邦との無制限消耗戦に突入する可能性が非常に高く、ギレンも実行したくない作戦である。「・・・・・・事実だ。不服なのか?」これが一般の将兵や将校ならば不服だろう。地球を見下す傾向が強いジオン公国の軍人にとって態々その地球に行けと言うのだ。もっとも、相手はジオン公国の頂点にして独裁者。普通ならばYESと答えるしかないだろうが、ある意味で自分の価値をとことん理解しているマ・クベは違った。やり手と言うかなんというか。「不服と言いませんが・・・・・承服しがたいですな」「中将殿!」その言葉に傍らに控えていたデラーズが怒りを露わにする。彼から見ればギレン総帥の勅命に反する事は不忠の極みなのだ。それが分かっているのか、或いは平然として無視しても問題ないと思っているのか。デラーズは怒りの形相で上官の一人であるマ・クベ中将を睨むがあまり効果が無い。が、睨まれた方も役者だ。親衛隊の司令官と言う国内でも有数の役職についている相手の視線など意に介せず平然としている。「何故私を地球攻撃軍の総司令官に抜擢したのか、その理由をお聞きしてもよろしいですかな?ご存じのとおり、私は旧キシリア機関を束ねる者。そんな輩を地球に派遣するとは一体どういうつもりですかな?」的確な判断だな。そうギレンは思った。確かにこの男は旧キシリア機関を掌握している故に勝手に動かすのは危険すぎる。だが、それ以上にこの男には価値があったのだ。地球に送るだけの価値が。「貴様ほど地球に詳しい人間はいない。我がジオンの上層部には宇宙には詳しくとも地球には不慣れな者が多いのが現実だ。特に、地球各州との交渉を担当する可能性が高い、いや、担当するであろう地球侵攻軍の司令官は柔軟な対応と豊富な情報が必要だ。まして貴様はジオニズムに傾倒しておるまい?」その最後の言葉が周囲の空気を凍らした。ジオニズムに傾倒してない司令官と言うのはダイクン派であるという暗示があるのが現在のジオン公国だ。それを言った。「それは・・・・・言い難い事ですな」言葉を濁すマ・クベ。それを見たギレンは周囲の目を憚らず用意されていた紅茶を飲み干す。すかさず、秘書のセシリアが注ぎ足す。「勘違いするな中将。何も責めている訳では無い。寧ろ敬意を表している。貴様がガチガチのジオニストで地球各州と地球連邦を同一視するならば私は監視役も一緒に派遣しただろう。だがマ・クベ中将。貴様はこの地球がコロニー国家であるジオンと異なり、多様性に満ちている事を知っている。その証拠に地球連邦政府とて一枚岩では無く、北米州を初めとした何枚もの派閥に分かれている事も周知の事実だ。だからこそ抜擢した。無論、地球侵攻の総司令官としての相応の権限は与える。またジオン本国に凱旋将軍として帰還すれば貴様が納得するポストを用意しよう。どうだ、納得したかな?」飴。古来より使われる言葉である。何より独裁者からの要望は命令と変わらない。これを断る事など出来ないし、普通の将官には不可能だ。だが、この地球通のマ・クベは良くも悪くも普通では無い。この言葉に対して疑問を投げかけたのだ。「閣下、それで私の身の安全は保障されておりますか?」それはジオン公国総帥であるギレン・ザビへの挑発行為に近かった。一介の中将が言って無事に済む言葉では無いだろう。実際、秘書官の一人はあまりにあまりな発言にびくりと肩を震わせたし、別の者は持っていた書類を落としかけた。「ほう?」ここでマ・クベは己の懸念を表明すし、ギレンは先を促す。まあ言いたい事は分かっていた。要約すれば簡単だ。自分は捨て駒にされるのではないか?そう言っているのだ。「閣下。編成表から見るにこの地球降下作戦に投入される部隊の大半が今は亡きキシリア派やダイクン派で構成されております。これがわざとでは無い、偶然であるなどと言う言葉を閣下から聞けるとは思えません。明らかに国内の反総帥派の口減らし、流刑の為の部隊ではありませんか?それを率いて地球へ降りるのですから・・・・・正直言って閣下から直接言質を頂きたいものです。私を見捨てないと言う言質を」デラーズが少将に昇進した時、ギレン自らが彼に与えた指揮杖を握りしめる。明らかに自らの主君への度を過ぎた態度に怒り心頭である。それを察して椅子に座るギレンは立っているデラーズを手で宥める。「デラーズ、怒るな。この中将の言う事は当然だ。気を静めろ。さて、マ・クベ中将。貴様の言いたい事は分かっていた・・・・本国で厄介者扱いしている者どもを私が切り捨てると言う事に不安なのだな?それが分かっているなら話は早い。中将、貴様に二隻のザンジバル級を与える。ルウムで活躍した独立教導艦隊は解散する。ゲルググは渡せないがザンジバル級二隻は渡せよう。そして・・・・新設される地球攻撃軍司令官には撤退の全権も与える。無論、司令部のみの撤退する・・・・・などと言う事はないだろうが、全軍の撤退の全権を与えて置く。そのあたりはマ・クベ中将の裁量に一任しよう」そう言ってセシリアがジオン軍の軍章が入った一通の書類を渡す。その書類には先程のギレンの命令がこう書かれていた。『マ・クベ中将を宇宙世紀0079.09.02付けで地球攻撃軍総司令官に任命する。権限として占領地の統治権全権並び地球からの撤退の自由を保障する』と。こうしてギレンはマ・クベの退路を断った。いや、この言葉は語弊があるだろう。最初から退路など無かったのだから。最初からギレン・ザビはこの軍官僚的な男を地球に派遣するつもりだったのだ。地球攻撃軍総司令官として。「それに、だ。貴様は地球通。スペースノイドにとって憧れの地でもある地球の土を踏めるのだ。大したものだと思うが?」マ・クベは唯黙って敬礼した。胸の内は複雑だったが。(なるほど・・・・・私にキシリア機関を再編させた上で取り上げなかったのはこういう時の為か。私が、いや、ダイクン派やキシリア派が失敗しようと成功しようと関係ない状況に陥らせる。地球と言う流刑地にジオン国内の厄介者や反逆者予備軍を纏め、攻撃部隊として送り込み連邦軍と潰し合わせる。その隙に宇宙艦隊を再建させて連邦軍の反攻作戦に備え、一方で外交的には地球連邦各州の切り崩しを任せる。成功すれば私を任命したギレン総帥の功績としてジオン国民は総帥を称え、失敗すれば自分の責任として私を処断する、か。食えん男だ。問題はその食えない男から逃れる術が今の私にはないと言う事。確かにこのギレン・ザビがいう様にジオンきっての地球通の中将・・・・これ程、地球攻撃軍の司令官に適任もおるまい)ギレンはマ・クベを退出させる。その間際に重要な事を言った。「地球攻撃軍の補給の担当はザビ家の者、具体的にはガルマに任せる。これはデギン公王からも許可を取る。ザビ家自らが采配を取ると言う事で地球に降りる者を鼓舞するのだ。それで士気の低下はある程度防げよう?それに新型こそ少ないがシリア地域で実戦を経験したザクⅡJ型やザク・キャノン、ザク偵察型、ガウ攻撃空母、ドップなどに加え、非加盟国軍の陸上兵器も加わる。補給のあてもある。ああ、マ・クベ中将、支えてくれればジオンは勝つよ」やがて外交交渉は大きな山場を迎えていた。ジオン側が提示した条件は以下の通り。・ジオン公国の完全なる独立承認。・ジオン公国と対等の通商条約ならび安全保障条約の締結。・戦争犯罪人の不起訴、不処罰。・双方の戦時賠償金支払い権利の放棄。・両軍の宇宙艦隊の軍縮。具体的には艦船比率をジオン側1対連邦側2。・最大MS数の制限、両軍350機のみ。・各サイドの独立自治権付与。月面都市の交易権の承認。木星船団へのジオン側の権利保障。・連邦非加盟国との不可侵条約の締結、連邦による非加盟国並びジオン公国への経済制裁の解除。・捕虜の解放、交換。・中立地帯の制定。・スペースデブリの回収、コロニー建設計画の再スタート。で、ある。当初これに加えて、ルナツーの割譲、月面都市群の国家化にフォン・ブラウンを中心とした月面表面へのジオン艦隊の駐留、地球連邦宇宙軍の一方的な軍備制限も含まれていた。ジオン側は強気な姿勢を崩さず、温存した核兵器や今なお支配下にあるサイド2の首都バンチ『アイランド・イフィッシュ』が地球連邦に対して無言の圧力を加える。(ふむ・・・・・連邦も主力部隊がいないにしては良く粘るな。そう言えばまもなくか。木星船団の補給船団がヘリウム3と共に帰還するのは。連邦に手をうたれる前に確保しておかなければ)そもそも戦略級の兵器とは使わない時が最も威力を発揮する。その典型例が今回の一週間戦争にルウム戦役で一発も撃たれなかった、ジオン軍が持つ数百発の戦術核弾頭であり、コロニー落とし専用のコロニーである。使わない戦略兵器、それを使った典型的な砲艦外交をジオンは仕掛けてきた。そして連邦政府はまさにその脅しに屈しつつあった。特に犠牲の子羊の選別が終了したという点で現政府は安心していた、いや、安心しようとしていた。宇宙世紀0079.09.02交渉は最終段階に入る。ジオン側の提案をほぼ無条件で受け入れると言う事態にまで連邦は押されていた。何よりもサイド3を除く、コロニー市民25億人と月市民8億人の命には代えられないという大義名分にして至上命題がある以上強硬路線には出られない。事ここに至っては条約締結、ジオン独立承認、同盟国化を止むなしとする機運が高まった。特に極東州とアジア州、北米州が共同でジオンへの融和政策をはかる。(戦前の予想通り。やはりあの取引に乗って来たなブライアンめ。地球連邦内部でのアメリカ合衆国の復権。これ程美味そうな魚もないだろう)上記二つの州が共同歩調を取る以上、アジア州とオセアニア州、つまり太平洋経済圏の恩恵を受ける州も共同歩調を取るのは当然であった。地球連邦政府の代表団であり、北米州の州議員でもあるマーセナス議員は内々で同僚たちに言った。『これ以上の戦闘継続は北米州の市民を保護する点から断固として認められない。そもそも壊滅した連邦艦隊再建の為にどれほどの時間と予算が必要か計算したのか?艦隊の再建にかかる莫大な費用に加え、戦死した将兵らの遺族への補償、更には優秀なる軍人たちの補充は最低でも数年から十年はかかる。それだけの資金があるならばジオンに宇宙の安全を肩代わりさせ、地球環境の改善に取り組むべきだ。連邦政府の存在意義を鑑みても地球環境の改善こそ最優先課題にすべきであろう。付け加えるならば、我が連邦政府はここで戦略を転換し、連邦と冷戦状態にあった非加盟国と新たなる関係を築くべきである』マーセナス議員の発言は連邦政府内部の穏健派や地球至上主義者の中でもどちらかと言えば地球尊重主義者に受け入れられた。それは連邦政府全体に、南極での条約調印止む無し、という雰囲気を作り上げる。ギレンらの当初の予定通り。こうして地球連邦政府はまさに条約に調印し、人類史上最初の宇宙戦争は当初の予想を大きく覆して一コロニー国家、ジオン公国の勝利で幕を閉じようとしていた。(どうやら上手くいきそうだな)それを見やるマ・クベ中将。目の前に置かれた水と氷が半分に減っているが、関係ない。どうやら自分は、地球と言う敵軍の真っただ中に落下傘降下させられる事態は避けられそうだと胸を撫で下ろした。流石に使い捨てにはされたくない。そして、連邦の代表が条約文章を想起して持ってきたまさにその時、自分の視線の中で一人の女性が横切った。紅の制服を着た秘書官長であるセシリア・アイリーンだ。ギレン・ザビの秘書であり数年来の愛人である事は周知の事実で、更に噂によれば息子がいる、らしい。(独裁者が認知しない子供など対して問題にはならないが、あの噂は本当なのか?トト家に養子に出された少年。あのセシリア・アイリーンがギレンの首席秘書官に収まり権勢を得た時期と重なる・・・・・・もっとも彼女は有能だ。それは認めるが。それにしてもなんだ?この時間帯に報告するなど連邦政府に付け入る隙を・・・・・)そこまで思った時に珍しいものを彼は見た。あの独裁者が、冷徹で冷静な独裁者ギレン・ザビが、驚愕の表情を浮かべたのだ。それは目の前にいる連邦の代表団も同じだった。宇宙世紀0079.09.01条約調印寸前の約24時間前。地球から最も遠い宇宙都市サイド3から一隻の超高速シャトルが発進した。名前は「スカイ・ワン」。サイド5のルウム政府が挑発し、極秘裏にサイド3宙域まで潜入していた連邦の最速宇宙船の一隻である。その船上で、一人の将官が着替えを終える。船は月軌道から重力カタパルトを利用して一度、サイド6へと向かう。そして彼は合流した護衛の艦隊と共にルナツーに進路を取った。ルナツーでは大量の艦隊、そう無傷で宇宙に残った地球連邦宇宙軍二個艦隊が観艦式もかくやと言わんばかりに一人の将官を迎えた。将官の名前をヨハン・イブラヒム・レビル大将。ルウム戦役で連邦軍の総指揮官だった男だ。その彼がルウムでの敗戦の責任を取る事無く、このルナツーにて歓待されているのは連邦軍の上層部にある思惑があるからか?何事かを知らされぬまま、宇宙世紀0079.09.02に日付が変わる。そして地球からのレーザー通信を使って南極での交渉をつぶさに見ていたレビルはメディアに出る事を決断した。まさに条約調印がなされようとしたその時、レビルは己の信念に則り、行動する。ルナツーに集められたメディアが一斉に向く。『前連邦市民の皆さん、私はヨハン・イブラヒム・レビル連邦軍宇宙艦隊司令長官です』という言葉が地球圏全土に発信させられた。この一言から始まる放送は南極で調印式だけを残していると思われた連邦とジオンの代表団にも想定外の事態として響き渡る。『連邦宇宙軍の敗北の責任は単にこの私が負うべきことです。その点につきましては一切の弁明はしません。あまんじて全ての批難をお受けします。しかし、連邦政府がジオン公国と言う専制と独裁主義国家に屈するという事態だけは断固として避けなければなりません。今まさに調印されようとしている条約は条約ではありません。降伏文章です。屈辱の極みなのです。私は連邦の軍人として開戦後初めてサイド3を訪れました。そして見ました。ジオンの真の姿を。真実の姿を。私を尋問した兵士も、私を誘導した兵士も皆20代前半の若手士官や兵士でした。本来であれば30代のベテラン兵が尋問するべきであるにもかかわらず、です。これが何を意味するのかお分かりでしょう』放送は続く。それを忌々しそうに、或いは興味深げに、若しくは嬉しそうに見る多くの人々。この放送に関しては皆が見ていた。視聴率だけで言えば80%に近い。ミノフスキー粒子も散布された宙域がある状態でのゲリラ放送にしては最良の視聴率だろう。言いたことは単純だ。『戦争を継続せよ、我々は負けてない』『ジオンには最早戦うための物資も艦艇もMSも無い』『何もかもが無い無い尽くしのジオン公国に何故、我が連邦が膝を屈しなければならないのか?宇宙を専制国家、独裁者の手に委ねて良いのか?』と言う事を訴えている。ここで、ある兵士は気が付いた。レビル将軍は巧妙にルウム戦役での敗北と言う自分の責任を逸らして、開戦の責任と一週間戦争にルウム戦役の敗北の責任をジオン軍とザビ家に押し付けている。そして将軍自身はもう一度戦う機会を望んでいるのだ、と。一種の責任逃れであり、論点のすり替えである。そもそも大将閣下とはいえ、一軍人に過ぎないレビル将軍に他国であるジオン公国の政治体制を公的に批判し、それを論議すべきでは無いだろう。それは政治家や外交官の仕事だ。軍人の仕事じゃない。それを軍人がやれば連邦もジオンと同じではないのか?第一、文民統制である筈の地球連邦軍軍人が戦争継続をメディアに訴え、さも自分が代表の様に振る舞うのは民主主義国家の軍人として正しいのだろうか?『我々も苦しいが、ジオンも苦しい。そして彼らに残された兵力はあまりにも少ない』『そして我々は民主主義の名のもとに団結し、勝利する。全連邦兵士諸君、母なる大地である地球に依って戦おう。そして共に勝利を得よう』が、そんな事を考えたのはごく一部だけ。そしてこの放送、『ジオンに兵なし』は何度も何度も地球圏全体に流れた。それはサイド3ジオン公国の首都ズム・シティでも受信できた。報道管制が間に合わなかった。これを最初に知ったザビ家の者はサスロ・ザビだった。帰宅途中のリムジンに備え付けられたTVに映し出されるレビル大将の姿。「親父か!」次男のサスロ・ザビがザビ家私邸に向かうリムジンの中で叫んだ。思わず手に持っていたワイングラスを強化ガラスに叩きつける。秘書官の一人に零れたワインがかかるが普段の温厚なサスロとは違い、それを気遣う余裕は無かった。ザビ家の私邸に到着するや否や正門から玄関へ、そして、食堂へ駆け込む。其処には食事中の義理の妹ゼナ・ザビ、父親にあやされている姪のミネバ・ザビと父にしてジオンの英雄ドズル・ザビ、更に実弟のガルマ・ザビの4人が楽しそうに家族の身の団欒を繰り広げていた。召使は誰も居ないので、料理もゼナ・ザビが自ら作った手料理のようだ。美味しそうに食べていたドズルが能天気な顔で、「おお、サスロ兄貴か。一緒に食べんか?ゼナの渾身の手料理だ。地球産のシーフード料理で美味いぞ」などと言う。ガルマもそれに頷くが、今の自分はそれどころでは無い。「ドズル!! 親父はどこだ!?」不思議そうな顔をするドズルが何か言おうとした時、父親のデギンが入ってきた。思わず詰め寄る。ガルマが慌ててどうしたのか聞くが、サスロは聞く耳を持たない。「親父!!」やってくれたな! と、サスロは父親の胸ぐらを掴みあげた。あまりの事態に思考が停止するデギン、ドズル、ゼナ、ガルマ。普段、家族には温厚に接するサスロの姿とはかけ離れていた。何もかも無視して一気に怒鳴りつける。「親父、レビルをどうした!? 今どこにいるか知っているのか!!何故、親父直轄のレビルが・・・・・・ここに・・・・・・TVに映っているんだ!!!」そう言ってリモコンを使い、薄型の壁掛け用TVを付ける。そこには先程の演説を繰り返し流すアングラ放送の映像が詳細に、かつ、巨大に映し出されていた。「な!?」ドズルが驚きの声を上げ、サスロが更に詰め寄る。『一体全体どういう事なのか?何故公王府に幽閉されていた筈のレビルがルナツーに居て、こんな演説をしているのか?何故、この様な重大な報告が副総帥である自分にも軍総司令官であるドズルに上がってこなかったのか?』そうサスロは親であるデギン公王に詰問する。「レ、レビル!?」が、父もこの展開は信じられないようだ。何か裏があったのだろう。密約があったのだ。レビルとデギンとの間に何らかの密約が、敵味方ではあったがそれでも父親は敵将を信じていたのだ。穏健派であるレビルなら必ず自分の期待に応えてくれるだろう。そう言う信頼が何故か父親にはあったのだ。そしてそれをレビル将軍はデギン公王の信頼を最悪の形で裏切った。地球圏全土に徹底抗戦を訴えると言う最悪の方法でジオン側の和平への期待を粉砕した。「親父! 説明してもらうぞ!! 何故レビルが脱走した!? 何故レビルはあそこにいる!? 警備に何を命じたんだ!!」詰め寄るサスロのデギンは杖を落とした。姪のミネバ・ザビが大泣きしているが今はそれどころでは無い。この怒りを解消する為にも、そして今後の事を考える為にも真実を掴まなければ。その思いで詰め寄る。「わ、わしは・・・・・た、ただ和平を・・・・・連邦との・・・・・・和平を」その言葉で全てが分かった。理解した。想像通りの結末だった。やはり父は連邦軍の一軍人であるレビル大将に肩入れしたのだ。彼が、レビルが地球連邦の軍人であると言うその一点を忘れて。兄ギレンにも自分にも内緒で。下手をしたらダルシア・バハロも知らないのかもしれない。完全な独断専行。掴んでいた手を放す。放心したかのようにデギンは椅子に腰を落とした。「親父はこれがどんな事態を引き起こすか分かっているのか!?あの男はジオンの内情を地球圏全体に暴露したんだ!!これでは戦争の早期終結は無くなるかもしない、いや、無くなった!!確実に戦争は続くぞ!!どうしてくれるんだ!! 親父が公王じゃなければ国家反逆罪で逮捕したいくらいだ!!」流石にこの発言にドズルが動いた。ゼナにミネバと共に部屋から出る様に伝えるとサスロに向き直る。「サスロ兄貴いくらなんでも言いすぎだ・・・・・親父だって国を思って」だが、次のサスロの言葉にドズルは反論するすべを失う。「国を思っても戦争が続いたら意味がない!! 政治も軍事も結果が全てなのはお前だって知っているだろう!!そして・・・・・・くそ!! ギレン兄がどうでるかは分からないが戦争は恐らく継続だ。悪意から出る成功よりも善意から出る失敗の方が余程性質が悪い!!」デギンがこの言葉で辛うじて持っていた杖をも落とした正にその時、秘書官がノックした。入れ、とサスロが言う。ドアを開けるが早いかどうか、その秘書官は息を切らしながら全員に聞こえる様に伝えた。『連邦政府、南極での終戦交渉を白紙化。我が国との徹底抗戦の構えを見せています』ジャブローではこれに狂喜した男たちが存在した。敗戦の責任を負う事を免れないと思っていたキングダム首相らである。彼らはレビルの演説を天啓と捉える。そしてその天の恵みに答えるべく、一つの決断を下した。自らの野心と保身の為に。『南極の代表団に連絡せよ。戦争は継続する、とな』宇宙世紀0079.09.05南極にて一つの条約が締結された。所謂、南極条約である。南極条約の主な点は、捕虜・市民の人道的扱い、サイド6、フォン・ブラウンの完全中立化、非加盟国=各コロニー間の貿易の承認、NBC兵器並びコロニー落とし作戦の禁止などである。また、現時点でジオンが占領している4つのサイドはジオン軍の駐留を認める。その代り、勾留中の連邦軍捕虜の人道的配慮を行うという点が決定された。そして連邦市民の人権保護も決定した。一方、検閲の許可、移動の制限など各サイドの持っていた主権は全てジオン側に委ねられる。更には双方ともに捕虜交換は現時点ではしない事も明記される。そして休戦期間は宇宙世紀0079.09.15まで。この日までの軍事行動は原則禁止とした。一方でウィリアム・ケンブリッジはどうしていたか?要約するとスパイ容疑で逮捕されたウィリアム・ケンブリッジは、将来的には尋問および隔離の為、ルナツーからサイド7に護送される事になる。一応、妻との関係を考慮して第14独立艦隊がその護衛につくが、同じく尋問中の妻とは会えなかった。息子と娘に電子手紙を送る事は許されたが、それ以外の通信は禁止という文字通りの罪人扱いである。誤認逮捕も確信があれば誤認ではないだろう。そして妻もまた夫と同様、尋問を受けている。(何故こうなったのだろうか? 俺が一体何をした?リムは一体何をしたんだ? ただ職務に忠実に働いたのにこの仕打ちはないだろう?)それだけが頭の中を駆け巡る。一体何が悪かったのか? ただ一所懸命、連邦政府の公僕として職務を果たしてきたつもりだったのに。妻のリムもまた理不尽な言葉の暴力に耐えていた。(何度目だろうか?)このルナツーに戻って以来、定期的に開催される簡易軍事法廷で何度も何度も自分の罪状が読み上げられる。ナハト大尉とやらが自分を告発する検察役な様だ。(どいつもこいつも嫌いだな、相も変わらない憲兵どもめ。唾を吐きたくなるな。その嫌らしい弱い者いじめを楽しむ目つきが気に入らない)罪人扱いされているのはリム・ケンブリッジ中佐。この場では単に中佐と呼ばれて、いや、怒鳴りつけられている。(私はともかくウィリアムは無事なの?)心配になるのは夫だ。連邦の第一等官僚選抜試験合格者は軍役を除かれるので、軍隊の経験が無い。その夫にこの過酷な精神的仕打ちが耐えられるだろうか不安になる。軍隊経験者でも軍法会議やそれに類する裁判は非常に神経を擦り減らされるのだ。ましてそれが全く関係なく経験もない夫なら尚更だ。それに自慢じゃないが私が選んだ夫は決して要領が良いとは言えないし、芯が強い英雄の様な人物では無いもっとも、私にとってはあの時からずっと英雄だったが。「リム・ケンブリッジ、旧姓、リム・キムラ。貴官は宇宙世紀0050に飛び級で地球連邦軍士官学校に入学した、間違いないな?」頷き、一言ハイと答えた。下手に口答えしてもそれを理由に叩かれるのがオチなのだから静かに頷けば良い。(ああ、あれから30年近く。考えてみれば遠くに来たものね)三歳年上の、なんとも思ってない幼馴染を尻目にリム・キムラは士官学校に入学した。宇宙世紀0052、士官学校トップ20、通称T=20の一人として海軍配属を希望した自分は類稀な航海技術と航宙測量技術で海軍、宇宙軍双方のカリキュラムを二年連続で合格。将来は連邦軍宇宙艦隊か連邦軍海上艦隊かどちらかの艦隊司令官までは間違いなしと言われるようになった。(いつ頃からだろう? 男に不自由しなくても、その男に物足りなくなったのは?)東洋的な神秘さを持つが故に、西洋系の同僚や同期生に何度か告白され付き合った。それでも彼らは多くの面で自分より勝っていた筈なのだが、何故かあまり魅力を感じなかった。感じなくなっていった。「それで中佐、貴官は士官学校では極めて優秀な成績で卒業しているが、一体どういう風の吹き回しなのかな?この、ウィリアム・ケンブリッジ政務次官と言う人間と付き合いだした理由は?」ナハト大尉が聞いてくるが、流石にこれは人権侵害だ。そこまで答える必要はない。誰が誰を好きになろうと知った事ではないだろう。第一、婚姻統制でも敷くのか?この地球連邦と言う国は?そうでは無いのなら、無視しても問題は無い筈だ。「答える義務を認めません」『ふざけるな! 質問に答えたまえ!!』そう答えつつも、内心ではあの日の事を思い出す。宇宙世紀0053.12.19の冬の日。久方振りに両親が待つ故郷のニューヤークに帰ってみると初雪が観測されたのか街中が雪化粧に覆われていた。それが懐かしさを感じる。ついでにハワイの海軍士官学校に居たので肌寒さも感じた。家族との再会は思いのほか順調であった。そして、ずっとお兄ちゃんと呼んで慕ったが、決してそれ以上では決してなかった男と再会する。『あら、ウィリアム兄さん。久しぶり』その言葉にウィリアムが大きく傷ついたのだけは理解した。ただあの時は別の男と付き合っていたのでそんなに問題だとは思いもしなかったが。別室では、ウィリアム・ケンブリッジ政務次官への聴聞が行われている。彼は手錠こそかけれてはいないが、パイプ椅子の上に座らせられていた。勿論、嫌がらせの様に、私服のアルマーニ製のスーツの上着は脱がされ、シャツしか着てない身に、冷房が効きすぎている部屋で検察の取り調べを受けている。どう考えてもこの設定気温が20度というのは検察側の嫌がらせだ。人権侵害も極まったな。『何故、我が連邦政府や連邦軍に開戦時期を連邦政府に伝えなかったのか?或いは伝える義務を怠ったのか?それは政務次官がジオンやザビ家と内通していたからではないのか?違うか?』『以前にMSの脅威を唱えていたが、それは何故か? 例の経済面からMSを脅威と捉えた論文は壮大な言い訳で、真実はジオンの独裁者から教えてもらったのではないのか?そしてそれを手柄に連邦内部で出世する為に利用したのではないのか? MSへの警戒、その本当の目的は連邦に警告する為では無く連邦内部でライバルに差をつける為では無かったのか?』『何故、4機ものザクⅡを鹵獲できたのか? 何故撃沈できる筈のムサイ級軽巡洋艦を見逃したのか?本当は戦闘自体が擬態で、ジオン軍に我が軍の量産型MSジムの性能を伝える事が目的では無かったか!?』『政務次官と言う地位にありながら何故亡命政権の人間を殴ったのか? 所詮相手はスペースノイドで亡国の輩という本来の連邦官僚としてあるまじき差別意識があったからではないのか?』だいたいこの4つが論点に挙げられた。他にもいろいろあったが、ケンブリッジ政務次官に取って重要な議題だと思われたのはこの4つだ。どれもこれも言いがかり以上でもそれ以下でもなかった。実際に彼にとって訳が分からない事ばかりだ。一応、弁護人はいるがあまりやる気がなさそうだ。と言うより、絶対にやる気がない。心配なのは妻と子供たちだ。この余波を受けているのは間違いない。「何度も言う様に、私は知りません。やってません。信じてください。それに記録をしっかり確認して下さい。私は何度も連邦政府にジオンが宣戦布告に踏み切る可能性があると警告しています。それを黙殺したのは貴方方、地球連邦政府の現政権でしょ!?」『責任転嫁を図る気か!?』そう言ったが、自分の反論が聞いて貰えるならばこんな場所でこんな裁判ごっこで浮かれている事は無いだろう。本気でジオンを脅威と考えるならば直ぐにでも対応策を練るべきなのだ。それが弱い者苛めに全力を傾ける。これが今の連邦政府の内情とは怒りを感じるし、憤りも覚える。「連邦軍が負けたのはミノフスキー粒子とMS、MS携行のビーム兵器の存在を軽視した、若しくは察知できなかったからです。更に言わせてもらえば私は諜報部の人間ではありません。それを、ただの文官に、ジオンの新兵器や新戦術を知れ、探れ、予想しろと言うのはむちゃな要求です」途端に目の前の査問役の黒スーツ姿の男がまた怒鳴り散らす。『それでも連邦の上級官僚なのか!? 言い訳するとは何事か!? そんな幼稚な言い訳で我々を煙に巻こうと言うのか!?』三人いるうちの別の者も続けて私を批判した。『連邦に忠誠を誓った身とは思えない傲慢さ。やはりギレン・ザビらと交流が、いや、密約があったに違いない。このキシリア・ザビ暗殺事件の直後にある記録。ここにあるザビ家との単独面会で何を約束された? 金か? 地位か?』最後の一人はもっとあからさまだった。机をよけて近づくと、私の頬に向かって張り手をして思いっきり引っ叩いた。『この売国奴が!』この時ほど、連邦に失望した時は無かった。マジック・ミラーになっていてそこで聞いている筈の弁護団も憲兵も警察も私の人権を守る事は無かった。次に来たのはボディーブロー。思わず胃液が出そうになる。これが売国奴扱いと言う奴か。ジャブローにいて、安全な場所から全て押し付けた連邦政府に、あのクソじじいのキングダム首相閣下らの対応に、反吐が出そうだ更に髪の毛を引っ張られて額を机の上に叩きつけられる。額から血が出る。重力ブロックでは無かったら赤い球が飛び散っただろう。それを見てにやける三人の男。正直に言おう。殺してやりたい。そして声を大にして叫びたいのだ。(俺は決して自分から望んだ訳じゃない。ただただ与えられた、押しつけられた課題を必死に解こうとしただけなんだ。決して英雄になりたいなんて思った事は無かった! 英雄でありたいとも誰かを出し抜きたいとも思ってない!!それなのにこの仕打ちはないだろ!!ザクの鹵獲だって偶然だ。お前たちが邪推するような取引をジオンとした訳じゃない!!本当はあの時だって怖くて怖くて堪らなかった。逃げ出したかった。何もかも捨てて逃げたかった!! 手の震えも止まらなかった!!ああ畜生!! こんな事になる位なら全部捨ててリムと一緒に逃げれば良かった!! ここまで言われるならジオンに投降すれば良かった!!!)リム・ケンブリッジ中佐は思い出す。あの新年の日。私を引き留めた一人の男性を。その男は冴えないこれと言って特徴が無い人間だった。両親は学歴エリートだから優良株だし、幼いころから見ていて人としても出来ているから問題ないと言っていたが私にはそうは思えなかった。いつもいつも小さな私の手を引いてくれて、それでもどこか抜けている、あの頼りない姿が印象的な男性だったから。そして私は休暇のある日、ホテル街を歩いていた。当時付き合っていた二期上の先輩に渡すプレゼントを持って。『誰よ、その女?』よりにもよってその日、当時付き合っていた男が別の女と一緒にホテルから出てくるのを目撃した。男なんて何人とも付き合って来たから別に別れるのはショックでは無い。しかし、弄ばれた事は幸運な事に無かった。弄ばれていた。二股をされた。信じられない。それで自棄になって突っかかった。その男が連れている女は自分の同期生で、両親が一般の家庭人である自分とは異なり親のコネが強いのも知っていたが、関係なかった。『誰よ、誰なのよ!? その女とどういう関係なの!?』『う、五月蝿い!! 離れろ、ここから出ていけ!』『え?』『いいから出ていけ! 俺はお前みたいな、いかにもできますっていう賢い女が大嫌いなんだ!!』『ちょっ!? そ、それじゃあなんで付き合ったのよ!?』『五月蝿い!! さっさと離れないと警察を呼ぶぞ!!』『五月蝿いわね、この負け犬。さっさと去りなさいよ』そう言って私は追い出された。その後、その女と男は順調に出世した。私はその男が手を回したのか、或いは女の方か知らないが、ずっとT=20を維持していたにも関わらず謹慎処分と優待生からの除名をくらったわ。(しかし面白いわね。あの時の男は宇宙艦隊のグプタ副長に配属になってルウム戦役で戦死。女の方は連邦軍武装解除事件でジオン軍と交戦時に負傷し、しかも副連隊長であった事からそのまま不名誉除隊。で、私は英雄でありながらも査問会に夫ともども直行。運命って本当に残酷で面白いわ)と、思ったら。またぞろ何か言いだした。どうやらこの私の傲岸不遜な態度が許せない様だ。確かにそれはあるかもしれない。何やら聞こえる。『しっかりと顔をあげたまえ、面接官の目を見ろ』、か。まるで学生の就職活動のレクチャーだ。私は大学を出たばかりの子供か?(そう言えばあの後だったかしら。ウィリアムが、ハーバード大学経済学部宇宙開発学科の卒業証明書と一緒に地球連邦第一等官僚選抜試験合格通知書を持ってきたのは)わざわざ最後の休暇を使ってハワイの連邦海軍士官学校に来た。そそかしい事に私にメールを送ったのはホノルル空港に到着してから。しかも授業中だからそう簡単に会える訳ない。ついでに、あの別れた二股男と女の影響で、私は非加盟国の共産主義信望者だの、スペースノイド過激派のスパイだの、男漁りの背徳者だのという噂が付いていた時期。私がかなり自棄になっていた時、未来の旦那はクソ熱いハワイの中で、明らかに不釣り合いな恰好、学生が値段を出せるという意味では最高級のポールスミス製スーツを着て、ホノルルの『太平洋リゾートホテル』という高級ホテルの最上階のカジノバーで待っていた。(あの時は憂さ晴らしと厄介者払いのつもりで行ったのよね。私が今から言う全てを奢ってくれたら一つだけ願い事かなえてあげる、そう言ってやったわね。懐かしい)あの時の自分はどうかしていたのだろう。仮にウィリアムが代償として私自身を求めても、きっと私はそのまま身を任せて彼に代価を支払ったに違いない。取り敢えず、10万テラはしたコース料理にワイン、デザートを奢らせた。しかもホテルの部屋代にカジノで遊びたいから30万テラを貸してとまで言ってやった。初任給が25万テラである事を考えると大した額だ。今思うと本当に悪い事をしたなとも思う。(あの時払える筈も無かった筈・・・・・それでも支払ったのは惚れた弱みなのかしら?)過去へと記憶を飛ばす。困った様な、それでいて嬉しそうな顔をする未来の旦那に私は思ったものよ。(何しに来たか知らないけど、これだけやれば尻尾を巻いて帰るでしょ。は、ご愁傷様でした。今は誰とも付き合う気持ちは無いんだから。その辺の安っぽい女と一緒にしないでくれる?)と、心の中で舌を出していると、兄と思っていた、今は財布としか思えなかった男から、一言。『リム、ずっと好きだった。付き合ってくれ』と、告白された。(冗談じゃない。なぜアンタみたいな凡人に、エリートの私が、単なる貧乏人の冴えない将来性もない男と付き合わないといけない・・・・)と、一瞬だけ思ったが、良く思い出してみるとその言い訳はもう通じない。彼はハーバード大学を出て、もう間もなく地球連邦政府の第一等官僚になる。T=20と呼ばれる連邦軍士官候補生と比べても決して遜色はない経歴の持ち主だ。いや、地球連邦は文民統制が原則だから下手をしなくても向こうの方が色々な意味で格が上だろう。(それにだ、たしかこの目の前の男は決して成績は良くなかった筈じゃ・・・・)最後に私が飛び級した時などは、その報告を聞いて悔しさと情けなさから陰で泣いていたのを知っている。そんな軟弱な男だった筈なのに。こんな真剣な目をした男じゃないと思っていたのに。(何なのよ? この目は? わ、私が欲しいですって? じょ、冗談でしょ?)高級カジノバーの席から滑り落ちそうになる。『じょ、冗談きついわ。なによ、あ、もしかしてこの間の憐みのつもり!?捨てら得た女だから簡単に落ちるとでも思ってるの!?』『冗談じゃないし憐みでもない。ずっと好きだった。いつかお前に相応しい男になろうと努力した。努力してきた。まだ足りないならもっと努力する。なれと言うなら大統領にでも首相にでもなってやる。だからお願いだ。一緒にいてくれ』『あ、その、いや、あんた、あ・・・・ウィリアム、その、だから』逡巡していた間に物事とは進むようだ。ウィリアム・ケンブリッジはいままで誰も言った事が無い方法で口説いてきた。ストレート。一切の脚色を取っ払った言葉はあの時の私の心にしみわたる。『俺はリムの全てが欲しい。その代償に俺の全てをくれてやるから。だから俺と一緒に来い』そう言って差し出された手、その震える手を、臆病者な勇者の手を、私はいつの間にか握り返していた。その後は二人でワルツを踊った。下手くそな二人だったが、あの日のハワイの夜から私たちの関係は始まったのだ。そう思うと何もかも懐かしくなる。そう言えば子供たちは元気にしているのだろうか?「何が可笑しいのか、中佐。それ以上は法廷侮辱罪も考慮に入れるぞ!」ええ、お好きなように。あの日から私はずっと一緒にいてくれる人がいた。だから怖くないわ。地球連邦軍本部ジャブロー。そのある執務室ではとにかく、予想外の事態に対応していた。怜悧な刃物と呼ばれるジャミトフ・ハイマン准将はウィリアム・ケンブリッジ政務次官が捕えられるという報告に焦っていた。彼らしくもなく、である。理由は単純。ウィリアム・ケンブリッジ逮捕と言うのは彼のシナリオにはなかったからだ。「やはり黒幕は首相か。余計な事をしてくれたものだな」本来ではあれば、ケンブリッジ政務次官は地球連邦の北米州の権益代表であるマーセナス議員と共に現政権の打倒に動いてもらう予定だった。が、どうやら、連邦の古狸であるキングダム首相の方が先手を打ってきた様だ。流石に官僚の任免権を持つ首相に命令は出来ない。と言うより軍人が口を出してはならない。ここは文民統制の国家なのだから。まして今回の事件が首相ら内閣府の証拠隠滅や責任逃れの意味合いが強いから真っ向から立ち向かっても握りつぶされるのがオチだろう。「それで、ケンブリッジはどうなったのか?」秘書官が黙って報告書を見せる。メモリーディスクを起動させて机の上に置いてある黒い情報端末に詳細を映し出す。宇宙世紀0079.09.01時点では暴力まで振るわれて軟禁状態。責任を押し付けたい連邦の現政権と、その現政権の人権侵害を武器に政権奪回をもくろむ各陣営が裏で動いている。動いているのはゴップ大将らの派閥、北米州を中心とした州政府、敗戦の責任を逃れたい首相ら内閣府、更にはレビル将軍の宇宙艦隊の派閥にどうやら嗅ぎ付けた他の州も動いている。「予想以上に混沌としている・・・・・魑魅魍魎とはこの事だな。で、要約するとどうなる?」また、連邦軍としても連邦政府としても落としどころを探っている。特に軍法会議中のリム・ケンブリッジ中佐らが捕えたザク4機は貴重なサンプルとして連邦軍本部ジャブローとサイド7に運ばれる事が決定した。これを持って、彼女リム・ケンブリッジらの方は英雄として扱われる事になるだろう。まだ正式な通知は無いが。それはジャミトフと共にブレックス・フォーラ准将が動いたのも理由の一つだ。MSを鹵獲し、尚且つ敗戦の中で明確な勝ち星を得たと言うのは明らかに好材料だ。これを利用しない手は無い。実際、人情味あふれるブレックスなどは積極的に文民統制の原則を破って、勝手に連邦政府に圧力をかけてくれている。ジャミトフも流石に露骨に圧力はかけないが、叔父の力を借りてケンブリッジの保釈運動を進めている。「ケンブリッジには個人的にも公人としても借りがあるからな」ジャミトフの発言に秘書が続ける。「はい。政務次官ですが、現時点では軟禁状態の様です。まだルナツーから動かされていません」それは朗報ではないが最悪の報告でもない。現政権は急速に悪化する支持率回復を目指したい。その為には各州の代表議員らの支持がいる。また、連邦市民全体の支持も欲しい。ルウム戦役の敗北を逸らす為の犠牲の子羊も必要だからだ。その為の生け贄がウィリアム・ケンブリッジだったが、叔父の力を借りて裏事情を暴露した事が大きな痛手となっている。『ウィリアム・ケンブリッジ政務次官という得難い人材を連邦政府は自分たちの保身の為に失おうとしている。それは許されるべきでは無い。現時点においては我が連邦政府は間違いを認め、その上で襟を正し南極での交渉に臨むべきである』それがジャミトフを経由して発信され、それが北米州全体の意見となったのだ。「連邦の現政権の愚か者はあれ程の逸材を自らの手で失おうとしている。それは避けねばならぬからな」ジャミトフは椅子から立ち上がり、窓から見えるジャブロー地下都市の景色を見た。視界には連邦軍のペガサス級強襲揚陸艦の一隻、緑の配色を持つ「サラブレッド」が見える。「ブレックス・フォーラ准将に改めて連絡を取れ。この件に関しては奴の力も必要だ」ルナツーでは証人喚問が行われていた。が、それは続ければ続けるほど原告側を不利にするだけであった。被告であるウィリアム・ケンブリッジ政務次官とリム・ケンブリッジ中佐が一切の自白を拒否した為、強引に彼ら二人を有罪にするべく動いたのだがそれがいけなかった。先ず第14独立艦隊のメンバーらの署名運動から始まった。軍では許されないこのような運動は、厭戦気分と相まって発火、一気に大火となってルナツーに広がる。最初の動きはノエル・アンダーソン伍長である。彼女は同僚や友人に艦長と政務次官の不当な逮捕に愚痴った。正確には上層部批判を行った。彼女らしくなかったがそれでも彼女自身の正義に従ったと言える。彼女は酒の席で多くの同僚たちの前で叫んだ。今すぐに連邦の英雄を解放しろ、と。それがルナツーに帰還していたパイロットの一人に伝わった。「いやぁ、あんなかわいいお嬢ちゃんに愚痴られて黙っていちゃあ男がすたるぜ」とは、その時の少尉さんの言葉。この少尉が制服を着てルナツーの下士官向けガンルームで同僚と飲んでいた時の事だ。「ベイト少尉。自分は思います。やはりバニング隊長は立派です。自分ならこんな高級酒、部下には振る舞いませんよ」と、同僚が飲みながら、上官への敬意をこぼしていた時に新しい情報として持ってきた。メモリーディスクを机の内臓端末に接続する。「何を見るんです、モンシア少尉?」帰還した全将兵に一階級特進を命じた連邦政府。軍の人事課に直接命令してきた(形式上は首相からの要請だった)が、本来であればあり得ない厚遇は如何にルウムでの大敗北を糊塗したいかを物語る。「あ、ああ。えーとな、さっきそこで愚痴ってたお嬢ちゃん曰く、何でも・・・・とっても情けなくてかっこ悪いおじさまのとってもかっこいい惚れたシーンだそうだ」片側に明らかに口説いてきた女将兵を侍らせてモンシア少尉が飲む。ついでに酒の摘みである燻製肉を頬張る。「おいおい・・・・・それって矛盾してないか?」「ごもっもです」とは同僚二人の言葉。因みに、あのルウム戦役で敵艦隊に突入しながら全機が帰還した第4小隊は不死身の第4小隊としてルナツー内部の戦意高揚の宣伝に使われている。三人が、いや、傍らの女性兵を含めれば4人か、が、画面に注目する。面白半分にベイト少尉が音量を最大にして見せる。そして流れた。あまりにも情けなく、そしてあまりにも赤裸々な本音を。『お母さんを見捨てて、お父さんだけ逃げ出した』『それだけはなれない』『私の代わりはいくらでもいるだろう』『だが、私はこの艦隊で一番偉いんだ。そんな私が一番先に逃げ出す訳にはいかない』あの時の告白がいつの間にか会場全体に響いた。部下を、上官を、或いは同僚を失ったルウム戦役と言う戦い、しかも連邦政府はさっさとルウムの放棄を決めた。自分たちの奮闘をまるで無視したように。命がけで戦ったのに自分たちの戦いを全て無視した様な行動の前にある意味自棄になっていた彼ら。ここにいる将兵の大半には大なり小なり連邦政府への、現連邦政権への不満の念があった。だからこそ、このたった一人の官僚が発した本音は響いた。自分たちと何が違う?怖かった。逃げ出したかった。それでも戦った。逃げずに、仲間を見捨てずに、前に向かった。「こいつは・・・・・」ベイト少尉がいつの間にかグラスを置く。アデル准尉も腕を組んで考えている。意外な事に最初に反応したのはモンシア少尉だった。彼は少し考えると席を立ちあがった。そしてどちらかと言うと大尉や少佐らが座っている場所に進む。そして一人の肩を掴み、自分の方へ向かせる。「おい、確かあんた憲兵だったよな?ちょっとこいつとこいつらの状況を詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか・・・・・みんなにな」サイド3から出港する一隻のムサイ級巡洋艦。しかし一般的なムサイ級では無い。これはルウム戦役まで名将ドズル・ザビが乗艦していた旗艦ワルキューレである。その艦橋で。「良かったのでありますか?」艦長のドレン中尉が艦の指揮を取りながらも、自分よりはるかに若い少佐に聞く。少佐の階級章を付けた仮面の男。ルウム戦役にて5隻の連邦軍艦艇を瞬時に撃沈したとして名前がジオンはおろか連邦軍全体に轟いたエースパイロットにして英雄。そのシャア・アズナブル少佐は指揮官用シートに腰かけながら宇宙を見た。そして事実上の副司令官でもあるドレン中尉の問い質問で返す。「何がだ?」ドレンも人が悪い、そう言いたげな表情を見せながらシャアに聞く。「何って、例の艦ですよ。あの高速船は確か『スカイ・ワン』って言う名前でしてね。連邦軍や連邦政府にも僅か6隻しかない貴重な船です。しかも青を基本色とした船でしたからネームシップの『スカイ・ワン』です」ほう、とシャアが指揮官らしく余裕を持って答える。貴様は博識だな、と。「そりゃ大宇宙を駆ける戦士の少佐と違いまして船乗りですからね。船の判別くらいは当たり前に出来ます。ですが少佐、あの時期に連邦の民間船がここまで侵入したと言う事は何かあったと見た方が良いのではありませんか?」ドレンが小声で聞く。部下たちに聞かれて動揺しないようにする為だ。それが艦長としての義務だろう。やはり現場からの叩き上げは役に立つ。そう思わせる。そこへ。「艦長、少佐。通信が入っております・・・・・あ、違います、地球圏全域に向けた広域通信です。回線を回しますか?」メイン・モニターに表示しろ。ドレン中尉の判断は間違ってはいない。ここで司令官のみがこの放送を見れば、一体何故と言う疑惑を招くだろう。それに非番の者がこの通信を見ている筈だ。ならば兵たちと情報を共有する事が今は大切だ。「ん? こいつは確か敵将のレビルじゃないのか? 何でこんな放送に出てるんだ?」ドレンの報告に思わず顔がゆがむ。ああ、やはりそうか。あの時のあの船にいた敵将レビルは偶然に脱出したのではない、誰かに、恐らくザビ家の中の反ギレン派の者に手引きされてあの場にいた。そして私の判断も正しかった。あのレビル将軍を見過ごした行為はギレンを中心としたザビ家独裁に小さな亀裂を打ち込む結果となるだろう。(笑いが止まらないな。これであの坊や以外にも切り崩しが可能となる、か)放送は佳境に入る。『・・・・・ジオンに残された戦力はあまりにも少ない』ミノフスキー粒子の影響下にもかかわらず、最後の一言は地球圏全域に伝わった。無論、このワルキューレ乗組員全員にも。そしてこの時のジオン軍程意見が一致した軍は無かっただろう。彼らは、彼女らは本能的に察する。『独立戦争は継続される』、と。「少佐」気が付くとドレンが更に近づいてきた。右手にはマイクを持っている。「どうやら・・・・・独立戦争は当分の間は続くな」マイクを受け取る前にドレンにそう伝える。そして、レビルによる徹底抗戦を煽った放送が一段落して周りが騒ぎ始めたころ艦内放送を行うべくマイクのスイッチを押した。「指揮官のシャア・アズナブルだ。これより本艦の乗組員全員に告ぐ。我が艦は第一種警戒態勢に移行する。我が艦はルウムの英雄であるドズル中将より直接、この戦争を左右する重大な任務を預かっている。この任務はジオンの将来を左右する極めて重要な任務である。では諸君、地球連邦軍が動く前にサイド3宙域を抜け、月周回軌道を突破するぞ」そのサイド7では連邦軍の新型MS、RX-78、コードネーム『ガンダム』の開発が難航していた。特にジオンが投入してきたザクⅡ改やリック・ドムⅡの兵装の一つである90mmマシンガンとジャイアント・バズに耐えきれる装甲とゲルググと呼ばれている新型機に対抗するだけの機動性が求められていたが、それが上手くいって無い。「モスク・ハン博士、そちらはどうか?」開発主任のテム・レイ博士が同僚のモスク・ハン博士に尋ねる。内容はマグネット・コーティング、通称MC技術のMSへの採用。詳しい事は省くが増加装甲による機動性低下を解決する為の方法である。「問題は幾つかあるが、性能と言うよりも目下のところはパイロットだ。こいつを扱えるパイロットは居るのか?」ガンダムは確かに高性能だ。それは認める。だが、問題はパイロットにある。プロトタイプガンダムをテストしているユウ・カジマ中尉らの感想ではジムタイプに比べて遥かに扱いにくい。特にジムタイプとは異なり、反応系が過剰なまでに敏感である。これはガンダムタイプ全てが、連邦軍では例外的に完全なるワン・オフ機として設計、開発されているから仕方のない点があろう。それでも連邦軍はこの機体に賭けていた。ジオンのMS全てを凌駕する事を。だが、その期待も新型MSゲルググの登場で挫折する。ビーム兵器を標準装備し、ザクとは比べ物にもならない機動性を確保しているゲルググの存在。これにジャブローのV作戦担当者の実質的な最高責任者であるコーウェン少将は焦った。この状況下では例えガンダムが高性能と言えどもジオンの跳梁を許すであろうと。そうなっては士気に関わるし、何より後手に回る。そう考えたコーウェン少将は新たに新型ガンダムの開発を命じた。それは今まで開発してきた機体の実績、或いはルウム撤退戦で採取された第14独立艦隊の戦闘データや連邦製、ジオン製両方のMSの全戦闘データを渡す故、これら現存するMS全てを凌駕する機体を作れと言う命令である。「やはり新規開発だな。RX-78-2のデータをベースに改良を加える。まず脚部にバーニアーを増設し、両腕にサブ・ウェポンとして90mmガトリングガンを装備しよう」ザクⅡF型4機の内、半数はジャブローに、残りの半数はサイド7に直接送られる。そしてV作戦の実行責任者であるジョン・コーウェン少将からも二度、命令が下った。『ゲルググに対抗できる機体、ガンダムの改良型を完成させるのだ』言うは易くて行うは難し。それを地で行く命令。命令する方もする方だが、された側もされた側だ。された側、つまりテム・レイ博士らはここぞとばかりに新型戦艦であるバーミンガム級一隻分の資材と予算を獲得した。流石にワイアット中将らが反発したが宇宙艦隊の再編はまず数からという至極まっとうな意見に押され、予算が動いた。ただし連邦政府の良識派官僚は悲鳴を上げた。一体いくら税金をMSというおもちゃに投入すれば気がすむのか、と。その資金の流れはジオン諜報部であるキシリア機関(俗称。本当の名前はジオン諜報部対連邦特別諜報部門という)に警戒を抱かせる程であった。そういう裏の事情があるからこそ、連邦軍は早期にこの新型機を開発させなければならない。360度全天周囲モニター、新型ビームライフル、マグネット・コーティング、コア・ブロックシステム排除による装甲の強化、ブースターの増設。パイロットを選ぶと言う兵器としてはあるまじき機体であるため、サポートシステムの強化に学習型AIと音声入力システムの導入。ジム6個小隊、つまり、ジム2個中隊分の生産設備を投入したこの機体が後に伝説となるとは現時点では誰も知る由もない。「コードネーム『アレックス』が完成した暁には・・・・俺はあのミノフスキー博士を越えられるんだ!」そう言って己に発破をかけるテム・レイであった。そんな彼も勿論知らない。自分が持ち帰っているメモリーディスクを息子のアムロ・レイが盗み読みしている事を。そして宇宙世紀0079.9月上旬。レビル将軍の、所謂『ジオンに兵なし』という演説が連邦政府を強気にさせ、結果として南極での交渉は決裂した。無論、せっかくの交渉の場である以上そのまま何もしないのでは両陣営に取って多大な影響を与える事を鑑みて、戦時条約を結ぶことで両政府は一致。こうしてジオン側から見た独立戦争は継続される事になる。また、ここでジオンとの密約を結んでいた北米州は様子見の態勢に入る。これにつられてなのか極東州とアジア州も対中華戦線の維持を名目に軍をアジア方面に移動する。特に海軍航空隊の移動が顕著であった。一方ジオンも地球各州政府とのパイプを断ち切る事はしなかった。連邦軍は宇宙艦隊再編に全力を注ぐ。方や、ジオン公国は休戦期間の終了と同時に遂に地球侵攻作戦を発令。ジオン公国は全軍に地球への降下、上陸作戦の開始を命じる。宇宙世紀0079.09.18ジオン公国軍、地球周回軌道に降下部隊を展開、地上へと降下開始。歴史の歯車は一気に回りだした。同月20日、2日間に渡る激戦の末、オデッサ基地並び黒海沿岸部制圧完了。ジオン地球攻撃軍主力部隊、東欧方面、ロシア・モスクワ方面、中央アジア方面へ進軍開始。同月24日、連邦直轄領、イスタンブール市陥落。黒海全域の制海権確保。連邦海軍第17海上艦隊(黒海艦隊)と潜水艦30隻程をジオン軍が接収。同月27日、ジオン軍、水陸両用MSゴッグ、ハイ・ゴッグ、ズゴッグを実戦投入。クレタ島より進出した統一ヨーロッパ州ならび北アフリカ州中心の地中海艦隊(第16海上艦隊、第10海上艦隊)をダーダネル海峡近郊にて撃滅。戦史上はじめての海中と海上の三次元同時攻撃を行い、主力艦であるヒマラヤ級空母6隻全てを撃沈。多数の艦艇を鹵獲。宇宙世紀0079.10.10ジオン海中艦隊、キプロス、マルタ、クレタなど地中海諸島を奪取。ジオン海中艦隊の水陸両用MSの前に連邦海軍、地中海艦隊残存戦力はなすすべなく後退。同月20日、ジオン軍、第二次降下作戦を開始。スエズ運河地帯を制圧。東欧全域、北欧全域、ヨーロッパ・ロシア地域を掌握。同月21日、中欧ポーランド地域にてドイツ軍を主体とした連邦軍が反撃、これに対してザクⅡJ型、グフA型を中心としたジオン軍の陸戦型MS隊が迎撃、連邦陸空連合軍を撃破。連邦軍、ヨーロッパ半島での陸軍戦力の7割を失う。同日、同時侵攻が進められていたイタリア半島南部をジオン軍が制圧、ローマ・ヴァチカン市国、非武装中立を宣言。ジオン軍、ローマ入城。宇宙世紀0079.11.04ジオン海中艦隊、並び第二次降下部隊ヨーロッパ半島の過半を占領(連邦軍はフランス北部、ドイツ北部、ベネルクス三カ国、スイス、イギリスなどは何とか保持する)ジブラルタル宇宙港無血開城。この時を持って地中海経済圏は完全に崩壊。その余波を受け、大西洋経済圏も大打撃。太平洋経済圏も不況に突入。連邦政府、再度の国家非常事態宣言を発令するも、焼け石に水。各州内部で現政権への不満が急激に上昇。反戦運動活発化、連邦警察反戦活動家を5000名程一斉に逮捕。北米州、極東州を中心とした新経済圏(戦時経済圏)の構築が開始される。同月8日、ジオン軍、極秘裏にシリア地域との補給線確立。オデッサ工業地帯―イスタンブール海峡地域―スエズ運河地域―地中海諸島―ジブラルタル宇宙港のジオン防衛線構築。地球連邦軍ヨーロッパ方面軍(大陸反攻軍)編成されるも、大西洋航路、ドーバー海峡にて喪失。ジオン、地球攻撃軍総兵力50万名へ増強。統一ヨーロッパ州はヨーロッパ半島より撤退を開始、北アフリカ州ならびアラビア州は軍を戦線から300km後退させる。同月14日、マ・クベ中将、増援部隊と共にオデッサ基地に着任。オデッサより大規模な資源打ち上げ開始。宇宙世紀0079.12.12第三次地球降下作戦開始。目標は非加盟国への大規模な物資援助。地球周回軌道にてジオン親衛隊艦隊、第3艦隊残存兵力と交戦、これを撃破。地球連邦軍、第1艦隊ならび第2艦隊に連絡。『両艦隊ハ艦隊ノ保全ヲ第一トセヨ』。事実上の日和見を命令する。共産中華ならび北朝鮮、軍拡。国境線に総数200万の大兵力の移動を確認。地球連邦政府には演習と通達するも、地球連邦軍の陸海空軍も対応し、極東州、アジア州、北米州、インド州、オセアニア州を中心とした大軍200万を中華戦線に投入。両軍睨み合いになる。同月20日、サイド5ルウムにてジオン軍地球攻撃軍副司令官のガルマ・ザビ大佐が着任。通称、ルウム方面軍が設立。この部隊の設立を持って地球軌道は完全にジオン軍の手中となる。そして戦争は膠着し、年を越えた。この間、ウィリアム・ケンブリッジは何度も要請を受けて裁判の被告に立ったが、上記したように時と共にそれは被告から被害者へ、被害者から英雄へと変貌していった。度重なるジオンの地球降下作戦で失われたのはキングダム首相の政治基盤である統一ヨーロッパ州そのもの。端的に言ってしまうと裁判ごっこにうつつをぬかしている場合では無くなったのだ。悲鳴のような増援要請を聞いて慌てて送り出したジャブローからの増援部隊はドーバー海峡を渡る事無く大西洋航路上で敵の潜水艦隊に捕捉撃滅された。また、ルナツーのケンブリッジ夫妻の解放運動も無視できない規模になる。一人の少尉からスタートした解放運動はルナツー全体に広がり、更にジャブロー内部でもシンパがいたのか将官クラスにまで広がった。これ以上の拘禁はマイナス面だけが大きくて、他には大した意味は無いと判断せざるをえず彼の解放へと舵を切る。もっともただ解放しただけでは連邦政府の、正確に言えばキングダム内閣府の沽券に係わるので、あくまで保釈するが宇宙世紀0080.03.25まで軟禁も継続するという形を取る。場所はサイド7。この監視役に増強した第14独立艦隊を特別手配させて入港させる事も考慮されたが、それは見送られた。代わりに第14独立艦隊はサラミスK型6隻とペガサス1隻でサイド5方面の通商破壊作戦を担当する事になる。宇宙世紀0080.03.30一隻のムサイ級が陽動作戦を展開、サイド7周辺の護衛部隊を誘き出して各個撃破、撃沈した。そして、熱源をきった慣性航行でサイド7宙域まで侵入、5機のザクⅡ改を潜入させる。赤い彗星とV作戦の接触である。